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2023年9月24日日曜日

資金不足と工夫の果てに:アルメニアの「S-125(SA-3)」地対空ミサイル改修計画

トレーラーに搭載されたアルメニアの「S-125」用発射機

著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ

 2010年代、拡大するアゼルバイジャンの無人機戦力に遅れをとることなく、既存の地対空ミサイル(SAM)とレーダーシステムの老朽化に対処するため、アルメニアは防空戦力の広範囲にわたる近代化計画に着手しました。

 「トール-M2KM」「ブーク-M1-2」、ロシア製の電子妨害装置である「レペレント-1」「アフトバザ-M」といった新型装備の導入が最も注目を集めるでしょうが、旧式システムのオーバーホールやアップグレードも実施されました。その中には、「2K11/SA-4"クルーグ"」「2K12/SA-6 "クーブ"」「S-125/SA-3 "ペチョーラ "」といった1960年代に開発されたSAMシステムも含まれていたのです。

 アゼルバイジャンへの抑止力としてロシアから最大12機の「Su-30SM」戦闘機を購入することにより多くのメリットを見出した政府と慢性的な資金不足に直面した結果、旧式SAMのアップグレードについては、結局は使い古された部品の交換や一部のアナログ部品のデジタル化、そのほかの段階的な変更に限られてしまいました。[1]

 これらのアップグレードは確かに戦闘力をいくらかは向上させたものの、最終的に2020年のナゴルノ・カラバフ戦争において、「2K11」や「2K12」、そして「S-125」などの旧式化したシステムに戦闘で勝利する見込みをもたらすには完全に不十分なものでした。

 2010年代初頭の時点では、アルメニアは依然として現役の「S-125」陣地を5つも維持していました。当時、「S-125」はまだアルメニアが保有するものでは高性能なSAMの1つであり、「ブーク-M1-2」や「トール-M2KM」の導入はまだ数年先のことだったのです。

 2015年以前に、アルメニアの公共株式会社(OJSC)であるチャレンツァヴァン工作機械工場は、トレーラーに「S-125」の4連装発射機を搭載するという、控えめなアップグレード計画を立ち上げました。[2]

 この改修で搭載できるミサイルの数は4発から2発に減少したものの、発射機をトレーラーに搭載することで、SAMシステムの機動性は大幅に向上しました(注:トレーラーの車幅上、発射機の装填部分を2発分に減らさざるをえなかったものと思われます)。つまり、この改修は部隊の展開時間を大幅に短縮させ、「S-125」をSAMサイトに配備する固定式のシステムから半移動式として使用することを可能にしたわけです。

 発射機と同様に、「S-125」システムを構成する「SNR-125 "ロー・ブロー"」火器管制レーダーも牽引式トレーラーに搭載された可能性があります。

 通常、この2つのコンポーネントは改修された対空砲の車体に載せられていますが、展開するのに長い時間を要するというデメリットがありました。また、アルメニアはミサイル輸送車両の機動性の向上も求め、老朽化した「ZiL-131」トラックをより近代的なカマズ製トラックに更新しようと試みました。

 アルメニア軍が「S-125」システムをより柔軟に展開できるようにするための非常に経済的なアップグレード計画であったことにはほぼ間違いありませんでしたが、結果的により多くの発射機が改修されることはなかったようです。

エレバンでの軍事パレードに登場した、2発の「5V27D」ミサイルを搭載したカマズ製トラック(2016年9月)

 2020年には、4つの「S-125」サイトが稼働していました。れらのサイトは、アルメニアのエレバン、マルトゥニ、ヴァルデニス、そしてナゴルノ・カラバフのステパナケルトの周辺に設けられていました。

 2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で、理論上は戦闘に参加するには十分な場所に位置していたアルメニアの「S-125」サイトが1つだけありました。そのサイトはステパナケルト空港に隣接しており、2019年末に設けられたばかりのものでした。

 「SNR-125 "ロー・ブロー"」火器管制レーダー1基とミサイル発射機2基で構成されていたこのサイトの運用については、2020年10月17日、IAI「ハロップ」が「SNR-125」に直撃してミサイルを誘導するレーダーを喪失したことでサイトが無用の長物となったため、突如として終わりを迎えました。[3] [4]

 どうやらレーダーがステパナケルト上空の徘徊兵器を追跡できなかったため、直撃を受ける前に同サイトからミサイルは発射されなかったようです。[5]

 一方で、アゼルバイジャンはこのサイトの破壊については全く優先していなかったようで、ナゴルノ・カラバフ戦争が始まってから約3週間が経過してようやく破壊を完了させました。

 ちなみに、アゼルバイジャン自身は依然として10基の「S-125」を運用していると推定されていますが、その大部分はベラルーシによって「S-125TM "ペチョーラ-2TM" 」規格にアップグレードされたと考えられています。[6]

 このうち8つのサイトはナゴルノ・カラバフの周囲に環状に設けられていますが、戦争が終わった今、その全てがカラバフかアゼルバイジャンの別の地域に移転させられる可能性が高いと思われます。

徘徊兵器「ハロップ」が直撃する寸前のステパナケルト空港付近に配備された「SNR-125」

 試作段階で暗礁に乗り上げた「S-125」を動員しようと試みた一方で、ベラルーシの「Alevkurp」社が同様のシステムの設計を成功裏に完了させています。「S-125–2BM(別名:PF50 " アレバルダ ")」と命名されたこのアップグレード型も、「S-125」の限界を大幅に改善し、低空飛行する航空機やUAVをより効果的に照準できるようにしたものです。[7]

 また、「S-125」の機動性を向上させた別の改良型としては、ベネズエラ、モンゴル、タジキスタン、トルクメニスタン、シリア、ミャンマー軍で商業的成功を収めたロシアの「ペチョーラ-2M」があります。

 これらとは別に、北朝鮮、キューバやポーランドを含むほかの国々も自国が保有する「S-125」の機動性を向上させようとしてきました。後者の2国の場合、「S-125」の発射機は「T-55」戦車の車体に搭載されました(注:北朝鮮の場合はアルメニアと同様に2連装発射機をトラックに搭載したもの。また、詳細不明ながらも戦車に発射機を搭載する試みはエチオピアでも行われています)。[8] [9]

トルクメニスタン軍の「S-125–2BM」はアルメニアの改修型とは異なって、4発のミサイルが搭載可能

 現在のアルメニアは(将来再発するかもしれない)アゼルバイジャンとの紛争で旧式化した装備が役に立ちそうもないと知りながら、それらの大半を運用し続けるか、それとも退役させるかというジレンマに直面しています。

 「S-125」のようなシステムの退役は、書面上では戦闘能力の大幅な低下をもたらしますが、結果的にアルメニアの戦時能力にはほとんど問題を及ぼすことはないと言うこともできます(旧式で役に立たなかったため、あっても無くても変わりないということ)。

 この見通しが最終的に「S-125」の発射機をトレーラーに搭載して機動性を高めるというアルメニアの計画を葬り去ったかどうかは不明ですが、(仮に実用化に成功したとしても)役に立たなかったことは間違いないでしょう。


[1] Вклад ВПК Армении в развитие ПВО и военной авиации https://vpk-armenii.livejournal.com/71391.html
[2] ОАО «Чаренцаванский станкостроительный завод» https://vpk-armenii.livejournal.com/3852.html
[3] Azerbaijan`s Defense Ministry: Armenia`s S-125 anti-aircraft missile system disabled https://azertag.az/en/xeber/Azerbaijans_Defense_Ministry_Armenias_S_125_anti_aircraft_missile_system_disabled-1617041
[4] https://twitter.com/azyakancokkacan/status/1319186262968991744
[5] The current state of the air defense system of Azerbaijan https://en.topwar.ru/137819-sovremennoe-sostoyanie-sistemy-pvo-azerbaydzhana.html
[6] https://defence-blog.com/turkmenistan-parades-s-125-2bm-air-defense-missile-system/
[7] https://i.postimg.cc/6p94x0pY/s-125-t55-image02.jpg
[8] Polish S-125 M Surface-to-Air Missile Shoots Down Drone During Exercise https://youtu.be/fQ2tyO0NtYw

※  当記事は、2021年12月19日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも 
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
  あります。



おすすめの記事

2023年9月22日金曜日

地獄を呼ぶMRL:アルメニアのランド・マットレス


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

※  当記事は、2021年11月13日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。

 アルメニアの兵器産業は1990年代半ばに創設されましたが、その詳細と開発した兵器については全く知られていません。その後の数十年でいくつかの見込みのあるプロジェクトが発表されたにもかかわらず、アルメニア軍からの資金援助や関心を引き出すことができなかったため、設計案の大半は青写真のままで終わるか(実際に製造されても)試作品の域を超えて開発が進むことはありませんでした。

 それでも、最終的に日の目を見ることになった多くのプロジェクトは、このような兵器産業がある程度存続していることを思い出させてくれる役割を果たしています。

 そのようなプロジェクトの1つが、その異様な見た目のおかげで映画「マッドマックス」の世界からそのまま飛び出してきたような装軌式のランド・マットレス(多連装ロケット砲:MRL)です。この人目を引くシステムは、味方の地上部隊の前進を妨げる可能性があるものを文字通りそのエリアから一掃するために設計されたと考えられています。そのため、同システムには27本のロケット弾用の発射管が装備されており、火力支援で効果的に使用することが可能です。

 ただし、このシステムは高度な誘導方式や高い命中精度を用いるのではなく、大量のロケット弾と重量級の弾頭によって敵がいるエリア全体を包括的に火力を浴びせるという典型的な無誘導型MRLとなっています。

 残念なことに、このシステムの運用履歴や使用されているロケット弾、そしてアルメニアの防衛産業によって最終的に生産された数については全く知られていません。

 しかし、発射システムと使用するロケット弾の種類の双方の設計は比較的スタンダードなものである可能性があります。ロケット弾自体の直径は約200mmであり、通常の弾頭を搭載して数キロメートルの射程距離で効果的に使用できる能力があると思われます。もちろん、射程距離を伸ばすことは可能なはずですが、おそらくロケット弾の命中精度をさらに低下させてしまうでしょう。

 外見的な類似性から、このMRLとロシアの「TOS-1(A)」重火炎放射システムをすぐに比較する人がいるかもしれませんが、MRLは完全に異なるカテゴリーに属しています。

 最も注目すべき点として、「TOS-1」がサーモバリック弾頭のロケット弾を発射するのに対し、アルメニアのシステムのロケット弾は通常弾頭を搭載している可能性が高く、発射機の構造も比較的DIY的ということがあります。

 アルメニアとアゼルバイジャンの双方が2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で「TOS-1(A)」を投入して活躍しましたが、アルメニアは1台を失ったことが確認されており、(視覚的に確認されていないものの)アゼルバイジャンはさらに数台を失ったと伝えられています。[1]

 しかし、この「ランド・マットレス」プロジェクトを成功させるには、ロケット弾の設計・製造以上のものが必要とされました。課題の1つは、27本ものロケット弾用の発射管を(安全に)搭載できる十分な大きさの車両を見つけることでした。アルメニアのエンジニアはその解決策を「GM-123」シャーシに見出したようです。なぜならば、同国の2K11「クルーグ(NATO呼称:SA-4 'ガネフ')」地対空ミサイル(SAM)システムの大半が退役した後、このシステムに用いられていた多数の同シャーシを転用することができたからです。

 2K11の巨大な「9M8」ミサイルを撤去することで、シャーシ上にロケット弾発射機の搭載に使用できる十分なスペースができました。どうやら、 MRLへの転用後も「クルーグ」のエレクター機構はそのまま維持されたようです。もちろん、もともとはミサイルをほぼ垂直に発射するように設計されたものだったため、その仰角範囲は確かにMRLシステムとして使用するにも十分なものでした。

退役した2K11「クルーグ」(ステパナケルト郊外にて)

 いくつかの2K11「クルーグ」SAMは辛抱強く現役に残り続けて2020年のナゴルノ・カラバフ戦争に参加しましたが、同じく依然として公式に現役にあった2K12「クーブ」と同様に、2K11も戦争中は基本的にアゼルバイジャン軍による「射撃の練習台」として使われてしまいました。

 アルメニアは少なくとも2つの老朽化したこれらのSAMサイトを維持していましたが、戦争中に使おうとしませんでした。それでもアゼルバイジャンからの攻撃を避けることはできず、結果として2K11の発射機1台と1S32「パット・ハンド」レーダー1基が破壊されました。[1]


 ナゴルノ・カルバフ戦争中に保有する重火器の約半分を失ってしまったため、アルメニア軍は少なくとも以前の戦力の一部を再建するために自国の軍需産業に協力を求めるだけでなく、徘徊兵器のような緊急に必要とされる新しい戦力を導入することになるでしょう。

 とはいえ、ナゴルノ・カラバフの大半を喪失したため、大規模な常備軍を運用する理由も一緒に失われてしまいました。

 それでも、2021年6月に新しいタイプの軽量型MRLが目撃されたことは、新しいプロジェクトが確実に進行していることを示しています。[2]

 軽量型MRLプロジェクトとそれに続く別のプロジェクトは、ここで取り上げた彼らの大先輩よりも大きな影響を与えることになる可能性があります。そして、これらのシステムのレガシーは独自のMRLを設計するための最初の本格的な試みの1つとして受け継がれていくでしょう。


特別協力: Magomedov Mukhtar

【日本語版編訳者による追記】

 画像を確認するとMRLが複数台存在することが確認でき、各車両がヘッダー画像とは異なるカラフルな迷彩が施されていることが分かりました(車両ごとにナンバーが割り振られており、最も数が大きいものは「7」であったことから、少なくとも7台は存在していたことを意味する)。

 驚くべきことに一部の車両はロケット弾が発射管から飛び出た状態で放棄されていました。これは燃焼剤の不具合によるものか戦闘で撃破されたものかは不明ですが、少なくともこれらが戦闘に投入されていたことを示す証拠と言えるでしょう。ちなみに、ロケット弾には161.5mmとの文字が記載されていますが、これが口径だった場合はアルメニア自身でロケット弾を製造していたことが推し量れます。

ナンバー「05」は無傷に見える:右奥の個体は損傷か発射による噴煙で発射機が黒ずんでいる

ナンバー「05」を後ろ見た様子:弾薬が装填されているが一部が空であることは、2023年の戦闘で使用された可能性を示唆している

ナンバー「06」と「07」:ロケット弾が装填されておらず、車体後方に噴煙の後が見えないので実戦には投入されていないかもしれない(ただし塗装が綺麗なので、囮ではなく実戦用の装備として屋内で保管されていたことは確実だろう)

発射中にロケット弾が停止している:撃破か燃焼不良によるものかは不明だが、このMRLの口径と弾頭重量を明らかにする貴重なショットである

このMRL専用のロケット弾保管庫:使用期限や状態が怪しいものはあるが、このMRLを戦力として数に入れていたことだけは確実のようだ(入り口のカモフラージュネットがそれを示している)

2023年9月20日水曜日

2023年ナゴルノ・カラバフ戦争:アルメニアとアゼルバイジャンが喪失した装備(一覧)



著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


  1. この記事は、2023年9月20日に「Oryx」本国版(英語)で公開された記事を日本語にしたものです。
  2. この一覧については、2023年ナゴルノ・カラバフ紛争で損失した(アルツァフを含む)アルメニア軍とアゼルバイジャン軍の軍事装備等に関する包括的に網羅することを目的としています。
  3. この一覧は、写真や映像によって証明可能な撃破または鹵獲された兵器類だけを掲載しています。したがって、実際に喪失した兵器類は、ここに記録されている数よりも多いことは間違いないでしょう。
  4. 被害を受けた施設や鹵獲された民間の車両については、この一覧に含まれていません。
  5. この一覧については、資料として使用可能な映像や動画等が追加され次第に更新されます。
  6. 2020年ナゴルノ・カラバフ戦争における損失兵器一覧はこちらです
  7. 2021年のアルメニア-アゼルバイジャン国境紛争における損失兵器一覧はこちらです
  8. 2022年のアルメニア-アゼルバイジャン国境紛争における損失兵器一覧はこちらです
  9. 各兵器類の名称に続く数字をクリックすると、破壊や鹵獲された当該兵器類の画像を見ることができます
  10. 最終更新日:2023年9月30日(本国版は9月28日)

アルメニア側の損失(60, このうち撃破: 17, 鹵獲:43)


戦車 (4, このうち鹵獲: 4)

装甲戦闘車両 (3, このうち鹵獲: 3)

歩兵戦闘車 (5, このうち鹵獲: 5)

重迫撃砲 (3, このうち撃破: 1, 鹵獲:2)

牽引砲 (15, このうち撃破:6
, 鹵獲:9)

地対空ミサイルシステム支援車両 (2, このうち鹵獲: 2)
  • 1 9T217 弾薬輸送車兼装填車 (9K33 "オーサ" SAM用): (1, 鹵獲)
  • 1 指揮車両(9K332MK "トール-M2KM" SAM用): (1, 鹵獲)

地対空ミサイルシステム (4, このうち鹵獲: 4)

無人機 (2, このうち墜落: 1, このうち鹵獲: 1)

車両 (19, このうち撃破: 10, 鹵獲:9)


アゼルバイジャン側の損失(2, このうち撃破:2)


戦車 (1, このうち撃破: 1)

2023年9月19日火曜日

アルメニア最後の抑止力:「ブークM1-2」地対空ミサイルシステム



著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 ナゴルノ・カラバフの戦場に散乱している破壊された地対空ミサイル(SAM)システムの残骸がくすぶっている中で、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でドローンの手にによる破壊から逃れた思われる注目すべき不在者:9K37M1-2「ブークM1-2」がいました。

 実際、「ブークM1-2(NATO呼称:SA-11"ガドフライ”)」はアルメニア軍が保有する最も現代的で有能なSAMの1つですが、激しかったあの44日間戦争で何の役割も果たしていないように見えました。

 これらについて、当初はアルメニア軍のほとんどがアルメニア国内の基地からナゴルノ・カラバフに入るまで、新たに導入した「トールM2KM」の大半と共に出撃を差し控えていたものと信じられていましたが、戦争の初期の時点ですでに「トール」が初めて目撃されていたことは「ブーク」が戦闘に投入されていないことを強く示唆しました。

 「バイラクタルTB2」「ヘロン」のようなUAVが飛行する高度に到達できる数少ないSAMの1つとして、戦場における「ブーク」の不在は戦争の全期間にわたって確かに感じられました。

 アルメニアにおける「ブーク」の運用歴については全く知られていません。実際、2016年にアルメニアが独立25周年記念の軍事パレードを実施していなければ、同国による「ブークM1-2」の導入は完全に不明のままだったでしょう。

 2010年代前半から半ばのどこかで、アルメニアは「ブーク」を当時はまだ運用中だった老朽化した2K11「クルーグ(NATO呼称:SA-4)」2K12「クーブ (NATO呼称:SA-6)」を補完・後に置き換えるために入手したと考えられています。

 しかし、数多く存在したアルメニアの防衛プロジェクトと同様に資金不足がシステムの追加購入を妨げ、最終的にアルメニアは各3基の発射機を装備した2個中隊分の「ブーク」しか導入できませんでした。

2016年のエレバンにおけるパレードに登場した「ブーク-M1-2」の輸送車兼用起立式レーダ装備発射機(TELAR)。 これらのシステムがアルメニアで目撃された例はこれが唯一です。

 アルメニアが限られた資金で数少ない「ブーク」システムを戦闘可能な状態に維持することに専念していたと現実的に予想することはできたものの、真実は全くの正反対だったようです。

 2020年9月27日に武力衝突が勃発した後のアルメニアにあった稼働状態にある「ブークM1-2」発射機は1基のみで、残りの5基はアルメニアの乗員が修復不可能なレベルの技術的な不具合を抱えていたという特異な状態下にあったようです。[1]

 これらの不具合がアルメニアでの運用期間の全体を通してシステムを苦しめ続けていたというのはもっともらく思われるものであり、存在自体を疑いたくなるほど「ブーク」が国内での軍事演習で一度も目撃されたことはありませんでした。

 アルメニア軍は即座に急いで5基の不稼動状態にある「ブーク」を運用に戻すため、10月10日までにロシアの修理チームと修復作業に関する契約をしました。[1]

 これまでにナゴルノ・カラバフ戦争での「ブーク」の目撃例はなく(対照的に「トール」SAMが戦争中に運用されている映像は多数存在しています)このSAMが使用する「9М38(M1)」ミサイルの残骸も今まで地上で発見された事例がないことから、ロシアチームの努力は結果的に無駄に終わったという結論を出すことができます。

 少なくともアゼルバイジャンのTB2に(僅かにでも)勝つ見込みのある数少ない最新のSAM6基が戦争の全期間を倉庫での保管に費やされていたという事実は、自身がアゼルバイジャンの無人機戦を受ける側であることに気づいたアルメニアの兵士たちを失望させたに違いありません。

        

 アルメニア軍はナゴルノ・カラバフ戦争を特徴づけた無人機戦に不意を突かれてしまったと、しきりに非難されてきました。

 しかし、多くの人が思っていることとは逆に、これは事実ではありません。なぜならば、「ブーク」や「トール」といった最新のSAMシステム、ロシアの「レペレント-1」「アフトバザ-M」、そして「ボリソグレブスク-2」電子戦システムや電子光学装備をさまざまなサプライヤーから購入したことで、アルメニアには市場で最も現代的なロシアのシステムがもたらされていたからです。

 これらのシステムを組み合わせた戦力が戦闘という状況下で期待に応えることに失敗した事実についてアルメニアのせいにすることはできませんが、その代わり、無人機とそれに対抗するために設計されたシステムの間に能力のギャップが広がっていることを示しています。

韓国と共同開発した「Shumits」のような電子光学システム(画像)は、結果として2020年のナゴルノ・カルバフ戦争では無人機に影響を与えることができませんでした。

 アルメニアのIADS(統合防空システム)は(75台の9K33「オーサ」を含む)あらゆる射程の旧式及び現代的なSAMシステムを多重に取り入れており、最新のMANPADS、SPAAG(自走対空砲)、対空砲、そしてデコイによってバックアップされていました。

 9K33のようなシステムに依存し続けたことについては戦中も戦後も厳しく批判されましたが、この国は21世紀に妥当な旧式化したシステムを維持するための絶え間ない投資を行っていました。

 2020年1月、アルメニアはヨルダンから2700万ドル(約30億円)で購入した35台の9K33「オーサ-AK」システムの一部を披露しました。[2] [3]

 これらはアルメニアでも運用されている「オーサ-AKM」よりも古いバージョンですが(したがって、ごく僅かしか戦力の向上に寄与しませんが)、これらのシステムは独自にアップグレードされることになりました。この偉業は、その調達価格が非常に低かったおかげで実現可能となったのです。

 9K33「オーサ」の運用と保守を数十年にわたって行経験してきたため、アルメニアはその間にこれらのシステムを自身でオーバーホールやアップグレードする能力を得ていました。それに比べると、「ブークM1-2」は技術的により複雑で維持するための費用も多くかかり、限られた数しか導入されませんでした。

 アルメニア軍にとって、9K33に依存し続けることについては少しも選択の余地があるような事柄ではありませんでした。彼らは単にアルメニアの限られた技術的能力と財政事情によって必要とされたにすぎなかったわけです。

 短期間の戦争中におけるアルメニアの乏しい戦いぶりを批判的に分析することは理にかなったことであり、実際に現代の紛争を理解するためには必要不可欠なことですが、限られた予算と向かい合って問題を解決しようとした試みを無意味なものとして簡単に 片付けるべきではありません(彼らにとってはそうではなかったからです)。

ヨルダンから2700万ドルの安売り価格で購入した9K33「オーサ」システム35基のうちの4基。これらと比較すると、同じ金額では「トール」システムを2基しか購入できません。

 もちろん、だからといってアルメニア政府が軍事的な大惨事とその大半が10代後半から20代前半である約4,000人の兵士の痛ましい死の責任から免れるという意味ではありません。

 自国の軍部が慢性的な資金不足に陥っていた時期に、アルメニア政府はアゼルバイジャンに対する抑止力として、ロシアから6機のSu-30SM多用途戦闘機を購入するのに数億ドル(数百億円)も費やしました。これらの極めて重要なアセットがただの一度も実戦に投入されなかったため、パシニャン首相はSu-30SMがこの戦争で戦闘に加わらなかった理由について何度も嘘をつくことを余儀なくされました。

 (少なくともアルメニアのような小国にとって)最大で12機のSu-30SMの導入・運用とそれに関連する法外なコストについては、偵察用無人機や徘徊兵器のような実際にアルメニア軍に利益をもたらすであろう装備に向けた方がまだ賢明だったかもしれません。


 仮に「ブーク-M1」があの戦争に投入されたとしても、ナゴルノ・カラバフ上空におけるアゼルバイジャンによるUAVの運用を僅かに困難にさせるだけで、少しもその目的(撃墜)を達成できなかった可能性があります。実際、「ブーク」自体の少なさを考慮すると、(最低でも1基の「トール」SAMで起こったように)彼らはすぐに自身を発見・破壊するために送り出された徘徊兵器や「バイラクタルTB2」の犠牲になっていたでしょう。

 実際のところ、TB2はシリアで「ブーク-M2(NATO呼称:SA-17 "グリズリー")」として知られている最新バージョンとの戦闘とミサイルからの回避に成功しているため、「ブーク」はTB2にとって新手の脅威ではありません。

 それにもかかわらず、「ブーク」はアルメニアで最も現代的なSAMシステムの1つである(44日間戦争での過酷な戦力の消耗後に最も数の多いシステムの1つにもなっている)ことから、軍はこのシステムの稼働状態を維持するための投資するしか選択の余地がなく、今後何年も使用される可能性があります。

 とにかく 、彼らは技術的に高度な武装が戦場での高度な能力を保証するものではないということを、強烈に思い出させてくれるものとして役立つはずです:効果的に展開できない抑止力は、宣戦布告されると即座にその価値を喪失してしまうのです。



[1] Армения потеряла четыре из шести размещенных в Карабахе зенитных ракетных комплексов Тор-М2КМ https://diana-mihailova.livejournal.com/5844055.html
[2] Jordan to sell Osa SAMs https://web.archive.org/web/20171104074342/http://www.janes.com/article/75246/jordan-to-sell-osa-sams
[3] Armenia Shows Off New Osa-AK Air Defense Missiles https://militaryleak.com/2020/01/06/armenia-shows-off-new-osa-ak-air-defense-missiles/

※  当記事は、2021年10月2日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
    あります。



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