2017年3月29日水曜日

DIYに走るイスラミック・ステート: D-30 122mm榴弾砲が対空砲として使用された


著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

イラクのウィラヤット・ニーナワー(ニネヴェ県)におけるイスラミック・ステート(IS)のメディア部門によって最近(注:2016年初春ころ)公開された画像は、モスル上空でのSIGINT任務に使用された米軍の(E)P-3哨戒機(注:本件における同機がEP-3かは断定できない)に対して射撃する、(ウィラヤット・ニーナワー防空大隊に属する)アル・ファールク小隊のトラックに車載されたD-30 122mm榴弾砲を見せた。

この種の兵器の使用は、通常は地上の目標のみに対する従来の砲として使用されるものであることから、大いに注目に値すると共に、ISが保有する有志連合の圧倒的な航空戦力に対抗する手段の深刻な欠如を強調している。

ISの支配下にある最大の都市モスル及びその周辺で撮影された画像には、ソビエト伝来のD-30 122mm榴弾砲を搭載するように改修されたアメリカ製ナビスター・インターナショナル7000シリーズとM35トラックが映し出されている。
M35ベースのものは、対爆掩蔽壕(バンカー)に格納されているように見えるが、標的の候補が現れたときにだけ外へ動かされる。
さらに、トラックにはスタビライザ-と砲身をより低い位置に固定することができるトラベリングロックが装備されている(注:前者が射撃時の反動対策で、後者が移動時に砲身の先端が橋やトンネルに接触することを避けるためのもの)。
他の画像ではアル・ファールク大隊が保有するZPU-2 14.5mm 、ZU-23-2 23mm,、65式 37mmとAZP S-60 57mm機関砲を含む、より従来型の対空装備が見られ、これらの全てが様々な種類のトラックに搭載されていた。   




また、画像にはトラックに搭載された榴弾砲によって発射されたものの、狙った目標:米軍の(E)P-3オライオンを外した2発の砲弾が写されている(注:下の2枚)。
これらの飛行機は、モスル上空において情報収集と電子戦に使用されており、イラク領土におけるISの連携した作戦能力に深刻な妨害を与えている。
低速で飛行する(E)P-3はしばしば都市の上空で円を描いて飛行しており、ISの目障りであることには違いない。
通常、彼らはF-15のような高速で飛行する航空機を見ているが、当然ながら榴弾砲でそれらを撃墜することはできない。
しかし、(E)P-3は遅く飛ぶことから、空を見ると極端に遅く見えるため、彼らはこのように撃墜する機会があると考えることができるのである。
強力な火砲は、これらの航空機が運用される高度に到達する能力がある事実にもかかわらず、それらの榴弾が各種類の対空用信管を欠いているという事実は、彼らはその不利を無効にするために目標への直撃を得なければならないことを意味するが、達成することはほぼ不可能な「偉業」である。



したがって、この試みは時間と弾薬の無駄であるように見えるかもしれないが、ISがそのような戦術を最初に用いたのではない。
実際、ムジャヒディン(聖戦士)は、ソ連のアフガニスタン侵攻中にソ連のヘリコプターに対して迫撃砲とRPGを使用したことが知られており、イラン・イラク戦争中にイランの砲兵が低空飛行するイラクのヘリコプターを標的としていたことも同様にに知られている。
もちろん、これらの事例のいずれもが航空機の損害または軽微な損害さえも報告されていない。
なぜなら、大概はそのような兵器(時限信管の欠如)の使用は、標的の完全な破壊か完全な失敗のいずれかの結果しかもたらさないからである。



戦闘地域の上空で運用される空軍によって、彼らの兵器の大部分がすぐに標的にされているという事実を考慮すると、依然としてISは間違いなく、現在のシリアとイラクで戦う最も独創的な武装勢力である。
ISは低速飛行する敵機を撃墜しようと必死に試みたが、それはコストを問わないで戦いを続けるために戦力資産を捧げる彼らの意欲をもう一度証明するものである。

今後の記事では、これまでにひどく過小報告されてきた、ISが戦闘能力を向上させるために実施したDIYプロジェクトについて明らかにしていくだろう(注:こちらでは不定期で過去のものを編訳する予定です)。

 ※ この翻訳元の記事は、2016年3月3日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。   

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2017年3月20日月曜日

希少な車両: キューバのダビドIMV(歩兵機動車)がアンゴラへ輸出された









著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

キューバはかつての指導者フィデル・カストロや共産主義と葉巻でよく知られており、後者の2つを世界中の国々へ輸出している。
その一方、武器輸出国としての役割については、一段とわかりにくいいままである。
近年、キューバは広範囲にわたる武器関連の装備の製造とAFVを改修するための巨大産業の設立を始めたが、この産業は今までのところ、ほとんどが自身の「革命軍(Fuerzas Armadas Revolucionarias:FAR)」のニーズに応じているものである。
その中で、アンゴラ共和国軍で運用されているキューバの「ダビド」歩兵機動車(IMV)の存在が大いに注目される。

アンゴラ軍で運用中のダビドIMVはSADC(南部アフリカ開発共同体)の多国間演習「ヴァーレ・ド・ケェーヴェ2014」で最初に目撃され、ナミビア軍のキャスパーMRAP(Mine-Resistant Ambush Protected:耐地雷・伏撃防護車両)とともに模擬演習を実施した。
ダビドは数年前にキューバで目撃され、1961年のピッグス湾事件の失敗を記念したプラヤ・ヒロン侵攻撃退勝利50周年パレード(注:2011年)に参加した(下の画像)。

アンゴラとキューバ間の強力な関係は、かつてのポルトガルによる植民地支配に対する解放闘争の間に確立され、アンゴラとその軍隊に重大な影響を及ぼしたが、過去数十年にわたるアンゴラに対する軍用装備の引渡しが具体化されていたことは知られていなかった。
最近のアンゴラとキューバ当局者間の会合で両国の関係があらためて確認され、両国防相らが軍事分野における協力を継続し、更に強化する意欲を表明した。







ときに「イグアナ」と呼ばれるダビドIMVの存在は、キューバ自身が、保有する旧式のソ連製兵器を同数の新たに外国から入手した兵器で置き換えることができないという、直接的な結果を示している 。
FARは、(装備の)予備部品の供給量の減少と装備の老朽化の拡大に対する独自の解決策を見つけることを余儀なくされ、この状況は、90年代から00年代初頭にかけてますます明らかになった。
この解決策は、限られた予算と、何よりもキューバの工場の技術的能力の範囲内で実施されなければならなかった。

既に、キューバは数種類の車輌の製造と改修に関して、搭載武装の追加や交換、戦場における防護力強化を目的とした増加装甲の取り付けによって僅かながら経験を有していた。
これらの車輌の少なくとも一部は、後にアンゴラで使用され、 キューバはそこでUNITA (アンゴラ全面独立民族同盟)やFNLA (アンゴラ民族解放戦線)、FLEC (カビンダ解放戦線) 、そして南アフリカ国防軍(SADF)と敵対するMPLAを支援するために戦っていた。

キューバ陸軍(Ejército)と空軍(Fuerza Aérea Revolucionaria)から成る大規模な派遣部隊は、アンゴラ軍の顧問として働くだけでなく、SADFとの直接戦闘に関与するために、1970年代と1980年代にアンゴラへ展開させられた。
キューバ軍がSADFを打ち破って、南アフリカのアンゴラ内戦からの撤退と南西アフリア独立の承認(1990年にナミビアとなる)を引き起こしたと信じられているが、 キューバ軍もSADFの手によって一連の敗北を被った。
しかし、最終的にキューバはSADFに介入規模の大幅な拡大なしにはこの紛争に勝てなかったと確信させ、結果として、キューバは軍事的ではなくアンゴラでのプレゼンスを通じた政治的勝利を得た。







帰国したキューバの派遣部隊はアパルトヘイトの南アフリカを打ち破った勝者として歓迎されたが、キューバは間もなく国内で大きな問題に直面した。
キューバは貿易の大部分をソ連に依存していたため、ソ連の崩壊が同国の経済に壊滅的な影響を与えたのであった。
キューバ軍も同様に大打撃を受け、すぐにスペアパーツと燃料の不足に直面した。
その結果として、大量のAFVや航空機が保管状態に置かれ、海軍の大型艦艇と潜水艦が退役させられた。

より安定した経済状況に考慮して、近年になってキューバ軍の戦闘能力の向上を図るための新しい役目に改修するため、大量の車輌と装備が保管状態から出された。
その改修は、時には戦時においてほとんど価値のないような疑わしいものになるだけではなく、ダビドIMVといった、より印象的なプロジェクトに至ることもあった。

これらの改修の優れた例としては、T-55戦車の車体に地対空ミサイル(SAM)発射機を搭載した車両があり、これによって静的なSAMサイトの機動性を高めることができた。
他の改修プロジェクトにはBMP-1やT-55、 さらにT-34/85の車体に対戦車砲、対空砲、榴弾砲、野砲を搭載したものを含まれている。
こうした既知の改修車両については、全てのリストをここで見ることができる。










ダビドはよくMRAPと言われるが、より適切な名称は「歩兵機動車(IMV)」である。
同車は、さまざまな種類の軍用車両から流用した部品の興味深い組み合わせを示している。 シャーシはソ連のGAZ-66トラックであり、それに装甲化されたボディが搭載された車両である。
同車の装甲値は不明であるが、全周防御は小火器の銃撃と爆発の破片に対しては充分なように思われる。

ダビドの搭載武装はBTR-60またはBRDM-2から取り外された単装の7.62mm PKT軽機関銃であり、この別車両の主武装という異なる役割で機能するように改修され、その過程で銃塔は失われた。
これらの車両はダビドが装備する兵員ハッチの出所であり、最大4基の兵員用ハッチが上部に存在している(注:ダビドの兵員用ハッチはBRDMやBTR-60のものと同じ)。
ダビドには2種類の型が存在していることが知られており、一つはそのような兵員用ハッチを装備しないタイプ(注:上部ハッチが前部座席直上に1基のみ)で、もう一つはアンゴラで運用されている派生型のような4基のハッチを装備したタイプである。
車両の両側面には、銃眼付きの視察窓が各3つずつ設けられている。

世界中の国々でより多くのキューバ製兵器が現れる見込みについては可能性が非常に低いものの、アフリカでこのような「外来」の車両が目撃されたことは国際武器市場の複雑さを再度示しており、軍備が拡散する方法を把握するための正確な分析を必要とする。
この独特な車両は、キューバ軍が保有する極めて多様な戦闘車両の一部であって、その多くは北朝鮮を含む型にはまらない出所に由来しており、この複雑な事実に関する優れた実例となっている。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年3月18日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。   

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2017年3月15日水曜日

暗闇からの一撃:ジャイシュ・アル・イスラムがイラン製「ゼルザル2」ロケットを放つ




















著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

ジャイシュ・アル・イスラムは、2017年3月6日にアサド政権側に対して少なくとも2発のイラン製ゼルザル2ロケットを発射し、再び注目を集めた。
ジャイシュ・アル・イスラムは以前、2015年8月31日に東ゴータで実施された同組織への継続的な空爆に対する報復として、1発のゼルザル2を発射したものの、 過小報告のためにこの攻撃における標的と戦果は不明のままであった。
しかし、これは長射程のロケット弾を発射する武装勢力の脅威が非常に現実的なものであることを認識させた。
2017年3月の発射はここで観ることができる。

ジャイシュ・アル・イスラムによって「イスラーム5」と呼ばれるゼルザル2の最近の発射は、2015年8月に行われた際の目的と同様に、抑止と報復に役立つであろう。
実際、最初のゼルザル2の発射直前に、ジャイシュ・アル・イスラムのメンバーは以下の声明を読み上げた:「ダマスカス東部のカブーン地区及びティシュリーン地区はもちろん、東ゴータ地区の民間人に対する政権軍の攻撃への報復として、 カラモウン地区における我等ジャイシュ・アル・イスラムのロケット及び砲兵連隊は、政府の支配地域に対するミサイル攻撃作戦の開始を宣言した。」

ゼルザル2の最初の使用は、以前にはジャイシュ・アル・イスラムがそのような洗練された兵器を所有していたことが知られていなかったため、多くの人々に大きな驚きを与えた。
確かに、これらのミサイルの鹵獲は反政府勢力の報道発表やビデオには紹介されていなかった。
ジェイシュ・アル・イスラムがイラン製ゼルザル2をどのようにして入手したのかについて、正確な話は不明のままではあるが、これらのロケット弾はシリアのカラモウン地域で、2013年に自由シリア軍の部隊によって捕獲されたと考えられており、その後、ジャイシュ・アル・イスラムに売却されたとみられている(その数は少なくとも計5発と考えられている)。
発射機自体は捕獲されていないと考えられていたことから、その後、ジャイシュ・アル・イスラムは独自の発射機を製造した。






この2回の発射の間にある1年半の間隔は、シリア内戦が推移する期間中における、ジャイシュ・アル・イスラムの軍事資産に対する典型的な使用パターンを確信させる。
ジャイシュ・アル・イスラムは、入手した軍事資産を利用できるようになると、内戦でその「資産」を最大限に活用する代わりに、 主に抑止力としてそれらを配置しており、政府軍に彼らと東ゴータに対する軍事行動を再考させるように圧力をかけている。

この戦略は、ジャイシュ・アル・イスラムが3台の9K33移動式地対空ミサイルシステム(注:SA-8「ゲッコー」)を使用したことで初めて明らかになっており、これらについては彼らが十分な数のミサイルを利用することが可能にもかかわらず、過去数年間にたった数回しか使用されていない 。
大量の標的が存在するにもかかわらず、最後の2回の発射までの約2年の間に発射が確認されたゼルザル2はなく、ジャイシュ・アル・イスラムは、攻撃という本来の役割でこれらのシステムを常時運用することに気が進まないようである。







ゼルザル2は、1990年代にイランが独自に開発した610mm無誘導地対地ロケット弾であり、ヒズボラがこのシステムを保有してイスラエルの大部分を射程に収めたと報じられた後、それについて論争の対象となった。
ヒズボラがこれまでゼルザル2を保有していたかは不明のままであるが、レバノンで存在したという事実は考えられない。
そうしているうちに、イランはシリアにおいて、ゼルザル2及びファテフ110弾道ミサイルの組立ラインを開設していた。
このミサイルは2011年に実施されたロケット弾及びミサイルの射撃演習で初めて見られた。
同演習は国内の治安状況がますます悪化している中で、シリアの強さを外の世界に伝える目的で行われたものであった。

ゼルザル2はよく弾道ミサイルと混同されるが、実際には無誘導のロケット弾である。
同ロケットのCEP(Circular Error Probability:半数必中界)は今のところ不明ではあるが、スピン安定化された無誘導ロケット弾は精密誘導兵器ではないため、飛行場などの大きな対象を最適な標的とする。
ゼルザル2の600kgにもなる大重量の弾頭は、距離200kmあるいはそれ以上の広範囲に存在する目標を打撃する能力がある。

興味深いことに、シリアのロケット砲やミサイルは報復兵器として考えられており、これらにはシリアが被った外国勢力の手による軍事的敗北にちなんだ名称を意図的に付けられた。
その命名基準に基づき、ゼルザル2は、1920年にシリア・アラブ王国がフランス軍の手によって打ち破られた「マイサラムの戦い 」から引用した「マイサラム(Maysalun)」の名で呼ばれている。
ファテフ110は「ティシュリーン(Tishreen)」として呼ばれるようになり、これは同様にイスラエルに敗北を喫した10月戦争(第4次中東戦争)からの引用である。
同じように、スカッド・ミサイルはイスラエルが占領したゴラン高原に準拠して「ジャーラン(Joulan)」として呼ばれている。

シリア内戦の全体を通して、限られた数だけのゼルザル2とファテフ110が反政府勢力へ発射されたとみられている。
その代わりに、シリア軍は反政府勢力が掌握した村に対するソ連製R-17「スカッド」及び9M79(-1/ M) 「トーチカU」弾道ミサイルを大量に使用し、ほぼ例外なく民間人に死傷者をもたらした。
シリアは元々ストックしていた9M79Mミサイルを発射し尽したとみられており、ロシアが追加のミサイルを引き渡したと報じられている。
マイサラム(左)とティシュリーン(右)は下の画像で見ることができる。







これらの弾道ミサイルの存在意義にもかかわらず、ゼルザル2「マイサラム」とファテフ110「ティシュリーン」をシリア軍に導入して生産ラインを開設した点は、シリアをヒズボラの武器庫にするという、シリアとイラン間の協定の一部であったという事実によって特に注目された。
この協定での役割では、ヒズボラに向かうことになっている重火器の大部分は、シリアで待ち受けるイスラエルとの将来にわたる潜在的な衝突を抑止するであろう。
この重火器には、多連装ロケット砲や地対地ロケット弾、弾道ミサイルだけでなく対艦ミサイルも含まれる。

この特異な取引の理由は、レバノンでは、より大きな兵器システムを安全に保管し防護することができないためである。
そのような高価値目標が入っている建物は、地対空ミサイルシステム(SAM)の統合されたネットワークがなければ極めて脆弱であり、ヒズボラにはそれが欠けている。
シリアは、S-300PMU-2やブク-M2、ペチョラ-2M及びパーンツィリ-S1の計画的な導入で、防空部門ではるかに優れた能力を発揮し得ただろうと言われているが 最初の納入は延期され、最終的にはキャンセルされたとみられている。
この高密度の防空ミサイル網は、イスラエル空軍がこれらの兵器庫を標的とすることを阻止するはずであった。
しかし、現在までのところ、それらはイスラエル軍機による継続的な侵入や空爆に反撃することができていない。

この「協定」は、2006年のレバノン紛争時に、シリアの220mm多連装ロケット砲(MRL)及びカイバル1/302mmMRLがレバノンとの国境を越え、イスラエルの目標を打撃するためにレバノンの各地に配置されたときに初めて試された。
ヒズボラは、レバノンでこれらのMRLの隠密輸送と運用を担当していたが、シリア軍の第158ミサイル連隊もヒズボラと緊密に協力してカイバル1を運用したとみられている。
この紛争中に、少なくとも1基のカイバル1がイスラエル軍機によって撃破された
シリアのMRLと弾道ミサイルのすべての車両が明るい色の民生用トラックに基づいている理由として、これらをレバノンへ大規模に展開できるという利点があり、レバノンの比較的発見されにくい場所に移動させてロケット弾を発射した直後に、素早く民間車輌に偽装することができる。

しかし、シリアの介入自体は、ヒズボラに武器と弾薬(9M133コルネットATGMを含む)を供給し、彼らのためにMRLを運用することよりも、はるかに進んでいたものと考えられている。
これらのシステムを運用する関係と同様に、この介入が、4人の乗員が死亡したイスラエルのサール5級コルベットである、INSハニトに対する攻撃の背後にある主犯と考えられている。
この艦には中国のC-802地対艦ミサイルかイランの派生型が命中しており、使用された発射機(ミサイルを含む)及び操作員はシリアから派遣された可能性が高い。






現在、イスラミック・ステートによって完全に影が薄くなっているが、内戦の過程におけるジャイシュ・アル・イスラムの成果は劇的に他ならない。
他の反政府勢力でよく見られる歩兵と機甲戦力との間のお粗末な協調能力とは対照的に、彼らは単一の機械化部隊で両者を運用する最初の勢力であった。
また、以前にも言及したように、ジャイシュ・アル・イスラムは防空戦力を上手に維持する唯一の反政府勢力と言われている。
その上、彼らは2013年後半に、Kshesh(注:ジラー)空軍基地に本拠を置く独自の空軍を設立した。
彼らの空軍のL-39は、どれもが今までに作戦ソーティで飛行したことはないが、それ自体は可能であったことが判明している。

同様に、たとえどの程度の数のミサイルが兵器庫にあるのか不確かであったとしても、彼らは依然としてゼルザル2クラスの兵器を運用する唯一の反政府勢力のままである。
この不正確なロケット弾が実際には何かを破壊する見込みが無かったいう事実にもかかわらず、ジャイシュ・アル・イスラムからの継続的な砲撃による警告は軽く受け止めるべきではない。
彼らがその能力を有し、それをいとわずに継続するかどうかは未来だけが教えてくれるだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年3月6日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。   

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2017年3月14日火曜日

北朝鮮の携帯式防空ミサイルシステムがIS(イスラミック・ステート)戦闘員の手に渡った


著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)
 
タブカ空軍基地が陥落した後にイスラミック・ステート(以下ISと記載)が公開した画像は、この基地でイグラ-1E(注:西側呼称名はSA-16)携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)が捕獲されたことを明らかにした。
しかし、今ではそのミサイルがイグラ-1Eではないとともに、この写真がタブカではなく、現在はISの訓練基地として使用されているジェイシュ・アル・イスラムから占領したKshesh(注:ジラー空軍基地)で撮影されたことが明らかとなった。  
画像の背景にある、退役したMiG-17の列と2機のL-39の存在が基地の識別に寄与したのである。 

このミサイルは当初、イグラ-1Eと識別されたものの、IS戦闘員によって運用されたMANPADSはそれの外観はとまったく一致していなかった。
 「9M39」型イグラ(後の派生型)に見られるような針状のエアロスパイクの存在が、ピラミッド状のノーズコーンを有するソ連が生産した通常のイグラ-1E(9M313)と異なることを示したのである。
また、他の外部の特徴も、他のロシアのシステムおよびその外国のコピーである点を否定した。
イグラ-1Eを生産している他の国はほとんどないが、北朝鮮は9K111対戦ミサイルシステム(注:西側呼称名はAT-4)と共にそれらを生産するライセンスを取得し、その後、独自の要求に応じて改修、イグラ-1Eの派生型を独自生産した。 
改修された9K111は「火の鳥-2(注:不死鳥-2とも言われる)」の名称を付与されており、北朝鮮製のイグラ-1Eは「HT-16PGJ」という名称を得たことが判明している。
しかし、北朝鮮で運用されているMANPADSには、しばしば 「火縄銃」という愛称が与えられているので、HT-16PGJという名称は輸出専用である可能性が高い。

シリアは北朝鮮の武器を取得していることが知られているが、MANPADSがシリア政府側に引き渡されたことについては、今までまったく記録がなかった。
北朝鮮とシリアの双方は武器移転に関する情報の公開について乗り気ではなく、現在の3年半にわたる長い紛争の中で、多数のMANPADSが敵対する兵士達の手に落ちることが見られても、北朝鮮製の可能性があるものはまだ認識されていなかった(注:2014年当時)。

占領された第17師団、121連隊93旅団の基地から出てくる、イラン製Iラード対戦車ミサイルを含む、他の多数の装備が捕獲されている状況を映した様々な写真やビデオリポートでも、それらのミサイルは見られなかった。

北朝鮮が、米国の指定したテロ組織に武器を提供していることはよく知られており、このような移転の最近での例は、ハマスによって使用されている火の鳥-2の目撃によって確認された。

HT-16PGJが元のデザインとは質の面で異なるかは不明だが、いくつかの外面な違いを言及することができる。
まず第一に、ミサイル自体は特徴的なピラミッド型(注:三脚型)エアロスパイクの代わりに、後の世代のロシア製MANPADSで見られる針状のエアロスパイクを使用しているように見える。
さらに、いくつかの型ではバッテリーとハンドルが改修されており、先端の保護キャップはより現代的なMANPADSを思い出させるものとなっている。
 

ISがHT-16PGJの相当数のストックを有することはありそうにもなく、写真のミサイルが彼らの所有する唯一のものであるという可能性すら除外できない。
したがって、観測されたHT-16PGJは、シリアとイラクの戦場における米国、シリア及びイラクの空軍の日常の作戦に少しも影響も及ぼすことはない。

 ※ この翻訳元の記事は、2014年8月に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。     

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2017年3月8日水曜日

フォトレポート:シリア・アラブ陸軍(2)

著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

シリア国防省がついに 21世紀のメディア技術を取り入れたために、今ではHD画像が公式サイトとツイッターアカウントに定期的にアップロードされている。
この「大いなる」躍進にもかかわらず、 シリア国防省が依然として外の世界にアラビア語のみでしか情報を発信しないため、それによって、もしそうでなければシリアの戦場で継続中の戦闘に関する声明を読んだり観たりすることに興味があるだろう、多くの視聴者や読者を遮断している。
それでもなお、公開された画像は、私たちに別の「フォトレポート」のための絶好のチャンスを与えている。

シリア・アラブ防空軍(SyAADF)のパーンツィリ-S1(写真)。
過去10年間に、かなりの量の現代的な地対空ミサイル(SAM) がシリアに届けられたが、内戦中にも引き渡しが続けられている。
S-300PMU-2、ブク-M2、ペチョラ-2Mとパーンツィリ-S1の導入によるSyAADFの完全なリニューアルが、本来は2000年代の間に計画されていたものの、最初の引渡しが延期され、結局はキャンセルされたと考えられている。
2014年からイラクに引き渡されているタイプに似た、より高度なバージョンのパーンツィリ-S1が、最近になってSyAADFにも導入された。









シリア軍のT-72AV TURMS-T (Tank Universal Reconfiguration Modular System T-series)は、FCSを強化するため、2000年代にイタリアのガリレオ・アヴィオニカによって改修された型である(写真)。
興味深いことに、 単にT-72AVやT-72M1をTURMS-T規格に改修するだけではなく、SyAAはこの改修計画にT-72 「ウラル(初期型)」も含めることを決定した。
T-72 「ウラル」とT-72M1は、TURMS-T規格のパノラミックサイトが搭載されたT-72の大部分を占めている。
全てをパノラミックサイト付きのTURMS-Tを装備したT-72へ改修することは高価すぎると見なされていたため、限られた量のT-72しかこの改修を受けることができなかった。
なぜ、あまり進歩していないT-72の派生型がこのパノラミックサイトを装備できたのかは、いまだに謎のままである。



ランチャーから発射された「ボルケーノ(火山)」ロケット(写真)。
これらのロケットは、直撃によって居住区画を完全に破壊できる火力を有することでよく知られるようになり、2013年のアル=クサイルでの戦いで大きな決め手となった。
ボルケーノは標準的なロケット弾と、はるかに大きな弾頭を一組にして、大幅に致死性を高めたものの、射程距離と精度が低下した。
この同じ頃、ボルケーノの量産するペースが上がり、現在では、これらのロケットがシリアの戦場のほぼすべての戦線で使用されている。

シリアでは、ボルケーノが3回の開発サイクルを経て生産されていると考えられており、さらにそれぞれいくつかの派生型に分かれている。
107mmと122mmベースのボルケーノが最も普及したタイプであるが、220mmベースのタイプも存在する。
シリアでは107mmと122mm(グラード)ロケットが極めて一般的なので、これらのロケットをボルケーノへ転換することは比較的簡単な方法で可能であり、220mmロケット弾はシリア国内で生産されていることが知られている。





BMP-1は、依然としてシリア軍における歩兵戦闘車(IFV)の保有リストの大部分を占めているが、最近のロシアによるさらなるBMP-1とBMP-1Pの供与で、近い将来、これが変わる可能性は低いだろう。
BMP-1のパッとしない武装や薄い装甲防護力の問題は、シリア内戦の間に痛いほど明確にされているが、これらの能力を向上させる目的で、政権側が実施した改修はほとんどない。
いくつかの部隊は、コンタークト1爆発反応装甲(ERA)を車体と砲塔に追加することによって、BMP-1の装甲を「補強」しようと試みた。
砲塔の装甲はコンタークト1との適合に十分なほど強力ではあるが、車体の紙のように薄い装甲は(コンタークト1の)爆発に耐えられず、装甲の薄い層を粉砕して内部の人員に大きな怪我を負わせる可能性が高い(注:砲塔はERAの爆発に耐えることができるが、車体は装甲が薄すぎてERAの爆発に耐えることができないということ)。


T-72「ウラル」は、シリア軍で運用されているT-72の中で最も古いタイプである。
かつて、ハーフィズ・アル=アサド前大統領によって「世界最高の戦車」と言われていたが、今日ではその大きな弱点で有名であり、多くの動画で命中後に激しい爆燃(注:誘爆)を被り、その結果として砲塔が壮大に吹き飛ばされる様子が映されている。



シリア内戦では、シリアを支配すべく戦う多くの勢力が使用する、大量のAKタイプのライフルが見ら
れているが、PKタイプの機関銃の拡散は度々見落とされがちであった。
PKとPKMは未だにシリアで汎用機銃の大半を占めているが、過去数年間にいくつかの派生型がシリアの戦場で現れた。
これにはロシアのPKP ペチェネグ北朝鮮の73式が含まれる。
後者はイラン由来のもので、イラン・イラク戦争中に購入したものである。
イランが独自のPK・PKMタイプの機関銃を生産し始めた後、これらはすぐに保管され、最終的にはイラク、シリア、イエメンのシーア派民兵組織の手に渡った。








依然としてきれいな状態の3両のT-72AVが、シリアの荒廃した街中を通り抜けている(写真)。
T-72AVは通常の装甲よりも大幅に改善されているが、装着されているコンタークト1では、より強力なロケット推進擲弾(RPG)と対戦車ミサイル(ATGM)に対しては防護できないことが判明している。
加えて、サイドスカートにおけるERAの支え自身が、命中するRPGの爆発に耐えるにはあまりにも脆弱であることが確認されており、ときには1回の命中でサイドスカート全体の落下を引き起こすことがあった。








非常にまれな光景:コンタークト1ERAをすべて取り除かれたシリアのT-72AV(写真)。
この画像は上記に見られるような、ERAを完全に装着したT-72AVとの素晴らしい比較を可能にさせる。
この戦車は訓練部隊によって運用されている可能性が高く、そのERAは、前線での実戦部隊で使用されるT-72AVのために取り外され、明らかにERAを有効に活用できている。



演習中におけるシリアのコマンドー部隊(写真)。
シリア内戦がまさに6年目に入ろうとしているにもかかわらず、これらの部隊によって行われた特殊作戦については全く知られていない。
その代わり、ほとんどのシリアの「コマンドー」は、 シリア軍とNDF(国防軍:政権側の民兵組織)と一緒に通常の歩兵として用いられていると考えられている。
彼らはコマンドー専用のパッチによって他の部隊と容易に識別することができるが、赤色のベレー帽を着用している姿をめったに見ることはできない。






シリア内戦でのATGMの拡散は、ロシア製T-90、米国製M1エイブラムス、さらにはドイツ製レオパルト2の装甲防御力を試すのに十分な機会をもたらした。
トルコがシリアの戦場にM60Tとレオパルト2A4を配備して北シリアへの介入を強化したことで、シリア内戦は世界で最も新しい、戦車と装甲の改修のための完璧なテストの場と化している。
かつて、M1エイブラムスはほとんど貫通が不可能と考えられていたが、イスラミック・ステートによる9M133コルネットATGMの配備によって撃破される状況が見られた。
同様に、トルコのレオパルト2A4も、シリア北部への短期間の展開中に、主に採用されていた貧弱な戦術のために、ATGMの犠牲になった。
T-90Aの装甲防御力はシリアでの戦闘中にもテストされているが、壊滅的な弾薬の爆燃(注:誘爆)はまだ見られていない。









シリア内戦ではT-72が最も注目を集めているが、依然として運用されているT-62とT-55戦車シリーズは、シリアの機甲部隊の大半を占め続けている。
実際、シリア軍の新しく設立された第5軍団は、最近になってロシアからT-62Mを受領し始めた
この最近のロシアからの機甲戦力の流入については、既に過去2年間でT-90A、T-90、T-72(1989年型)、T-72B、BMP-2、BMP-1(P)の供与が見られている。















演習中に、シリア軍兵士が守備位置で小火器の照準を合わせている(写真)。
内戦直前に大量の中国製ヘルメットとボディアーマーが中国から調達されたが、シリア軍はこの新しく支給された装備をすぐに使い果たした。
いくつかの部隊は倉庫に備蓄されていたものを見つけ次第、何でも再装備していたが、他の部隊はより装備に乏しかったり、またはスクーア・アル=サハラ(駐:政権側の民兵組織)のように自身の制服と装備自体が自己負担になったと思われるケースもあり、その結果、今日の戦場では豊富な種類の制服と装備が見られるようになった。







アレッポの下町を通り抜けるT-72M1(写真)。
2012年以来大激戦が繰り広げられたこの都市へのアサド政権の影響力は、かつてはもうあまり長くはないと思われていた。
包囲され、あらゆる側面から攻撃されたシリア軍は、最初は残った領域を強固にしようと試み、その後の攻勢は政権のために局面を変える重要な鍵となった。
あらゆる見込みに反して、アレッポはその4年後にシリア軍によって完全に奪還され、反体制派へ致命的な打撃を与えた。




ダマスカスにある無名戦士の墓で、戦死した兵士の碑である(写真)。
モニュメントのドームは宇宙を象徴し、その上のアーチは勝利を象徴している。
2つの節(クルアーン:169,170)がドームの両側に書かれている。

وَلَا تَحْسَبَنَّ الَّذِينَ قُتِلُوا فِي سَبِيلِ اللَّـهِ أَمْوَاتًا بَلْ أَحْيَاءٌ عِندَ رَبِّهِمْ يُرْزَقُونَ﴿١٦٩﴾ فَرِحِينَ بِمَا آتَاهُمُ اللَّـهُ مِن فَضْلِهِ وَيَسْتَبْشِرُونَ بِالَّذِينَ لَمْ يَلْحَقُوا بِهِم مِّنْ خَلْفِهِمْ أَلَّا خَوْفٌ عَلَيْهِمْ وَلَا هُمْ يَحْزَنُونَ ﴿١٧٠﴾ (آل عمران: 169، 170) - '
アッラーの御為に殺された人たちを決して死んだものと思ってはならないぞ。彼らは立派に神様のお傍で生きておる、何でも充分に戴いて。
あの人たちはアッラーが授けて下さったお恵みに感激し、またいまだ彼らのところまでは来ていないが、後からついて来ている人たちのためにも大いに喜んでおる。もうそういう人たちには何も恐ろしいことはないのだし、悲しむこともないのだから。(クルアーン:169,170)



 ※ この翻訳元の記事は、2017年2月28日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。   

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2017年3月2日木曜日

忘れられた軍隊:トランスニストリア(沿ドニエストル)の自作APC



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

トランスニストリア, 正式には沿ドニエストル・モルドバ共和国(以下、沿ドニエストルと記載)は東ヨーロッパに存在する分離独立国家で、1990年に沿ドニエストル・ソビエト社会主義共和国として独立宣言をし、その後1992年にモルドバ(モルドバ共和国)から離脱して以来、影の存在となっている。
沿ドニエストルはウクライナとモルドバの間に位置しており、現在のところ、いずれも自身が未承認国家であるアブハジア共和国、南オセチア共和国、ナゴルノ・カラバフ共和国のみから承認されている。
それにもかかわらず、沿ドニエストルは、自らの陸・空軍、さらには独自の兵器産業さえ保有する事実上の国家として機能している。

この兵器産業が生産してきた非常に興味深い多くの装備が、過去20年以上にわたって、沿ドニエストルの軍隊における運用に就いてきた。
この国の兵器産業は、トランスニストリア戦争の間に非常に盛んであり、モルドバ軍に対して使用するための様々な自作の装甲戦闘車両(APC)や自家製の多連装ロケット砲(MRL)を生産した。
休戦後、沿ドニエストルの兵器産業は、同国の軍隊の運用状況を維持する上で極めて重要な役割を果たしてきただろうが、1991年に設立されて以来、旧式のソ連製兵器のストックを置き換えることができないままであった。

同国の兵器産業が製造した装備の1つが、ソ連製GMZ-3地雷敷設車をベースにした独特な装甲兵員輸送車(APC)である。
このAPCは、2015年にエフゲニー・シェフチュク前大統領とアレクサンドル・ルカネンコ国防大臣によって初めて発表され、これらの少なくとも8台は、同年に沿ドニエストル軍に就役したと見られている。
これらの車両のうち、少なくとも2台はその1か月後に演習に参加する状況が見られ、運用状態にあることが確認されている。




沿ドニエストルは、地域内や海外への武器密売国として悪名が高い。
ソ連地上軍第14軍からの大量の武器と弾薬は、沿ドニエストルの地元住民によって引き継がれ、沿ドニエストルに忠実であった第14軍の兵士と外国の義勇兵が、モルドバ政府によれば、依然としてモルドバの領土と主張していた沿ドニエストルに入ったとき、1992年に両者の間で紛争が生じた(注:多くの第14軍の兵士や外国の義勇兵が沿ドニエストル軍に加わった)。
紛失した大量の兵器や弾薬が確保された後、これらは新たに設立された沿ドニエストル共和国軍に引き継がれたか、在モルドバ共和国沿ドニエストル地域ロシア軍作戦集団の監督下でロシアに移送されて戻ったものの、沿ドニエストル由来の武器が限られた量ではあるが、依然として海外へ密輸されている。
それにもかかわらず、武器密輸国としての地位は確実に誇張されている。

1992年に武力紛争が終結したにもかかわらず、沿ドニエストルの状況は非常に複雑であり、ロシア連邦への編入を望んでいるが、経済生産の面では、モルドバへの限られた作物の輸出に大いに依存し続けている。
沿ドニエストルは、外の世界への透明性を高めるための小さな措置を講じているにもかかわらず、実態は依然としてソビエト社会主義共和国当時のままであり、国旗にはハンマーと鎌を使用し続け、さらにKGBを主要な治安機関として維持している。
ロシア軍は沿ドニエストルに限られた数であるがいまだに駐留し続けており、公式に平和維持活動を行っている。

ソ連が崩壊したとき、かつてソ連軍を構成していた人員や関連する兵器類の多くは、所在する地の新しく誕生した国に属することとなった。
このプロセスは、旧ソ連の外に駐留していた多くの民族的ロシア人の離脱(注・分離独立や脱走)によってしばしば問題となったが、これはモルドバが遭った唯一の問題ではなかった。
第14軍は実際にはウクライナ、モルドバ、そして分離独立国家であるトランスニストリア(沿ドニエストル)に属し、同軍の様々な部隊は、ウクライナ、モルドバ、ロシアのいずれかに属したり、新たに形成された沿ドニエストル共和国に合流した。
明らかに、これは非常に複雑で過敏なプロセスの下で行われたものである。








沿ドニエストル側は支配した領域に存在する武器保管庫ほとんどを引き継いだとき、大量の高度な特種車輌を受け継いだ一方、多くのIFVと自走砲を保有することができなかった。
実際、この地域に存在していた、いくらかの2S1グヴォズジーカ122mm自走榴弾砲と2S3アカーツィア152mm自走榴弾砲(これらはロシアへ移送された可能性が極めて高い)のほか、沿ドニエストル軍の兵器保有リストには自走砲は無い。
その代わり、間接射撃の火力支援には、武器庫の牽引式野砲と122mm「プリブール」多連装ロケット砲(BM-21)に依存している。

沿ドニエストルが引き継いだ特種車輌には、大量のGMZ-2とGMZ-3地雷敷設車が含まれていた。
トランスニストリア戦争の間に、この車輌の本来の役割は不要となり、いくつかのGMZが急造のAPCとして沿ドニエストル側で使用され、少なくともその1台が後に戦闘で破壊された
沿ドニエストルは、内戦後でも本来の役割でいくつかのGMZを引き続き使用したであろうが、そのような大規模な地雷敷設車群を必要とされず、ほとんどの車両は少なくとも8台のGMZ-3をAPCに転用することが決定されるまでは保管庫に置かれていた。
沿ドニエストルが利用可能なGMZの量は不明のままであるが、その数は、はるかに多くのGMZをAPCに転換するにはおそらく不十分である。





GMZ-3はAPCという新しい役割に従い、歩兵を輸送できる能力を得るために、搭載されていたすべての機雷敷設装置が撤去された。
地雷敷設用のアーム及びその操縦用の区画は後部ドアの位置を確保するために撤去され、兵員区画を設けるために地雷が格納されていた空間も取り除かれ、内部空間が拡張された。
変化の著しい改修を受けたGMZ-3の本来の形状は、ここで見ることができる。

GMZ-3はAPCの運用者によって、取り扱いが容易になるように広範囲にわたって改修され、新たに装備された単装の14.5mmKPV重機関銃及びその機関銃手のために、操縦席と兵員区画の間に新たな空間が設けられた。
単装の銃機関銃に加えて、車両に設けられた5つの銃眼からライフルと軽機関銃を射撃することができる。
この改修が、本来小火器の銃弾や砲爆撃の破片から自身を防護していた、GMZ-3の装甲に悪影響を与えたかどうかは不明である。

沿ドニエストルの大きさと経済的手段に対して、この車輌は確かに印象的かつ専門的な特徴を誇示し、利用可能なあらゆる手段を可能な限り活用できるという明確なケースを示している。
その点で、沿ドニエストルは、独自の兵器産業の製品によって、外国のオブサーバーの「小さな観客」を驚かせ続けるに違いない。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年2月25日に投稿されたものです。
    当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
    正確な表現などについては、元記事をご一読願います。