著:
シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ 編訳:
Tarao Goo) この記事は、2020年12月3日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。
民族解放戦線(NLF)が
リリースした動画には、2020年1月19日、イドリブ県マアッラト・アン=ヌウマーンの北東に位置するシリア政府の支配下にある
アブ・ダフナへ向かう道中で、シリア軍やタハリール・アル=シャーム(HTS)の戦闘員との戦闘を繰り広げる壮大な(ドローンからの撮影による)様子が映し出されていました。
これは2019年4月にイドリブ攻勢が開始されて以降のシリア軍(政府軍)が直面している攻撃をうかがわせるものであり、戦闘中における各陣営が持つ強弱の一端を明確に示しています。
この映像が全てを語っているわけではありませんが、この攻撃の初期段階は極めて綿密に記録されています。そこで、私たちは公開された映像を分析してアブ・ダフナ攻勢のより明確な実態を描き出そうと試みました。
しかしながら、この戦闘自体について詳細に触れる前に、主にイドリブや(比較的程度は低いですが)西アレッポで行われている同様の
「局地的圧倒/スマッシュ&グラブ」戦法の背景を理解することが重要です。
イドリブの反政府勢力とジハーディスト・グループ(以下、どちらも反体制派と表記)は、長年にわたって政府軍と彼らが伴う航空優勢に直接挑むことができなかったことから、その代わりとして現状維持を支えるための一撃離脱攻撃に依存してきました。
反政府勢力は政府支配地の無防備な側面に連携した攻撃を仕掛けることによって、政府軍に占領された全ての町を今やその防衛を任務とする部隊にとって潜在的な(局地的な)危険地帯とすることで、現地の状況に深刻な影響を与えることができるのです。
スマッシュ&グラブ戦法は原則として持続的な領土の(再)占領に繋がることはありませんが、こうした小規模な攻勢の目標は敵部隊の無力化や紛争地域の占領を目的とする通常の攻勢とは異なります:激しい砲爆撃に直面しても甚大な損害を被ることなく、あるいは貴重な資源と人手を強固な陣地やトンネルの建設に注ぎ込むことをせずに支配下の町を維持する現実的な見通しが立たない中、町のために戦いを挑んで自身の防御部隊の大半と町を失うことは反政府勢力にとってもはや余裕のない「贅沢」です。したがって、これはイドリブの反アサド勢力にとって実行可能な戦術ではありません。
この点においては、政府軍に多くの犠牲者を与え、今後の攻勢を停滞させ、見返りで生じる犠牲者をはるかに少なくして武器や弾薬を奪取できる可能性のある一撃離脱戦法に投入するために人員を温存することは、完全に理にかなっています。
最近に彼らが制圧した町は政府側の新たな攻勢を開始する有利な拠点として機能することが多いため、そこに駐留している兵士を追い出すことは、同地域で策定された政府軍の攻勢について、シリア兵が失地を奪還して新たな防衛態勢を確立し、武器や物資が補充されるまで放棄せざるを得ないことを意味します。これは政府軍を完全に倒すというより、単に失速させることに過ぎませんが、反政府勢力が勝利する見込みは、現地の状況がシリア政府に大きく有利である現時点で、おそらく今まで以上に遠くなっているでしょう。
内戦初期でよく目にしたような、支配地域の陥落を防ぐための大規模な兵力増強を必要とする戦線が他に存在しないことから、シリア政府は今や勝利が達成されるか政治的決着がつくまで、ほとんどの兵力をイドリブに安心して投入できる立場にあるのです。バッシャール・アル=アサド大統領が何度も「シリア全土をテロから解放する」と宣言していることを踏まえると、前者のシナリオに進む可能性がますます高まっているように思われます。
戦争の流れが徐々に政府側に傾くと、反政府勢力を構成する各陣営は、長期間にわたってなんとか持ちこたえてきた攻撃態勢を失ってしまいました。反政府勢力が至る所で守勢に入っているため、イドリブはシリア政府に敵対する陣営への武器弾薬の最大の供給者:シリア・アラブ陸軍(SyAA)からほぼ遮断されています。
過去にシリア軍が
アイヤッシュのような主要な武器庫の移転や防御、(少なくとも)破壊に失敗したことで、反政府勢力に車両や武器弾薬が無限に供給されることになってしまったことは今ではよく知られています。
外国から貰ったり闇市場で調達した少量の武器弾薬に依存しきっている今日、 イドリブで反政府勢力が戦車のような重装備を揃える唯一の方法は、防御が手薄ながらも装備品が過剰に備蓄された政府側の拠点を壊滅させて奪取する攻撃しか残されていません。
2020年1月中旬に実施されたアブ・ダフナから約4km離れたバルサ近郊にあるSyAA陣地への襲撃では、「T-62」戦車が1台、「BRM-1(K)」偵察車が2台、「BMP-1」歩兵戦闘車が1台、対戦車ミサイル(ATGM)発射機が2基と多数のミサイル、その他多数の戦利品を得ることに成功しました。[1] [2]
少なくとも32台もの「T-55戦車」の鹵獲をもたらした第93旅団のような過去の重火器の入手には程遠いものの、こうした攻撃で得られる戦利品は、必然的に生じてしまう損失を上回るほどの十分な価値があることは明白です。[3]
イドリブで存分に発揮されていますが、「局地的圧倒/スマッシュ&グラブ」戦法自体はシリア内戦で目新しい存在ではありません。実際、この戦法は、シリア中央部にある一見して防御不可能と思われる砂漠地帯の広大な領域を防衛しなければならなかったイスラム国(IS)が採用した戦術と非常によく似ています。
ISには縮小する領土の各戦線を適切に防衛する兵員が不足していたため、代替策として少数の(現地の)戦闘員を投入し、援軍が到着するまで時間を稼ぐ戦術を選んだのです。頻繁に象徴的な抵抗だけを与えながら敵をゆっくりと前進させることによって、彼らは攻勢を撃退するのに十分な規模の兵力を集めることができました。
最大限の効果を得るために奇襲の要素にしばしば依存していたISは、どこからともなく出現し、待ち伏せを仕掛け、続く混乱に乗じてVBIEDを送り込みますが、2016年にシリア軍が行った悲惨なタブカへの攻勢で示されたように、(戦いで得た利益を全て失って)敗走した敵の防御を突破するために独自の(反)攻勢を続けるのが常でした。[4]
おそらくさらに価値があるのは、2016年3月から6月にかけての不幸な結末を迎えたアレッポ北部の攻防戦で、トルコとの国境に近いアザズを包囲する町や村を防衛したイスラム国の事例との比較でしょう。トルコ軍の砲撃とアメリカ軍の近接航空支援に支えられた自由シリア軍(FSA)の部隊に直面したISの戦闘員たちは、日中に組織的な撤退を行い、夜になると闇に紛れて同じ場所に舞い戻ったのです。これらの奇襲攻撃はFSAの戦闘員が完全に不意を突かれる場合が多く、その結果として人員と装備に大きな損失が生じました。[5]
同年9月に開始されたFSAとトルコの共同攻勢の結果、ISはこの地域の支配権を失うことになったものの、先行して3月に開始された攻勢をなんとか食い止めて撃退に成功しただけでなく、自力の反攻でシリアのこの地域におけるFSAの足場をほぼ一掃したのでした。
「局地的圧倒/スマッシュ&グラブ」戦法にとって大きな障害となるのは、上空から大惨事をもたらす精密誘導爆弾やミサイルです。空爆は夜間にアザズを徘徊するイスラム国戦闘員の小さな一団にとって、大した問題ではないことが証明されました。しかし、(ほとんど常に日中に行われた)イドリブでの攻撃では、頻繁にテクニカルや装甲兵員輸送車(APC)、場合によっては戦車が投入されたことで空の敵にとって格好の獲物となってしまったのです。彼らがそうしている間にロシア空軍(RuAF)はすでに戦場上空に存在しており、無人機(UAV)や航空機で敵を監視し、続けて攻撃します。
このようにして実施された精密爆撃は、すでに何度か行われた「スマッシュ&グラブ」戦法の結果を運命づける決定的なものだと証明されています。[6]
ハマミヤット村への空爆では村の占領する任務を帯びた車列全体がロシア軍の爆撃で全滅し、「T-55」ベースのAPC3台、テクニカル5台、ブルドーザー1台が失われ、人的被害は間違いなく極めて深刻なものとなりました。[7]
今年2月中旬には、アレッポ西部の
ミズナズ近郊で攻勢に出ていた反政府軍の装甲車列全体も同じ運命をたどり、壊滅的な結果を迎えました。[8]
この攻撃で遭遇する可能性が大いに高いもう一つの障害は、戦略的に敷設された地雷や、進入路を封鎖するために道路上に置かれた小規模な地雷群です。これらは反政府軍の車両を自身を避けて走らせることに加えて(テクニカルの場合、これはイドリブのぬかるんだ野原では不可能な芸当となることが多い)、時には下の「ACV-15」 APCのように車両を撃破することもあります(地雷は黒い四角で示されています)。
通常の場合、「スマッシュ&グラブ」戦法での攻撃は、1台または複数台の「T-55/T-62」ベースのAPCと、同じくAPCに改造された装甲強化型テクニカルで前線に送られる数個のインギマージ分隊(突撃部隊)で構成されます。
典型的なやり方として、ほとんどの攻撃は火砲とロケット砲の集中砲火から始まります。敵の防御を弱体化させるためにVBIEDが攻撃に先行して突撃することもあります。
ロシアの航空戦力に対抗する、あるいは少なくとも妨害する効果的な手段を持たないため、爆撃に対する反政府勢力が可能な最善の防御策は、アブ・ダフナへの攻撃時のように、悪天候でイドリブ上空で戦闘爆撃機が効果的に活動できないように祈るだけしかありません。
これは動画に映された攻撃に通じます。というのも、反政府軍に(少なくとも20人の戦闘員の戦死と多数の車両の撃破を含むと言われている)甚大な損失をもたらし、鹵獲した戦利品は文字通り皆無という結果に終わった一連の攻勢の一つだからです。
町を守備したシリア軍の死傷者は約十数人に達したと思われています。そのお粗末な結果はさておき、この映像は私たちに攻撃の展開についての深い見識を与えてくれます。なお、NLFやHTS、
信仰者激励作戦室が合同で実施したアブ・ダフナ攻勢における反政府軍の戦力は完全に不明です。
攻撃終了後にシリア国営テレビが撮影した映像が示すように、反政府軍は2つの異なる道から町を攻撃したようで、どちらもアブ・ダフナまで達しました(ドローンが追っているのは片方の攻撃軸だけですが)。アブ・ダフナ周辺におけるシリア軍の戦力も同様に不明ですが、少なくとも36人の兵士が一つの防衛陣地から逃亡する様子が見られました。
この点と、5台の戦車や6台の「BMP-1」、そして1台の「ZSU-23-4」自走対空砲が町とその周辺に存在した点を合わせて考えると、大規模な部隊が実際に存在した可能性が高いと思われます。おそらく、この地域での将来の攻勢に備えていたか、部隊がローテーション配備で町に到着したばかりだったのでしょう。
この攻撃に先立って、ロケット弾の集中砲火が町周辺の防御陣地に浴びせられました。シリア軍の陣地を叩く
通常の砲撃に加えて使用されたのは、少なくとも10発のエレファント・ロケット(一般にシック・グラートと呼ばれるもので、標準的なロケット弾に一回り大きな弾頭を組み合わせたもの)です。
差し迫った攻撃の最初の手がかりは
0:14にあります。 このとき、砲弾が停車中のAFVから約150mメートル離れた地点に着弾し、さらに道路上を歩く兵士らの近くにも着弾しました。これはアブ・ダフナのさらに内側にいるシリア軍に注意を促したものと予想されますが、実際のところ、彼らは町への攻撃に全く準備ができていなかったようです。
次のカットは0:19からのもので、攻撃に参加する一人の戦闘員が準備をしている様子を映しています。
友軍が攻撃側の戦闘員と防御側のシリア軍とを区別しやすくするため、最初の突入部隊員は友軍であることを示す腕章を着用していました。この戦闘員は、GoProのカメラに加えてオランダのハードウェア・チェーン店であるGAMMAのニット帽を被っています。
次は「T-55」ベースのAPCの出発が映し出されます。このAPCは砲塔の代わりにオープントップ式の装甲キャビンを搭載するように改造されたものであり、戦車をAPCに転用し始めた諸外国の動向を反映したものです。
この改造戦車は運用側には好評だったようで、 イドリブの反政府軍が保有する「T-55」と「T-62」戦車のほぼ全て(
と少なくとも1台の「T-72AV」)がAPCへの改造のために犠牲となり、この改造作業はすぐに規格化されました。
この作業ではドーザーブレードの取り付けと砲塔の撤去が伴いますが、結果としてキャビンのスペースは、約5人の兵員、彼らの武器弾薬、そして通常は架台に装備されている「DShK」12.7mm重機関銃を収容するのに十分な広さになります。
ほとんどの車両は砲弾の破片や外部環境から乗員を保護するために、空間装甲やスラット・アーマー、場合によっては屋根で構成される追加装甲も施されています。
「T-55」ベースのAPCに加えて、反政府軍はアブ・ダフナへの攻撃で数台の改造車両を投入しました。この中には、DIY式APCとして改造された多数の装甲強化型トヨタ「ランドクルーザー」も含まれていました。
外見は兵員輸送用に改造された他のトヨタ車と酷似しているものの、実際には車体後部に装甲キャビン、各部に防弾窓と装甲板が装備され、小火器や砲弾の破片に対してほぼ完全な防御力を提供しています。
これらの車両をさらに進化させたものが「アル・ブラーク」APCとして運用されています(ブラークとは、預言者ムハンマドの移動手段であったとされるイスラームの伝承上に登場する生き物のことです)。以前のバージョンからいくつかの改良点が見受けられているほか、よりプロフェッショナルな外観を容易に認識できます。
以前のバージョンと同様に、「アル・ブラーク」APCは車体の上にキャビンを備えており、複数人の戦闘員の輸送を可能にしています。現在、これらの車両はイドリブにおける複数の反政府勢力やHTSの
民警部隊で大量に使用されています。
0:35は、戦闘地域へ向けて進軍する 「強襲大隊」の様子から始まります。彼らは自身の英雄的行為がドローンによって記録されていることを明確に認識しており、一部の戦闘員はカメラに向かって笑顔を見せたり、イスラム国戦闘員独自のジェスチャーと(誤って)思われがちな一神教を象徴するタウヒードの象徴として人差し指を立てたりしています。
「T-55」ベースのAPCの後には2台の装甲強化型トヨタAPCが続きますが、これは敵の射撃を前者に引き付けさせておく意図があるようです。
「T-55」APCを上から見ると、スペースが不足しているため、2人の戦闘機が装甲で覆われた車内ではなくエンジン区画の上に座らざるを得なくなっている様子がわかります。新たに追加されたサイドスカートが操縦手の視界を大幅に遮るため、自身が頭を出して地形を確認する姿も見えます。
操縦手が小火器の射撃を受ける可能性は極めて低いですが、よく訓練された狙撃チームであれば、敵陣に向かって直進する彼を無力化することに大した問題はないでしょう。もし彼らが狙撃に成功したならば、APCは即座に動きを止め、(対)戦車砲やRPGの格好の標的となってしまうに違いありません。
攻撃側にとって不運なことに、「T-55」のディーゼルエンジンが出す排気煙は風によってすぐに真横に流されてしまうため、トヨタ車の防御に全く貢献できませんでした。
後世代(あるいは改修された第1世代)のTシリーズ戦車に発煙弾発射器が装備される以前、旧世代のソ連戦車はすでに気化したディーゼル燃料を排気システムに吹き込むことで煙幕を張る能力を備えていたのです(注:したがって、煙幕を出す「T-55」を先頭に進んだ場合、無風であればトヨタ車の姿を敵から見えにくくした効果が予測されました)。
「シック・グラート」以外にも、この戦闘では迫撃砲や「M40」106mm無反動砲(RCL)、対地射撃用に転用された対空機関砲搭載型のテクニカルなど、複数の火力支援火器が使われたことが確認されています。
奇妙なことに、リリースされた動画では「ZU-23」対空機関砲の砲手から見た視界が加工されていました。
1:22は、町に降り注ぐ 「シック・グラート」の効果を示しています。
実際に政府軍に用いられている建物には命中していないようです。もちろん、巨大な弾頭を搭載した122mmロケット弾で、実際に町に着弾したこと自体がすでに小さな奇跡と言えます。
クリアすべき多くのハードルのうち、最初に突破すべきポイントへ向かう長旅の列:反政府軍が深刻な抵抗や障害に遭わずに直線道路に沿っての前進に成功したという事実は、少なくとも一部の政府軍の能力について深刻な疑問を投げかけます。
ATGM発射機が1基でもあれば、襲撃が始まる前に阻止できた可能性があります。特に、道路上や道路沿いに敷設された対戦車地雷と併用した場合は尚更です。後者はAPCに減速や迂回を強いたり(路肩に敷設された地雷で無力化される可能性はありますが)、APCが続けて前進できるように乗員の1人が降車して地雷を脇に寄せたりさせたことでしょう。
反政府軍が道路をさらに進むと、「T-55」ベースのAPCが町の外れにある防御陣地から攻撃を受けました。
銃弾が乗員を保護するために新たに追加された装甲を貫通することはないでしょうし、車体の装甲を貫通することも確実にないでしょうが、エンジン区画上部に座っている2人の戦闘員は被弾しないように身をかがめなければなりません。
飛び交う銃弾への対応としてAPCの機銃手が敵を釘付けにするべく発射源に仕返しをすることで、後方にいるより脆弱なトヨタ車ベースのAPCにある程度の安全をもたらします。この時点で、彼らは「T-55」のエンジンが出す排気煙の恩恵も受けるようになりました。
この時点で、「T-55」ベースのAPCはすでに直線道路を完全に無傷の状態で650mも前身しました。
明らかなATGM発射機の欠如と道路への地雷を適切に敷設しなかったことで政府軍が車両に深刻な被害を与えることはなかったものの、今や反政府軍の車両はRPGの射程距離に入っています。そのために政府軍の1人が車両へRPGを1発撃ち込みましたが、外れてしまいました。
地雷の配置にも問題がありました。位置が防御陣地に近すぎたため、「T-55」ベースのAPCは単に迂回、トヨタ車は地雷原の前に停車して兵員を降車させることで簡単に避けることができたからです(いずれにせよ、防御陣地にはすでに十分近かったので特に意味がありませんが)。
左下隅に見える地雷に注目してください。これはもっと陣地から離れた位置に、可能であれば100m間隔で敷設されるべきでした。
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道路上に横列に並べられているのが地雷である |
装甲を身に纏った怪物がじわじわと陣地に迫り、それを狙った1発のRPGが外れるという光景は、防御側のシリア軍を戦意喪失させ、陣地を放棄して徒歩で逃げ出す以外の選択肢を見えなくさせたに違いありません。
陣地から30人以上の兵士が逃走しましたが、皮肉なことに襲撃側の数を上回っていました。これらの兵士たちが高台から敵を撃退するのではなく、ほぼ即座に逃げ出したという事実は、彼らの訓練と士気のレベルを物語っています。
2:12は、トヨタ車がまだ町外れで執拗な重機関銃手からの射撃を受けている間に戦闘員が降車する様子を映しています(これが彼らの些細な不安に終わったことは間もなく明らかになるでしょう)。
全戦闘員が、地雷が存在しないことを確認できる「T-55」ベースのAPCが残した轍を歩いていることに注目してください。驚くべきことにトヨタ車1台から11人もの戦闘員の降車が確認できましたが、これは「M113」で輸送可能な兵員数と同じです!
行きたい場所に行くために「T-55」ベースのAPCが地雷を避けて走っただけで、地雷の配置が極めて悪いことが改めて明らかとなりました。
「T-55」ベースのAPCは前線に送り届けたばかりの戦闘員たちと一緒に戦える歩兵戦闘車両ではなく、あくまでも輸送車両としての役割しかないことから、このAPCはここで前進を止め、この動画内で再び姿を見せることはありませんでした。
防御陣地にいた30人以上の兵士は、「BMP-1」IFVと共に逃走しました。
この動画で彼らは二度と姿を現しません。 おそらくは、彼らは反政府軍が前進できた位置よりも町の奥深くへ逃走したことを示しているのでしょう。
その一方で、反政府軍の戦闘員たちは、最初に彼らを阻止するはずだった(今は放棄された)防御陣地に到着しました。
町に接近する反政府軍と交戦する「T-72 "ウラル"」:皮肉なことに、あるいは悲劇的なことに...見方によってはですが ...戦車の到着を逃走の機会として利用を試みた逃走兵が「2A46」125mm砲の爆風に巻き込まれてしまいましたが、これは当然ながら自業自得と言えます。
実際に「T-72」が交戦している相手は2台のトヨタ製APCであり、これらは回避に間に合わず壊滅的な結果を被りました。
シリア軍はさらに町の奥へと後退を続けています。もし防御側が最初の防衛線の近くに第二防衛線を構築していれば、町の外れに踏みとどまりながら第二陣地まで後退し、町への侵入を阻止して死に物狂いとなるであろう棟伝いの戦闘を回避することができたかもしれません。
このドローンの撮影映像は戦闘時における見通しの悪さをよく映し出しており、その状況が反政府軍に有利に働いたことは間違いないでしょう。また、町の外れに築かれた盛り土にも注目してください。政府軍が陣地の守備に専念していれば、敵がここに多くある木や茂みを前進時の遮蔽物として使うことを防げたはずです。
町に駐留していた「ZSU-23-4」自走対空砲の乗員はもう限界だと判断したようで、その場から離脱しました。側面から包囲される危険性があることに加えて多数の建物や草木が射界を大きく制限される中では、これは賢明な判断だったと言えます。
攻撃の初期段階におけるこの車両の位置は不明ですが、同車がアブ・ダフナへ通じる主要道路をカバーする防御陣地の近くに効果的な位置で配備されていたならば、その4門の23mm機関砲は町を襲撃した部隊によって用いられた侵入路の大部分をカバーできたかもしれません。
ある兵士は、彼の少し前にいる「T-72」戦車を狙って外れたRPGの弾頭から、間一髪のところで逃れることができました。
「ZSU-23」とは異なって「T-72」は町の外れに陣取っており、次の砲撃のためにより良い射撃位置を砲手に与えるために前方に移動さえする様子も見せました。話題を「T-72」に戻すと、(下の画像で、左下隅にある建設中の家屋に入る様子が見える)反政府軍はすでに戦車の側面に迫っています。
家のすぐ右側にいたシリア兵は、意図せずに反政府軍の視界に入ったことで撃たれてしまいました。
「T-72」が町に戻る際に負傷した兵士は戦友に安全な場所まで引きずられていきましたが、その間に戦車の南側にある未完成の家とブドウ畑に陣取った反政府軍に自身も撃たれるかもしれないという大きな危険がありました。
3:53に、反政府軍の戦闘員が「T-72」にRPGを撃ち込んで、「T-72」の粘り強い乗員の抵抗を打ち破ろうと試みました。
RPGの命中が実際に戦車を使用不能にさせたのか、それとも単に乗員がこれ以上の抵抗は無駄だと確信したのかは不明ですが、彼らが町の奥にいる戦友たちに向かって走っていく様子が見えます(乗員3人は全員が生還したようです)。
乗員は戦車と共にもっと早く撤退した方が良かったという意見もあるかもしれません。しかし、敵を一目見ただけで逃げ出した30人以上の兵士とは対照的に、実際に陣地を守って抵抗を示した事実に一定の功績を認めることは当然ではないでしょうか。
この動画はここで終わっていますが、おそらくドローンが撃墜されたためか、(より可能性が高いのは)この時点から戦闘が防御側に有利に転じたからだと思われます。
シリア国営テレビによって撮影された映像には、アブ・ダフナへの進撃中に破壊された車両の一部などを含む攻撃の余波が映し出されています。