著:ヨースト・オリーマンズ と ステイン・ミッツアー (編訳:Tarao Goo)
ロシアによるウクライナ侵攻が軍事的にも経済的にも純然たる大失敗であったことは、現時点で全く否定することはできません。
首都キーウとウクライナ東部を包囲・掌握し、西側諸国をウクライナの将来的な地位に関する交渉のテーブルにつかせることを目的とした迅速な作戦は、今やロシアが自らの国力を維持できる状態ではない、東部における血みどろの消耗戦と化したことは一目瞭然です。
ロシアによる攻撃は、自国軍の指揮・戦術・装備に関する多くの問題を露わにするという、この先何年にもわたって分析されるであろう大惨事を招いてしまいました。
現在最も有力視されているシナリオは、(ウクライナ国防省が発表したとおり)この巡洋艦に海岸から発射された「RK-360MT "ネプチューン"」対艦ミサイル(AShM)2発が命中して搭載されている弾薬類の誘爆を阻止できなかったことから、次第に艦の破壊が進んで最終的に沈没したというものです(注:「モスクワ」が対艦ミサイル2発の直撃を受けたことはアメリカ国防総省の高官が認めたと報じられています)。
上記とは別の要因として、詳細不明の原因によって弾薬の爆発が引き起こされたという説がロシア当局によって主張されています。[1]
「モスクワ」の乗組員のほとんどは艦が被弾後しばらくして安全に避難したようであり、ロシア国営メディアは「モスクワ」は修理のためにセヴァストポリ港に戻りつつあると報じていますが、これは単に事態が進行中であることを隠蔽しているにすぎません(注:後にロシア国防省は「モスクワ」沈没を認めました。乗組員もかなりの数の犠牲になったと推測されています)。
ウクライナにとっては「モスクワ」の沈没は驚異的な偉業であり、士気を大きく向上させるものです。「モスクワ」は反ロシアのスローガン「Русский военный корабль, иди нахуй (ロシア軍艦、くたばれ)!」を生み出すきっかけとなった、(以前にウクライナが撃沈したという誤情報を出した)プロジェクト22160級コルベット「ワシーリー・ブイコフ」と共にスネーク島(ズミイヌイ島)の掌握に重要な役割を果たしたことが知られています。
それにもかかわらず、一般的に考えられているのとは逆に、「モスクワ」の喪失がウクライナ戦争に及ぼす実際の軍事的な影響はほとんどありません。
この巡洋艦が装備している射程550kmを誇る「P-500」対艦ミサイル16発と射程90kmの「S-300F(S-300Pの海軍版)」地対空ミサイル64発は確かにスペック上では非常に強力に見えますが、主敵のはずのウクライナ海軍は港に引きこもったままであり、空軍はこの地域で「S-300F」を有効活用できるような高度で運用されていないからです。
在りし日のロケット巡洋艦「モスクワ」の威容 |
「モスクワ」の撃沈に貢献したと云われているウクライナのアセットの1つが、「バイラクタルTB2」無人航空戦闘機(UCAV)です。
すでにロシア国防省は(2022年3月に受け取った追加の16機を含めた)ウクライナの保有数よりも多くのTB2を撃墜したと主張していますが、ロシアの非公式情報は、「モスクワ」の乗組員に向かってくる2発の対艦ミサイルよりも無人機へ注意を集中させるための陽動としてウクライナのTB2が投入されたと指摘しています。[2]
確かに説得力のある説にはなっていますが、そのシナリオが誤りであることはほぼ間違いありません。
「モスクワ」のような軍艦に装備されている対空レーダーとそのオペレーターは僅か1つの目標よりも多くのものを検知・追尾する能力があるだけでなく、実際に稼働している限り、事実上自動的にそうすることができます。したがって、仮に対空レーダーが実際に無人機を追尾していたのであれば、彼らの状況認識力は不意に攻撃される状態よりも高いレベルにあったということになります。
もし、本当に沈没が2発の対艦ミサイルの直撃を受けたことで生じたのであれば、単に「モスクワ」のレーダーがミサイルを検知できなかったり(あるいは検知が遅れてしまった)、装備されている6門の「AK-630」近接防空システム(CIWS)では艦を防御しきれなかったという可能性が極めて高いと思われます。
この意味で、これまでの報道において、(命中ではなく)発射されたと思われる対艦ミサイルの総数が明確に言及されていないことに留意する必要があるでしょう。つまり、「モスクワ」の防空能力が綿密な計画によって実施されたミサイルの飽和攻撃に対処しきれなかったというシナリオもあり得ないわけではないのです。
沈む少し前の「モスクワ」 |
多くの軍事アナリストたちは、一般に先進的と考えられているロシア軍装備の非有効性に依然として困惑していますが、実際のところ、ロシア軍のハードウェアが現代の戦場で有効に機能できないことが実証されるという傾向が以前から続いています。
ウクライナでの戦争はこの秘密を広く世間に晒していますが、これを初めて真に世に知らしめた最初の紛争は、2020年に勃発したナゴルノ・カラバフをめぐる「44日間戦争」でした。この戦争で、ロシアの最新の電子戦システムと防空システムの大部分がUCAVと小型の徘徊兵器に対してほとんど対処できなかったことが証明されたのです。[3] [4]
つまり、最新型の対艦ミサイルによる攻撃に直面した場合、ロシア海軍の艦船に搭載されたレーダーや対空ミサイルシステムの有効性がそれらと異なることを示す根拠は何もありません。
「モスクワ」を撃沈に至らせたと云われる新型地対艦ミサイル「RK-360MT "ネプチューン"」は、ウクライナ国産ですが、基本的にソ連の「Kh-35」をベースにしたものです。
こうした対艦ミサイルには、攻撃が成功する可能性を高めると共に適時の探知を困難にする、さまざまな技術が取り入られています。その1つは、ミサイルが海面から僅か数メート高度高度を飛行しながら(レーダー波が目標に検知されるのを避けるために)終末段階まで慣性航法を用いることから、 敵艦がレーダーでそれを探知して正確に迎撃することが非常に困難であることです。
現代の対艦ミサイルには、ほかにも多くの秘策を有していると考えられています。「ネプチューン」がそのような能力を備えているかどうかは不明ですが、現代の対艦ミサイルの大分部は、命中のタイミングを正確に調整できるように飛行経路をプログラミングし、同時に複数の方向から攻撃して防御側を圧倒することが可能です。
このようなミサイルを撃墜することは非常に困難かもしれませんが、「Kh-35」と「ネプチューン」は亜音速で飛行する比較的軽量級の対艦ミサイルであり、「ネプチューン」の最大射程は280キロメートルであることも同時に強調しなければなりません。
「モスクワ」は「ネプチューン」が想定していた目標よりもはるかに巨大なだけでなく、現代の戦闘群が活発な戦闘地域で警戒状態にあることを考慮すると、対艦ミサイルの攻撃を完全に防ぐことはできないにしても、少なくとも命中で引き起こされるであろう損傷を最小限に抑えることはできたはずです。
確かに、「モスクワ」はウクライナが依然として支配している沿岸地域から100km未満の海域で作戦に従事していたと考えられるので、それが「ネプチューン」の格好の標的にしたに違いありません。[5]
結果として、巨大な巡航ミサイルと豊富な弾薬類を備えた「モスクワ」の重武装は最初のミサイル直撃後に制御不能の火災を引き起こし、それが艦自体の終焉をもたらした可能性があります。
ところで、著者はTB2の話が全くの誤りとは言っていません。実際、ロシア国防省は「モスクワ」が沈む前日に、黒海上で「バイラクタルTB2」と交戦するロシアのフリゲート「アドミラル・エッセン」を撮影したとされる映像をリリースしました。[6]
また、今まで報じられていない別の事例では、ウクライナ海軍がロシア海軍の艦船に対して1機のTB2を投入し、「MAM-L」誘導爆弾を敵艦に命中させたものの、(弾頭重量が軽いため)ほとんど損害を与えることができなかったというものがあります。
TB2のより適切な使用例としては、黒海にいる敵艦の位置を把握し、その位置を沿岸防衛ミサイルシステム(CDS)などの地上配備型アセットに中継することが挙げられます。実際、TB2に装備されたWESCAM製「MX-15D」 FLIRシステムは、天候が良ければ少なくとも100km先にいる「モスクワ」程度の大きさの目標を発見することが可能です。
攻撃当時の気象条件のおかげでその検知可能な距離が狭まったことで、TB2は「モスクワ」が誇る「S-300F」防空システムの射程圏内を飛行せざるを得なくなった可能性があります。
高度な艦対空ミサイルシステムの交戦圏内に入ることについて、多くの人は特にTB2のようなアセットが確実に撃墜されることを意味すると思い込むでしょうが、実際には必ずしもそのとおりにはなりません。
特にウクライナ海軍の場合、保有するTB2はクリミアに配備されているロシアの「S-400」の射程圏内で多くの任務を遂行しているため、それを踏まえるとこの恐るべき防空システムはどうやら戦果を挙げることがあまりできていないようだからです。
ウクライナ海軍に属する「バイラクタルTB2」の1機。胴体下部の「WESCAM」製「MX-15D」FLIR装置に注目。 |
CDSはウクライナ軍にとって比較的新しい戦力であり、同国は射程距離280kmの対艦巡航ミサイル「RK-360MT "ネプチューン"」の導入を通じてその戦力の構築に重点的に取り組んできました。
ウクライナにとって不運なことに、最初の「ネプチューン」CDS複合体の導入はちょうど2022年4月に予定されていましたが、 2月に開始された戦争とロシアによるウクライナの軍事産業に対する激しい無力化措置によって、その導入は当然ながら困難となってしまいました(同時に導入の必要性も生じたことは言うまでもないでしょう)。
しかし、「ネプチューン」のような極めて重要なアセットを実際に無力化するための取り組みはあまり徹底されていないように見受けられます。 ロシア国防省の傲慢さが真の脅威を特定し、それに対処することを阻んでいるようです。
例えば、開戦初日に(信じられないことに、ウクライナが隠す試みをしなかった)TB2の地上管制ステーション(GCS)に打撃を与えるのではなく、それを無視したことによってロシアが初日にウクライナのUCAV戦力を麻痺させることができたにもかかわらず、 ウクライナにGCSを安全に移動して秘匿することを許してしまったのです。
「ネプチューン」について、ウクライナは僅かなシステムとミサイルから構成された試作型を有する1個中隊しか運用していませんが、まもなく運用が開始される予定だった最初の量産型「ネプチューン」大隊のために、すでに完成していたもの全てで増強していたのかもしれません。
この中に対水上捜索レーダー(ウクライナ版「モノリート」)が含まれているかどうかは不明です:単に初回生産分のシステムを新品の車体に急いで組み込み、既存の「ネプチューン」中隊に配属された可能性が考えられます。
ただし、もしそのようなレーダーがまだ使用可能な状態になかった場合、現場の空域を飛んでいたと報じられているTB2は索敵任務が与えられていた可能性があり、(事実であれば)沿岸部の海上目標を探知するのに非常に有効な手法であったことが実証されたことになります。
「ネプチューン」CDS複合体の発射試験の状況 |
早ければ(ウクライナ時間の)4月13日に発生したと思われる事件の直後、「モスクワ」はセヴァストポリ港に向けて曳航されているとの情報がソーシャルメディア上に流れました。
この情報は後にロシア当局によって追認され、当局は火災がきっかけで搭載されていた弾薬が誘爆し、乗組員が完全に避難していたとされる「モスクワ」が深刻な被害を受けたと公表しました。[7]
その翌日、ロシア国防省は、この曳航中だった巡洋艦が荒天のためにバランスを失って沈没したことを明らかにしました。
また、「モスクワ」が沈没する直前に54人のロシアの乗組員をトルコの船が救助したという情報も流れてきました。[8]
巡洋艦「モスクワ」の乗組員が510人であったことを考えると、沈没の原因がミサイル攻撃か火災にあったのかにしても、この事件で失われた人命は極めて深刻なものであったことは間違いないでしょう(注:4月17日にロシア国防省はイェブメノフ・ロシア海軍総司令官が「モスクワ」の元乗組員を閲兵する動画を公開しましたが、明らかに人数が少ないため、乗組員に死傷者や行方不明者が多いことを暗示しています)。
しかし、仮にロシア国防省が公表したシナリオが真実であったとすれば、そのたった1日後にウクライナの対艦ミサイルの製造と修理を手がけるキエフの工場を攻撃したと公表したことについては、明らかに偶然にしては不可解なものがあります。[9]
ロシアが隣国を征服しようとした破滅的な物語は、攻撃を見守る人々だけでなく、ロシア自身をも驚かせたに違いありません。なぜならば、かつて世界で最も強力な軍隊の1つと信じられていたロシア軍の最大の敵は、NATOではなくロシア政府そのものであることが判明したからです。
無能や腐敗、そして現実を完全に否定することが深く組み込まれた統治手法は、他国を無益な戦争に引きずり込むことに加担しただけでなく、有用な戦闘部隊としてのロシア軍自体を崩壊させたように見受けられます。
この意味で、巡洋艦モスクワの沈没は一見したところ1つの出来事にすぎませんが、はるかに大きな問題が噴出する兆候であると言えるでしょう。
「モスクワ」撃沈でウクライナが直接的に軍事面での恩恵を得ることは少ないかもしれませんが(それでも、ウクライナ軍が享受できる士気の向上をもたらした最も有益な出来事の1つであったことは云うまでもありません)、前述の問題がこの戦争を軍事的に勝利しようとするロシアの試みを邪魔し続けることは間違いないと思われます。
ロシアの政治的及び軍事的指導者が最終的にこうした深刻な問題にある程度対処することができるかどうかは不明ですが、それを実行する能力の有無がロシアの残虐な戦争の結果を決する唯一にして最大の決定要因となるでしょう。
[1] Cruiser Moskva retains buoyancy, explosions of ammunition stopped — Defense Ministry https://tass.com/politics/1437605
[2] https://twitter.com/RALee85/status/1514398732611211271
[3] The Conqueror of Karabakh: The Bayraktar TB2 https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/the-conqueror-of-karabakh-bayraktar-tb2.html
[4] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[5] Satellite Image Pinpoints Russian Cruiser Moskva As She Burned https://www.navalnews.com/naval-news/2022/04/satellite-image-pinpoints-russian-cruiser-moskva-as-she-burned/
[6] https://twitter.com/RALee85/status/1514401183900831756
[7] Fire breaks out onboard Moskva missile cruiser, crew evacuated — defense ministry https://tass.com/emergencies/1437443
[8] Ukraine braces for revenge attacks from Russia after Moskva sinking https://www.theguardian.com/world/2022/apr/15/ukraine-braces-revenge-attacks-russia-moskva-sinking
[9] Ukraine says fighting rages in Mariupol, blasts rattle Kyiv https://www.reuters.com/world/europe/powerful-explosions-heard-kyiv-after-russian-warship-sinks-2022-04-15/
※ 当記事は、2022年4月16日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳した
ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
があります。
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