2017年7月18日火曜日

退役からの復活:スーダンのBo-105が再び空を飛ぶ






















著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

スーダン空軍(SuAF)は、スーダンが英国から独立した1956年1月に設立されて以来、激動の歴史を歩んできた。
もともとエジプトと英国から装備を得て訓練していたが、1960年代後半にソ連から航空機とヘリコプターを導入し、その数年後には中国からの装備の導入が続いた。
SuAFはフランスから航空機を購入しようとしたが、結局はアメリカからF-5EC-130を導入した。
1980年代後半には、リビアからの航空機とヘリコプターを供与される形で軍事支援を受け始め、その後すぐにより多くの中国製航空機が引き渡された。
中国はおそらく過去20年の間に航空機を供給し続けたと思われる。
近年のSuAFの中核は、ロシアやベラルーシ、そして当然ながら中国の航空機によって構成されているが、SuAFはドイツ、スイス、オランダ、カナダといった様々な国から導入した航空機を運用しているか、過去にしていたので、それだけが全てというわけではない。

幅広い供給源に及ぶ多くの種類の航空機を運用することは既に物流面と財政面では悪夢となっており、1960年代から1990年代初頭のスーダンにおける政情不安は、スーダンが異なる政治的方針と外交政策を持つ政府を頻繁に切り替えることを意味していた。
その結果、SuAFが最近導入した航空機用のスペアパーツを入手することができず、作戦能力が低下をもたらし、最終的には1956年の創設以来、飛行隊のほとんどが駐機された状態となった。

スーダンはここ数十年の間、より安定した政治的・経済的状況を享受してきた。
その主な要因は大規模な油田の発見と大規模な開発であり、SuAFのためにより高性能な航空機と装備を購入することを可能にした。
また、スーダンは中国、イラン、ロシアとアラブ首長国連邦(UAE)に拠点を置く企業の支援を受けて、自国で特定の種類の航空機やヘリコプターのオーバーホールを可能にする施設の設立に成功した。
(より一般的にはサファット・アヴィエーション グループの一部であるサファット・アヴィエーション・コンプレックスと知られる)サファット・メンテナンスセンターは、2004年に開設され、2006年に航空機のオーバーホール作業を開始した。

当初、サファットは主にソ連製航空機やヘリコプターのオーバーホールを行うためにもっぱら外国人に依存していたが、スーダン人の数が増加することで他の外国人の大部分を置き換えてきた。
サファットは現在、いくつかの種類の航空機とヘリコプターを独自にオーバーホールすることができるが、大部分の(主要な)プロジェクトでは依然として外国の援助に依存している。
中国製航空機のオーバーホールでは中国人技術者の関与が大きく、ソ連時代の航空機のオーバーホールと整備は主にロシア人とウクライナ人の支援を受け、イランは他のほとんどのプロジェクトで人員と専門的技術を提供している。
(以前はDAVEC、デジェン・アヴィエーション・エンジニアリング・コンプレックスとして知られていた)デジェン航空産業との協定によって、エチオピアはソ連時代のヘリコプターや輸送機、さらにはスーダンとエチオピアのMiG-23のオーバーホールでサファットを支援した。
それにもかかわらず、SuAFは一部の航空機とヘリコプターをオーバーホールのために海外に送り続けており、サファットがいまだにSuAFの要求への対応ができないことを示している。
下の画像はサファットのヘリコプター整備用格納庫の内部を示しており、Mi-24P 「912」番機だけでなく背景に4機のBo-105も映している。




この4機のBo-105の目撃は、スーダンが長年保管されていたこのヘリの数機を稼動状態に戻すために取り組んでいた最初の兆候だった。
スーダンは1977年に西ドイツから20機のBo-105を発注し、その1年後には全機が引き渡されたと考えられていた。
これらのヘリコプターの少なくとも12機がスーダンの警察部隊に配備され、残りの8機はある時点でSuAFに配置転換された。
警察が運用していた機体は民間用の塗装で簡単に識別することができ、SuAFによって運用されたBo-105はスーダンの地形に適応した迷彩が塗装されていた。






Bo-105は引き渡された時点では新品だったが、スーダンは80年代初めにさらに深刻な危機に陥ったため、SuAFとスーダン軍全体に損失をもたらしはじめた。
社会不安、立て続けに発生する戦争、政情不安は最終的には別のクーデターをもたらしてオマル・アル=バシール現大統領を権力の座につけ、すぐにスーダンの同盟関係を西側から遠ざけてイランとリビアの方にシフトさせた。
この急激な転換はSuAFが今では西側製航空機のスペアを入手できなくなったことを意味し、F-5やC-130と他の航空機を飛行禁止にさせる結果をもたらした。
これには、短期間の間に極めてまれにしか飛行していなかったと考えられていたBo-105飛行隊も含まれていた。
残存する機体の大半はSuAF最大の航空基地であるワディ・セイドナに保管され、そこで最終的な生涯を終える可能性が高いと思われていた。


サファットの専門技能やノウハウが向上し、(外国からの支援はあるが)増加する飛行機やヘリコプターの修理ができるようになり、かつてSuAFで運用されていた、Bo-105を含めて決して再び飛行しないと思われていた数種類の航空機のオーバーホールを開始した。
4機のBO-105、つまり3機の旧SuAF機と警察が運用する1機は、IHSRC(イラン・ヘリコプター・サポート・アンド・リニューアル・カンパニー、一般的にパンハとして知られている)の支援を受けて2012年にオーバーホールされた。
スペアパーツのために他の機体が共食い整備の餌食になったり闇市場を介してこれらを入手した可能性がある。
全4機のヘリコプターに関する作業は、サファットの整備用格納庫の外で駐機している4機のBo-105が衛星画像で発見された2012年後半または2013年初めの時点で完了したと考えられていた。
これらのヘリコプターは2014年の時点でも衛星画像に写り続けており、いまだに試験飛行を行っているのか、単にSuAFへの引渡しを待っていることを示唆している可能性がある(注:2017年現在では駐機されていない)。
再び運用状態に入ったBo-105の1機を下の画像で見ることができる。



スーダンのBo-105は全機、28発入りのSNIA 50mmロケット弾ポッドと2門の7.62mm機銃を搭載したガンポッドで武装することが可能であり、これは下の画像で見ることができる。
もちろん、SuAFによって運用されているMi-24/35といった攻撃専用のヘリコプターに比べると、この武装の数は実に少ない。
Mi-24/35は、SuAFの主要な攻撃ヘリとしての地位を獲得しており、その耐久性や航続距離とペイロードは、同機をSuAFにとって理想的なプラットフォームにしている。
その反対にBo-105は全く異なるプラットフォームであり、スーダンの厳しい戦場の上で有効活用するための航続距離と装甲が不足している。
その代わりに武装偵察ヘリコプターとして使用したり、より平和的な任務のために警察へ引き渡すこともできる。













Bo-105がSuAFの能力を大幅に強化する見込みはないが、最小限の努力で飛行状態に戻すことができ、結果としてSuAFに少なくとも4機が存在することになった。  
おそらくより重要なのは、このヘリに関する作業がスーダンにとっての重要な一歩を示していることであり、将来的に航空機やヘリコプターのオーバーホールをより自立して行うことになる可能性がある。

 ※ この翻訳元の記事は、2016年6月18日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記をご一読願います。  

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