2021年1月1日金曜日

忘れられた抑止力:クウェートの「ルナ-M "FROG-7"」戦術地対地ロケット・システム


 地域を不必要な軍拡競争に突入させることなく近隣諸国を抑止するための兵器システムが欲しいとき、あなたは何を入手しようと考えますか?この質問は、クウェート指導部が1970年代のどこかで自問自答していたに違いありません。

 1977年、最終的にクウェートはこの質問に対する回答をソ連の「2K92 "ルナ-M"(
FROG-7)」地対地ロケット弾発射システムという形で見つけ、この調達が東欧諸国との間で締結された数々の主要な武器取引が開始されるきっかけとなりました。

 1977年には5,100万ドル相当の「FROG-7」と「9K32 "ストレラ-2"(NATOコード:SA-7)」携帯式対空ミサイルシステム(MANPADS)を伴う取引で、クウェートは湾岸諸国として初めてソ連製兵器を取得した国となりました。[1]

 当時のクウェートは従来からの欧米のサプライヤーから同様の装備を調達することが不可能であったため、従来のサプライヤーが同国が必要とする兵器システムを供給する意思がないことが判明した以降はソ連に目を向けたようです。

 モスクワにとって、クウェートへの武器売却には他の湾岸諸国との更なる武器取引のための歓迎すべき進出を図る目的がありましたが、1980 年代半ばから後半にかけてのUAEへのMANPADSの売却を除けば、ほとんど実現には至りませんでした。[2]

 サプライヤーの選択には重要な違いがあるものの、軍備の取得に関して、湾岸諸国の大半は伝統的に多様化のパターンを守ってきました。クウェートは伝統的に英国と米国製兵器の顧客でしたが、1984年に米国が同国への「FIM-92 "スティンガー"」MANPADSの販売を拒否したことがソ連にクウェートとのわずかな軍事的な結びつきを再拡大する絶好の機会を提供しました。それがクウェートが1980年代後半に「9K33 "オーサ" 」対空ミサイルシステム、追加のMANPADS、そして200台以上の「BMP-2」(そしてユーゴスラビアからは約200台の「M-84戦車」まで)の購入につながりました。[3]

 クウェートは1990年に発生したイラクによる侵略でこれらの装備の一部を失うと、失ったばかりの装備を更新するために冷戦時代のパートナー(今のロシア)へ再び目を向けました。それから間もなくして、「BMP-2」を代替する「BMP-3」や「ルナ-M」の代替として「BM-30 "スメルチ"」多連装ロケット砲(MRL)の大量発注が行われました。

 現在もクウェートはロシア製兵器の主要な顧客ですが、2000 年代初頭に中国から「PLZ-45」155mm自走榴弾砲を、より最近では欧米の戦闘機も取得していることは、同国が武装の多様化を推進し続けていることを明確に示しています。


 「9K52 "ルナ-M" (NATOコード: FROG-7)」は、「9M21B」核弾頭搭載ロケット弾か通常弾頭の9M21Gロケット弾を発射する短距離戦術地対地ロケット弾発射システムです。どちらのロケット弾もスピン安定化されています。つまり、小型のロケットを使用してロケット弾を回転させて安定させることで、空力的な安定性と精度が向上することを意味します。

 そうは言っても、半数命中界(CEP)は1km弱もあり、同様に射程距離は約45kmという見栄えしないものになっていますが、比較的重い390kgの弾頭(9M21Gの場合)と威圧的な外観が唯一の名誉を回復する要素と主張できるかもしれません。

 1990年代には「ルナ-M」は東欧圏の運用国によって現役から外され、その直後に大半の国もそれに続きました。現在まで「ルナ-M」を運用し続けている国にはシリアやリビア、(もちろん)北朝鮮が含まれていますが、イエメンのストックはフーシ派によって「サムード」と「ゼルザル-3」ロケット弾に改造され、その後に戦闘で使い果たされました。

 より正確な誘導ロケット弾と短距離弾道ミサイル(SRBM)が支持されているため、今や巨大な戦術ロケット弾の概念はほとんど放棄されていますが、イランだけがそのフル活用を継続しています。


 クウェートに引き渡された「ルナ-M」システムの数は多少謎に包まれています。1984年にCIAはクウェートでは12基が運用されていたと報告しましたが、この数に3発の再装填用ロケット弾を搭載する「9T29」輸送車も含まれていたかどうかは不明です。[3] 同年、クウェートのサレム サバーハ アル・サレム・アル・サバーハ国防相はモスクワ訪問中に「ルナ-M」の第2バッチ購入の契約に署名すると発表しましたが、この契約が実際に成立したかどうかははっきりとしません。[2]

 クウェートによる運用では「ルナ-M」が怒りに任せて敵に発射されたことはありませんが、運用中に湾岸諸国を巻き込んだ戦闘がなかったわけでもありませんでした。イランに侵攻したばかりのイラクへの財政支援に対する懲罰として、クウェートは1980年代を通じて自国がイランによる空爆や砲撃を受ける側であることを理解しました。

 そして1990年、(数ある問題の中でも)イラン・イラク戦争の融資としてクウェートがサッダーム・フセインに貸した資金について言い争った結果、クウェートはイラクに侵攻されました。戦争の結果として財政的に麻痺し、クウェートへの負債が残るのを嫌がったサッダームは、その貸し手を単純に排除することを選択したのです。

 イラクの侵攻前、クウェートの兵力1万人規模の陸軍は、2つの戦闘旅団(機甲旅団と機械化旅団)、1つの戦闘支援旅団と支援部隊で構成されていました。1990年8月2日にこれらの部隊はイラクの進撃を阻止するために基地から緊急出撃しましたが、 (おそらく)「ルナ-M」は動員が間に合わずイラク人の手に落ちた可能性があります。

 イラクの猛攻撃を阻止するためのクウェートの英雄的な奮闘については、Helion & Companyの「Desert Storm Volume 1: The Iraqi Invasion of Kuwait & Operation Desert Shield 1990-1991」を必ずチェックしてください。

 クウェート侵攻後の「ルナ-M」システムの運命は不明ですが、イラクに捕獲され、「チーフテン」戦車や「M113」などのクウェート軍の装備と共に持ち去られたと推測されます。すでに「ルナ-M」の運用者であったイラクは同システムを自軍に編入した可能性があり、おそらく2003年のイラク侵攻時でも有志連合軍に対して使用されたかもしれません(注:あくまでも可能性です)。


 クウェートは一般的なソ連のルナ-M中隊を構成するオリジナルの車両よりも米国製の「M35」トラックと英国のランドローバーを使用することを選択したようですが、クウェートが保有している別の西側製車両のメンテナンスやスペアパーツの物流を複雑にすることになったでしょう。


クウェートの「ルナ-M」中隊が移動している様子

 下の画像を見ればよく分かるとおり、「ジル-135」8×8トラックのステアリング機構は前後の車軸のみが使用されています(注:中間の2つの車軸は使用されていないということ)。珍しいことに、このトラックには左右に2つのエンジンがあり、時速65キロの最高速度をもたらします。[4] 

 また、TELの最後部だけでなく第一車輪と第二車輪との間にもある巨大な安定板(ジャッキベース)にも注目してください。もちろん、これらは重い「9M21」ロケット弾を発射する際に生じる大きな力に対し、発射機を固定することを目的としたものです。

 (1977年に調達された)「9P113」型輸送起立発射機(TEL)6台と「9T29」型輸送車6台は1981年のクウェート建国20周年記念日の大規模なパレードで初披露され、1984年のパレードでも再披露されました。



 イラクから受けた侵略で軍備の大部分を喪失した結果として、クウェートは1990年代の大半を軍備の再建に費やしました。

 興味深いことに、クウェートはバーレーンのように米国製「MGM-140 "ATACMS"」と「M270 "MRLS"」のセットを入手するよりも、再びロシアへ目を向け、「BM-30 "スメルチ"」300mm MRLを調達しました。当然ながら、「ルナ-M」と比較すると射程距離が長く、ロケット弾の数が12倍と増えて精度も大幅に向上したため、この新型MRLはクウェート陸軍にかなりの火力増強をもたらします。「BM-30 "スメルチ"」がその特性から評価を受けることは間違いないでしょう。

 かつて「ルナ-M」は中東の軍事バランスの中では有益かつ重要な存在でしたが、(それがいかに素晴らしく見えたとしても)今では歴史の片隅に追いやられています。

[1] ARMS TRANSFERS TO THE PERSIAN GULF: TRENDS AND IMPLICATIONS https://www.cia.gov/library/readingroom/document/cia-rdp83b00851r000100090003-4
[2] MOSCOW COURTS THE ARAB MODERATES https://www.cia.gov/library/readingroom/document/cia-rdp85t00287r001400840001-6
[3] MILITARY CAPABILITIES OF THE SMALLER PERSIAN GULF STATES https://www.cia.gov/library/readingroom/document/cia-rdp85t00314r000200090002-0
[4] Trucks Planet.com https://www.trucksplanet.com/catalog/model.php?id=2236

※  この記事は、2020年12月22日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
  す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所がありま
  す。

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