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2025年5月16日金曜日

イスラム国の機甲戦力:モスルに出現した「戦闘トラム」


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


 この記事は、2020年1月15日に「Oryx」本国版 (英語)に投稿された記事を翻訳したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

 2016年11月、モスルの北にあるバシジの町の木の下にトラムか装甲戦闘バスのような車両が置かれていました。以前の所有者によって放棄されたこの怪物は、かつてモスル北部のナヴァラン近郊で行われた今や悪名高いイスラム国(IS)の攻勢に登場したものです。その攻勢を撮影した動画は、参加した数人の戦闘員の滑稽な動きで急速にネット上で拡散されました。戦闘員アブ・ハジャールはインターネットのあらゆる場所でミームのネタとなりましたが、この攻勢でISが投入した装甲強化型トラックやその他の車両は、軍事的側面に注目する人々にとって特に興味深い存在でした。

 ISが手掛けたDIY式装甲戦闘車両(AFV)の多くは、車体に鉄板を貼り付けただけの非常に粗雑なものでした。ただし、彼らのニーズにより適合させるように車両を改造することを目的とした大規模な工廠が存在しており、そこからシリアやイラクの戦場で展開する戦闘に完璧に適したAFVが生み出されたのです。これらの兵器の改修を担当したAFV工廠はIS支配地域内にあり、最大のものはシリアのタブカイラクのモスル近郊にありました。

 モスル占領の直後、ISはイラク軍と警察がモスルからの撤退時に残した大量の車両と装備を運用するために複数の装甲部隊を創設しました。一部の車両は事実上全く手を加えられずにイラクとシリアの戦場に直ちに配備されたものの、他の車両は車両運搬式即席爆発装置/自動車爆弾(VBIED)として使用するために改造されたり、「襲撃大隊」向けとして、モスルの平原で使用するAFVに改造されたのです。

 インギマージ...生還を期することなく敵陣に突入することを任務とする突撃部隊...の作戦において、「襲撃大隊」は重くて遅い装軌式AFVではなく、より高速が出る装輪式車両を主に使用しました。実際のところ、イラクのISでは少数の戦車が積極的な戦闘行動(攻撃)で運用されていましたが、そのほとんどは「アル・ファルーク機甲旅団」と「防御大隊」の所属でした。したがって、即席かつ装甲が強化されたAFVを使用したのは、主に「襲撃大隊」です。


 「襲撃大隊」用に改造された車両の大半は基本的に装甲兵員輸送車(APC)であり、戦闘員が立って射撃するためのキャビンを備えているのが特徴です。モスル周辺におけるISの攻勢は実質的な自殺行為のため(詳細はこちらを参照)、「襲撃大隊」の攻勢については、その大部分が目的に到達する前に車両が撃破されて終わりを迎えました。

 しかし、改造できるトラックやその他の車両が豊富に残されていたため、「襲撃大隊」向け車両の「生産」は継続されました。これらは実質的に同じクラスの車両に僅かな違いが見られる程度であり、ある程度は規格化がなされていたことが見受けられます。今回取り上げる戦闘トラムは3台が確認されており、それぞれが「201」と「202」、そして(おそらく)「200」の番号が振られました。下の画像では、「202」(1枚目の右)と「200」(1枚目の左と2枚目)が見えます。ちなみに、後者は詳細不明な原因で失われています。



 戦闘トラムは重装甲が施されたキャビン前部が特徴であり、(少し想像力を働かせると)鳥のような顔や、バリエーションによっては「きかんしゃトーマス」のキャラクターを彷彿とさせます。これが「戦闘トラム」という名称の由来です。戦闘員を収容する区画には空間装甲が設けられており、8個あるホイールの外側には保護する鉄板のサイドスカートが装備されています。この戦闘トラムについては、(特徴を考えると)2014年にモスル周辺で鹵獲されたソ連製「BTR-80」APCの車体を改造したものであることはほぼ間違いないでしょう。

 事実上のトラックである車両を改造することは実に不思議な選択ではあるものの、このような大型APCを製造しようとした今までの取り組みでは、ダンプトラックをベースにした(見応えがあるが不格好な)車両が数多く作られました。こうした車両とは対照的に、戦闘トラムは比較的バランスの取れたデザインに見えます。



 戦闘トラムの武装は過去に登場した怪物のようなDIY車両から変わっておらず、重装甲のキューポラに軽機関銃や重機関銃が取り付けられるようになっています。興味深いことに、「202」は前面に4本のラムを装備しているように見えますが、そのうちの2本は車体構造を補強する機能を兼ねているのかもしれません。これらのラムはある程度の障害物を突破するのに効果的ですが、起伏のある地形を走行中にスタックしやすくなるリスクがあります。そして、突破した障害物の破片が兵員区画にいる戦闘員の頭上に落下するだろうことは言うまでもありません(編訳者注:無蓋式のオープントップのため)。

 ペシュメルガの陣地の前に立ちはだかる塹壕をよじ登るための梯子については、「200」と「201」には装備されていたにもかかわらず、「202」にはありませんでした。

 戦闘トラムのキャビンは、「襲撃大隊」が使用した他の車両とほぼ同様の構造です。高速移動を伴う作戦中にキャビン内の戦闘員を支えるため、小型車に見られるシートベルトの代わりに(キャビンの縁に)金属製の手すりが設置されました。 軽機関銃や重機関銃用のピントルマウントは装備されていないため、戦闘員は安定装置を欠いた状況で金属製の手すりの上から射撃することを余儀なくされました。このため、経験の浅い戦闘員が射撃した場合はほとんど命中弾を得られないことが明らかとなりました。

 「202」は「200」や「201」とはキャビンのレイアウトが若干異なっており、小さな出入口扉が後面に設けられています(注:「200」と「201」は側面に扉がある)。



 最初の戦闘トラムは、モスル北部のナヴァラン近郊で展開された、今では(悪)名高いISの攻勢に登場しました。この攻勢には、アブ・ハジャールとアブ・アブドゥッラー、そしてアブ・リドワーンたちの装甲強化型「M1114」以外にも、「襲撃大隊」の大幅に改造されたトラックやその他の車両も数台参加したことが知られています。前者には初代戦闘トラム「201」が含まれており、攻勢開始の直前と失敗した直後にその存在が確認されました。この姿は下の画像でも確認できます。



 この戦闘トラムは、ペシェルメルガ陣地前にある巨大な塹壕の埋め立てを担っていたブルドーザーが撃破されたことで、他の「襲撃大隊」の車両と一緒に事実上身動きが取れない状態となってしまいました。この直後、トラムは(アブ・ハジャ-ルの車両のように)命中弾を受けて放棄されました。

 車体側面に設けられた空間装甲の存在はここでもはっきりと確認できます。様子を見る限り、少なくとも1発の命中弾を阻止するのに効果を発揮したようです。


 上の画像: アブ・ハジャールの「M1114」から撮影されたナヴァラン近郊を走行中の戦闘トラム「201」:装甲キャビンに立って発射の機会をうかがうRPG砲手の姿が見えます。装甲を増強したことで重量が増加したにもかかわらず、このトラムは適度な速度で戦場を駆け抜けることにあまり問題はないようです。後方の装甲強化型「M1114」と比べると、車体の圧倒的な大きさは一目瞭然です。ただし、そのおかげでペシュメルガのATGMチームやRPG砲手にとっては格好の標的になりやすいというデメリットがあることは言うまでもありません。 

 実際、モスルの平原でこうした車両を使用した場合は、前述の理由で失敗に終わることは避けられないでしょう。戦闘トラムは平原より都市部での使用が適している可能性があります。


 数種類のAFVを自力で製造しようとするISの取り組みは、結果的にISの典型的な攻撃手法に適した(高度に発達した)車両を数多く生み出すことに至りました。ところが、ATGMの拡散とISの大規模な攻勢に有志連合軍の航空機やヘリコプターが登場したことで、これらのAFVがイラクの戦場で完全に場違いな存在となってしまったことは否めません。それでも、勝利という成功の可能性に賭ける彼らの信仰が挑戦に次ぐ挑戦に至らしめ、そのたびに同じ結果、つまり全滅という形で終焉を迎えたのです。

 設計と生産の分野におけるISの努力は確かに見事なものでしたが、そもそも最初から事実上絶望的な攻勢に投入する車両を大量生産することは彼らが他の地域で展開している作戦とは大違いであり、そう長くはできない贅沢と言えます。

改訂・分冊版が2025年に発売予定です(英語版)

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2025年4月28日月曜日

【復刻記事】イスラム国+マッドマックス:リビアでバトル・モンスターが登場した


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2016年3月20日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 これまで存在した中で最も洗練されたテロ組織と化した「イスラム国(IS)」の隆盛は、戦闘員に(形だけの)装甲防御力と重火力を装備させるべく無数のDIYプロジェクトを行うまでに至っています。こうしたプロジェクトの大半はシリアとイラクの戦場に限られる運命にあったものの、リビアのIS部隊が、映画「マッドマックス」からそのまま飛び出してきたかのようなワンオフの逸品を完成させることに成功しました。

 2016年3月に初めて目撃されたこのバトル・モンスターはリビアの北東部のデルナで建設され、リビア国民軍(LNA)やムジャヒディーン・シューラ評議会と戦闘しました。(敗北する前の)デルナにおけるIS戦闘員たちはリビア国内にある他のIS支配地から完全に切り離されていたため、リビアに存在する巨大な武器庫や敵対勢力から鹵獲した少数の装備だけで対処を強いられたという事情があります。

 今回取り上げるバトル・モンスターは、6x6トラックをベースにしたものであり、多種多様な装甲板とスラット装甲を備えているほか、「BMP-1」の砲塔のみならず車体自体を組み込んだものです。ただし、「2A28 "グロム"」73mm低圧砲と同軸の「PKT」7.62mm機関銃は撤去され、その代わりに「M40」106mm無反動砲(RCL)1門を備えるオープントップ式の砲塔が本来の砲塔の上に搭載されています。言うまでもありませんが、「M40」を旋回させるためには砲塔内に操作要員がいなければなりません。高い位置にあるRCLはバルコニーや屋上からの敵の射撃にさらされやすいという弱点があるものの、それでも(その高さゆえの)優位性を有しています。


 バトル・モンスターの装甲は控えめに言っても特別です。「BMP-1」の車体側面の装甲防御力は前面下部にも追加されたスラット装甲によって強化されていることに加え、「BMP-1」の車体とスラット装甲の間は土嚢によってさらに強化されています。スラット装甲以外でモンスターを覆っているのは、車体にボルト留めされた厚さと強度の異なる鉄板です。最も特徴的と言えるのは、露出したホイールとタイヤを保護しているのが再利用された「BMP-1」の履帯でしょう。

 モンスターの武装は、砲塔の「M40」RCL1門と「BMP-1」の車体に備えられた8個(車体後部のドアにあるものを含めると9個)の銃眼から発射される小銃や軽機関銃で構成されています。主砲の「2A28 "グロム"」が撤去された理由は不明ですが、損傷したか、あるいは過去に目撃されたテクニカル搭載用として撤去された可能性があるのではないでしょうか(編訳者注:リビアで「グロム」だけを装備したテクニカルを転用した事例が確認されているのはISではなくイスラーム系民兵組織「リビアの夜明け」であるが、こベースとなったBMPがISに鹵獲されたり、あるいは同様のテクニカルをISが使用している可能性は否定できない)。


 上の画像が示すように、この車両の役割は装甲兵員輸送車(APC)や歩兵戦闘車(IFV)に似ているものの、「BMP-1」の車体が高い位置にあるため、乗降が相当困難になっています。小型の梯子があればこのプロセスは大幅に楽となるはずですが、モンスターには装備されていないようです。

 特筆すべき点としては、このバトル・モンスターのドライバーが、デルナの狭い通りで運転するのに四苦八苦したに違いないということが挙げられます。もちろん、外を覗く窓が非常に小さかったため、後退時も進行方向を確認できないまま動くこと余儀なくされたであろうことは言うまでもありません。下の画像で、ドライバーが外に向けて「AK-103」7.62mmで狙いを定めていますが、これは単にカメラ用のカットでしょう(つまりプロパガンダ用)。


 リビアは間違いなく突飛なDIYプロジェクト発祥の地です。終わりの見えない長期にわたる内戦で勝利を確実なものとするため、各勢力が敵対陣営より優位に立つことを目的とした改造兵器が今後も数多く生み出されることでしょう。リビアへの武器禁輸措置を順守する意思のある国は少ないものの、各勢力に供給される(実用的な)重火器が不足しているということは、(実際に役立つかどうかは別として)今回のようなDIYプロジェクトを継続する必要があることを意味しています。


改訂・分冊版が2025年に発売予定です(英語版)

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2025年4月13日日曜日

イスラム国の機甲戦力:モスル周辺に登場した移動トーチカ


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)


 この記事は、2019年10月13日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 イラクにおける対イスラム国(IS)戦では、各勢力が敵より優位に立つために火力の向上を試みたことで、さまざまなDIY兵器が誕生しました。もちろん、ISもその例外ではありません。イラクでのIS部隊は、モスルで鹵獲した膨大な兵器群をイラクの絶えず変化する戦場で使用するための強力な武器に変えるにあたって、 数多くある兵器工廠の創意工夫に事実上依存していたからです。

 ウクライナの「BTS-5B」装甲回収車(ARV)の移動トーチカへの改造は、(ISにとって)そうでなければ役に立たない車両を、強力な兵器プラットフォームに変えた事例です。

 ソ連時代の「T-72」戦車群をさらに支援する取り組みの一環として、イラク軍は2006年に(それ自体も「T-72」をベースである)少数の「BTS-5B」を入手したものの、2014年のモスルでのイラク軍の崩壊で、下の画像に見られる「BTS-5B」やポーランドの「WZT-2」を含む複数のARVが稼働状態でISによって鹵獲されてしまいました。


 2015年1月、移動トーチカに改造された「BTS-5B」ARVが初めて登場したときは確かに人々を驚かせました。もちろん、すぐに溝にはまって撃破されてしまったからではありません。 こうして本来の用途では全く成功しなかったものの、その後継車両がイラクの平原に姿を現れるまで1年もかかりませんでした。2015年12月に初めて目撃されたこの二代目は、先代から学んだ教訓と、それまでISが広く使用していなかった技術を組み合わせたものです。

 しかしながら、この二代目の詳細を語る前に初代について考察することは有意義なことです。本来の役割ではISにとって少しも役に立たなかった「BTS-5B」は、オリジナルの車体の上に装甲キャビンを追加する形で大々的に改造されました。このために、クレーンやシュノーケル、そして工具の入った各種の木箱が取り外されました。ただし、ドーザーブレードとウインチは残されています。

 武装は装甲板で覆われた銃塔に装備された「DShK」12.7mm 重機関銃1門と複数の軽機関銃用の支持架で構成されています。この車両が最初で最後の戦場で使用された際、乗員は1門の「DShK」を補完するために「M16」と「AKM」も使用しました。


 おそらくサンドクリートで充填されたと思われる大きなブロックが新しく設けられたキャビンの装甲板として装備され、車体側面には大きなゴム製のサイド・スカートが取り付けられました。これらの組み合わせは、乗員を前方と側面からの射撃や爆発物の破片、そして場合によってはロケット推進擲弾(RPG)から保護することを可能にしました。

 装甲キャビンの支持梁で運転席のハッチがふさがれたため、操縦手はキャビンの床にあるハッチから車内に入る必要がありました。また、支持梁が視界を遮るために操縦手は運転中に頭を突き出すことを余儀なくされました。ただし、この弱点をカバーするためか防弾ガラスが装備されています。

 全体として、この改造AFVは見事なプロジェクトと言えます。これを完成させるためにISは多大な労力を費やしたに違いありません。それゆえに、このAFVの戦場における活躍が芳しくないのは、やや意外に感じられます。


 この移動トーチカは都市部で活躍できたはずです。そこでなら、前進する部隊に火力支援を提供できる重装甲の破城槌として重宝されたと思われます。装甲でほとんどの反撃を防ぐことができることを考えると、比較的軽度ながらも弾力性に富んだ武装はアパートの高層階など高所を狙うのに理想的だったでしょう。

 ところが、この移動トーチカは、2015年1月25日にISがペシュメルガに攻勢をかけたニネベ州シェハン近郊の平原で投入されたのです。失敗に終わった攻勢の映像はここで観ることができます

 この攻勢で、シェハンはIS戦闘員による度重なる攻撃の舞台となりました。この一連の攻撃の典型的なパターンには、1台の車両運搬式即席爆発装置/自動車爆弾(VBIED)の突入から始まり、続いて鹵獲したアメリカ軍の「M-1114」や「バジャー」ILAV、「M1117」ASVによる攻撃があります。 

 高地を守っていたペシュメルガは、数km離れたところからISの車両が近づいてくる状況を目視できていたため、(特に「ミラン」対戦車ミサイル(ATGM)がペシュメルガに供与された後では)ISがこうした攻撃手法を採用した正確な理由は依然としてわかっていません(編訳者注:この攻撃では敵陣地の到達前に簡単に撃破されてしまうため)。


 シェハンへの攻撃では、数台の(装甲強化型)「M-1114」、1台の装甲強化型「バジャー」ILAV、1台の「M1117」ASVと移動要塞がペシュメルガの陣地に向かって移動したものの、即座に高地から激しい機関銃や迫撃砲、さらには戦車砲の攻撃を受けました。ただし、ペシュメルガからの攻撃のほとんどが外れるか、各車両のDIY式追加装甲で跳ね返されたようです。その結果として、一部の車両は撃破される前に山の近くまで前進することができました。

 移動トーチカは溝に落ちてRPGと(おそらく)迫撃砲弾の直撃を受け、無防備な乗員が殺害されました。こうして、最初の移動トーチカはその生涯を終えたのです。


 二代目は、イラクのモスルにおけるウィラヤット・ニーナワー(ニネベ州)でのIS装甲部隊の演習を取り上げたISのプロパガンダ動画「ダビク・アポイントメント」に最初にして唯一登場しました。「ダビク・アポイントメント(約束の地:ダビク)」とは、シリア北部あるダビクという町を意味したものであり、ISによれば、同地で正義(イスラームの軍勢)と悪(背教徒:つまりIS以外の全て)の最終決戦が行われるというものです。

 大方の予想に反して、この町の近くに有志連合軍の部隊が大規模に展開して(その結果として)戦闘が起こることは、ISが心から望んでいたことでした。空爆やドローンによる攻撃を卑怯な行為と見なす彼らとしては、この戦闘こそが「十字軍(有志連合軍)」と決戦する手段としていたからです。それにもかかわらず、この小さな町は2016年10月、トルコの支援を受けた自由シリア軍によっておとなしく占領されてしまいました。敵にさらなる脅威を与えるためか、動画にはイタリアのローマにあるコロッセオに向かって行進するISの戦車のカットが含まれています。


 「ダビク・アポイントメント」に登場するのは、「防御大隊」と「襲撃大隊」を傘下に置く第3アル・ファルーク機甲旅団で、彼らはウィラヤット・ニーナワーにおける大部分の装甲戦闘車両(AFV)の運用を担っています。動画での第3アル・ファルーク機甲旅団はダビクでの「差し迫った」戦いに備えて訓練を行っており、2台の「T-55」と1台の「59式戦車」、2台の「MT-LB」汎用軽装甲牽引車、2台の「バジャー」ILAV、1台のMRAP、1台の移動トーチカ、1台の「BTR-80UP」装甲兵員輸送車を含む多数のAFVを使い、装備の整った戦闘員(歩兵)と共に標的を撃ち、陣地を襲撃している様子が映し出されていました。 

 下の車両は第3アル・ファルーク機甲旅団が使用しているもので、「 ولاية نينوى - الجند (?) لواء الفاروق المدرع الثالث - ウィラヤット・ニーナワー - 戦士 (?) - アル・ファルーク機甲旅団 - 第3」と書かれています。また、白い円の文章はシャハーダ(信仰告白)の「 محمد رسول الله - ムハンマドはアッラーの使徒である」です。これはISが運用する車両に見られるもので、単に装飾的な目的で施されていると考えられています。


 初代と同様に、この「BTS-5B」もAFVとしての新たな用途のために大幅に改造されました。オリジナルの状態では車両上部に搭載されているクレーンやシュノーケル、さまざまな種類の箱は撤去されています。使用されることはないでしょうが、ドーザー・ブレード(排土板)は残されました。スラット装甲によって光線が遮られるために撤去されたと思われる前照灯を補うため、前部マッドガード(またはフェンダー上)に2個の新しい前照灯が取り付けられています。

 初代では、新たに搭載されたキャビンの周囲にシンプルなブロックが装備されているだけだでしたが、二代目では、車体の周囲と高くなったキャビンの周囲にスラット装甲が取り付けられています。確かに見応えのある見た目ですが、スラット装甲とそれを支持する架台の強度はお世辞にも良いとは言えないものです。おまけに、操縦手の視界は前方に設置されたスラット装甲によって著しく阻害される可能性が高いと思われます。

 初代では特徴的だったゴム製のサイドスカートについては、この二代目には装備されていません。


 武装については、「DShK」12.7mm重機関銃1門を装備して軽機関銃用の支持架を複数備えていた初代から大幅に増強されました。二代目では同じ「DShK」を指揮官(車長)用キューポラに搭載したほか、「KPV」14.5mm機関砲が元イラク陸軍の「M-1114」から、高くなったキャビンの上に移設された装甲銃座に装備されています。

 「KPV」の銃座は敵にとって格好の標的となる一方、高い位置にあるために周囲の視界が良好であり、移動トーチカの見通し線(LOS)上のいかなる目標に対しても射撃が可能という利点があります。


 本物のAFVというよりは歩兵を輸送する重装甲の破城槌と言っても過言ではない初代とは異なり、二代目は正真正銘のAFVに近い存在と言ってもいいでしょう。車体上に搭載されたキャビンの圧倒的な大きさについては、ATGMやRPGの格好の標的にもなることを考慮すると二代目の長所にも短所にもなります。

 二代目移動トーチカの最終的な運命はまだ明らかになっていませんが、モスル周辺にあるペシェルメルガの陣地への攻撃に投入された可能性は十分に考えられます。この2台の移動トーチカの存在は、IS戦闘員がたいていの戦闘状況に頻繁かつ素早く適応できているものの、この地域における戦闘員たちがAFVの運用に関する適切な戦術を理解できないままだったということを証明するものかもしれません。

4枚目と5枚目の画像:Matt Cetti-Roberts via The Kurds Are Close to Mosul—And in No Hurry to Get There.


改訂・分冊版が2025年に発売予定です(英語版)

2025年4月6日日曜日

【復刻記事】イスラム国の戦い:アブ・ハジャールのバラード


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)


 この記事は、2016年4月28日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 ジェイク・ハンラハンが入手した後にVICEニュースによって2016年4月27日にアップロードされた動画には、 敵の激しい銃撃を受けながら、ナヴァラン近郊にあるペシュメルガの陣地に向かって戦友と進撃するイスラム国戦闘員の(彼のヘッドカムで撮影された)壮絶な映像が収められていました。

 モスル北部におけるこの戦いは、戦場で起こるパニックと混乱をはっきりと映し出しています。「よく訓練された士気の高い戦闘員たちが(自身の身を省みず)何の恐怖も感じることなく敵を打ち負かす姿ばかりが映し出される」というイスラム国のメディア部門が公開するプロパガンダ動画で誇示される光景とは完全に異なるものだったからです。この映像については、モスルがイスラム国(IS)に陥落して以降のペシュメルガ部隊が直面している攻勢を、ISの視点から垣間見ることができる貴重な資料と言えるでしょう。

 この映像は攻撃の全容を示しているわけではありませんが、この攻撃はISとペシュメルガの双方によって非常に綿密に記録されています。そこで、当記事では双方が公開した映像や画像を分析し、イスラム国によるこの攻撃の全貌を明らかにしていきます。

 VICEニュースはこの映像が2016年3月に撮影されたものだと誤って伝えていましたが、収録された攻撃は実際にはその数か月前、正確には2015年12月16日に起きました。

 問題の戦闘それ自体について詳しく触れる前に、 モスル周辺におけるISによる装甲戦闘車両(AFV)を使用した同様の攻勢の背景を理解することが重要です。ISに占領された最大の都市であるモスルは、彼らが呼ぶニーナワー州(ウィラヤット・ニーナワー)の州都でした。


 イスラム国に制圧された時点のモスルには、イラク軍と警察用の武器や車両が大量にありました。というのも、彼らが陥落前にそれらの大半を残して脱出してしまったからです。この膨大な装備の大部分はISが戦っていたシリアを含む各地の戦線に速やかに分配され、残されたAFVの一部については、後にIS初の機甲部隊の中核を形成することになります。

 機甲部隊が設立される以前は、イラクにおけるISによるAFVの使用は無秩序なものであり、鹵獲された戦車は運用されるどころか、電撃戦に役立たないと見なされただけで破壊されることも頻繁にありました。例えば、ISはアメリカ製「M1 「エイブラムス」」戦車を何台も無傷で鹵獲したものの、全てが使用されずに故意に破壊されたことがあります。

 これらの機甲戦力が構築される過程で、鹵獲された車両の多くはモスルの「工廠」に送られ、ISのニーズに合わせた兵器プラットフォームに改造されました。こうした車両の一部は、すでに今回触れる攻撃の前に目撃されています。その中には、彼らにとっては無用の長物である「BTS-5B」装甲回収車(ARV)をベースにした2台の改造車両も含まれていました。

 12月のペシュメルガへの攻撃で投入された車両は、おそらく同じ「工廠」で作られたものでしょう。このDIY装甲車は、確かに過去のIS製AFVに見られたような即席の雰囲気を漂わせています。


 詳細はまだ不明のままですが、モスルには少なくとも3個の機甲部隊が編成されていたと考えられており、(第1、第2、第3大隊、場合によってはさらに多くの大隊を持つ)「アル・ファルーク機甲旅団」、ほとんどの車両が黒く塗装された「防御大隊」、そして「襲撃大隊」で構成されています。

 これら3個の部隊に加え、「自殺大隊」と呼ばれる第4の部隊もVBIED(車両運搬式即席爆発装置)という形で多数のAFVを運用しています。ただし、ISが頻繁に使う一般のVBIED攻撃とは異なり、「自殺大隊」は3つの機甲部隊のいずれかに随伴して戦場に送られるのが常です。

 「自殺大隊」のVBIEDは、後続の機甲部隊に道を空けるためのもので、IS版の航空支援ともいえます。今回の攻撃では、「襲撃大隊」と「自殺大隊」の両方が参加しました。

 各大隊は独自の紋章を有しています。例えば、下のものは第3アル・ファルーク機甲旅団が使用しているもので、「 ولاية نينوى - الجند (?) لواء الفاروق المدرع الثالث - ウィラヤット・ニーナワー - 戦士 (?) - アル・ファルーク機甲旅団 - 第3」と書かれています。また、白い円の文章はシャハーダ(信仰告白)の「 محمد رسول الله - ムハンマドはアッラーの使徒である」です。これはISが運用する車両に見られるもので、単に装飾的な目的で施されていると考えられています。

 通常の場合、紋章はステッカーの形で車両に貼られますが、「襲撃大隊」が運用する装甲強化型の「M1114」のように、単に車両にペイントされることもありました。


 ISはシリアでのAFVを取扱う能力は十二分であることを証明した一方、イラクでの場合には不十分な点が残っています。AFVを適切に運用できていない原因の中核は、モスルを拠点に置く機甲部隊にあります。彼らはモスル制圧時に鹵獲した別の車両で損失を補えるという安心感を覚えているため、要塞と化したペシュメルガの陣地にAFVを送り続けていますが、ほとんど効果を上げていません。

 記録に残るこのような大規模攻撃の最初の事例は、2015年1月にシェハーン近郊で発生したものです。この時は数台の「M1114」と「バジャー」ILAV、「M1117」装甲警備車、そしてDIY式AFVが要塞化されたペシュメルガの陣地に突入し、全滅しました。

 しかし、この敗北はISが再挑戦することを躊躇させるものではありませんでした。というのも、前線に機甲部隊を送り込み続けて毎回同じ結果を招いたからです。

 ペシュメルガが高地を維持し、その陣地を増強するのに2年近くを費やしてきたため、十分に調整された攻撃であっても成功する可能性は僅かしかありません。特に、ペシュメルガがドイツから供与された「ミラン」対戦車ミサイル(ATGM)を手に入れた後では特にそうでしょう。

 これが、VICEニュースが公開した動画に収録されている攻撃に繋がるわけですが、この攻撃はISに大損害をもたらし(戦闘員だけでも70人が死亡したと言われている)、文字通り何の利益も得られませんでした。[1]

 攻勢は失敗に終わったものの、ISは攻撃前と攻撃中に撮影された画像を公開しました。皮肉なことに、これらの画像がアップロードされたのは、テレビ局「クルディスタン24」がISの車両がまだ炎上している様子など、失敗に終わった攻撃の惨状をすでに伝えた後でした。

 その翌日にISが公表したフォトリポートには、これらの車両とまったく同じ個体が、攻撃が開始される数時間前までまだ手つかずの状態で収められていました。タイミングが悪かったことは別にして、このリポートは攻撃の展開と、参加した数名の戦闘員の名前を明らかにするなど大きな見識を与えてくれます。

 VICEニュースが公開した映像は0:46から始まります。ここでは、カメラマン(アブ・リドワーン)が「自殺大隊」の自爆攻撃要員が出撃前に最後の言葉を述べる模様が記録されていました。彼は2人の若い戦闘員を連れていますが、攻撃中には姿が見られていないことから、2人は戦闘に参加していない可能性が高いと思われます。

 ビデオカメラの存在は、仮に攻撃が成功した場合に映像がニーナワー州のメディア部門によって公開される予定であったことを示唆していますが、自爆攻撃犯の隣に2人の子供がいることは(むしろ)気まずい印象を感じさせるため、最終的な公開版があっても収録されなかったでしょう。


 次のカットは1:11からで、自爆攻撃要員がVBIEDに乗り込んで目標に向かって出撃する様子が映し出されていました。ISのプロパガンダ映像では滅多に見られない仲間との異様な別れの場面で、彼はアブ・リドワーンに最後の言葉を告げ、母親によろしくと伝えるよう述べています。

 荷台のビニールシートの下に爆薬が積載された彼の装甲強化型車両には「502」というナンバーが付されていますが、これは「自殺大隊」のVBIEDでは一般的なものです。



 この攻撃で、「自殺大隊」は合計4台のVBIEDを投入したと見られており、そのうちの2台を下の画像で見ることができます。

 左の巨大なVBIEDは「自爆大隊」の車両と明記されており、「1000」というシリアルナンバーが施されています。このトラックは十分な装甲が施されているほかに、タイヤを保護するための厚いパネルが車両前部と側面に装着されていることが特徴です。車両の後部には、やはりビニールシートで覆われた爆薬が積載されており、複数の木の枝でカモフラージュされています。

 右の黒いVBIEDの前面にはスラット装甲が装着されており、他の部分にも装甲板が施されています。スラットアーマーの前には、4個のヘッドライトがやや雑に取り付けられている点に注目してください。実際、白昼に攻撃が実施されるとはいえ、ほとんど全ての車両でヘッドライトが確認できるのは、作戦区域への移動が夜間に行われるからでしょう。

 これらの後ろには装甲ブルドーザーが見えますが、これも攻撃に投入されます。


 次の1:31は、アブ・リドワーンの装甲強化型「M1114」の出撃を映し出しています。この車両は、車体の上に装甲キャビンを搭載するように改造されていることに注目してください。このキャビンは、3人の兵員と武器弾薬、そして銃架付きの機関銃を搭載するには十分な大きさです。このような2台の改造車両が攻撃に参加しました。

 もう1台の車両には中国製の「W85」12.7mm重機関銃が備えられている一方で、アブ・リドワーンの車両には重機関銃ではなく(下の画像の右にいる)アブ・ハジャールが射撃手を努めるドイツ製の「MG3」7.62mm汎用機関銃が装備されています。

 リドワーンの「M1114」には、以下の5名が搭乗していました: ハッターブ(運転手)、アブ・ハジャール(「MG3」の機関銃手)、アブ・アブドゥッラー(RPG射撃手)、アブ・リドワーン(指揮官、弾薬手、「RPK "アル・クッズ"」7.62mm機関銃手)、そして前部座席にいるワリード(AKM射撃手)です。

 装甲板が前席座席の視界を遮っているため、動画全体を通してハッターブとワーリドの顔は見えません。

 装甲キャビンに搭乗している3人の戦闘員のうち、戦闘経験があると思われるのはアブ・リドワーンだけです。アブ・ハジャールとアブ・アブドゥッラーの動きはかなりお粗末で、ある意味ではほとんど滑稽に見えるものでした。


 「M1114」の装甲キャビンは、スラット装甲と追加の装甲板によって、車両自身の装甲と組み合わせて十分に防御されています。戦場への移動で3人の乗員が座れるようにするためか、キャビンの内側は発泡体で覆われ、シートベルトが装着されていました。



 もう1台の「M1114」はアブ・リドワーンの車両とほぼ同一ですが、武装は中国製の「W85」12.7mm 重機関銃です。ただし、この車両はスラット装甲を装備しておらず、防御力を車体自身の装甲とやや特殊な追加の装甲版に依存しています。

 車両前部の装甲板にはアクセスパネルが設けられていますが、その目的は不明です(注:エンジンルームの整備用には小さすぎるため)。


 1:43、アブ・リドワーンのGoProが、攻撃に先立って発射される無誘導ロケット弾の一部を撮影しています。

 45発という目を見張る数の、どこにでもある中国製107mmロケット弾を模倣した(精度と破壊力が著しく劣る)無誘導ロケット弾と、少なくとも1門の120mm迫撃砲がペシュメルガの陣地を攻撃するために使用されました。



 1:52は、「襲撃大隊」が戦闘地域に向けて移動する場面から始まります。

 この時点で、4台のVBIEDはすでに目標に向かっていたと思われますが、そのうち少なくとも2台は目標に到達する前に撃破されてしまいました。下の2番目の画像で黒丸で囲まれているのがアブ・リドワーンの車両です。



 2台の改造型「M1114」とは別に、「襲撃大隊」はこの戦闘で複数のDIY式改造車両を投入しました。これらには、もう1台の「M1114」、1台の「M1117」ASV、重機関銃付きキューポラを装備した装甲強化ブルドーザー1台、装甲キャビンと重機関銃付きキューポラを装備した装甲強化大型車1台、そして多種多様な機関銃を装備したDIY装甲のテクニカル数台が含まれます。




 大隊が最初に攻撃を浴び始めたのは動画の2:00の時点のことで、RPGの弾頭が装甲強化型「M1114」の手前で地面に跳ね返る様子が見えます。その僅か数秒後、アブ・リドワーンは楽観的に、遠距離から「アル・クッズ」7.62mm軽機関銃でペシュメルガと交戦し始めました。

 彼が最初のマガジンを空にしてから(そして新しいマガジンを探すのに苦労してから)、アブ・ハジャールは「MG3」で敵と交戦し始めます。ここで乗員の間で最初の問題が発生しました。RPGは右手で操作するように設計されているため、アブ・アブドゥッラーは装甲キャビンの右側に、アブ・ハジャールは左側に、アブ・リドゥワンは後方に立っています。ハジャールの「MG3」は撃つたびに大量の薬莢を排出するわけですが、アブドゥッラーはキャビンから跳ね返ってくる高温の薬莢が当たると訴えたのです。

 彼はハジャールにこの状況を知らせたものの、これを止めるには「MG3」の射撃を止めるか、機関銃を横向きにしなければなりません。



 車両がペシュメルガの陣地に接近すると、アブ・リドワーンとアブ・ハジャールが左側にある陣地との戦闘を開始しました。

 アブ・ハジャールの「MG3」は銃身をキャビン前部の薄い装甲板と手すりに持たせ掛けており、その装甲板の上にバイポッドが置かれていないために「MG3」を全く支えていません。当然のことながら、支えの悪さとアブ・ハジャールの要領の悪さから、彼の「MG3」は手すりから落ちて下の装甲板に発砲し、銃弾がキャビンを飛び交う状況に陥りました。リドワーンとアブドゥッラーは、再び「アブ・ハジャール」と叫び始めたものの、その間にも彼は射撃を続ける有様でした。



 私たちがアブドゥッラーの「RPG-7」を初めて目にしたのもこの時で、彼は「PG-7V」85mm対戦車榴弾と「OG-7V」40mm破片榴弾の両方を対人用に使用していました。
 
 見たところ、全乗員が十分な武装と装備を持ち、それぞれが数本のマガジンと再装填用の銃弾を携帯しています。さらに、車内には大量の食料と水がストックされている状況も確認できました。


 次は2:30からのカットでは、装甲強化型の大型車と僅か1分前に被弾しかけたもう1台の装甲強化型「M1114」が映っていました。一人のRPG射撃手がトラックの装甲キャビンに立って次の獲物に照準を定めようとしている状況です。


 次はアブドゥッラーが最初の「OG-7V」を撃ち、戦友に再装填を頼んだものの、欲しいのが対戦車榴弾か破片榴弾かを言い忘れて再び敵の陣地を眺め始めたカットです。リドワーンは適当に弾頭を掴んでアブドゥッラーに渡しますが、彼は手渡されたことに気づいていなかったため、リドワーンのさらなる苛立ちを招きました。




 その後アブドゥッラーは再装填中にハジャールに援護を頼むという重大なミスを犯しました。当然のことながら、熱い薬莢が再びアブドゥッラーを直撃することになり、彼はハジャールが注意を払っていなかったことに怒りをあらわにします





 アブドゥッラーがRPGを発射する危険が今にも起こりそうなことを察知したリドワーンは彼に用心するよう忠告し、狭い兵員キャビンへのバックブラストの直撃を避けるために体勢を変えることも指示しました。そこでアブドゥッラーは姿勢を変えますが、その調整が十分ではなかったため、バックブラストでリドーワンのヘッドカムが損傷を受けてしまいました。





 次のカットでは、他の装甲強化型「M1114」が被弾して炎上する様子が見えます。ハジャールは敵陣地に向けて発砲を続けますが、ここで再びキャビンの壁に発砲してしまいました。



 ペシュメルガの陣地に近づくと、ライフル・グレネード用に改造されたザスタヴァ「M70」を敵陣に撃ち込みます

 最初の2発は粗雑なDIY品のために発射管に入らないとアブドゥッラーに判断されたようで、3発目の装填を試みます。こちらは簡単に入ったものの、導火線への着火に苦闘しました。結局、リドワーンは自分でもう一度着火しようと試みましたが、ライフル・グレネードが正しく機能しかどうかは疑問です。



 リドワーンがペシュメルガに向けて発射したライフル・グレネードに、ハジャールが当たりそうになる様子が見えます



 リドワーンとアブドゥッラーは、どのRPG用の弾頭を使うかについて意見が一致せず、後者は破片榴弾が必要だと主張しました。結局、リドワーンは彼に対戦車榴弾を渡しますが、(信管の)安全キャップが装着されたままの状態で発射しようとします(注意されてキャップを外す様子が見えます)。

 その間に車両は(おそらく運転手のハッターブが撃たれたせいか)走行を停止し、ペシュメルガにとって格好の標的となってしまいました。



 実際、アブドゥッラーがRPGを発射する前に車両は(おそらく)ペシュメルガのRPGに被弾しました。ハッターブがこの時点まで生きていたとしても、被弾後には確実に生きてません。

 車両後部から脱出する際、地面に横たわっている4人目の人物が見えますが、おそらくハッターブの隣に座っていたワリードでしょう。リドワーンは「アル・クッズ」軽機関銃でペシュメルガに対する射撃を続け、今や使用不能となった「M1114」の後ろに隠れました。





 以降は、混乱した撤退行動が続きます。

 アブドゥッラーとハジャールが低姿勢を維持するべく土の上を横転しながら広野を横切る間に、リドワーンは駆け出したものの、一瞬立ち止まった際に被弾してしまいました。逃げ場のない4人の戦闘員が一時的に応戦を試みた後、 この状況を何とか打開しようとして、自殺的な最後の手段として、無差別には射撃しながら「M1114」に駆け戻るアブドゥッラーの姿が見えます(下の2枚目)。

 リドワーンとハジャールは(先に仲間が用いた横転を採用して)退却を続けますが、最終的には射殺されて終わりました。



 クルディスタン24が撮影した映像には、破壊されたAFVの多くが装甲ブルドーザーによってペシュメルガの陣地近くまで牽引された光景を含む、攻撃の余波が映し出されていました。

 まず、VBIEDの1台ですが、爆弾を起爆前に無力化されています。


 しかし、もっと興味深いのは、このVBIEDの後ろにある車両でしょう。なぜならば、この装甲強化型「M1114」はアブ・ハジャールの車両だったからです。





 また、装甲ブルドーザーも再び目撃されました。一見すると、ISの車両がペシュメルガの陣地に到達できないようにするための対戦車壕の前で立ち往生したように見えます。装甲キャビンは被弾したように見えることから、車両が使用不能に陥ったか、単に運転手によって放棄されたようです。



 攻撃中には見られませんでしたが、アメリカ製の「M1117」装甲警備車(ASV)の残骸もありました。

 この車両には「Mk.19」40mm自動擲弾銃と「M2」ブローニング12.7mm重機関銃が装備されていましたが、ペシュメルガの銃撃か(有志連合軍による)空爆によって完全に破壊されたようです。装甲板はボロボロに引き裂かれ、今や残骸と呼ぶべき物しか残っていません。

 「M1117」のすぐ後ろには、別の詳細不明の車両の残骸も見えました。




 攻撃に投入された(VICEニュースの映像では2:31から映っている)トラックベースの大型車両には、「201」というシリアルナンバーと「襲撃大隊」のステッカーが貼られています。

 注目すべきは車体側面に備えられた梯子です。おそらくは塹壕をよじ登ったり、要塞化されたペシュメルガの陣地に登るためのものでしょう。





 結局のところ、この攻撃は、塹壕や陣地に潜んだ敵に対して稚拙な計画で攻勢をかけた場合、どのような結果をもたらすかを明確に示しています。

 どれだけDIYの大型車両やVBIEDを投入しても戦略的劣勢を補うことはできないし、不慣れなイスラム国戦闘員が必然的な死を迎える前によろめいて混乱する姿は、こうした戦術が少しも成果を上げられないことを明確に示しているはずです。

[1] ''Iraq Kurds repel major ISIS offensive'' http://english.alarabiya.net/en/News/middle-east/2015/12/17/Iraq-Kurds-repel-major-ISIS-offensive.html