2017年8月11日金曜日

4年にわたる内戦の成果:第4機甲師団の装甲強化プロジェクト


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ (編訳:Tarao goo)

 T-72AV及びBMP-2へのスラット・アーマーと空間装甲を用いた部分的な実験に続いて、第4機甲師団は2014年の夏に装甲強化に関する小規模な改修計画を開始しました。数両のT-72M1とブルドーザーを増加装甲で改修した後、現在(2015年時点)ではこの機甲師団は同じ方法で改修されたZSU-23-4「シルカ」自走式対空機関砲(SPAAG)も少なくとも1両を運用しています。

 この計画の目的は、金属製のチェーンでさらに強化されたスラット・アーマー及び空間装甲から成る増加装甲を追加することによってAFVの生存性の確率を向上させることにありました。全体的に見て、それは通常のRPG弾頭に対して360度にわたる範囲で優れた防御力を備えるものとなります。しかし、RPG-29M79オサや後の世代のRPG-7の弾頭(注:PG-7VRタンデム弾頭など)のような強化されたRPGは、そのような装甲を侵徹することについて何ら支障がありません。

       

 この計画の一環として改修された最初の車両は数量のT-72M1であり、後に新しい装甲パッケージの実際の戦闘力をテストするためにジョバルに配備されました。これらの最初の作戦では、改修されたT-72M1のうちの1両がスタックしてその後に乗員によって放棄され、さらに別の車両がジョバルに入った後に完全に破壊されたために、この試験を成功に終わらせることができませんでした:これが野心的な計画の悲劇的なスタートとなりました。[1] [2]

 しかし、この状況は第4機甲師団が改修計画を推し進めることを阻んでおらず、改修された数両のT-72M1はその後もジョバルや東ゴータ、さらにはアレッポの部隊に従事し続けました。この改修を担当する工場はダマスカス北部のアドラにあります。














   



 同工場で開発・製造された同様の装甲パッケージは、第4機甲師団で使用されるブルドーザーにも適用され、そのブルドーザーはダマスカスと東ゴータの近隣で行われている攻勢のほとんどで重要な地位を獲得しました。そこでは、それらの車両が兵士を最前線に輸送し、障害物を除去し、歩兵や戦車を防護するための砂の障壁を高め、地雷原と思しき地点をクリアにするために使用されています。彼らが装甲パッケージの無い状態でこれらを運用していたとき、局所的なDIY装甲を装備していたとしても、反政府軍の対戦車チームや対物ライフル、さらには機関銃の射撃の簡単な餌食となっていました。
 小さな工場の違いや軽微な戦場での改修以外にも、これらには2つのバリエーションが存在することが知られています。


 














 これらのバリエーションは、装甲パッケージの設計と製造がいかにして時間の経過とともに進歩してきたのかを明確に示しています。下の車両はジョバルで活動しており、そこでは主に兵士の輸送や地雷原の処理に使用されました。その車両は2014年12月の後半、おそらく地雷原を処理しようとしている際に「ラフマン軍団」としても知られているフェイラク・アル・ラフマンの戦闘員によって野外で捕獲された後に破壊されました。そのブルドーザーはRPG-7と対物ライフルによる複数の命中弾を受けた後にやっと停止したようです。
その後、ラフマン軍団の戦闘員は放棄されたブルドーザーへ至るトンネルを掘り、車両の回収を妨害するため、その下に梱包爆薬を置きました。その直後に起こった爆発は車体を破壊して炎上し、再使用を不可能にしました。


 
 




   

          

次に装甲の改修を受ける車両としてZSU-23-4が選ばれました。ダラヤで得られた戦歴では、ほとんどの場合においてT-72では狙うことができない、アパートや共同住宅といった高所に位置する反政府軍と交戦可能な車両が必要であることを示しました。

 過去における数ヶ国の先例に続いて、シリアは戦車や歩兵を支援するためにZSU-23-4の大部隊の投入を開始しました。この役割においてシルカの最大の弱点となるのは貧弱な装甲です。本来、シルカはヨーロッパ平野で戦車や歩兵戦闘車(IFV)の後方で航空機やヘリコプターと交戦するような運用を想定して設計されており、その装甲は敵の隠れ家に接近して交戦することに適しているとは程遠いのです。
 シェイフ・マスキン近郊における第82旅団に所属していた車両の最近の映像は、この事実を非情に思い出させるものとして役立ちます。[3]

 装甲パッケージの装着は小火器とRPGの射撃に対するシルカの脆弱性に大きく対処し、車両が以前よりも近接な戦闘での火力支援を可能にしました。非常に高い射撃速度で、大口径を有し、あらゆる潜在的な目標をカバーする仰角と射撃範囲で、それは完璧に理想的な都市制圧型支援車両:シリアの戦場で4年近くにわたって作り上げられた過酷な環境に完全に適応した戦闘マシーンと化しました。
























 T-72M1の正面にある金属製のチェーンがRPGの弾頭などを止めることが不可能と判明した後、改修されたT-72M1のほとんどはチェーンが増加式の空間装甲や単なる金属の断片に置き換えられました。これらの改修はT-72の運用地域で行われていますが、不思議なことに、装甲パッケージを担当する工場が正面に金属製のチェーンを付けたT-72用にチェーンを未だに製造しています。


 紛争が活発になって以来、様々な種類の装備の長所や弱点に関する無数の戦闘報告が提供されるため、改良された装甲に続く派生型がこれらの問題に対処し、ますます有効なものになる可能性が高いと思われます。





  ジョバルで改修されたT-72M1のうちの2両が破壊された後、装甲パッケージの戦闘力は最小限に抑えられたと考えられていました。しかし、これは決して新しい装甲の実際の戦闘能力を表すものではありません。新しい装甲パッケージが乗員に無敵の感覚を与えて乗員が通常より大きなリスクを負うことにつながり、そして車両が破壊される結果をもたらす可能性があるからです(注:「無敵」と思い込んだ乗員が大胆な行動をとりやすくなるために戦車が撃破される率が高まるということ)。

東ゴータからの1枚の画像は戦闘においてその有効性を確認できるものであり、改修されたT-72M1は何発かのRPGの命中を受けた後も無傷のままです。

 実際に何らかの対戦車兵器の命中弾を受けたこの車両からは装甲パッケージの良い面と不都合な面に関して全く論証できないことが明らかですが、第4機甲師団が重要な資源をそれに割り当てることをついて十分に有効性があると判断していることは明らかでしょう。

 これらの車両で行われた改修は、第4機甲師団がまだ息切れを起こしていないことを証明しています。
 ステレオ式測遠機があるおかげでT-72「ウラル」ではこの装甲パッケージの装着は不可能ですが、同じ方法でますます多くのAFVが改修されることが予想されます。

[1] https://youtu.be/gOee0Xrn5nU
[2] https://youtu.be/vAg0UaRqUZM


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 ※ この翻訳元の記事は、2015年1月30日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

2017年8月4日金曜日

DIYに走るシリア軍: S-60 AZP 57mm対空機関砲が2K12 SAM発射車両に搭載された
















著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

現在も進行しているシリアでの内戦は、関係する各勢力が自己の火力を高めるために多くのDIYプロジェクトに取り組むという結果をもたらしている。
悪名高い反政府軍のヘル・キャノン(Hell Cannon)や政府軍のIRAM(Improvised Rocket-Assisted Munition or Mortar:急造ロケット推進弾・迫撃砲、例としてボルケーノ・ロケット)と樽爆弾はそれらの完璧な例であり、かなりの数が生産されているほど十分に成功している。
後者の2つは共和国防衛隊の機甲部隊の一部に施された装甲の強化とともに実際には広く普及しているため、単なるDIYによる改造ではなく工業規格化された改修としてより適切に分類される可能性がある。

DIYプロジェクトは、利用可能な資源と各地の指揮官・兵士の独創性や意欲にたびたび左右される。
これらの条件はシリア各地で大きな差があって幾つかの勢力や地域には十分な武器や弾薬がある一方、他では敵から優位を得るか攻勢を阻むために使用できる十分な火力を確保するべくDIYを余儀なくされている。

S-60 AZP 57mm対空機関砲のトラックへの搭載はシリアで非常に普及しているDIY改造であり、長射程を有する速攻の火力支援を兵士に提供することが比較的容易なものだ。
この改造の唯一の欠点は、トラックのキャビンが障害となって正面がブロックされるために機関砲の射撃範囲が制限されることだ(注:正面に向けて射撃できない)。
こういった改造のためにベースとして選択されたトラックは、多くの場合はごみ収集車(注:文字どおり)であり、要員に小火器の射撃に対するある程度の防護を提供する。

同じ機関砲を2K12 クーブ移動式地対空ミサイルシステム(SAM)の車体であるGM-578(2P25)に取り付けることでこの問題が解決され、砲手が機関砲を完全に旋回させることを可能にした。
最近、限られた数のこのような改造がシリア・アラブ陸軍(SyAA)のために施されているので、近い将来により多くの車両が改造される可能性がある。

改造された2K12の少なくとも1台は現在(注:2015年当時)、ヒズボラとシリア政府軍によって共同で実施されている戦略的に位置づけられたカラマウン地区への攻勢に参加している。
SyAAと共和国防衛隊は、主にヒズボラの戦闘員で構成された歩兵部隊に火力支援の大部分を提供している。



シリア各地に散在する孤立したSAMサイトの脆弱性は、より安全でより強力な政府支配地域に最も脆弱な装備を移動させるという決定につながり、そこでほとんどのSAM中隊が復活させられたが、何らかの理由でその復活は短命に終わった。
スペアパーツの不足や要員を他の任務に配置する必要があるということは、SAM中隊は最小限の要員で運用されるか全部が放棄されたことを意味した。
いくつかの2K12中隊は下の画像のTELと同じ運命を迎えた。
この車両には「الجيش - ١٠٦٠٥٥٨ :陸軍-1060558」という文字が書かれている。
改造された2K12は放棄された車両の1つであり、これらに埃を被らせるのではなくて火力支援のプラットフォームに転換することは道理にかなっている。

この費用対効果の良い改造車両は機動性があり、それゆえに政権側の戦闘員と一緒に進むことができるが、小火器の射撃から乗員を防護する鉄鋼製の車体に搭載することができる弾薬の量が限られるため、火力支援プラットフォームとしての役割を限定する可能性がある。
しかし、リビア・ドーン(リビアの夜明け運動)によって開始された別のDIYプロジェクトでは、2K12を同じような他の用途(注:対地攻撃用)で使用できるように改修することが可能だということを示し
た。
比較的単純な改造をすれば、600kgの3M9ミサイルは非常に頼りにならない影響しか与えないにもかかわらず、地対地攻撃の用途に再利用することができる(注:対地ロケットとして開発されていない対空ミサイルでは、弾頭の種類や特性、それに弾道特性などから命中率も低いためにあまり戦果を期待できないということ)。
現時点では不明だが、まもなくシリアの戦場でもこのような改造車両が使用される姿を目にすることができるかもしれない。


 ※ この翻訳元の記事は、2015年7月11日に投稿されたものです。
    当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年7月28日金曜日

ロシアより愛をこめて:シリアのAK-74M





























スタイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ (編訳:Tarao Goo)

 AK-74Mは現在、シリアを支配するべく戦っている様々な勢力に使用されているアサルトライフルの中で、最も人気のある銃としてその地位を徐々に得ています。もともと、AK-74Mはシリアではわずかな数量しか導入されていませんでしが、最近の供与が内戦で疲弊したこの国においてこの銃の確固たる存在をより確実なものにしました。この銃はシリア・アラブ軍共和国防衛隊だけでなく、国の支配するべく戦っている他のさまざまな勢力にも人気があります。

 シリアは90年代の後半に最初のAK-74Mを導入しましたが、極めて少数に留まりました。この最初のバッチはソ連崩壊のためにロシアとの軍事・技術協力が減少した後、その関係が再開した後の1996年にロシアと取り決めた取引の一部だったと考えられています。

 この取引では小火器、対戦車ミサイル、暗視装置や既にシリアで使用されている兵器の弾薬といった豊富な幅の供与が想定されました。その供与パッケージには大量のAKS-74U、少数のAK-74MやRPG-29RPG-7用のPG-7VR弾頭だけでなく、9M113Mコンクールス対戦車ミサイル、さらにはその当時の時点で改修されたばかりだったT-55MV用の9M117Mバスチオン砲発射式ミサイルも含まれていました。

 シリア側による価格の引き下げと将来の購入に関する支払い計画の延長の要求に対する意見の不一致とロシアへの負債は、両国の深刻な関係の衰退につながりました。それにもかかわらず、発注した兵器の大半は最終的にシリアに引き渡されました。

















 AK-74Mが最初に姿を見せたのは2000年にダマスカスの国民進歩戦線(NPF)本部の前で警備兵が携行している姿を目撃された時です。これらのAK-74Mは最初の納入バッチのものであり、AKS-74Uと共に主に特殊部隊や重要度の高い場所を警護する要員に支給されました。ただし、AK-74Mの量は依然として広範囲にわたる支給を可能にするには少なすぎました。

 2度目のAK-74Mを取得しようとする(今回はより野心的な規模の)試みはシリア内戦に至るまでの数年間に行われました。この間にシリア・アラブ陸軍(SyAA)は歩兵部隊の一部の防護力と火力を向上させることを目的とした。野心的な近代化計画を立ち上げました。










 SyAAは2008年にこの将来の兵士近代化計画の一環として2種類のアサルトライフル、5.45×39mm弾を使用するAK-74Mと5.56×45mm弾を使用するイラン製のKH-2002「ハイバル」をそれぞれ試験しました。この目的のために、イラン防衛産業機構(IDIOまたはDIO)は10丁のKH-2002を担当者と共にシリアへ送り込みました。

 テスト中に10丁のKH-2002のうち2丁以外は全て故障し、恥じているイランの代表者をだしにしてシリア側からの失笑をもたらしました。当然のことながら、このようにしてAK-74Mは「トライアル」の勝者となりました。

 KH-2002の計画はウルグアイの同銃に対する関心が消えた後の2012年に中止されました。輸出注文を引き付けることに失敗しイラン陸軍がこのライフルを購入することに興味がないことは、この計画がイランにおけるオリジナルのアサルトライフルを設計して生産する数少ない真剣な試みの1つに終わる運命にさせました。





 近代化計画には2種類の「新しい」迷彩パターンの製造も見られており、双方ともヒズボラの戦闘員によっても着用されている米国のM81ウッドランド・パターンの正確なコピーです。そのうえ、大量の防弾チョッキとヘルメットを中国に発注して引き渡しを受け、不明な供給国から少数の特殊部隊用の暗視装置も受領しました。
 下の画像の兵士は、最終製品(注:納品された装備)がどのように見えるのかを示しています。ここで留意するべき点として、彼のAK-74Mにはアルファ-7115レーザー・ナイト照準器とGP-30Mアンダーバレル式グレネード・ランチャーが装着されています。























 ロシアがアサド政権の忠実で信頼できる支援者であることを引き続き証明しており、内戦は明らかにロシアが小火器から戦車、多連想ロケット発射機やさらにはシリア空軍 (SyAAF)のためのスペアパーツでさえ供給し続けることを妨げていないことが分かります。決して予想外のことではありませんでしたが、AK-74Mのいくつかの大量のバッチも過去数年間にシリア行きのロシア海軍のロプーチャ級揚陸艦に積載された姿が発見されました。











 シリアに到着した後、これらのバッチはSyAA内への広範囲にわたる支給とより少ない程度で共和国防衛隊への支給も可能にしました。レバノンの闇市場経由で西側の銃器や斡旋されたAKも入手可能ですが、国民防衛軍(NDF)は未だに古いAK-4756式AKMで間に合わせています。
 共和国防衛隊の第104旅団は司令官であるイッサム・ザレディン准将のもと、イスラミック・ステート(IS)の戦闘員を相手にするためにデリゾールに向かう際にかなりの量のAK-74MとAKS-74Uを受け取りました。











 AK-74Mはデリゾールでザレディン准将の護衛を務めるサクル・アル=ハラス(下の画像の左。右はザレディン准将)の選り抜きの武器でもあります。ザフルッディーン准将が個人的に使用する銃はAKS-74Uですが、AK-74Mも何度も使用している姿が見られています。

 ISはシリアを支配するために戦っている勢力の中で最大のAK-74M運用者です。意外なことに、主に見られる捕獲されたM16とM4カービンがイラクからシリアに移されるという通常の武器の流れに反して、非常に多くのAK-74MもイラクのIS戦闘員と共に行き着きました。














 AK-74M自体は近代化されたAK-74の派生型であり、1991年に生産に入りました。同銃はAK-74と比較して使用者により高い汎用性を与えるだけでなく、より軽くて新しいプラスチック製の横折りたたみ式銃床も特徴としています。これは典型的な下折りたたみ式銃床を使用する、それ以前のAKSやAKMSとは対照的です。
















 様々な種類のロシア製の光学機器をAK-74Mに取り付けることが可能であり、より正確な照準を確実にします。これらの照準器はレシーバーの左側にある標準の取り付け用レールにフィットしています。シリアでは、このような照準器を装備したAK-74Mは標準的なアイアンサイトを使用するAK-74Mよりも一般的です。

過 去数年間にシリアが受領した光学照準器とアンダーバレル式グレネードランチャーの数は、数多くのAK-47や56式とAKMにも装備することができるほどに十分な量でした。















 多くのAK-74MにはNSPU暗視装置も装備されていました。シリアでは限られた数のこのような暗視装置が使用できたので、内戦の過程の至る所で散発的な使用が見られました。


 AK-74Mには単発の40mmアンダーバレル式グレネードランチャーを装備することも可能であり、GP-25GP-30Mの2種類が現在までにSyAAによって導入されています。前者は旧世代のライフルでの使用を対象としたものですが、後者はAK-74MやAK-103のようなより最新のアサルトライフル用に設計されています。
 GP-30Mは100mから400mまでの範囲の目標を攻撃することができ、破片榴弾と発煙弾を発射することが可能です(注:そのほかに焼夷弾やサーモバリック弾もある)。 このグレネードランチャーは象限儀式照準器で照準されます。




 AK-74M――このライフルはシリアの戦場で非常に恐れられ、そして愛されており、平和が今までよりもさらに遠ざかったと思われる今、この内戦の過程で大きな役割を果たし続けるに違いありません。






































※ この翻訳元の記事は、2015年2月17日に投稿されたものです。
  当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
  正確な表現などについては、元記事(再アップ待ち)をご一読願います。 
 
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ロシアより愛をこめて:シリアのAK-104

2017年7月21日金曜日

ロシアより愛をこめて:シリアのAK-104

























著:スタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 戦争で荒廃した国:シリアへのAK-104カービンの引渡しは全く報告されていないままであり、戦場への影響はこれまで取るに足らないものでした。それにもかかわらず、これらは定期的にシリアに到着し続けるロシア製兵器の流れの増加を表しています。
 シリアは、90年代から限定的に生産されているこのカービンを受け取った最初の輸出先と考えられています。シリア内戦が結果としてAK-104の実戦デビューと言えます。

 ほとんどがシリア陸軍(SyAA)とそれより少量が共和国防衛隊へ支給された評判が良いAK-74Mとは逆に、少数のAK-104はその殆どが以前のシリアの機動隊に相当するいわゆる治安維持軍に支給されました。
 もともとこの部隊の大半は警防・盾や催涙ガスで装備されたスンニ派の部隊でスタジアムやデモの間に展開していましたが、革命の勃発直後に残存部隊が再編されました。信頼された部隊はその後により殺傷度の高い武器で武装し、現在は政権支配地域の秩序を維持することを含む幅広い任務を遂行しています。

 旧式のAK-47AKM56式がこれらの役割に完全にふさわしいですが、シリアの首脳部は違うように考えて治安維持部隊の兵士にカービンを割り当てました。武器のサイズが近接格闘(CQC)には完璧に適したものになりますで、より多くの数が得ることができるならば、これらが実戦部隊に支給されるものと予想できます。





















 AK-104に対するシリアの関心はシリア軍の代表団がロシアの武器展示会を訪問した際に、この銃の性能について情報提供を受けた2012年に初めて明るみに出ました。この訪問は特にこのカービンへの関心を示させ、その後に未公開の数のAK-104が購入されました。
 AK-104を視察しているシリアの代表団のメンバーは以下の画像のとおりです。






 AK-104の起源はそのほとんどがAK-74Mに遡ることができますが、そこから大口径のAK-103が開発されて同銃に至ります。AK-102、AK-104とAK-105はそれぞれ5.56×45mm、7.62×39mm、5.45×39mm弾用の薬室を備えたAK-103のコンパクト版として設計されたものであり、都市環境での戦闘に最適さをもたらします。マズルブレーキはAKS-74Uに取り付けられているものに似ています。

 治安維持軍の兵士の手に見えるAK-104には同銃用のプラスチック製弾倉の代わりにAKMの弾倉が使用されているようです。AK-74Mに見られるように、AK-104は以前のAKSおよびAKMSが装備している下折りたたみ式銃床の代わりに新型の横折りたたみ式銃床を特長としています。

シリアへの(重火器を含む)兵器の継続的な供給が(IRGC:革命防衛隊ヒズボラなどの)外国のシーア派の戦闘員にますます依存している軍隊を救うのに十分であるかどうかは現時点では不明のままです。
 少数のAK-104は疑いようもなく内戦の結果にほとんど影響を与えないでしょう。しかし、このカービンの存在はシリアに到着するロシアの武器の流れを表しており、この武器の取引は現在の4年目に入った戦争を確実にあおり続けるでしょう。

 ※ この翻訳元の記事は、2015年5月2日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記事(現在は再アップ待ち)をご一読願います。 

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2017年7月18日火曜日

あの世からの復活:スーダンの「Bo-105」が再び空を飛ぶ


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 スーダンが英国から独立した1956年1月に設立されて以来、 スーダン空軍(SuAF)は激動の歴史を歩んできました。もともとエジプトと英国から装備を得て訓練していたものの、1960年代後半にソ連から航空機とヘリコプターを導入した数年後には中国からの装備の導入が続いたのです。

 SuAFはフランスから航空機の購入も試みましたが、結局はアメリカから「F-5E」「C-130」を導入という形で終わりを迎えました。

 1980年代後半になると、彼らはリビアからの航空機とヘリコプターを供与される形で軍事支援を受け始め、その後すぐにより多くの中国製航空機が引き渡されました。中国は、おそらく過去20年の間にスーダンへ航空機を供給し続けたものと思われます。

 近年におけるSuAFの中核は、ロシアやベラルーシ、そして当然ながら中国の航空機によって構成されているものの、彼らはドイツ・スイス・オランダ・カナダといった国から導入した航空機を運用した経験がある(または今でも運用している)ので、東側の機体だけしか知らないというわけではありません。

 幅広い供給源に及ぶ多くの種類の航空機を運用することは既に物流面と財政面では悪夢となっており、1960年代から1990年代初頭のスーダンにおける政情不安は、スーダンが異なる政治的方針と外交政策を持つ政府を頻繁に切り替えることを意味していました。その結果、SuAFが最近導入した航空機用のスペアパーツを入手することができず、作戦能力が低下をもたらし、最終的には1956年の創設以来、飛行隊のほとんどが駐機された状態をもたらしたのです。

 ここ数十年の間、スーダンはより安定した政治的・経済的状況を享受してきました。その主な要因は大規模な油田の発見と大規模な開発であり、これはSuAFのためにより高性能な航空機と装備を購入することを可能にしたようです。

 また、スーダンは中国やイラン、ロシア、アラブ首長国連邦(UAE)に拠点を置く企業の支援を受けて、自国で特定の種類の航空機やヘリコプターのオーバーホールを可能にする施設の設立に成功しました。(より一般的には「サファット・アヴィエーション グループ」の一部である「サファット・アヴィエーション・コンプレックス」と知られる)「サファット・メンテナンスセンター」は2004年に開設され、2006年に航空機のオーバーホール作業が始められました。


 当初、サファットは主にソ連製航空機やヘリコプターのオーバーホールを行うためにもっぱら外国人に依存していたものの、スーダン人の数が増加することで他の外国人の大部分を置き換えることに成功したようです。

 現在のサファットはいくつかの種類の航空機とヘリコプターを独自にオーバーホールすることが可能ですが、大部分の(主要な)プロジェクトでは依然として外国の援助に依存しています。中国製航空機のオーバーホールでは中国人技術者の関与が大きく、ソ連時代の航空機のオーバーホールと整備は主にロシア人とウクライナ人の支援を受け、イランは他のほとんどのプロジェクトで人員と専門的技術を提供しています。

 (以前は「DAVEC(デジェン・アヴィエーション・エンジニアリング・コンプレックス)」として知られていた)「デジェン航空産業」との協定によって、エチオピアはソ連時代のヘリコプターや輸送機、さらにはスーダンとエチオピアの「MiG-23」のオーバーホールでサファットを支援しました。

 それにもかかわらず、SuAFは一部の航空機とヘリコプターをオーバーホールのために海外に送り続けており、サファットがいまだにSuAFの要求への対応ができないことを示しています。

 下の画像はサファットのヘリコプター整備用格納庫の内部を示しており、「Mi-24P(912番機)」 だけでなく背景には4機の「Bo-105」も映しています。



 この4機の「Bo-105」の目撃は、スーダンが長年保管されていたこのヘリの数機を稼動状態に戻すために取り組んでいた最初の兆候でした。同国は1977年に西ドイツから20機の「Bo-105」を発注し、その1年後には全機が引き渡されたと考えられていました。

 これらのヘリコプターの少なくとも12機がスーダンの警察部隊に配備され、残りの8機はある時点でSuAFに配置転換されたようです。警察が運用していた機体は民間用の塗装が施され、SuAFによって運用された「Bo-105」はスーダンの地形に適応した迷彩が塗装されていたので識別は極めて容易でした。


 引き渡された時点の「Bo-105」は新品でしたが、スーダンは80年代初めにさらに深刻な危機に陥ったため、SuAFとスーダン軍全体に損失をもたらしはじめました。社会不安、立て続けに発生する戦争、政情不安は最終的に新たなクーデターをもたらしてオマル・アル=バシール現大統領を権力の座につけ、すぐにスーダンの同盟関係を西側から遠ざけてイランとリビアの方にシフトさせたのです。

 この急激な転換はSuAFが今では西側製航空機のスペアパーツを入手できなくなったことを意味し、「F-5」や「C-130」と他の航空機を飛行禁止にさせる結果に至らせました。もちろん、この対象には、短期間の間に極めてまれにしか飛行していなかったと考えられていた「Bo-105」飛行隊も含まれています。

 残存するこのヘリコプターの大半はSuAF最大の航空基地であるワディ・セイドナに保管され、そこで最終的な生涯を終える可能性が高いと思われていました。



 専門技術やノウハウが向上したおかげで、サファットは(外国からの支援はあるものの)数が増え続ける飛行機やヘリコプターの修理ができるようになり、かつてSuAFで運用されていた(「Bo-105」を含む)二度と飛行しないと思われていた数種類の航空機のオーバーホールも着手しました。
 
 4機の「BO-105」、つまり3機の旧SuAF機と警察が運用する1機は(一般的に「パンハ」として知られている)「IHSRC(イラン・ヘリコプター・サポート・アンド・リニューアル・カンパニー」の支援を受けて2012年にオーバーホールされました。その過程でほかの機体が共食い整備の餌食になったり闇市場を介してスペアパーツを入手した可能性があることは言うまでもありません。

 全4機のヘリコプターに関する作業は、サファットの整備用格納庫の外で駐機している4機の「Bo-105」が衛星画像で発見された2012年後半または2013年初めの時点で完了したと考えられています。

 これらのヘリコプターは2014年の時点でも衛星画像に写り続けており、いまだに試験飛行を行っているのか、単にSuAFへの引渡しを待っていることを示唆している可能性があります(注:2017年現在では駐機されていない)。

 再び運用状態に入った「Bo-105」の1機を下の画像で見ることができます。



 スーダンの「Bo-105」は全機が28発入りのSNIA 50mmロケット弾ポッドと2門の7.62mm機銃を搭載したガンポッドで武装することが可能であり、これは下の画像で見ることができます。

 もちろん、SuAFによって運用されている「Mi-24/35」といった攻撃専用のヘリコプターに比べると、この武装の数は実に少ないものです。こうしたソ連製ヘリコプターはSuAFの主要な攻撃ヘリとしての地位を獲得しており、その耐久性や航続距離とペイロードは彼らをSuAFにとって理想的なプラットフォームにしています。

 それとは反対に「Bo-105」は全く異なるプラットフォームであり、スーダンの厳しい戦場の上で有効活用するための航続距離と装甲が不足しているのは一目瞭然ですが、代わりに武装偵察ヘリコプターとして使用したり、より平和的な任務のために警察へ引き渡すこともできる利点があるのです。


 「Bo-105」がSuAFの能力を大幅に強化する見込みはありませんが、最小限の努力で飛行状態に戻し、結果としてSuAFに少なくとも4機を再び存在させることになりました。  

 おそらくより重要なのは、このヘリに関する作業がスーダンにとっての重要な一歩を示していることであり、将来的に航空機やヘリコプターのオーバーホールをより自立して行うことになる可能性があるということでしょう。

 編訳者追記:復活したスーダンの「Bo105」については3機がSuAF、1機が警察に引き渡されたようですが、2016年10月26日に空軍所属機1機が墜落しパイロットが殉職し乗員2名が負傷する事故を起こしたという報道があって以降、2023年2月28日現時点で残存機がどのような状態にあるのかは判然としてません。

※  当記事は、2016年6月18日に本国版「Oryx」に投稿されたものを翻訳した記事です。
   当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があ
  ります。



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