2019年9月18日水曜日

オリックスのハンドブック:イエメン・フーシ派のミサイルと無人機(一覧)

  1. このリストの目的は現時点でフーシ派が保有している無人機やロケット、ミサイルを 包括的に分類するだけではなく、その起源を明確化することにあります。
  2. 各兵器の名称に続く角括弧の数字は、イエメンでの存在が判明した年を示しています(ただし、2014/2015年のフーシ派によるイエメン制圧後に納入・製造された兵器が対象です)。
  3. 各兵器名の前にある国旗は、当該兵器の出所を示しています。
  4. 兵器名は可能な限り日本語化しますが、やや不明な場合は英字と併記します(読み方不明の兵器は英字のままです)。
  5. 外国起源の兵器でアポストロフィーで囲まれた名前は、基本的にフーシ派で用いられている名称です(ただし、イエメン国旗のものは除外します)。
  6. 複数の派生型がある兵器は、まとめて説明しています。
  7. 兵器の出所が不明の場合は、そのように表記しています。
  8. 各兵器名をクリックするとフーシ派で使用されている姿の画像を見ることができます。

無人偵察機



無人戦闘航空機


徘徊兵器


弾道ミサイル


巡航ミサイル


対艦ミサイル・ロケット弾


沿岸防衛システム


地対空ミサイルシステム (SAM)


レーダー及び電子光学装備


戦術地対地ロケット弾
  • ゼルザル-1 (急造ロケット推進弾の総称) 4種類: (2) (3) (4)
  • ゼルザル-2 (内戦前のイエメン軍のストックから引き継がれたソ連製S-24空対地ロケット弾。イランの同名のミサイルとは無関係。)
  • ゼルザル-3 (内戦前のイエメン軍のストックから引き継がれた 「9K52 "ルナ-M"」用「9M21」ロケット弾をカニバライズして製造したもの) (枯渇したと思われる)
  • サムード (同上)(同上)


戦術地対地誘導ロケット弾


多連装ロケット砲 (MRL)


携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)


対戦車ミサイル (ATGM)


※ この記事は2022年10月4日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳した 
 ものです。

2019年1月22日火曜日

老兵は死なず:シリアにおけるBRDM-2

ワグネルが運用している改修型BRDM-2

著:スタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 「Boyevaya Razvedyvatelnaya Dozornaya Mashina」:直訳すると「戦闘偵察警戒車」と呼ばれるこの車両はBRDMとしてよく知られており、7年近くにわたるシリア内戦の殆どに姿を見せなかった象徴的な車両です。

 この内戦を追い続けているいくつかのアナリストはBRDMが将来のある時点で大量に出現することを予期し続けていますが、シリア革命が勃発する直前にシリア・アラブ陸軍(SyAA)BRDM-2の殆どを退役させた後、この車両の運命は事実上そこから逃れられぬものとなりました(注:退役からは変化が無いということ)。

 シリアでは続く内戦での使用により適した莫大な装甲戦闘車両(AFV)が運用されていますが、近年でもごく僅かな量のBRDM-2が運用され続けています。最も注目するべきはそれらがシリア各地で活動しているロシアの民間軍事会社「ワグネル」で運用されていることにあります。

 シリア内戦の大部分ではこの車両がキャッチされにくかったにも関わらず、BRDM-2は革命の初期段階で抗議者達が最初に遭遇したAFVの一つでした。

 シリア警察は以前にシリア・アラブ陸軍(SyAA)から少数のBRDM-2とBTR-152を受け取っており、そのいくつかは KPV 14.5mm重機関銃とPKT 7.62mm軽機関銃を維持したままで追加装甲と鮮明な青い迷彩塗装が施されていました。これらのBRDM-2は革命の初期段階の間にホムスとイドリブの都市部に配備され、結果として数台が破壊されたり捕獲されたようです。

 その後でもSyAAで使用されているBRDM-2の目撃は続き、結局のところシリアの戦場においてその数は減少し、遂には消滅に至りました。

 いくつかのBRDM-2を鹵獲されたSyAA基地の映像で見ることができたものの、そこでは防御側によって固定陣地として使用されていたか、基地の一角で単に放棄されたに過ぎませんでした。

 殆ど全てがタイヤがパンクしている鹵獲車両を修理することについては、鹵獲側の視点からすると明らかに努力するに値しないものであり、大半はその場で朽ち果てることになったったわけです。

 BRDM-2の派生型はそれらのベースとなったオリジナルよりも僅かに能力が向上しました。BRDM-2RKh 対放射線・化学兵器偵察車、9P122及び9P148対戦車ミサイル搭載車と9K31ストレラ-1移動式地対空ミサイルシステム車を含めた派生型の大多数は内戦の勃発した際でも依然として運用が続けられていました。

 それにもかかわらず、シリア内戦でこれらの派生型が使用されている姿を見つけることが困難であることが証明されており、政権軍だけが2014年に敵の強化陣地に対していくつかのBRDM-2 9P148対戦車ミサイル車を投入し始めたことが確認されただけです。

 この用法に投入されたのは僅かな数の車両に限られていたようで、殆どのBRDM-2の派生型は今日まで保管され続けているようです。
















 シリアに引き渡されたBRDMの数は若干不明なままですが、この国に引き渡された全てのAFVが高インフレの影響下にあったように、その量は長年にかけて引き渡された様々な派生型を含めて数百両に限定されると思われます(注:比較的少数が供与されたということ)。
 そして、「損耗」の魔の手はBRDM-2をSyAAで運用された他の車両と同程度に見逃さなかったことでしょう(注:原因は酷使のみならず部品の欠如も意味しました)。

 結局、2000年代後半でも僅かに限られた数の車両が現役にありました。

 いくつかの近隣諸国と共に運用を始めたにもかかわらず、シリアによる初期のBRDM-1派生型の使用に関する報告は誤りだと考えられています(注:シリアへはBRDM-1が引き渡されていないのです)。

 シリアはBRDM-2と9P122対戦車ミサイル車を1973年の10月戦争(イスラエルではヨム・キプール戦争として知られる)で初めて使用し、占領されたゴラン高原で防備されたイスラエル軍と戦いました。これで一部がイスラエル軍によって破壊または鹵獲され、最終的には(イスラエル自身が使用するために)再運用と改修するのに十分な数のBRDM-2と9P122を手にしたようです。

 皮肉にも、鹵獲されたBRDM-2の一部が1982年のレバノン戦争で以前の持ち主に対して投入されてしまいました。この戦争ではSyAAと同盟軍によるBRDM-2の広範囲にわたる使用が見られました。

 すでにレバノンの大部分が占領された1976年、最終的に、BRDM-2は1973年の10月戦争の間よりもレバノンを占領していた間のSyAAによる使用(治安維持任務)が適していたことが判明しました。

 大・小口径の機関銃で武装し小火器や岩石から防護する能力を持つ、装輪式のBRDM-2はより重い(装軌式)車両の使用が嫌悪される他の作戦と武装パトロールにふさわしく、役に立ったようです。

 BRDM-2の見た目は比較的威圧的でもありませんでした(多くの国は紛争地帯に戦車を配備することを避けたいと考えています。なぜならば、地元住民には戦車が攻撃的に見えて軍隊が大規模な戦闘をするためにそこへ来たという考えを与えるからです。つまり、戦車の配備はそこが戦場になるという意味を与えることになります)。

 BRDM-2は装輪式で無限軌道を採用していないため、シリアがレバノンを占領している間の使用に最適でした。

 当然のことながら、2005年に(自由選挙の開催とレバノン国内に存在している、残存する外国軍隊の撤退を求めた)国連安保理決議1559が可決された後、最終的にシリアはレバノンからの撤退を強いられました。

   
 世紀の変わり目には、大半のBRDM-2は有益なキャリアを終えました。BRDM-2はより新しい偵察車両が装備している現代的な照準システムと重武装が欠けていたので、同車は設計された本来の用途のため、絶望的に時代遅れとなったのです(注:時代の流れと共に戦術や要求される性能が変化し、それに対応できなくなったということ)。

 多くのアフリカ諸国はBRDM-2を軽装甲戦闘車として運用し続けていますが、内戦が始まるまでシリアにとって明らかに唯一の可能な敵だったイスラエルに対するそのような車両の有用性は極めて低いと思われていました。当然ながら、就役していた殆どのBRDM-2は同車を運用し続けていたSyAAの機械化部隊から退役しました。

 しかし、退役した一定数のBRDM-2の運命は、結局のところ、より旧式のBTR-152兵員輸送車(APC)と共に警察への移管後に復活することになったことが判明しました。

 BRDM-2(の警察での使用)はこの役割にかなり大きな可能性を秘めており、成功した暴徒鎮圧車両として世界中の機動隊も改修をしたものの、シリアでは平和的な抗議活動が早い段階で今日まで至る内戦に移行したため、同国における(暴徒鎮圧用)改修はすぐに完全に不十分なものになってしまいました。

 装備された重火器では平和的な暴徒鎮圧には完全に不適当でしたが、(警察部隊は)しばしばその機関銃の使用に出たことが報じられています。ちなみに、生き残った車両は軍が警察部隊の作戦を引き継いだ後に撤収しました。

BRDM-2の横に書かれている文字: قوات حفظ الأمن والنظام - 治安秩序維持軍


 前述のとおり、SyAAは警察からの革命を鎮圧する役割を引き継ぎました。この時までには革命に伴う騒乱は、まだホムスのような大都市だけで発生していました(当時は革命がホムスのような大都市を越えて拡がってはいなかったものの、結果としてSyAAはその鎮圧に明らかに失敗してしまいました)。そのために(反乱軍との)最前線における重AFVの存在数は増加し、いくつかのBRDM-2を含むそれらは主に反乱軍との紛争地域周辺の検問所に配置されました。

 しかし、イスラエルとの従来型の戦争での戦闘を準備してきたうえに、シリアでの急激な戦場の変化への適応が完全に未熟だったことも判明していたこともあり、SyAAの戦車は政権が統制する市街地中心部を強化するには殆ど役には立たなかったようです。

 戦闘がシリアの大部分に拡大するにつれて、紛争の激しさも増しました。反乱勢力は今や対戦車ミサイルや携帯式対戦車擲弾発射器(RPG)をSyAAの武器庫から捕獲したり海外から入手したりしてシリアの機甲戦力に打撃を与えているのです。

 SyAAの機甲戦力の損失は、世界中のほとんどの国で運用されている戦車数をはるかに上回る数にまで増加しましたが、(SyAA)はイスラエルとの従来型戦闘における地上戦の準備をしていたので、依然として(戦争の大半で発生するだろう莫大な損失を補うための)大量のAFVに依存することができました(注:損失自体は想定済みということ)。

 SyAAの喪失した兵器ストックを補充するために、大量のT-62Mや他のAFVが2017年初頭までに(シリアへ)到着し始めたばかりだったという事実は、シリアの造兵廠が豊富なストックを抱えていたことも証明しました(注:内戦開始から6年後に供与が開始されるまでSyAAの予備兵器に余裕があったということ)。

 しかしこれはまた、何年も前からSyAAの基地で朽ち果ていたBTR-60やBRDM-2のような軽武装・軽装甲のAFVの存在に反応してそれらを就役させる理由が特にないことも意味したのです(注:最就役させる価値が無いということ)。

 14.5mm重機関銃で武装して、最低でも小火器に対する防護力があったことから、いくつかのBRDM-2は制圧に直面している包囲された基地で固定陣地として使用されました。
 
 これらの基地が陥落した後に陣地に転用された個体が数台鹵獲されました。最も注目すべきは2014年にイスラミック・ステート(IS)がSyAAの駐屯地を制圧した際、ラッカの第17師団で遺棄されたBRDM-2RKhが、デリゾール近郊では別の通常型のBRDM-2が鹵獲されたことでしょう。



 通常のBRDM-2よりもいくらかは恐れられていたのは、ありふれたBRDM-2の車体を用いた対戦車ミサイル(ATGM)車でした。シリア内戦におけるATGMの重度の拡散と使用のおかげでシリア各地における多くの政権側による攻勢の際には(同車が)戦力倍増の効果を与える装備(という立場)として最終的に落ち着いたほどだったのです。      

 ATGMは本来AFVに対して使用されるように設計されていましたが、この内戦では建物の中の防御陣地のような強固な構造物に対する精密兵器として広く使用されているのです。

 (大きい車両のため)通常のATGM発射機が可能なように人目の無い隠れた場所に位置することはできませんが、BRDM-2ベースのATGM車の利点は(車両の種類にもよるが)5発か6発のATGMを(全弾を装填する必要がある前に)乗員が車内に残り続けて発車する能力です(注:車載型は車内から安全に5,6発を連続して発射できるということ。地上に備え付けの発射機では操作員はむき出しであり、一度に単発しかできないので、続けて発射するにはいちいち装填しなければなりませんでした)。

 この能力はシリアの砂漠地帯にあるISの領域に対する政権側の攻勢で大いに役立った可能性があります。そこではISが装甲・非装甲の車両運搬式即席爆発装置(自動車爆弾:VBIED)を乱用していたからです。それらの一部はなんとかしてSyAAの陣地と兵舎や集積地に忍び寄ることができたでしょうが、おそらくは監視地点にいるBRDM-2ベースのATGM車によって(自爆攻撃を)妨害されたかもしれません。


 シリアは9P122と9P148 ATGM車の双方を入手しましたが、現代の紛争では9P148だけが使用に耐えうると主張することができます。

 9P148は一世代遅れのマリュートカATGMを発射する旧式の9P122を大幅に改善したもので、9M113「コンクールス」とより古い9M111「ファゴット」のどちらも発射することが可能です。少数の9P148が内戦に投入されて少数が現役にあると考えられていますが、全てのP9122は長期保管されたままです。

 ゴラン高原でイスラエルのメルカバ戦車を攻撃するというSyAAが意図した役割では9P122とマリュートカATGMはいずれにせよ彼らを十分に怖がらせることはできなかったでしょう(注:マリュートカATGMではメルカバ戦車に歯が立たないので、結局は役立たなかっただろうということ)。

 大半の9P122はSyAAの基地に置かれているために私たちの視界から隠れたままとなっていますが、いくらかはシリア内戦の間に鹵獲されました。最も特筆すべき事例は反乱軍がアレッポの包囲を解こうと試みた際に、合計で7台の9P122が砲兵学校で鹵獲されたことです(包囲の突破は8月初頭に成功しました)。

 反乱軍はアレッポを維持することに不可欠なライフラインの維持を繰り返し試みたにもかかわらず、2016年9月初頭には新たな政権側の攻勢で包囲が復活し、その数ヶ月後の同年12月後半には政権側が都市全体を掌握してしまいました。


 興味深いことに、ISだけが捕獲した9P122の使用を試みたことがあります。

 しかし、想定されていた用途(注:対戦車攻撃)で9P122を使う代わりに、ISがこれらを(車両分類番号[100]と[106]がデリゾールのアイヤッシュ近郊で政権軍によって鹵獲された以前に)装甲兵員輸送車(APC)やVBIEDに転換した可能性があります。

 鹵獲された9P122の双方がISの装甲車両修理施設:「工廠」かその傘下にある工廠でオーバーホールされた車両であることを示す、الدولةالإسلامية - 'イスラミック・ステート'、جيشالخلافة - 'カリフ制軍'(ジャイシュ・アル・ファリーファ)と記載された黒い四角形のマーキングが施されました。

 どちらの車両分類番号も特有の第1桁を付与されており、9P122[106]の存在は少なくとも6台のBRDM-2やその派生型、または他の装輪式AFVが「工廠」によってオーバーホールされたことを示唆しています(注:「工廠」ではBRDMが100番台、戦車が300番台といったように、AFVのカテゴリー別に番号の第1桁が分かれている。この分類からすると。捕獲されたBRDMに[106]とあったことから、少なくとも6,7台の同種車両が存在するということを意味しているのです)。


 他の9P122の大半と似たような運命が、BRDM-2の車体をベースとした短距離地対空ミサイル(SAM)システム9K31ストレラ-1にも与えられました。

 本質的には、これらは(4発のミサイルを搭載した)機動プラットフォーム上に装備された旧世代の携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)の性能と変わりません。したがって、9K31ストレラ-1は今日の紛争における赤外線誘導式(IR)ミサイルに対する現在の妨害策には完全に手も足も出なかったと思われます。

 シリア軍はより現代的なパーンツィリ-S1ブクM2、アップグレードされたS-125(ペチョラ-2M)を入手していたものの、それら自身が既にイスラエル空軍によって敗北を喫したので、シリアは2000年代後半か2010年代の初頭にはより旧式である9K31ストレラ-1の大半を退役させてしまいました。


 BRDM-2の大半の派生型が倉庫で保管され続けているものの、BRDM-2の偶発的な出現は今日まで続いています。それでも、たいていは1台がシリア政府と連携した部隊かそれと戦っている勢力のいずれかによって使用されている程度です(注:複数での目撃例が少なく、目撃される場合は1台のみ場合が多いということ)。

 さらに事実を明かすと、目撃されたBRDM-2の殆どは政権とその同盟者と戦う勢力によって運用されており、中でも注目すべきはISによるもので、彼らは数台のBRDM-2をシリア北部における孤立したSyAA基地に対する攻撃で使用しました。

 政権側で運用中の稼働状態にある殆どのBRDM-2はそれらを運用する部隊の主導で復活させられてはいますが、それは政権側のAFV修理工場でBRDM-2群の大部分を復活させるという、より広範囲に及ぶ計画の一部ではありません(注:大規模な再生計画ではないということ)。

 その一方で、YPG(クルド人民防衛隊)のような勢力は少なくとも何らかの形の装甲(戦力による)支援を部隊に与えるためにBRDM-2のような再生車両に依存しています。
 歴史的にシリアを支配するべく戦闘を繰り広げている全ての主要な勢力で最も裕福ではないYPGはDIY装甲のトラクターと他の奇怪な車両を補完するために、入手することができたあらゆる車両を利用し続けています。この状況は、YPGが(以前に政権側の部隊か他の勢力によって)シリア北部の各地で放棄されていた、いくつかのBRDM-2をBTR-60と共に復活させるに至ったのです。



 最も最近の目撃例には、2018年4月に無傷の約40台の戦車とAFVが(イスラーム軍から)政権側の部隊へ引き渡される前の東カラマウンで、かつて同軍が運用していた1台のBRDM-2が含まれています。       

 興味深いことに、彼らは内戦の初期段階の際に独自の空軍を創設、東グータではいくつかの9K33オーサSAMシステムを運用し、シリアで最大の機甲戦力を集中させた部隊を集めた実績があります。そして、射程が200km以上あるイラン製ゼルザル-2「マイサラム」地対地ロケット弾を20発以上を所有していたが、彼らはそれらのアセットを最大限に活用することを決してしませんでした。

 その代わりに、彼らは鹵獲した装備を主に内戦で最大限活用するのではなく、主に抑止力として使用しているように思われましたが、最終的には双方の成果を得ることに失敗に終わりました(注:結局はそれらの装備を鹵獲・破壊されたり、拠点からの撤退を強いられるなどして目的を達成することができなかったのです)。

 イスラーム軍によって政権側に引き渡された戦車のうち数台がその数ヶ月後にダルアーへの攻勢に参加している姿が見られましたが、このBRDM-2が同様に再使用されるかは不明のままとなっています。


 BRDM-2を戦場に展開させることを実際に意図していた他の運用者も改修する力を持っていました。主な改修は、シリア警察のBRDM-2に施されたものに似た、小火器による攻撃に弱いホイールの防御力を向上させようとしたものです。

 これらの大抵は比較的単純な改修は銃弾以外のもの(注:砲弾など)に対して車両を防御することには殆ど役に立ちませんが、(改修は)BRDM-2が任務を負った限定的な役割からすれば十分であると考えられたようです。

 典型的な改修を施されたBRDM-2を下の画像で見ることができます:これは自爆攻撃に向かっている車両です。スラット・アーマー対戦車擲弾(RPG)に対して車両を生存させる可能性を大幅に向上させたはずですが、おそらく運用者がその改修のために努力する価値が無いと見なしたのでしょう。

 確かに、シリア内戦では比較的少量のAFVしかこの形態の(増加)装甲を付与されていません。その中で最も注目するべきなのは第4機甲師団によって運用されているAFVです。

 
 そのような事例を下の画像で見ることができます:このダルアーで撮影されたBRDM-2は政権側の部隊によって鹵獲されました。この車両は既存の砲塔の上に新しいシールドと(防御力を向上させるために)、おそらく中を岩や砂袋で満たした装甲板を車体側面に追加の改修を受けています。


 ISによって運用された別の車両は、砲塔を含むBRDM-2の車体の外周に装甲板が追加さています。おそらくは装甲の製作とBRDM-2への装着に多くの時間を必要としたはずが、この車両は最終的にシリア中央にあるホムス県でVBIEDとして投入されました。

عربة الأخ أبو مصعب (تقبله الله) المفخخة - ''兄弟アブ・ムスラブの爆弾車両, アッラーは彼を受け入れるだろう"

 戦場で捕獲されたAFVが全て「救出」可能とは限りません。砲塔に損傷を受けたり、機能不全の部品を交換する昔ながらの(整備・修理)方法を欠いたままの運用は戦車にまだ射撃や運転可能な状態をもたらしますが、機能不全の武装やエンジンのせいでそれぞれが本来意図された用途では全く役に立たなくなるからです。

 シリアでは、大抵の場合はそれがAFVに全損という結果をもたらすことを意味しますが、YPGは一般的に保有している乏しい装甲プラットホームを無駄にすることを許していないので、他のAFVをベースにしたDIY-AFVをよく見かけます(注:YPGは装甲兵力が少ないのでAFVが損傷しても無駄にせずニコイチなどして残存を図っているのです)。

 YPGのやり方で、少なくとも1台のBRDM-2が新しいAFVのベースとして使用され、広範囲にわたって改装されました。下の車両は明らかにBRDM-2をベースにしていますが、この再生車両は全ての面で元の車両とは異なっています。


 ただし、大半のYPGの改修は前述の車両よりは平凡なものです。通常の改修はホイールの周囲を覆う装甲板の追加ですが、各改修車両の間で変化が見られます。これは、各車両が異なる兵器修理工場によって改修されたことを示している可能性があります。

  
 





 
    


 シリアにおけるBRDM-2に施された最も徹底的な改修は、いかなる現地の勢力によってなされませんでした。しかし、その代わりにロシアの民間軍事会社ワグネルによって実現されました。

 一応は民間軍事会社でしょうが、ワグネルはロシア国防省の非公式な通常戦力として地上で活動しており、シリアで(身分を隠していない、正式な)ロシア軍から大規模な支援を受けてきました。

 さらに、彼らはいくつかの政権側の攻勢で決定的な役割を果たしており、突撃部隊として活動して多くの戦闘をしたものの、撮影クルーが新しく征服した地域で撮影をし始めると再び姿を消しています(注:ワグネルは隠密に活動しているので、テレビ・クルーが新しく占領された土地を訪れると時点ではロシアの傭兵がいることを悟られないために姿を消してしまっています。そのため、彼らからするとSyAAが実際にそこを占領したように見えるわけです)。

 ワグネルが保有するBRDM-2の出所は不明ですが、おそらくSyAAのストック品でシリアにおける彼らの新しい運用者によって改修されたか、単にロシア軍のストック品を入手してロシアで改修されたものと思われます。

 ワグネルが使用しているBRDMについては今までに3種類の派生型が知られていますが、それぞれにいくつかの亜種が存在します。これらはアレッポ、タドムル、デリゾールを含むシリアの殆どの地方に姿を見せており、デリゾールでは少なくとも1台がISによって撃破されました

 最初の改修例はBRDM-2の砲塔を撤去されており、その代わりとして遠隔操作式のZU-23 23mm機関砲が搭載されています。機関砲の上部には(照準用の)カメラが装備されている
弾薬を再装填する以前の段階でBRDM-2により長期間の射撃を可能にさせるために通常よりも大きい弾倉が装着され、おそらくは1門あたり約100発の弾薬のために合計でその2倍(注:ZU-23が連装のため)の量の射撃を可能にしています(ただし、ZU-23を搭載したすべてのBRDM-2がそのような弾倉を使用しているとは限らないように見えます)。

 この車両は砲塔と車体の周囲に新しく装備されたスラット・アーマーによって防護されています。スラット・アーマーと車体の間の広い空間は無数の土嚢を入れることを可能にし、命中した弾頭を変形させる(注:無力化させる)機会をさらに増大させると見受けられます。





 別の改修例では、KPVを装備した砲塔がNSV 12.7mm重機関銃AGS-17 30mm自動擲弾銃を含む自家製の砲塔に置き換えられています。

 この車両もスラット・アーマーを装備していますが、上の画像の車両とは少し違った装着がなされています。

 
 どこかに展開した下の改修車両の外見は他の個体とよく似ていますが、いくつかの小さな違いが特徴になっています。
 最も注目するべき点として、同車には密閉式の砲塔が装備されておらず、その代わりに主武装を格納している開放式のキューポラが設けられていることです。

 この車両もワグネルが他に運用している殆どのBRDM-2と同じように車体前部にカメラを搭載している。このカメラはBRDM-2の操縦手に新しく装備されたスラット・アーマーで大きく妨げられた視界の向上をもたらすでしょう。


 これらのBRDM-2のオーバーホールは、他の点では二流のAFVをシリアの砂漠地方におけるパトロールと移動に適合した強力なAFVに変化させるでしょう。

 このような改修をSyAAとその同盟者にさせるかは彼ら自身の意志に左右され、その(方針の)決定はシリアにおけるBRDM-2の将来に大きな影響を与えるはずです。


 BRDM-2は多くの弱点があるにもかかわらず、依然としてシリア内戦で貴重な戦力になるということが判明しています:ワグネルの例に沿った改修はBRDM-2を効果的な警戒車両と火力支援車に変えるでしょう

 シリア政府は国内にある反政府軍の領域にいる残存勢力を徐々に抹殺しています。彼らはまだ自身の支配下にない領域でも同様のことをしたいと望むだろうことは間違いありません。   

 将来に実施される作戦は、一度は永眠の地を見つけたと見なされ、今やもう一度戦うためにリファビッシュされた車両の関与を見続けさせてくれることでしょう。

 ※ この記事は、2018年9月22日に「Oryx」本国版に投稿された記事を翻訳したものです。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
    

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2018年9月23日日曜日

忘れられた軍隊:沿ドニエストルの新型多連装ロケット砲


著:ステイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 公式には沿ドニエストル・モルドバ共和国(PMR)と呼ばれるトランスニストリアは、1990年に沿ドニエストル・ソビエト社会主義共和国として独立を主張し、続く1992にモルドバから離脱して以来、隠れた存在であり続けている東ヨーロッパの分離独立国家です。沿ドニエストルはウクライナとモルドバの間に位置しており、現在のところ、いずれも自身が未承認国家であるアブハジア共和国、南オセチア共和国、アルツァフ共和国のみから承認されています。

 1992年に武力紛争が終結したにもかかわらず、沿ドニエストルの情勢は非常に複雑です。この離脱国家はロシア連邦への加入を希望している一方で、わずかな生産物の輸出をモルドバに大いに依存し続けており、それが同国の経済産出量となっています。

 外界への透明性を高めるための小さな一歩を踏み出しているにもかかわらず、沿ドニエストルはハンマーと鎌をその国旗の中で使用し続けるソビエト社会主義共和国のままであり、KGBを主要な治安機関として保持し続けているのです。

 ロシアは依然として沿ドニエストルでわずかな影響力を維持しており、国内で公式に平和維持活動を行っています。その立場が本当の国家なのかという論争の的になっているにもかかわらず、沿ドニエストルは自らの陸軍、航空兵力、そして軍需産業と一体になった事実上の国家として機能しています。
        
 沿ドニエストルの軍需産業は過去20年以上にわたって沿ドニエストル軍で就役した、数多くの非常に興味深い設計の装備を製造してきました。この軍需産業はトランスニストリア戦争の間に非常に活発的となり、モルドバ軍に対して使用するためのさまざまなDIY装甲戦闘車両(AFV)、多連装ロケット砲(MRLs)やその他の兵器を製造しました。

 停戦後、同国の軍需産業は1991年に設立されて以来旧ソ連製兵器のストックを置き換えることができなかった沿ドニエストル軍の運用状態を支える上で重要な役割を果たしています。

 これらの生産品の1つはありふれたBM-21と同じ122mmロケット弾を使用した新しい多連装ロケット砲ですが、そのデザインは根本的に異なってます。それは2016年に開催された国際軍事競技大会「コモンウェルス・ウォリアー2016」で最初に確認されていて、このMRLは沿ドニエストルが過去に国内開発したMRLの大規模なアップグレード版です(注:便宜上、この記事では新型のMRLについて、生産した工場に因んでプリボール-2と呼称します。また、過去に開発したMRLも新型と区別するためPribor-1と呼称しますが正式名称ではありません)。

 プリボール-1の20本の発射器チューブと比べると48本の122mm発射器チューブという見事な数を誇示している「プリボール-2」は、現地で改修されたAPC:BTRG-127 「バンブルビー」が公表された後では沿ドニエストル軍に最も新しく加えられた装備となっています。



 沿ドニエストルは地域内や海外への武器密売国として悪名が高いことで知られています。ソ連地上軍第14軍からの大量の武器と弾薬は沿ドニエストルの地元住民によって引き継がれました。モルドバ政府によれば、同地域に忠実であった第14軍の兵士と外国の義勇兵が依然としてモルドバの領土と主張していた沿ドニエストルに入ったとき、1992年に両者の間で紛争が生じました(注:多くの第14軍の兵士や外国の義勇兵が沿ドニエストル軍に加わった)。

 紛失した大量の兵器や弾薬が確保された後、これらは新たに設立された沿ドニエストル共和国軍に引き継がれたか、在モルドバ共和国沿ドニエストル地域ロシア軍作戦集団の監督下でロシアに移送されて戻りました。しかし、限られた量の沿ドニエストル由来の武器が依然として海外へ密輸されています。

 ソ連が崩壊したとき、かつてソ連軍を構成していた人員や関連する兵器類の多くは、所在する地の新しく誕生した国に属することになりました。このプロセスは、旧ソ連の外に駐留していた多くの民族的ロシア人の離脱(注・分離独立や脱走)によってしばしば問題となりましたが、これはモルドバが遭った唯一の問題ではありませんでした

 第14軍は実際にはウクライナ、モルドバ、そして分離独立国家であるトランスニストリア(沿ドニエストル)に属し、同軍の様々な部隊は、ウクライナ、モルドバ、ロシアのいずれかに属したり、新たに形成された沿ドニエストル共和国に合流しました。明らかに、これは非常に複雑で過敏なプロセスの下で行われたものです。

 沿ドニエストル側は支配した領域に存在する武器保管庫ほとんどを引き継いだときに大量の高度な特殊車輌を受け継いだ一方で、IFVと自走砲はわずかな数しか保有し続けることができませんでした。

 実際、この地域に存在していたいくらかの2S1「グヴォズジーカ」122mm自走榴弾砲と2S3「アカーツィア」152mm自走榴弾砲(これらはロシアへ移送された可能性が極めて高い)のほか、沿ドニエストル軍の兵器保有リストに自走砲はありません。その代わり、間接射撃の火力支援には武器庫にある牽引式対空砲・対戦車砲と122mm多連装ロケット砲(Pribor-1:下の画像)に依存しています。

 比較すると、モルドバはBM-27/220mm MRLとのBM-21/122mm MRL2A36「ギアツィント-B 152mm野砲、2S9「ノーナ」120mm自走迫撃砲を大量に運用し続けています。将来のモルドバとの紛争ではアウトレンジで打ち負かされてしまうことは必至と見られているが、沿ドニエストルはモルドバとの数的・技術的に不利な点を相殺する他の方法を模索しています。



 (沿ドニエストルは)1992年の戦争中には火力を増強するための「Alazan」として知られている粗雑な型のMRLの設計と製造を始めていて、沿ドニエストルの盛況している軍需産業は1990年代に他の型のMRL(の開発)を試みましたが、特に成功したようには見えず、沿ドニエストル軍に配備されることはありませんでした。

 沿ドニエストルの場合、最初の成功はZiL-131トラックとBM-21と似たような働きをする、独自の起立式発射システムを組み合わせたプリボール-1という形で登場しました。しかし、BM-21との最大の違いは1回の斉射で車両が発射できるロケット弾の総数が、BM-21の40発からPribor-1のわずか20発まで50%が低下したことにあります。

 実際の理由は不明のままですが、1台のBM-21を単純にカニバライジングして2台のプリボール-1にすることで、保有リストのMRLの数を増加させようとする沿ドニエストル軍による試みだった可能性があります(注:性能を犠牲にしても発射車両を単純に増加させるために、BM-21をバラして半分の性能の車両2台にした可能性があるということ)。

 しかし、Pribor-1は一般的なBM-21とは事実上すべての面で異なっているため、この説は今日では信じがたいと考えられています。おそらくは沿ドニエストルが第14軍から数千発の122mmロケット弾を引き継いだものの、それらを発射するMRLを引き継がなかったため、その後に発射器自体を入手したか、製造した可能性が高いと思われます。

 プリボール-1の20基の発射器チューブとは対照的に、プリボール-2は1回の斉射で少なくとも48発の122mmロケット弾を発射することができます。BM-21からのプリボール-1への明らかなダウングレードを考慮すると、沿ドニエストルは実際に独自の発射器チューブの製造が可能なことを暗示しているかもしれません。

 商用のKAMAZ-43114またはそれに近い派生型のトラックをベースにしたプリボール-2は他のMRLのデザインと比較すると、発射器を後ろ向きに搭載して、122mmロケット弾発射器チューブの12発x4という興味深い配置をしているという点で際立っています。

 沿ドニエストルにおける現在使用可能なプリボール-2の数は不明のままです。ただし、その継続的な生産は最終的にプリボール-2の拡充や旧式で能力が劣っているプリボール-1を置き換えることを可能にするかもしれません。




 新型のMRLを導入して拡充することは別として、沿ドニエストルはMRLが対砲兵射撃の役割を担うことを可能にするべく、敵軍:特に砲兵の探知能力を向上させるための措置も講じています。
 
 とりわけ、沿ドニエストルはいくつかの商用のDJI FC40ファントムを購入し、さらに沿ドニエストル軍がプリボール-1及びプリボール-2 MRLの標的を特定する手助けとなる独自の無人機プログラムを始動しています。

 また、沿ドニエストル軍はいくつかの戦場監視レーダーも運用しています。その中には比較的現代的なCredo-M1携帯型戦場監視レーダーが含まれており、約30km離れたAFVや10km圏内の人員の移動を探知できます。


 沿ドニエストルの規模・地位・経済にとって、新型のMRLを導入することは確かに見事な偉業であり、あらゆる手段を最大限に活用するという明確なケースの提示を意味しています。この件について、沿ドニエストルは独自の軍事産業の製品で、ごく僅かな観衆:外国人ウォッチャーを驚かせ続けるに違いありません。

 より重要なのは、沿ドニエストルは「共和国」が分離独立国家としての地位を維持するために必要な手段である武器と装備の生産において、更に自立してきていることを示していることです。

  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
  があります。


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