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2026年5月16日土曜日

近代化の前触れ:トルコ国鉄の「MT5200」 気動車


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2021年12月4日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります

 わが国を世界で最も繁栄し、文明化された国々の水準にまで引き上げよう (ムスタファ・ケマル・アタテュルク)

 近年のトルコは、数千キロメートルに及ぶ新たな道路や橋、トンネル、高速鉄道の建設を通じて、インフラの近代化という面で大きな進展を遂げてきました。現時点におけるトルコの高速鉄道網の規模、はアメリカや韓国、そしてイギリスといった国々よりも大きいものであり、現在計画中のプロジェクトが完了すれば、世界第3位の規模となる見込みです。[1] [2]

 トルコの野心はそれだけで終わることなく、高速鉄道の大国となる道を着実に歩んでいます。なぜならば、この国は必要な鉄道インフラの整備に加え、その路線を走る列車それ自体の製造も計画しているからです。こうした成果は、将来的にトルコをその技術とノウハウを世界中に輸出するという申し分のない立場に導くことでしょう。

 他の成功例と同じく、その成果は独自のビジョンと大きな野心から始まったものです。トルコ共和国成立直後(1923年)の時代において、近代的な鉄道網の整備は、近代国家の発展に大きく寄与する要素と位置付けられていました。ムスタファ・ケマル・アタテュルク大統領は鉄道の発展に個人的な関心を寄せ、ヌリ・デミラーを筆頭とする国内産業の立役者たちも、この国の鉄道網の拡張に多大な資金を投じたのです。[3]

 1927年にはトルコ国鉄(Türkiye Cumhuriyeti Devlet Demiryolları – TCDD)が設立され、旧アナトリア鉄道及びトランスコーカサス鉄道の蒸気機関車と鉄道路線(一部)が移管されました。

 1940年10月、トルコ国鉄(TCDD)はドイツのMAN(Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg:第二次世界大戦後は大型トラックの製造で知られるメーカー)に対し、「MT5200」ディーゼル気動車(DMU)6編成を発注しました。[4] 

 「MT5200」はトルコで初めて就役した正真正銘の近代的な列車であり、当時のヨーロッパや世界で運行されていた最先端の列車と肩を並べるものでした。この列車は、480馬力の12気筒MAN製ディーゼルエンジン2基を搭載したことで最高速度が120km/hに達したほか、A号車とB号車の2両編成で最大127名の乗客を収容できる能力を誇りました。ちなみに、座席数の内訳は、1等席が24席、2等席が103席です。

 第二次世界大戦の影響で多少の遅れが生じたものの、最初の2編成は1944年にトルコへ引き渡されました。[4] 

 当初は2両編成で運行されていたものの、1954年にMAN社から2両の中間車を調達し、「MT5200(MotoTrain)」を3両編成に改造することで、より多くの乗客を輸送可能にしたとされています。[4] 

 残念なことに、これらの車両の運行記録や引退時期については、ほとんど不明のままとなっています。判明しているのは、両方とも旧来の暗いカラーリングから見栄えのする赤と白の塗装へと塗り替えられたということだけです。現在、「MT5200」は1両も現存していません。いずれも1960年代に解体されたと見られています。

 ドイツの工場内で、製造中の「MT5200」の前をドイツ人労働者たちが歩いていく:この写真は第二次世界大戦中に撮影されたものだ。

 1944年後半、第二次世界大戦の戦況がドイツにとって刻一刻と厳しさを増す中、トルコへ引き渡されていなかった「MT5200」4編成の輸出が中止されました。これはおそらく、トルコへの列車の輸送に費やすリソースを自国の戦争に充てる方が有益であったという事実と、空爆やパルチザンによる鉄道への攻撃により、列車をトルコまで運ぶことが次第に困難を極めたせいで、その長い旅路が極めて危険なものとなっていたという事情が背景にあったと考えられます。

 ちなみに、トルコは1944年にドイツから「Ju 52」旅客機5機を受領し、これらをターキッシュ エアラインズの前身となる航空会社で就航させました。これは、両国間の関係が完全に断絶する直前に得られた最後の装備であったとみられます。[5]


 ドイツは完成した列車をトルコへ引き渡す代わりに、そのうちの3編成を傀儡国家であるスロバキアに譲渡し、残る1編成はドイツ国内に残されました(この編成は1965年までドイツ国内で運用され続けたとのこと)。[6]

 ドイツ(とスロバキア)が戦争に負けた後、スロバキアにあった「MT5200」のうち2両が、戦時賠償としてソ連に接収されてしまいました。この列車は当時のソ連全域で運行されていたどの列車よりもはるかに近代的であったことから、ソ連側はこれらの車両を改造しました。と言うのも、自国の線路で運行できるようにする必要があったからです(注意:ドイツとソ連における線路の規格が異なっていたため)。[6]

 この2編成は「DP-11」と「DP-12」と命名され、1960年代初頭までミンスク・ヴィリニュス・リガ間で集中的に運用されました。1964年以降、「DP-11」は新しい駆動技術のテストベッドとして用いられ、1974年にプロジェクトが終了すると引退しました。 [6]

ソ連の鉄道でテストベッドに使われた「MT5200」の「DP-11」

 「MT5200」は、当時としては先進的な機能をいくつか備えていました。おそらくその中でも最も特徴的だったのは、ディーゼルエンジンの冷却に用いられたラジエーターでしょう。この列車では、ラジエーターが列車の中央や下部ではなく、両端の屋根部分にある、水平グリルを備えた流線型のフード内に配置されていました。

 このデザインによって、この列車には独特で威厳のある外観が与えられたというわけです。
内装も先進的かつ豪華なものであり、石油式セントラルヒーティング、調節可能な換気扇、照明、革張りの座席に加え、軽食や飲み物を用意できる小さなキッチンも備わっていました。
A号車には、動力室と乗降口の間に手荷物室があり、その後にトイレ付きの洗面室で中央が仕切られた2つの二等室が続いていました。最後に、小さな食堂室も設けられていたのも特徴です。

 B号車には、郵便物や貴重品の輸送専用の荷物室が設けられており、施錠可能なキャビネットも備わっていました。その奥には、二等室、トイレ付きの洗面室、そして一等室が続いていました。

 以下の画像は、トルコへの引き渡し直前に車内を撮影したものです。




 第二次世界大戦の終結後、TCDDは新たなDMUの導入に際し、再びドイツのMAN社に発注しました。こうして、1951年以降は16両の「MT5300」が運用中の「MT5200」を補完することとなったわけです。

 「MT5300」は、「MT5200」の設計を基に大幅な改良が加えられた発展型であり、複数両を連結して運行することが可能という違いがあります。この新型DMUは、アンカラとイスタンブール間のような長距離路線での運行を目的に特別に開発されたものです。蒸気機関車ではアンカラとイスタンブールのハイダルパシャ駅間の運行に約14時間を費やしていたのに対し、「MT5300」は同区間を8.5時間で結ぶことができました。参考までに記しておきますが、現在のトルコの高速列車では、この533kmの区間を僅か3.5時間で走破できます。[7]

 移動時間が劇的に短縮されたことはさておき、「MT5300」(と「MT5200」)のディーゼルエンジンとトランスミッションは、予期せぬ故障を防ぐために、頻繁かつ入念なメンテナンスを必要としていました。当時、気動車の運用経験がまだ浅かったこの国では、それが口で言うほど簡単ではなかったことは言うまでもありません。DMUをDMUで、あるいは蒸気機関車で牽引せざるを得なかった事例も複数ありました。最終的に、エンジンやトランスミッションの継続的な問題のため、「MT5300」は耐用年数に達する少し前の1970年代後半に引退しました。[7]

 運行の最終期には、これらのDMUはほぼ例外なく機関車牽引の列車として運行されていました。

 雪の中、鮮やかな赤い塗装の「MT5300」が目を引く:2両の「MT5200」も、これと同様の塗装に塗り替えられた。

 「MT5200」の導入は、当時急速に近代化が進んでいたトルコの象徴的な出来事だったと言えます。

 この10年間で、トルコは1920年代にアタテュルクが掲げたビジョンを実現し、橋やトンネル、道路、イスタンブールの両岸を結ぶマルマライ通勤鉄道(地下鉄)、高速鉄道、そして全国各地に建設された多数の空港といった新たなインフラプロジェクトを完成させました(編訳者注:マルマライ地下鉄の完成には日本が大きく関与していたことを記しておく)。

 近い将来、トルコは国産高速列車の生産を計画しており、新型電車(EMU)がまもなく量産に入る予定です。この動きは、公共交通のニーズへの対策でトルコがどれほど発展したかを示しています。

 新たな分野での自給自足を確立する中で、トルコはそう遠くないうちに鉄道技術やノウハウを世界各国へ輸出するようになるかもしれません。


[1] High speed lines in the World https://uic.org/IMG/pdf/20180420_high_speed_lines_in_the_world.pdf
[2] High-speed rail in Turkey: Vision 2023 https://www.globalrailwayreview.com/article/112860/high-speed-rail-turkey/
[3] Aviation Facilities of Nuri Demirağ in Beşiktaş and Yeşilköy https://dergipark.org.tr/tr/download/article-file/404341
[4] MT5201 to MT5202 http://www.trainsofturkey.com/pmwiki.php/MUs/MT5200
[5] Humble Beginnings - Turkish Airlines’ Ju 52s https://www.oryxspioenkop.com/2021/04/humble-beginnings-turkish-airlines-ju.html
[6] TCDD MT 5200 sınıfı Mototrenler ve yurtdışındaki kardeşleri https://modeltrenciler.com/forum/index.php?topic=6971.0
[7] MT5301 to MT5316 http://www.trainsofturkey.com/pmwiki.php/MUs/MT5300


 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました


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