2021年8月6日金曜日

生え始めたグッピーの牙:カタールの「BP-12A」短距離弾道ミサイル


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 カタールは2017年12月15日に行われた独立記念日の軍事パレードで中国の「BP-12A」短距離弾道ミサイル(SRBM)を披露し、敵味方を分け隔てなく驚かせました。

 パレードで初公開された「BP-12A」はカタールで運用されるこの種の兵器としては初めてのものですが、それにもかかわらず、カタールはこの地域で最後に弾道ミサイルを装備した国です。

 一部のシンクタンクのアナリストはこの「ドーハの非常に攻撃的な動き」を猛烈に非難していますが、カタールによるこのSRBMの導入は、実際にはより特別な意味合いを持った問題です。[1]

 その重要性とは逆に、過去10年間にカタールによって調達された多数の「レオパルド2A7」戦車、「PzH2000」自走榴弾砲やその他の高度な兵器の中で、この輸送起立発射機(TEL)の存在が簡単に見落とされた可能性があります(注:戦車などに注目が集められてTELが気づかれなかった可能性があるということ)。

 もともと、カタールは中東では最低限の軍事力しか持っていないほか、隣国の(カタールの面積の6.56%にすぎない)バーレーンでさえデータ上では強敵ということが示されていたことから、ドーハはそのギャップを埋めるため、2010年代初頭に大規模な武器の調達に乗り出しました。

 すぐに明らかになったように、このようなカタールの防衛観の劇的な変化は決して早すぎるものではありませんでした。

 2017年6月5日、UAE、サウジアラビア、バーレーンとエジプトは、カタールが湾岸協力会議(GCC)の諸国が容認する以上にイランとの緊密な関係を維持していることについて、国際「テロリズム」を支援し「地域を不安定にしている」と糾弾してドーハとの全ての外交・貿易関係を断絶し、カタールに封鎖を課してアラブ世界に衝撃を与えました。

 これらの措置は明らかにカタールを屈服させる意図によるものでしたが、ドーハにとって封鎖は最終的に嫌がらせ程度のものにしかならなかったようです。

       

 外交危機は、紛争の可能性が常に背後に迫っていること、そして政治的対立がすぐに武力紛争にエスカレートするのを防ぐためには、強力な軍事力が間違いなく最善の抑止力であることを思い出させてくれました。

 封鎖された直後、カタールは自国が実際に侵攻される脅威に直面したため、軍事力の増強を倍増しました。軍事力が飛躍的な成長を遂げていることを示しているため、近隣諸国に対する効果的な抑止力を創出するための努力は依然として非常に現実的なものになっています。

 カタールは、「ラファール」、「F-15QA」、「ユーロファイター "タイフーン"」、を含む現在市場に出回っているほぼ全ての西側戦闘機を購入しており、最近では「F-35」に真剣な関心を示している国として知られていますが、戦力強化の試みは単に空軍を強化するだけに留まってません。[2]

 中でも注目すべきは、ドーハがイタリアから多目的揚陸艦、コルベットや哨戒艇の導入を通じて海軍の全面的な刷新を図っていることでしょう。逆にあまり注目されていないのは、陸軍用にトルコのメーカーであるヌロル・マキナ社製の高い機動性と重武装を備えた装甲戦闘車両(注:「NMS」)を数百台導入したことです。

 しかし、カタールの空軍や海軍の能力は近隣諸国に単に遅れを取っているだけですが、陸軍の大部分は完全に時代遅れと言えます。最近の2010年代初頭でも、(起源が1960年代に遡る)フランス製のAMX-30戦車が依然としてカタール陸軍の機甲戦力を構成しており、砲兵部隊の状況は格段に悪いもので、AMX-30と同時代のオープントップ型の「Mk F3」155mm自走砲が依然として使用されていました。

 世界的な(軍事力の)発展を反映して、より強力なパンチ力を備えた現代的な長射程の砲兵システムの導入を追い求めることは明らかに望ましいものだったと言えます。


 カタールのSRBMを運用することへの関心は2017年の外交危機以前から存在しており、その種の兵器の導入を最初に試みたケースは、2012年にM142「HIMARS」多連装ロケット弾発射機7基とMGM-140「ATACMS(ブロックIA T2K)」 戦術弾道ミサイル60基を推定4億600万ドルで購入する許可を米国に要請した時点まで遡ることができます。[3]
 
 理由は不明ですが、この調達は最終的に失敗に終わりました。それでもなおカタールが後に「BP-12A」を調達したのは、単にこの地域の現状を打破しようと試みたのではなく、長年にわたって必要としていたものことを実現したことを物語っています。

 (カタール以外での弾道弾の導入が)実現した事例を説明すると、まず、西の隣国であるバーレーンが2018年に110基のMGM-140「ATACMS」を調達したことであり、それらは2000年代初頭からすでに運用されている30基の同型ミサイルに追加されました(注:数が増強されたということ)。[4] [5] [6]

 南側では、サウジアラビアが中国の「DF-21」中距離弾道ミサイル(MRBM)の調達と(2022年に運用開始が予定されている)ウクライナの「フリム-2(グロム-2)」への融資を通じて、自国の弾道ミサイル戦力の強化で急速な進歩を遂げています。

 東側では、UAEは2013年から少なくとも224基の「MGM-140 "ATACMS"」を調達しましたが、射程が約500kmある北朝鮮の「火星-6」弾道ミサイルも運用し続けています。UAEで運用されている北朝鮮の兵器の詳細については、私たちのこの記事をご覧ください

 カタールの近隣諸国で弾道ミサイルを運用していない数少ない国の一つであるオマーンは、実際には2000年代後半に「ATACMS」の調達を熱心に推し進めていましたが、おそらく予算上の制約のために実際にその調達は行われませんでした。[9]

 カタールの全ての近隣諸国は数百発の弾道ミサイルを保有しており、その大部分が(それぞれの領土から発射された場合に)お互いを実際の標的とすることができる射程距離があるため、BP-12Aの導入がこの地域の軍事バランスを何ら変化を与えることにはなりません。

 ちなみに米国はこの見解に賛同しており、2012年にカタールが提案した 「ATACMS」の調達について以下のように述べています。
打診された売却案は、現在及び将来の脅威に対応するカタールの能力を向上させ、重要インフラのセキュリティの強化をもたらすものです。この装備と関連する支援の売却案が、この地域の基本的な軍事バランスを変えることはないでしょう。」[3]
 「BP-12A」の射程距離は実際にはよりも短く(280km vs 300km)、唯一の大きな違いは弾頭(480kg vs 230kg)であるため、「ATACMS」に当てはまることは「BP-12A」にも実質的に当てはまるはずです(注:両者は実質的に違いが少ないため、「BP-12A」の導入が大きく騒がれる事柄ではないということ)。

 「BP-12A」のカタログ上での射程距離はMTCR(ミサイル技術管理レジーム)によって課されている輸出規制ガイドラインの(上限である)射程距離300kmを多少超えているという噂がありますが、それが本当でも「BP-12A」に新たな能力が与えられるわけでもありませんし、サウジアラビアとUAEが運用している弾道ミサイルの射程距離よりも短いままです(注:射程距離が300km強でもミサイルがカタールからリヤドには届きません)。


 「BP-12A」の導入以前では、カタールの長距離砲兵部隊はエジプトの「サクル(下の画像)」とブラジルの「アストロスⅡ」多連装ロケット砲(MRL)で構成されていました。前者は北朝鮮の「BM-11」MRLをエジプトがコピーしたものであり、カタールが長期間にわたって運用してきた唯一の非西側諸国製の武器でした。

 最近では、カタールはロシアから導入した「AK-12」アサルトライフル、「ZPU-2」14.5mm高射機関銃、9M133「コルネット」対戦車ミサイル(ATGM)や9K338「イグラ-S」携帯式地対空ミサイル(MANPADS)、中国から入手した56式小銃、「M99」対物ライフルや「FN-6」MANPADS、そしてウクライナから購入した「スキフ」ATGMを含むさまざまな種類の非西側製の武器を運用しています。



 「BP-12A」は(トルコではB611M「ボラ」及び輸出型の「カーン」と共に「J-600T "ユルドゥルム"」としてライセンス生産されている)「B611」SRBMシリーズの発展型であり、2010年の珠海航空ショーで初めて公開されました。

 このシステムの自走式発射機である「WS2400」トラックの車体には、「BP-12A」を2発か「SY-400」地対地ミサイルを8発、あるいは「BP-12A」1発と「SY-400」4発を組み合わせて搭載することができます(注:「BP-12A」のキャニスターには1発、「SY-400」の場合は4発が入っているため)。480kgのHE弾頭を搭載した「BP-12A」は最低でも280km以上の射程距離があるため、敵後方に位置する指揮所や集結した兵員を狙うのに完璧に適しています。[7]

 カタール陸軍で運用されているのが確認されたのは「BP-12A」のみですが、(まだカタールが導入していない場合は)将来的に推定射程距離200kmの「SY-400」地対地ミサイルをこのシステムに円滑に統合することが可能です。

 慣性誘導だけでなく衛星誘導方式も取り入れているため、半数必中界(CEP)がおそらく50m以下である「BP-12A」は前者しか使用していない旧式のシステムよりも有効性の向上を誇っています。また、各発射機がミサイルなしの状態で長時間を過ごすことがないように、TELには2発の再装填用ミサイルを積載した、専用の(同様に「WS2400」がベースである)ミサイル運搬車が伴われています。

 現時点ではカタールが唯一の「BP-12A」の運用国として知られていますが、「M20」SRBM「A200」誘導ロケット弾を使用する(同じ中国の)競合相手はベラルーシ(「ポロネズ」という呼称で、後にアゼルバイジャンに輸出されました)とエチオピアで採用されており、最近では2020年のティグレ紛争でティグレ分離主義勢力とエチオピア軍との戦いでの使用が確認されました。[8]


 カタールが「BP-12A」SRBMを導入したことは(特にあなたがUAEが出資したシンクタンクで働いているのであれば)ドーハの攻撃的な動きと誇大的に評価されやすく、サウジアラビア、UAE、バーレーンの首都に脅威を突きつけて、この地域を軍拡競争へと駆り立てるでしょう(注:UAEは反カタールのため、「BP-12A」の導入をサウジなどを狙うためのものだとしてプロパガンダ的な主張をするということです)。

 もう少し広い視点で見ると、「BP-12A」の導入はこの地域全体で徐々に高まる武器拡散の流れと一致したものであり、地域内の別の国(カタール)が周囲との競争条件の平等化を試みるに至ったものと捉えることができます。

 政治的な忠誠心が急速に変化する可能性があって軍事バランスがこれまで以上に何とかして自力でやっていこうとする捕食者側に傾く地域の鮫が出没する海では、これらの弾道ミサイルが強力な抑止力をもたらすという事実は当然ながら快く歓迎されるでしょう。

 関係が修復された今では問題となっているミサイルが近隣諸国のいずれかに怒りに任せて発射されることはないかもしれませんが、「BP-12A」の保有はかつては無防備だったグッピーが突然牙を生やしたということを今後も簡単に思い出させてくれるものになるはずです。


[1] Why is Qatar showing off its new short-range Chinese ballistic missile? https://english.alarabiya.net/en/News/gulf/2017/12/20/Qatar-showcases-offensive-ballistic-missiles-targeting-neighbors
[2] Exclusive: Qatar makes formal request for F-35 jets - sources https://www.reuters.com/article/us-qatar-israel-jets-exclusive-idUSKBN26S37Q
[3] Qatar--HIMARS, ATACMS, and GMLRS https://www.dsca.mil/press-media/major-arms-sales/qatar-himars-atacms-and-gmlrs
[4] Bahrain – M31 Guided Multiple Launch Rocket System (GMLRS) Unitary and Army Tactical Mission System (ATACMS) T2K Unitary Missile https://www.dsca.mil/press-media/major-arms-sales/bahrain-m31-guided-multiple-launch-rocket-system-gmlrs-unitary-and
[5] Proposed ATACMS Sale to Bahrain Announced https://www.armscontrol.org/act/2000-10/news-briefs/proposed-atacms-sale-bahrain-announced
[6] Bahrain Purchases Lockheed Martin's ATACMS Missiles https://web.archive.org/web/20120112011513/http://www.lockheedmartin.com/news/press_releases/2000/BahrainPurchasesLockheedMartinSATAC.html
[7] Qatar Displays Chinese Missile https://www.armscontrol.org/act/2018-03/news-briefs/qatar-displays-chinese-missile
[8] https://twitter.com/imp_navigator/status/1347413795463946240
[9] SCENESETTER FOR U.S.-OMAN JOINT MILITARY COMMISSION https://wikileaks.org/plusd/cables/09MUSCAT273_a.html
         
※  当記事は、2021年3月6日に本国版「Oryx」に投稿されたものを翻訳した記事です。
   当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があ
  ります。
 

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