2017年7月21日金曜日

ロシアから愛をこめて:シリアのAK-104


著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 当記事は、2015年5月2日に本国版「Oryx」ブログ(英語)に投稿された記事(リンク切れ)を翻訳したものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

 戦争で荒廃した国:シリアへのAK-104カービンの引渡しは全く報じられていないままであり、戦場への影響はこれまで取るに足らないものでした。それにもかかわらず、これらは定期的にシリアに到着し続けるロシア製兵器の流れの増加を表しています。

 シリアは、90年代から限定的に生産されているこのカービンを受け取った最初の輸出先と考えられています。結果として、シリア内戦がAK-104の実戦デビューとなりました。

 ほとんどがシリア陸軍(SyAA)とそれより少量が共和国防衛隊へ支給された評判が良いAK-74Mとは逆に、少数のAK-104はその大部分が以前のシリアの機動隊に相当するいわゆる治安維持軍に支給されました。もともとこの部隊の大半は、警防・盾や催涙ガスで装備されたスンニ派の部隊でスタジアムやデモの間に展開していましたが、革命の勃発直後に残存部隊が再編されました。信頼された部隊はより殺傷度の高い武器で武装し、現在は政権支配地域の秩序を維持することを含む幅広い任務を遂行しています。

 旧式のAK-47AKM56式がこれらの役割に完全にふさわしいはずですが、シリアの首脳部は違うように考えて治安維持部隊の兵士にカービンを割り当てました。武器のサイズが近接格闘(CQC)には完璧に適していることから、より多くの数が得ることができるならば、これらが実戦部隊にも支給されるものと予想できます。


 AK-104に対するシリアの関心は2012年に初めて明るみに出ました。シリア軍の代表団がロシアの武器展示会を訪問した際に、この銃の性能について情報提供を受けたのです。この訪問は特にこのカービンへの関心を示させ、その後に数量不明のAK-104の購入に至らせました。

 AK-104を視察しているシリアの代表団のメンバーは以下の画像のとおりです。


 AK-104の起源はそのほとんどがAK-74Mに遡ることができますが、そこから大口径のAK-103が開発されて同銃に至ります。AK-102、AK-104とAK-105はそれぞれ5.56×45mm、7.62×39mm、5.45×39mm弾用の薬室を備えたAK-103のコンパクト版として設計されたものであり、都市環境での戦闘に最適さをもたらします。マズルブレーキはAKS-74Uに取り付けられているものに似ています。

 治安維持軍の兵士の手に見えるAK-104には同銃用のプラスチック製弾倉の代わりにAKMの弾倉が使用されているようです。AK-74Mに見られるように、AK-104は以前のAKSおよびAKMSが装備している下折りたたみ式銃床の代わりに新型の横折りたたみ式銃床を特長としています。


 シリアへの(重火器を含む)兵器の継続的な供給が、(IRGC:革命防衛隊ヒズボラなどの)外国のシーア派の戦闘員に一段と依存している軍隊を救うのに十分であるかどうかは、現時点では不明のままです。

  少数のAK-104は疑いようもなく内戦の結果にほとんど影響を与えないでしょう。しかし、このカービンの存在はシリアに到着するロシアの武器の流れを表しており、この武器の取引は現在の4年目に入った戦争を確実にあおり続けると予想されます。

追記:内戦は進展する中でもAK-104が治安部隊で使用される姿が見られました。ただし、単一の部隊に一括して支給されたというよりはAK-47/AKM/AK-74Mと混じって使用されている姿しか確認されていないため、どのような基準で支給されたかは謎のままです。
 2024年12月にアサド政権が崩壊しましたが、この銃の運命がどうなるのかは判然としません(フェイスブック上のシリア警察のページでは、2024年8月の時点で使用されていることが確認されています)。

2024年8月29日に撮影された画像:右端の隊員がAK-104を把持している

2025年前半に改訂・分冊版が発売予定です

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