2021年3月15日月曜日

無人機とミサイルの脅威:イエメン・フーシ派が多数の兵器を公開した

著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 国際的な参加国(サウジアラビアとUAE)が快適と考える範囲を超えて紛争が拡大する中、イエメンの反政府勢力であるフーシ派は、サウジアラビアが主導する多国籍軍に使用するための新型の無人機やミサイルを開発したと主張しています(注:これらの兵器は3月12日に軍事産業展示会で公開されました)。

 問題の新兵器の大多数は「メイド・イン・イラン」であり、これらは過去数ヶ月から数年の間に戦闘に投入されたことがあるようです。しかし、この展示会には今や使用されていないさまざまな兵器も(その事実を伏せてあたかも新兵器のように)公開するという明らかなプロパガンダの特徴がありました。

 それにもかかわらず、フーシ派が保有している弾道ミサイルや無人機が引き起こす脅威は明らかにエスカレートしており、まるで国際社会の介入が実質的に停止しているかのような状況に陥っています。


 新たに公開された「Wa'aed(おそらくワエド)」徘徊型自爆無人機はイラン型の徘徊兵器(注:フーシ派が保有する全ての自爆型無人機は技術的要因やその性格上、遠隔操作またはプログラム飛行型である可能性が極めて高いと考えられていますが、当記事では原文にしたがってそのまま「徘徊」という表現を用いています)であり、2019年のサウジアラビアにあるアブカイク・クレイズ油田への攻撃やそれ以降の(サウジへの)数回の攻撃で使用されたものと酷似しています。※2021年12月に公開されたイランの「シャヘド-136」が同型機と思われます。

 
 新たに公開された「サマド-4」無人戦闘機(UCAV)は翼の下に2発の無誘導爆弾を搭載しています。フーシ派は多くの徘徊兵器を運用していますが、この機は彼らが使用する初のUCAVです。この機が搭載している爆弾は無誘導ですが、それでも敵の基地や装備などの保管施設、集結している兵士たちを攻撃するのに適しています。


新たに公開された「ハティフ」徘徊型自爆無人機。
フーシ派がこれまでに発表した中で最も小型の徘徊兵器です。有効射程距離が短いため、攻撃対象はイエメン国内の標的に限定される可能性が高いと思われます。

 
新たに公開された「シハブ」徘徊型自爆無人機。この機に関しては、設計が明らかにサマド系UAVをベースにしていること以外の情報は知られていません。
 

「サマド-2」徘徊型自爆無人機は2019年に初めて公開され、それ以降は多くの攻撃に使用されています。


「サマド-3」徘徊型自爆無人機(手前)と「サマド-1」無人偵察機(奥)。
前述のサマドと同様に、これもイランによる設計です。


「カセフ-1」と「カセフ-2K」徘徊型自爆無人機はイランの「アバビル-2T」UAVをベースにしています。
カセフはかつてはフーシ派が使用していた主要な徘徊兵器でしたが、現在ではその大部分がより高性能なサマド・シリーズに取って代わられています。
 

新たに発表された「メルサド」無人偵察機は、全体のレイアウトが米国の「RQ-21ブラックジャック」小型戦術無人機と共通しています。


「ラーセド-1」無人偵察機。これまでにフーシ派が発表してきたほかの「国産無人機」と同様に、これも実際には市販で入手可能なモデルです(スカイウォーカー X8 )。
今回公開されたものが2017年2月に発表された「ラーセド」と内部的な差異があるかどうかは不明です。
 

新たに発表された「ルジュム」クアッドコプターは、最大6発の(小型の)迫撃砲弾を搭載可能なクアッドコプターです。言及しても誰も驚かないでしょうが、この「ルジュム」は輸入された民生用モデル(YD6-1000S)を軍事転用したものです。

 
新たに発表された「Nabaa(おそらくナバ)」監視用クアッドコプターも輸入された民生品と思われます。

 
また、フーシ派は「サイール」や「カシム」誘導ロケット弾、「カシム-2」弾道ミサイルや「クッズ-2」巡航ミサイルを含む多数の新型誘導ロケットやミサイルも発表しました。これらは、数年前に発表された「バドル-1」無誘導ロケット弾、「バドル-1P」誘導ロケット弾、「ゼルザル-3」戦術ロケット弾、「ブルカン-H2」、「ガーヘル-M2」弾道ミサイルなどの既に実績がある兵器と一緒に展示されました。


新たに公開された「サイール」と「カシム」誘導ロケット弾。
初期のバドル-1P(イランのファジル-5Bの派生型)と比較すると、これらの両ロケット弾はペイロードの違いや誘導システムの改良によって、より正確に目標に命中できるようになったと考えられます。
 

新たに公開された「Nakal」弾道弾は2019年4月に公開された「バドル-F」の改良型のようです。 近年にフーシ派が発表した他の多くの国産ミサイルとは異なり、これは既知のイラン製ミサイルとはまだ結びついたものがありません(注:既存のイラン製ミサイルに酷似したものがないということ)。
だからといってそのような関係が存在しないというわけではありません。フーシ派はさらに数種類のイラン製兵器を運用しているからです。それらは彼らのニーズを満たすために特別に設計され、一度もイランの軍隊で採用されることはなかったものと思われます。
 
 
新たに公開された「カシム-2」弾道弾。これについては詳細不明です。
 

「ゾルファガール」は「キアム」弾道弾をベースにしたもので、イランから供給された部品で構成されています。過去には、このミサイルはフーシ派によって「ブルカン-3」の名称を付与されていました。




「クッズ-2」巡航ミサイルはイランによって供給されたスーマール系巡航ミサイルの派生型です。
2019年4月にフーシ派が公開した「クッズ」巡航ミサイルに極めて似ていますが、新たな呼称を正当化するいくつかの内部改良が施されたかもしれません。
別に考えられるよりシンプルな説明としては、前述の「ゾルファガール」のように、フーシ派が単に名前を変更しただけという可能性があります。


「ブルカン-H2」は「キアム」弾道弾をベースとした、イランから供給された部品で構成されたもう一つのタイプの弾道ミサイルです。
「ブルカン-H2」の最初の発射が記録されたのは2017年7月ですが、その後は「(現在は『ゾルファガール』となった)ブルカン-3」に取って代わられています。


「ゼルザル3(内戦前のイエメン軍のストックから受け継いだ9K52ルナ-Mシステムの9M21ロケット弾をカニバリゼーションしたもの)」が各種無誘導ロケット弾と一緒に展示されています。
9K52 ルナ-Mシステムは、フーシ派がイエメンを占拠する以前にすでに軍からは退役していましたが、フーシ派はまだ廃棄されていない9M21ロケット弾の部品をできるだけ多くかき集めることを試み、それらを使って2種類の短距離戦術ロケット弾を製造しました。それが「ゼルザル-3」と「サムード」です。
フーシ派が使用できる9M21の部品数が限られていたため、ゼルザルは各タイプとも少数しか生産されず、完成したものもすぐに戦闘に投入されてしまいました。
したがって、ゼルザルが今回の展示会で公開されたことは、フーシ派が自身の保有するロケット弾のストックを実際よりも立派に見せようとする試みと言い表すことができます。

 
「ガーヘル-M2」弾道弾は、内戦前のイエメン軍が保有していたS-75 地対空ミサイルシステムのソ連製V-750ミサイルを改良したものにすぎません。
フーシ派がイエメンを占拠した後、大量に残っていたV-750ミサイルは「ガーヘル1」、「ガーヘル-M2」と呼ばれる地対地ミサイルとして再利用されました。
ほとんど全てのガーヘルがその後の戦闘で使用し尽くされてしまったため、この「ガーヘル-M2」の展示は純粋に現時点における(フーシ派の)戦力の誇示を試みたものではありません。

 
この展示会では、フーシ派は11個もの機雷も展示しました。
より詳しいフーシ派の機雷の使用状況などについては、HI Suttonのフーシ派の海上戦力に関する記事をご覧ください。
 

(左から)カラール-3, アシフ-4, 3, 2 , 1 Shawaz, サキブ

ウワイス

アル・ナジアト

ムジャヒド

カラール-1

カラール-2

カラール-3

(左から)「Shawaz 」と「サキブ」リムペットマイン


さまざまな種類の自家製狙撃銃と対物ライフル(AMR)も印象的です。
フーシ派は豊富な(DIY)対物ライフルの使用者であり、それらは大口径のおかげで、現在イエメンで敵対勢力で広く使用されている大多数の歩兵機動車(IMV)の装甲を貫通することが可能です。

 

(上から)銃剣が装着された2丁の「Saarem(おそらくサレム)」8mm狙撃銃 (ザスタバM48の改良型) , イランの「AM-50」12.7mm AMR と 「ファテフ」12.7mm AMR

別のモデルの12.7mm AMRも「ファテフ」の名称を付与されています

2丁の 「アシュタール」14.5mm AMR (左と中央) と 「ゾルファガール-1 」23mm  AMR(右)

後部から見た「アシュタール」AMR

別の方向から見た「ゾルファガール-1」 ( 背後に「Hasem(おそらくハーゼム)」20mm AMRが展示されています )

「ガセム」30mm AMR は間違いなくこの種の武器では最も強力かつ扱いにくい武器です



「国産」のRPGと、それから発射される数種類のロケット推進擲弾が展示されています。
この非常に恐ろしいRPG-29はロシア製のオリジナルというよりは、イラクやシリアでも発見されているイラン製の簡略化したコピー品のようです。 [1]同様に、展示されているRPG-7は以前にイランからイエメンに運ばれている途中で阻止されたいくつかのRPG-7に疑わしいほど似ているため、イエメンで製造されたというよりも公然と(イランから)供給を受けたものとみられます。

 

また、3つの「国産」迫撃砲も展示されました:口径60mmの「Rujoom(おそらくルジュム)-60」、82mmの「Rujoom-82」、「20mmの「Rujoom-120」です。
前述のRPG発射器と同様に、これらの迫撃砲もイランが設計したものか、イランから引き渡された外国製の砲と思われます。ただし、これらに使用される迫撃砲弾は国産かもしれません。
 
 
特別協力: Calibre Obscura.
 


※  この翻訳元の記事は、2021年3月12日に投稿されたものです。当記事は意訳など 
   により、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。
 
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2021年1月1日金曜日

忘れられた抑止力:クウェートの「ルナ-M "FROG-7"」戦術地対地ロケット・システム


 地域を不必要な軍拡競争に突入させることなく近隣諸国を抑止するための兵器システムが欲しいとき、あなたは何を入手しようと考えますか?この質問は、クウェート指導部が1970年代のどこかで自問自答していたに違いありません。

 1977年、最終的にクウェートはこの質問に対する回答をソ連の「2K92 "ルナ-M"(
FROG-7)」地対地ロケット弾発射システムという形で見つけ、この調達が東欧諸国との間で締結された数々の主要な武器取引が開始されるきっかけとなりました。

 1977年には5,100万ドル相当の「FROG-7」と「9K32 "ストレラ-2"(NATOコード:SA-7)」携帯式対空ミサイルシステム(MANPADS)を伴う取引で、クウェートは湾岸諸国として初めてソ連製兵器を取得した国となりました。[1]

 当時のクウェートは従来からの欧米のサプライヤーから同様の装備を調達することが不可能であったため、従来のサプライヤーが同国が必要とする兵器システムを供給する意思がないことが判明した以降はソ連に目を向けたようです。

 モスクワにとって、クウェートへの武器売却には他の湾岸諸国との更なる武器取引のための歓迎すべき進出を図る目的がありましたが、1980 年代半ばから後半にかけてのUAEへのMANPADSの売却を除けば、ほとんど実現には至りませんでした。[2]

 サプライヤーの選択には重要な違いがあるものの、軍備の取得に関して、湾岸諸国の大半は伝統的に多様化のパターンを守ってきました。クウェートは伝統的に英国と米国製兵器の顧客でしたが、1984年に米国が同国への「FIM-92 "スティンガー"」MANPADSの販売を拒否したことがソ連にクウェートとのわずかな軍事的な結びつきを再拡大する絶好の機会を提供しました。それがクウェートが1980年代後半に「9K33 "オーサ" 」対空ミサイルシステム、追加のMANPADS、そして200台以上の「BMP-2」(そしてユーゴスラビアからは約200台の「M-84戦車」まで)の購入につながりました。[3]

 クウェートは1990年に発生したイラクによる侵略でこれらの装備の一部を失うと、失ったばかりの装備を更新するために冷戦時代のパートナー(今のロシア)へ再び目を向けました。それから間もなくして、「BMP-2」を代替する「BMP-3」や「ルナ-M」の代替として「BM-30 "スメルチ"」多連装ロケット砲(MRL)の大量発注が行われました。

 現在もクウェートはロシア製兵器の主要な顧客ですが、2000 年代初頭に中国から「PLZ-45」155mm自走榴弾砲を、より最近では欧米の戦闘機も取得していることは、同国が武装の多様化を推進し続けていることを明確に示しています。


 「9K52 "ルナ-M" (NATOコード: FROG-7)」は、「9M21B」核弾頭搭載ロケット弾か通常弾頭の9M21Gロケット弾を発射する短距離戦術地対地ロケット弾発射システムです。どちらのロケット弾もスピン安定化されています。つまり、小型のロケットを使用してロケット弾を回転させて安定させることで、空力的な安定性と精度が向上することを意味します。

 そうは言っても、半数命中界(CEP)は1km弱もあり、同様に射程距離は約45kmという見栄えしないものになっていますが、比較的重い390kgの弾頭(9M21Gの場合)と威圧的な外観が唯一の名誉を回復する要素と主張できるかもしれません。

 1990年代には「ルナ-M」は東欧圏の運用国によって現役から外され、その直後に大半の国もそれに続きました。現在まで「ルナ-M」を運用し続けている国にはシリアやリビア、(もちろん)北朝鮮が含まれていますが、イエメンのストックはフーシ派によって「サムード」と「ゼルザル-3」ロケット弾に改造され、その後に戦闘で使い果たされました。

 より正確な誘導ロケット弾と短距離弾道ミサイル(SRBM)が支持されているため、今や巨大な戦術ロケット弾の概念はほとんど放棄されていますが、イランだけがそのフル活用を継続しています。


 クウェートに引き渡された「ルナ-M」システムの数は多少謎に包まれています。1984年にCIAはクウェートでは12基が運用されていたと報告しましたが、この数に3発の再装填用ロケット弾を搭載する「9T29」輸送車も含まれていたかどうかは不明です。[3] 同年、クウェートのサレム サバーハ アル・サレム・アル・サバーハ国防相はモスクワ訪問中に「ルナ-M」の第2バッチ購入の契約に署名すると発表しましたが、この契約が実際に成立したかどうかははっきりとしません。[2]

 クウェートによる運用では「ルナ-M」が怒りに任せて敵に発射されたことはありませんが、運用中に湾岸諸国を巻き込んだ戦闘がなかったわけでもありませんでした。イランに侵攻したばかりのイラクへの財政支援に対する懲罰として、クウェートは1980年代を通じて自国がイランによる空爆や砲撃を受ける側であることを理解しました。

 そして1990年、(数ある問題の中でも)イラン・イラク戦争の融資としてクウェートがサッダーム・フセインに貸した資金について言い争った結果、クウェートはイラクに侵攻されました。戦争の結果として財政的に麻痺し、クウェートへの負債が残るのを嫌がったサッダームは、その貸し手を単純に排除することを選択したのです。

 イラクの侵攻前、クウェートの兵力1万人規模の陸軍は、2つの戦闘旅団(機甲旅団と機械化旅団)、1つの戦闘支援旅団と支援部隊で構成されていました。1990年8月2日にこれらの部隊はイラクの進撃を阻止するために基地から緊急出撃しましたが、 (おそらく)「ルナ-M」は動員が間に合わずイラク人の手に落ちた可能性があります。

 イラクの猛攻撃を阻止するためのクウェートの英雄的な奮闘については、Helion & Companyの「Desert Storm Volume 1: The Iraqi Invasion of Kuwait & Operation Desert Shield 1990-1991」を必ずチェックしてください。

 クウェート侵攻後の「ルナ-M」システムの運命は不明ですが、イラクに捕獲され、「チーフテン」戦車や「M113」などのクウェート軍の装備と共に持ち去られたと推測されます。すでに「ルナ-M」の運用者であったイラクは同システムを自軍に編入した可能性があり、おそらく2003年のイラク侵攻時でも有志連合軍に対して使用されたかもしれません(注:あくまでも可能性です)。


 クウェートは一般的なソ連のルナ-M中隊を構成するオリジナルの車両よりも米国製の「M35」トラックと英国のランドローバーを使用することを選択したようですが、クウェートが保有している別の西側製車両のメンテナンスやスペアパーツの物流を複雑にすることになったでしょう。


クウェートの「ルナ-M」中隊が移動している様子

 下の画像を見ればよく分かるとおり、「ジル-135」8×8トラックのステアリング機構は前後の車軸のみが使用されています(注:中間の2つの車軸は使用されていないということ)。珍しいことに、このトラックには左右に2つのエンジンがあり、時速65キロの最高速度をもたらします。[4] 

 また、TELの最後部だけでなく第一車輪と第二車輪との間にもある巨大な安定板(ジャッキベース)にも注目してください。もちろん、これらは重い「9M21」ロケット弾を発射する際に生じる大きな力に対し、発射機を固定することを目的としたものです。

 (1977年に調達された)「9P113」型輸送起立発射機(TEL)6台と「9T29」型輸送車6台は1981年のクウェート建国20周年記念日の大規模なパレードで初披露され、1984年のパレードでも再披露されました。



 イラクから受けた侵略で軍備の大部分を喪失した結果として、クウェートは1990年代の大半を軍備の再建に費やしました。

 興味深いことに、クウェートはバーレーンのように米国製「MGM-140 "ATACMS"」と「M270 "MRLS"」のセットを入手するよりも、再びロシアへ目を向け、「BM-30 "スメルチ"」300mm MRLを調達しました。当然ながら、「ルナ-M」と比較すると射程距離が長く、ロケット弾の数が12倍と増えて精度も大幅に向上したため、この新型MRLはクウェート陸軍にかなりの火力増強をもたらします。「BM-30 "スメルチ"」がその特性から評価を受けることは間違いないでしょう。

 かつて「ルナ-M」は中東の軍事バランスの中では有益かつ重要な存在でしたが、(それがいかに素晴らしく見えたとしても)今では歴史の片隅に追いやられています。

[1] ARMS TRANSFERS TO THE PERSIAN GULF: TRENDS AND IMPLICATIONS https://www.cia.gov/library/readingroom/document/cia-rdp83b00851r000100090003-4
[2] MOSCOW COURTS THE ARAB MODERATES https://www.cia.gov/library/readingroom/document/cia-rdp85t00287r001400840001-6
[3] MILITARY CAPABILITIES OF THE SMALLER PERSIAN GULF STATES https://www.cia.gov/library/readingroom/document/cia-rdp85t00314r000200090002-0
[4] Trucks Planet.com https://www.trucksplanet.com/catalog/model.php?id=2236

※  この記事は、2020年12月22日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
  す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所がありま
  す。

2020年12月26日土曜日

カスピ海の水陸両用機:見つけにくいアゼルバイジャンのベリエフ飛行隊

著:ステイン・ミッツアー(編訳:Tarao Goo)

カスピ海は世界最大の内陸湖として知られ、膨大な石油やガスの埋蔵量、そしてもちろんカスピ海の怪物でも知られています...ちょっと待ってください – カスピ海の何ですって!?
カスピ海の怪物!
西側の情報機関を困惑させた(ロシアではエクラノプランとして知られている)地面効果翼機は、ロシア人でさえも素晴らしいだろうが決して軍事的・民間的な用途に適合する実現可能なプロジェクトではないという結論を出しました。

エクラノプランによって完全に目立たなくされているのは、カスピ海の上空で(そして水上で!)運用されている水陸両用機のベリエフ・シリーズです。ベリエフ機はほぼ間違いなく華やかさではエクラノプランより見劣っていますが、はるかに有益なやり方で彼らの運用者に貢献しました。現時点でカスピ海において水陸両用機を運用しているのはアゼルバイジャンのみであり、同国では消防や捜索救助、そして乗客輸送用に1機のBe-200を運用しています。

それでも、アゼルバイジャンの水陸両用機の運用歴は、もともと対潜・海上哨戒用に設計された3機のソ連のBe-12を受け継ぎ、不安定なカスピ海での捜索救助任務に使用していた1990年代初頭にまで遡ります。
Be-12は1990年代後半か2000年代初頭に退役となるまで、さらに数年間にわたって運用が続けられていたようであり、(スクラップが決定されて)最終的に全機が解体された2018年まではバクーのカラ空軍基地で保管されました。


アゼルバイジャンの運用では、Be-12もBe-200も海軍の指揮下には入っていませんでした。
アゼルバイジャンは1919年に海軍航空隊と専門化された軍事海上航空学校を設立しましたが、人々は同国がそれらを世界で最初に保有した国の一つであるという事実自体に驚かされるかもしれません。 [1]
残念なことに、この国が1920年にソビエト・ロシアからの侵略を受けて占領されたことから、これが新たに独り立ちした国で長続きすることはありませんでした。その過程で約2万人のアゼルバイジャン兵が独立を守るために命を落としました。[2]


1991年、アゼルバイジャンは独立国家としての地位を再確立し、沖合にある石油・天然ガスの著しい埋蔵量を背景に急速な成長と近代化を経験しました。
この成長に伴って新たな責任が生じたことから、アゼルバイジャンは2005年に山火事、土砂崩れや地震などの災害に対処するため、ロシアの組織 (MChS)を手本にしてアゼルバイジャン共和国非常事態省(Azərbaycan Respublikası Fövqəladə Hallar Nazirliyi) を設立しました。 

非常事態省(FHN)の設立からまもなくして独自の航空隊も編成されました。同航空隊は、2007 年 6 月に MChS で初飛行し、その後 1 年足らずでアゼルバイジャンに引き取られた1機のBe-200ES/Be-200ChS (シリアル:FHN-10201, かつてのRF-32768) と(後に引き渡された)数機のKa-32A1とMi-17ヘリコプターで構成されていました。[3]
アゼルバイジャンはBe-200の最初にして唯一の海外顧客です。
 
 
ロシアと同様にアゼルバイジャンもBe-200 を主に消火任務で使用していますが、時には他の任務でもこの機体を使用することがあります。2014年4月、壊滅的な地震が直撃したネパールへの人道支援物資の輸送に使用されたときにBe-200はその時点で最も長距離の飛行ミッションを経験しました。 [4]
しかし、ロシアと違ってアゼルバイジャンは他国での消火活動に飛行機を投入したことはありません。ロシアの運用では、Be-200はイタリア、ギリシャ、セルビア、ポルトガル、インドネシア、イスラエル、トルコに派遣されたことがあります。各国への派遣では、約12トンの水を投下できる同機の能力が大きな利益をもたらしました。


Be-200を「飛行艇」と間違えるのは簡単ですが、この機体が持つ二重の能力は同機が「水陸両用機」と呼称されることが当然であることを保証します。
原則として、水上機は一般的には3つに分類されます(注:著者の見解による)。
  • フロート水上機:機体の下にフロートが取り付けられた小型機で、そのフロートが水と接触する唯一の部分となります。
  • 飛行艇:胴体が水面に接する水上機で、一般的に大きいです。
  • 水陸両用機:水上での運用に加えて通常の飛行場への離発着が可能であり、高い頻度で陸上を拠点にしています。

着水に成功したBe-200がランプ(傾斜台)を上って陸地へタキシングしています(下の画像)。
アゼルバイジャンではランプを用いた機体の回収方法は採用されていないようであり、その代わりにバクーにある(2003年に亡くなった前大統領の名にちなんで改名された)ヘイダル・アリエフ国際空港の敷地内からBe-200を飛ばしています
 
アゼルバイジャンにおけるBe-12の運用歴についてはあまり知られていません。
判明しているのは、3機とも High Command of the Southern Direction(GKVYuH):Главное Командование Войск Южного Направления (ГКВЮН)直属の第300独立混成飛行隊から継承されたものということだけです。
1984年の創設から解隊されて1992年にアゼルバイジャンに吸収されるまで、 第300飛行隊はAn-2、Tu-134、Il-22、Be-12、Mi-2、Mi-6、Mi-8やKa-27を含む、魅力的な航空機とヘリコプターを運用していました。[5] 

2000年に初めてBe-12が撮影された時点で、運用し続けられていた(または少なくとも無傷の状態であった)2機はソ連の国籍マークとシリアルが塗り替えられていましたが、それ以外にはアゼルバイジャンのマーキングが施されていなかったため、新しい運用者の下ではどちらも多く使用されることがなかったことを示している可能性があります。
もちろん、Be-12の乗員がソ連崩壊後に祖国に戻ったロシア系民族であり、それがアゼルバイジャンによる運用を妨げている可能性も十分に考えられます。 

ナンバー「30」のBe-12は胴体の後部がねじれて裂けており、垂直尾翼の半分と主翼の一部も欠損しているので、どうやら何らかの事故に遭ったようです。この事件が発生したのは同機がまだソ連での運用中の時点だったのか、それとも独立したアゼルバイジャンに引き継がれてからだったのかは不明ですが、赤い星の上に描かれたアゼルバイジャンの国旗が後者であることを暗示しているように思われます。
このように、アゼルバイジャンの国籍マークを受けた唯一のBe-12が現在では運用不能となっている機体でもあったことには興味深いものがあります。
 

第300独立混成飛行隊でも運用されていたKa-27は、対潜装備の代わりにウインチを装備した捜索救助型のKa-27PSでした。
バクーのカラ空軍基地で何年も放置された後、Ka-27は大規模なオーバーホールを受けるためにロシアに送られてKa-32S捜索救助ヘリにされました。[6]
その後、バクー・ガラ空軍基地からアゼルバイジャン海軍と沿岸警備隊を支援するために第4飛行隊によって運用されましたが、現在の運用状況ははっきり分かっていません。

また、FHNも消火活動を主任務とする数機のKa-32(A1)を運用しており、バクーの南にあるサンガチャル空軍基地を拠点にしています。 
2010年12月にイスラエルのハイファ近郊で発生したカルメル山での森林火災での消火活動にFHNの1機のKa-32と1機のMi-17が投入されました。
イスラエルが国際的な支援を要請した後、パレスチナ、ロシア、トルコ、そしてアゼルバイジャンを含む数カ国が各自の消火装備を投入し、約3日後に鎮火しました。[7]
 

Be-200は「カスピ海の怪物」の威容には敵わないかもしれませんが、その独特な能力によってその差を十二分に補っていることは断言することができるでしょう。
その実用性が「カスピ海の怪物」の伝説より長持ちするかどうかは現時点ではまだ分かりません。しかし、好調な受注残高とロシアの海軍航空隊でさえも運用が初期段階にあることから、Be-200はアゼルバイジャン・ロシアであろうと別の国であろうと、前途有望な運用寿命が始まったのかもしれません。[8]





















引用資料
[1] Ministry of Defence of the Republic of Azerbaijan - Navy forces https://mod.gov.az/en/navy-forces-755/
[2] Pope, Hugh (2006). Sons of the conquerors: the rise of the Turkic world. New York: The Overlook
[3] https://russianplanes.net/reginfo/1935
[4] Azerbaijan sends humanitarian aid to Nepal https://azertag.az/en/xeber/Azerbaijan_sends_humanitarian_aid_to_Nepal_VIDEO-851019
[5] http://www.ww2.dk/new/air%20force/squadrons/osae/300osae.htm
[6] Azerbaijan Armed Forces parade https://aviagraphers.net/index.php/armed-forces-reports/67-azerbaijan-armed-forces-parade
[7] Prezident İlham Əliyevin tapşırığı ilə Fövqəladə Hallar Nazirliyi İsraildə meşə yanğınları ilə əlaqədar bu ölkəyə iki helikopter göndərmişdir http://old.xalqqazeti.com/az/news/social/7580
 
※ 2, 8, 9,10番目の画像は Torfaen Corvine 氏が撮影したものです。
  

 ※  この翻訳元の記事は、2020年12月9日に投稿されたものです。当記事は意訳など 
   により、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。また、High Command of the    Southern Direction(GKVYuH)の正確な日本語表記が不明のため英語・ロシア語表記
  のままとしています(ご存じの方はお知らせいただけますと幸いです)
  
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