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2021年12月19日日曜日

破滅した抑止力: ティグレ最後の弾道ミサイル装備


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


 ティグレによるエチオピア・エリトリアとのミサイル戦争は、非国家主体が短距離弾道ミサイル(SRBM)と長距離誘導ロケット弾を鹵獲し、それを用いてエチオピアと全く別の国:エリトリアの首都を攻撃したという珍しい出来事でした。[1]

 現代史の中でも注目すべき出来事であったにもかかわらず、このミサイル戦争は国際的なメディアから全く注目されていませんでした。

 この攻撃を受けてすぐに、エチオピアとエリトリアの軍隊は自走式発射機とミサイルを迅速に破壊・奪還したらしいので、ティグレによるミサイル攻撃の脅威度は低下しました。

 ティグレ防衛軍(TDF)は、2020年11月にティグレ州にあるエチオピア国防軍(ENDF)の基地を制圧した後にENDFの弾道ミサイル・誘導ロケット弾発射システムを鹵獲・掌握しました。このシステムに関する十分な数の運用要員がティグレ側に離反したことが、ティグレ側の軍隊が発射機を元の所有者:ENDFに対して使用し始める機会を与えたようです。

 そして実際、ティグレ軍はそれをすぐに文字通り実施し、エチオピアの2つの空軍基地に弾道ミサイルを発射し、さらに3発をエリトリアがティグレ戦争に介入した報復として同国の首都に撃ち込みました。[2]

 最近公開されたティグレのミュージック・ビデオは、TDFの弾道ミサイル・誘導ロケット砲部隊の一部がこの中国製の発射装置と関連装備を発見して無力化するという、エチオピアとエリトリアによる大規模な取り組みから回避できたことを示しています。[3]

 2021年10月21日に公開されたこの動画では、迷彩服を着たティグレの若者たちがラップを披露している背景として1台の再装填車が映し出されています。

 この動画が撮影された正確な日付を独自に検証することはできませんが、同じ動画には今年8月下旬に鹵獲されたT-72UA1戦車が登場していることから、少なくとも2020年12月にほかの発射システムと再装填車が捕獲・破壊された後に撮影された動画であることだけは間違いありません。[4]

 しかし、公開された動画からは「M20」SRBMや「A200」誘導ロケット弾が存在した形跡を見つけることができませんでした。専用の輸送起立発射機(TEL)がなければ、再装填車は実質的に何の役にも立ちません。

エチオピア軍が奪還した直後に撮影された「A200」誘導ロケット弾8発を搭載したTEL

 「A200」誘導ロケット弾を8発か「M20」弾道ミサイルを2発搭載するこのトラックの後部にはクレーンが備えられているため、発射システムに次の射撃任務を開始することを可能にする迅速な装填能力を有しています。この再装填車の存在は、(弾薬を補充するための場所に戻る必要が生じる前の段階における)攻撃準備ができた発射機と合計して、各部隊の火力を「A200」ロケット弾16発か「M20」弾道ミサイル4発と実質的に2倍にさせる効果があります。


 2020年12月には、エチオピア軍がティグレ州にあるミサイル基地の1つを奪回しており、ここではいくつかの「M20」SBRMと、少なくとも4個の「A200」のキャニスターが発見されました。[1]

 持ち出すのに十分な時間や適した装備が無かったことから、ティグレ軍がこの地域から追い出された際に置き去りにされたものと思われます。また、この基地が奪回された時点までに全弾が発射し尽くされていなかったという事実は、その地域における全てのTELがすでに失われていたという可能性も示しています。


 「M20」SRBMと「A200」誘導ロケット弾発射システム用の再装填車も、少なくとも1台がこの基地でエチオピア軍に奪還されました(下の画像)。


 また、別の再装填車もティグレ軍が慌てて放棄したのとほぼ同時に奪還されました(下の画像)。

 面白いことに、「A200」ロケット弾キャニスターのうち少なくとも3つは空であり、どうやら発射機から撃ち出された後に再装填車に積み戻されたように見えます。これは、決して(キャニスターの投棄による)環境破壊からこの地域を守ろうとしたのではなく、ティグレ軍によってこのシステムが使用された痕跡を隠そうと試みたのかもしれません。


 ティグレのヒップホップの舞台として使われている「M20」/「A200」用再装填車は、かつてエチオピア軍が誇った強大な弾道ミサイル・誘導ロケット砲部隊構成した装備で最後に残されたものかもしれません。

 今や本来の用途で役に立たなくなってしまったこの車両は、こういったより穏やかな役割での新たな使い道を見いだされたようです。

 TDFの抑止力は失われたかもしれませんが、最終的に彼らを打倒することを目的とした最近のENDFの攻勢に対するTDFの強い抵抗は、彼らが過小評価されるべき存在ではないことを示しています。そして、ティグレ戦争が予測不可能な形で展開し続けていく中で、彼らがさらなるサプライズを用意していることは間違いないでしょう。

特別協力: Saba Tsen'at Mah'derom.

[1] Go Ballistic: Tigray’s Forgotten Missile War With Ethiopia and Eritrea https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/go-ballistic-tigrays-forgotten-missile.html
[2] Ethiopia’s Tigray leader confirms firing missiles at Eritrea https://apnews.com/article/international-news-eritrea-ethiopia-asmara-kenya-33b9aea59b4c984562eaa86d8547c6dd
[3] Yaru Makaveli x Narry x Yada sads x Ruta x Frew x danay x donat - CYPHER WEYN 2 / Tigray Music https://youtu.be/0LPa4xIuBXo
[4] The Tigray Defence Forces - Documenting Its Heavy Weaponry https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/the-tigray-defence-forces-documenting.html

  事です。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇
    所が存在する可能性があります。



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2021年11月2日火曜日

弾道を描け:忘れ去られたティグレの対エチオピア・エリトリア 「ミサイル戦争」


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 ティグレ戦争の序盤である2020年11月、中国製の「M20」短距離弾道ミサイル(SRBM)がエチオピア北西部にあるバハルダール空軍基地のエプロンに着弾した際に、エチオピア国防軍(ENDF)が受けた衝撃は計り知れないものだったに違いありません。

 ティグレ防衛軍(TDF)がいくつかの弾道ミサイルシステムを鹵獲した後にバハルダールを標的にしたことは遅かれ早かれ発生する流れでしたが、ミサイルが着弾した際に示したとてつもない命中精度は基地の人々を驚かせたはずです。

 ほぼ同じ頃に、約450km離れたエリトリアの首都アスマラを何度かの大きな爆音と衝撃が揺り動かしました。この都市もバハルダールと同様にティグレ軍によるミサイル攻撃を受けたのです。

 エチオピアとエリトリアがどのようにして弾道ミサイル攻撃を受けたのかが、この記事のテーマとなります。

 軍事力を大幅に増強して長年の宿敵であるエリトリアに対して決定的な優位性を得ることを目指し、おそらくはスーダンやエジプトに対する抑止力も確立しようと試みていそうなエチオピアは、この地域の軍事バランスを最終的に自国に好都合なものに変えることを追い求めて、2010年代に野心的な軍の再装備プログラムに着手しました。

 その爆買いの中心となったのは、これまでエチオピアではまだ導入されていなかった分野の戦力: 短距離弾道ミサイルと長距離誘導ロケット弾でした。エチオピアと中国の温かい軍事的な関係を考慮すれば、エチオピアがそのような戦力の入手先として中国に目を向けたことは少しも驚くことではありません。

 中国はこのような兵器をエチオピアに提供する意思がある数少ない国の1つであることに加えて、短距離弾道ミサイル(SRBM)と誘導ロケット弾発射システムを1つのモジュールにまとめた2種類のシステムを製造しています。

 それらの1種(SRBMの「BP-12A」と誘導ロケット弾発射システムの「SY-400」を使用したもの)はすでにカタールによって導入されており、同国ではこれまでにこのシステムに関連する「BP-12A」だけが公開されています。

 それに直に競合するシステムは、「M20」SRBMと「A200」誘導ロケット弾発射システムを使用しており、(「ポロネーズ」の名で)ベラルーシとアゼルバイジャンに、そしてエチオピアに採用されています。ベラルーシはロケット弾の生産ラインを設立しており、「A300」の改良型が「ポロネーズM」として公開されています。

 これまでのところ、エチオピアだけが「M20」SRBMの運用者であることが確認されており、アゼルバイジャンは誘導ロケット弾発射システムを入手したのみで、ベラルーシはミサイルを公開したものの、まだ現役として採用されていない点が注目されます(注:「ポロネーズM」は2019年に受領が開始されたと報じられています)。

        

 「M20」SRBMは、現在のアフリカ大陸で運用されている弾道ミサイルの中では最も現代的ものです。このSRBMは400kgのHE弾頭を搭載して少なくとも280km以上の距離まで飛ばすことができるため、敵の基地や兵力の集結地点を狙うのに完璧に適しています。また、慣性誘導だけでなく「北斗」を用いた衛星誘導方式も組み込んでいる「M20」は、約30mの半数必中界(CEP)も誇ります。[1]

 「A200」誘導ロケット弾発射システムも同様にGPS誘導と慣性誘導方式を併用しているため、CEPは約30~50メートルであり、150kgの弾頭を200km先まで飛ばすことが可能です。[2]


 2020年11月にティグレ軍がENDFの北部コマンドへの強襲を開始すると、彼らは即座にエチオピア軍が持つ弾道ミサイル・誘導ロケット砲部隊の全体を掌握しました。その運用要員の多くがティグレ側に離反したようで、それがティグレ軍にこのシステムを元の所有者に対して使用を開始する機会を与えたようです。そして実際、ティグレ軍はそれをすぐに文字通り実施し、エチオピアの2つの空軍基地に弾道ミサイルを発射して、さらに3発をティグレ戦争に介入した報復としてエリトリアの首都に撃ち込みました。[3]

 これらの弾道ミサイル・ロケット弾攻撃のほとんどは発射映像や攻撃を受けた標的の画像が見当たらないために独自に検証することはできませんが、相当にきちんと記録されていた攻撃として2020年11月のバハルダール空軍基地への攻撃があります。[4]

 この攻撃が物的損害をもたらしたのかは不明ですが、エチオピア空軍は弾道ミサイル攻撃を予期して、すでに航空機を近くの対爆シェルター(HAS)に移動させていた可能性があります。確かなことは、「M20」の400kgの弾頭が、通常はエプロンに位置しているMiG-23BN戦闘爆撃機のかなりの部分を破壊した可能性があるということです。

2020年12月2日に撮影された、バハルダール空軍基地で「M20」弾道ミサイルが着弾した状況。

攻撃を受ける数か月前に撮影された、攻撃されたエプロンに展開している8機のMiG-23 (少なくとも別に2機がハンガー内にいます)。

 エチオピアにとって不幸なことに、国軍はティグレ軍によって鹵獲された後の発射機を発見・無力化に使える兵器システムを全く保有していませんでした。

 とはいえ、ティグレに配備された8x8の大型移動式発射機(TEL)と再装填車にとって最大の脅威は、上空で待ち伏せしている飛行機や武装ドローンではなく狭い道路や通路であり、すぐに少なくとも1台のTELを使い物にならなくさせました。

 どうやらティグレ防衛軍は重量級トラックを回収できる資機材を保有していなかったらしく、この車両は8発の「A200」誘導ロケット弾と一緒にその場に放置されてしまいました。



 その少し前の2020年12月には、エチオピア軍がティグレ州にあるミサイル基地の1つを奪回しており、ここではいくつかの「M20」SBRMと、少なくとも4個の空となった「A200」のキャニスターが発見されました。[5]

 持ち出すのに十分な時間や適した装備が無かったため、ティグレ軍がこの地域から追い出された際に置き去りにされたものと思われます。

 基地が奪回された時点までに全弾が発射し尽くされていなかったという事実は、その地域における全てのTELがすでに失われていたという可能性も示しています。



 また、TELと同じ車体をベースにした再装填車も、少なくとも1台が奪還されました。

 「A200」誘導ロケット弾を8発か「M20」弾道ミサイルを2発搭載するこのトラックの後部にはクレーンが備えられているため、発射システムに次の射撃任務を開始することを可能にする迅速な装填能力を有しています。

 この再装填車の存在は、(弾薬を補充するための場所に戻る必要が生じる前の段階における)攻撃準備ができた発射機と合計して、各部隊の火力を「A200」ロケット弾16発か「M20」弾道ミサイル4発と実質的に2倍にさせます。



 2台目の再装填車は、ティグレ軍が慌てて放棄したのとほぼ同時に奪還されました。

 面白いことに、「A200」ロケット弾キャニスターのうち少なくとも3つは空であり、どうやら発射機から撃ち出された後に再装填車に積み戻されたように見えます。これは、決して(キャニスターの投棄による)環境破壊からこの地域を守ろうとしたのではなく、ティグレ軍によってこのシステムが使用された痕跡を隠そうと試みたのかもしれません。

 もちろん、この努力は後に無駄であることがわかりました。ティグレ軍が弾薬と一緒に車両も放棄してしまったからです。

 エチオピアの新たな内戦における過酷な状況下では、高度な装備を維持することが困難なことから、残りの発射機や再装填車も、この時点で同様の運命にさらされた可能性が高いとみられています。

 ティグレ戦争の結果、エチオピアはサハラ以南のアフリカで最強の誘導ロケット弾と弾道ミサイル部隊を持つ国からボロボロで機能しない抑止力の残骸を持つ国となってしまいました。かつてはエチオピア軍の誇りだったこれらのアセットについて、おそらく紛争が猛威を振るっている間か武力衝突が終結した直後に、この国は再導入を追い求める可能性があるでしょう。

 トルコから「バイラクタルTB2」を購入する可能性があるという噂を考慮すると、エチオピアはTB2との相乗効果によって威力が増加する別のトルコ製システムにも目を向けたくなるかもしれません。そのようなシステムには「TRLG-230」「T-300」 MRL、「ボラ」戦術弾道ミサイルが含まれており、特に前者はTB2との協力で得られたメリットが十分に証明されています。

[1] 国产A200远程制导火箭武器射程200公里火力猛 http://mil.news.sina.com.cn/2010-11-19/1424619881.html
[2] Multiple launch rocket systems “Polonez”/missile system “Polonez-M” https://ztem.by/en/catalog/mlrs/
[3] Ethiopia’s Tigray leader confirms firing missiles at Eritrea https://apnews.com/article/international-news-eritrea-ethiopia-asmara-kenya-33b9aea59b4c984562eaa86d8547c6dd
[4] https://twitter.com/wammezz/status/1339370865096572930
[5] https://twitter.com/MapEthiopia/status/1343979723207049217

※  当記事は、2021年9月15日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。



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2021年8月6日金曜日

生え始めたグッピーの牙:カタールの「BP-12A」短距離弾道ミサイル


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 カタールは2017年12月15日に行われた独立記念日の軍事パレードで中国の「BP-12A」短距離弾道ミサイル(SRBM)を披露し、敵味方を分け隔てなく驚かせました。

 パレードで初公開された「BP-12A」はカタールで運用されるこの種の兵器としては初めてのものですが、それにもかかわらず、カタールはこの地域で最後に弾道ミサイルを装備した国です。

 一部のシンクタンクのアナリストはこの「ドーハの非常に攻撃的な動き」を猛烈に非難していますが、カタールによるこのSRBMの導入は、実際にはより特別な意味合いを持った問題です。[1]

 その重要性とは逆に、過去10年間にカタールによって調達された多数の「レオパルド2A7」戦車、「PzH2000」自走榴弾砲やその他の高度な兵器の中で、この輸送起立発射機(TEL)の存在が簡単に見落とされた可能性があります(注:戦車などに注目が集められてTELが気づかれなかった可能性があるということ)。

 もともと、カタールは中東では最低限の軍事力しか持っていないほか、隣国の(カタールの面積の6.56%にすぎない)バーレーンでさえデータ上では強敵ということが示されていたことから、ドーハはそのギャップを埋めるため、2010年代初頭に大規模な武器の調達に乗り出しました。

 すぐに明らかになったように、このようなカタールの防衛観の劇的な変化は決して早すぎるものではありませんでした。

 2017年6月5日、UAE、サウジアラビア、バーレーンとエジプトは、カタールが湾岸協力会議(GCC)の諸国が容認する以上にイランとの緊密な関係を維持していることについて、国際「テロリズム」を支援し「地域を不安定にしている」と糾弾してドーハとの全ての外交・貿易関係を断絶し、カタールに封鎖を課してアラブ世界に衝撃を与えました。

 これらの措置は明らかにカタールを屈服させる意図によるものでしたが、ドーハにとって封鎖は最終的に嫌がらせ程度のものにしかならなかったようです。

       

 外交危機は、紛争の可能性が常に背後に迫っていること、そして政治的対立がすぐに武力紛争にエスカレートするのを防ぐためには、強力な軍事力が間違いなく最善の抑止力であることを思い出させてくれました。

 封鎖された直後、カタールは自国が実際に侵攻される脅威に直面したため、軍事力の増強を倍増しました。軍事力が飛躍的な成長を遂げていることを示しているため、近隣諸国に対する効果的な抑止力を創出するための努力は依然として非常に現実的なものになっています。

 カタールは、「ラファール」、「F-15QA」、「ユーロファイター "タイフーン"」、を含む現在市場に出回っているほぼ全ての西側戦闘機を購入しており、最近では「F-35」に真剣な関心を示している国として知られていますが、戦力強化の試みは単に空軍を強化するだけに留まってません。[2]

 中でも注目すべきは、ドーハがイタリアから多目的揚陸艦、コルベットや哨戒艇の導入を通じて海軍の全面的な刷新を図っていることでしょう。逆にあまり注目されていないのは、陸軍用にトルコのメーカーであるヌロル・マキナ社製の高い機動性と重武装を備えた装甲戦闘車両(注:「NMS」)を数百台導入したことです。

 しかし、カタールの空軍や海軍の能力は近隣諸国に単に遅れを取っているだけですが、陸軍の大部分は完全に時代遅れと言えます。最近の2010年代初頭でも、(起源が1960年代に遡る)フランス製のAMX-30戦車が依然としてカタール陸軍の機甲戦力を構成しており、砲兵部隊の状況は格段に悪いもので、AMX-30と同時代のオープントップ型の「Mk F3」155mm自走砲が依然として使用されていました。

 世界的な(軍事力の)発展を反映して、より強力なパンチ力を備えた現代的な長射程の砲兵システムの導入を追い求めることは明らかに望ましいものだったと言えます。


 カタールのSRBMを運用することへの関心は2017年の外交危機以前から存在しており、その種の兵器の導入を最初に試みたケースは、2012年にM142「HIMARS」多連装ロケット弾発射機7基とMGM-140「ATACMS(ブロックIA T2K)」 戦術弾道ミサイル60基を推定4億600万ドルで購入する許可を米国に要請した時点まで遡ることができます。[3]
 
 理由は不明ですが、この調達は最終的に失敗に終わりました。それでもなおカタールが後に「BP-12A」を調達したのは、単にこの地域の現状を打破しようと試みたのではなく、長年にわたって必要としていたものことを実現したことを物語っています。

 (カタール以外での弾道弾の導入が)実現した事例を説明すると、まず、西の隣国であるバーレーンが2018年に110基のMGM-140「ATACMS」を調達したことであり、それらは2000年代初頭からすでに運用されている30基の同型ミサイルに追加されました(注:数が増強されたということ)。[4] [5] [6]

 南側では、サウジアラビアが中国の「DF-21」中距離弾道ミサイル(MRBM)の調達と(2022年に運用開始が予定されている)ウクライナの「フリム-2(グロム-2)」への融資を通じて、自国の弾道ミサイル戦力の強化で急速な進歩を遂げています。

 東側では、UAEは2013年から少なくとも224基の「MGM-140 "ATACMS"」を調達しましたが、射程が約500kmある北朝鮮の「火星-6」弾道ミサイルも運用し続けています。UAEで運用されている北朝鮮の兵器の詳細については、私たちのこの記事をご覧ください

 カタールの近隣諸国で弾道ミサイルを運用していない数少ない国の一つであるオマーンは、実際には2000年代後半に「ATACMS」の調達を熱心に推し進めていましたが、おそらく予算上の制約のために実際にその調達は行われませんでした。[9]

 カタールの全ての近隣諸国は数百発の弾道ミサイルを保有しており、その大部分が(それぞれの領土から発射された場合に)お互いを実際の標的とすることができる射程距離があるため、BP-12Aの導入がこの地域の軍事バランスを何ら変化を与えることにはなりません。

 ちなみに米国はこの見解に賛同しており、2012年にカタールが提案した 「ATACMS」の調達について以下のように述べています。
打診された売却案は、現在及び将来の脅威に対応するカタールの能力を向上させ、重要インフラのセキュリティの強化をもたらすものです。この装備と関連する支援の売却案が、この地域の基本的な軍事バランスを変えることはないでしょう。」[3]
 「BP-12A」の射程距離は実際にはよりも短く(280km vs 300km)、唯一の大きな違いは弾頭(480kg vs 230kg)であるため、「ATACMS」に当てはまることは「BP-12A」にも実質的に当てはまるはずです(注:両者は実質的に違いが少ないため、「BP-12A」の導入が大きく騒がれる事柄ではないということ)。

 「BP-12A」のカタログ上での射程距離はMTCR(ミサイル技術管理レジーム)によって課されている輸出規制ガイドラインの(上限である)射程距離300kmを多少超えているという噂がありますが、それが本当でも「BP-12A」に新たな能力が与えられるわけでもありませんし、サウジアラビアとUAEが運用している弾道ミサイルの射程距離よりも短いままです(注:射程距離が300km強でもミサイルがカタールからリヤドには届きません)。


 「BP-12A」の導入以前では、カタールの長距離砲兵部隊はエジプトの「サクル(下の画像)」とブラジルの「アストロスⅡ」多連装ロケット砲(MRL)で構成されていました。前者は北朝鮮の「BM-11」MRLをエジプトがコピーしたものであり、カタールが長期間にわたって運用してきた唯一の非西側諸国製の武器でした。

 最近では、カタールはロシアから導入した「AK-12」アサルトライフル、「ZPU-2」14.5mm高射機関銃、9M133「コルネット」対戦車ミサイル(ATGM)や9K338「イグラ-S」携帯式地対空ミサイル(MANPADS)、中国から入手した56式小銃、「M99」対物ライフルや「FN-6」MANPADS、そしてウクライナから購入した「スキフ」ATGMを含むさまざまな種類の非西側製の武器を運用しています。



 「BP-12A」は(トルコではB611M「ボラ」及び輸出型の「カーン」と共に「J-600T "ユルドゥルム"」としてライセンス生産されている)「B611」SRBMシリーズの発展型であり、2010年の珠海航空ショーで初めて公開されました。

 このシステムの自走式発射機である「WS2400」トラックの車体には、「BP-12A」を2発か「SY-400」地対地ミサイルを8発、あるいは「BP-12A」1発と「SY-400」4発を組み合わせて搭載することができます(注:「BP-12A」のキャニスターには1発、「SY-400」の場合は4発が入っているため)。480kgのHE弾頭を搭載した「BP-12A」は最低でも280km以上の射程距離があるため、敵後方に位置する指揮所や集結した兵員を狙うのに完璧に適しています。[7]

 カタール陸軍で運用されているのが確認されたのは「BP-12A」のみですが、(まだカタールが導入していない場合は)将来的に推定射程距離200kmの「SY-400」地対地ミサイルをこのシステムに円滑に統合することが可能です。

 慣性誘導だけでなく衛星誘導方式も取り入れているため、半数必中界(CEP)がおそらく50m以下である「BP-12A」は前者しか使用していない旧式のシステムよりも有効性の向上を誇っています。また、各発射機がミサイルなしの状態で長時間を過ごすことがないように、TELには2発の再装填用ミサイルを積載した、専用の(同様に「WS2400」がベースである)ミサイル運搬車が伴われています。

 現時点ではカタールが唯一の「BP-12A」の運用国として知られていますが、「M20」SRBM「A200」誘導ロケット弾を使用する(同じ中国の)競合相手はベラルーシ(「ポロネズ」という呼称で、後にアゼルバイジャンに輸出されました)とエチオピアで採用されており、最近では2020年のティグレ紛争でティグレ分離主義勢力とエチオピア軍との戦いでの使用が確認されました。[8]


 カタールが「BP-12A」SRBMを導入したことは(特にあなたがUAEが出資したシンクタンクで働いているのであれば)ドーハの攻撃的な動きと誇大的に評価されやすく、サウジアラビア、UAE、バーレーンの首都に脅威を突きつけて、この地域を軍拡競争へと駆り立てるでしょう(注:UAEは反カタールのため、「BP-12A」の導入をサウジなどを狙うためのものだとしてプロパガンダ的な主張をするということです)。

 もう少し広い視点で見ると、「BP-12A」の導入はこの地域全体で徐々に高まる武器拡散の流れと一致したものであり、地域内の別の国(カタール)が周囲との競争条件の平等化を試みるに至ったものと捉えることができます。

 政治的な忠誠心が急速に変化する可能性があって軍事バランスがこれまで以上に何とかして自力でやっていこうとする捕食者側に傾く地域の鮫が出没する海では、これらの弾道ミサイルが強力な抑止力をもたらすという事実は当然ながら快く歓迎されるでしょう。

 関係が修復された今では問題となっているミサイルが近隣諸国のいずれかに怒りに任せて発射されることはないかもしれませんが、「BP-12A」の保有はかつては無防備だったグッピーが突然牙を生やしたということを今後も簡単に思い出させてくれるものになるはずです。


[1] Why is Qatar showing off its new short-range Chinese ballistic missile? https://english.alarabiya.net/en/News/gulf/2017/12/20/Qatar-showcases-offensive-ballistic-missiles-targeting-neighbors
[2] Exclusive: Qatar makes formal request for F-35 jets - sources https://www.reuters.com/article/us-qatar-israel-jets-exclusive-idUSKBN26S37Q
[3] Qatar--HIMARS, ATACMS, and GMLRS https://www.dsca.mil/press-media/major-arms-sales/qatar-himars-atacms-and-gmlrs
[4] Bahrain – M31 Guided Multiple Launch Rocket System (GMLRS) Unitary and Army Tactical Mission System (ATACMS) T2K Unitary Missile https://www.dsca.mil/press-media/major-arms-sales/bahrain-m31-guided-multiple-launch-rocket-system-gmlrs-unitary-and
[5] Proposed ATACMS Sale to Bahrain Announced https://www.armscontrol.org/act/2000-10/news-briefs/proposed-atacms-sale-bahrain-announced
[6] Bahrain Purchases Lockheed Martin's ATACMS Missiles https://web.archive.org/web/20120112011513/http://www.lockheedmartin.com/news/press_releases/2000/BahrainPurchasesLockheedMartinSATAC.html
[7] Qatar Displays Chinese Missile https://www.armscontrol.org/act/2018-03/news-briefs/qatar-displays-chinese-missile
[8] https://twitter.com/imp_navigator/status/1347413795463946240
[9] SCENESETTER FOR U.S.-OMAN JOINT MILITARY COMMISSION https://wikileaks.org/plusd/cables/09MUSCAT273_a.html
         
※  当記事は、2021年3月6日に本国版「Oryx」に投稿されたものを翻訳した記事です。
   当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があ
  ります。