2022年6月25日土曜日

バルト諸国のバイラクタル:リトアニアが「バイラクタルTB2」の購入検討へ


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 リトアニア共和国は、ウクライナ軍向けのトルコ製無人戦闘航空機(UCAV)「バイラクタルTB2」の調達資金を集めるクラウドファンディングを成功させて世間の注目を浴びました。たった3日半の間に、人口僅か280万人のリトアニアを中心に国内外から約600万ユーロ(約8.5億円)の寄付が集まったのです。
 
 リトアニアのビリウス・セメシュカ副国防副相は、6月に(最終的に「バイカル・テクノロジー」社が無償供与を決めた)このTB2の納入に関連して同社を訪問した際に、リトアニア空軍向けのTB2 6機の購入についても協議したことを明らかにしました。[1]
 
 リトアニア空軍は最新の輸送機やヘリコプターを多数保有しているものの、武装可能な航空機については現時点で保有していません。その代わりとして、NATO諸国によるバルト三国の領空警備は、リトアニア・ラトビア・エストニアの各国上空とその近辺における即応警戒態勢(QRA)能力を提供します。しかし、これらの機体は純粋に防衛的な用途で運用されているため、バルト諸国が戦時下における航空支援を実施するためには新たな作戦機の配備を当てにしなければなりません。

 TB2のような比較的安価な武装ドローンを導入することは、リトアニア自身の打撃力を著しく向上させ、大砲の射程をはるかに超えた目標に直撃させることが可能となります。
 
 ラトビアの国防大臣が2021年5月に「バイカル」社からTB2を調達する意向を表明して以降、リトアニアが「バイラクタルTB2」に関心を示した2番目のバルト諸国です。[2]
 しかし、トルコ製UCAVのラトビアへの導入については、外国企業と締結した主要な防衛プロジェクトに地元の下請け業者を参加させよという同国からの要求によって遅れているようです。ラトビアよりもこれと言った防衛産業が少ないリトアニアでは、仮に同様の要求があったとしても同国空軍による導入に悪影響を及ぼしたり、遅れたりすることはないでしょう。 
 
 バルト諸国は互いに緊密に協力しながら軍事力を拡大することを切望しており、コストを削減しながら、情報共有と統合運用の強化によって能力を拡大できる可能性があるため、各国によるTB2システムの共同調達は決して考えられない選択肢ではありません。
 
 また、十分な数のTB2を導入することでバルト諸国は最小限の人員でNATOのミッションに参加し、索敵や空爆を行うことも可能になります。十分な数のTB2を調達することは、もしかするとラトビアに現地の整備施設を設立させることも可能と思われるため、価値ある投機と言えるでしょう。

現時点でリトアニアは小型のアメリカ製「スキャンイーグル(画像)」と「RQ-11 "レイヴン"」UAVシリーズを運用しています

 射程15km以上の「MAM-L/C」誘導爆弾や射程9kmの「ボゾク」空対地ミサイルを最大で4発搭載して敵の目標を攻撃できることに加えて、TB2を(車両などの目標に対して75km以上を誇る)EO/IRセンサーの検知距離能力や信号情報によって敵陣地や部隊の集結地点を検出することに用いさせることができます。

 これらの目標の打撃には、TB2自身ではなく大砲や重迫撃砲を用いることが可能です。現在、リトアニア軍は2015年からドイツから調達した中古の「PzH2000」自走榴弾砲(SPG)18台を保有しています。スペアパーツの供給源として(注:共食い整備の部品取り用として)さらに3台の同SPGが購入されました。
 
 「PzH2000」は機動性と長射程(35km、ロケットアシスト弾では67km)、そして目標に効果的な打撃を与えるための速い発射速度を兼ね備えています。同SPGにはMRSI(同時弾着射撃)を用いて敵と交戦する能力も有しています。これは最大で5発の砲弾を同時に着弾させる軌道を描かせるために自動装填装置が自動的に装薬を選択するものであり、その後に「PzH2000」が敵からの対砲兵射撃を避けるための迅速な移動を可能にさせます。

 

 これ以外にリトアニアで運用されている砲兵装備には、6km以上先の場所に砲弾を投射可能な「M113」装甲兵員輸送やベースのドイツ製「パンツァーメーザー」120mm自走迫撃砲(SPM)43台と(ほとんど予備兵器として保管していますが)射程が11kmと不足気味な第二次世界大戦時代の「M101」105mm榴弾砲54門があります。
 
 さらに2022年6月、リトアニアのアルビーダス・アヌシャウスカス国防大臣は、フランスから「カエサル」6x6型155mmSPG18台の購入を発表しました。[3] [4]
 
 偵察用ドローンとこうした砲兵システムの統合は、目標に対する効果を最大化させます。したがって、UCAVはすでにリトアニア軍が運用していたり、将来的に導入予定の兵器システムの戦力倍増装置としての機能も有しています。
 
リトアニア軍の「パンツァーメーザー」120mm自走迫撃砲。これらの射撃統制及び指揮通信システムは2015年にイスラエルの「エルビット」社によってアップグレードを受けました。[8]

リトアニアの 「M101」105mm榴弾砲は射程距離不足ですが、その弱点は予備役部隊が使用できる数(54門)で部分的に補完しています。

 2021年5月になると、バルト諸国が多連装ロケット砲(MRL)システムの共同調達によって、火力支援能力をさらに拡充させる計画を協議していることが明らかとなりました。しかし、この後にロシアがウクライナ周辺に兵力を増強、最終的に同国へ侵攻したことを受けて、リトアニアは計画していたMRLの調達を前倒しさせました。[6][7]
 
 現在、中古のアメリカ製「M270」MLRSがその最も有力な候補として考えられているようですが、おそらくより費用対効果が高く、TB2とうまく協調して任務を遂行できる適切な選択肢:最大で70kmの射程を有する「TRLG-230」もあります。
 
 このMRLは(通常のロケット弾に誘導キットを装着した)レーザー誘導式ロケット弾の発射も可能であり、TB2が指示した目標に命中させることができる利点があります。「TRLG-230」誘導ロケット弾の発射機はモジュール式なので、ロケット弾ポッドや発射管を交換するだけで122mmや300mmロケット弾の発射も可能です。
 
最大射程70kmを誇る「TRLG-230」誘導ロケット弾発射システム

 エストニアやラトビアとは異なり、リトアニアはノルウェー製の「NASAMS-3」という形で中距離地対空ミサイル(SAM)戦力を保有しています。エストニアは自国軍用に同システムを導入する構えであり、ラトビアも地上型防空システムについて同様の要求を掲げています。[8] 

 2020年に計2セットがリトアニアに納入されました。発射される「AIM-120C」ミサイルの射程は25km以上であるため、高空を飛ぶ目標との交戦が可能です。将来的に、これらのミサイルはより射程が短い赤外線誘導式の「AIM-9X」や、射程距離が約50kmまで延長されたレーダー誘導式の「AMRAAM-ER」で補完されるかもしれません。

 ロシア・ウクライナ戦争は、ロシア空軍が防空能力が充実化された空域での作戦を避ける傾向があることを示しました。そのため、戦域上空を飛ぶロシア機への抑止力として「NASAMS-3」を用いることで戦時におけるTB2の生存率を高めることができると思われます。

リトアニア軍の「NASAMS-3」自走発射機

 バルト諸国における軍事支出は西ヨーロッパの動向に注目が集中するおかげで頻繁に見過ごされがちですが、これらの国々は最近のロシアとNATO間の高まる緊張の中の最前線に位置し、見込まれるロシアからの侵略軍と最初に対峙することになることを忘れてはいけません。
 
 それに応じ、各国は平時における抑止力としても機能できる現実的な戦闘能力の構築に向けて、大きく前進し続けてきました。リトアニアの場合、それを実現するものとして膨大な数の戦闘装甲車両や最新の砲兵システム、そして高度な防空システムの導入が含まれています。
 
 そして、このリストに「バイラクタルTB2」が遠くないうちに追加されるかもしれません。これはリトアニアに全く新しい能力をもたらす兵器システムであることから、同国(そして残りのバルト諸国)の抑止力をよりいっそう確固たるものにするでしょう。


[1] Lithuania and Turkey sign agreement on Bayraktar drones purchase https://www.lrt.lt/en/news-in-english/19/1708436/lithuania-and-turkey-sign-agreement-on-bayraktar-drones-purchase
[2] Business In The Baltics: Latvia Expresses Interest In The Bayraktar TB2 https://www.oryxspioenkop.com/2021/06/business-in-baltics-latvia-expresses.html
[8] Baltic Air Defence: Addressing a Critical Military Capability Gap https://icds.ee/en/baltic-air-defence-addressing-a-critical-military-capability-gap/

2022年6月22日水曜日

リーダー・オブ・ザ・パックス:リトアニアの「ヴィルカス」歩兵戦闘車


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 西ヨーロッパ諸国の大部分が安全を保障するための具体的な軍事力の必要性にやっと気づいたように見える中、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト諸国は2014年初頭のロシアによるクリミア併合以来、バルト地域へのロシアの侵略に対処する準備をする必要性をすでに悟っています。

 その情勢に応じて、バルト各国は自国軍の規模や態勢を飛躍的に拡大させてきました。当初は軍と予備役に装備させる小火器、対戦車ミサイル(ATGM)と携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)の調達が大部分を占めていたものの、後にさらなる投資のおかげで防空・対艦ミサイルシステム、長距離砲や数百台の装甲戦闘車両(AFV)導入の道が開かれました。

 ラトビアがイギリスとオーストリアから中古の「CVR(T)」AFV約200台と「M109」155mm自走砲(SPG)53台を調達し、エストニアはオランダから「CV9035NL」歩兵戦闘車(IFV)44台、ノルウェー「CV9030N」IFV37台、韓国の「K9 "サンダー"」155mm SPG18台を機械化部隊に装備させています。

 その一方で、リトアニアは2015年以降、91台の「ボクサー」IFVと18台の「PzH2000」SPGを導入するためにドイツを頼りにしました。それどころか、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始後、リトアニア国防省はさらに120台のIFV型とAPC型などを合わせて合計211台の「ボクサー」を導入する意向を明らかにしたのです。[1]

 フランスから「カエサル」6x6型155mmSPGとアメリカから「M270」MLRSシステム、そしてトルコから「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)の調達計画は、アメリカからの200台の統合軽戦闘車(「JLTV」)や大量のMANPADSと(「ジャベリン」)ATGM、ノルウェーから高度な「NASAMS-3」SAMを2セットの調達と共に、リトアニアが現実的な戦闘能力とこの地域におけるロシアに干渉に対する強い抑止力を構築する道を着実に歩み続けていることを示しています。[2] [3] [4] 

 リトアニアは人口が約275万人であるにもかかわらず、地上部隊へのタイムリーな投資をした結果、NATOのいくつかの大国を質的にも量的にも凌駕する戦力を持つことになるでしょう。
 
 リトアニア陸軍の中核は同国で「ヴィルカス(狼)」と呼ばれている「ボクサー」IFVです。リトアニアが導入した「ボクサー」IFVは、完全に安定化された「Mk44 "ブッシュマスターII"」30mm機関砲と「スパイク-LR」ATGMを2発、そして7.62mm同軸機銃を装備したイスラエル製の「サムソンMkII」無人砲塔が搭載されています。

 「サムソンMkII」は高度な照準システムを備えているため、昼夜を問わず正確な照準が可能です。砲塔の左右に各4発の発煙弾発射機も備えられていますが、これがIFVの位置を一時的に隠すために用いられることは言うまでもないでしょう。 

「スパイク-LR」を放つ「ヴィルカス」

 「ヴィルカス」の最も強力な武装にして、必殺パンチとなり得るのが「スパイク-LR」ATGMです。射程4km(「スパイク-LR2」は5.5km)を誇る「スパイク-LR」の優れた対装甲貫通力は、「ヴィルカス」に敵戦車の有効射程圏外でも敵機甲戦力と交戦して撃破することを可能にさせます。

 「ヴィルカス」が近距離で敵AFVと遭遇した場合、主砲たる「Mk44 "ブッシュマスターII"」30mm機関砲 は徹甲弾(AP弾)を装備していれば強力な切り札となり得ます。

 エストニアの「CV9035NL」に搭載された35mm機関砲の威力には劣るものの、30mmAP弾は何度もMBTに有効であることを実証しています。実際、ウクライナ軍の「BTR-3」あるいは「BTR-4」IFVが30mm機関砲の連射でロシア軍の「T-72」戦車の側面装甲を貫通したり、照準装置を破壊して無力化に成功した実例をご存じの方も多いのではないでしょうか。[5] [6] [7] 


 「サムソンMkⅡ」が採用されるまで、さまざまな種類の砲塔が検討されました。その中には、ドイツが「ボクサー」IFV型に選定した「プーマ」IFV用の「RCT30 "ランス"」無人砲塔も含まれています。

 その一方で、オランダはAPC型「ボクサー」の火力向上用として、30mm砲機関砲1門と7.62mm同軸機銃、さらに「スパイク」ATGM2発を搭載した「EOS R400S-Mk2」デュアル式RWSをトライアル中です

 「R400S」と同様に「MkⅡ」は(少なくともドイツのIFV型「ボクサー」の「ランス」と比べると)低いシルエットであることに加えて車体内部に埋め込まれていないため、車内に占める専用のスペースが大幅にカットされています。


 最初の契約で調達された「ボクサー」91台(約3億8560万ユーロ=約546億円)には運転訓練仕様の2台も含まれており、最初の「ヴィルカス」IFVは、2019年7月初旬に「アイアンウルフ」機械化歩兵旅団に属する「アルギルダス大公」機械化歩兵大隊に正式に引き渡されました。[9] [10]

 そして、2022年2月にはリトアニアがドイツから120台の「ボクサー」を追加調達し、翌2023年から2024年にかけて納入される予定であることが発表されました。この第2陣には、「ヴィルカス」IFV30台と1基の12.7mm RWSを装備したAPC型「ボクサー」90台で構成される予定です。[11] 

 これらのAFVは、リトアニアの200台以上にもなる「M113」APCを少なくとも部分的に置き換える可能性があるかもしれません。更新されずに残る「M113」もいつか「ボクサー」あるいは(もしかすると)装軌式APCで置き換えられるのかは、現時点では判然としません。

 しかし、2022年6月に初めて発表された装軌型「ボクサー」は、(コンポーネントなどで)装輪型との高い共通性があることから、リトアニアにとって魅力的な次の選択肢となる可能性があるでしょう。[12]

リトアニア軍で運用中の運転訓練型「ボクサー」

 リトアニアの「ボクサー」APCと「ヴィルカス」IFVに対する相当規模の投資は、同国が国防に極めて真剣であることを示すほんの1例にすぎません。これらのプラットフォームにより、リトアニア陸軍は近い将来に想定される安全保障上の脅威に対処する準備ができているようです。

 「ボクサー」のプラットフォームの高い汎用性は、リトアニアがこのAFVへより依存させるかもしれません。例えば戦闘被害修理モジュールなどの調達は賢明な投資であり、同時に陸軍全体の統一性を高めることになるでしょう。

 仮に本当に「ボクサー」に専念するのであれば、120mm迫撃砲モジュールや、同じプラットフォームをベースにした未来的な外観の「スカイレンジャー30」SPAAGといった全く新しいシステムも揃えることすら可能であることは火を見るより明らかです。

 自身の安全保障態勢の構築に多大な投資を行い、装備の導入計画に真剣に取り組む国であれば、それを制約する上限は事実上存在しないのです。


[1] Lithuania launches talks to buy more than 120 Boxer military vehicles https://www.defensenews.com/land/2022/04/21/lithuania-launches-talks-to-buy-more-than-120-boxer-military-vehicles/
[2] La Lituanie va acheter 18 canons Caesar à Nexter https://www.lesechos.fr/industrie-services/air-defense/la-lituanie-va-acheter-18-canons-caesar-a-nexter-1412947
[3] https://www.defensenews.com/global/europe/2022/01/12/lithuania-accelerates-rocket-artillery-buy-amid-russian-military-buildup/
[4] Lithuania plans to buy multiple launch systems from US https://www.delfi.lt/en/politics/lithuania-plans-to-buy-multiple-launch-systems-from-us.d?id=89403651
[5] https://twitter.com/RALee85/status/1505464350164848643
[6] https://twitter.com/Osinttechnical/status/1512061253019185152
[7] https://twitter.com/RALee85/status/1503443368650682369
[8] https://i.postimg.cc/YqHjQ7xL/159267048-4175123882505935-9223333389964861122-n.jpg
[9] First Vilkas Infantry Fighting Vehicles officially handed over to Lithuania Vilkas Infantry Fighting vehicles delivered for training https://kariuomene.lt/en/newsevents/vilkas-infantry-fighting-vehicles-delivered-for-training/17971
[10] https://www.armyrecognition.com/july_2019_global_defense_security_army_news_industry/first_vilkas_infantry_fighting_vehicles_officially_handed_over_to_lithuania.html
[11] Lithuania launches talks to buy more than 120 Boxer military vehicles https://www.defensenews.com/land/2022/04/21/lithuania-launches-talks-to-buy-more-than-120-boxer-military-vehicles/
[12] https://twitter.com/JonHawkes275/status/1536646438616178688

 ※  この記事は、2022年6月14日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。



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2022年6月18日土曜日

拒否権の勝利:イスラエルがウクライナへの(武器)援助を阻止


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

   「象が鼠の尻尾を踏んでいるときに中立だと言っても、鼠はあなたを決して中立と思 
  わないでしょう(デズモンド・ムピロ・ツツ、南アフリカ)」

 ウクライナ全土に及ぶロシアの激しい攻勢の阻止を手助けするため、西側諸国はウクライナ軍に膨大な軍事装備や弾薬を供与するべく奔走しています。

 供与される兵器システムの多くは比較的使いやすい上に西側諸国のストック品から容易に入手可能ですが、一方でより複雑な兵器もあり、ウクライナの軍人がそれを使いこなすために数週間の訓練が必要なケースもあります。これにはオランダとドイツから供与された「PzH 2000」自走榴弾砲(SPG)だけでなく、イギリスとドイツ、そしてアメリカから供与された「M270」や「HIMARS」多連装ロケット砲システム(MRL)といったものも含まれまれていることは周知のとおりです。[1] [2]

 多くの国がウクライナの窮状を支援するための呼びかけ以上のことをした一方で、 ロシアとの関係を壊さないために軍事支援という手段をほとんどせずに人道支援にとどめることを好む国もあります。

 そのような国のリストにドイツが含まれていると思われがちですが、オーラフ・ショルツ首相はすでに送られた大量の対戦車兵器などに加えて最新型の地対空ミサイル(SAM)と長距離MRLを供与することを発表しました。したがって、ドイツは今や他国による支援の大部分を凌駕する側となったのです。[2] 

 これらのシステムの供与については期待外れなほどに時間をかけて行われることが判明したものの、ドイツはオランダが5台以上の高度なドイツ製「PzH 2000」を供与するといった他国の支援も認めるだけではなく、自身も7台を供与しています。[1] 

 ドイツとは際立って対照的に、イスラエルとスイスはウクライナへの軍事装備の供与を差し控えるのみならず、他国が軍事援助として自国製兵器をウクライナへ送ることも積極的に阻止しています。イスラエルやスイスのような武器生産国は、彼らから武器を調達する国に対してエンドユーザーに関する厳しい制限を課すことが常であり、購入した武器や装備を第三者へ売却や寄贈する前に許可を得ることを義務付けているのです。

 ただし、この政策は前述の国々独特のものではありません。最近の例として、ドイツによる榴弾砲をめぐる失敗が挙げられます。

 エストニアが2000年代後半にフィンランドから入手した「D-30」榴弾砲9門をウクライナに供与しようとした際には、ドイツ政府の許可を得るなければなりませんでした。そもそもこの「D-30」自体が旧東ドイツからドイツが受け継ぎ、フィンランドに供給していたものだったためです。

 ウクライナに危険が迫っているにもかかわらず、ドイツはロシアを刺激してはいけないという無駄なことに尽力していたため、2月下旬まで供与の許可を出すことを拒否する自体が続きました。[3]

ドイツ軍の「スパイク-LR」ATGM。ドイツ政府は少なくとも2022年3月初頭からこうした高度なATGMをウクライナへ供与する許可を求めていますが、今のところ実現していません。

 その一方でイスラエルは、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争の前後や戦争中におけるアゼルバイジャンのような紛争当事国に「スパイク」対戦車ミサイル(ATGM)から徘徊兵器、さらには弾道ミサイルまで何でも供給することについて、ほとんど躊躇していなかったように見えます。

 実際、アゼルバイジャンの勝利はトルコ製の「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)の活躍だけに起因があるとされることが多いですが、この戦争では(徘徊兵器を含む)イスラエル製の武器もTB2とほぼ同等の重要な役割を果たしました。

 現時点でアゼルバイジャンが運用している21種類のUAVのうち19種類以上がイスラエル製(90%)であり、トルコ製はたった2種類(14%)にすぎません。[4] [5] [6]
 
 2014年にウクライナが同様にイスラエル製UAVを導入しようと試みた際、イスラエル政府はロシアの圧力を受け、結果的に同国の「エアロノーティクス」社はウクライナとの取引の中止を余儀なくされてしまいました。[7]

 その僅か数年前の2009年には、イスラエルの「IAI」社がロシアに多数の「サーチャーII」無人偵察機を供給し、「フォルポスト」という名称でそれらの組み立てと最終的な製造ライセンスをロシア側に与えました。そして、ロシア空軍は後日にこれらの大部分を武装ドローンに改造し、ウクライナ侵攻作戦で投入したことが知られています。[8] 

 ウクライナからしてみれば、イスラエルの無人機を調達できない一方でイスラエルが設計した無人機が投下した爆弾を受ける側となっているわけですから、ひどく腹立たしい状態にあることには間違いないでしょう。

今やウクライナ軍への攻撃に使用されるイスラエル起源の「フォルポスト-R」UCAV

 2014年にウクライナへの無人偵察機の販売を拒絶をしたことは、同年からイスラエルがウクライナに事実上の武器禁輸を課したことの始まりを示しました。

 その年以来、イスラエルは自国製兵器の納入に関する全てのウクライナからの要請を断ってきました。これにはウクライナのゼレンスキー大統領がロシアのウクライナ侵攻の前後で繰り返し求めていた、「スパイク」ATGMと「アイアンドーム」防空システムが含まれています。[7] [9]

 ロシアがウクライナに侵攻した後の今でさえ、ポーランド・イタリア・ドイツ・アメリカがウクライナ軍にイスラエル製の「スパイク」ATGMを供与することに関する許可を求めた場合も、イスラエル政府から否定的な反応が返ってくることが十分に予想されます。

 伝えられているところによれば、イスラエルが供与の承諾をしたがらない理由は、そのような動きがロシアとの関係に悪影響を及ぼすことに対する懸念にあるとのことです。具体的には、イスラエルは自国製兵器によってロシア兵が殺害されることがシリアにおける同国の安全保障上の利益をロシアが害することに至る可能性を懸念しているのです。[10]

 また、イスラエルは仲介役として行動できるようにするべく今次戦争では中立を保つことを望んでいるようです。[11]

 ただし、ロシアはイスラエルによる挑発を避けるための慎重な取り組みを手本にすることにはほとんど関心がないようであり、外相のセルゲイ・ラブロフが「ヒトラーはユダヤ系である」旨を主張してイスラエルで激しい反発を引き起こしてたことは記憶に新しいでしょう。[12] 

 自国の戦略について、イスラエルの政策立案者は間違いなく入念に計画されたものを考え出したとみなしていますが、武器供与禁止策もある程度はロシアに対する恐怖に基づいた政策でもあると理解するにはそれほど困難なことではありません。

 皮肉なことに、複数回の和平交渉を主催し、仲介役として主導的な役割を担ってきたのはトルコです。イスラエルと同様にトルコもロシアとの強固な関係の維持に向けて多大な努力を払っている一方で、同国はすでにロシアの支援を受けている組織や支援の拡大が予想される組織からの内外の脅威に直面しています。

 それにもかかわらず、トルコはウクライナへの関与に熱心であり、ロシアからの侵略の脅威が国全体に強く迫ってきたマイダン革命後の年月を通じてウクライナとの友好を強固なものにしてきたのです。

 トルコによるウクライナへの軍事援助はどの国よりも最も価値のあるものと言えます。トルコが納入したUCAVはロシア国内の目標に対する攻撃に使われ、ロシア海軍の艦艇を沈め、黒海艦隊の旗艦である「モスクワ」の撃沈を支援したことまであるのです 。[13] [14]

ウクライナ上空で撃墜されたロシアの「フォルポスト」無人偵察機から見つかったイスラエル製部品(3月11日)

 イスラエルによるウクライナへの軍事援助の拒絶や他国による自国製兵器を用いた軍事援助も許可しないことは、イスラエルが自国への侵略に直面した際に西側諸国の多くが味方に付き、補給を維持するために大規模な航空輸送を実施し、イスラエル兵のために献血運動を行ったという歴史的な援助とは明らかに著しく相反したものであると言えます。 

 もちろん、イスラエルが西側諸国の人々からこれほど強い支持と共感を期待できる時代はとっくに過ぎ去っています。そして、世界はイスラエルの怠惰とウクライナへの支援に対する意図的な妨害行為を忘れることはあり得ないでしょう。
 
 ラトビアのアルティス・パブリクス副首相兼国防大臣は、ウクライナにおける情勢があるにもかかわらずイスラエルが自国製兵器のエンドユーザーに関する制限を厳守していることについて、将来的に同国の兵器システムの調達に悪影響が及ぶであろうことをすでに認めています。

 このようなラトビアの反応は、ウクライナの窮状には同情していても、生存をかけた重大な闘いにおいてウクライナを少しも助けることにはならないことは言うまでもないでしょう。[15]



2022年2月以前にイスラエルによって阻止されたウクライナへの武器供与または販売


2022年2月以降にイスラエルによって阻止されたウクライナへの武器供与

[1] Beyond The Call - Dutch Arms Deliveries To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/beyond-call-dutch-arms-deliveries-to.html
[2] Answering The Call: Heavy Weaponry Supplied To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/answering-call-heavy-weaponry-supplied.html
[3] Germany to send Ukraine weapons in historic shift on military aid https://www.politico.eu/article/ukraine-war-russia-germany-still-blocking-arms-supplies/
[4] Convenient Ignorance: The U.S. Senate’s Approach To Israeli Arms Sales To Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/convenient-ignorance-us-senates.html
[5] American Duplicity: Who In Washington Is Targeting Turkey’s Drone Programme? And Why? https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/american-duplicity-who-in-washington-is.html
[6] Azerbaijan’s Emerging Arsenal Of Deterrent https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/azerbaijans-emerging-arsenal-of.html
[7] Israel treads a narrow tightrope, says no to Spike for Ukraine https://www.shephardmedia.com/news/landwarfareintl/israel-treads-a-narrow-tightrope-says-no-to-spike/
[8] Nascent Capabilities: Russian Armed Drones Over Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/nascent-capabilities-russian-armed.html
[9] The Problems with a Ukrainian ‘Iron Dome’ https://www.nationalreview.com/the-morning-jolt/the-problems-with-a-ukrainian-iron-dome/
[10] Israel refused US request to transfer anti-tank missiles to Ukraine — report https://www.timesofisrael.com/israel-refused-us-request-to-transfer-anti-tank-missiles-to-ukraine-report/
[11] Why Israel Refused to Help Ukraine Defend Itself From Russian Missiles https://theintercept.com/2022/03/23/ukraine-russia-peace-negotiations-israel/
[12] Israel outrage at Sergei Lavrov's claim that Hitler was part Jewish https://www.bbc.com/news/world-middle-east-61296682
[13] Defending Ukraine - Listing Russian Military Equipment Destroyed By Bayraktar TB2s https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/defending-ukraine-listing-russian-army.html
[14] Neptune’s Wrath: The Flagship Moskva’s Demise https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/neptunes-wrath-flagship-moskvas-demise.html
[15] https://twitter.com/Pabriks/status/1532034118061522945

 ※  この記事は、2022年6月10日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。



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2022年6月15日水曜日

孤立した中での創意工夫:沿ドニエストルの自家製「ハンヴィー」


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 トランスニストリア、正式には沿ドニエストルモルドバ共和国(PMR)は、この過去10年間で非常に面白いデザインの装甲戦闘車両(AFV)を次々と生み出してきました。

 1990年代初頭に独立を一方的に宣言して以来、この未承認国家は旧式化したソ連製兵器のストックを新型に置き換えることができないため、その代わりとして自国で開発した多数の車両で戦力のギャップを補おうと試みています。

 独自兵器の大部分は、全く新しい用途に適合させるために既存のAFVをベースに改造したものであり、この最も良い例を挙げるならば、ほぼ間違いなく自走対空砲型「MT-LB」「BTRG-127 "バンブルビー"」装甲兵員輸送車(APC)でしょう。後者はもともとソ連で「GMZ-3」地雷敷設車として開発されたものです 。[1]

 沿ドニエストルで登場した最新の独自兵器は、古いトラックの車体をベースにした四輪式の軽多用途車です。この車両は明らかにアメリカの「ハンヴィー」からインスピレーションを得ているように思われるため、(制式名称やより良い仮称が思いつかないことから)今後は「トランスヴィー」と呼称することにします

 「トランスヴィー」は、2022年2月に行われた特殊部隊のデモンストレーションで初めて目撃され、同車は自身のベースとなった四輪駆動の「GAZ-66」オフロード軍用トラックと一緒に登場しました。[2]

 この新型車両の性能は、メンテナンスのしやすさと戦場での頑丈さが評価されている1960年代の「GAZ-66」と同等であると思われます。

 生産性を容易にしたり、コストを最小限に抑えるため、沿ドニエストルの技術者たちは「GAZ-66」のコンポーネントを可能な限り多く取り入れることに努めたようです。面白いことに、そのコンポーネントには「GAZ-66」の車体だけでなくキャビン前部も含まれています(注:キャビンの天井や窓などがそのまま流用されているのです)。

 「GAZ-66」のキャビンは1台の「トランスヴィー」につき2つ使用されており、2つ目のキャビンは前部と反対方向にして溶接され、車両のフレームを形成しています(注:よく見ると前後のドア自体も「GAZ-66」そのままで観音開き式となっています)。

 「GAZ-66」は大量に現地部隊で用いられていますが、それらの少なくとも一部を、過去10年で商用トラックとしてロシアから輸入した「ウラル-4320」や「カマズ 6x6」トラックで更新することに成功しました。

 「トランスヴィー」について、見た目から判明した設計の特徴以外やこれまでの生産台数は一切わかっていません。しかし、「GAZ-66」トラックの数は沿ドニエストル軍の運用で必要とされる数を超過しているため、生産台数が初期ロットにとどまらず、いつか相当な数に達する可能性は決してあり得ないものではないでしょう。

 仮にさらなる生産がされる場合には、予備的な導入時に浮上した問題点を解決するために設計の修正が行われる可能性があるため、「トランスヴィー」の外観や特徴はまだ流動的である可能性を示しています(つまり現デザインが変更される可能性があること)。


「GAZ-66」4x4軽汎用トラック

 「トランスヴィー」は主に前線後方への人員や軽貨物の輸送任務用に設計されたものであり、車体後部に幌付きの貨物室を備えています。実際、2月の演習で「トランスヴィー」は特殊部隊の展開に使用されました。

 初期型の「ハンヴィー」同様に「トランスヴィー」も装甲防御力が無いことから、危険を回避するにはスピードと未舗装路における機動性に頼らざるを得ません。つまり、この車両は実質的な装甲なしで任務にうまく対処する必要があるわけですが、機銃手席の天井には 「PK(M)」7.62mm軽機関銃(LMG)が装備されています。


 すでに沿ドニエストル軍は、ありふれた「UAZ-469」やオフロード車である「ラーダ・ニーヴァ」さえもベースにした数多くの襲撃車の設計と改造の経験を有しています。

 これらの車両はこの未承認国家全域で簡単に入手可能であり、民間の車両として輸入することすら可能です。したがって、現地の部隊が攻撃的なものを含めた想像できる限りのあらゆる用途において、未だにこうした車両に依存していることは少しも驚くには値しません。

 商用車改造型襲撃車の大部分は1門の軽機関銃か重機関銃を装備していますが、驚くべきことに「9M111 "ファゴット"」対戦車ミサイルを装備した派生型さえも存在します。



 沿ドニエストルの自家製ハンビーは孤立している中で創意工夫を凝らした完璧な例、つまり、使えるものが本当に僅かしかないときに利用できるもので何とか間に合わせた例です。

 未承認国家という沿ドニエストルの立場は当面にわたって解決されそうにないため、この地域はより型破りな改造兵器の舞台となり続けることは間違いないでしょう。


[1] DIY On The Dniester: Russia’s Transnistrian SPAAG(s) https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/a-poor-mans-anti-aircraft-vehicle.html
[2] A Forgotten Army: Transnistria’s BTRG-127 ’Bumblebee’ APCs https://www.oryxspioenkop.com/2017/02/a-forgotten-army-transnistrias-btrg-127.html
[3] Праздник защитников Отечества https://youtu.be/c7UM1XS-_JQ

 ※  この記事は、2022年6月11日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。


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2022年6月10日金曜日

沿ドニエストルのDIY式兵器: 沿ドニエストル駐留ロシア軍の自走対空砲


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 おそらく、ロシアの対空砲兵部隊は見るからに強そうな「2K22 "ツングースカ"」及び「96K6 2パーンツィリ-S1"」自走対空砲システム(SPAAG)を大量に運用していることで広く知られています。ただ、少数の「ZSU-23 "シルカ"」も運用が続けられており、今回のロシアのウクライナ侵攻作戦で少なくとも4台が失われました。[1]

 このカテゴリーにおける新型戦闘車両とそれらの近代化パッケージについては、「パーンツィリ」と「ツングースカ」の新バージョンを含めて今も開発され続けています。

 したがって、ロシアの対空兵器に最も新しく加わったものが、実のところ未承認国家である沿ドニエストル(トランスニストリア)の「ロシア軍作戦集団(OGRF)」に配備されているDIY式自走対空砲ということは、なおさら滑稽に思えるかもしれません。
 
 このDIY戦闘車両について、より正確には火力支援車と表現することができます。しかし、ロシアのテレビ局が駐沿ドニエストルOGRFの将校に行ったインタビューで、対空戦闘車両という明確に意図された役割の存在が確認されました。[2]

 この新型自走対空砲は2門の「NSV」12.7mm重機関銃(HMG)を装備した改修型「BTR-70」の砲塔を標準的な「MT-LB」汎用軽装甲牽引車に搭載したものであり、OGRFと沿ドニエストル軍向けとして2020年初頭に少数が生産されたようです。[2]

 同車両が装備する双連の12.7mm重機関銃は低空を飛行するヘリコプターに対してはある程度有効ですが、専用の対空照準器や暗視照準装置は備えられていないように見えます。

 公式には沿ドニエストル・モルドバ共和国(PMR)と呼ばれるトランスニストリアは、1990年にソビエト社会主義共和国として独立を自称し、続く1992年にモルドバから武力的に離脱して以来ずっと陰に隠れた存在であり続けています。

 同年に武力紛争が終結したにもかかわらず、沿ドニエストルの状況は依然として複雑なままです。この未承認国家はロシア連邦への加盟を望む一方で、経済生産の面ではモルドバへの僅かな商品の輸出に大きく依存し続けていることがそれを浮き彫りにしています。

 本物の国家としての地位には疑問があるものの、沿ドニエストルは独自の陸軍や航空戦力、さらには自前の軍需産業まで有する事実上の国家として機能していることは注目に値します。
 
 ロシアは今でも沿ドニエストルに限定的な兵力を駐留させ続けており、駐留部隊は公式には平和維持活動に従事しているとされています。1995年4月、沿ドニエストルの支配地域に駐留していた旧ソ連地上軍第14軍はOGRFとなり、その間にたった2個大隊にして僅か1500人以下の兵力に縮小されてしまいました。

 一方はモルドバに、もう一方はウクライナに囲まれたOGRFは老朽化した車両群を更新できないままでいます。なぜならば、2014年にウクライナがロシアの軍用輸送機の自国領通過を禁止し、その1年後には以前にロシアに許可されていたそれらの条約を正式に破棄したからです。これは、OGRFが「BTR-60」装甲兵員輸送車(APC)、「BRDM-2」偵察車、「MT-LB」汎用軽装甲牽引車といった、ロシア本国ではほとんど退役したAFVに今後も依存し続けることを意味します。


 沿ドニエストル軍も同様に少数の「MT-LB」を運用し続けており、ごく最近の例であれば2020年9月に「首都」ティラスポリの街中をパレードした様子が確認されています。[3]

 しかし、大規模な数の「MT-LB」砲兵牽引車は運用上の必要性がほとんどなく、現在ではその大部分が保管庫で放置されているか、OGRFへ譲渡されているようです。また、DIY式自走対空砲に改修された「MT-LB」群はすでにOGRFが所有していたものであり、最近になって新用途に活用されたという可能性も考えられます。

 沿ドニエストル軍とOGRFが実際に使用できるMT-LBの数は不明のままですが、より多くの車両を改修するには十分な数が存在する可能性は高いと思われます。


 1992年のトランスニストリア戦争では砲兵用牽引車という本来の役割は余剰気味で、いくらかの「MT-LB」すでに両軍で即席の装甲戦闘車両として使用されており、大抵は兵員/貨物区画の直上に「ZPU-2」14.5mm対空機関砲や「ZU-23」23mm対空機関砲が搭載されていました。

 非常に薄い装甲しか備わってなかったことから、これらの簡易AFVは1992年の戦争で多用されたRPG(対戦車擲弾発射機)や対戦車砲の恰好の餌食となってしまったものの、ベンデルなどでの市街戦では有効活用されました。



 おそらく1992年の戦争で得た有用な経験の結果として、沿ドニエストルの軍隊はAFVの数を強化するため、その約20年後に再び各種AFVのプラットフォームとして「MT-LB」に目を向けたのかもしれません。

 「MT-LB」は今や外付けの対空砲が備え付けられているのではなく、2門の「NSV」12.7mm機関銃を装備した専用の銃塔が搭載されています。

 双連の重機関銃塔に加え、この改修型「MT-LB」は通常型と同様に、車体側面と後部に合計4基の銃眼、車体前部に1門の「PKT」7.62mm軽機関銃を装備した小型銃塔が備えられていることも特徴です。このAFVは小火器による射撃や爆発の破片に耐えうる防御力も有しています(注:ただし、必要最低限のレベルの装甲であることは先述のとおりです)。

 DIY式自走対空砲の銃塔は有効射界を広げるために文字どおり塔に搭載され、その結果として「MT-LB」の投影面積が大幅に増加したことは一目瞭然でしょう。

 銃塔は現地で設計されたものと思われますが、その見た目はロシアの「Muromteplovoz」社が「BTR」や「MT-LB」系統のAFVに搭載するために開発した「BTR-80」ベースの「MA9」銃塔に酷似しています。

「MA9」も12.7mm重機関銃を2門装備していますが、重機関銃自体は「NSV」よりも新しい「コルド」です。ロシアやウクライナの軍隊では「BRDM-2」や「BTR」の銃塔を搭載した同様の火力向上型「MT-LB」を運用しており、ウクライナの戦場でも活躍する姿が目撃されています。[5] [6]

沿ドニエストルDIY式銃塔は「KPV」14.5mm重機関銃と7.62mm軽機関銃を装備した「BTR-70」の銃塔をベースに改修を加えたものです。

ロシアの「Muromteplovoz」社が「BTR-80」の銃塔をベースに開発した「MA9」はまだ販売実績がありません。

 銃塔と(一部車両に)泥よけを追加したことを除けば、基本的には設計自体に全く変更が加えられていないように見えます。車体後部の油圧式ドーザーブレード用のアクチュエーターはそのまま残されているため、改修前と同様に「MT-LB」本来の目的である多目的用途で使用可能です。


 当分の間、沿ドニエストル軍もOGRFも旧式AFVのストックを置き換える新しい装備を手に入れることができないため、この未承認国家は今後もDIY兵器の温床となり続けるかもしれません。

 少なくとも8台の「GMZ-3」地雷敷設車の「BTRG-127 "バンブルビー"」APCへの設計と改造、そして「プリボール-2」多連装ロケット砲の生産は、沿ドニエストルの技術者が(おそらくロシアの援助を受けて)国産の代替品をある程度提供するのに確実に手際が良いことを示しています。

[1] Attack On Europe: Documenting Russian Equipment Losses During The 2022 Russian Invasion Of Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/attack-on-europe-documenting-equipment.html
[2] https://youtu.be/_asTzuOXVks
[3] The Victory Day Parade That Everyone Forgot https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/transnistria-shows-off-military.html
[4] Башенная установка МА9 https://muromteplovoz.ru/product/mil_cs_ma9.php
[5] https://twitter.com/LostWeapons/status/1272104995383472128
[6] https://twitter.com/oryxspioenkop/status/1500263763064336384

この記事の作成にあたり、Ilya.A.氏に感謝を申し上げます。

 ※  この記事は、2022年6月7日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。

2022年6月7日火曜日

ギリシャからの興味深い贈り物:ウクライナ軍の抵抗に対するギリシャの支援


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 これまでに、EUとNATOのほぼ全加盟国がロシア軍と戦うウクライナを支援するために、程度の差はあるものの軍事的な支援を行ってきています。

 スロバキアによる「S-300PMU」地対空ミサイル(SAM)システムの譲渡のほか米英による「ジャベリン」や「NLAW」対戦車ミサイル(ATGM)の供与が大いに注目されていますが、そのほかにも多くの国が独自のやり方で貢献していることは見落とされがちです。

 その国の1つが早くも2月27日にウクライナへの軍事支援を表明したギリシャです。その支援の内容は、「カラシニコフ」アサルトライフル2万丁、「RPG-18」使い捨て対戦車擲弾発射器815個、そして数が未公表の122mm無誘導ロケット弾で構成されていました。[1] 

 その直後に少なくとも飛行機2機分の積載量に相当する武器と弾薬がウクライナに送られ、今やロシア軍との戦闘に用いられているようです。[2]

 それ以来、ギリシャが追加の兵器に関する供給源の有力な候補として何度も言及されるようになったことはよく知られています。

 特筆すべきポイントとして、ギリシャはウクライナ軍が(現在供与されている大部分の西側諸国の兵器とは逆に)すでに使い慣れているソ連製の膨大な兵器群を運用していることが挙げられます。これらには「S-300PMU-1」、「9K331 "トール-M1"」、「9K33"オーサ"」SAMシステムに加え、多連装ロケット砲(MRL)、装甲戦闘車両(AFV)などが含まれます。

 この理由から、アメリカがただちに実戦投入可能なソ連製兵器の供給源としてギリシャに注目し、キプロスに対して「9K37M1 "ブーク-M1"」や「トール-M1」SAMシステムなどの供与を要請したことと同じ取り組みを行ったことは確実です。[3] 

 それにもかかわらず、4月初頭にギリシャ政府は「自国の防衛力を落とすようなことはしない」という理由でそのような兵器の供給を公式に拒否し、その後にウクライナへ追加の軍事装備を送る計画がないことを明らかにしました。[4] [5]

 「トール」や「ブーク」といった(西側諸国が供与したMANPADS)より長射程のSAMシステムを入手する手段がほかに全く存在しないウクライナにとってギリシャ政府の声明に失望したに違いありませんが、ギリシャからすると「オーサ」や「トール-M1」といった高度な兵器の供給がトルコに対する自国の態勢を著しく弱体化させる可能性があることにも注目すべきでしょう。

 各国がウクライナへのハイレベルな装備の供給を決定した場合、アメリカはそれに対する補償や実施国へのアメリカ製システムの一時的な配備を約束していますが、現在ギリシャで使われている兵器を相応しく代替できる西側製のシステムは僅かしか存在しません。

 資金不足のおかげでギリシャ軍は代替システムを調達できない可能性が高く、アメリカによるそれらの供与はトルコから激しい抗議を引き起こすことが予想されます。

 ギリシャは「トール」を運用している有一のNATO加盟国であることに加えて特に「S-300PMU-1」は同国にとって(少なくとも書類上は)最も貴重な防空戦力の1つです。この事情とポーランドとブルガリア、そしてルーマニアはいずれも相当な数の「9K332"オーサ"」を運用していることを考えると、これらの国々がより賢明な防空システムの調達先であることを示しています。

 ギリシャの「S-300PMU-1」は1990年代後半に発生したキプロスのミサイル危機の結果として同国から引き継いだものですが、ミサイル発射機などのシステムは一般的な「S-300」で見られる重装軌車両や「MAZ-543M」トラックに搭載されているのではなく、「KrAZ-260B」セミトレーラー車で牽引されているのが特徴です。

 したがって、「PMU-1」のレーダーシステムだけでも展開に最大で2時間を要する可能性があることで戦術的な機動性が著しく低下するため、システムの展開場所を地上発射型の対地兵器に指示可能なロシアのUAVにさらされるリスクが高くなってしまうのです。

 ウクライナはすでにこのことを痛感していると思われます。なぜならば、ウクライナ軍は戦争の最初の数日間で(「S-300PT」 で使用される)「5P851A」セミトレーラー式発射機12基を失っているからです。[6]

現在はクレタ島に配備されているギリシャの「S-300PMU-1」SAMシステム

 最大2万丁にもなるAK型「カラシニコフ」アサルトライフルと815発の「RPG-18」、そして(「BM-21」または「RM-70」MRL用)122mm無誘導ロケット弾の供与は、先述の「S-300」のような重装備の供与に比べるとかなり見劣りしますが、ギリシャからの武器に注目すべき点がないとは言い切れません。

 例えば、ギリシャが2万丁のAK型アサルトライフルを保有するに至った経緯は少なからず皮肉的な要素が含まれているので興味深いものがあります。

 革命前のヤヌコビッチ政権下ではウクライナはいかがわしい武器取引から収益を上げることに熱心であり、その相手を全く選びませんでした。

 シエラレオネの国旗を掲げてウクライナのムィコラーイウ港からトルコに向かっていた貨物船「Nur-M」が実際にはシリアやリビア向けの兵器を積載しているという情報をギリシャ当局が得たとき、これらの国々における受取先が何者であったのかは判断できませんでした。おそらくこのことが、ある匿名のウクライナ当局者がこの取引をリークしたのは実はロシアだったと語ったとされる理由の一つなのでしょう。[7]

 AK型アサルトライフル2万丁を含む56個の武器が満載されたコンテナは、最近までギリシャに保管されたままでした。ウクライナがこれらの輸出を否認したことによって、最終的にこれらの武器は終わりの見えないMENA(中東及び北アフリカ)諸国の内戦で用いられる代わりにロシア軍に対して使用するために...たった10年前には不可能と思えたに違いない結果:ウクライナ自身に戻す理由を見出されたというわけです。

 ギリシャはさまざまな種類のロシア製防空システムに加えて、「BMP-1A1 "オスト"」歩兵戦闘車(IFV)、100門以上の「RM-70」122mm MRL、「9M111 "ファゴット"」及び「9M133 "コルネット"」ATGM、「ZU-23」対空機関砲 などの多岐にわたるソ連製兵器を保有しています。「コルネット」ATGM以外は旧東ドイツ軍のストック品から調達したものであるため、ギリシャがそれらをウクライナに供与するにはドイツの許可を得なければなりません。

 ウクライナはすでにポーランドとチェコから大量の「BMP-1」と共に別の数か国から数百台の装甲兵員輸送車を受け取っていることから、ドイツの許可が供与の最大の障害とはならないでしょう。しかし、ギリシャ国内の事情やすでにウクライナ側に他国が支援しているので、実際に供与することが不要と判断されるかもしれません。

ギリシャ軍の「RM-70」MRL:同国は1990年代半ばに158基の「RM-70」を20万5千発の122mmロケット弾と共に旧東ドイツのストック品から調達しました[9]

 ギリシャ政府がSAMシステムを含む追加兵器の供与しないと決定したことはウクライナにとって失望を与えたことに疑いの余地はありませんが、同時に状況の全体像を考慮すると全く驚くことではないのです。

 ギリシャは、アサルトライフル、RPG、無誘導ロケット弾の提供を通じて、すでにウクライナへ軍事支援をした国の長いリストに加わっています。ギリシャの支援が世間からの注目を浴びることはないでしょうが、他国と合わせてウクライナの大義に大きく貢献することになるでしょう。


[1] Greek role within NATO is upgraded https://www.ekathimerini.com/news/1179620/greek-role-within-nato-is-upgraded/
[2] Greece Sends Military Aid to Ukraine https://greekreporter.com/2022/02/27/greece-military-aid-ukraine/
[3] The US asks Cyprus to transfer its Russian made weapons to Ukraine https://knews.kathimerini.com.cy/en/news/the-us-asks-cyprus-to-transfer-its-russian-made-weapons-to-ukraine
[4] Greece formally rejects US proposal to supply Ukraine with additional Russian-made weapon systems https://www.aa.com.tr/en/russia-ukraine-war/greece-formally-rejects-us-proposal-to-supply-ukraine-with-additional-russian-made-weapon-systems/2557146
[5] Greece says no more weapons for Ukraine https://www.euractiv.com/section/politics/short_news/greece-says-no-more-weapons-for-ukraine/
[6] Attack On Europe: Documenting Ukrainian Equipment Losses During The 2022 Russian Invasion Of Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/attack-on-europe-documenting-ukrainian.html
[7] What weapons did Greece send to Ukraine, and where did it come from https://en.rua.gr/2022/03/02/what-weapons-did-greece-send-to-ukraine-and-where-did-it-come-from/
[8] Answering The Call: Heavy Weaponry Supplied To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/answering-call-heavy-weaponry-supplied.html
[9] BMP-1A1 Ost in Greek Service https://tanks-encyclopedia.com/bmp-1-greece/

※  当記事は、2022年5月21日に本国版「Oryx」に投稿されたものを翻訳した記事です。
   当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があ
  ります。



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