2026年5月16日土曜日

近代化の前触れ:トルコ国鉄の「MT5200」 気動車


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2021年12月4日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります

 わが国を世界で最も繁栄し、文明化された国々の水準にまで引き上げよう (ムスタファ・ケマル・アタテュルク)

 近年のトルコは、数千キロメートルに及ぶ新たな道路や橋、トンネル、高速鉄道の建設を通じて、インフラの近代化という面で大きな進展を遂げてきました。現時点におけるトルコの高速鉄道網の規模、はアメリカや韓国、そしてイギリスといった国々よりも大きいものであり、現在計画中のプロジェクトが完了すれば、世界第3位の規模となる見込みです。[1] [2]

 トルコの野心はそれだけで終わることなく、高速鉄道の大国となる道を着実に歩んでいます。なぜならば、この国は必要な鉄道インフラの整備に加え、その路線を走る列車それ自体の製造も計画しているからです。こうした成果は、将来的にトルコをその技術とノウハウを世界中に輸出するという申し分のない立場に導くことでしょう。

 他の成功例と同じく、その成果は独自のビジョンと大きな野心から始まったものです。トルコ共和国成立直後(1923年)の時代において、近代的な鉄道網の整備は、近代国家の発展に大きく寄与する要素と位置付けられていました。ムスタファ・ケマル・アタテュルク大統領は鉄道の発展に個人的な関心を寄せ、ヌリ・デミラーを筆頭とする国内産業の立役者たちも、この国の鉄道網の拡張に多大な資金を投じたのです。[3]

 1927年にはトルコ国鉄(Türkiye Cumhuriyeti Devlet Demiryolları – TCDD)が設立され、旧アナトリア鉄道及びトランスコーカサス鉄道の蒸気機関車と鉄道路線(一部)が移管されました。

 1940年10月、トルコ国鉄(TCDD)はドイツのMAN(Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg:第二次世界大戦後は大型トラックの製造で知られるメーカー)に対し、「MT5200」ディーゼル気動車(DMU)6編成を発注しました。[4] 

 「MT5200」はトルコで初めて就役した正真正銘の近代的な列車であり、当時のヨーロッパや世界で運行されていた最先端の列車と肩を並べるものでした。この列車は、480馬力の12気筒MAN製ディーゼルエンジン2基を搭載したことで最高速度が120km/hに達したほか、A号車とB号車の2両編成で最大127名の乗客を収容できる能力を誇りました。ちなみに、座席数の内訳は、1等席が24席、2等席が103席です。

 第二次世界大戦の影響で多少の遅れが生じたものの、最初の2編成は1944年にトルコへ引き渡されました。[4] 

 当初は2両編成で運行されていたものの、1954年にMAN社から2両の中間車を調達し、「MT5200(MotoTrain)」を3両編成に改造することで、より多くの乗客を輸送可能にしたとされています。[4] 

 残念なことに、これらの車両の運行記録や引退時期については、ほとんど不明のままとなっています。判明しているのは、両方とも旧来の暗いカラーリングから見栄えのする赤と白の塗装へと塗り替えられたということだけです。現在、「MT5200」は1両も現存していません。いずれも1960年代に解体されたと見られています。

 ドイツの工場内で、製造中の「MT5200」の前をドイツ人労働者たちが歩いていく:この写真は第二次世界大戦中に撮影されたものだ。

 1944年後半、第二次世界大戦の戦況がドイツにとって刻一刻と厳しさを増す中、トルコへ引き渡されていなかった「MT5200」4編成の輸出が中止されました。これはおそらく、トルコへの列車の輸送に費やすリソースを自国の戦争に充てる方が有益であったという事実と、空爆やパルチザンによる鉄道への攻撃により、列車をトルコまで運ぶことが次第に困難を極めたせいで、その長い旅路が極めて危険なものとなっていたという事情が背景にあったと考えられます。

 ちなみに、トルコは1944年にドイツから「Ju 52」旅客機5機を受領し、これらをターキッシュ エアラインズの前身となる航空会社で就航させました。これは、両国間の関係が完全に断絶する直前に得られた最後の装備であったとみられます。[5]


 ドイツは完成した列車をトルコへ引き渡す代わりに、そのうちの3編成を傀儡国家であるスロバキアに譲渡し、残る1編成はドイツ国内に残されました(この編成は1965年までドイツ国内で運用され続けたとのこと)。[6]

 ドイツ(とスロバキア)が戦争に負けた後、スロバキアにあった「MT5200」のうち2両が、戦時賠償としてソ連に接収されてしまいました。この列車は当時のソ連全域で運行されていたどの列車よりもはるかに近代的であったことから、ソ連側はこれらの車両を改造しました。と言うのも、自国の線路で運行できるようにする必要があったからです(注意:ドイツとソ連における線路の規格が異なっていたため)。[6]

 この2編成は「DP-11」と「DP-12」と命名され、1960年代初頭までミンスク・ヴィリニュス・リガ間で集中的に運用されました。1964年以降、「DP-11」は新しい駆動技術のテストベッドとして用いられ、1974年にプロジェクトが終了すると引退しました。 [6]

ソ連の鉄道でテストベッドに使われた「MT5200」の「DP-11」

 「MT5200」は、当時としては先進的な機能をいくつか備えていました。おそらくその中でも最も特徴的だったのは、ディーゼルエンジンの冷却に用いられたラジエーターでしょう。この列車では、ラジエーターが列車の中央や下部ではなく、両端の屋根部分にある、水平グリルを備えた流線型のフード内に配置されていました。

 このデザインによって、この列車には独特で威厳のある外観が与えられたというわけです。
内装も先進的かつ豪華なものであり、石油式セントラルヒーティング、調節可能な換気扇、照明、革張りの座席に加え、軽食や飲み物を用意できる小さなキッチンも備わっていました。
A号車には、動力室と乗降口の間に手荷物室があり、その後にトイレ付きの洗面室で中央が仕切られた2つの二等室が続いていました。最後に、小さな食堂室も設けられていたのも特徴です。

 B号車には、郵便物や貴重品の輸送専用の荷物室が設けられており、施錠可能なキャビネットも備わっていました。その奥には、二等室、トイレ付きの洗面室、そして一等室が続いていました。

 以下の画像は、トルコへの引き渡し直前に車内を撮影したものです。




 第二次世界大戦の終結後、TCDDは新たなDMUの導入に際し、再びドイツのMAN社に発注しました。こうして、1951年以降は16両の「MT5300」が運用中の「MT5200」を補完することとなったわけです。

 「MT5300」は、「MT5200」の設計を基に大幅な改良が加えられた発展型であり、複数両を連結して運行することが可能という違いがあります。この新型DMUは、アンカラとイスタンブール間のような長距離路線での運行を目的に特別に開発されたものです。蒸気機関車ではアンカラとイスタンブールのハイダルパシャ駅間の運行に約14時間を費やしていたのに対し、「MT5300」は同区間を8.5時間で結ぶことができました。参考までに記しておきますが、現在のトルコの高速列車では、この533kmの区間を僅か3.5時間で走破できます。[7]

 移動時間が劇的に短縮されたことはさておき、「MT5300」(と「MT5200」)のディーゼルエンジンとトランスミッションは、予期せぬ故障を防ぐために、頻繁かつ入念なメンテナンスを必要としていました。当時、気動車の運用経験がまだ浅かったこの国では、それが口で言うほど簡単ではなかったことは言うまでもありません。DMUをDMUで、あるいは蒸気機関車で牽引せざるを得なかった事例も複数ありました。最終的に、エンジンやトランスミッションの継続的な問題のため、「MT5300」は耐用年数に達する少し前の1970年代後半に引退しました。[7]

 運行の最終期には、これらのDMUはほぼ例外なく機関車牽引の列車として運行されていました。

 雪の中、鮮やかな赤い塗装の「MT5300」が目を引く:2両の「MT5200」も、これと同様の塗装に塗り替えられた。

 「MT5200」の導入は、当時急速に近代化が進んでいたトルコの象徴的な出来事だったと言えます。

 この10年間で、トルコは1920年代にアタテュルクが掲げたビジョンを実現し、橋やトンネル、道路、イスタンブールの両岸を結ぶマルマライ通勤鉄道(地下鉄)、高速鉄道、そして全国各地に建設された多数の空港といった新たなインフラプロジェクトを完成させました(編訳者注:マルマライ地下鉄の完成には日本が大きく関与していたことを記しておく)。

 近い将来、トルコは国産高速列車の生産を計画しており、新型電車(EMU)がまもなく量産に入る予定です。この動きは、公共交通のニーズへの対策でトルコがどれほど発展したかを示しています。

 新たな分野での自給自足を確立する中で、トルコはそう遠くないうちに鉄道技術やノウハウを世界各国へ輸出するようになるかもしれません。


[1] High speed lines in the World https://uic.org/IMG/pdf/20180420_high_speed_lines_in_the_world.pdf
[2] High-speed rail in Turkey: Vision 2023 https://www.globalrailwayreview.com/article/112860/high-speed-rail-turkey/
[3] Aviation Facilities of Nuri Demirağ in Beşiktaş and Yeşilköy https://dergipark.org.tr/tr/download/article-file/404341
[4] MT5201 to MT5202 http://www.trainsofturkey.com/pmwiki.php/MUs/MT5200
[5] Humble Beginnings - Turkish Airlines’ Ju 52s https://www.oryxspioenkop.com/2021/04/humble-beginnings-turkish-airlines-ju.html
[6] TCDD MT 5200 sınıfı Mototrenler ve yurtdışındaki kardeşleri https://modeltrenciler.com/forum/index.php?topic=6971.0
[7] MT5301 to MT5316 http://www.trainsofturkey.com/pmwiki.php/MUs/MT5300


 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました


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2026年5月8日金曜日

【復刻記事】DIYに走るイスラム国:テルスクフ攻勢


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ 編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2016年5月11日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」とBellingcatで公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 モスル北部にあるペシュメルガの陣地を襲撃するイスラム国(ISIL)戦闘員が戦い、敗北し、そして殺害される様子を記録した、今や悪名高い映像が公開されてから僅か6日後、2016年5月3日、彼らは(アラビア語でテルスクフ、テル・エスコフ、テル・アスコフ、テル・アスカフとも呼ばれる)アッシリア人の町テスコパ付近で、再びペシュメルガの陣地を制圧しようと試みました。

 結果として、この攻勢は世界的な注目を集めました。この戦闘で、この地域をISILのさらなる攻撃から守るために展開していた海軍特殊部隊(Navy SEALs)のアメリカ兵が死亡したためです。

 2015年12月16日にナヴァラン近郊で発生した攻撃と同様に、ISILは攻撃前と攻撃中に自身を撮影した画像をリリースしました。しかし、これは再び奇妙な事態を招いています。まず、防衛側のペシュメルガ部隊が殺害されたISIL戦闘員の画像を公開すると、その直後にISIL側が全く同じ戦闘員たちが(まだ生きていて)準備を整えている様子を捉えた画像を公開しているのです。

 結果的にISIL部隊の大半が壊滅した事実から、この攻勢を扱った彼らの映像が公開される可能性は低いと思われます。

 ISILがモスル北部で展開した同様の攻勢:戦闘員が大規模に改造された装甲戦闘車両(AFV)と連携して行動するケースが多かったこととは対照的に、テルスクフ攻勢の初期段階は実際に成功を収めました。彼らは複数の戦線で防御陣地を突破しただけでなく、戦闘員が町の大部分に侵入し掌握することに成功したのです。

 ところが、彼らの成功物語はここで終わりを迎えました。アメリカ軍の強力な航空支援を受けたペシュメルガ部隊とSEALsによる反撃のおかげでISILのAFV群と部隊集結地点が壊滅させられ、ペシュメルガ部隊は失ったのと同じ速さで町を奪還したからです。この町に潜伏していたISIL残党の拠点は、この日遅くまでに掃討されたと伝えられています。


 テルスクフへの攻撃を主導したのは「襲撃大隊」の「アブ・レイス・アル・アンサリ隊」であり、「自殺大隊」から抽出された少なくとも10台のVBIED(車両運搬式即席爆発装置)が支援しました。

 興味深いのは、「襲撃大隊」がこの部隊を「セクター」と呼称していることでしょう。「セクター」とは割り当てられたの区域での作戦を担っている部隊のことです。テルスクフへの攻撃を主導した部隊は、2014年11月にアメリカ軍の空爆で殺害された元ISILモスル州知事(ワーリー)のアブ・ライス・アル・アンサリにちなんで命名されました。 ちなみに、アブ・ライース・アル・アンサリ旅団を含む複数の部隊も彼の名前を冠しています。

 「襲撃大隊」は、アブ・リドワーンのチーム、つまり今や悪名高く知られるアブ・ハジャールも参加したナヴァラン近郊での失敗に終わった攻勢にも関与していました。ただし、この攻撃を担当した「セクター」がどこであったかは、依然として不明のままです。

 2015年12月のナヴァラン近郊での攻勢以降、このような大規模な攻撃は発生していないとみられています。つまり、「襲撃大隊」には戦略を見直すための十分な時間が与えられたことになるわけです。

 過去にモスル北部で展開された彼らの攻撃で直面した大きな問題は、そもそもいかなる勢力にとっても同様の攻撃を行うことを躊躇させるのに十分深刻なものでした。ところが、装甲車両や戦闘員を十二分に有しているISILは、こうした攻撃を妥当なものと見なしているようです。

 「襲撃大隊」が最も頻繁に直面する主要な障害は、制圧対象であるペシュメルガの堅固な陣地です。これらの陣地が往々にして高台に位置しているため、彼らの装甲車両はペシュメルガからのRPGや対戦車ミサイル、そして戦車からの砲火に完全に晒されたまま、開けた平野を走行せざるを得なくなってしまいます。陣地へ到着する頃にはすでに大部分の車両が撃破されており、生き残った車両も陣地を取り囲む巨大な塹壕によって進路を阻まれてしまうのです。この塹壕を越えるには、架橋用の車両を使うか、土で埋め戻すしかありません。こうした状況が展開される中で、アメリカ主導の有志連合軍がすでに戦場に展開している場合が多く、その時点で航空機や無人機(UAV)を用いてISIL部隊を攻撃しているわけです。

 ISILの州(ウィラヤット)の中で、ニーナワー州(モスル)は防空面で最も優れているものの、彼らが運用する対空砲でさえ、低空飛行するヘリコプターや低速で飛行する航空機にしか効果がありません。高速で飛行するジェット機の速度と高度を考慮すると、イラクやシリア上空で撃墜される可能性は極めて低いでしょう。

 注目すべきは、ISILがニーナワー州において防空任務を担う独立大隊を編成したことです。「ウィラヤット防空大隊」は、2015年3月に初めてモスル市内を行進し、その後、モスル上空で情報収集や電子戦に従事していたアメリカ海軍の「(E)P-3」電子偵察機を「D-30」122mm榴弾砲で撃墜しようとしている様子が公開された際にも姿を見せました。

 しかし、「ウィラヤット防空大隊」の部隊が(任務に出る)「突撃大隊」に配属されることはありません。と言うのも、「突撃大隊」自身の防空は自分で対応することになっているからです。テルスクフ攻勢を含めた今までの攻撃作戦における彼らの防空戦力は、ピックアップトラックに搭載された14.5mm重機関銃や単砲身の23mm機関砲に過ぎませんでした。

 「ウィラヤット防空大隊」の対空砲がジェット機を撃墜できる可能性は低いものの、より強力な37mmや57mm機関砲、そして122mm対空砲を装備しているため、少なくとも有志連合軍機に対して一定の抑止力が機能するのではないでしょうか。


 テルスクフ攻勢における「襲撃大隊」の戦力は、数十台もの防御力強化型装甲戦闘車両(AFV)やピックアップトラックに支援された300名以上の戦闘員で構成されていたと伝えられています。

 2016年5月6日時点で、少なくとも154人のISIL戦闘員の遺体と25台のAFV及びピックアップトラックが撃破あるいは鹵獲されたことが確認されています。一方のペシュメルガ側は(実際にはそれ以上と思われるが)少なくとも10人の戦闘員を失いました。また、アメリカ海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)の隊員1名も、乗っていた装甲SUVがRPGの直撃を受けた際に戦死したとのことです。戦闘の際には、10人から15人のネイビーシールズ隊員が陣地付近にいたとみられており、その映像はこちらで確認できます。ちなみに、ナヴァランを防衛していたアッシリア系民兵の死傷者数は不明です。

 いつもの手法どおり、攻撃に先立って、町周辺の陣地にロケット弾と迫撃砲の集中砲火が浴びせられました。その約1時間後、「自殺大隊」によるVBIEDの第一波が襲来し、その直後に到着した「強襲大隊」の尖兵部隊のための道が切り開かれたのです。この攻勢は、少なくとも3方向、おそらく4方向から行われたようで、合計で10台以上のVBIEDが投入されています。

 「襲撃大隊」は(車両が通過できるよう)塹壕を埋めるためのブルドーザーのみならず、専用の架橋用車両も投入するようになりました。ただし、この車両はどの映像にも映っていなかったことから、モスルで押収された本物の架橋戦車(AVLB)が使用されたのか、それともDIY式の独自装備が用いられたのかは判然としていません。

 陣地周辺に構築された塹壕の規模を把握しやすくするために、下にナヴァラン周辺の主要な塹壕の画像を紹介します。画像の右側にいるのは、「襲撃大隊」の装甲強化型ブルドーザーです。このブルドーザーは、近くのペシュメルガの陣地からの激しい砲火を浴びながら巨大な塹壕を埋める任務に就いていましたが、当然のことながら、任務を完了する前に撃破されてしまいました。


 数的に優勢な敵に直面した守備隊は、最後の一発まで陣地を死守するより撤退という選択をしました。組織的な撤退はテルスクフ外縁で部隊の再編を可能にさせ、アメリカ軍の地上と空からの支援を受けて反撃に転じることを成功させたのです。

 撤退という決断は絶大な効果をもたらし、ペシュメルガ側の犠牲者を最小限に抑えることに繋がりました。もし守備隊が町に残っていたならば、数で勝る「襲撃大隊」によって間違いなく蹂躙されていたことでしょう。そして、後に続く戦闘もテルスクフの市街地で展開されたはずであり、その結果、同市はアメリカ軍の空爆によって徹底的に破壊されていたに違いありません。

 その代わり、「襲撃大隊」は町の大部分を占領した後、ペシュメルガが支配する地域へとさらに進撃し、開けた場所でアメリカ軍の空爆に晒されることとなり、結果として甚大な被害を被りました。下の画像に見えるのは、「M1114」1台と複数のピックアップトラックから構成されるISIL部隊の車列の残骸です。


 「襲撃大隊」のAFVは、2015年12月16日のナヴァラン攻勢で使用されたものと外観が酷似しています。ISILがリリースしたフォトレポートには、この攻勢に参加した他の部隊よりも装備が充実していた主力強襲部隊の様子が収められていました。

 主力襲撃部隊のAFVの構成は、ナヴァランを攻撃した部隊とほぼ同様です。今回は装甲強化型「MT-LB」1台、装甲強化型「M1114」が少なくとも5台、「バジャー」ILAVが数台、そして武装ピックアップトラックで構成されていました。

 以前の強化型「M1114」と比較してみると、いくつかの改良点が確認できます。まず、どの車両にも大口径機関銃やRPGからの攻撃に対し、車体前面をより効果的に防御できるよう、傾斜装甲が採用されました。

 次に、エンジンへのアクセスを容易にするため、ボンネット上部にハッチが設けられました。そして、少なくとも2台には(乗員が使用するアサルトライフルや軽機関銃用の)ガンポートが設けられています。ちなみに、ナヴァランへの攻撃では、こうしたガンポートが備わっていないことが戦闘で「不利」を招いたことが判明しました。右前方の窓にあるガンポートが残されたおかげで、前席に追加のガンナーが配置可能となっています。

 さらに、「M1114」のドアについて、少なくとも1台が自作の装甲ドアに交換されていました。

 以前のバージョンと同様に、装甲強化型「M1114」の全てが車体上部に最大3名の戦闘員を乗せることができるキャビンを備えています。少なくとも1台は中国製「W85」12.7mm 重機関銃を装備していました。ナヴァラン攻撃の際にも、「襲撃大隊」の車両2台に同様の装備が確認されています。

 典型的なDIYスタイルらしく、どの車両も全く同じではありません。紛らわしいことに、一部の車両は黒く塗装されています。なぜならば、この色は基本的に「防御大隊」が運用するAFVに見られる色だからです。しかし、テルスクフ攻勢に参加した黒いAFVについては、その全てが(通常ならば車両に現地の地形に溶け込むような迷彩塗装を施している)「襲撃大隊」の所属車両であったと考えられています。

 下の画像(1枚目)では、テルスクフ攻勢に参加した装甲強化型「M1114」のうち2台が見えます。2枚目は、ナヴァランへの攻撃で使用された「M1114」です(比較検討用)。



 別の写真でも同じ車列が写っていますが、こちら(下の1枚目)は反対側から撮影されたものです。最前列のISIL戦闘員4人の隣に見える車両は、装甲強化型「MT-LB」で、後にペシュメルガによって無傷のまま鹵獲される運命を迎えることになります。

 2台の「M1114」には、いずれも車体上部のキャビン内に梯子が装備されており、乗員が高台にあるペシュメルガの陣地へ突入できるようになっています。手前の2台は「自殺大隊」のVBIEDです。これらの車両はたいてい黒く塗装されているほか、個別の番号も割り振られています。例えば、一番手前の車両は「502」です(編訳者注:左側面の文字がそれである)。

 2枚目には別のVBIEDが3台写っており、手前の車両には「1004」の番号が付与されています。このうち1台は積載された爆薬が起爆せず、後に無傷で鹵獲されました



 イラク軍がモスルから撤退する際に残していった大量の装備や武器を入手できた「襲撃大隊」の隊員たちは、ISILの中でも最も装備の整った戦闘員です。

 それでも、彼らが携行する比較的高度な兵器や大量の弾薬も訓練や実戦経験の不足を補うことはできませんでした。アブ・ハジャールやアブ・アブドゥッラーたちが参加したナヴァラン攻撃の際に、そのことが驚くほど露呈したのです。



 こうして「襲撃大隊」は当初の目標を達成することに成功したものの、すぐにアメリカ空軍の「F-15E」や「A-10」、そして同陸軍の「AH-64 「アパッチ」の無慈悲な攻撃に直面することになったのは言うまでもありません。また、戦死したネイビーシールズの隊員を収容するため、「UH-60 "ブラックホーク"」2機も投入されました。

 結局、航空攻撃に対する自衛手段を欠いていた「襲撃大隊」の部隊は開けた平原で全滅し、一部の車両の乗員が車両を放棄して戦場から逃げ出すという形でこの攻勢は頓挫したのでした。



 下の画像は、「KPV」14.5mm重機関銃を装備したピックアップトラックがアメリカ軍機に向けて射撃している様子です。「KPV」を車載した場合、機銃手は一度に1発しか発射できなくなるため、この武器は地上目標以外に対しては事実上役に立ちません(編訳者注:「ZPU-2」やAFVから取り外した「KPV」が構造上単発射撃しかできないか、射撃時の反動が連射を不可能にしているのだろう。要は連射では照準射撃ができないわけだ)。

 なお、このピックアップトラックは、テルスクフの主要道路を走行中に空爆を受けて壊滅した車列に含まれていました。



 下の画像はペシュメルガによって鹵獲された「襲撃大隊」のピックアップトラックです。モスルを拠点とする装甲部隊の車両のほとんどに見られるこのマークには、「ウィラヤット・ニーナワー―戦士襲撃大隊―アブ・ライス・アル・アンサリ セクター」と記されています。2枚目の車両は、カラフルな塗装が施されたISILの装甲強化型「M1114」です(これもペシュメルガの鹵獲品)。



 戦闘後、攻撃に参加した車両の一部を含む主要な戦利品は町で展示されました。別の装甲強化型「M1114」の隣には、装甲強化型「MT-LB」が見えます(一番右側)。

 2枚目には、自家製の小銃擲弾を発射できるように改造された「タブク(ザスタヴァM70)」自動小銃が写っています。この武器はVICEが公開した動画でアブ・リドワーンが使用したものと同型ですが、照準をより正確にするためか、画像の個体にはグリップが取り付けられているようです。




 次に紹介するのは、攻勢失敗後に残骸と化した「襲撃大隊」の装甲強化型「M1114」の一台です。この画像では、前面に2つのガンポートと側面に視察窓を備えた本格的な装甲キャビンがはっきりと見えます。

 2枚目には、助手席に座るガンナー用のガンポートが見えます。この車両は1枚目のものと非常によく似ていますが、細部に若干の違いがあることに注意してください。



 これまでの攻撃は度重なる敗北に終わっていましたが、今回の攻勢は初期段階で成功を収めた初の事例であると考えられています。ISILが保有する車両群に施したDIY式改修や、それらの車両が用いた戦術からは、過去の失敗から少なくともある程度の教訓が得られていたことが示唆されています。

 とは言え、イラクの平原上空に有志連合軍の航空戦力が展開しているため、ISILはAFVを最大限に活用することができませんでした。この攻勢の初期段階は成功だったと言える一方で、アメリカ軍の空爆によって最終的に壊滅したことから、結局のところ、この攻勢は人的・物的資源の浪費に他なりません。

 過去2年間の状況は、モスル北部の現状の支配地域を越えて進撃することは不可能であることを示しています。仮にペシュメルガの陣地を制圧できたとしても、イラクのこの地域においては、有志連合軍の航空戦力が常に決定的な役割を果たすことになるでしょう。

 ISILは持てる戦力の全てを投入し、これまでに見られなかった戦術や、さらに高度なDIY式AFVを運用することはできるかもしれませんが、彼らに向けて発射される誘導爆弾やミサイルに対抗できないだろうことは言うまでもありません。

 モスルのISIL軍事指導部が今なおこの事実を認識してこなかった結果、再び約150人もの戦闘員が死亡し、さらに相当規模の装備も失われるという大惨事に繋がりました。そして、イラク西部の情勢が当面変わる気配が全くないことから、今後もさらなる攻勢と大量の人的被害が予想されます。

2枚目と22枚目の画像:Operation Valhalla.

 
 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました。

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2026年4月25日土曜日

現代化への歩み寄り:セネガルの地域高速鉄道(TER)

TERの「コラディア・ポリバレント」:ナンバーから「B83500」系の車両と思われる。

著:シュタイン・ミッツアー (編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2022年1月25日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 アフリカの各国では、効率的な公共交通機関の必要性に対する認識がますます高まってきています。2018年にはモロッコ初の高速鉄道が開通したほか、さらに4つのアフリカ諸国がモロッコの後を追う見通しです。

 2021年、セネガルは首都ダカールと新たな国際空港を結ぶことを目的とした通勤鉄道「地域高速鉄道:Train Express Régional(TER)」の運行を開始し、公共交通の効率化で飛躍的な進展を遂げました。TERでは、最高速度160km/hを誇る仏アルストム社製の最新型車両が使用されています。

 TER最大の目的は、国内の経済活動の大部分が集中している首都とセネガル国内の他地域とのアクセスを向上させることにあります。

 TERの工事は2016年後半に開始され、フランスのエクアンス社とタレス社のグループが電化関連及び信号設備を担当し、鉄道自体の建設はエファージュ社とトルコのヤピ・メルケジ社が結成した共同企業体によって行われました。ちなみに、ヤピ・メルケジ社は、ダカールの国際会議センターブレーズ・ジャーニュ国際空港など、セネガルで数多くの建設プロジェクトに携わってきた実績を有しています。[1]

 この鉄道路線は全長55kmで14の駅が配置されており、1日あたりの乗客数の見込みは11万5000人です(ダカール都市圏の人口は約400万人と推定)。TERの第1区間は2021年12月に開通していますが、ブレーズ・ジャーニュ国際空港へと繋がる第2区間の完成は2023年末の予定となっています。このプロジェクトの総費用は推定13億ドル(約1400億円)と見込まれているようです。[2]

 ティエスおよびンブールへの路線延伸工事については、早ければ2024年に着工される予定です(編訳者注:2026年現在で着工は開始されていない)。

人目を引くダカール駅は1914年に建設されたものの、長年にわたり放置されていました。TER開通のおかげで、再びダカール市のターミナル駅としての役割を担っています。

 ディアムニアディオという新興都市は、TERの恩恵を受けている都市の一つです。この都市の整備は、セネガル政府が推進する経済活性化計画(セネガル新興計画)において重要な役割を果たしています。

 ディアムニアディオ経済特区のねらいは、ダカールへの人口集中を緩和しつつ、全長32kmの新高速道路とバス高速輸送システム(BRT)、そしてTERを活用して、ダカールへの迅速なアクセスを提供することにあります。TERの片道料金は3ドルですが、セネガルの人口の半数が貧困ライン以下の生活を送っていることを考えると、多くの人々にとって依然として法外な価格設定と言えるでしょう。


 TERはセネガル初の電化路線であると同時に、同国初の標準軌路線(1435mm)という特徴を持っています。というのも、この国における既存の鉄道網は(当然ながら)軌間1メートルのメーターゲージを採用しているからです(編訳者注:フランス語圏のアフリカではメーターゲージを採用している鉄道が多い)。

 アルストム製の列車が最高時速160kmで走行できる2本のTER路線に加えて、同路線の隣接部には貨物列車用のメーターゲージ路線も敷設されていますが、さらに同路線をもう1本増設するスペースも残されています。このことは、セネガルが貨物輸送用に既存の貨物列車をそのまま活用できることを意味しています。つまり、わざわざ新しい標準軌の車両を購入する必要がないというわけです。

 左側には2本の標準軌路線が、右側には貨物列車用のメーターゲージ路線と2本目の貨物線路用のスペースが見える。

 セネガル向けの「コラディア・ポリバレント」は、アルストム社が設計・製造した電気・ディーゼル両用車両(EDMU)です。[4] この列車は4両編成で、1等車と2等車に分かれており、最大収容人数は約400名となっています。[5]

 EDMUには充実した空調システムが搭載されている点は大いに注目すべき特徴と言えます。
なぜならば、これはサハラ以南のアフリカにおけるあらゆる公共交通機関にとって不可欠な設備でありながら、旧式列車の大半には備わっていないものだったからです。

 また、「コラディア・ポリバレント」は(主に欧州で製造される新世代の列車に一般的に見られる規格の)低床構造 を採用したことで、特に身体の不自由な乗客にとって、車内への乗り降りがより容易なものとなっています。


 TERの開通に先立ち、セネガルは1987年にダカールとティエスを結ぶ通勤鉄道「Petit train de banlieue (PTB) 」の運行を開始しました。PTBは現在も運行されており、2010年代初頭にインドから導入した空調付きディーゼル気動車(DMU)が使用されています(編訳者注:PTBは2016年には廃止されたとのこと)。[6]

 新型の「コラディア・ポリヴァレント」EDMUに比べれば快適性はかなり劣るものの、それでも、これらの気動車(DMU)は今なおセネガルで最も近代的な列車の一つであり続けています。これは、この国が公共交通分野で成し遂げた進歩を明確に示している事例と言えるでしょう。

 ちなみに、セネガルでは首都ダカールにバス高速輸送システム(BRT)を導入する計画も立てられています。これは、首都の混雑した道路でスペースを奪い合い、大気汚染の源となっている小型バスに取って代わるものです。 [7]


 セネガルでは今でもよく見かける機関車牽引列車:PTBが運用しているDMUと同様に、これらの客車もインドから導入されたものだ。

 「地域高速鉄道(TER)」はセネガルをアフリカにおける公共交通の最先端に押し上げ、首都ダカールとその広大な郊外地域は今後数十年にわたる発展に向けて準備を整えています。TERの線路が通る場所には、新たな都市が次々と誕生していくことは、決してあり得ない話ではないでしょう。

 今後の延伸計画により、国内のさらに広範な地域をカバーする見込みのTERは、交通渋滞の緩和や大気汚染の削減を図りながら、セネガルの(経済的)成長を促進する上で極めて重要なアセットとなり得ます。他のアフリカ諸国の大半が同様の成果を望めるようになるのは、数年あるいは数十年先のことではないでしょうか。


 編訳者による補足:TERの第2区間( ダカール~ブレーズ・ディアニュ国際空港)は2025年12月にシステム統合試験が完了し、早ければ2026年前半に運行が開始される予定だ。[8]

[1] Senegal launches first stage of express railway line https://www.aa.com.tr/en/africa/senegal-launches-first-stage-of-express-railway-line/1364720
[2] Senegal's new commuter train makes first journey from capital Dakar https://www.reuters.com/markets/commodities/senegals-new-commuter-train-makes-first-journey-capital-dakar-2021-12-27/
[3] Senegal's new commuter train makes inaugural journey from Dakar https://youtu.be/nILd4I8Ec_0
[4] Alstom celebrates Coradia Polyvalent’s first journey in Senegal with APIX https://www.alstom.com/press-releases-news/2019/1/alstom-celebrates-coradia-polyvalents-first-journey-senegal-apix
[5] Alstom begins shipping Coradia Polyvalent regional trains for Senegal https://www.alstom.com/press-releases-news/2018/10/alstom-begins-shipping-coradia-polyvalent-regional-trains-senegal
[6] In a first, RCF to roll out AC metre gauge DMU for export http://archive.indianexpress.com/news/in-a-first-rcf-to-roll-out-ac-metre-gauge-dmu-for-export/768935/
[7] Senegal wants to introduce electric buses for public transport in the capital by 2025 https://www.africalogisticsmagazine.com/?q=en/content/senegal-wants-introduce-electric-buses-public-transport-capital-2025
※ 以下は編訳に際して参考とした資料である。
[8] TER Phase 2: Dakar–airport line completes system integration tests
https://railmarket.com/news/passenger-rail/44730-ter-phase-2-dakar-airport-line-completes-system-integration-tests?region=eu
[9] DAKAR https://www.urbanrail.net/af/dakar/dakar.htm
[10] 西アフリカ最大規模の経済特区整備計画が進むセネガル https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/aaefae0aaf919060.html
[11] アフリカ地域 在来鉄道を活用した都市交通改善に係る 情報収集・確認調査 ファイナルレポート 要約版 https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12375358.pdf
[12] アフリカ地域 在来鉄道を活用した都市交通改善に係る 情報収集・確認調査 ファイナルレポート https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12375366.pdf


 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 
お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました


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2026年4月17日金曜日

大空の女王: トルコの「ボーイング747-8I BBJ」大統領専用機


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2021年1月12日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 トルコは世界政治においてますます重要なプレイヤーとして台頭しており、積極的な国際的役割を担うとともに、その政治的影響力も高まりつつある状況です。新たな大国としての台頭に伴い、政府高官が利用するVIP専用機の規模も大幅に拡大しています。

これらの堂々たる見た目の航空機は、国内外におけるトルコの力と威信を象徴するステータスシンボルとなっています。この中で間違いなく最も圧倒的な存在感を放つのは、2018年9月から大統領府で運用されている「ボーイング747-8I」ボーイング・ビジネス・ジェット(BBJ)です。

 ただし、トルコ大統領府で運用されている他の機体が新品か中古機として調達されたのとは異なり、「ボーイング747-8I BBJ」は、カタールの首長であるシェイク・タミーム・ビン・ハマド・アル=サーニーからの贈り物として引き渡されたものという経緯があります。この大盤振る舞いの寄贈は、(エルドアン大統領から同機を購入したいという意向を耳にしていた)アミール首長が「トルコから代金を貰うつもりはない」と述べたことを受けて行われたものでした。ちなみに、エルドアン大統領は専用機について、「トルコの威信を懸けたことに関して、費用は考慮すべきではない」と述べていたとのことです。[1]

 カタールによる「ボーイング747-8I」の寄贈については、2017年6月に複数のアラブ諸国がカタールとの国交を断絶して封鎖措置を発動した後、トルコがドーハを支援したことへの謝意の表れであったかもしれません。詳しく説明すると、トルコは封鎖開始から僅か1か月の間に食料やその他の物資を満載した貨物機197便をドーハへ派遣したほか、カタールに駐留するトルコ軍部隊も増派しました。[2] [3]

 カタールはサウジアラビアとの国境を経由して国内に流入する輸入品に大幅に依存していたため、危機の初期段階におけるトルコによるドーハへの支援は、同国に十分な食料やその他の重要な物資を確保する上で極めて重要なものだったわけです。


 トルコに寄贈された航空機は、サーニー家及びカタール政府高官のために運航されていた4機の「ボーイング747-8I」のうちの1機でした。同機は以前にバミューダで「VQ-BSK」として登録されていたものの、トルコに到着後に「TC-TRK」に変更されています。

 トルコに引き渡される以前のカラーリングでは、(下の画像で見えるように)まだ尾翼にカタールの大きな国章が掲げられていました。現在のカタール王室専用機は、国旗や国章などのマークを一切排除した、より控えめな塗装を採用しています。

 「TC-TRK」は、2012年にボーイング・エバレット工場で組み立てられた機体です。その後にカラーリングとVIP仕様の内装が施されました。この機体は2015年末か2016年初頭に就航しましたが、トルコへ寄贈されるまでの飛行時間はたった436時間に過ぎませんでした。つまり、寄贈時点で就航から6年近くも経過していたにもかかわらず、実質的に新品同然の状態だったのです。[4]

 もっとも、カタールが同時に放出した「ボーイング747SP」と同様に、この「ボーイング747-8I」も実際にはカタール王室(AMIRI)の正式な専用機ではなかったため、両機の売却と寄贈の背景には、(カタール側の)大規模な構造改革が関わっていた可能性が高いと思われます。



 カタールは国家元首及び政府専用機として「ボーイング747」を運用している数少ない国の一つですが、「747-8I」の寄贈がサーニー家及びカタール政府の移動手段に悪影響を与える可能性は低いでしょう。トルコへの「747-8I」寄贈後も、AMIRIは依然として3機の「ボーイング747-8I」どころか、「エアバスA340」と「A320」と「A319」も各3機ずつ、「A330」を2機保有している上に、彼らが運用する複数の輸送機(「C-17」)や小型VIP機も利用可能だからです(ただし、AMIRIが輸送機や小型VIP機の所有者ではない)。

 同様に、現在のトルコ政府は「エアバスA318CJ」1機、「A319CJ」2機(うち1機は現在アルバニア政府にリース中)、「A330-200プレステージ」1機、超長距離型の「A340-500」1機、「ガルフストリームG550」と「ガルフストリームIV」が3機ずつ、そしてVIP仕様の「シコルスキーS-92」ヘリコプター3機を運用しています。ちなみに、「A319CJ」は2026年4月のゼレンスキー大統領のシリア訪問に使用されました

 場合によっては、トルコ空軍の「A400M」が、外国への公式訪問の際に大統領の車列やその他の装備を輸送するために使用されるケースもあります。

トルコ共和国大統領府が運用するVIP仕様の「シコルスキーS-92」

 2018年に「A350-900ULR」が導入されるまで、世界最長航続距離を誇る旅客機であったトルコの「A340-500」:「ボーイング747-8I(15,000km)」よりもさらに長い航続距離(16,020km)を誇っている。

 2018年9月15日、スイスのバーゼルからトルコに到着した「ボーイング747-8I」は、整備及び再塗装のため、イスタンブールのサビハ・ギョクチェン国際空港にあるターキッシュ・エアラインズの整備施設内に設けられた特別エリアへ搬入されました。

 この機体には、過去に「A330」及び「A340」になされたものと同様の基準に沿って、機内設備に追加のアップグレードや改修が施されたものと推測されます。それから一か月後の10月5日にトルコ国内線として初飛行を行い、イスタンブールからアンタルヤ、続いてイズミルを経由して首都アンカラへ向かったのでした。[5]


 カタール向けに納入された時点の「TC-TRK」は76名の乗客を収容できるよう設計されており、内装の豪華さは「究極の贅沢」としか言いようがないものでした。トルコがこの機体を譲り受けた後、(下の画像で見える)オリジナルの内装がどの程度変更されたかは分かっていません。

 確実に言えることは、この機体には数多くのセキュリティシステムのみならず、(当然ながら)独自の機内エンターテインメントシステムも備わっているということです。広々とした寝室、浴室、客室、ラウンジ、そしてファーストクラスの座席エリアが、この機体の完成度を際立たせています。





 この航空機のもう一つの非常に注目すべき特徴は、緊急医療処置に対応できる充実した医療設備が備わっている点でしょう。重篤な状態でない限り、直ちに最寄りの空港に着陸する必要がなくなるわけです。


 カタール、韓国、ブルネイ、トルコなど、どの国で運用されていようとも、「ボーイング747-8I BBJ」は、世界中のあらゆる場所でその権力と影響力を誇示するための、紛れもないステータスシンボルとなっています。(おそらく世界で最も不格好な国家元首専用機の一つと言える)オランダ政府の「ボーイング737-700 BBJ」とは対照的に、この機体は見た目が非常に優れている上に、その目的をしっかりと果たしているのです。

 その重厚かつ荘厳なデザインは、もはやトルコの空だけでなく、国家元首が向かう先々でその姿を披露することになるでしょう。

 航続距離だけでなく、トルコの外交力も広範囲に及ぶことを考えれば、行き先の対象には世界中の国々が含まれる可能性があります...もっとも、カタールへの親善訪問が1、2回は行われることは確実ではないでしょうか。

編訳者による補足:「TC-TRK」はカタール、オマーン、インドネシア、マレーシア、中国、アメリカ、日本などへの訪問で活用されたことが確認できた。


[1] Qatar's emir 'gives $500m private jet to Turkey' https://www.bbc.com/news/world-middle-east-45550537
[2] Turkey sent some 200 cargo planes to Qatar since dispute began: minister https://www.reuters.com/article/cnews-us-gulf-qatar-turkey-idCAKBN19X0Q2-OCATP
[3] New batch of Turkish troops arrives in Qatar https://www.aljazeera.com/news/2017/6/30/new-batch-of-turkish-troops-arrives-in-qatar
[4] Qatar sells the world's largest private plane https://www.aerotime.aero/21685-qatar-sells-the-world-s-largest-private-plane
[5] Devlet Filosunun yeni uçağı B747-8 "TC-TRK" Antalya Havalimanı'na yaklaşmada.. https://youtu.be/r7Y5_YX5p24


 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 
お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました


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