2021年12月28日火曜日

ウクライナ版ターミネーター:「ストラーシュ」BMPT



著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 21世紀の変わり目はウクライナ軍の衰退期の始まりを際立たせました。大量の装備が早期退役に直面し、生き残った旧式装備の後継を導入する見通しが立たなかったのです。

 2014年のロシアによるクリミア併合とドンバスでの戦争はこの流れを劇的に逆転させ、それ以前に余剰の戦車で埋め尽くされていた工場のヤードは、疲弊したウクライナ軍を強化するために空になり始めました。その結果として、これまでに数百台のT-64T-72T-80主力戦車(MBT)やBMPシリーズの歩兵戦闘車(IFV)が復活させられました。

 少し前までは、これらの同じヤードは設計者らの創造力の範囲内で独創性があった装甲戦闘車両(AFV)のコンセプトの舞台でした。「BMT-72」歩兵戦闘戦車「BMPT-K-64」として知られるT-64をベースにした装輪式APCやさらには英国のセンチュリオン戦車をIFV化した「AB-13」といったコンセプトを含む、これらのプロジェクトのいくつかの風変わりさはとても誇張できるものではありません。

 当然のことながらこれらの設計案はどれもが輸出用の発注に成功したことはなく、その代わりとして大部分の顧客は単にオーバーホールされた戦車やBMPに興味を持っていましたようです。機甲戦でより従来型のアプローチを図った設計案でさえT-72AVやT-72Bといった安価な代替品に太刀打ちできず、結果としてそのうちの500台以上がアフリカとアジアのさまざまな国に渡りました。

 この事実はAFV市場での厳しい競争と同じくらいに、これらのプロジェクトの多くがT-64をベースにしていたことが大いに関係していると思われます。この戦車はソ連以外に輸出されたことがなかったことから、多くの国が望んで手に入れたくない運用と維持面でのリスクを抱えていたためでしょう(結局はアンゴラとコンゴ民主共和国だけがT-64を購入した唯一の非ソビエト系国家となるはずです)。

洗練されたデザインでしたが、BMPV-64(左)やT-64E(右)のようなコンセプトは本質的に最初から成功の見込みがありませんでした。

優先順位の調整

 2014年に勃発したウクライナ東部での戦闘が通常の戦争レベルにまでエスカレートしたことから、ウクライナの軍需産業は自国軍からの需要に対応するため、輸出用プロジェクトの開発への関心を別に向けるようになりました。

 もはや貴重な資源をどこの国も購入する可能性がないT-64の改修プロジェクトに投入することはなくなり、その代わりとして、熱画像装置や新型無線機などの追加で戦車の元の能力に改良を加えたT-64BV(2017年型)のような、よりシンプルなプロジェクトに重点的に取り組んでいます。手頃な価格で効果的なものであるため、おそらくウクライナが保有する全てのT-64BVがいずれはこの規格に近代化改修されるでしょう。[1]

 比較的控え目な改修範囲に収まっている別のプロジェクトが、今回紹介する「ストラーシュ」BMPTです。T-64BVの車体に本来IFV用に設計された既存の砲塔を組み合わせることによって、「ストラーシュ」は全く新しいコンポーネントを開発することなく新しい戦闘能力を導入するシンプルかつ効果的な方法を実現しています。重装甲で2門の機関砲砲、4発の対戦車ミサイル(ATGM)、自動擲弾銃を装備した「ストラーシュ(センチネル)」は、戦場で交戦する全ての人にとっては手強く見えるに違いありません。
    
       

 ウクライナはロシアと中国に次いで世界で3番目にBMPT(戦車支援戦闘車)を開発した国ですが、現時点でこのような車両を運用しているのは、ロシア、アルジェリア、カザフスタンだけです。

 ロシアや中国の設計と同様に、「ストラーシュ」BMPTは既存の戦車(T-64)の車体をベースにしています。

 ソ連時代のアフガニスタン戦争や第一次チェチェン戦争で得た経験から誕生したBMPTは、機械化部隊に追従して市街戦で部隊に防御力をもたらすだけでなく、開けた地形にて速射性のある連装式機関砲や長距離ATGMを用いて歩兵やAFVと交戦することを目的に開発されました。



 「2A46」125mm戦車砲を搭載した砲塔の代わりに、「ストラーシュ」BMPTはジトーミル装甲工場によって開発された「デュプレット」戦闘モジュール(砲塔)を装備しています。

 「デュプレット」最大の特徴は、おそらく砲塔から突き出た2門の 「ZTM-2」30mm機関砲(BMP-2に搭載されている「2A42」のウクライナ版)でしょう。これらの機関砲は互いに独立して射撃することができるため、「ストラーシュ」は1門のみを装備した砲塔よりも射撃時間を持続させることや、各砲から異なる種類の砲弾を発射することが可能となっています(注:装備された二門の機関砲を同時射撃以外にも独立した射撃が可能であることから、BMP-2よりも多くの射撃時間を稼げるということ)。

 「ストラーシュ」が持つ真の重武装にして必殺パンチとなる可能性を秘めているのが、砲塔の両側に搭載された4発(左右に各2発)のATGMです。この砲塔が披露された時点では9M113/AT-5「コンクールス」系ATGMが搭載されていましたが、これらを最大射程5kmのR-2「BARYER」ATGMに置き換えることができます。このATGMは、30mm機関砲の基部上に設置されている、(赤外線)画像装置とレーザー測遠機を内蔵した射撃統制システム(FCS)によって誘導されます。[2]

 小火器による攻撃でも無力化することができる可能性があるため、大型で繊細な光学機器を内蔵したこのFCSが「ストラーシュ」の最大の弱点かもしれません。

 砲塔上部には対人用に「KBA-117」30mm自動擲弾銃が、30mm機関砲の間には(同軸機銃として)2丁の7.62mm軽機関銃が装備されており、砲塔の武装はこれらと合計で6基の発煙弾発射機で構成されています。

 前述のFCSの脆弱性に加えて、小火器からの射撃や砲弾の破片しか防げない可能性がある砲塔の軽装甲とむき出しのまま装備されているATGMは、戦闘に入る前の段階でも「ストラーシュ」の重要な機能を停止させるおそれのある深刻な弱点であると考えられます。ロシアのBMPTも同様の弱点がいくつかありましたが、後のバージョンでは改善されています。

 「ストラーシュ」の場合では、FCSやATGM、30mm機関砲の基部を保護シールドで覆うことが小火器や砲弾の破片に対する脆弱性の軽減に貢献するでしょう。




 「デュプレット」戦闘モジュールは、もともとIFVであるBMPシリーズ用に設計されたウクライナ産のモジュール式砲塔システムの最新モデルです。(BMP-1と2の砲塔がたった1名用だったことに比べると)この新型砲塔は、ZTM-2機関砲の真下にある2つの大きなハッチから出入りする2名の乗員によって操作されます。砲塔の後部には、ZTM-2用30mm機関砲弾を再装填するための小さな二つのハッチが設けられています。

 この重武装のおかげで「デュプレット」を装備したあらゆるIFVはほとんどの(装甲化された)脅威に対処できるようになりますが、IFVの任務と複雑さを増大させるものであり、多くの軍隊はこのような武装が彼らのニーズ以上の過度なものと簡単に判断するかもしれません。



 「ストラーシュ」の試作型はまだT-64BVの車体をベースにしていますが、量産型では試作とは異なって「コンタークト1」爆発反応装甲(ERA)が標準装備となっておらず、T-64BVよりも高度な能力を持たない、より簡単に入手しやすいT-64B(1)をその代わりに使用する可能性があります。

 とは言うものの、何百台ものT-64BVが依然として保管状態にあるため、その供給はこれから先の10年間でウクライナ軍が必要とする量よりもほぼ確実に長持ちします(注:「ストラーシュ」用に使用されるT-64BVが枯渇する可能性が皆無ということ)。

 

 その機能と実用的な設計の両方に関して有望に見えますが、このAFVが実際に軍に就役したり輸出注文を受けることになるかどうかは、現時点ではよく分かっていません。

 「ストラーシュ」BMPTは現代の軍隊のニーズを満たすための(おそらく)より現実的なアプローチの1つであるという事実にもかかわらず、2017年に発表されたことを考えると、そのどちらも実現する可能性が徐々に低くなってきています。

 西側諸国の大部分が少数の戦車でさえ運用するのに苦労している中で、BMPTのコンセプトは今のところ非常に限られた国のグループに独占されたままであり、まだ実戦における正確な検証を受けていません。

 ウクライナがこのグループに加わることになるかどうかは、BMPTのコンセプトに対する評価と当面の運用上の要求次第です – しかしながら、財源が最終的な制限要素であることは言うまでもないでしょう(注:2021年の軍事パレードで「ストラーシュ」が登場することはありませんでした)。



[1] ЛБТЗ налагодив серійну модернізацію Т-64 до зразка 2017р. https://www.ukrmilitary.com/2019/08/t64-mod2017.html
[2] COMBAT MODULE "DUPLET": PUBLIC PREMIERE AT “ARMS AND SECURITY” https://ukroboronprom.com.ua/en/media/bojovyj-modul-duplet-publichna-prem-yera-na-vystavtsi-zbroya-ta-bezpeka.html※リンク切れ
         
※  当記事は、2021年5月16日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります



2021年12月24日金曜日

パンドラ文書:阻止された中国によるウクライナの航空エンジンメーカー買収計画の経緯とその背景



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 ウクライナは過去数十年間にわたって、(あなたがイメージできる)あらゆる種類の武器を購入に関心を寄せるどんな国にも供給しているという怪しげな評判を得てきました。

 購入したいと思っている国を問題視することなく、ウクライナは射程2500キロメートルの巡航ミサイル(イラン)、「S-300」地対空ミサイルシステム(アメリカ)、「Tu-95」と「Tu-160」戦略爆撃機(ロシア)、さらには(ほぼ完成品の)空母とそれを増産するための設計図(中国)など、あらゆる国を手助けすることができたのです。

 これらの取引には政府レベルで国際法に基づいて行われたケースもある一方で、ナイトクラブで賄賂と大量のアルコールを使って成立させたケースもあります。[1]

 別の事例では、ウクライナがソ連から引き継いだ膨大な量の武器を売却しようとしたことが、同国をとある紛争において敵対する両陣営の武器供給者にさせるという特異な事態に至らせたこともありました。

 そのような具体的な出来事の1つとして、ウクライナの教官によって訓練された南スーダン人の乗員が乗ったウクライナ製T-72AV戦車と、同じくウクライナの教官が訓練したスーダン人の乗員が乗ったウクライナ製T-72AVが戦ったことがありました。アビエイ地区をめぐるスーダンと南スーダンとの戦いで最終的に勝者となったのはたった1人:ウクライナの武器産業だけでした。

 しかし、近年のウクライナは単なる中古兵器の手頃な供給源から高品質な兵器の生産者として徐々に変化してきており、その間にそれら兵器は世界の多くの軍隊に行き着きました。

 ウクライナの装甲戦闘車両(AFV)はアフリカやアジアで商業的成功を収めており、同国の短距離弾道ミサイル(SRBM)プロジェクト:「グロム2」にはサウジアラビアから多額の投資がなされています。

 ウクライナの軍事技術のもう一つの主要な顧客はトルコです。同国は「アクンジュ」UCAVに「イウチェンコ・プロフレス」社「AI-450S」エンジンを採用しており、無人ジェット戦闘機プロジェクト:「MİUS(ミウス)」「ATAK-II」攻撃ヘリコプターにもウクライナ製エンジンが搭載される予定になっています。

 
 これらのような最近の受注はウクライナの武器産業を著しく後押ししている一方で、かつては非常に異なる状況を過ごした時代もありました。

 すでに当ブログでもいくつかの記事で取り上げたように、ウクライナの多くの兵器プロジェクトの起源は、顧客の需要を満たすというよりは取引を成立させるために必死になって生み出そうとしたことにあり、改修プロジェクトは国際的な買い手を見つけることに幾度も失敗しています。

 一例を挙げると、ウクライナの海軍産業はフリゲートやコルベット、ミサイル艇といった豊富な品ぞろえの商品を外国の顧客に売り込んでいるにもかかわらず、唯一の輸出成功例はアフガニスタンとの国境警備のために2隻の「ギュルザ級」哨戒艇をウズベキスタンに売却したことしかありません(注:ウズベキスタンには河川艦隊があります)。おまけにこの事例も560万ドルの代金が米国によって支払われたおかげで輸出の契約が成立したのです。[2]

 商業活動を維持するための十分な受注がなかったことは、一部の企業に財務的に生き残るためのより抜本的な対策を講じさせるまでに至らせました。

 その一つの実例として、世界最大の航空機・ヘリコプター用エンジン製造企業の1社である 「モトール・シーチ」持株会社(JCS)が、会社の半分以上の株を秘密裏に中国の投資家に売却したことが知られています。[3]

 (中国政府と人民解放軍の両方と関係がある)「スカイリゾン」社:北京天驕航空産業投資有限公司への売却は、いつかアメリカを脅かす可能性のある重要な軍事能力を向上させるために、中国が知的財産と軍事技術の獲得を試みているのではないかという懸念をアメリカに抱かせました。[3]

 「モトール・シーチ」社はウクライナのザポリージャにあり、数種類の航空機やヘリコプター用エンジンの設計・製造を手がけています。

 エンジンは航空機の中でも間違いなく最も複雑な部分の1つであるため、エンジン技術は航空機産業の発展を模索する国々にとって極めて人気なものとなっています。もちろん、中国もその国々の1つに含まれています。

 2017年、「モトール・シーチ」社は中国空軍・海軍の新型ジェット練習機「JL-10」の動力源となる「Al-322」ジェットエンジンの納入について、将来的には同エンジンやその他のエンジンを中国で共同生産する可能性を視野に入れた中国から8億ドル(約913億円)の発注を受けました。[4]

 中国との取引については、2014年のウクライナ・ロシアの関係断絶後に最も重要な顧客だったロシアの航空業界を失った同社にとっては歓迎すべき好機でした。

 「モトール・シーチ」社は幅広い種類のエンジンやその関連技術、さらにはヘリコプターの開発・製造に加えて、約12機の旅客機や貨物機をウクライナ国内や海外に向けて運航している独自の航空会社も運営しています。同社はこれによってある程度の利益を得ている可能性が高いですが、この航空事業で得た資金をロシアとの関係断絶で失われた収益に置き換えることは決してできません。



 先述の理由から、「モトール・シーチ」社はエンジンを販売する新たな大口顧客がいないか各方面に目を光らせていました。しかし、同社は「An-124」戦略輸送機や「Mi-8」ヘリコプター及びその近代的な発展型といったソ連時代のさまざまな機体で使用されるエンジンの事業に重点を置いていたため、米国や西ヨーロッパで製品の買い手が見つかることはありませんでした。

 その一方で、中国は「JL-10」練習機用の「Al-222/Al-322」シリーズのジェットエンジンや、将来の「国産」大型輸送ヘリコプターの動力源として役立つ可能性のある「Mi-26」用イウチェンコ・プロフレス製「AI-136T」エンジンを含む、いくつかのエンジンに大きな興味を示していました。[5]

 2017年5月、ウクライナのステパン・クービウ第一副首相によって、「モトール・シーチ」社と「スカイリゾン」社が中国の重慶にエンジン工場を建設することが明らかにされました。さらに、「スカイリゾン」社は「モトール・シーチ」の企業支配権を取得し、同社の過半数の株式を取得することと引き換えに2億5000万ドル(約285億円)を出資することを約束したのです。

 当初の報道では、企業支配権は「スカイリゾン社」によって直接取得されたと伝えられましたが、 「OCCRP(組織犯罪・汚職報道プロジェクト)」によるパンドラ文書の調査は取引の背後に多数のオフショア・カンパニー(租税回避に用いられる海外の投資家向けの会社)が存在していたことを明らかにしており、「スカイライゾン」社による買収の契約書草案では、実際にはアメリカの大手法律事務所「DLAパイパー」のウクライナ事務所(注:現在は撤退)が手助けした可能性が示されています。[6]

 この計画は、3つのオフショア企業 – 英領ヴァージン諸島に登記している「スカイリゾン・エアクラフト・ホールディングス」社、そしてキプロスに登記している「レコナー・インヴェストメント」社と「Argio・インヴェストメント」社 – が、「モトール・シーチ」社の企業支配権を共に所有している6つのオフショア・カンパニーの買収を伴うものでした。[6]

 この狡猾な計画は、ウクライナの独占禁止法の観点から同国政府による調査を回避するために特別に考案されたようです。

 「DLAパイパー」による提案では、計画に沿って買収を進めても、ウクライナ当局による反独占審査のきっかけに必要な25%以上の株式を所有する企業は存在しません。[6]

2基の「モトール・シーチ」製「AI-222」ジェットエンジンを搭載する中国の「JL-10」練習機

 この協定は、実質的に中国がウクライナの最も重要なエンジン製造会社を買収することを同国政府に気づかれないようにするためのものだったかもしれませんが、アメリカ政府は何が起こっているのかを十分に認識していたようです。

 (中国のエンジン技術が10年かそれ以上進歩させる可能性がある)「モトール・シーチ」の製品や専門知識を自らの軍事プロジェクトに取り入れることを可能にする、中国に同社の株式の過半数を取得させないという決意の下でなされたトランプ政権によるウクライナ政府への圧力は、結果的に国家安全保障上の理由で取引を凍結するという同政府による決定の有力な動機となったと考えられています。

 すでに「モトール・シーチ」は、ロシアへ便宜を図ったことに関する罪でウクライナ政府の悪党になっていましたが、2021年3月にはついに政府の同社に対する堪忍袋の緒が完全に切れたようです。 キエフの裁判所は同社の全財産と株式を差し押さえる判決を下し、同社は汚職やその他の犯罪によって得た資産を管理する政府機関に移管されました。[7]

 その2週間後、ウクライナのヴォロディーミル・ゼレンスキー大統領は、自国の航空宇宙分野の企業支配権を得ようとしていた「スカイリゾン」社を含む中国企業4社に制裁措置を課す大統領令に署名しました。 [7]

 結果として、中国が(自らの目的のために)大々的に取り組んでいた会社の乗っ取り計画は完全に阻止されてしまいました。



 もちろん、中国はこの出来事を少しも快く思っていませんでした。2020年12月に「スカイリゾン」社のバックにいる中国の投資家たちは、キエフが2018年に「モトール・シーチ」社の株式を一時凍結した後、ウクライナ政府がその投資を没収したことを非難し、ウクライナ政府を相手に35億ドルの仲裁を提起したのです。[7]

 また、この仲裁ではおなじみの顔として「DLAパイパー」の名前が報道記事で登場しました。というのも、ウクライナ政府によって凍結された資産を取り戻すために命じられた「北京スカイリイゾン・アビエーション」社を代理する3つの国際法律事務所のうちの1つが同事務所だったからです。

 したがって、アメリカの法律事務所が手助けしている中国によるウクライナのエンジン企業の買収を阻止するために、アメリカ政府がウクライナに圧力をかけているという実に奇妙な話が続いています。



 「モトール・シーチ」社の中国への売却、つまり中国による最新の航空機やヘリコプターのエンジンに関連する重要な技術へのアクセスは最終的に阻止されましたが、ほかの企業が自社の技術を敵対国やいわゆる「ならず者国家」に売却するという(少なくともアメリカにとっての)脅威は常に存在しています。

 別の事例では、中国はウクライナから未完成の「An-225 "ムリーヤ"」戦略輸送機を購入し、さらに同機を製造するための設計図の入手を試みたことがありました。しかし、最終的にトルコが自身を(「An-225」を設計・製造した)「アントノフ」社との航空プロジェクトに協力するための、より関心を引く候補者としてオファーしました。[8]

 実際、「アクンジュ」UCAVや「ATAK-II」攻撃ヘリコプター用にトルコからウクライナ製エンジンのさらなる発注が、結果的に「モトール・シーチ」社や別のウクライナの防衛企業を存続させる決定的な要因となるかもしれません。[9]

 ウクライナの急進党の元党首であるオレグ・リャシュコは、「もしアメリカが『モトール・シーチ』社に中国と協定を結ばせたくないのであれば、十分な数の航空機エンジンを購入する必要がある」と語っています。[10]

 アメリカの圧力は中国による「モトール・シーチ」社の買収を阻止するのに十分だったかもしれませんが、トルコのウクライナ企業に対するはるかに積極的な関心は、結果的に同社やほかの企業が外国の手に落ちるのを防ぎ、将来的にこのような出来事を予防することになるかもしれません。



[1] Mission impossible: How one man bought China its first aircraft carrier https://www.scmp.com/news/china/article/1681710/sea-trials-how-one-man-bought-china-its-aircraft-carrier
[2] Ukraine Resumed Construction of Gyurza-M (Project 58155) River Armored Artillery Boats https://www.navyrecognition.com/index.php/naval-news/naval-news-archive/year-2014-news/december-2014-navy-naval-forces-maritime-industry-technology-security-global-news/2293-ukraine-resumed-construction-of-gyurza-m-project-58155-river-armored-artillery-boats.html
[3] ‘Predatory’ Chinese Takeover of Ukraine Defense Firm Was Facilitated by a U.S. Law Firm https://www.occrp.org/en/the-pandora-papers/predatory-chinese-takeover-of-ukraine-defense-firm-was-facilitated-by-a-us-law-firm
[4] Ukraine’s Motor Sich Awarded $800 Million Contract to Support Chinese Hongdu JL-10 Trainer Aircraft https://defence-blog.com/ukraines-motor-sich-awarded-800-million-contract-to-support-chinese-jl-10-trainer-fleet/
[5] In China, "Motor Sich": "We managed to intercept the United States and Russia gem of engine" https://weaponews.com/news/65357779-in-china-motor-sich-we-managed-to-intercept-the-united-states-and-russ.html
[6] ‘Predatory’ Chinese Takeover of Ukraine Defense Firm Was Facilitated by a U.S. Law Firm https://www.occrp.org/en/the-pandora-papers/predatory-chinese-takeover-of-ukraine-defense-firm-was-facilitated-by-a-us-law-firm
[7] Ukrainian Court Seizes Aerospace Company Motor Sich From Chinese Investors https://www.rferl.org/a/ukraine-seizes-motor-sich/31161801.html
[8] Antonov Sells Dormant An-225 Heavylifter Program to China https://www.ainonline.com/aviation-news/defense/2016-09-06/antonov-sells-dormant-225-heavylifter-program-china
[9] Turkish Aerospace, Motor Sich ink deal for heavy-class helicopter engines https://www.dailysabah.com/business/defense/turkish-aerospace-motor-sich-ink-deal-for-heavy-class-helicopter-engines
[10] Kievs new partner a betrayal of US interests https://calrev.org/2018/08/23/kievs-new-partner-a-betrayal-of-u-s-interests/?v=796834e7a283
[11] 中国の軍需企業買収阻止 米国の懸念受け―ウクライナ(翻訳時の参考資料)
[12] ウクライナ、航空エンジン大手を国有化 中国の買収阻止 対米関係強化狙う(同上)
[14] 中国、ウクライナの軍用エンジン技術に触手 訴訟警告で米中対立(同上)

※  当記事は、2021年11月4日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。



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2021年12月22日水曜日

悲劇の懸念:衛星画像が示唆するティグレ防衛軍によるSAMの継続的な運用



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 2021年10月19日に撮影された衛星画像は、ティグレ州の州都メケレ市の北東に位置するS-125(NATOコード:SA-3「ゴア」)地対空ミサイル(SAM)サイトが運用状態に戻ったことを示しています。[1]

  このSAMサイトの再稼働は、エチオピア空軍(ETAF)が新たに導入した「翼竜Ⅰ」無人戦闘航空機(UCAV)メケレ上空に展開させ、Su-27に地上攻撃目標を指示したものの、投下した爆弾が目標を外れて民間人の居住地域に着弾し、多くの民間人の死傷者をもたらした結果が原因である可能性があります。[2] [3]

 ある事例では、1機のSu-27による危険な飛行(高高度からの無誘導爆弾の投下)と投下した爆弾から立ち上る煙のために、メケレ空港に着陸することになっていた国連の飛行機がその中止を余儀なくされたことがありました。[4]

 この事例は非国家主体がの保有兵器にSAMが存在することの危険性も浮き彫りにしており、論理的には、彼らは自身の支配下にある領土に爆撃を行う敵機に対してSAMの使用を試みるでしょう。もしティグレ軍がSu-27を撃墜しようとした場合、同機に向けて発射されたミサイルが誤って近くを飛行していた国連機に命中していたかもしれません。

 メケレ上空を飛行する戦闘機やドローンを撃墜できるSAMをティグレ軍が今や再び運用するようになったことは、憂慮すべき動向です。 ティグレとその周辺の空域は依然として旅客機や(国連などの)民間機によって頻繁に使用されているため、誤認やミサイルが目標を外して民間機に当たるという脅威が常に存在しています。

 国連機着陸中止の事件を受けて、ティグレ防衛軍(TDF)のスポークスマンは「我々の防空部隊は国連機が着陸する予定だったことを知っており、部隊員の自制心のおかげで国連機が十字砲火を浴びることを避けられたのです。」と述べました。[5]

紛争地域における「誤射」と聞いて、2014年7月に発生したロシア軍がウクライナ東部の上空を飛行するマレーシア航空17便「MH17」を撃墜した事件を思い出す方もいるかもしれません。「ブーク」SAMのオペレーターはボーイング777型旅客機(乗客・乗員計298人)をウクライナ空軍のAn-26輸送機と誤認して攻撃・撃墜し、搭乗していた全員が亡くなるという悲惨な結果をもたらしました。

 MH17の大惨事は激しい紛争地帯の上空を飛行し続けることの危険性を浮き彫りにしましたが、このような事件を再び発生させないようにするための具体的な対策はほとんど講じられていません。

 さらに状況を悪化させているのは、ティグレ戦争は多くの人にとってドンバス戦争よりもはるかに世に知られていないままであり、それがすぐに本格的な予防措置が講じられる可能性を低くしているという事実です。

左:未装填の発射機(2021年9月17日)、右:各4発のミサイルが装填済みの2基の発射機(同年10月19日)

 9月にティグレ軍が公開した映像は同軍がいくらかのS-125用ミサイルコンテナを回収した様子が映し出されていました(下の画像)。このことは、彼らがもともと2020年11月に鹵獲した3つのS-125のSAMサイトについて、少なくともその1つを再稼働させようと試みていたことを最初に暗示した動きでした。

 同じ頃、36D6「ティン・シールド」対空レーダーがティグレの支配下にある村を通過する様子が撮影されました。このシステムはエチオピアで最も高性能なレーダーであり、S-125サイトとリンクして敵機の探知と照準を支援することが可能です。[5]

 これまでのところ、最低でも2基の36D6がティグレ防衛軍に鹵獲されたことが確認されています。 [6]

ティグレ軍によって回収されるS-125用ミサイルコンテナ。このコンテナに保管されていたミサイルがメケレ北部にあるSAMサイトの再稼働に使用されたかもしれません。

 2020年11月にティグレ軍がこの地域の制圧を開始した際、彼らは多数のレーダー基地に加えて、3つのS-125と1つのS-75(NATOコード:SA-2「ガイドライン」)のSAMサイトを即座に掌握しました。[6] 

 その後、彼らはティグレ側に離反した(運用が可能となる)十分な人員を工面して集め、S-75とS-125の双方を元の所有者:エチオピア政府軍(ENDF)に対して即座に使用することに成功したのです。[7] [8] 

 その後の数週間で、この地域を飛行中のエチオピア空軍機に対していくらかのミサイルが発射されました。しかし、双方から撃墜に関する報告がなされていないことから、ミサイルはどうやら全く命中しなかったようです。 [9]

 興味深いことに、エチオピア空軍(ETAF)は報復としてSAMサイトの破壊を少しも試みようとはしませんでした。このことは、おそらく空軍はTDFが将来的な使用に備えてSAMサイトを稼働状態に戻すどころか戻せる可能性が低いと考えていたことを示しています。

 ティグレ軍がSAMを使用した際、エチオピア軍は依然としてその脅威を無視してこの地域の上空に輸送機を飛ばしていました。輸送機の飛行は旧式のS-75やS-125にとっても格好の標的を提示したことを意味しましたが、純然たる幸運だけによって結果的に一機も撃墜されなかったと主張することができます。

 TDFは携帯式地対空ミサイル(MANPADS)の使用によってより多くの成功を収めたと考えられており、2020年11月の武力衝突の勃発以来、5機のETAF機・ヘリコプターをMANPADSで撃墜した可能性があります。[10]

ティグレ側の手に落ちたS-125用のSNR-125「ロー・ブロー」火器管制レーダー

 反政府勢力による地対空ミサイルの使用は、いつの日かエチオピアの戦闘機や、断じてあってはならないが民間の旅客機を撃墜する結果をもたらすことになるかもしれないという脅威を象徴しています。

 2014年のウクライナ上空で発生した事件や、2020年にイランで起きたもう1つの多くの人命が失われた大惨事:イラン・イスラム革命防衛隊(IRGC)の9K331「トール-M1」が旅客機を巡航ミサイルと誤認して撃墜、乗客乗員の176人全員が犠牲となった事件などは、まるで紛争時に生じる人命軽視につきもの出来事のように見えます。

 エチオピア空軍機が出撃するのと同時に、民間旅客機の定期便が依然として紛争地域であるティグレ州の上空を飛行しているため、このような大惨事が繰り返される全ての発生要因が存在しており、無意識のうちに別の悲劇を生む機会が残り続けています(注:11月にティグレ州の上空が飛行禁止区域に設定されました)。

 その結果として起こる大惨事は、終わりの見えないまま絶え間なく犠牲者をむさぼり続けているティグレ戦争自体よりも、国際的なメディアの注目を集めることは間違いないでしょう。



特別協力: The Fijian Armadillo(敬称略)

[1] https://twitter.com/FijianArmadillo/status/1460395498934870020
[2] Deadly Ineffective: Chinese-Made Wing Loong UAVs Designate Targets For Ethiopian Su-27 Bombers https://www.oryxspioenkop.com/2021/11/deadly-ineffective-chinese-made-wing.html
[3] Su-27 Fighters Deployed As Bombers In Tigray War https://www.oryxspioenkop.com/2021/11/su-27-fighters-deployed-as-bombers-in.html[4] https://twitter.com/MapEthiopia/status/1451520179758899209
[5] UN suspends all flights to Tigray amid Ethiopian air raids https://www.aljazeera.com/news/2021/10/22/ethiopia-hits-tigray-in-fourth-day-of-air-strikes
[5] https://youtu.be/XVYKYLmqN8w
[6] The Tigray Defence Forces - Documenting Its Heavy Weaponry https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/the-tigray-defence-forces-documenting.html
[7] https://twitter.com/MapEthiopia/status/1435607803427688453
[8] https://twitter.com/TheIntelLab/status/1326531558652702720
[9] https://twitter.com/TheIntelLab/status/1328242316339974144
[10] List Of Aircraft Losses Of The Tigray War (2020-2021) https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/list-of-aircraft-losses-of-tigray-war.html

※  当記事は、2021年11月21日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。



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2021年12月21日火曜日

ティグレ戦争:ティグレ防衛軍が地対空ミサイルを披露した(短編記事)



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 今年9月上旬に公開されたミュージックビデオには、ティグレ防衛軍(TDF)がエチオピア政府軍から鹵獲したS-75(NATOコード:SA-2「ガイドライン」)及びS-125(NATOコード:SA-3「ゴア」)地対空ミサイル(SAM)の輸送作業をしているカットが収められていました。

 これらは早くも2020年11月の時点には鹵獲されていましたが、その後のティグレ軍による使用についてはほとんど知られていません。鹵獲された時点でまだ稼働状態にあり、その運用要員の多くがティグレ側に離反したことで、エチオピア空軍(ETAF)に対するSAMの使用が可能となったのかおそれがあります。

 (今回の)SAMに関する最新の映像にはミサイル用の発射システムは含まれていませんでしたが、ティグレ軍が依然としてシステムのいくつかのコンポーネントを掌握していることが確認することができました。

 ティグレ軍がこの地域の制圧を開始した際、彼らは多数のレーダーステーションに加えて、1つのS-75サイトと3つのS-125サイトを即座に掌握しました。[1]

 おそらく、ティグレ軍は各サイトから十分な人員を工面して集め、S-75とS-125の双方を元の所有者:エチオピア政府軍に対してすぐに使用としたと思われます。[2] [3]

 しかし、いずれからの発射も撃墜に成功したとはみられておらず、TDFは携帯式地対空ミサイル(MANPADS)の使用によってより多くの成功を収めたと考えられています。2020年11月の武力衝突の勃発以来、おそらく3機ものエチオピア空軍の航空機やヘリコプターがMANPADSによって撃墜された可能性が指摘されています。

 興味深いことに、エチオピア空軍は敵SAMサイトの破壊を少しも試みようとはしませんでした。このことは、おそらく空軍はTDFが将来的な使用に備えてSAMサイトを稼働状態に戻せる可能性が低いと考えていたことを示しています。

 ティグレ軍がSAMを使用した際、エチオピア軍は依然としてその脅威を無視してこの地域の上空に輸送機を飛ばしていました。輸送機の飛行は旧式のS-75やS-125にとっても格好の標的を提示したことを意味しましたが、純然たる幸運だけによって結果的に一機も撃墜されなかったと主張することができます。




 2020年11月15日に撮影された衛星画像は、(ティグレ州の州都である)メケレの北に位置するS-125サイトがティグレ軍に鹵獲された後、ほぼ即座に使用されたことを示しています。[4]

 この地域を飛行中のエチオピア空軍機に対して、少なくとも4発のミサイルが発射されましたが、双方から撃墜に関する報告がなされていないことから、どうやら全く命中しなかったようです。

 エチオピア空軍機を撃墜しようとする試みは完全に成功していないようですが、ティグレ防衛軍による地対空ミサイルの使用は、いつの日か撃墜に成功するかもしれないという深刻な脅威を表しています。

 紛争が予測不可能な形で展開し続けているため、きっとティグレではさらなるサプライズが待ち受けているに違いありません。



[1] The Tigray Defence Forces - Documenting Its Heavy Weaponry https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/the-tigray-defence-forces-documenting.html
[2] https://twitter.com/MapEthiopia/status/1435607803427688453
[3] https://twitter.com/TheIntelLab/status/1326531558652702720
[4] https://twitter.com/TheIntelLab/status/1328242316339974144

※  当記事は、2021年9月14日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所 
 があります。また、今の情勢が執筆時より大きく変化しているため、現状にそぐわない可
 能性もあります




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2021年12月19日日曜日

破滅した抑止力: ティグレ最後の弾道ミサイル装備


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


 ティグレによるエチオピア・エリトリアとのミサイル戦争は、非国家主体が短距離弾道ミサイル(SRBM)と長距離誘導ロケット弾を鹵獲し、それを用いてエチオピアと全く別の国:エリトリアの首都を攻撃したという珍しい出来事でした。[1]

 現代史の中でも注目すべき出来事であったにもかかわらず、このミサイル戦争は国際的なメディアから全く注目されていませんでした。

 この攻撃を受けてすぐに、エチオピアとエリトリアの軍隊は自走式発射機とミサイルを迅速に破壊・奪還したらしいので、ティグレによるミサイル攻撃の脅威度は低下しました。

 ティグレ防衛軍(TDF)は、2020年11月にティグレ州にあるエチオピア国防軍(ENDF)の基地を制圧した後にENDFの弾道ミサイル・誘導ロケット弾発射システムを鹵獲・掌握しました。このシステムに関する十分な数の運用要員がティグレ側に離反したことが、ティグレ側の軍隊が発射機を元の所有者:ENDFに対して使用し始める機会を与えたようです。

 そして実際、ティグレ軍はそれをすぐに文字通り実施し、エチオピアの2つの空軍基地に弾道ミサイルを発射し、さらに3発をエリトリアがティグレ戦争に介入した報復として同国の首都に撃ち込みました。[2]

 最近公開されたティグレのミュージック・ビデオは、TDFの弾道ミサイル・誘導ロケット砲部隊の一部がこの中国製の発射装置と関連装備を発見して無力化するという、エチオピアとエリトリアによる大規模な取り組みから回避できたことを示しています。[3]

 2021年10月21日に公開されたこの動画では、迷彩服を着たティグレの若者たちがラップを披露している背景として1台の再装填車が映し出されています。

 この動画が撮影された正確な日付を独自に検証することはできませんが、同じ動画には今年8月下旬に鹵獲されたT-72UA1戦車が登場していることから、少なくとも2020年12月にほかの発射システムと再装填車が捕獲・破壊された後に撮影された動画であることだけは間違いありません。[4]

 しかし、公開された動画からは「M20」SRBMや「A200」誘導ロケット弾が存在した形跡を見つけることができませんでした。専用の輸送起立発射機(TEL)がなければ、再装填車は実質的に何の役にも立ちません。

エチオピア軍が奪還した直後に撮影された「A200」誘導ロケット弾8発を搭載したTEL

 「A200」誘導ロケット弾を8発か「M20」弾道ミサイルを2発搭載するこのトラックの後部にはクレーンが備えられているため、発射システムに次の射撃任務を開始することを可能にする迅速な装填能力を有しています。この再装填車の存在は、(弾薬を補充するための場所に戻る必要が生じる前の段階における)攻撃準備ができた発射機と合計して、各部隊の火力を「A200」ロケット弾16発か「M20」弾道ミサイル4発と実質的に2倍にさせる効果があります。


 2020年12月には、エチオピア軍がティグレ州にあるミサイル基地の1つを奪回しており、ここではいくつかの「M20」SBRMと、少なくとも4個の「A200」のキャニスターが発見されました。[1]

 持ち出すのに十分な時間や適した装備が無かったことから、ティグレ軍がこの地域から追い出された際に置き去りにされたものと思われます。また、この基地が奪回された時点までに全弾が発射し尽くされていなかったという事実は、その地域における全てのTELがすでに失われていたという可能性も示しています。


 「M20」SRBMと「A200」誘導ロケット弾発射システム用の再装填車も、少なくとも1台がこの基地でエチオピア軍に奪還されました(下の画像)。


 また、別の再装填車もティグレ軍が慌てて放棄したのとほぼ同時に奪還されました(下の画像)。

 面白いことに、「A200」ロケット弾キャニスターのうち少なくとも3つは空であり、どうやら発射機から撃ち出された後に再装填車に積み戻されたように見えます。これは、決して(キャニスターの投棄による)環境破壊からこの地域を守ろうとしたのではなく、ティグレ軍によってこのシステムが使用された痕跡を隠そうと試みたのかもしれません。


 ティグレのヒップホップの舞台として使われている「M20」/「A200」用再装填車は、かつてエチオピア軍が誇った強大な弾道ミサイル・誘導ロケット砲部隊構成した装備で最後に残されたものかもしれません。

 今や本来の用途で役に立たなくなってしまったこの車両は、こういったより穏やかな役割での新たな使い道を見いだされたようです。

 TDFの抑止力は失われたかもしれませんが、最終的に彼らを打倒することを目的とした最近のENDFの攻勢に対するTDFの強い抵抗は、彼らが過小評価されるべき存在ではないことを示しています。そして、ティグレ戦争が予測不可能な形で展開し続けていく中で、彼らがさらなるサプライズを用意していることは間違いないでしょう。

特別協力: Saba Tsen'at Mah'derom.

[1] Go Ballistic: Tigray’s Forgotten Missile War With Ethiopia and Eritrea https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/go-ballistic-tigrays-forgotten-missile.html
[2] Ethiopia’s Tigray leader confirms firing missiles at Eritrea https://apnews.com/article/international-news-eritrea-ethiopia-asmara-kenya-33b9aea59b4c984562eaa86d8547c6dd
[3] Yaru Makaveli x Narry x Yada sads x Ruta x Frew x danay x donat - CYPHER WEYN 2 / Tigray Music https://youtu.be/0LPa4xIuBXo
[4] The Tigray Defence Forces - Documenting Its Heavy Weaponry https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/the-tigray-defence-forces-documenting.html

  事です。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇
    所が存在する可能性があります。



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2021年12月18日土曜日

運用に不向き?:エチオピアの面倒なイラン製「モハジェル-6」UCAV

イランにおける「モハジェル-6」UCAV(エチオピアとは無関係の画像です)

著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo
 
 エチオピアの首都アディスアベバに対するティグレ防衛軍の野心的な反攻は、ついに停止したようです。ただし、この状況は少なくともエチオピア政府側に中国製UCAVが大々的に配備されたことによって実現に至らせたわけではありません。

 これまでにエチオピアによって導入が確認されているUCAVとして、中国の「翼竜Ⅰ」、UAEが供与したVTOL型ドローン、そしてイランの「モハジェル-6」があります。[1] [2] [3]

 エチオピアは長年にわたって軽視されてきた空対地戦力を補うために新しく導入したUCAVに大きく依存しており、この流れは2021年の夏になって空軍に性急なUCAVの調達に乗り出すことを余儀なくさせました。

 当ブログは2021年8月初旬にエチオピアがイラン製「モハジェル-6」UCAVを入手したことについて世界で最初に報じました。 [3]

 「モハジェル-6」はエチオピア側が期待を胸にして導入されたものの、この国における運用キャリアは引き渡されてからほぼすぐに終えました。なぜならば、導入された2機は制御システムの問題で実際にエチオピア上空での飛行することが阻害されたため、すぐに駐機(放置)状態にされてしまったからです。

 この失態は間違いなくエチオピア空軍を大いに幻滅させたことでしょう。彼らのUCAVの導入が次に確認されたのは、2021年9月中旬のことでした。[1] [4]

 エチオピアが新たに導入した中国製UCAV用の武装をかろうじて手に入れるまでには、さらに1ヶ月半を要してしまいました。結局、彼らが真の武装ドローンの配備が実現したのは、それを最初に試みてから約3ヶ月後のことだったのです。[5]

 UCAV用のいかなる兵装もまだ存在しなかったことは、空軍に「翼竜Ⅰ」を用いて(代わりに爆撃する)Su-27の目標を指示させることに至りました。Su-27はさまざまな種類の無誘導爆弾しか搭載できないため、これらによる著しく精度の低い空爆で多くの民間人の犠牲がもたらされてしまいました。[6]

 注目すべき事例としては、ティグレ州の州都メケルの上空でSu-27が投下した爆弾が狙った目標を1キロメートルも外れ、何もない野原に着弾したということがありました。残念なことに、別の空爆で投下された爆弾が本来の目標を外れて民間人の居住地域に着弾するという悲劇も発生しました。[6]

 「モハジェル-6」が抱える問題がやっと解決されたと思われるには2021年10月下旬までの時間がかかったようですが、それはエチオピアに到着してから約2ヶ月半も後のことでした!

 2021年9月から11月初旬にかけて、1機または2機の「モハジェル-6」がセマラ空港の滑走路や駐機場で定期的に衛星画像で確認されており、駐機場におけるイラン製ドローンの頻繁な再配置は、今やこの機体が定期的に飛行している可能性も示しています。[7]

 ほぼ同じ頃、ティグレ軍は傭兵や技術者としてエチオピア政府を支援している外国人を追討すると脅迫しましたが、これは間違いなくエチオピアで「モハジェル-6」を運用しているイラン人オペレーターのことを言及していると思われます。[8]

2021年8月初旬、セマラ空港で新たに導入された「モハジェル-6」と地上管制ステーション(GCS)を視察するエチオピアのアビー・アハメド首相(右)

 「モハジェル-6」は最大で40kgの兵装を搭載することが可能で、これにはそれぞれ2~4発の「ガーエム-1」,「ガーエム-5」,「ガーエム-9」精密誘導爆弾(PGM)が含まれます。

 これらのPGMの軽量性がこのUAVの最大飛行高度約5,500mや12時間の滞空性能を実現させており、このUCAVの製造者:コッズ航空産業社(イラン革命防衛隊傘下の企業)は運用範囲が200キロメートルに及ぶと主張しています(注:軽いPGMの搭載は機体の性能に大きな悪影響を及ぼさないということ)。[9]

 標的探知・獲得や偵察任務用として、「モハジェル-6」には「EOAS-I-18A」FLIR装置が装備されています。[10]

「ガーエム-5」。「モハジェル-6」には最大で4発が搭載可能。

 しかし、運用可能な高度が低いために地上からの対空砲火に脆弱であり、FLIRの品質が低いことや、「モハジェル-6」自体の戦闘における実績が皆無に近いという事実から、実戦では乏しい効果をもたらす可能性があります。

 おまけに、これまでに把握されている生産数が少ないため、2年目に突入したこの戦争で「モハジェル-6」が実際に効果を発揮できるかどうかは現時点では不明です。

イランにおける「モハジェル-6」UCAV(エチオピアとは無関係の画像です)

特別協力: Wim Zwijnenburg

[1] Wing Loong Is Over Ethiopia: Chinese UCAVs Join The Battle For Tigray https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/wing-loong-is-over-ethiopia-chinese.html
[2] UAE Combat Drones Break Cover In Ethiopia https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/uae-combat-drones-break-cover-in.html
[3] Iranian Mohajer-6 Drones Spotted In Ethiopia https://www.oryxspioenkop.com/2021/08/iranian-mohajer-6-drones-spotted-in.html
[4] Tigray War: Chinese-Made Armed Drones Spotted Over Mekelle https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/tigray-war-chinese-made-armed-drones.html
[5] Ethiopia Acquires Chinese TL-2 Missiles For Its Wing Loong I UCAVs https://www.oryxspioenkop.com/2021/11/ethiopia-acquires-chinese-tl-2-missiles.html
[6] Deadly Ineffective: Chinese-Made Wing Loong UAVs Designate Targets For Ethiopian Su-27 Bombers https://www.oryxspioenkop.com/2021/11/deadly-ineffective-chinese-made-wing.html
[7] Ethiopia now confirmed to fly Chinese armed drones https://paxforpeace.nl/news/blogs/ethiopia-now-confirmed-to-fly-chinese-armed-drones
[8] Tigrayan forces say they will 'hunt down' foreign mercenaries https://www.reuters.com/world/africa/tigrayan-forces-say-will-hunt-down-foreign-nationals-aiding-ethiopia-war-2021-11-12/
[9] https://twitter.com/brokly990/status/1256994704568258562
[10] https://twitter.com/L4RB1/status/1192650551814742016

※  この翻訳元の記事は、2021年11月18日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事
  を翻訳したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇    
  所があります。


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2021年12月17日金曜日

「モハジェル-6」から「翼竜Ⅰ」まで:拡大するエチオピアの無人機戦力(一覧)

この「翼竜Ⅰ」の画像はイメージであり、エチオピアとは無関係です

著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 進行中のティグレ戦争の流れを変えるため、エチオピアは世界中の国々からのU(C)AV:無人(戦闘)航空機の入手に重点を置いた投資を行っています。

 長年にわたって世界中の現代の軍事的な発展を無視してきたおかげで、エチオピア空軍は(1機のSu-25TKを除いて)精密誘導爆弾(PGM)の運用能力がある航空機が1機もない状態で紛争に巻き込まれ、結果としてティグレ防衛軍が戦場を自由に歩き回り、政府軍からの鹵獲に成功した大量の重火器の運用を許すことになってしまいました。[1]

 エチオピア国防軍(ENDF)にとって不幸だったのは、ティグレ軍が鹵獲した重火器には誘導式の多連装ロケット砲と弾道ミサイルでさえ含まれており、それらが後でエチオピアの2つの空軍基地のみならずエリトリアの首都を攻撃するのにも使用されたことです。[2] [3]

 ENDFはUCAV導入の突貫計画に着手したと予想されていましたが、2021年8月になってようやく(真の)UCAVを入手した最初の証拠が明るみに出ました。興味深いことに、エチオピアは以前に運用が報じられていた中国製の「翼竜」を調達するのではなく、その代わりにイランから2機の「モハジェル-6」を入手しました。[4]

 現在ではさなざまな種類のUCAVプラットフォームが入手可能であることを踏まえると、「モハジェル-6」(しかも2機だけ)の選択する決定がなされたことは、好奇心をそそります。運用可能な高度が低いために地上からの対空砲火に脆弱であり、FLIR(前方監視型赤外線装置)の品質が低いことや「モハジェル-6」自体の戦闘における実績が皆無に近いという事実から、実戦では乏しい効果しかもたらさない可能性があります。

 エチオピアにおける「モハジェル-6」の働きは今のところ全く成功していないようであり、両機は運用パフォーマンスが乏しいせいか、現在は駐機状態にあります。 [6]
 
 したがって、エチオピアはより効果的なUCAVを探し続けることを余儀なくされており、最終的には中国から「翼竜Ⅰ」を導入し、さらに伝えられるところによれば、トルコからも(現時点では形式不明の)UCAVを入手したとの情報があります。[5](注:11月8日にハラールメダ空軍基地の近くで「バイラクタルTB2」らしきUCAVが飛行しているのが目撃されたという情報が出回っています)[8]

 その数ヶ月前、エチオピアはすでに2発の120mm迫撃砲弾で武装した大型のVTOL型のUCAVを入手し、ティグレ州のマイチュー地区に配備していました。しかし、これらのマルチコプター式UCAVは、「翼竜Ⅰ」のような真のUCAVの能力を少しも備えていません。[7]

 ティグレ戦争でUCAVが極めて重要な役割を果たす可能性があり、それらの入手で示されたエチオピアの取り組みを考慮すると、これらや別のUCAVの導入で終わりとならないかもしれません。


注意
  1. このリストは実際にエチオピアで運用・保有が確認されたUAVだけを掲載しています
  2. UAVの名前をクリックすると、エチオピアでの当該機種の画像を見ることができます


無人偵察機


訓練用無人航空機


農業用無人航空機

[1] The Tigray Defence Forces - Documenting Its Heavy Weaponry https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/the-tigray-defence-forces-documenting.html
[2] From Friend To Foe: Ethiopia’s Chinese AR2 MRLs https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/from-friend-to-foe-ethiopias-chinese.html
[3] Go Ballistic: Tigray’s Forgotten Missile War With Ethiopia and Eritrea https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/go-ballistic-tigrays-forgotten-missile.html
[4] Iranian Mohajer-6 Drones Spotted In Ethiopia https://www.oryxspioenkop.com/2021/08/iranian-mohajer-6-drones-spotted-in.html
[5] Wing Loong Is Over Ethiopia: Chinese UCAVs Join The Battle For Tigray https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/wing-loong-is-over-ethiopia-chinese.html
[6] 著者がエチオピアのデジェン航空工学産業 (DAVI)で働く整備員から得た情報
[7] https://twitter.com/wammezz/status/1445034651085639688
[8] https://twitter.com/Gerjon_/status/1458174559748767749?s=20

※  当記事は、2021年10月21日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
  ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと言い回しを変更した箇所があり
  ます。




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