2026年6月13日土曜日

商業的成功への道のり:トルコ国産の新型電車「METS」

「E44000」系METS

著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2022年2月6日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 この20年間で、トルコの鉄道輸送は大規模な近代化が進められてきました。トルコ政府は今後数年間にかけて、国内の鉄道網をさらに発展させることを決心しているようです。

 現在、トルコは韓国、アメリカ、イギリスといった国々よりも長い高速鉄道網を有しており、現在整備中あるいは計画段階にある路線が完成すれば、世界第3位の規模を誇る高速鉄道網を持つことになる見込みです。[1] [2]

 この野心はそれだけで終わりません。必要不可欠な鉄道インフラの整備に加え、その路線を走る列車の設計開発も自国で手掛ける予定なのです。つまり、この国は鉄道大国となる道を着実に歩んでいます。

 すでに世界の広範な地域で、トルコ企業は鉄道インフラの建設に積極的に取り組んでいます。2021年、ヤプ・メルケジ社はセネガルにおける「地域高速鉄道(TER)」の第1期工事を完了させました。同事業の契約額は4億ドル(約676億円)にも上ります。TERの完成直後、ヤプ・メルケジ社は、タンザニアと近隣諸国を結ぶ全長368キロメートルの鉄道区間建設に関する19億ドル(約3,200億円)の契約を獲得しました(編訳者注:2022年にはタンザニアの鉄道事業で契約を獲得した)。[3][4]

 トルコ企業が鉄道インフラのほぼ全分野で活躍していることは、アヴィテン社がトルクメニスタンのアシガバートにあるモノレール向けに旅客情報システムを構築する契約を獲得したような小規模なプロジェクトからも裏付けられています。[5] [6]

 これらのプロジェクトに共通する特徴としては、トルコ企業がアフリカ諸国にとって現実的な価格で高品質な鉄道インフラを建設でき、それによってトルコが中国にとっての強力なライバルとして位置づけられている一方、現在のトルコは自国で整備した線路を走行させるための列車を自力供給できていないという点が挙げられます。実際、トゥヴァサシュ(トルコ車両製造株式会社)やユーロテム、トゥロムサシュ(トルコ機関車エンジン工業:現TÜRASAŞ)といった車両製造メーカーはいずれも列車や機関車の組み立てを行ってきたものの、これらの車両は一般的に外国の設計に基づいたものです。

 今後数年のうちに数種類の国産列車が導入されることで、車両面における外国依存は終わりを告げることになるでしょう。その中でも、アフリカ、アジア、さらにはヨーロッパやその他の地域でも商業的な成功を収めることがほぼ確実視されている存在があります:それが時速160kmの走行速度を誇る「Milli Elektrikli Tren(国家電気列車)」です(編訳者注:現「E44000」のこと)。[7]

 トルコが国産電車(EMU)の設計を手掛けている一方で、欧州諸国の大半では、旅客列車の開発と製造がポーランド、スイス、フランス、スペインの企業にアウトソーシングされています。

 国家電気列車(METS)は、欧州及び中央アジア市場における欧州鉄道メーカーの独占体制に挑み、東南アジア、サハラ以南のアフリカ、南米でトルコに全く新しい販路を拓くことになるかもしれません。まもなくトルコ企業が鉄道のほぼ全分野で事業を展開できるようになるという事実は、外国にとってトルコが鉄道事業における極めて魅力的な取引相手となるでしょう。トルコの国際的な影響力の拡大は、この傾向をさらに強めることになると思われます。


 ハイテク鉄道技術の開発・製造に向けたトルコの取組みは、新型EMUだけにとどまりません。今後数年間で、トルコは国産の「E5000電気機関車、通勤列車、ハイブリッド機関車、電気・ディーゼル機関車、そしておそらく最も注目されるであろう国産高速列車の生産を開始する予定です。[8] [9]

 METSの開発・整備を通じて得られたインフラと知見を活用して最高速度225km/hを誇る国産高速列車が登場したならば、トルコは国産高速鉄道の生産を推し進めるでしょう。

 これらのプロジェクトが同時に展開されているおかげで、トルコは(高速)列車、機関車、地下鉄、路面電車、バスなど、あらゆる種類の公共交通機関を自国で整備できる段階に到達しようとしています。

 こうした成果により、そう遠くないうちにトルコでは技術と専門知識を世界中に輸出できる土台が整うことになります。その対象はアジアやアフリカのみならず、南米や欧州に及ぶ可能性があるでしょう。トルコ製の列車がヨーロッパの路線を走るというアイデアについて、一見奇妙に思えるかもしれません。しかし、トルコ産のバスはすでにユーラシア大陸の広範囲にわたって運行されています。それに加えて、チェコ、オーストリア、ハンガリー、セルビアの鉄道事業者がすでに中国製の(旅客)列車を導入していることを踏まえると、トルコ製の列車という構想は決して非現実的なものではないのです。[10] [11] [12] [13]

 中国と同様に、トルコも欧州のメーカーよりも低価格で先端技術を生産することができます。ただし、中国とは異なって、トルコ製の製品には一般的に「中国製」に付きまとうような否定的なイメージがありません。

 トルコの鉄道車両メーカーの競争力の高さは、すでにルーマニアやポーランドにおける複数の契約獲得をもたらしています。その中でも特に注目すべきなのは、ドゥルマズラー社がルーマニアの首都ブカレスト向けに路面電車100両を納入するという1億8000万ユーロ規模(約335億円)の契約を勝ち取った事例でしょう。同社は入札の過程で中国やルーマニアの企業を退けてせり勝ったのです。[14]

 同年、路面電車メーカーであるボザンカヤ社は、ルーマニアのヤシ市に路面電車16両を納入するという3,000万ユーロ(約56億円)の契約を締結しました。この契約も競合していたポーランド企業を制して落札に至りました。ちなみに、同社は2019年の初めにティミショアラ市に路面電車16両の納入に関する3,300万ユーロの契約を獲得しています。また、ドゥルマズラー社は2018年にポーランドのオルシュティン郡と路面電車12両の納入に関する2,380万ユーロ(約44億円)の契約も勝ち取っています。こうした事例は、トルコの鉄道車両メーカーの競争力をはっきりと証明していると言えるのではないでしょうか。[14][15]

 METSのコストは、将来の受注を確保する上での重要な要素となるだけでなく、欧州の鉄道事業者に、いつの日かトルコ製列車への置き換えを働きかける上でも重要なものになると考えれられます。現在のところ、METSは輸入品に比べて80%未満のコストで製造可能であり、量産が本格化すれば、その価格はさらに下落することは間違いないでしょう。METSのプロトタイプの現地調達率は65%であり、量産時には最大80%まで引き上げられる予定です。列車のコンポーネントと技術の80%がトルコ企業から調達されるという事実は、この国の経済を活性化させるほか、数億ドルの資本が国外流出するのを防ぐことにもなります。[16] [17]

トルコの高速鉄道プロジェクトの初期イメージ図

 トゥラサシュは、2025年までにトルコ国鉄(Türkiye Cumhuriyeti Devlet Demiryolları – TCDD)にMETS EMU(電車)を計56編成納入する計画です。2022年には4編成、2023年にさらに15編成の納入が予定されています。トゥラサシュは、国内鉄道車両メーカーの効率性を向上させるため、2020年3月にトゥヴァサシュ、トゥロムサシュ、そしてトゥデムサシュが合併して設立された企業です。[17]

 トゥラサシュによるMETS EMUの製造とトルコ国鉄による導入は、海外からの列車調達に終止符を打つことになうでしょう。これはまさに驚異的な成果と言えます。[18]

 METSの製造と同様に極めて重要なのが、その開発と製造のために整備されたインフラです。これはMETSのみならず、トルコにおける今後のあらゆる列車の開発・製造プロジェクトにも恩恵をもたらすことになるでしょう。このインフラには、車体を製造するための最新鋭の施設と国産の列車統合管理装置(TCMS)が含まれます。

 METSのTCMSはアセルサン社によって設計されました。同社がこれまで多種多様な防衛システムの設計開発で積み重ねてきた経験が、今では公共交通部門に活用されているのです。[18] [19]


 METSは5両編成で最大324名の乗客を収容可能であり、身体の不自由な乗客のために車椅子専用スペースが2か所設けられています。また、この5両編成には、ユニバーサルデザイントイレ(車椅子対応)が1か所、一般トイレも4か所備わっています。

 列車にはファーストクラスとセカンドクラスの区分が設けられており、各車両には小さなテーブル付きのグループ席が配置されています。

 全車両に、天井設置型の乗客用インフォメーションシステムが装備される予定です。ちなみに、運転室には6台の運転席用ディスプレイとスクリーンが設置されています。



 トルコは、タンザニアやセネガルなどの国における鉄道建設において、すでに大きな成果を上げていることは先に申し上げました。今後、この国がこれらの線路を走る列車も製造することになるという事実は、まもなく完全に新しい顧客層を誘引し、トルコ企業が以前よりも大きな市場シェアを獲得することを可能にするでしょう。

 世界的な影響力を高めているトルコは、今まさにこの機会を大いに活用できる絶好の立場にあります。これまで、大部分の国は中国か欧州のいずれかから列車を調達せざるを得なかったわけですが、トルコはまもなく世界の鉄道市場において非常に重要な存在となる可能性があるのです。

 METSは長年にわたる鉄道関連技術への投資の集大成です。しかしながら、トルコの取組みはMETS EMUで終わることはないでしょう。と言うのも、トゥラサシュは近いうちに、鉄道車両や気動車(DMU)といった、輸出向けに特別設計されたより多く種類の車両を既存の製品ラインナップに加える可能性があるからです。

 他国のニーズに適合する列車や設備を設計開発することは、世界各国に向けてあらゆる製品の販売で成功を収めてきたトルコの防衛企業による幅広い取り組みを反映するものになるでしょう。


編訳者による補足:この記事で言及されたMETSは「E44000」と呼称され、2023年5月にアンカラとイスタンブール間の主要路線であるアダパザル~ゲブゼ間での運行が開始された。(2025年時点で)発注された22編成のうち、最後のものは2026年末までに納入されるということだ。[20]

[1] High speed lines in the World https://uic.org/IMG/pdf/20180420_high_speed_lines_in_the_world.pdf
[2] High-speed rail in Turkey: Vision 2023 https://www.globalrailwayreview.com/article/112860/high-speed-rail-turkey/
[3] Rolling Into Modernity: Senegal’s Express Régional https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/rolling-into-modernity-senegals-express.html
[4] Turkish firm lands $1.9B deal to build standard railway in Tanzania https://www.aa.com.tr/en/africa/turkish-firm-lands-19b-deal-to-build-standard-railway-in-tanzania/2459886
[5] Ashgabat’s Quirky Monorail System https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/ashgabats-quirky-monorail-system.html
[6] Ashgabat Olympic Complex - Monorail https://www.aviteng.com/en/monorail.html
[7] NATIONAL ELECTRIC TRAIN SET https://www.turasas.gov.tr/national-electric-train-set
[8] Turkey to start manufacturing 1st indigenous electric train locomotive in 2022 https://www.aa.com.tr/en/economy/turkey-to-start-manufacturing-1st-indigenous-electric-train-locomotive-in-2022/2386599
[9] Karaismailoğlu: National Commuter Train Set Project Started https://en.rayhaber.com/2021/03/karaismailoglu-milli-banliyo-tren-seti-projesi-basladi/
[10] Leo Express to deploy new trains from China https://english.radio.cz/leo-express-deploy-new-trains-china-8121022
[11] Chinese electric multiple units boost regional connectivity across Europe http://www.cseba.eu/news/chinese-electric-multiple-units-boost-regional-connectivity-across-europe/528/
[12] Chinese Bison Arrived In Europe https://www.railvolution.net/news/chinese-bison-arrived-in-europe
[13] Chinese companies start work on $1bn high-speed rail line in Serbia https://www.globalconstructionreview.com/chinese-companies-start-work-on-1bn-high-speed-rail-line-in-serbia/
[14] Turkish tram manufacturers capture Romanian market https://www.railtech.com/rolling-stock/2019/11/19/turkish-tram-manufacturers-capture-romanian-market/
[15] Turkish trams Panorama have appeared in Olsztyn, Poland https://www.railway.supply/en/turkish-trams-panorama-have-appeared-in-olsztyn-poland/
[16] Bakan Varank: Milli elektrikli trenimiz mayıs sonunda raylara indi, bugün itibarıyla da fabrika testlerine başlanıyor https://www.yenisafak.com/ekonomi/sanayi-ve-teknoloji-bakani-mustafa-varanktan-son-dakika-milli-elektrikli-tren-aciklamasi-3547184
[17] Final testing of first Turkish-built EMU begins https://www.railjournal.com/news/final-testing-of-first-turkish-built-emu-begins/
[18] 'Milli Elektrikli Tren' ile ekonomide büyük kazanım https://www.tgrthaber.com.tr/ekonomi/milli-elektrikli-tren-ile-ekonomide-buyuk-kazanim-2693074
[19] Capabilities ASELSAN https://www.aselsan.com.tr/en/capabilities

 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました

2026年6月2日火曜日

【復刻記事】T4要塞:戦乱で変貌した空軍基地


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ 
collaboration with Luftwaffe A.S.・衛星画像: finriswolf.(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2015年6月29日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」とBellingcatで公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 シリア中部におけるイスラム国(ISIL)の攻勢は、戦闘員がこれまで手の届かなかった地域へ活動範囲を拡大することを可能にしただけでなく、今やアサド政権のガス供給網や複数の戦線におけるプレゼンス、そして最重要拠点にしてシリア最大の空軍基地であるT4空軍基地と同基地へ通じる唯一の道路までも脅かしています。

 近隣にあるポンプ場と同じ名称であるT4については、より一般的には(正確ではないが)「ティヤス」を含む数多くの通称で知られています。タドムル空軍基地陥落後の現在では、シリア空軍(SyAAF)が実効支配する16の作戦基地の一つとなり、その防衛は空軍がシリア領空を掌握する上で必要不可欠なものとなりました。

 現在、T4基地では少なくとも3個の戦闘爆撃機飛行隊と1個のヘリコプター飛行隊が運用されており、運用機にはシリア空軍の誇る「Su-24M2」もあります。また、同基地には、過去10年間で大部分が段階的に退役した「MiG-25」飛行隊の拠点でもありました。シリア最大の空軍基地であるにもかかわらず、T4には滑走路がたった1本しかないため、この唯一の滑走路が破壊された場合、この基地は極めて脆弱な状態に陥るでしょう。

 2014年半ばから後半にかけてシリア中部と東部の全域で電撃的な進撃を続けたISILによるT4基地への攻撃を予期して、同基地の戦力は、制圧される前のタブカ空軍基地から避難してきた「L-39」練習機の暫定的な飛行隊と少なくとも4機の「Mi-8/17」ヘリコプターから構成される分遣隊の配備によって増強されました。

 T4基地の高い軍事的価値を深く認識しているアサド政権が基地防衛に多大な努力を尽くしたことで、今では難攻不落の要塞同然と言えるものとなっています。「要塞T4」は、現時点におけるISIL支配下のタドムルとアサド政権支配下のホムスを隔てる障壁としても機能していることから、その重要性が一層高まっているのです。

 T4基地守備隊は過去1年間を通じてISIL部隊と幾度も衝突しており、最新の攻勢では将校用宿舎T4ポンプ場付近まで迫ったようです。ISIL関連のツイッターアカウントによる複数の報告によれば、2015年5月下旬にT4基地は砲撃を受けたものの、これが基地に損害を与えたかどうかは現時点でも確認されていません。

 基地自体はISILの手に落ちるという差し迫った危険には晒されていないものの、T4へ通じる唯一の道路の支配権が争われている状況です。したがって、ISILがホムス方面への進撃を続けた場合、この道路は完全にISILに制圧される可能性が高いと思われます。そうなればT4基地は孤立し、道路によるアクセスが不可能となるため、いずれ重大な問題を引き起こすでしょう。

 T4基地への補給は空軍の輸送機とヘリコプターに頼らざるを得なくなるでしょうが、この空輸戦術では重火器や燃料を搬入できないという深刻な欠点があります(編訳者注:空軍の機体では燃料すら十分な量を輸送できない)。もちろん、アサド政権にとって貴重なリソースを大量に消費することになるという事実があることは言うまでもありません。


 T4に配備されている航空機とヘリコプター飛行隊はISIL戦闘員にとって大きな悩みの種となり得るだけでなく、ホムス県で将来行われるあらゆるISILの攻勢を阻止する能力を有しています。ただし、空軍は現実の情勢に十分に対応できない状態が続いており、地上戦が終わった後にようやく参戦する事例が少なくありません。したがって、T4基地で運用可能な戦力を最大限に活用するためには、地上部隊と空軍機・ヘリコプターとの連携強化が不可欠です。そして、空軍が最近失った町に対して行った自暴自棄の報復攻撃についても止める必要があります。これらの出撃で殺害された数多くの罪なき民間人の命だけでなく、無用な出撃に投入された貴重な航空機自体も救うことができるからです。浪費された飛行時間は、代わりにアサド政権の地上部隊を支援する任務に割り当てられるべきでしょう。

 例えば、Hulayhilah守備隊を支援するためにT4から出撃した申し訳程度の任務はたった1回だけであり、最近ISIL戦闘員によって占領されたガス田やアル・スクナ、アル・ハイル、アラクといった数多くの町を守る部隊には航空支援が皆無だったのです。空軍はタドムル陥落時もほぼ静観しており、地上部隊の士気を高めるための意味のない出撃を繰り返しただけでした。この町がISILに占領された後にやっと激しい空爆が開始されたものの、使用された爆弾が住宅地へ無差別に投下されたことは周知のとおりです。

 タドムルに存在する巨大な兵器貯蔵庫と空軍基地はISIL戦闘員に大量の武器弾薬を提供していたため、高度な精密誘導兵器を装備できる空軍の戦闘爆撃機にとって当然の標的となりました。ところが、どの貯蔵庫もシリア空軍の攻撃目標とはならず、タドムルで鹵獲された6門の対空砲を撃破するため動いたのはアメリカ主導の有志連合軍でした[1]。精密誘導兵器を搭載可能な機体の大半がタドムルから僅か60kmしか離れていないT4基地に配備されているにもかかわらず、です。

 種類が豊富なシリアの空対地精密誘導ミサイルは、数は限られている上に内戦では全く使用されていません。このことから、その大半は将来起こるかもしれないアメリカやイスラエルとの武力衝突に備えて温存されている可能性が高いと考えられます。しかし、戦争が4年目に突入した今、こうした兵器をこの内戦で活用する方が賢明ではないかという疑問が生じます。現時点におけるシリア空軍の精密誘導兵器のストックは急速に枯渇するでしょうが、ロシアによって迅速に補充される可能性があります。ロシア製兵器が定期的にシリアに供給され続けている事実が、まさにその証左です。


 最新の(公開されている)衛星画像でT4をチェックすると、基地周辺に運用不能と思われる多数の航空機が点在して様子が確認できます。2014年10月には退役した「MiG-25」が32機もありました。確かに壮観ではあるものの、かつて強大だった「フォックスバット」飛行隊の時代の終焉を告げる光景です。「MiG-25」飛行隊は過去10年間にわたり徐々に退役が進められ、世紀の変わり目までに運用可能な機体は僅か数機となっていました。

 シリアが導入した「MiG-25」の数は約40機です。これらには、(後に「MiG-25PDS」に改修された)「MiG-25P/PD」迎撃機や「MiG-25R/RB」偵察機、「MiG-25PU」複座練習機が含まれると見られています。「MiG-25」飛行隊の退役理由については、機体の老朽化とそれに伴う運用維持費の増加のみならず、この機種がイスラエルのジャミングに対して脆弱だった点にもあるかもしれません。

 シリア内戦では一部の「MiG-25」の運用が複数回にわたって再開された模様です。最後に確認された出撃は2014年3月と4月に行われ、その際に「MiG-25PD(S)」が地上目標に向けて「R-40」空対空ミサイルを発射しました。当然ながら、これらの出撃は実りある結果をもたらしませんでした。

 最後に「MiG-25」を運用したのはタドムルの詳細不明な飛行隊であり、2013年末まで3機の「MiG-25PD(S)」と1機の「MiG-25PU」を配備していました。その後、これらはT4基地へ移送され、既に保管状態にある「MiG-25」飛行隊の残存機と合流したと思われます。



 シリア空軍の「Su-24M2」を含むT4基地から運用される現用機の大半は、同基地内に58基設けられた航空機用強化シェルター(HAS)に格納されています。T4は古くからシリアの「Su-24」の拠点であり、その大半は基地南東部に配置されていますが、常に数機がジーン基地に派遣されています。「Su-24」は間違いなくシリア空軍にとって最重要戦力であり、過去4年間で多用されてきた存在です。

 T4基地はISIL支配地域に近接しているにもかかわらず、「Su-24」を運用する第819飛行隊がISIL攻撃に参加することは稀です。その代わり、「Su-24」飛行隊は、主にシリア全土の村落を攻撃対象としている長距離攻撃部隊として機能しています。デリゾールからクネイトラに至るまでの攻撃どころかキプロスのアクロティリ基地に駐留するイギリス空軍のリアクションタイムをテストすることさえ成し遂げてきたのです。

 以前の報告とは反対に、1990年代半ばにリビアからシリアへの「Su-24MK」1機と「Su-24MR」1機の移送は実際には行われなかった可能性があるようです。実際、複数のシリア空軍パイロット及びT4基地の元司令官によって否定されています。これはシリアが入手した「Su-24」の数が僅か20機であることを意味します。しかしながら、これらの「Su-24MK」のうち19機は2010年から2013年にかけてロシア・ルジェフの第514ARZ航空機修理工場によりM2規格に改修されました。そして、内戦への参加に間に合うかのように、全機が比較的注目されることなくシリアへ帰還したのです。



 この改修では機体の古い制御システムを新型に入れ替えることによって、改良された照準能力・航法および火器管制システムがもたらされました。また、MK2はより新しい搭載装備である「KAB-500/1500(精密誘導爆弾、数字は爆弾の重量を示す)」、「Kh-31A/P」、「Kh-59」、「R-73」との互換性も得ています。つまり、既存の「FAB(無誘導爆弾)」、「OFAB(破砕爆弾)」、「RBK(クラスター爆弾)」、「Kh-25」、「Kh-28」、「Kh-29L」、「Kh-29T」、「Kh-58」空対地ミサイル、「KAB-500」及び「KAB-1500」誘導爆弾、「S-24/25」空対地ロケット弾やロケットポッド、「R-60」空対空ミサイルといった搭載兵器群に新しいものが追加されたわけです。

 シリアでは、「R-73」を除く全兵装が「Su-24M2」で運用可能となっていますが、この空対空ミサイルは「MiG-29SM」専用となっています。



 シリア空軍が入手した20機の「Su-24」のうち、2015年6月時点で11機が運用可能な状態にあります。このうち内戦前に事故で全損した1機を除く全機が内戦中に何らかの損失を被りました。

 1機は2012年11月28日にダーラト・イッザ上空で自由シリア軍のMANPADS(携帯式地対空ミサイル)によって、別の1機は2014年9月23日に占領下のゴラン高原上空に迷い込んだ後、イスラエル軍の「パトリオット」地対空ミサイルによって撃墜されました。さらに別の1機は2015年6月11日にNahtah 近郊に墜落しましたが、これはおそらく搭載していた爆弾の早期爆発が原因とみられています。 

 2015年5月、1機の「Su-24M2」が対空砲火で深刻な損傷を受けた後、パイロットは機体の状態にもかかわらず、何とかT4基地まで辿り着かせることに成功しました。しかし、損傷が安全な着陸に支障をきたすことが明らかな状態になり、最終的に滑走路へのアプローチ中に墜落しました。パイロットと航法士はともに無事脱出したと伝えられています。

2015年5月28日には、さらに2機が事故で失われたとみられています。両機が次の出撃に向けて再武装中だった際に爆発が発生し、少なくとも5名の死亡と十数名の負傷者をもたらしたとのことです。

そして、地上砲火を受けてもう2機が運用不能となってしまいました。両機の損傷は軽微で修理可能ではあるものの、現在のシリア空軍には必要なリソースが不足しているために何もできていません。こうした損失で運用可能な「Su-24MK2」はほぼ半減し、1機ごとの損失がシリア空軍にとって大きな痛手となっています。


 T4基地に駐留する2番目の戦闘爆撃飛行隊は「Su-22M4」を運用しており、全機が同基地の北西部及び南西部に配置されています。第827飛行隊は過去1年間でISIL戦闘員に対する攻撃任務に頻繁に投入され、主にシリアの砂漠地帯をパトロールする「スクーア・アル・サハラ(砂漠の鷹)」旅団の支援任務に従事してきました。

 「Su-22M4」は、「S-24/25」空対地ロケット弾、無誘導ロケット弾ポッド、「FAB」、「OFAB」、「RBK」の各種爆弾、「KMGU-2」ディスペンサー、「Kh-25」、「Kh-28」、「Kh-29L」、「Kh-29T」、「Kh-58」空対地ミサイル、そして「R-60」空対空ミサイルを搭載可能です。ただし、シリア内戦における「Su-22M4」はほぼ完全に無誘導兵器のプラットホームとして使用されています(誘導兵器を運用可能という能力は無視され続けています)。


 ISILの対空砲火に頻繁に狙われる「Su-22」を運用する第827飛行隊ですが、過去4年間の損失は比較的軽微であり、2014年11月30日にシャエルのガス田付近でISIL戦闘員に撃墜された「Su-22M4」が1機のみです。「Su-24M2」と同様に、戦闘による損傷を受けた数機が修理待ちの状態にあります。

 2014年中盤から年末にかけて、T4空軍基地の航空戦力は「L-39」分遣隊の配備によってさらに強化されました。今ではシリア上空で目撃されることは稀ですが、シリア空軍が保有する「L-39」機の残存機はほぼ全戦線で作戦飛行を続けており、「L-39ZO/ZA」はアレッポ及びダマスカス地域において、ほぼ夜間の出撃に限定して運用されています。

 T4基地に配備されている「L-39」は、ナイラブ/アレッポ国際空港にあるシリア空軍修理整備センター(通称「工廠」)でオーバーホールされた機体の一部です。こうした機体は、2014年8月24日にISILに制圧される前のタブカ基地を含む、シリア国内で生き残っている作戦基地に配備されました。現在T4に配備されている「L-39」自体は、以前はタブカに配備されていたとみられています。これらは、ISILがシリアで攻勢を展開するに中で、その戦闘員たちを追うように移動してきたのです。

 「L-39」の火力向上を図るため、オーバーホールされた全機体には(そもそも同機種での使用が想定されていなかった)「B-8」80mmロケット弾ポッドの搭載用配線が施されました。下の画像には、現在T4空軍基地に配備されている「B-8」を装備した「L-39ZO」が写っています。このロケット弾ポッドの搭載のおかげで、従来は57mmロケット弾ポッドと爆弾だけを装備可能だった「L-39」の能力が大幅に強化されたのです。



 最近のT4基地の衛星画像では常に少なくとも5機の「L-39」が存在しており、その大半は「MiG-25」が以前に使用していたエプロンや現在は「L-39」の支援施設として機能している複合強化シェルターに駐機している様子が確認できます。




 現在T4に配備されている「Mi-8/17」分遣隊は、この地域に残存するアサド政権軍を支援するとともに、空軍基地とアサド政権支配下のシリア全土との連絡役を担っています。


 最近の衛星画像では、「L-39」のすぐ西側に4機の「Mi-8/17」が駐機している様子が確認できます。 



 「MiG-25」飛行隊の退役後、中身が空となった多くの強化シェルターは、兵舎や武器庫、さらにはトーチカに転用されています。衛星画像では基地の北東側に位置する2つのシェルター南東部に位置する一つのシェルター周辺では特に活発な動きを見せており、常に複数のトラックがシェルター内や付近に存在している状況です。




 T4の中央には1個戦車中隊が駐屯しており、この基地の防御体制をさらに強化しています。



 デリゾール周辺の油田を守備するために派遣されたスラブ軍団(PMC)のロシア人傭兵たちは、同市への到着前にT4基地に立ち寄ったことが確認されています。実際に戦闘するよりも写真撮影に多くの時間を費やしているように見えた彼らは、デリゾールへ向かう道中のアル・スクナ近郊で反政府勢力に待ち伏せ攻撃を受け総崩れとなり、速やかにロシアに帰国しました。その後、ロシア政府によってこの活動が違法と判断されたため、スラブ連隊の代表者たちは連邦保安庁(FSB)に拘束されてしまったことは言うまでもありません(編訳者注:ロシアではPMC自体が非合法の存在であるため)。

 下の画像は、5人の傭兵がSu-24M2 ‘2514’ の前で撮った記念写真です。


 空軍基地を囲むように配置された2基の「S-75(SA-2)」と3基の「S-125(SA-3)」地対空ミサイル(SAM)陣地は現在も稼働中であり、敵を混乱させるためか定期的に位置を変更しています。そもそも旧式装備である以上、これらが有志連合軍の空爆を迎え撃つのには全く役に立たないでしょうが、それでも空爆の初期段階で敵機の最低高度を押し上げたり、他の勢力による単独攻撃を牽制する効果は期待できるでしょう。

 これらのSAMを目標へ指向する任務を担うシステムは、「P-18 "スプーンレストD"」2次元VHF対空捜索レーダー(2基)と「P-35/37 "バーロック"」早期警戒レーダー(2基)です。これらはシリア中部を飛行するあらゆる航空機の探知を担当していますが、タドムル空軍基地と多数のレーダーがISILに占領された今では極めて重要な任務となっています。T4にはさらに1基ずつの「RSP-7」飛行場監視レーダーと「1L22 「パロル」」対空・識別(IFF)レーダーが配備されており、着陸を控えた航空機の誘導に用いられています。


 
 ISILによるこの重要な空軍基地への新たな攻撃は、またしても基地に到達前に阻止されました。ここ最近続く彼らの劣勢を考えると、これが基地を制圧できる最後の機会だったかもしれません。その規模と重要性の大きさゆえに、T4要塞は確かにシリア空軍の主要拠点としての機能を維持し続けるでしょう。


 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 
お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました

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2026年5月23日土曜日

【復刻記事】イスラム国、新たな奇襲攻撃でタドムル(パルミラ)を制圧す


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 
この記事は、2015年5月21日に「Oryx」本国版 (英語)とBellingcatに投稿された記事を翻訳したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

 イラクとシリア双方の標的に対して開始された一連の新たな奇襲攻撃の結果、イスラム国(ISIL)は古代都市パルミラ(現代名タドムル)の占領に成功しました。戦略的に重要な町であるアル・スフナが僅か1週間余りで陥落し、イラクのラマーディー市もタドムルの数日前に同じ運命をた辿ったことを踏まえると、ISILは制圧された状態から程遠く、昨夏に見せた破竹の勢いの進撃を再び起こそうと企てている可能性が示唆されています。

 タドムルは同名の空軍基地が存在し、M20高速道路の要衝に位置するため戦略的に極めて重要な場所です。この道路は最近陥落したアル・スクナ経由でアサド政権の国内東部で最後に生き残っている都市:デリゾールへと通じています。この高速道路へのアクセスを断たれ、ISILが新たに得た二拠点を奪還する見通しも限りなくゼロに近いことから、アサド政権はデリゾール守備隊への補給の維持が極めて困難となり、同市と(市内にある)空軍基地の陥落は近いうちに避けられない事態となるかもしれません。

 タドムルの町は古代ローマ時代の遺跡群でよく知られていますが、ISILが史跡を破壊してきた経緯を考えると、今やそれらが破壊の標的となる恐れがあります。この点について西側メディアが大々的に報じる可能性は高い一方で、先にシリア国営メディアが民間人の避難を報じていたにもかかわらず、これまでに数百人もの死傷者の発生が報じられているのです。つまり、数多くの人が犠牲になったこと、何千もの人命が危機に瀕していることも忘れるべきではありません。もちろん、主流のメディアが幅広い層の興味を引く新たな話題を熱心に追い求める以上、新たな毒ガス攻撃や最近の攻勢といった出来事は、破壊の危機に瀕した古代ローマ遺跡に関する報道ほど取り上げられる可能性は低いでしょう。

 また、シリア最大級と言えるタドムルの巨大な兵器貯蔵庫も極めて重要です。この貯蔵庫が何を貯蔵しているのかは依然として不明な一方で、弾道ミサイルが保管されているとの報告があります。もしこれが事実ならば、ISILがこうしたミサイルを入手した映像や画像を近いうちに公開する可能性が高いでしょう。それでも、彼らが実際にミサイルを運用することはほとんどあり得ないと思われますが。 むしろ懸念すべきなのは、戦闘員によって戦利品(ガニーマ)として鹵獲された多種多様な武器が、将来の攻勢の原動力となってISILが地域全域の前線に圧力を加えることを可能にするという事実です。



 下の画像は、ISILが数日前にタドムルへの攻勢を開始した初期段階で鹵獲された数百個もの弾薬箱です。これは、タドムル周辺に点在する多数の貯蔵用バンカー内に依然として大量の武器弾薬が存在する可能性を明確に示しています。


 タドムルはシリアのガス供給において大部分の産出と供給を担う重要な拠点でもあります。タドムルを掌握するということは、周辺に広がる数多くのガス田とパイプラインへ容易にアクセスできること意味します。すなわち、今やこれら全てがISILの支配下にあるということです。ガス田へアクセスできなければ、アサド政権はダマスカス、ラタキア、タルトゥースへの十分なガス供給を維持する上で重大な問題に直面する恐れがあるでしょう。

 ISILがタドムルを簡単に制圧できた事実は、アサド政権支配下のシリア全域に分散配置された軍部隊がいっそう疲弊しており、今や政権のために命を捧げようとする兵士が徐々に尽きつつあることを明確に示しています。アサド政権の状況は以前からすでに深刻でしたが、イランとヒズボラの介入で各地における自由シリア軍の進撃が阻止され、内戦初期段階における状況を安定化させることに成功したのです。とは言うものの、この人的資源は依然として有限であり、イランとアサド政権は攻勢で外国人戦闘員に依存せざるを得ない状況が増えているのが実情です。その多くはイランで投獄されたアフガニスタン人の犯罪者や難民であり、彼らがその任務を担っています。

 タドムルでの攻勢は多くの人々にとって驚くべき出来事でしたが、その電撃的な勝利はISILの戦闘員たちも驚かせたに違いありません。そもそも、彼らは2014年8月のタブカ陥落以降、シリア中部と東部で主要な町や施設、基地の占領に一度も成功していなかったからです。


 タドムルの防衛を担っていたのは、シリア陸軍第18戦車大隊と国民防衛隊(NDF)、そしてスクーア・アル・サハラ(「砂漠の鷹」旅団)です。しかし、この地域への攻撃が予想されていなかったため、タドムルにおけるアサド政権軍の配備を最小限にするという結果を招いています。予備兵力も増援も存在しなかったことから、シリア中部の政権軍はあっけなく崩壊しました。完全に不意を突かれたアサド政権軍は、ISIL戦闘員に対して町を死守する有効な手立てを何一つ持っていなかったため、タドムルはISILが攻撃を始めてから短時間で陥落したのです。

 ISILの戦闘員がタドムルの刑務所に残っていた囚人を解放したと報じられていますが、1980年の虐殺で悪名を轟かせ、2011年の再稼働後も再びシリアで最も悪名高い存在となった刑務所で、実際に囚人がどれほど生存していたかは明らかではありません。撤退前に残存する全囚人を処刑することはアサド政権の常套手段となっていることを考慮すると、タドムルの刑務所もその例から外れることはないでしょう。


 シリア中部に戦略的に位置するタドムル空軍基地は、象徴的な「MiG-25PD(S)」戦闘機と「MiG-25PU」練習機を運用する、詳細不明の飛行隊を従来から配備してきました。 シリア空軍の「MiG-25」が段階的に退役した後、この空軍基地の価値は著しく低下したものの、民間航空便の増加によってその一部は回復したようです。しかしながら、この基地で特筆すべきは、駐留する謎の飛行隊が強大な「MiG-25 "フォックスバット"」を運用し続けた最後の部隊だったことでしょう。

 自由シリア軍が2012年8月8日に公開した映像によって、タドムル空軍基地では2013年まで、あるいはそれ以降も一部の「MiG-25」が稼働状態にあった可能性が確認されました。生き残った機体は、基地内に存在する16基の航空機用強化シェルター(HAS)に保管されたままである可能性が高いと思われます。ちなみに、同基地では完全に破壊された「Mi-17」ヘリコプター2機も発見されました(上の画像参照)。



 この空軍基地は、武器弾薬をデリゾールへ輸送する上で重要な中継拠点としても機能していました。今後、この役割はタドムル西部に位置するT4空軍基地が引き継ぐことになるでしょう。ただし、同基地はISILが次に攻撃を仕掛ける可能性が高い場所でもあります。

 タドムル基地に配備されていた3基のレーダーシステム(「JY-27」、「P-14」、「P-12/18」)はシリア中部上空の監視を担っていたものの、制圧で今やこの能力が失われてしまいました。このおかげでシリア空軍はシリア中部及び東部上空の航空機を一切探知できなくなったため、タドムルの陥落は既に機能不全に陥っていた防空体制により深刻な打撃を与えたことになります。

 シリアの中心というタドムルの立地条件は、同町をこの国の道路網における重要な中継点と位置づけていることから、その占領はISILが拠点や「領土」をシリア奥深くまで拡大する道を切り開くことになるでしょう。彼らの次の標的が間違いなくT4空軍基地及び/またはデリゾールとなるだろうことに異論を挟む余地はありません。ISILがホムス、あるいはダマスカスへ進撃する可能性もありますが、シリアで最も重要な空軍基地を制圧するか、デリゾールへの包囲を強化する方がより理にかなっていると言えます。


 タドムルの陥落は、アサド政権が国内の東半分を掌握しているという現状に切迫した危機を告げるものです。そして、この地域における最後の拠点(デリゾール)も物資不足とISILによる絶え間ない攻撃による圧力の強化に屈すれば、アサド政権がシリアの大部分を確実に掌握しているというイメージは崩壊するでしょう。戦略的位置のせいで、この都市の陥落はISILがホムスや首都ダマスカスを含む主要な県の多くへ直接(道路で)アクセス可能になったことを意味するのです。


 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 
お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました


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2026年5月16日土曜日

近代化の前触れ:トルコ国鉄の「MT5200」 気動車


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2021年12月4日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります

 わが国を世界で最も繁栄し、文明化された国々の水準にまで引き上げよう (ムスタファ・ケマル・アタテュルク)

 近年のトルコは、数千キロメートルに及ぶ新たな道路や橋、トンネル、高速鉄道の建設を通じて、インフラの近代化という面で大きな進展を遂げてきました。現時点におけるトルコの高速鉄道網の規模、はアメリカや韓国、そしてイギリスといった国々よりも大きいものであり、現在計画中のプロジェクトが完了すれば、世界第3位の規模となる見込みです。[1] [2]

 トルコの野心はそれだけで終わることなく、高速鉄道の大国となる道を着実に歩んでいます。なぜならば、この国は必要な鉄道インフラの整備に加え、その路線を走る列車それ自体の製造も計画しているからです。こうした成果は、将来的にトルコをその技術とノウハウを世界中に輸出するという申し分のない立場に導くことでしょう。

 他の成功例と同じく、その成果は独自のビジョンと大きな野心から始まったものです。トルコ共和国成立直後(1923年)の時代において、近代的な鉄道網の整備は、近代国家の発展に大きく寄与する要素と位置付けられていました。ムスタファ・ケマル・アタテュルク大統領は鉄道の発展に個人的な関心を寄せ、ヌリ・デミラーを筆頭とする国内産業の立役者たちも、この国の鉄道網の拡張に多大な資金を投じたのです。[3]

 1927年にはトルコ国鉄(Türkiye Cumhuriyeti Devlet Demiryolları – TCDD)が設立され、旧アナトリア鉄道及びトランスコーカサス鉄道の蒸気機関車と鉄道路線(一部)が移管されました。

 1940年10月、トルコ国鉄(TCDD)はドイツのMAN(Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg:第二次世界大戦後は大型トラックの製造で知られるメーカー)に対し、「MT5200」ディーゼル気動車(DMU)6編成を発注しました。[4] 

 「MT5200」はトルコで初めて就役した正真正銘の近代的な列車であり、当時のヨーロッパや世界で運行されていた最先端の列車と肩を並べるものでした。この列車は、480馬力の12気筒MAN製ディーゼルエンジン2基を搭載したことで最高速度が120km/hに達したほか、A号車とB号車の2両編成で最大127名の乗客を収容できる能力を誇りました。ちなみに、座席数の内訳は、1等席が24席、2等席が103席です。

 第二次世界大戦の影響で多少の遅れが生じたものの、最初の2編成は1944年にトルコへ引き渡されました。[4] 

 当初は2両編成で運行されていたものの、1954年にMAN社から2両の中間車を調達し、「MT5200(MotoTrain)」を3両編成に改造することで、より多くの乗客を輸送可能にしたとされています。[4] 

 残念なことに、これらの車両の運行記録や引退時期については、ほとんど不明のままとなっています。判明しているのは、両方とも旧来の暗いカラーリングから見栄えのする赤と白の塗装へと塗り替えられたということだけです。現在、「MT5200」は1両も現存していません。いずれも1960年代に解体されたと見られています。

 ドイツの工場内で、製造中の「MT5200」の前をドイツ人労働者たちが歩いていく:この写真は第二次世界大戦中に撮影されたものだ。

 1944年後半、第二次世界大戦の戦況がドイツにとって刻一刻と厳しさを増す中、トルコへ引き渡されていなかった「MT5200」4編成の輸出が中止されました。これはおそらく、トルコへの列車の輸送に費やすリソースを自国の戦争に充てる方が有益であったという事実と、空爆やパルチザンによる鉄道への攻撃により、列車をトルコまで運ぶことが次第に困難を極めたせいで、その長い旅路が極めて危険なものとなっていたという事情が背景にあったと考えられます。

 ちなみに、トルコは1944年にドイツから「Ju 52」旅客機5機を受領し、これらをターキッシュ エアラインズの前身となる航空会社で就航させました。これは、両国間の関係が完全に断絶する直前に得られた最後の装備であったとみられます。[5]


 ドイツは完成した列車をトルコへ引き渡す代わりに、そのうちの3編成を傀儡国家であるスロバキアに譲渡し、残る1編成はドイツ国内に残されました(この編成は1965年までドイツ国内で運用され続けたとのこと)。[6]

 ドイツ(とスロバキア)が戦争に負けた後、スロバキアにあった「MT5200」のうち2両が、戦時賠償としてソ連に接収されてしまいました。この列車は当時のソ連全域で運行されていたどの列車よりもはるかに近代的であったことから、ソ連側はこれらの車両を改造しました。と言うのも、自国の線路で運行できるようにする必要があったからです(注意:ドイツとソ連における線路の規格が異なっていたため)。[6]

 この2編成は「DP-11」と「DP-12」と命名され、1960年代初頭までミンスク・ヴィリニュス・リガ間で集中的に運用されました。1964年以降、「DP-11」は新しい駆動技術のテストベッドとして用いられ、1974年にプロジェクトが終了すると引退しました。 [6]

ソ連の鉄道でテストベッドに使われた「MT5200」の「DP-11」

 「MT5200」は、当時としては先進的な機能をいくつか備えていました。おそらくその中でも最も特徴的だったのは、ディーゼルエンジンの冷却に用いられたラジエーターでしょう。この列車では、ラジエーターが列車の中央や下部ではなく、両端の屋根部分にある、水平グリルを備えた流線型のフード内に配置されていました。

 このデザインによって、この列車には独特で威厳のある外観が与えられたというわけです。
内装も先進的かつ豪華なものであり、石油式セントラルヒーティング、調節可能な換気扇、照明、革張りの座席に加え、軽食や飲み物を用意できる小さなキッチンも備わっていました。
A号車には、動力室と乗降口の間に手荷物室があり、その後にトイレ付きの洗面室で中央が仕切られた2つの二等室が続いていました。最後に、小さな食堂室も設けられていたのも特徴です。

 B号車には、郵便物や貴重品の輸送専用の荷物室が設けられており、施錠可能なキャビネットも備わっていました。その奥には、二等室、トイレ付きの洗面室、そして一等室が続いていました。

 以下の画像は、トルコへの引き渡し直前に車内を撮影したものです。




 第二次世界大戦の終結後、TCDDは新たなDMUの導入に際し、再びドイツのMAN社に発注しました。こうして、1951年以降は16両の「MT5300」が運用中の「MT5200」を補完することとなったわけです。

 「MT5300」は、「MT5200」の設計を基に大幅な改良が加えられた発展型であり、複数両を連結して運行することが可能という違いがあります。この新型DMUは、アンカラとイスタンブール間のような長距離路線での運行を目的に特別に開発されたものです。蒸気機関車ではアンカラとイスタンブールのハイダルパシャ駅間の運行に約14時間を費やしていたのに対し、「MT5300」は同区間を8.5時間で結ぶことができました。参考までに記しておきますが、現在のトルコの高速列車では、この533kmの区間を僅か3.5時間で走破できます。[7]

 移動時間が劇的に短縮されたことはさておき、「MT5300」(と「MT5200」)のディーゼルエンジンとトランスミッションは、予期せぬ故障を防ぐために、頻繁かつ入念なメンテナンスを必要としていました。当時、気動車の運用経験がまだ浅かったこの国では、それが口で言うほど簡単ではなかったことは言うまでもありません。DMUをDMUで、あるいは蒸気機関車で牽引せざるを得なかった事例も複数ありました。最終的に、エンジンやトランスミッションの継続的な問題のため、「MT5300」は耐用年数に達する少し前の1970年代後半に引退しました。[7]

 運行の最終期には、これらのDMUはほぼ例外なく機関車牽引の列車として運行されていました。

 雪の中、鮮やかな赤い塗装の「MT5300」が目を引く:2両の「MT5200」も、これと同様の塗装に塗り替えられた。

 「MT5200」の導入は、当時急速に近代化が進んでいたトルコの象徴的な出来事だったと言えます。

 この10年間で、トルコは1920年代にアタテュルクが掲げたビジョンを実現し、橋やトンネル、道路、イスタンブールの両岸を結ぶマルマライ通勤鉄道(地下鉄)、高速鉄道、そして全国各地に建設された多数の空港といった新たなインフラプロジェクトを完成させました(編訳者注:マルマライ地下鉄の完成には日本が大きく関与していたことを記しておく)。

 近い将来、トルコは国産高速列車の生産を計画しており、新型電車(EMU)がまもなく量産に入る予定です。この動きは、公共交通のニーズへの対策でトルコがどれほど発展したかを示しています。

 新たな分野での自給自足を確立する中で、トルコはそう遠くないうちに鉄道技術やノウハウを世界各国へ輸出するようになるかもしれません。


[1] High speed lines in the World https://uic.org/IMG/pdf/20180420_high_speed_lines_in_the_world.pdf
[2] High-speed rail in Turkey: Vision 2023 https://www.globalrailwayreview.com/article/112860/high-speed-rail-turkey/
[3] Aviation Facilities of Nuri Demirağ in Beşiktaş and Yeşilköy https://dergipark.org.tr/tr/download/article-file/404341
[4] MT5201 to MT5202 http://www.trainsofturkey.com/pmwiki.php/MUs/MT5200
[5] Humble Beginnings - Turkish Airlines’ Ju 52s https://www.oryxspioenkop.com/2021/04/humble-beginnings-turkish-airlines-ju.html
[6] TCDD MT 5200 sınıfı Mototrenler ve yurtdışındaki kardeşleri https://modeltrenciler.com/forum/index.php?topic=6971.0
[7] MT5301 to MT5316 http://www.trainsofturkey.com/pmwiki.php/MUs/MT5300


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