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2026年5月8日金曜日

【復刻記事】DIYに走るイスラム国:テルスクフ攻勢


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ 編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2016年5月11日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」とBellingcatで公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 モスル北部にあるペシュメルガの陣地を襲撃するイスラム国(ISIL)戦闘員が戦い、敗北し、そして殺害される様子を記録した、今や悪名高い映像が公開されてから僅か6日後、2016年5月3日、彼らは(アラビア語でテルスクフ、テル・エスコフ、テル・アスコフ、テル・アスカフとも呼ばれる)アッシリア人の町テスコパ付近で、再びペシュメルガの陣地を制圧しようと試みました。

 結果として、この攻勢は世界的な注目を集めました。この戦闘で、この地域をISILのさらなる攻撃から守るために展開していた海軍特殊部隊(Navy SEALs)のアメリカ兵が死亡したためです。

 2015年12月16日にナヴァラン近郊で発生した攻撃と同様に、ISILは攻撃前と攻撃中に自身を撮影した画像をリリースしました。しかし、これは再び奇妙な事態を招いています。まず、防衛側のペシュメルガ部隊が殺害されたISIL戦闘員の画像を公開すると、その直後にISIL側が全く同じ戦闘員たちが(まだ生きていて)準備を整えている様子を捉えた画像を公開しているのです。

 結果的にISIL部隊の大半が壊滅した事実から、この攻勢を扱った彼らの映像が公開される可能性は低いと思われます。

 ISILがモスル北部で展開した同様の攻勢:戦闘員が大規模に改造された装甲戦闘車両(AFV)と連携して行動するケースが多かったこととは対照的に、テルスクフ攻勢の初期段階は実際に成功を収めました。彼らは複数の戦線で防御陣地を突破しただけでなく、戦闘員が町の大部分に侵入し掌握することに成功したのです。

 ところが、彼らの成功物語はここで終わりを迎えました。アメリカ軍の強力な航空支援を受けたペシュメルガ部隊とSEALsによる反撃のおかげでISILのAFV群と部隊集結地点が壊滅させられ、ペシュメルガ部隊は失ったのと同じ速さで町を奪還したからです。この町に潜伏していたISIL残党の拠点は、この日遅くまでに掃討されたと伝えられています。


 テルスクフへの攻撃を主導したのは「襲撃大隊」の「アブ・レイス・アル・アンサリ隊」であり、「自殺大隊」から抽出された少なくとも10台のVBIED(車両運搬式即席爆発装置)が支援しました。

 興味深いのは、「襲撃大隊」がこの部隊を「セクター」と呼称していることでしょう。「セクター」とは割り当てられたの区域での作戦を担っている部隊のことです。テルスクフへの攻撃を主導した部隊は、2014年11月にアメリカ軍の空爆で殺害された元ISILモスル州知事(ワーリー)のアブ・ライス・アル・アンサリにちなんで命名されました。 ちなみに、アブ・ライース・アル・アンサリ旅団を含む複数の部隊も彼の名前を冠しています。

 「襲撃大隊」は、アブ・リドワーンのチーム、つまり今や悪名高く知られるアブ・ハジャールも参加したナヴァラン近郊での失敗に終わった攻勢にも関与していました。ただし、この攻撃を担当した「セクター」がどこであったかは、依然として不明のままです。

 2015年12月のナヴァラン近郊での攻勢以降、このような大規模な攻撃は発生していないとみられています。つまり、「襲撃大隊」には戦略を見直すための十分な時間が与えられたことになるわけです。

 過去にモスル北部で展開された彼らの攻撃で直面した大きな問題は、そもそもいかなる勢力にとっても同様の攻撃を行うことを躊躇させるのに十分深刻なものでした。ところが、装甲車両や戦闘員を十二分に有しているISILは、こうした攻撃を妥当なものと見なしているようです。

 「襲撃大隊」が最も頻繁に直面する主要な障害は、制圧対象であるペシュメルガの堅固な陣地です。これらの陣地が往々にして高台に位置しているため、彼らの装甲車両はペシュメルガからのRPGや対戦車ミサイル、そして戦車からの砲火に完全に晒されたまま、開けた平野を走行せざるを得なくなってしまいます。陣地へ到着する頃にはすでに大部分の車両が撃破されており、生き残った車両も陣地を取り囲む巨大な塹壕によって進路を阻まれてしまうのです。この塹壕を越えるには、架橋用の車両を使うか、土で埋め戻すしかありません。こうした状況が展開される中で、アメリカ主導の有志連合軍がすでに戦場に展開している場合が多く、その時点で航空機や無人機(UAV)を用いてISIL部隊を攻撃しているわけです。

 ISILの州(ウィラヤット)の中で、ニーナワー州(モスル)は防空面で最も優れているものの、彼らが運用する対空砲でさえ、低空飛行するヘリコプターや低速で飛行する航空機にしか効果がありません。高速で飛行するジェット機の速度と高度を考慮すると、イラクやシリア上空で撃墜される可能性は極めて低いでしょう。

 注目すべきは、ISILがニーナワー州において防空任務を担う独立大隊を編成したことです。「ウィラヤット防空大隊」は、2015年3月に初めてモスル市内を行進し、その後、モスル上空で情報収集や電子戦に従事していたアメリカ海軍の「(E)P-3」電子偵察機を「D-30」122mm榴弾砲で撃墜しようとしている様子が公開された際にも姿を見せました。

 しかし、「ウィラヤット防空大隊」の部隊が(任務に出る)「突撃大隊」に配属されることはありません。と言うのも、「突撃大隊」自身の防空は自分で対応することになっているからです。テルスクフ攻勢を含めた今までの攻撃作戦における彼らの防空戦力は、ピックアップトラックに搭載された14.5mm重機関銃や単砲身の23mm機関砲に過ぎませんでした。

 「ウィラヤット防空大隊」の対空砲がジェット機を撃墜できる可能性は低いものの、より強力な37mmや57mm機関砲、そして122mm対空砲を装備しているため、少なくとも有志連合軍機に対して一定の抑止力が機能するのではないでしょうか。


 テルスクフ攻勢における「襲撃大隊」の戦力は、数十台もの防御力強化型装甲戦闘車両(AFV)やピックアップトラックに支援された300名以上の戦闘員で構成されていたと伝えられています。

 2016年5月6日時点で、少なくとも154人のISIL戦闘員の遺体と25台のAFV及びピックアップトラックが撃破あるいは鹵獲されたことが確認されています。一方のペシュメルガ側は(実際にはそれ以上と思われるが)少なくとも10人の戦闘員を失いました。また、アメリカ海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)の隊員1名も、乗っていた装甲SUVがRPGの直撃を受けた際に戦死したとのことです。戦闘の際には、10人から15人のネイビーシールズ隊員が陣地付近にいたとみられており、その映像はこちらで確認できます。ちなみに、ナヴァランを防衛していたアッシリア系民兵の死傷者数は不明です。

 いつもの手法どおり、攻撃に先立って、町周辺の陣地にロケット弾と迫撃砲の集中砲火が浴びせられました。その約1時間後、「自殺大隊」によるVBIEDの第一波が襲来し、その直後に到着した「強襲大隊」の尖兵部隊のための道が切り開かれたのです。この攻勢は、少なくとも3方向、おそらく4方向から行われたようで、合計で10台以上のVBIEDが投入されています。

 「襲撃大隊」は(車両が通過できるよう)塹壕を埋めるためのブルドーザーのみならず、専用の架橋用車両も投入するようになりました。ただし、この車両はどの映像にも映っていなかったことから、モスルで押収された本物の架橋戦車(AVLB)が使用されたのか、それともDIY式の独自装備が用いられたのかは判然としていません。

 陣地周辺に構築された塹壕の規模を把握しやすくするために、下にナヴァラン周辺の主要な塹壕の画像を紹介します。画像の右側にいるのは、「襲撃大隊」の装甲強化型ブルドーザーです。このブルドーザーは、近くのペシュメルガの陣地からの激しい砲火を浴びながら巨大な塹壕を埋める任務に就いていましたが、当然のことながら、任務を完了する前に撃破されてしまいました。


 数的に優勢な敵に直面した守備隊は、最後の一発まで陣地を死守するより撤退という選択をしました。組織的な撤退はテルスクフ外縁で部隊の再編を可能にさせ、アメリカ軍の地上と空からの支援を受けて反撃に転じることを成功させたのです。

 撤退という決断は絶大な効果をもたらし、ペシュメルガ側の犠牲者を最小限に抑えることに繋がりました。もし守備隊が町に残っていたならば、数で勝る「襲撃大隊」によって間違いなく蹂躙されていたことでしょう。そして、後に続く戦闘もテルスクフの市街地で展開されたはずであり、その結果、同市はアメリカ軍の空爆によって徹底的に破壊されていたに違いありません。

 その代わり、「襲撃大隊」は町の大部分を占領した後、ペシュメルガが支配する地域へとさらに進撃し、開けた場所でアメリカ軍の空爆に晒されることとなり、結果として甚大な被害を被りました。下の画像に見えるのは、「M1114」1台と複数のピックアップトラックから構成されるISIL部隊の車列の残骸です。


 「襲撃大隊」のAFVは、2015年12月16日のナヴァラン攻勢で使用されたものと外観が酷似しています。ISILがリリースしたフォトレポートには、この攻勢に参加した他の部隊よりも装備が充実していた主力強襲部隊の様子が収められていました。

 主力襲撃部隊のAFVの構成は、ナヴァランを攻撃した部隊とほぼ同様です。今回は装甲強化型「MT-LB」1台、装甲強化型「M1114」が少なくとも5台、「バジャー」ILAVが数台、そして武装ピックアップトラックで構成されていました。

 以前の強化型「M1114」と比較してみると、いくつかの改良点が確認できます。まず、どの車両にも大口径機関銃やRPGからの攻撃に対し、車体前面をより効果的に防御できるよう、傾斜装甲が採用されました。

 次に、エンジンへのアクセスを容易にするため、ボンネット上部にハッチが設けられました。そして、少なくとも2台には(乗員が使用するアサルトライフルや軽機関銃用の)ガンポートが設けられています。ちなみに、ナヴァランへの攻撃では、こうしたガンポートが備わっていないことが戦闘で「不利」を招いたことが判明しました。右前方の窓にあるガンポートが残されたおかげで、前席に追加のガンナーが配置可能となっています。

 さらに、「M1114」のドアについて、少なくとも1台が自作の装甲ドアに交換されていました。

 以前のバージョンと同様に、装甲強化型「M1114」の全てが車体上部に最大3名の戦闘員を乗せることができるキャビンを備えています。少なくとも1台は中国製「W85」12.7mm 重機関銃を装備していました。ナヴァラン攻撃の際にも、「襲撃大隊」の車両2台に同様の装備が確認されています。

 典型的なDIYスタイルらしく、どの車両も全く同じではありません。紛らわしいことに、一部の車両は黒く塗装されています。なぜならば、この色は基本的に「防御大隊」が運用するAFVに見られる色だからです。しかし、テルスクフ攻勢に参加した黒いAFVについては、その全てが(通常ならば車両に現地の地形に溶け込むような迷彩塗装を施している)「襲撃大隊」の所属車両であったと考えられています。

 下の画像(1枚目)では、テルスクフ攻勢に参加した装甲強化型「M1114」のうち2台が見えます。2枚目は、ナヴァランへの攻撃で使用された「M1114」です(比較検討用)。



 別の写真でも同じ車列が写っていますが、こちら(下の1枚目)は反対側から撮影されたものです。最前列のISIL戦闘員4人の隣に見える車両は、装甲強化型「MT-LB」で、後にペシュメルガによって無傷のまま鹵獲される運命を迎えることになります。

 2台の「M1114」には、いずれも車体上部のキャビン内に梯子が装備されており、乗員が高台にあるペシュメルガの陣地へ突入できるようになっています。手前の2台は「自殺大隊」のVBIEDです。これらの車両はたいてい黒く塗装されているほか、個別の番号も割り振られています。例えば、一番手前の車両は「502」です(編訳者注:左側面の文字がそれである)。

 2枚目には別のVBIEDが3台写っており、手前の車両には「1004」の番号が付与されています。このうち1台は積載された爆薬が起爆せず、後に無傷で鹵獲されました



 イラク軍がモスルから撤退する際に残していった大量の装備や武器を入手できた「襲撃大隊」の隊員たちは、ISILの中でも最も装備の整った戦闘員です。

 それでも、彼らが携行する比較的高度な兵器や大量の弾薬も訓練や実戦経験の不足を補うことはできませんでした。アブ・ハジャールやアブ・アブドゥッラーたちが参加したナヴァラン攻撃の際に、そのことが驚くほど露呈したのです。



 こうして「襲撃大隊」は当初の目標を達成することに成功したものの、すぐにアメリカ空軍の「F-15E」や「A-10」、そして同陸軍の「AH-64 「アパッチ」の無慈悲な攻撃に直面することになったのは言うまでもありません。また、戦死したネイビーシールズの隊員を収容するため、「UH-60 "ブラックホーク"」2機も投入されました。

 結局、航空攻撃に対する自衛手段を欠いていた「襲撃大隊」の部隊は開けた平原で全滅し、一部の車両の乗員が車両を放棄して戦場から逃げ出すという形でこの攻勢は頓挫したのでした。



 下の画像は、「KPV」14.5mm重機関銃を装備したピックアップトラックがアメリカ軍機に向けて射撃している様子です。「KPV」を車載した場合、機銃手は一度に1発しか発射できなくなるため、この武器は地上目標以外に対しては事実上役に立ちません(編訳者注:「ZPU-2」やAFVから取り外した「KPV」が構造上単発射撃しかできないか、射撃時の反動が連射を不可能にしているのだろう。要は連射では照準射撃ができないわけだ)。

 なお、このピックアップトラックは、テルスクフの主要道路を走行中に空爆を受けて壊滅した車列に含まれていました。



 下の画像はペシュメルガによって鹵獲された「襲撃大隊」のピックアップトラックです。モスルを拠点とする装甲部隊の車両のほとんどに見られるこのマークには、「ウィラヤット・ニーナワー―戦士襲撃大隊―アブ・ライス・アル・アンサリ セクター」と記されています。2枚目の車両は、カラフルな塗装が施されたISILの装甲強化型「M1114」です(これもペシュメルガの鹵獲品)。



 戦闘後、攻撃に参加した車両の一部を含む主要な戦利品は町で展示されました。別の装甲強化型「M1114」の隣には、装甲強化型「MT-LB」が見えます(一番右側)。

 2枚目には、自家製の小銃擲弾を発射できるように改造された「タブク(ザスタヴァM70)」自動小銃が写っています。この武器はVICEが公開した動画でアブ・リドワーンが使用したものと同型ですが、照準をより正確にするためか、画像の個体にはグリップが取り付けられているようです。




 次に紹介するのは、攻勢失敗後に残骸と化した「襲撃大隊」の装甲強化型「M1114」の一台です。この画像では、前面に2つのガンポートと側面に視察窓を備えた本格的な装甲キャビンがはっきりと見えます。

 2枚目には、助手席に座るガンナー用のガンポートが見えます。この車両は1枚目のものと非常によく似ていますが、細部に若干の違いがあることに注意してください。



 これまでの攻撃は度重なる敗北に終わっていましたが、今回の攻勢は初期段階で成功を収めた初の事例であると考えられています。ISILが保有する車両群に施したDIY式改修や、それらの車両が用いた戦術からは、過去の失敗から少なくともある程度の教訓が得られていたことが示唆されています。

 とは言え、イラクの平原上空に有志連合軍の航空戦力が展開しているため、ISILはAFVを最大限に活用することができませんでした。この攻勢の初期段階は成功だったと言える一方で、アメリカ軍の空爆によって最終的に壊滅したことから、結局のところ、この攻勢は人的・物的資源の浪費に他なりません。

 過去2年間の状況は、モスル北部の現状の支配地域を越えて進撃することは不可能であることを示しています。仮にペシュメルガの陣地を制圧できたとしても、イラクのこの地域においては、有志連合軍の航空戦力が常に決定的な役割を果たすことになるでしょう。

 ISILは持てる戦力の全てを投入し、これまでに見られなかった戦術や、さらに高度なDIY式AFVを運用することはできるかもしれませんが、彼らに向けて発射される誘導爆弾やミサイルに対抗できないだろうことは言うまでもありません。

 モスルのISIL軍事指導部が今なおこの事実を認識してこなかった結果、再び約150人もの戦闘員が死亡し、さらに相当規模の装備も失われるという大惨事に繋がりました。そして、イラク西部の情勢が当面変わる気配が全くないことから、今後もさらなる攻勢と大量の人的被害が予想されます。

2枚目と22枚目の画像:Operation Valhalla.

 
 お知らせ2025年7月に上記本の改訂・分冊版である「The Armed Forces of North Korea Volume 1: Part 1: Korean People's Army Ground Forces Organisation, Strategy and Infantry」が発売されました。残りの巻も完成次第発売される予定です(記載情報は2025年現在のものにアップデート済み)。
 お知らせ2:2025年10月に「Volume 1: Part 2(陸軍AFV)」が発売されました。 
 お知らせ3:2025年12月に「Volume 2(空軍)」が発売されました。
 お知らせ4:2026年2月に「Volume 3(海軍) 」が発売されました。

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2025年5月16日金曜日

イスラム国の機甲戦力:モスルに出現した「戦闘トラム」


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


 この記事は、2020年1月15日に「Oryx」本国版 (英語)に投稿された記事を翻訳したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

 2016年11月、モスルの北にあるバシジの町の木の下にトラムか装甲戦闘バスのような車両が置かれていました。以前の所有者によって放棄されたこの怪物は、かつてモスル北部のナヴァラン近郊で行われた今や悪名高いイスラム国(IS)の攻勢に登場したものです。その攻勢を撮影した動画は、参加した数人の戦闘員の滑稽な動きで急速にネット上で拡散されました。戦闘員アブ・ハジャールはインターネットのあらゆる場所でミームのネタとなりましたが、この攻勢でISが投入した装甲強化型トラックやその他の車両は、軍事的側面に注目する人々にとって特に興味深い存在でした。

 ISが手掛けたDIY式装甲戦闘車両(AFV)の多くは、車体に鉄板を貼り付けただけの非常に粗雑なものでした。ただし、彼らのニーズにより適合させるように車両を改造することを目的とした大規模な工廠が存在しており、そこからシリアやイラクの戦場で展開する戦闘に完璧に適したAFVが生み出されたのです。これらの兵器の改修を担当したAFV工廠はIS支配地域内にあり、最大のものはシリアのタブカイラクのモスル近郊にありました。

 モスル占領の直後、ISはイラク軍と警察がモスルからの撤退時に残した大量の車両と装備を運用するために複数の装甲部隊を創設しました。一部の車両は事実上全く手を加えられずにイラクとシリアの戦場に直ちに配備されたものの、他の車両は車両運搬式即席爆発装置/自動車爆弾(VBIED)として使用するために改造されたり、「襲撃大隊」向けとして、モスルの平原で使用するAFVに改造されたのです。

 インギマージ...生還を期することなく敵陣に突入することを任務とする突撃部隊...の作戦において、「襲撃大隊」は重くて遅い装軌式AFVではなく、より高速が出る装輪式車両を主に使用しました。実際のところ、イラクのISでは少数の戦車が積極的な戦闘行動(攻撃)で運用されていましたが、そのほとんどは「アル・ファルーク機甲旅団」と「防御大隊」の所属でした。したがって、即席かつ装甲が強化されたAFVを使用したのは、主に「襲撃大隊」です。


 「襲撃大隊」用に改造された車両の大半は基本的に装甲兵員輸送車(APC)であり、戦闘員が立って射撃するためのキャビンを備えているのが特徴です。モスル周辺におけるISの攻勢は実質的な自殺行為のため(詳細はこちらを参照)、「襲撃大隊」の攻勢については、その大部分が目的に到達する前に車両が撃破されて終わりを迎えました。

 しかし、改造できるトラックやその他の車両が豊富に残されていたため、「襲撃大隊」向け車両の「生産」は継続されました。これらは実質的に同じクラスの車両に僅かな違いが見られる程度であり、ある程度は規格化がなされていたことが見受けられます。今回取り上げる戦闘トラムは3台が確認されており、それぞれが「201」と「202」、そして(おそらく)「200」の番号が振られました。下の画像では、「202」(1枚目の右)と「200」(1枚目の左と2枚目)が見えます。ちなみに、後者は詳細不明な原因で失われています。



 戦闘トラムは重装甲が施されたキャビン前部が特徴であり、(少し想像力を働かせると)鳥のような顔や、バリエーションによっては「きかんしゃトーマス」のキャラクターを彷彿とさせます。これが「戦闘トラム」という名称の由来です。戦闘員を収容する区画には空間装甲が設けられており、8個あるホイールの外側には保護する鉄板のサイドスカートが装備されています。この戦闘トラムについては、(特徴を考えると)2014年にモスル周辺で鹵獲されたソ連製「BTR-80」APCの車体を改造したものであることはほぼ間違いないでしょう。

 事実上のトラックである車両を改造することは実に不思議な選択ではあるものの、このような大型APCを製造しようとした今までの取り組みでは、ダンプトラックをベースにした(見応えがあるが不格好な)車両が数多く作られました。こうした車両とは対照的に、戦闘トラムは比較的バランスの取れたデザインに見えます。



 戦闘トラムの武装は過去に登場した怪物のようなDIY車両から変わっておらず、重装甲のキューポラに軽機関銃や重機関銃が取り付けられるようになっています。興味深いことに、「202」は前面に4本のラムを装備しているように見えますが、そのうちの2本は車体構造を補強する機能を兼ねているのかもしれません。これらのラムはある程度の障害物を突破するのに効果的ですが、起伏のある地形を走行中にスタックしやすくなるリスクがあります。そして、突破した障害物の破片が兵員区画にいる戦闘員の頭上に落下するだろうことは言うまでもありません(編訳者注:無蓋式のオープントップのため)。

 ペシュメルガの陣地の前に立ちはだかる塹壕をよじ登るための梯子については、「200」と「201」には装備されていたにもかかわらず、「202」にはありませんでした。

 戦闘トラムのキャビンは、「襲撃大隊」が使用した他の車両とほぼ同様の構造です。高速移動を伴う作戦中にキャビン内の戦闘員を支えるため、小型車に見られるシートベルトの代わりに(キャビンの縁に)金属製の手すりが設置されました。 軽機関銃や重機関銃用のピントルマウントは装備されていないため、戦闘員は安定装置を欠いた状況で金属製の手すりの上から射撃することを余儀なくされました。このため、経験の浅い戦闘員が射撃した場合はほとんど命中弾を得られないことが明らかとなりました。

 「202」は「200」や「201」とはキャビンのレイアウトが若干異なっており、小さな出入口扉が後面に設けられています(注:「200」と「201」は側面に扉がある)。



 最初の戦闘トラムは、モスル北部のナヴァラン近郊で展開された、今では(悪)名高いISの攻勢に登場しました。この攻勢には、アブ・ハジャールとアブ・アブドゥッラー、そしてアブ・リドワーンたちの装甲強化型「M1114」以外にも、「襲撃大隊」の大幅に改造されたトラックやその他の車両も数台参加したことが知られています。前者には初代戦闘トラム「201」が含まれており、攻勢開始の直前と失敗した直後にその存在が確認されました。この姿は下の画像でも確認できます。



 この戦闘トラムは、ペシェルメルガ陣地前にある巨大な塹壕の埋め立てを担っていたブルドーザーが撃破されたことで、他の「襲撃大隊」の車両と一緒に事実上身動きが取れない状態となってしまいました。この直後、トラムは(アブ・ハジャ-ルの車両のように)命中弾を受けて放棄されました。

 車体側面に設けられた空間装甲の存在はここでもはっきりと確認できます。様子を見る限り、少なくとも1発の命中弾を阻止するのに効果を発揮したようです。


 上の画像: アブ・ハジャールの「M1114」から撮影されたナヴァラン近郊を走行中の戦闘トラム「201」:装甲キャビンに立って発射の機会をうかがうRPG砲手の姿が見えます。装甲を増強したことで重量が増加したにもかかわらず、このトラムは適度な速度で戦場を駆け抜けることにあまり問題はないようです。後方の装甲強化型「M1114」と比べると、車体の圧倒的な大きさは一目瞭然です。ただし、そのおかげでペシュメルガのATGMチームやRPG砲手にとっては格好の標的になりやすいというデメリットがあることは言うまでもありません。 

 実際、モスルの平原でこうした車両を使用した場合は、前述の理由で失敗に終わることは避けられないでしょう。戦闘トラムは平原より都市部での使用が適している可能性があります。


 数種類のAFVを自力で製造しようとするISの取り組みは、結果的にISの典型的な攻撃手法に適した(高度に発達した)車両を数多く生み出すことに至りました。ところが、ATGMの拡散とISの大規模な攻勢に有志連合軍の航空機やヘリコプターが登場したことで、これらのAFVがイラクの戦場で完全に場違いな存在となってしまったことは否めません。それでも、勝利という成功の可能性に賭ける彼らの信仰が挑戦に次ぐ挑戦に至らしめ、そのたびに同じ結果、つまり全滅という形で終焉を迎えたのです。

 設計と生産の分野におけるISの努力は確かに見事なものでしたが、そもそも最初から事実上絶望的な攻勢に投入する車両を大量生産することは彼らが他の地域で展開している作戦とは大違いであり、そう長くはできない贅沢と言えます。

改訂・分冊版が2025年に発売予定です(英語版)

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2025年4月28日月曜日

【復刻記事】イスラム国+マッドマックス:リビアでバトル・モンスターが登場した


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2016年3月20日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 これまで存在した中で最も洗練されたテロ組織と化した「イスラム国(IS)」の隆盛は、戦闘員に(形だけの)装甲防御力と重火力を装備させるべく無数のDIYプロジェクトを行うまでに至っています。こうしたプロジェクトの大半はシリアとイラクの戦場に限られる運命にあったものの、リビアのIS部隊が、映画「マッドマックス」からそのまま飛び出してきたかのようなワンオフの逸品を完成させることに成功しました。

 2016年3月に初めて目撃されたこのバトル・モンスターはリビアの北東部のデルナで建設され、リビア国民軍(LNA)やムジャヒディーン・シューラ評議会と戦闘しました。(敗北する前の)デルナにおけるIS戦闘員たちはリビア国内にある他のIS支配地から完全に切り離されていたため、リビアに存在する巨大な武器庫や敵対勢力から鹵獲した少数の装備だけで対処を強いられたという事情があります。

 今回取り上げるバトル・モンスターは、6x6トラックをベースにしたものであり、多種多様な装甲板とスラット装甲を備えているほか、「BMP-1」の砲塔のみならず車体自体を組み込んだものです。ただし、「2A28 "グロム"」73mm低圧砲と同軸の「PKT」7.62mm機関銃は撤去され、その代わりに「M40」106mm無反動砲(RCL)1門を備えるオープントップ式の砲塔が本来の砲塔の上に搭載されています。言うまでもありませんが、「M40」を旋回させるためには砲塔内に操作要員がいなければなりません。高い位置にあるRCLはバルコニーや屋上からの敵の射撃にさらされやすいという弱点があるものの、それでも(その高さゆえの)優位性を有しています。


 バトル・モンスターの装甲は控えめに言っても特別です。「BMP-1」の車体側面の装甲防御力は前面下部にも追加されたスラット装甲によって強化されていることに加え、「BMP-1」の車体とスラット装甲の間は土嚢によってさらに強化されています。スラット装甲以外でモンスターを覆っているのは、車体にボルト留めされた厚さと強度の異なる鉄板です。最も特徴的と言えるのは、露出したホイールとタイヤを保護しているのが再利用された「BMP-1」の履帯でしょう。

 モンスターの武装は、砲塔の「M40」RCL1門と「BMP-1」の車体に備えられた8個(車体後部のドアにあるものを含めると9個)の銃眼から発射される小銃や軽機関銃で構成されています。主砲の「2A28 "グロム"」が撤去された理由は不明ですが、損傷したか、あるいは過去に目撃されたテクニカル搭載用として撤去された可能性があるのではないでしょうか(編訳者注:リビアで「グロム」だけを装備したテクニカルを転用した事例が確認されているのはISではなくイスラーム系民兵組織「リビアの夜明け」であるが、こベースとなったBMPがISに鹵獲されたり、あるいは同様のテクニカルをISが使用している可能性は否定できない)。


 上の画像が示すように、この車両の役割は装甲兵員輸送車(APC)や歩兵戦闘車(IFV)に似ているものの、「BMP-1」の車体が高い位置にあるため、乗降が相当困難になっています。小型の梯子があればこのプロセスは大幅に楽となるはずですが、モンスターには装備されていないようです。

 特筆すべき点としては、このバトル・モンスターのドライバーが、デルナの狭い通りで運転するのに四苦八苦したに違いないということが挙げられます。もちろん、外を覗く窓が非常に小さかったため、後退時も進行方向を確認できないまま動くこと余儀なくされたであろうことは言うまでもありません。下の画像で、ドライバーが外に向けて「AK-103」7.62mmで狙いを定めていますが、これは単にカメラ用のカットでしょう(つまりプロパガンダ用)。


 リビアは間違いなく突飛なDIYプロジェクト発祥の地です。終わりの見えない長期にわたる内戦で勝利を確実なものとするため、各勢力が敵対陣営より優位に立つことを目的とした改造兵器が今後も数多く生み出されることでしょう。リビアへの武器禁輸措置を順守する意思のある国は少ないものの、各勢力に供給される(実用的な)重火器が不足しているということは、(実際に役立つかどうかは別として)今回のようなDIYプロジェクトを継続する必要があることを意味しています。


改訂・分冊版が2025年に発売予定です(英語版)

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2025年4月13日日曜日

イスラム国の機甲戦力:モスル周辺に登場した移動トーチカ


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)


 この記事は、2019年10月13日に本ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです。 意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 イラクにおける対イスラム国(IS)戦では、各勢力が敵より優位に立つために火力の向上を試みたことで、さまざまなDIY兵器が誕生しました。もちろん、ISもその例外ではありません。イラクでのIS部隊は、モスルで鹵獲した膨大な兵器群をイラクの絶えず変化する戦場で使用するための強力な武器に変えるにあたって、 数多くある兵器工廠の創意工夫に事実上依存していたからです。

 ウクライナの「BTS-5B」装甲回収車(ARV)の移動トーチカへの改造は、(ISにとって)そうでなければ役に立たない車両を、強力な兵器プラットフォームに変えた事例です。

 ソ連時代の「T-72」戦車群をさらに支援する取り組みの一環として、イラク軍は2006年に(それ自体も「T-72」をベースである)少数の「BTS-5B」を入手したものの、2014年のモスルでのイラク軍の崩壊で、下の画像に見られる「BTS-5B」やポーランドの「WZT-2」を含む複数のARVが稼働状態でISによって鹵獲されてしまいました。


 2015年1月、移動トーチカに改造された「BTS-5B」ARVが初めて登場したときは確かに人々を驚かせました。もちろん、すぐに溝にはまって撃破されてしまったからではありません。 こうして本来の用途では全く成功しなかったものの、その後継車両がイラクの平原に姿を現れるまで1年もかかりませんでした。2015年12月に初めて目撃されたこの二代目は、先代から学んだ教訓と、それまでISが広く使用していなかった技術を組み合わせたものです。

 しかしながら、この二代目の詳細を語る前に初代について考察することは有意義なことです。本来の役割ではISにとって少しも役に立たなかった「BTS-5B」は、オリジナルの車体の上に装甲キャビンを追加する形で大々的に改造されました。このために、クレーンやシュノーケル、そして工具の入った各種の木箱が取り外されました。ただし、ドーザーブレードとウインチは残されています。

 武装は装甲板で覆われた銃塔に装備された「DShK」12.7mm 重機関銃1門と複数の軽機関銃用の支持架で構成されています。この車両が最初で最後の戦場で使用された際、乗員は1門の「DShK」を補完するために「M16」と「AKM」も使用しました。


 おそらくサンドクリートで充填されたと思われる大きなブロックが新しく設けられたキャビンの装甲板として装備され、車体側面には大きなゴム製のサイド・スカートが取り付けられました。これらの組み合わせは、乗員を前方と側面からの射撃や爆発物の破片、そして場合によってはロケット推進擲弾(RPG)から保護することを可能にしました。

 装甲キャビンの支持梁で運転席のハッチがふさがれたため、操縦手はキャビンの床にあるハッチから車内に入る必要がありました。また、支持梁が視界を遮るために操縦手は運転中に頭を突き出すことを余儀なくされました。ただし、この弱点をカバーするためか防弾ガラスが装備されています。

 全体として、この改造AFVは見事なプロジェクトと言えます。これを完成させるためにISは多大な労力を費やしたに違いありません。それゆえに、このAFVの戦場における活躍が芳しくないのは、やや意外に感じられます。


 この移動トーチカは都市部で活躍できたはずです。そこでなら、前進する部隊に火力支援を提供できる重装甲の破城槌として重宝されたと思われます。装甲でほとんどの反撃を防ぐことができることを考えると、比較的軽度ながらも弾力性に富んだ武装はアパートの高層階など高所を狙うのに理想的だったでしょう。

 ところが、この移動トーチカは、2015年1月25日にISがペシュメルガに攻勢をかけたニネベ州シェハン近郊の平原で投入されたのです。失敗に終わった攻勢の映像はここで観ることができます

 この攻勢で、シェハンはIS戦闘員による度重なる攻撃の舞台となりました。この一連の攻撃の典型的なパターンには、1台の車両運搬式即席爆発装置/自動車爆弾(VBIED)の突入から始まり、続いて鹵獲したアメリカ軍の「M-1114」や「バジャー」ILAV、「M1117」ASVによる攻撃があります。 

 高地を守っていたペシュメルガは、数km離れたところからISの車両が近づいてくる状況を目視できていたため、(特に「ミラン」対戦車ミサイル(ATGM)がペシュメルガに供与された後では)ISがこうした攻撃手法を採用した正確な理由は依然としてわかっていません(編訳者注:この攻撃では敵陣地の到達前に簡単に撃破されてしまうため)。


 シェハンへの攻撃では、数台の(装甲強化型)「M-1114」、1台の装甲強化型「バジャー」ILAV、1台の「M1117」ASVと移動要塞がペシュメルガの陣地に向かって移動したものの、即座に高地から激しい機関銃や迫撃砲、さらには戦車砲の攻撃を受けました。ただし、ペシュメルガからの攻撃のほとんどが外れるか、各車両のDIY式追加装甲で跳ね返されたようです。その結果として、一部の車両は撃破される前に山の近くまで前進することができました。

 移動トーチカは溝に落ちてRPGと(おそらく)迫撃砲弾の直撃を受け、無防備な乗員が殺害されました。こうして、最初の移動トーチカはその生涯を終えたのです。


 二代目は、イラクのモスルにおけるウィラヤット・ニーナワー(ニネベ州)でのIS装甲部隊の演習を取り上げたISのプロパガンダ動画「ダビク・アポイントメント」に最初にして唯一登場しました。「ダビク・アポイントメント(約束の地:ダビク)」とは、シリア北部あるダビクという町を意味したものであり、ISによれば、同地で正義(イスラームの軍勢)と悪(背教徒:つまりIS以外の全て)の最終決戦が行われるというものです。

 大方の予想に反して、この町の近くに有志連合軍の部隊が大規模に展開して(その結果として)戦闘が起こることは、ISが心から望んでいたことでした。空爆やドローンによる攻撃を卑怯な行為と見なす彼らとしては、この戦闘こそが「十字軍(有志連合軍)」と決戦する手段としていたからです。それにもかかわらず、この小さな町は2016年10月、トルコの支援を受けた自由シリア軍によっておとなしく占領されてしまいました。敵にさらなる脅威を与えるためか、動画にはイタリアのローマにあるコロッセオに向かって行進するISの戦車のカットが含まれています。


 「ダビク・アポイントメント」に登場するのは、「防御大隊」と「襲撃大隊」を傘下に置く第3アル・ファルーク機甲旅団で、彼らはウィラヤット・ニーナワーにおける大部分の装甲戦闘車両(AFV)の運用を担っています。動画での第3アル・ファルーク機甲旅団はダビクでの「差し迫った」戦いに備えて訓練を行っており、2台の「T-55」と1台の「59式戦車」、2台の「MT-LB」汎用軽装甲牽引車、2台の「バジャー」ILAV、1台のMRAP、1台の移動トーチカ、1台の「BTR-80UP」装甲兵員輸送車を含む多数のAFVを使い、装備の整った戦闘員(歩兵)と共に標的を撃ち、陣地を襲撃している様子が映し出されていました。 

 下の車両は第3アル・ファルーク機甲旅団が使用しているもので、「 ولاية نينوى - الجند (?) لواء الفاروق المدرع الثالث - ウィラヤット・ニーナワー - 戦士 (?) - アル・ファルーク機甲旅団 - 第3」と書かれています。また、白い円の文章はシャハーダ(信仰告白)の「 محمد رسول الله - ムハンマドはアッラーの使徒である」です。これはISが運用する車両に見られるもので、単に装飾的な目的で施されていると考えられています。


 初代と同様に、この「BTS-5B」もAFVとしての新たな用途のために大幅に改造されました。オリジナルの状態では車両上部に搭載されているクレーンやシュノーケル、さまざまな種類の箱は撤去されています。使用されることはないでしょうが、ドーザー・ブレード(排土板)は残されました。スラット装甲によって光線が遮られるために撤去されたと思われる前照灯を補うため、前部マッドガード(またはフェンダー上)に2個の新しい前照灯が取り付けられています。

 初代では、新たに搭載されたキャビンの周囲にシンプルなブロックが装備されているだけだでしたが、二代目では、車体の周囲と高くなったキャビンの周囲にスラット装甲が取り付けられています。確かに見応えのある見た目ですが、スラット装甲とそれを支持する架台の強度はお世辞にも良いとは言えないものです。おまけに、操縦手の視界は前方に設置されたスラット装甲によって著しく阻害される可能性が高いと思われます。

 初代では特徴的だったゴム製のサイドスカートについては、この二代目には装備されていません。


 武装については、「DShK」12.7mm重機関銃1門を装備して軽機関銃用の支持架を複数備えていた初代から大幅に増強されました。二代目では同じ「DShK」を指揮官(車長)用キューポラに搭載したほか、「KPV」14.5mm機関砲が元イラク陸軍の「M-1114」から、高くなったキャビンの上に移設された装甲銃座に装備されています。

 「KPV」の銃座は敵にとって格好の標的となる一方、高い位置にあるために周囲の視界が良好であり、移動トーチカの見通し線(LOS)上のいかなる目標に対しても射撃が可能という利点があります。


 本物のAFVというよりは歩兵を輸送する重装甲の破城槌と言っても過言ではない初代とは異なり、二代目は正真正銘のAFVに近い存在と言ってもいいでしょう。車体上に搭載されたキャビンの圧倒的な大きさについては、ATGMやRPGの格好の標的にもなることを考慮すると二代目の長所にも短所にもなります。

 二代目移動トーチカの最終的な運命はまだ明らかになっていませんが、モスル周辺にあるペシェルメルガの陣地への攻撃に投入された可能性は十分に考えられます。この2台の移動トーチカの存在は、IS戦闘員がたいていの戦闘状況に頻繁かつ素早く適応できているものの、この地域における戦闘員たちがAFVの運用に関する適切な戦術を理解できないままだったということを証明するものかもしれません。

4枚目と5枚目の画像:Matt Cetti-Roberts via The Kurds Are Close to Mosul—And in No Hurry to Get There.


改訂・分冊版が2025年に発売予定です(英語版)