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2023年11月26日日曜日

コーカサスの風変わりなAFV:アルメニアの「BMP-1-ZU」


著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 自国軍の戦闘力を向上させるというアルメニアの試みは、小型軽量な多連装ロケット砲から塹壕の安全な場所で発射可能な遠隔操作式の機関銃、さまざまな種類のドローン、さらには対戦車ミサイル(ATGM)の脅威から戦車を守る赤外線ダズラーまでのあらゆる装備の設計・生産という形で具現化されてきました。[1] [2]

 これらの大部分については、 アルメニア軍が何十年にもわたって激しい紛争で戦っていたにもかかわらず全く注意を向けられなかったという事実と生産数が少なかったという結果として、無名のままとなってしまっていました。

 アルメニアは自国軍の現代化と戦力を拡大するための独自の解決策を考え出すことに創意工夫を凝らしているものの、機甲部隊の強化には比較的僅かな努力と資源しか費やしていません。

 2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でアルメニアは44日間の戦闘で250台以上の戦車を失い、徘徊兵器・「スパイク」ATGM・UCAV(無人戦闘航空機)に直面した大規模な機甲戦の無益性が実証されましたが、それはアルメニアがこれまで力を入れてきた努力の結果だったとも言えるでしょう。[3]

 2020年の戦争でこうした戦略が大敗に終わってから 2 年以上も経過した現在でさえ、アルメニア軍は従来の作戦プランから全く脱却できていません。[3]

 実施された数少ない装甲戦闘車両(AFV)の能力向上プロジェクトの1つとして、「MT-LB」汎用装軌装甲車の大半にユーゴスラビア製の 「M55」20mm三連装対空機関砲、まれに「ZU-23」23mm対空機関砲、さらには「AZP S-60」57mm対空機関砲を搭載するという火力支援車への改修事業があります。

 その偏在性と現代の戦場では見当違いな存在だったため、対空機関砲を装備した「MT-LB」は2020年の戦争で少なくとも40台が失われました。この40台のうち、約12台が「バイラクタルTB2」に、2台が「スパイク-ER」ATGMに撃破され、残る26台が鹵獲されています(注:ナゴルノ・カラバフにおける対空戦闘での有効性は低かったとしても、対地攻撃で一定の効果を発揮することは世界各地の紛争で実証されています)。 [2]

 数多くのDIY的な近代化を試みる対象となったもう1種類のAFVが、おなじみの「BMP-1」歩兵戦闘車(IFV)です。航空機やヘリコプターから取り外したロケット弾ポッドや三連装の「9M14M "マリュートカ"」ATGM用発射機の搭載による「BMP-1」の戦闘能力を向上させる最初期の試みは、第一次ナゴルノ・カラバフ戦争(1991~1994年)で大いに活用され、1990年台後半か2000年代初頭のどこかの時点でアルメニアの技術者によってより複雑な近代化をもたらすことに至らせました。

 この記事で「BMP-1-ZU」と言及する改修型は、「ZU-23」と「ZSU-23」から取り外された2門の23mm機関砲を搭載するという改修を受けた多数の「BMP-1」を指します。

 イランとギリシャが 「BMP-1」の「2A28」73mm低圧砲を搭載した砲塔を装甲で覆われた「ZU-23」へと換装したのに対して、アルメニアの技術者は73mm砲の上へダイレクトに機関砲を搭載するという気の利いた方法を考案しましたが、砲の上にあるレールからのATGM発射能力を失うという唯一の代償も伴いました。

 この結果として生み出されたのが、IFVとレーダー未装備の自走対空砲(SPAAG)の機能を組み合わせた装甲戦闘車両でした。


 23mm機関砲はヘリコプターや低空飛行する航空機に対して一定の有効性を持つものの、2020年の戦争でアゼルバイジャンのUCAVや長距離ATGMを搭載した攻撃ヘリ、そして徘徊兵器の脅威に対処するには完全に不十分であることが判明したのが明らかとなっています。

 もちろん、「BMP-1-ZU」が改修されたのは、アルメニア軍にとっての空の脅威が無誘導爆弾や無誘導ロケット弾で武装した(「Su-25」などの)低空を飛行する航空機やヘリコプターしかなかった時代であることを覚えておくべきでしょう。

 また、23mm砲の仰角が低いため、「BMP-1-ZU」は(何とかして敵を射程内に入れた場合に)友軍への火力支援を実施するという副次的な役割も果たすことが可能となっています。

 IFVと対空自走砲を組み合わせるというアルメニアの解決策は素晴らしいものでしたが、「BMP-1」に対空機関砲を搭載するという単純な作業にしては、その運用方法が非常に面倒な解決策にもなってしまいました。なぜならば、砲塔内部から機関砲を操作する仕組みのため、砲手の作業負荷が大幅に増加してしまったからです。つまり、砲手は73mm低圧砲と「PKT」 7.62mm同軸機銃に加えて対空機関砲も操作する必要が生じたというわけです。

 機関砲弾は通常ならば「ZU-23」専用の40発入りの弾薬箱2個に収められているものですが、「BMP-1-ZU」では砲塔の周囲に沿って設けられたケースに入れられたベルトリンクから砲に装弾される方式になったため、弾詰まりが大幅に生じやすくなっています 。

 創意工夫の結果としてこの非常に巨大な車両が誕生したわけですが、その複雑さは堂々たるものである一方で驚くほど実用性に欠けるものでもありました。


 「BMP-1-ZU」は、(現在のアルメニアでアルツァフ共和国と呼ばれる)ナゴルノ・カラバフに配備されているアルメニア軍によって使用されていたようです。

 首都ステパナケルトで行われたアルツァフの戦勝記念パレードに参加する目的で、「BMP-1-ZU」は(アルメニア国旗に白い逆「く」の字状の模様が加わえられた)アルツァフの国旗と紋章で装飾されたことがありました。このマーキングはパレード後もしばらくの間は残っていましたが、2020年の戦争でアゼルバイジャンによって鹵獲された1台の「BMP-1-ZU」では消えている状況がはっきりと分かります(注:新たにデジタル・パターン状の迷彩塗装が施されるに伴って塗りつぶされたのかは不明)。

「BMP-1-ZU」は「ZSU-23」自走対空砲から取り外された2門の「2A7」23mm機関砲を搭載した派生型である

 アルメニアで依然として運用されている少数の火力増強型「BMP-1」は、ナゴルノ・カラバフをめぐる新たな紛争が機械化部隊による大規模な戦闘から成ると考えられていた過去を思い出させる存在として、今後も引き続いて運用される可能性が高いでしょう。

 この風変わりなAFVは次第に戦われる可能性が年々低くなった紛争のために考え出されたものですが、それでもアルメニアの技術者の創造力と海外から調達した装備に依存せずに独自の解決策を見出す能力を示しています。

 この種の創意工夫が、今後10年間におけるアルメニア軍の再建に重要な役割を果たすのではないでしょうか。


[1] Trench Warfare Revisited: Armenia’s Indigenous Remote-Controlled Armament https://www.oryxspioenkop.com/2021/03/trench-warfare-revisited-armenias.html
[2] Shoot-And-Scoot: Armenia Designs New Lightweight MRL https://www.oryxspioenkop.com/2021/07/shoot-and-scoot-armenia-designs-new.html
[3] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
  したものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した

2023年9月24日日曜日

資金不足と工夫の果てに:アルメニアの「S-125(SA-3)」地対空ミサイル改修計画

トレーラーに搭載されたアルメニアの「S-125」用発射機

著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ

 2010年代、拡大するアゼルバイジャンの無人機戦力に遅れをとることなく、既存の地対空ミサイル(SAM)とレーダーシステムの老朽化に対処するため、アルメニアは防空戦力の広範囲にわたる近代化計画に着手しました。

 「トール-M2KM」「ブーク-M1-2」、ロシア製の電子妨害装置である「レペレント-1」「アフトバザ-M」といった新型装備の導入が最も注目を集めるでしょうが、旧式システムのオーバーホールやアップグレードも実施されました。その中には、「2K11/SA-4"クルーグ"」「2K12/SA-6 "クーブ"」「S-125/SA-3 "ペチョーラ "」といった1960年代に開発されたSAMシステムも含まれていたのです。

 アゼルバイジャンへの抑止力としてロシアから最大12機の「Su-30SM」戦闘機を購入することにより多くのメリットを見出した政府と慢性的な資金不足に直面した結果、旧式SAMのアップグレードについては、結局は使い古された部品の交換や一部のアナログ部品のデジタル化、そのほかの段階的な変更に限られてしまいました。[1]

 これらのアップグレードは確かに戦闘力をいくらかは向上させたものの、最終的に2020年のナゴルノ・カラバフ戦争において、「2K11」や「2K12」、そして「S-125」などの旧式化したシステムに戦闘で勝利する見込みをもたらすには完全に不十分なものでした。

 2010年代初頭の時点では、アルメニアは依然として現役の「S-125」陣地を5つも維持していました。当時、「S-125」はまだアルメニアが保有するものでは高性能なSAMの1つであり、「ブーク-M1-2」や「トール-M2KM」の導入はまだ数年先のことだったのです。

 2015年以前に、アルメニアの公共株式会社(OJSC)であるチャレンツァヴァン工作機械工場は、トレーラーに「S-125」の4連装発射機を搭載するという、控えめなアップグレード計画を立ち上げました。[2]

 この改修で搭載できるミサイルの数は4発から2発に減少したものの、発射機をトレーラーに搭載することで、SAMシステムの機動性は大幅に向上しました(注:トレーラーの車幅上、発射機の装填部分を2発分に減らさざるをえなかったものと思われます)。つまり、この改修は部隊の展開時間を大幅に短縮させ、「S-125」をSAMサイトに配備する固定式のシステムから半移動式として使用することを可能にしたわけです。

 発射機と同様に、「S-125」システムを構成する「SNR-125 "ロー・ブロー"」火器管制レーダーも牽引式トレーラーに搭載された可能性があります。

 通常、この2つのコンポーネントは改修された対空砲の車体に載せられていますが、展開するのに長い時間を要するというデメリットがありました。また、アルメニアはミサイル輸送車両の機動性の向上も求め、老朽化した「ZiL-131」トラックをより近代的なカマズ製トラックに更新しようと試みました。

 アルメニア軍が「S-125」システムをより柔軟に展開できるようにするための非常に経済的なアップグレード計画であったことにはほぼ間違いありませんでしたが、結果的により多くの発射機が改修されることはなかったようです。

エレバンでの軍事パレードに登場した、2発の「5V27D」ミサイルを搭載したカマズ製トラック(2016年9月)

 2020年には、4つの「S-125」サイトが稼働していました。れらのサイトは、アルメニアのエレバン、マルトゥニ、ヴァルデニス、そしてナゴルノ・カラバフのステパナケルトの周辺に設けられていました。

 2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で、理論上は戦闘に参加するには十分な場所に位置していたアルメニアの「S-125」サイトが1つだけありました。そのサイトはステパナケルト空港に隣接しており、2019年末に設けられたばかりのものでした。

 「SNR-125 "ロー・ブロー"」火器管制レーダー1基とミサイル発射機2基で構成されていたこのサイトの運用については、2020年10月17日、IAI「ハロップ」が「SNR-125」に直撃してミサイルを誘導するレーダーを喪失したことでサイトが無用の長物となったため、突如として終わりを迎えました。[3] [4]

 どうやらレーダーがステパナケルト上空の徘徊兵器を追跡できなかったため、直撃を受ける前に同サイトからミサイルは発射されなかったようです。[5]

 一方で、アゼルバイジャンはこのサイトの破壊については全く優先していなかったようで、ナゴルノ・カラバフ戦争が始まってから約3週間が経過してようやく破壊を完了させました。

 ちなみに、アゼルバイジャン自身は依然として10基の「S-125」を運用していると推定されていますが、その大部分はベラルーシによって「S-125TM "ペチョーラ-2TM" 」規格にアップグレードされたと考えられています。[6]

 このうち8つのサイトはナゴルノ・カラバフの周囲に環状に設けられていますが、戦争が終わった今、その全てがカラバフかアゼルバイジャンの別の地域に移転させられる可能性が高いと思われます。

徘徊兵器「ハロップ」が直撃する寸前のステパナケルト空港付近に配備された「SNR-125」

 試作段階で暗礁に乗り上げた「S-125」を動員しようと試みた一方で、ベラルーシの「Alevkurp」社が同様のシステムの設計を成功裏に完了させています。「S-125–2BM(別名:PF50 " アレバルダ ")」と命名されたこのアップグレード型も、「S-125」の限界を大幅に改善し、低空飛行する航空機やUAVをより効果的に照準できるようにしたものです。[7]

 また、「S-125」の機動性を向上させた別の改良型としては、ベネズエラ、モンゴル、タジキスタン、トルクメニスタン、シリア、ミャンマー軍で商業的成功を収めたロシアの「ペチョーラ-2M」があります。

 これらとは別に、北朝鮮、キューバやポーランドを含むほかの国々も自国が保有する「S-125」の機動性を向上させようとしてきました。後者の2国の場合、「S-125」の発射機は「T-55」戦車の車体に搭載されました(注:北朝鮮の場合はアルメニアと同様に2連装発射機をトラックに搭載したもの。また、詳細不明ながらも戦車に発射機を搭載する試みはエチオピアでも行われています)。[8] [9]

トルクメニスタン軍の「S-125–2BM」はアルメニアの改修型とは異なって、4発のミサイルが搭載可能

 現在のアルメニアは(将来再発するかもしれない)アゼルバイジャンとの紛争で旧式化した装備が役に立ちそうもないと知りながら、それらの大半を運用し続けるか、それとも退役させるかというジレンマに直面しています。

 「S-125」のようなシステムの退役は、書面上では戦闘能力の大幅な低下をもたらしますが、結果的にアルメニアの戦時能力にはほとんど問題を及ぼすことはないと言うこともできます(旧式で役に立たなかったため、あっても無くても変わりないということ)。

 この見通しが最終的に「S-125」の発射機をトレーラーに搭載して機動性を高めるというアルメニアの計画を葬り去ったかどうかは不明ですが、(仮に実用化に成功したとしても)役に立たなかったことは間違いないでしょう。


[1] Вклад ВПК Армении в развитие ПВО и военной авиации https://vpk-armenii.livejournal.com/71391.html
[2] ОАО «Чаренцаванский станкостроительный завод» https://vpk-armenii.livejournal.com/3852.html
[3] Azerbaijan`s Defense Ministry: Armenia`s S-125 anti-aircraft missile system disabled https://azertag.az/en/xeber/Azerbaijans_Defense_Ministry_Armenias_S_125_anti_aircraft_missile_system_disabled-1617041
[4] https://twitter.com/azyakancokkacan/status/1319186262968991744
[5] The current state of the air defense system of Azerbaijan https://en.topwar.ru/137819-sovremennoe-sostoyanie-sistemy-pvo-azerbaydzhana.html
[6] https://defence-blog.com/turkmenistan-parades-s-125-2bm-air-defense-missile-system/
[7] https://i.postimg.cc/6p94x0pY/s-125-t55-image02.jpg
[8] Polish S-125 M Surface-to-Air Missile Shoots Down Drone During Exercise https://youtu.be/fQ2tyO0NtYw

※  当記事は、2021年12月19日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも 
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
  あります。



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2023年9月22日金曜日

地獄を呼ぶMRL:アルメニアのランド・マットレス


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 アルメニアの兵器産業は1990年代半ばに創設されましたが、その詳細と開発した兵器については全く知られていません。その後の数十年でいくつかの見込みのあるプロジェクトが発表されたにもかかわらず、アルメニア軍からの資金援助や関心を引き出すことができなかったため、設計案の大半は青写真のままで終わるか(実際に製造されても)試作品の域を超えて開発が進むことはありませんでした。

 それでも、最終的に日の目を見ることになった多くのプロジェクトは、このような兵器産業がある程度存続していることを思い出させてくれる役割を果たしています。

 そのようなプロジェクトの1つが、その異様な見た目のおかげで映画「マッドマックス」の世界からそのまま飛び出してきたような装軌式のランド・マットレス(多連装ロケット砲:MRL)です。この人目を引くシステムは、味方の地上部隊の前進を妨げる可能性があるものを文字通りそのエリアから一掃するために設計されたと考えられています。そのため、同システムには27本のロケット弾用の発射管が装備されており、火力支援で効果的に使用することが可能です。

 ただし、このシステムは高度な誘導方式や高い命中精度を用いるのではなく、大量のロケット弾と重量級の弾頭によって敵がいるエリア全体を包括的に火力を浴びせるという典型的な無誘導型MRLとなっています。

 残念なことに、このシステムの運用履歴や使用されているロケット弾、そしてアルメニアの防衛産業によって最終的に生産された数については全く知られていません。

 しかし、発射システムと使用するロケット弾の種類の双方の設計は比較的スタンダードなものである可能性があります。ロケット弾自体の直径は約200mmであり、通常の弾頭を搭載して数キロメートルの射程距離で効果的に使用できる能力があると思われます。もちろん、射程距離を伸ばすことは可能なはずですが、おそらくロケット弾の命中精度をさらに低下させてしまうでしょう。

 外見的な類似性から、このMRLとロシアの「TOS-1(A)」重火炎放射システムをすぐに比較する人がいるかもしれませんが、MRLは完全に異なるカテゴリーに属しています。

 最も注目すべき点として、「TOS-1」がサーモバリック弾頭のロケット弾を発射するのに対し、アルメニアのシステムのロケット弾は通常弾頭を搭載している可能性が高く、発射機の構造も比較的DIY的ということがあります。

 アルメニアとアゼルバイジャンの双方が2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で「TOS-1(A)」を投入して活躍しましたが、アルメニアは1台を失ったことが確認されており、(視覚的に確認されていないものの)アゼルバイジャンはさらに数台を失ったと伝えられています。[1]

        

 しかし、この「ランド・マットレス」プロジェクトを成功させるには、ロケット弾の設計・製造以上のものが必要とされました。課題の1つは、27本ものロケット弾用の発射管を(安全に)搭載できる十分な大きさの車両を見つけることでした。

 アルメニアのエンジニアはその解決策を「GM-123」シャーシに見出したようです。なぜならば、同国の2K11「クルーグ(NATO呼称:SA-4 'ガネフ')」地対空ミサイル(SAM)システムの大半が退役した後、このシステムに用いられていた多数の同シャーシを転用することができたからです。

 2K11の巨大な「9M8」ミサイルを撤去することで、シャーシ上にロケット弾発射機の搭載に使用できる十分なスペースができました。どうやら、 MRLへの転用後も「クルーグ」のエレクター機構はそのまま維持されたようです。もちろん、もともとはミサイルをほぼ垂直に発射するように設計されたものだったため、その仰角範囲は確かにMRLシステムとして使用するにも十分なものでした。

退役した2K11「クルーグ」(ステパナケルト郊外にて)

 いくつかの2K11「クルーグ」SAMは辛抱強く現役に残り続けて2020年のナゴルノ・カラバフ戦争に参加しましたが、同じく依然として公式に現役にあった2K12「クーブ」と同様に、2K11も戦争中は基本的にアゼルバイジャン軍による「射撃の練習台」として使われてしまいました。

 アルメニアは少なくとも2つの老朽化したこれらのSAMサイトを維持していましたが、戦争中に使おうとしませんでした。それでもアゼルバイジャンからの攻撃を避けることはできず、結果として2K11の発射機1台と1S32「パット・ハンド」レーダー1基が破壊されました。[1]


 ナゴルノ・カルバフ戦争中に保有する重火器の約半分を失ってしまったため、アルメニア軍は少なくとも以前の戦力の一部を再建するために自国の軍需産業に協力を求めるだけでなく、徘徊兵器のような緊急に必要とされる新しい戦力を導入することになるでしょう。

 とはいえ、ナゴルノ・カラバフの大半を喪失したため、大規模な常備軍を運用する理由も一緒に失われてしまいました。

 それでも、2021年6月に新しいタイプの軽量型MRLが目撃されたことは、新しいプロジェクトが確実に進行していることを示しています。[2]

 軽量型MRLプロジェクトとそれに続く別のプロジェクトは、ここで取り上げた彼らの大先輩よりも大きな影響を与えることになる可能性があります。そして、これらのシステムのレガシーは独自のMRLを設計するための最初の本格的な試みの1つとして受け継がれていくでしょう。


特別協力: Magomedov Mukhtar

【日本語版編訳者による追記】
 画像を確認するとMRLが複数台存在することが確認でき、各車両がヘッダー画像とは異なるカラフルな迷彩が施されていることが分かりました(車両ごとにナンバーが割り振られており、最も数が大きいものは「7」であったことから、少なくとも7台は存在していたことを意味する)。
 驚くべきことに一部の車両はロケット弾が発射管から飛び出た状態で放棄されていました。これは燃焼剤の不具合によるものか戦闘で撃破されたものかは不明ですが、少なくともこれらが戦闘に投入されていたことを示す証拠と言えるでしょう。
 ちなみに、ロケット弾には161.5mmとの文字が記載されていますが、これが口径だった場合はアルメニア自身でロケット弾を製造していたことが推し量れます。

ナンバー「05」は無傷に見える:右奥の個体は損傷か発射による噴煙で発射機が黒ずんでいる

ナンバー「05」を後ろ見た様子:弾薬が装填されているが一部が空であることは、2023年の戦闘で使用された可能性を示唆している

ナンバー「06」と「07」:ロケット弾が装填されておらず、車体後方に噴煙の後が見えないので実戦には投入されていないかもしれない(ただし塗装が綺麗なので、囮ではなく実戦用の装備として屋内で保管されていたことは確実だろう)

発射中にロケット弾が停止している:撃破か燃焼不良によるものかは不明だが、このMRLの口径と弾頭重量を明らかにする貴重なショットである

このMRL専用のロケット弾保管庫:使用期限や状態が怪しいものはあるが、このMRLを戦力として数に入れていたことだけは確実のようだ(入り口のカモフラージュネットがそれを示している)

[1] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[2] https://twitter.com/Caucasuswar/status/1408446699358543874
[4] https://x.com/wwwmodgovaz/status/1718949463060848648?s=20

※  当記事は、2021年11月13日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。


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2023年9月20日水曜日

2023年ナゴルノ・カラバフ戦争:アルメニアとアゼルバイジャンが喪失した装備(一覧)



著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


  1. この記事は、2023年9月20日に「Oryx」本国版(英語)で公開された記事を日本語にしたものです。
  2. この一覧については、2023年ナゴルノ・カラバフ紛争で損失した(アルツァフを含む)アルメニア軍とアゼルバイジャン軍の軍事装備等に関する包括的に網羅することを目的としています。
  3. この一覧は、写真や映像によって証明可能な撃破または鹵獲された兵器類だけを掲載しています。したがって、実際に喪失した兵器類は、ここに記録されている数よりも多いことは間違いないでしょう。
  4. 被害を受けた施設や鹵獲された民間の車両については、この一覧に含まれていません。
  5. この一覧については、資料として使用可能な映像や動画等が追加され次第に更新されます。
  6. 2020年ナゴルノ・カラバフ戦争における損失兵器一覧はこちらです
  7. 2021年のアルメニア-アゼルバイジャン国境紛争における損失兵器一覧はこちらです
  8. 2022年のアルメニア-アゼルバイジャン国境紛争における損失兵器一覧はこちらです
  9. 各兵器類の名称に続く数字をクリックすると、破壊や鹵獲された当該兵器類の画像を見ることができます
  10. 最終更新日:2023年9月30日(本国版は9月28日)

アルメニア側の損失(60, このうち撃破: 17, 鹵獲:43)


戦車 (4, このうち鹵獲: 4)

装甲戦闘車両 (3, このうち鹵獲: 3)

歩兵戦闘車 (5, このうち鹵獲: 5)

重迫撃砲 (3, このうち撃破: 1, 鹵獲:2)

牽引砲 (15, このうち撃破:6
, 鹵獲:9)

地対空ミサイルシステム支援車両 (2, このうち鹵獲: 2)
  • 1 9T217 弾薬輸送車兼装填車 (9K33 "オーサ" SAM用): (1, 鹵獲)
  • 1 指揮車両(9K332MK "トール-M2KM" SAM用): (1, 鹵獲)

地対空ミサイルシステム (4, このうち鹵獲: 4)

無人機 (2, このうち墜落: 1, このうち鹵獲: 1)

車両 (19, このうち撃破: 10, 鹵獲:9)


アゼルバイジャン側の損失(2, このうち撃破:2)


戦車 (1, このうち撃破: 1)