2022年4月24日日曜日

大惨事の果てに: ホストメリ(アントノフ)空港制圧作戦におけるロシア軍の失敗


著:ステイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


 (この記事の執筆時点で)ロシアのウクライナ侵攻から6週間が経過した今、ロシア軍とその作戦計画に影響を及ぼす一連の問題が露呈したと言うことができます。

 ロシアは制裁緩和と引き換えにウクライナの将来的な地位について西側諸国と交渉する際に有利な立場に立つため、まずは開戦から数日以内にキーウを占領することを目指しました。しかし、その期限を1ヶ月も過ぎたところで、 彼らは獲得した領土は僅かで、軍隊はボロボロとなり、イメージも深刻なまでに悪化したことに突如として気づいたようです。経済についても、これまで課された中で最も重い制裁のもとで行き詰まりを見せていることについて知ったことも言うまでもありません。[1]
 
 少なくとも500台の戦車を含む3000以上の軍用車両や重装備を失ったロシアは、すでにほぼ掌握していたウクライナ南東部を除くドンバス地域のドネツク州とルガンスク州だけを、自称「人民共和国軍」部隊の支援を得て征服するという野望を修正せざるを余儀なくされたのです。[2]

 キーウへの攻勢について、ロシアは単にウクライナ軍を首都近郊の攻防戦で疲弊させ、その戦闘能力を低下させながら別の地域に部隊を進撃させるための陽動作戦にすぎず、キーウにおける作戦地域からの撤退は停戦協議を進めるための信頼醸成措置の一環だったと主張しています。しかし、これらは深刻な軍事的な敗北に対する単なる面子上の言い訳であることは、疑い深い人でなくとも指摘できることは一目瞭然でしょう。[3]

 キーウの北西10kmに位置するホストメリ空港(アントノフ国際空港)は、ロシアがキーウを外部と封鎖するプランの中で重要な役割を担っていたようです。

 この空港はアントノフ設計局の貨物輸送部門であるアントノフ航空の本拠地であり、特にロシア軍による襲撃を受けた際には世界最大の航空機である「An-225」が敷地内のハンガーに収容されていたことでその名が広く知れ渡りました。残念なことに、この荘厳な機体は避難が間に合わず、戦闘中に破壊されてしまいました。

 ロシアの計画では、その後のキーウの包囲と征服をするための後続部隊の拠点として活用するため、ホストメリ空港を迅速に占領することを必須としていたようです。その重要な役割にしたがって、ホストメリ空港は2月24日にロシア空挺軍部隊(VDV)によるヘリボーン作戦で大々的に制圧されてしまいました。

 2022年1月の時点で、ウクライナはウィリアム・ジョセフ・バーンズCIA長官からホストメリ空港が(ロシアの侵攻時における)主要な目標であることが伝えられていたものの、それでもロシアのヘリボーン作戦の速度はウクライナ軍に不意打ちを食らわせたようです。[4]
 
 襲撃の際、ベラルーシから投入された「Mi-35」「Ka-52」攻撃ヘリコプターが空港の防御力を弱体化させ、VDVの兵士たちを乗せた「Mi-8」輸送ヘリコプターが安全に着陸できるようにしました。

 この制圧作戦の過程で、1機の「Ka-52」が携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)の命中を受け、空港を囲む境界線の外側に緊急着陸して放棄されました。[5]

 結局のところ、ウクライナの防衛網はほとんどが無傷のままであり、VDVはいかなる有効な航空支援も受けることができなかったため、彼らはすぐにウクライナ軍による反撃に直面することになってしまいました。

もう二度と目にすることができない夢:破壊された「An-225 "ムリヤ"」

 VDV部隊がウクライナ軍と空港の支配権をめぐって争っていた中、ベラルーシから進撃してきたロシア軍の地上部隊はイヴァンキフ付近でウクライナの防衛線を突破することに成功してホストメリに向かって突進したものの、途中で何回かウクライナ軍による待ち伏せ攻撃に遭いました。それでも、ロシア軍は2月25日にホストメリ空港を完全に制圧することができました。 

 その後のロシア陸軍とVDVは、ホストメリ空港を前方基地にしてキーウ攻勢の開始に着手しました。ところが、この時点からロシアによるウクライナへの攻勢が停滞し始め、悪名高い64kmにもなる輸送車列が形成されたり、燃料不足で進撃の中断を余儀なくされた部隊が続出するまでに至りました。
 
 新たに到着したVDVとロシア陸軍の部隊は、ほかの場所での挫折に屈することなく、ホストメリ空港から近隣の町へ抜け出して(大虐殺で世界を震撼させた)ブチャとイルピンへの前進を試みたようです。

 しかし、両者の連携が不十分なまま進撃を開始したためにホストメリとブチャで待ち伏せ攻撃に遭遇し、結果として人員や装備に著しい損害がもたらされてしまいました。

 ロシア軍はウクライナを電光石火の勢いで簡単に制圧できるように準備していたようですが、気が付いてみると、今や自身が予想外の状況に置かれていました。 一見したところ、彼らは敵がどこに存在して、いかに戦うべきか見当もつかない状況にあったのです。

 ホストメリとブチャでの待ち伏せ攻撃は、彼らにかなりの犠牲者を出したばかりか、キーウへ向けてさらに前進する際に自身に何が起こるかを徹底的に認識させるものでした。

 その後の展開は、結果として極めて致命的なものになってしまいました。キーウ周辺の VDV とロシア陸軍は新たな事態に応じてそれに対処する方法を模索するどころか、 大部分が追加の補給物資と64kmにも及ぶ輸送車列が前進して(決して実現することがなかった)キーウ包囲を完成するのを待つだけの停滞した部隊と化してしまったからです。

 統率力の乏しさや欠如、物資の不足、連日の砲撃、相当の犠牲と低い士気に直面したVDVとロシア陸軍は、ウクライナ軍による砲撃や無人機の攻撃から身を守るため、道端に塹壕を掘って身を潜めること余儀なくされました。

 彼らは(たいていは砲撃目標を捜索・観測する)民生ドローンや、夜戦で大きな犠牲をもたらす敵の特殊部隊(SOF)にますます苦しめられ始めましたが、 ロシアは自軍の兵士への(暗視装置を主とする)夜間装備にほとんど投資していなかったため、こうした攻撃に対する備えが十分にできていませんでした。

 この時点で、ロシア軍が市民に銃を向けたり、略奪を始めるための布石が出来上がっていたのです。

ブチャでウクライナ軍に待ち伏せされた攻撃を受けたロシア軍が遺棄した車列の残骸

 状況はVDVと大規模なロシア陸軍の部隊が駐留していたホストメリでも全く同じであり、彼らは絶え間ない砲撃のもとで、決して与えられることのなかったキーウ侵攻の命令を待っていたようです。


 その映像からは、この場所に駐留していたロシア軍が進撃命令も退却命令も出ずに身動きがとれなかったため、実質的にウクライナ軍の「格好の餌食」となっていたことが容易に推測できます。そのような状況を終わらせる命令は3月29日になってようやく出され、ホストメリにいたロシア軍はキーウ州からの撤退を開始したのでした。[3] 

 ウクライナ軍の砲弾が空港を襲う中で、持ち出すことができない損傷した兵器類は爆破処分されました。ホストメリ空港の場合、爆破処分された兵器の中にはVDVが保有する最新鋭の装甲戦闘車両である「BMD-4M」16台と「1L262E "Rtut-BM"」電子戦システム1基が含まれていました。

 それらの位置から、彼らが撤退の準備段階で撃破されたか、ロシア軍自身によって爆破処分されたかのどちらかであることがわかります。

 ウクライナ軍がホストメリ空港を奪回した後、そこで彼らは未開封のレーションパスポートキャッシュカード、さらには奪還できなかったウクライナの装甲車など、ロシア軍が慌てて撤退した証拠をあちこちで目にしました。[7] 


ホストメリ空港での大惨事の跡
  1. ホストメリ空港で撃破されたり、鹵獲されたロシア軍の兵器類の詳細な一覧を以下で見ることができます。
  2. この一覧には、ホストメリ空港の敷地内とその直近で撃破や放棄された車両や重装備のみを掲載しています。
  3. 実際にホストメリ空港周辺で撃破や鹵獲された兵器類の総数は、ここに記録されている数よりも多いことは間違いないでしょう。
  4. この一覧の「撃破」はロシア軍自身の手による爆破処分されたものも含めています。
  5. 各兵器類の名称に続く数字をクリックすると、破壊や鹵獲された当該兵器類の画像を見ることができます。

装甲戦闘車両 (7, このうち撃破: 5, 奪回: 2)


歩兵戦闘車 (23, このうち撃破: 20, 損傷: 1, 奪回: 2)


装甲兵員輸送車(3, このうち撃破: 3)


牽引砲 (2, このうち鹵獲: 2)


対空砲 (1, このうち鹵獲: 1)


電子妨害・攪乱システム (1, このうち撃破: 1)


ヘリコプター (3, このうち墜落: 2, 損傷: 1)


トラックやジープ,各種車両 (67, このうち撃破: 64, 鹵獲: 2, 奪回: 1)
 
 
 ずたぼろで血まみれのホストメリ空港は、今やロシアの侵略軍に対抗するウクライナの闘争のモニュメントとして建っています。

 ゴリアテに対抗するダビデのように、ウクライナはロシアによるキーウ攻撃を阻止することに成功したものの、その過程で、悲しいことにウクライナが誇る「優しい巨人」が失われてしまいました。それでも、「敵や抑圧者から解放される」というウクライナの国や人々の夢のように、「An-225 "ムリーヤ "」は未完成の2号機が生き続けています。[8] 

 おそらくこの機体の組み立ては、この自由なウクライナの再建と同じように、いつか遠くないうちに達成されることでしょう。

トルコが完成に関心を寄せている(未完成)の「An-225」2号機 [8]

[1] Putin thought Russia's military could capture Kyiv in 2 days, but it still hasn't in 20 https://www.businessinsider.com/vladimir-putin-russian-forces-could-take-kyiv-ukraine-two-days
[2] Attack On Europe: Documenting Equipment Losses During The 2022 Russian Invasion Of Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/attack-on-europe-documenting-equipment.html
[3] Russia in retreat: Putin appears to admit defeat in the Battle for Kyiv https://www.atlanticcouncil.org/blogs/ukrainealert/russia-in-retreat-putin-appears-to-admit-defeat-in-the-battle-for-kyiv/
[4] Vladimir Putin’s 20-Year March to War in Ukraine—and How the West Mishandled It https://www.wsj.com/articles/vladimir-putins-20-year-march-to-war-in-ukraineand-how-the-west-mishandled-it-11648826461
[5] https://twitter.com/RALee85/status/1504790211011571714
[6] https://twitter.com/RALee85/status/1499643176998641664
[7] https://twitter.com/Militarylandnet/status/1510936820736999424
[8] Sky Giant: Turkey Mulls To Complete The Second Antonov An-225 Mriya https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/sky-giant-turkey-mulls-to-complete.html

  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
  あります。


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