2025年4月13日日曜日

イスラム国の機甲戦力:モスル周辺に登場した移動トーチカ


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)


 この記事は、2019年10月13日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 イラクにおける対イスラム国(IS)戦では、各勢力が敵より優位に立つために火力の向上を試みたことで、さまざまなDIY兵器が誕生しました。もちろん、ISもその例外ではありません。イラクでのIS部隊は、モスルで鹵獲した膨大な兵器群をイラクの絶えず変化する戦場で使用するための強力な武器に変えるにあたって、 数多くある兵器工廠の創意工夫に事実上依存していたからです。

 ウクライナの「BTS-5B」装甲回収車(ARV)の移動トーチカへの改造は、(ISにとって)そうでなければ役に立たない車両を、強力な兵器プラットフォームに変えた事例です。

 ソ連時代の「T-72」戦車群をさらに支援する取り組みの一環として、イラク軍は2006年に(それ自体も「T-72」をベースである)少数の「BTS-5B」を入手したものの、2014年のモスルでのイラク軍の崩壊で、下の画像に見られる「BTS-5B」やポーランドの「WZT-2」を含む複数のARVが稼働状態でISによって鹵獲されてしまいました。


 2015年1月、移動トーチカに改造された「BTS-5B」ARVが初めて登場したときは確かに人々を驚かせました。もちろん、すぐに溝にはまって撃破されてしまったからではありません。 こうして本来の用途では全く成功しなかったものの、その後継車両がイラクの平原に姿を現れるまで1年もかかりませんでした。2015年12月に初めて目撃されたこの二代目は、先代から学んだ教訓と、それまでISが広く使用していなかった技術を組み合わせたものです。

 しかしながら、この二代目の詳細を語る前に初代について考察することは有意義なことです。本来の役割ではISにとって少しも役に立たなかった「BTS-5B」は、オリジナルの車体の上に装甲キャビンを追加する形で大々的に改造されました。このために、クレーンやシュノーケル、そして工具の入った各種の木箱が取り外されました。ただし、ドーザーブレードとウインチは残されています。

 武装は装甲板で覆われた銃塔に装備された「DShK」12.7mm 重機関銃1門と複数の軽機関銃用の支持架で構成されています。この車両が最初で最後の戦場で使用された際、乗員は1門の「DShK」を補完するために「M16」と「AKM」も使用しました。


 おそらくサンドクリートで充填されたと思われる大きなブロックが新しく設けられたキャビンの装甲板として装備され、車体側面には大きなゴム製のサイド・スカートが取り付けられました。これらの組み合わせは、乗員を前方と側面からの射撃や爆発物の破片、そして場合によってはロケット推進擲弾(RPG)から保護することを可能にしました。

 装甲キャビンの支持梁で運転席のハッチがふさがれたため、操縦手はキャビンの床にあるハッチから車内に入る必要がありました。また、支持梁が視界を遮るために操縦手は運転中に頭を突き出すことを余儀なくされました。ただし、この弱点をカバーするためか防弾ガラスが装備されています。

 全体として、この改造AFVは見事なプロジェクトと言えます。これを完成させるためにISは多大な労力を費やしたに違いありません。それゆえに、このAFVの戦場における活躍が芳しくないのは、やや意外に感じられます。


 この移動トーチカは都市部で活躍できたはずです。そこでなら、前進する部隊に火力支援を提供できる重装甲の破城槌として重宝されたと思われます。装甲でほとんどの反撃を防ぐことができることを考えると、比較的軽度ながらも弾力性に富んだ武装はアパートの高層階など高所を狙うのに理想的だったでしょう。

 ところが、この移動トーチカは、2015年1月25日にISがペシュメルガに攻勢をかけたニネベ州シェハン近郊の平原で投入されたのです。失敗に終わった攻勢の映像はここで観ることができます

 この攻勢で、シェハンはIS戦闘員による度重なる攻撃の舞台となりました。この一連の攻撃の典型的なパターンには、1台の車両運搬式即席爆発装置/自動車爆弾(VBIED)の突入から始まり、続いて鹵獲したアメリカ軍の「M-1114」や「バジャー」ILAV、「M1117」ASVによる攻撃があります。 

 高地を守っていたペシュメルガは、数km離れたところからISの車両が近づいてくる状況を目視できていたため、(特に「ミラン」対戦車ミサイル(ATGM)がペシュメルガに供与された後では)ISがこうした攻撃手法を採用した正確な理由は依然としてわかっていません(編訳者注:この攻撃では敵陣地の到達前に簡単に撃破されてしまうため)。


 シェハンへの攻撃では、数台の(装甲強化型)「M-1114」、1台の装甲強化型「バジャー」ILAV、1台の「M1117」ASVと移動要塞がペシュメルガの陣地に向かって移動したものの、即座に高地から激しい機関銃や迫撃砲、さらには戦車砲の攻撃を受けました。ただし、ペシュメルガからの攻撃のほとんどが外れるか、各車両のDIY式追加装甲で跳ね返されたようです。その結果として、一部の車両は撃破される前に山の近くまで前進することができました。

 移動トーチカは溝に落ちてRPGと(おそらく)迫撃砲弾の直撃を受け、無防備な乗員が殺害されました。こうして、最初の移動トーチカはその生涯を終えたのです。


 二代目は、イラクのモスルにおけるウィラヤット・ニーナワー(ニネベ州)でのIS装甲部隊の演習を取り上げたISのプロパガンダ動画「ダビク・アポイントメント」に最初にして唯一登場しました。「ダビク・アポイントメント(約束の地:ダビク)」とは、シリア北部あるダビクという町を意味したものであり、ISによれば、同地で正義(イスラームの軍勢)と悪(背教徒:つまりIS以外の全て)の最終決戦が行われるというものです。

 大方の予想に反して、この町の近くに有志連合軍の部隊が大規模に展開して(その結果として)戦闘が起こることは、ISが心から望んでいたことでした。空爆やドローンによる攻撃を卑怯な行為と見なす彼らとしては、この戦闘こそが「十字軍(有志連合軍)」と決戦する手段としていたからです。それにもかかわらず、この小さな町は2016年10月、トルコの支援を受けた自由シリア軍によっておとなしく占領されてしまいました。敵にさらなる脅威を与えるためか、動画にはイタリアのローマにあるコロッセオに向かって行進するISの戦車のカットが含まれています。


 「ダビク・アポイントメント」に登場するのは、「防御大隊」と「襲撃大隊」を傘下に置く第3アル・ファルーク機甲旅団で、彼らはウィラヤット・ニーナワーにおける大部分の装甲戦闘車両(AFV)の運用を担っています。動画での第3アル・ファルーク機甲旅団はダビクでの「差し迫った」戦いに備えて訓練を行っており、2台の「T-55」と1台の「59式戦車」、2台の「MT-LB」汎用軽装甲牽引車、2台の「バジャー」ILAV、1台のMRAP、1台の移動トーチカ、1台の「BTR-80UP」装甲兵員輸送車を含む多数のAFVを使い、装備の整った戦闘員(歩兵)と共に標的を撃ち、陣地を襲撃している様子が映し出されていました。 

 下の車両は第3アル・ファルーク機甲旅団が使用しているもので、「 ولاية نينوى - الجند (?) لواء الفاروق المدرع الثالث - ウィラヤット・ニーナワー - 戦士 (?) - アル・ファルーク機甲旅団 - 第3」と書かれています。また、白い円の文章はシャハーダ(信仰告白)の「 محمد رسول الله - ムハンマドはアッラーの使徒である」です。これはISが運用する車両に見られるもので、単に装飾的な目的で施されていると考えられています。


 初代と同様に、この「BTS-5B」もAFVとしての新たな用途のために大幅に改造されました。オリジナルの状態では車両上部に搭載されているクレーンやシュノーケル、さまざまな種類の箱は撤去されています。使用されることはないでしょうが、ドーザー・ブレード(排土板)は残されました。スラット装甲によって光線が遮られるために撤去されたと思われる前照灯を補うため、前部マッドガード(またはフェンダー上)に2個の新しい前照灯が取り付けられています。

 初代では、新たに搭載されたキャビンの周囲にシンプルなブロックが装備されているだけだでしたが、二代目では、車体の周囲と高くなったキャビンの周囲にスラット装甲が取り付けられています。確かに見応えのある見た目ですが、スラット装甲とそれを支持する架台の強度はお世辞にも良いとは言えないものです。おまけに、操縦手の視界は前方に設置されたスラット装甲によって著しく阻害される可能性が高いと思われます。

 初代では特徴的だったゴム製のサイドスカートについては、この二代目には装備されていません。


 武装については、「DShK」12.7mm重機関銃1門を装備して軽機関銃用の支持架を複数備えていた初代から大幅に増強されました。二代目では同じ「DShK」を指揮官(車長)用キューポラに搭載したほか、「KPV」14.5mm機関砲が元イラク陸軍の「M-1114」から、高くなったキャビンの上に移設された装甲銃座に装備されています。

 「KPV」の銃座は敵にとって格好の標的となる一方、高い位置にあるために周囲の視界が良好であり、移動トーチカの見通し線(LOS)上のいかなる目標に対しても射撃が可能という利点があります。


 本物のAFVというよりは歩兵を輸送する重装甲の破城槌と言っても過言ではない初代とは異なり、二代目は正真正銘のAFVに近い存在と言ってもいいでしょう。車体上に搭載されたキャビンの圧倒的な大きさについては、ATGMやRPGの格好の標的にもなることを考慮すると二代目の長所にも短所にもなります。

 二代目移動トーチカの最終的な運命はまだ明らかになっていませんが、モスル周辺にあるペシェルメルガの陣地への攻撃に投入された可能性は十分に考えられます。この2台の移動トーチカの存在は、IS戦闘員がたいていの戦闘状況に頻繁かつ素早く適応できているものの、この地域における戦闘員たちがAFVの運用に関する適切な戦術を理解できないままだったということを証明するものかもしれません。

4枚目と5枚目の画像:Matt Cetti-Roberts via The Kurds Are Close to Mosul—And in No Hurry to Get There.


改訂・分冊版が2025年に発売予定です(英語版)

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