2022年6月18日土曜日

拒否権の勝利:イスラエルがウクライナへの(武器)援助を阻止


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

   「象が鼠の尻尾を踏んでいるときに中立だと言っても、鼠はあなたを決して中立と思 
  わないでしょう(デズモンド・ムピロ・ツツ、南アフリカ)」

 ウクライナ全土に及ぶロシアの激しい攻勢の阻止を手助けするため、西側諸国はウクライナ軍に膨大な軍事装備や弾薬を供与するべく奔走しています。

 供与される兵器システムの多くは比較的使いやすい上に西側諸国のストック品から容易に入手可能ですが、一方でより複雑な兵器もあり、ウクライナの軍人がそれを使いこなすために数週間の訓練が必要なケースもあります。これにはオランダとドイツから供与された「PzH 2000」自走榴弾砲(SPG)だけでなく、イギリスとドイツ、そしてアメリカから供与された「M270」や「HIMARS」多連装ロケット砲システム(MRL)といったものも含まれまれていることは周知のとおりです。[1] [2]

 多くの国がウクライナの窮状を支援するための呼びかけ以上のことをした一方で、 ロシアとの関係を壊さないために軍事支援という手段をほとんどせずに人道支援にとどめることを好む国もあります。

 そのような国のリストにドイツが含まれていると思われがちですが、オーラフ・ショルツ首相はすでに送られた大量の対戦車兵器などに加えて最新型の地対空ミサイル(SAM)と長距離MRLを供与することを発表しました。したがって、ドイツは今や他国による支援の大部分を凌駕する側となったのです。[2] 

 これらのシステムの供与については期待外れなほどに時間をかけて行われることが判明したものの、ドイツはオランダが5台以上の高度なドイツ製「PzH 2000」を供与するといった他国の支援も認めるだけではなく、自身も7台を供与しています。[1] 

 ドイツとは際立って対照的に、イスラエルとスイスはウクライナへの軍事装備の供与を差し控えるのみならず、他国が軍事援助として自国製兵器をウクライナへ送ることも積極的に阻止しています。イスラエルやスイスのような武器生産国は、彼らから武器を調達する国に対してエンドユーザーに関する厳しい制限を課すことが常であり、購入した武器や装備を第三者へ売却や寄贈する前に許可を得ることを義務付けているのです。

 ただし、この政策は前述の国々独特のものではありません。最近の例として、ドイツによる榴弾砲をめぐる失敗が挙げられます。

 エストニアが2000年代後半にフィンランドから入手した「D-30」榴弾砲9門をウクライナに供与しようとした際には、ドイツ政府の許可を得るなければなりませんでした。そもそもこの「D-30」自体が旧東ドイツからドイツが受け継ぎ、フィンランドに供給していたものだったためです。

 ウクライナに危険が迫っているにもかかわらず、ドイツはロシアを刺激してはいけないという無駄なことに尽力していたため、2月下旬まで供与の許可を出すことを拒否する自体が続きました。[3]

ドイツ軍の「スパイク-LR」ATGM。ドイツ政府は少なくとも2022年3月初頭からこうした高度なATGMをウクライナへ供与する許可を求めていますが、今のところ実現していません。

 その一方でイスラエルは、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争の前後や戦争中におけるアゼルバイジャンのような紛争当事国に「スパイク」対戦車ミサイル(ATGM)から徘徊兵器、さらには弾道ミサイルまで何でも供給することについて、ほとんど躊躇していなかったように見えます。

 実際、アゼルバイジャンの勝利はトルコ製の「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)の活躍だけに起因があるとされることが多いですが、この戦争では(徘徊兵器を含む)イスラエル製の武器もTB2とほぼ同等の重要な役割を果たしました。

 現時点でアゼルバイジャンが運用している21種類のUAVのうち19種類以上がイスラエル製(90%)であり、トルコ製はたった2種類(14%)にすぎません。[4] [5] [6]
 
 2014年にウクライナが同様にイスラエル製UAVを導入しようと試みた際、イスラエル政府はロシアの圧力を受け、結果的に同国の「エアロノーティクス」社はウクライナとの取引の中止を余儀なくされてしまいました。[7]

 その僅か数年前の2009年には、イスラエルの「IAI」社がロシアに多数の「サーチャーII」無人偵察機を供給し、「フォルポスト」という名称でそれらの組み立てと最終的な製造ライセンスをロシア側に与えました。そして、ロシア空軍は後日にこれらの大部分を武装ドローンに改造し、ウクライナ侵攻作戦で投入したことが知られています。[8] 

 ウクライナからしてみれば、イスラエルの無人機を調達できない一方でイスラエルが設計した無人機が投下した爆弾を受ける側となっているわけですから、ひどく腹立たしい状態にあることには間違いないでしょう。

今やウクライナ軍への攻撃に使用されるイスラエル起源の「フォルポスト-R」UCAV

 2014年にウクライナへの無人偵察機の販売を拒絶をしたことは、同年からイスラエルがウクライナに事実上の武器禁輸を課したことの始まりを示しました。

 その年以来、イスラエルは自国製兵器の納入に関する全てのウクライナからの要請を断ってきました。これにはウクライナのゼレンスキー大統領がロシアのウクライナ侵攻の前後で繰り返し求めていた、「スパイク」ATGMと「アイアンドーム」防空システムが含まれています。[7] [9]

 ロシアがウクライナに侵攻した後の今でさえ、ポーランド・イタリア・ドイツ・アメリカがウクライナ軍にイスラエル製の「スパイク」ATGMを供与することに関する許可を求めた場合も、イスラエル政府から否定的な反応が返ってくることが十分に予想されます。

 伝えられているところによれば、イスラエルが供与の承諾をしたがらない理由は、そのような動きがロシアとの関係に悪影響を及ぼすことに対する懸念にあるとのことです。具体的には、イスラエルは自国製兵器によってロシア兵が殺害されることがシリアにおける同国の安全保障上の利益をロシアが害することに至る可能性を懸念しているのです。[10]

 また、イスラエルは仲介役として行動できるようにするべく今次戦争では中立を保つことを望んでいるようです。[11]

 ただし、ロシアはイスラエルによる挑発を避けるための慎重な取り組みを手本にすることにはほとんど関心がないようであり、外相のセルゲイ・ラブロフが「ヒトラーはユダヤ系である」旨を主張してイスラエルで激しい反発を引き起こしてたことは記憶に新しいでしょう。[12] 

 自国の戦略について、イスラエルの政策立案者は間違いなく入念に計画されたものを考え出したとみなしていますが、武器供与禁止策もある程度はロシアに対する恐怖に基づいた政策でもあると理解するにはそれほど困難なことではありません。

 皮肉なことに、複数回の和平交渉を主催し、仲介役として主導的な役割を担ってきたのはトルコです。イスラエルと同様にトルコもロシアとの強固な関係の維持に向けて多大な努力を払っている一方で、同国はすでにロシアの支援を受けている組織や支援の拡大が予想される組織からの内外の脅威に直面しています。

 それにもかかわらず、トルコはウクライナへの関与に熱心であり、ロシアからの侵略の脅威が国全体に強く迫ってきたマイダン革命後の年月を通じてウクライナとの友好を強固なものにしてきたのです。

 トルコによるウクライナへの軍事援助はどの国よりも最も価値のあるものと言えます。トルコが納入したUCAVはロシア国内の目標に対する攻撃に使われ、ロシア海軍の艦艇を沈め、黒海艦隊の旗艦である「モスクワ」の撃沈を支援したことまであるのです 。[13] [14]

ウクライナ上空で撃墜されたロシアの「フォルポスト」無人偵察機から見つかったイスラエル製部品(3月11日)

 イスラエルによるウクライナへの軍事援助の拒絶や他国による自国製兵器を用いた軍事援助も許可しないことは、イスラエルが自国への侵略に直面した際に西側諸国の多くが味方に付き、補給を維持するために大規模な航空輸送を実施し、イスラエル兵のために献血運動を行ったという歴史的な援助とは明らかに著しく相反したものであると言えます。 

 もちろん、イスラエルが西側諸国の人々からこれほど強い支持と共感を期待できる時代はとっくに過ぎ去っています。そして、世界はイスラエルの怠惰とウクライナへの支援に対する意図的な妨害行為を忘れることはあり得ないでしょう。
 
 ラトビアのアルティス・パブリクス副首相兼国防大臣は、ウクライナにおける情勢があるにもかかわらずイスラエルが自国製兵器のエンドユーザーに関する制限を厳守していることについて、将来的に同国の兵器システムの調達に悪影響が及ぶであろうことをすでに認めています。

 このようなラトビアの反応は、ウクライナの窮状には同情していても、生存をかけた重大な闘いにおいてウクライナを少しも助けることにはならないことは言うまでもないでしょう。[15]



2022年2月以前にイスラエルによって阻止されたウクライナへの武器供与または販売


2022年2月以降にイスラエルによって阻止されたウクライナへの武器供与

[1] Beyond The Call - Dutch Arms Deliveries To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/beyond-call-dutch-arms-deliveries-to.html
[2] Answering The Call: Heavy Weaponry Supplied To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/answering-call-heavy-weaponry-supplied.html
[3] Germany to send Ukraine weapons in historic shift on military aid https://www.politico.eu/article/ukraine-war-russia-germany-still-blocking-arms-supplies/
[4] Convenient Ignorance: The U.S. Senate’s Approach To Israeli Arms Sales To Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/convenient-ignorance-us-senates.html
[5] American Duplicity: Who In Washington Is Targeting Turkey’s Drone Programme? And Why? https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/american-duplicity-who-in-washington-is.html
[6] Azerbaijan’s Emerging Arsenal Of Deterrent https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/azerbaijans-emerging-arsenal-of.html
[7] Israel treads a narrow tightrope, says no to Spike for Ukraine https://www.shephardmedia.com/news/landwarfareintl/israel-treads-a-narrow-tightrope-says-no-to-spike/
[8] Nascent Capabilities: Russian Armed Drones Over Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/nascent-capabilities-russian-armed.html
[9] The Problems with a Ukrainian ‘Iron Dome’ https://www.nationalreview.com/the-morning-jolt/the-problems-with-a-ukrainian-iron-dome/
[10] Israel refused US request to transfer anti-tank missiles to Ukraine — report https://www.timesofisrael.com/israel-refused-us-request-to-transfer-anti-tank-missiles-to-ukraine-report/
[11] Why Israel Refused to Help Ukraine Defend Itself From Russian Missiles https://theintercept.com/2022/03/23/ukraine-russia-peace-negotiations-israel/
[12] Israel outrage at Sergei Lavrov's claim that Hitler was part Jewish https://www.bbc.com/news/world-middle-east-61296682
[13] Defending Ukraine - Listing Russian Military Equipment Destroyed By Bayraktar TB2s https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/defending-ukraine-listing-russian-army.html
[14] Neptune’s Wrath: The Flagship Moskva’s Demise https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/neptunes-wrath-flagship-moskvas-demise.html
[15] https://twitter.com/Pabriks/status/1532034118061522945

 ※  この記事は、2022年6月10日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。



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