2018年6月4日月曜日

イスラーム軍の9K33「オーサ」地対空ミサイルシステム



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans(編訳:Tarao goo)

イスラーム軍はダマスカスの東グータ上空を飛行するシリア空軍のヘリコプターを撃墜するため、2016年6月26日に9K33オーサ(SA-8)移動式地対空ミサイル(SAM)システムを再展開した。イスラーム軍は1発のミサイル:9M33でヘリコプターを撃墜したとすぐにアナウンスしたが、損傷したMi-25はなんとかダマスカス国際空港に無事に帰還することができた。
翌日、シリア空軍はイスラーム軍の領域付近上空を飛行していた数機の航空機を喪失した。そのため、イスラーム軍の9K33に再び注目が集められた。

このシステムの最新の展開は、ロシア国防省が2015年10月15日と2015年12月30日の二度にわたって「東部ドゥーマイスラミック・ステート テロリスト集団」によって運用されていた9K33システムの破壊に成功したと主張したことで、イスラーム軍は既に9K33のミサイルを使い果たしたと思われていたために多くの人が驚かされた。
これらの攻撃の結果(9K33が本当に破壊されたのか)がどうであるのかは不明のままだが、この報告は東グータを飛行するシリア空軍への脅威が効果的に無力化されたという誤った印象を与えた。

はっきり言うと、イスラーム軍は2012年10月6日に東グータで1基の9K33を捕獲したとよく信じられてきたが、実際には2ヶ月足らずで少なくとも5基以上の9K33を捕獲した。
これらの5基のシステムのうち3基は運用状態で捕獲され、非運用状態の2基はシリア防空軍(SyAADF)の整備・保管施設で出くわしたものだ。
イスラーム軍によって捕獲・運用されている9K33の実際の数に関する情報が不足していることは、世界中の紛争地域における正確な情報収集の重要性を再び示している。







2012年10月に野党戦闘機が東グータにていくつかの地対空ミサイル拠点やレーダーシステム及びその関連機器を捕獲したが、この機器の大部分は老朽化した旧ソ連時代のシステムで構成されており、数カ月にわたって放棄されていた。
限られた数のZSU-23-4やトラック・指揮車両を除いて、この装備は反乱軍にとっては殆ど役に立たないことが判明した。
3基の運用可能な9K33の捕獲は後にシリア空軍にとてつもなくやっかいな問題を引き起こしたので、彼らが捕獲された後のすぐにこれらを攻撃しないと決定したのは大失敗以外の何物でもなかった。

バッシャール・アル=アサド大統領の体制に反対する戦闘員はこれまでにも地対空ミサイルを捕獲していたが、その遺棄された装備の殆どは使用方法が複雑すぎることが判明した。
機動性の高い9K33は操作をマスターするのがより簡単なシステムだが、インターネットでダウンロード可能なデジタルシミュレータが使用できるようになったことで更に容易になった。
おそらくより重要なことは、このシステムはレーダーが発射車両に直接組み込まれているために反乱軍にとっては(他のSAMより)ずっと使いやすく、空爆の目標になるのを避けるために素早く移動して隠れる能力があるということだ。
今までのところ、これらのシステムはイスラーム軍(かつてのイスラーム旅団)によって捕獲されたという事実(注:他の組織では捕獲例が報告されていない)があり、特にシリアにおいて反乱軍が遂に得た初の運用可能なSAMシステムとなった。

最近ではイスラミック・ステートの存在で完全に影が薄くなったが、内戦下におけるイスラーム軍の偉業はまさに劇的に他ならない。
他の反政府勢力に見られる機甲戦力と歩兵との間の貧弱な連携とは対称的に、彼らは機械化部隊で両者を運用する最初の勢力であった(注:組織的に連携できたということ)。
2013年後半にはイスラーム軍はKshesh空軍基地(注:ジラー空軍基地)を拠点とする独自の空軍を創設した。
そのL-39のどれもが今までに作戦飛行に投入されたことはなかったが、空軍の創設はイスラーム軍がそれをできる能力があったことを証明した。
そのほぼ2年後、イスラーム軍は2015年9月にイランのゼルザル-2無誘導ロケットを東カラマウンから発射するという、他の反乱軍によって行われていなかったことも初めてやってのけた。このロケットはシリアでは「マイサラム」と呼ばれ、シリアの沿岸地域にある市街地の中心部を標的にしていたと思われる。
この全く報告されていない攻撃はシリア空軍によって行われた東グータへの空爆に対する報復として意図されていた可能性が高いが、その戦果は不明だ。しかし、イスラーム軍はそのような兵器で攻撃を行った唯一の反政府勢力のままだ。

それらの功績と海外からの資金提供、そして故ザーラン・アルーシュ(注:ハローキティのノートで知られている人物といえば分かるだろうか)による強力なリーダーシップを考えると、イスラーム軍は捕獲された9K33を運用するテロ指定組織だった。
実際、捕獲後の数カ月間に彼らは既に東グータ上空を飛行するシリア空軍機に対してシステムを活用する準備をしていた。









9K33オーサは、元々はヨーロッパの平野で作戦中の前進する機甲部隊への上空援護を供するシステムの構築を目的として1960年代に開発された。
しかし、従来の設計とは対照的に9K33は発射システムとレーダーの両方を1台の車両に統合させており、輸送起立発射機及びレーダー搭載車両(TELAR)は、他のレーダー・システムに依存することなく独立して運用可能なことを意味している。
こうした独立性の高いシステムにもかかわらず、長距離レーダーシステムへのリンク機能はシステムの状況認識と戦闘能力を大幅に向上させる。
TELARはBAZ-5937上の9A33B発射プラットフォームと6発の9M33ミサイルで構成されており、それら2つの要素が9K33オーサ(ワスプ)と呼ばれる1つの完全なシステムを形成する。
これらはさらに9T217BM装填車によって支援されており、2台が各中隊に配備されている(注:通常、1個中隊にはTELAR4台と9T217BM2台が配備)。
9T217BMはTELARに9M33ミサイルを再装填する役目を負っており、12発のミサイルを搭載している。

9K33はソ連から友好国へ大量に輸出されており、1971年の登場以来、いくつかの紛争で行動を見せた。
かつての南アフリカ防衛軍(SADF)は戦場で最初に9K33に遭遇し、1987年の「モジュラー作戦」中に無傷で捕獲した。その後、情報機関がシステムを調査するために列を作った。
米国も1991年に「砂漠の嵐作戦」中でいくつかの9K33を捕獲し、自国のためのサンプルを手に入れることとなった。この攻勢は、システムが戦争中に見られた重度のECM環境で高速飛行するジェット機に対して本気で挑む能力が無いことを驚くほど明らかにした。
この事実は、ベンガジ周辺に展開した全ての作戦状態下にあるリビア軍の9K33が、1発の命中弾を与えること無く破壊されたリビア内戦中にもう一度明らかになった。






9K33はシリアでの運用ではるかに成功した実績を見せたが、それほど厳しくない環境で使用された場合、オーサは確かに非常に有能なシステムだったということを証明している。
シリアは1982年初めに最初の9K33を受け取った。そのすべてが発展型の9K33M2 「オーサAK」であり、更に改良された9K33M3「オーサAKM」に見られる特徴的なIFF(敵味方識別)アンテナが欠けていた。
これらのシステムは、レバノン内戦中に同国のベッカー高原への配備に総動員され、そこでイスラエル空軍のF-4EファントムIIと米海軍のLTV A-7EコルセアII攻撃機の撃墜に貢献した。

9K33M2「オーサAK」の9M33M2ミサイルは最大10kmの射程距離を有しており、19kgの弾頭が近接信管かTELARのオペレーターの指令で爆発する。
9K33のレーダーに対するジャミングがあった場合に備えて、電子光学追跡システムも車両上に装備されている。
シリアの運用では、この追跡システムは2000年代初頭から半ばにかけて出所不明の赤外線(IR)追跡システムに置き換えられた。この改修には9A33B発射機内に新しい電子機器を搭載することも含まれていた。新しいIR追跡装置は以下のTELARに搭載されている。
また、標的に向かうミサイルの軌道をオペレーターが画面を通して把握するための新しいディスプレイも見ることができる。
このディスプレイはこれまでイスラーム軍によって公表されたあらゆる映像で目立つように特集されており、標的に命中したかどうかを確認できる唯一の証拠となることが頻繁にある。











しかし、シリアの9K33はシリアに対するイスラエル空軍の襲撃に全く対抗できなかったことを証明し、その回数は過去数年間に急増した。
主にダマスカス周辺の武器貯蔵庫を標的にしたこれらの空爆はイスラエルによってジャミングが多様されたため、今までのところはシリアからの抵抗に殆ど遭わなかった。
実際、シリアが導入したばかりのブーク-M2パーンツィリ-S1ペチョーラ-2Mでさえ、これまでにイスラエルの航空機を追尾して撃墜することができなかったことが判明している。

シリア内戦の途中でSyAADFの作戦能力は急速に低下し、最終的にはかつて立派だった同軍の事実上の解散に至った。
ブーク-M2、パーンツィリ-S1、ペチョーラ-2Mのような新たに導入されたシステムは依然として運用状態にあるが、他の地対空ミサイル陣地の大半は装備が保管状態か単に朽ち果てた状態のまま放棄された。
9K33もそれらの状態と同然であり、ほとんどの部隊は運用が停止されてシステムは保管庫に入れられた。
その結果として、以前に運用状態にあった7カ所ある9K33の陣地(ダマスカス周辺に6カ所、バージ・イスラームに1カ所)の多くが空になった。

2013年2月2日に行われたイスラエルの空爆は、おそらくはレバノンとの国境を越えてヒズボラに引き渡されようとしていたブーク-M2が狙われていたが、実際はその代わりに3台の9K33オーサ-AKが破壊されたことがわかった。
レバノン国境にとても近いこれらの発射機の展開が、これらのシステムがレバノン国内のヒズボラへの移送があり得ることを示唆しているかもしれない点を、イスラエルが懸念していたことが充分に考えられる。
それは確かに妥当なシナリオのように思えたが、目標とされた9K33は実際のところ、元の陣地から撤退した後にこの場所に到着した。
ヒズボラへの移転はこのように起こり得ないが、空爆の目標設定はイスラエル側の諜報能力とそれに続く迅速な対応を示している。









イスラーム軍の戦闘員がアサド政権の支配下にある2つの主要な防空拠点を制圧することを目指して、東グータの田舎で作戦を開始した2012年10月5日に話題を戻す。
これらの拠点は、S-125地対空ミサイル陣地とそのミサイルの保管庫から構成されていた。貧弱な防御しかなかったので、両拠点はすぐにイスラーム軍の手に落ちた。
数ヶ月前には、ここに位置する孤立したSyAADFの9K33中隊が3km足らずの位置にある、より広大で安全なS-125陣地に移動するように命令された。
この中隊は9K33オーサ[275195]、[275196]、[275197]の3台、9T217BM'[275189]と番号不明の計2台、BTR-60PU-12指揮車両1台、関連装備と人員を輸送するいくつかのトラックから成っており、2012年8月1日に目的地に到着した。
4台目の9K33発射車両[275198]は以前は砲撃によって損傷を受けており、S-125陣地には移動されなかった。
[275198]はその代わりにマルジ・アル・スルタンデイル・サルマンの間に位置するSyAADFの整備・保管施設へと追いやられた。

新しい拠点に到着した後、[275195]、[275196]、[275197]は陣地内の打ち捨てられた多くのバンカーに駐留した。
この3台は無傷のままだったが、この動き(注:駐留)は中隊の作戦状態の終結を意味し、これらのTELARは10月6日にイスラ-ム軍に捕獲されるまでバンカーに留まった。
9K33をより安全な場所に移す動きは、このようにして全く役に立たないことが判明した。
後から考えてみると、東グータから全てのSyAADF戦力を退避させることだけが、大量の防空装備をイスラーム軍に捕獲させることを妨げたであろう。










敵対勢力の戦闘員が(9K33中隊も含めた)S-125陣地を捕獲する前に陣地全体が小火器の弾幕に晒され、結果としていくつかの車両が炎上し、そして防空装備の一部に損傷を与えた。しかし、9K33は陣地の保管庫に残っていたために無傷で難を逃れた。
シェルターから追い出された9K33[275196]の映像は、敵対勢力が捕獲したものをあらゆる点で最初に垣間見せたものだ。









9K33[275196]の上に乗った反政府勢力戦闘員の映像は、既に(彼らが得た)2台目の9K33[275197 ](2枚目の画像での奥にある車両)も存在することを明らかにした。
3台目の9K33[275195 ]の画像はソーシャルメディア上にのみ掲載されたため、結果として一般の大衆から目撃されることを免れた。
シリア空軍による空爆や砲撃等による破壊を避けるため、後にS-125や関連装備を含めた陣地全体が捕獲された場所から離れた。
その後、この陣地は農業用地に転換された









また、この陣地では2台の9T217BMのうち1台の焼けた残骸も発見された。おそらく、この車両は陣地を攻撃中のイスラーム軍に襲われ、結果として破壊に至った。
その陣地からさらに離れた位置に9K33中隊の2台目の9T217BMがあった。これは無傷で捕獲されて移動させられたが、後に火を放たれて破壊された。



2012年11月25日、反政府勢力はマルジ・アル・スルタンのヘリポートに隣接するSyAADFの整備・保管施設を捕獲した。
ここで発見された装備の中には十数台のトラックやAFV、工作機械、訓練用資機材だけでなく、「275198」ともう1台(シリアル不明)を含む2台のTERARもあった。
どちらも以前に反政府勢力による攻撃で一方の車両には標的追尾・交戦用レーダー・アンテナにいくつかの弾痕が生じ、もう1台は火災で同アンテナが損傷を被った。その損傷は、どちらの車両も将来にわたって使い物にならない状態にした。
そのうちの1台は、以前にイスラーム軍が3台のTERARを取り上げた陣地に駐留していたと考えられ、結局は2ヶ月以内に別の場所で捕獲されたに過ぎない。






同じ月に反政府勢力の戦闘員がハラスタ-・アル・カンタラ近郊にある整備・保管施設制圧した際に、何十台ものトラックや指揮車両だけでなく別の9T217BM[270405]も捕獲した。
軽微な損傷を除いては比較的無傷のままだったが、9T217BMには搭載されたミサイルが無かったので事実上役に立たなかった。
唯一の無傷である9T217BMの最終的な運命は不明のままだが、イスラーム軍で使用された可能性は低いだろう。








総計で、東グータの反政府勢力は少なくとも5台の9K33と2台の9T217BMを捕獲していた。
これらの車両の中で、3台の9K33だけがイスラーム軍で使用されていたことが判明した。
9K33中隊の(イスラーム軍の)新しい拠点への移転に装填車両も含まれていたのか、そして[275198]に搭載されていた6発のミサイルにも出くわしたのかどうかは不明のままである。そのため、反政府勢力によって捕獲された9M33ミサイルの数は議論のテーマのままであり、推定される幅は18~48発まである。

これらのミサイルのうち、少なくとも6発が東グータ上空を飛行するシリア空軍のヘリコプターに発射され、1機のMi-17と1機のMi-8/17の撃墜、もう1機のMi-8/17と1機のMi-25の損傷をもたらしたことが確認された。
時には追加の発射や(実際にこのシステムに関係する可能性がある)撃墜が報告されることがあるが、これらの出来事を独自に確認することはできない(注:それを立証する術が無い)。

反政府勢力にこのような高機能の兵器の奪取を許したことは危機的な失態であり、捕獲された直後にこれらのシステムを追跡して破壊する試みが完全に欠如していたことは、アサド政権の軍事組織の無能さを痛々しく思い出させるものとなる。
それ以来、何十もの兵器庫が捕獲されていった状況を見ると、彼らはこのような度重なる失敗からほとんど学習していないという結論に達せざるを得ない。










2012年10月5日の捕獲後にイスラーム軍が初めてこのシステムを用いたのは、それから実に1年弱が経過した2013年7月29日だった。
この時にはシリア空軍のMi-8/17が撃墜される状況がはっきりと見られ、東グータ及びその付近を飛行する同軍のヘリコプターに対する深刻な脅威の幕開けとなった(注:この撃墜を撮影した動画が存在しましたが、現在はアカウントが停止されたため視聴が不可能になっています。)
イスラーム軍のメディア部門は、ヘリコプターを撃墜した直後に声明を発表した。
今日、ソーシャルメディア上で1年前の襲撃で得た防空ミサイルシステムを用いたイスラーム旅団の英雄に関する朗報が拡散されている。この1年間、彼らはシステムのコードを解読して作動させるために不断の努力を費やした。多くの技術者がコードの解析に失敗した後、彼らが欲する成功に達するまで、アッラーが彼らに報いた昨日の製粉所での戦闘まで、この計画担当者は多くの試行錯誤を続けた。政府軍はムジャヒディーンによって征服された同所の奪回を必死に試みたが、イスラーム旅団のムジャヒディーンがロシア製の『オーサ』システムでヘリコプターを撃墜し、ヘリコプターに搭乗していた2名の大佐と1名の将校に死をもたらした。」 

報道発表で9K33システムを高度な地対空ミサイルシステムからイスラーム軍が実際に使用できる運用システムに転換する際に深刻な問題に遭遇したことが確認され、操作要員の中で以前にこのシステムを使用した経験がある者が全くいなかったことを示唆した。
操作要員が試行錯誤によってシステムをマスターすることは確かに可能だが、イスラーム軍内の旧9K33操作要員が存在する可能性を除外すべきではない。








実際の日付は不明のままだが、続く数週間か数ヶ月の後に別の発射が記録された。
ミサイルが直近で爆発したり、おそらく標的に命中した可能性が高いという事実にもかかわらず、損傷の程度や墜落したかどうかは報告されなかった。
最初の発射以後、新たな発射が公式に明らかにされる前には6ヶ月あったが、(上記の発射に加えて)その間に別の発射があった可能性を排除できない。
この発射は標的のMi-17の破壊をもたらした(映像はここで見ることができる。)
それは2014年1月16日の真昼間に発生し、1発の9M33ミサイルがヘリコプターのすぐ上にたどり着いて爆発してローターとテールブームの両方の喪失をもたらした。
ダラヤにて宙返りで落下するMi-17の劇的な映像(注:アカウント停止で視聴不可)がテープに記録され、イスラーム軍の9K33の脅威がまだ大いに健在していることがもう一度確認された。

前回の発射からちょうど1日後の2014年1月18日に、別の9K33の発射映像がアップロードされた。
この発射の成果はいくつかの家屋や木が障害となったためにはっきりしないが(注:後述のまとめ映像の2:50前後に注目)、9M33ミサイルは標的を逃して発射の25〜28秒後に自爆したと思われる。



2014年1月18日の最後の発射以降は、発射回数とその日にちを追跡することが非常に困難になった。
追加の発射を見せるビデオがアップロードされていないと考えられた直後の3月に、イスラーム軍はこれまでに知られていなかった2つ(これは前述の発射を含む)を含む、すべての過去の発射を映したビデオを公開した(注:便宜上、これを「まとめ映像」と記述する)。
別の攻撃ではMi-8/17に対する1発のミサイルの発射が見られた。ミサイルはヘリコプターの直近で爆発するが、その直後に映像が停止したので、おそらくは9M33ミサイルがヘリコプターに損傷を与えただけの可能性が高い(注:まとめ映像で2:10以降のシーン)。

イスラーム軍によって公表されたビデオは(システムの探知能力をさらに助ける)9K33に装備されたレーダーを使用したことも明らかにした(注:まとめ映像の0:20前後に注目。ターレット上の捜索レーダーが回転している)。
そのような使用は論理的に見えるが、シリア空軍による探知とあるいは破壊される機会が増大する。
この発射機には、1本の空のキャニスターを含む6つのミサイルが満載されている様子が映し出されている(注:これもまとめ映像の0:20前後のTELARのことを示す)。







同じビデオでは東グータを白昼に走り抜けている、新しいヘッドライトを装着した1台のTERARが映されており、この国の同地域上空における空中監視能力が欠けていることを証明している。

東グータには大いに恐れられている空軍情報部のメンバーが存在する可能性が非常に高く、おそらく彼らがイスラーム軍の前の指導者ザハラン・アルーシュを殺害した空爆に貢献したと思われる(注:国営シリア・アラブ通信では正確な監視に基づいて作戦が実行された旨を報じているが、親アサド系のアル・マスダール通信はイスラーム軍内のネットワークに侵入したシリア空軍情報部の情報将校が東グータで開催される最高レベルの会議の場所を空軍情報部に通報し、殺害に至ったと詳細に報じている。また、シリア人権監視団のラミ・アブドル・ラーマン代表も同様の発言をしている)。

しかし、9K33の運用を担当するグループの規模は小さいと考えられており、新しいメンバーの受け入れを中断することによって(スパイの)侵入は事実上不可能となった。






2014年1月18日の発射は、2年以上にわたる9K33の運用の最後に記録されたものになった(注:2014年時点での話)。
その間に実際に追加の発射がされた可能性はあるが、この期間に彼らによって公表された(発射に関する)声明やビデオはなかったことから、9K33が2年以上も運用を休止した可能性を示唆している。
9K33の不在はシステムが最終的に破壊されたか、またはイスラーム軍がミサイルを使い果たしたという根拠の無い噂につながった。

他では「外国が東グータに追加の9M33ミサイルを引き渡した」や「(今のところシリア空軍のMiG-29SMと数機のSu-24MK2が拠点を置く)サイカル空軍基地の周辺を飛行する航空機を標的にするために、少なくとも1つの9k33システムがグータから東カラマウンに移動させられた」といった奇妙な主張がなされた。
この地域における墜落の多くがここで運用されていると思われた9K33に起因するものとされたが、そのほとんどは後で技術的な欠陥としてその主張が誤りであることを証明した。 
これらの噂を裏付けるものは確認できないし、真実とも思えない。

2年以上にわたってミサイルが発射されたことが確認されていないことは、イスラーム軍が東グータ上空を飛行するシリア軍のヘリコプターを絶えず苦しめる意思があるのかどうかという疑問を投げかける。
確かに、イスラーム軍は捕獲した装備の使用に関して、この時期から内戦でその全ての潜在能力を活用するのではなく主に抑止力として使用しているようにますます見え始めた。































彼らが支配する領域は過去数年間にかけてかなり縮小しているが、これはまだ9K33の運用に支障を来してはいない。
TELARの位置はしっかりと守られた秘密となっており、それらは東グータ各地の別々の場所で(分散して)保管されていたと考えられていたが、その一方でその1台のおおよその位置が見つけられた。
発射機はたった1組の乗員達によって運用されており、それは未だに捕獲された直後に運用されていた際の同じメンバーで構成されている。





2016年6月26日にこの乗員達が再び作戦に戻ったことが確認されたとき、彼らは多くの人を驚かせた。
標的とされたMi-25は胴体のテールブームに大きな被害を被ったが、なんとかしてダマスカス国際空港に緊急着陸した。ここで修理を待っている間、予備のMi-25用のテールブームを輸送していたMi-8/17がダマスカスIAPから遠く離れていない場所に墜落した。
この件は、そのテールブームが損傷を受けたMi-25のために準備されていた可能性を高めている(注:それを断定できないため)。






この発射が単発の出来事であったか、すぐに次の発射に続くかどうかは不明だが、9K33の過去の展開を考慮すると後者の方がより可能性が高いと思われる。
いずれにせよ、これらのシステムの脅威が抑えられている状況とは程遠いことは明らかだ。
かくしてイスラーム軍は東グータ上空を脅かし続け、彼らがそこから追い出されるまでは同地域でのアサド政権の航空作戦を妨害するであろう。

特別協力: Morant Mathieu from Military in the Middle East.

 ※ この翻訳元の記事は、2016年10月31日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。 

【編訳者補足】:元記事が公開されてから約1年半が経過したが、その間にイスラーム軍の9K33に関する情勢が大きく変化したを記しておかなければならない。
2018年3月12日に東グータのアフトリス地区で1台の9K33がシリア軍に捕獲された
その直後の3月16日に、シリア空軍のMi-25に対して再び9K33を使用した。彼らは損傷させたと主張しているが、これについては命中の直前で映像がカットされていることから、実際は命中していない可能性を否定できない。
また、4月23日の時点でドゥーマにて更に1台が破壊された状態で発見された。
時期は不明であるが、既に1台が破壊された状況をみると、現時点でイスラーム軍は保有する9K33の全てを喪失したようだ。
彼らはこれを積極的に使用せずに空爆に対する抑止力として保有し続けていたとみられており、その運用手法は注目に値するものであった。
イスラーム軍はISなどの諸勢力の影に埋もれ、現在では東グータから撤退したものの、高度な兵器や戦術を駆使する稀な組織として今後もその動向に注目するべきだろう。

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