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2024年6月15日土曜日

ファイティング ザ・タイド: 有志連合軍の空爆に対するイスラム国の取り組み


著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 当記事は、2021年4月8日に本国版「Oryx」ブログ(英語)に投稿された記事を翻訳したものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

 2014年6月に始まった有志連合軍の空爆はイスラム国の拠点や車両、そして高官に対して実施した結果、このテロ組織に大きな打撃をもたらしました。一連の空爆はロシア空軍(RuAF)による爆撃の増加と結びつき、結果としてイスラム国による攻勢や彼らに対する攻撃の結果の多くを左右する決定的なものとなったことは今ではよく知られています。「コバニの戦い」では有志連合軍の航空兵力がコバニ市の防衛に決定的な役割を果たし、なんと言っても精密誘導爆弾で武装した飛行機に対するイスラム国部隊の脆弱性が痛いほど明らかになったのでした。

 イスラム国には鹵獲した地対空ミサイル(SAM)やそれを撃つのに必要な発射機も不足していたわけではありませんでしたが、こういった(シリア軍が)遺棄したSAMを空中のあらゆる敵を攻撃できる運用可能なシステムに変えるための専門知識には欠けていました。実際、イスラム国が保有したもので敵の航空機やヘリコプターに損害を与えたり、撃墜したりできたのは、ピックアップ搭載の対空砲と限られた量の(ある程度の北朝鮮製を含む)携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)だけであり、その戦果の大半はイラクで実証されています。

 イスラム国は2014年9月にハマとアレッポの間で、そして2016年12月にT4空軍基地の付近で完全に稼働状態にある2基の「S-125(NATOコード:SA-3)」陣地を占領した偉業は、彼らにとっては何の助けにもなりませんでした。 というのも、彼らはこれらの高度なシステムを運用できないだけでなく、そもそもシリア全土の拠点に輸送することもできなかったからです。

 2014年に何とか鹵獲に成功した1発の「S-75(SA-2)」ミサイルの活用については、発射機が一緒に鹵獲されなかったことで不発に終わっています。仮に発射機が一緒だったとしても、旧式化したシステムの運用に関する専門知識の不足がSAMの再利用を妨げていたことは間違いないでしょう。



 2014年にデリゾール近郊で鹵獲された「2K12"クーブ"(SA-6)」SAMシステムの一部である「2P25」自走発射機数台の再利用は、ミサイルの未入手と発射機自体が受けた著しい損傷によって失敗に終わりました。

 それよりもさらに有望だったのは、2016年1月にデリゾールで「2K12 "クーブ"」SAM中隊が鹵獲されたことでした。これによってイスラム国に運用可能な「SURN 1S19」レーダーシステムと無傷の自走発射機をもたらしたからです。しかし、これらのシステムの状態は非常に悪いもので、稼働状態に戻すことは不可能に近いものでした。使用するミサイルの状態も悪かったことは言うまでもありません。[1]

 このSAM陣地は制圧後すぐにRuAFによって爆撃され破壊されたと言われていたものの、後に無傷の自走発射機の1台がVBIED(爆薬を満載した自爆車両)として投入されたことが確認されたため、破壊についてはロシアによる偽情報であることが判明しました。[2]




 2014年8月24日にタブカ空軍基地を占領したことは、もともと「MiG-21」戦闘機を擁する常駐の2個飛行隊で使用される予定だった数量不明の「R-3S」と「R-13M」、「R-60」空対空ミサイル(AAM)をイスラム国にもたらしました。この後、彼らはこれらのミサイルをラッカに移して地対空ミサイルに転用しようと試みましたことが知られています。

 この模様はプロジェクト・リーダーの一人によって記録されましたが、彼は後で反政府軍の検問所で拘束されてしまいました。記録された映像は英スカイニュースに提供されたことで、2016年1月6日に「R-13M」の地対空用途への改修が同社によって初めて報じられたのでした。[3]


 ラッカでの計画はプロジェクト・リーダーが反政府軍に拘束されたことで失敗に終わったようですが、こうした挫折は、イスラム国がAAMを地上から発射可能なミサイルに転用する取り組みの継続を妨げるものではありませんでした。

 取り組みを成功させる可能性を最大限に高めるためか、イスラム国は「領土」全体にミサイルを拡散し始めました。 おそらくは、支給先の部隊が役に立たないミサイルを1発でも有用な兵器への転用に成功することを期待していたのでしょう。支給先にはシリア全土にある幾つかのウィラヤット(州)だけでなく、イラクのウィラヤットも含まれていました。イラク側でもシリアで鹵獲されたミサイルの数バッチを受け取ることになったのです。

 当然のことながら、これらの取り組みも全て失敗に終わり、ほとんどのミサイルはシリア民主軍(SDF)やシリア軍、イラク軍に発見されるまでISILの武器庫で未使用のまま放置されたのでした(ラッカ、タブカ、デリゾール、ハマ、モスルで大量の隠し場所が発見されました)。

 あるイスラム国の部隊はAAMを最大限活用しようと試みてDIYの(無誘導)兵器として投入したものの、結果的に小型の弾頭を搭載した極めて精度の低いロケット弾となったことは言うまでもありません。

 仮にイスラム国がこれらのAAMを新たな用途に応用させることに成功していたとしても、古さや射程距離の短さ、そしてすぐにストックが尽きてしまうという事実を考慮すると、有志連合軍の航空戦力に対する効果はやはり限定的なものに過ぎなかったのではないでしょうか。



 2015年5月20日に制圧されたタドムルはイスラム国の手に落ちた3番目となるシリアの空軍基地であり、大量のAAMや(航空機が地上のレーダーを攻撃するために開発された)対レーダーミサイルを彼らに与えました。[4]

 以前のタドムルは「MiG-25PD(S)」迎撃戦闘機を擁する飛行隊の本拠地だったものの、これらの機体が徐々に退役していったことに伴い、2013年後半には(稼働機として残っていた)4機の「MiG-25」がT4空軍基地へ移転しました(注:つまり制圧された時点のタドムルには稼働機が残されていませんでした)。ただし、この戦闘機用のミサイルはタドムル基地に16基ある強化シェルター(HAS)の2基の中に残されていたのです。

 「イスラム国」の戦闘員が空軍基地を制圧した際、彼らは数十発の「R-40」空対空ミサイルだけでなく、大量の「Kh-28」対レーダーミサイルにも出くわしました。これは近くのT4空軍基地に配備されている「Su-22」や「Su-24」に使用するためのものだったと思われますが、そこへ輸送されることなく残されていたようです。



 イスラム国が「Kh-28」とその140kgの弾頭をIEDやDIY式の地対地ロケット弾以外の有用なものに転用できる可能性は極めて低かったものの、彼らは(数十発の「R-40」AAMとともに)これらのミサイルもシリアとイラクの「領土」全体に分散させ、最終的にはラッカとモスルの両方に行き着きました。[5] [6] [7]

 モスルのミサイルについては、その一部がマスタードガスを搭載するために改造されているのではないかという懸念もあったようですが、それが実際に行われたことを示す兆候はありません。その代わりとして、ISILは巨大なミサイルを無誘導ロケット弾として使用することを想定していたようですが、使い勝手が悪い上に少しでも正確に標的に命中することが期待できなかったことから、このアイデアはすぐに放棄されたものと思われます。




 最終的に、イスラム国はシリアに残された「R-40」ミサイルの一部に、より相応しい役割を見出しました。鹵獲された「R-40」は2種類ありました:セミアクティブ・レーダー誘導式の「R-40RD」と赤外線誘導式の「R-40TD」です。

 「R-40RD」は標的にする飛行機をロックオンするために機体に搭載されたレーダーが必要だったことから、イスラム国にとって本来の用途では役に立つことはありませんでした。一方で、「R-40TD」は赤外線シーカーによって誘導されるため、レーダーによる誘導を必要としていません。

 シリア軍が2017年3月にタドムルで最近制圧された強化シェルターの1基に入った際、彼らは1発の「R-40TD」を移動して発射させるために細部にわたって改造されたダンプトラックに遭遇しました。この専用に設計された発射台に搭載されたミサイルは、ダンプトラックの荷台を傾斜させる機構を用いて照準を合わせることが可能となっています。

 高速で飛行する大型の標的を攻撃するために開発され「R-40」は70kgの重い弾頭を搭載しており、標的となる航空機の付近で爆発するだけで、ほとんどの標的を破壊することができる特徴があります。

 画像の「R-40TD」は逆さまに搭載されているように見えるかもしれませんが、「MiG-25」のパイロンと接続する取付部がミサイルの上部にあるため、必然的にこのような搭載方法となってしまいます。結果として、ミサイルが逆さまに搭載されているという誤った印象を与えますが、搭載方法としては理にかなったものなのです。

 タドムル上空で撃墜された飛行機やヘリコプターは報告されていないため、このシステムが実際に使用されたかどうかが明らかになる日が来ることはないでしょう。

 ちなみに、ユーゴスラビアではNATO軍の航空戦力への対抗を試みて「R-3S」「R-13M」「R-60」、そして「R-73」AAMをSAMに転用した事例が多く見られました。イスラム国の場合と同じくトラックに搭載されましたが、どれもが敵機に命中したという情報はありません(注:セルビアでは2024年現在でも同種のAAM転用型防空システムを海外にも売り込んでいます。また、イエメンのフーシ派はAAM転用の防空システムで一定の戦果を挙げています)。

 SyAAFはイスラム国よりさらに一歩進んでいて、2014年に「R-40TD」を地上の標的に向けて発射する実験を行いましたが、当然のことながら結果は非常に悪かったようです。[8]



 イラクにおける連合軍の航空戦力の脅威に対処するため、イスラム国はますます必死の努力を払うようになり、 通常の大砲を間に合わせの対空砲として使用するという手段に訴え出ました。上空を高く飛ぶ敵機に直撃弾を与えて撃墜するというゼロに等しい可能性に賭けたのです。[9]

 最初に存在が公開されたのは2016年3月で、その際には(ウィラヤット・ニーナワー防空大隊に属する)アル・ファールク小隊のトラックに搭載された 「D-30」122mm榴弾砲が、モスル上空でシギント任務を遂行中のアメリカ海軍の「(E)P-3」電子偵察機に発砲している姿が見られました。

 本来は地上目標にのみ使用されるこの種の火砲の使用は極めて型破りなものであることを考えると、榴弾砲の転用は、有志連合軍の圧倒的な航空戦力に対抗する手段がイスラム国に著しく不足している実情を浮き彫りにしたと言えます。


 頻繁に円を描くように低速で飛行していた「(E)P-3」の存在は、イスラム国からすると悩みの種だったことは間違いありません。同機はこの地域で使用されている高速飛行のジェット機とは対照的に極端に遅く飛ぶことから、彼らは榴弾砲でも撃墜できる可能性があると考えたのでしょう。

 強力な火砲はこういった飛行機が活動する高度まで砲弾を到達させる能力があるにもかかわらず、その榴弾には近接信管や対空信管が存在しないという事実は、彼らに敵機を無力化するには直撃弾を与える必要を生じさせました。もちろん、これは達成するのがほぼ不可能な偉業です。

 この手法は時間と貴重な弾薬の無駄に見えるかもしれませんが、このような戦術を採用したのはイスラム国が最初ではありません。実際、ムジャヒディンがソ連のアフガニスタン侵攻で迫撃砲やRPGでソ連軍のヘリコプターを攻撃したことや、イラン・イラク戦争でもイラン側の大砲が低空飛行するイラクのヘリコプターを狙っていたことはよく知られています。

 もちろん、こうした事例で航空機の損失どころか小さな損害さえ与えたことすら報告されたことはありません。 結局のところ、このような絶望的な戦術は目標を完全に撃破するか、完全に失敗するかのどちらかの結果にしかならないのです。


 イスラム国は有志連合軍機によるISILのAFVへの攻撃を軽減させる解決策を生み出すことも試みました。

 頭上を旋回する高速ジェット機や無人航空機(UAV)に対して無防備なままだったイスラム国の唯一の実行可能な選択肢は、敵に発見される機会を減少させることであり、それが戦場における彼らの興味深い適応に至らせたのです。その例としては、兵士の熱源を拾う赤外線(FLIRターゲティング・ポッドでの捜索を妨害するために、裏地にアルミを備えた数種類の迷彩服の製造が挙げられます。

 これらの方法は比較的単純で実装も容易ですが、戦車と同じ大きさの物体をカモフラージュするにはこ下の「T-55」戦車で明らかにされているように、完全に異なる方法が必要とされました。このカモフラージュを構成する吊り下げられたロープ状の物体は革の帯であると考えられており、前述の迷彩服と同様の働きをします。


 当然のことながら、このマルチスペクトル迷彩を施された戦車のほぼ全てが、ISがシリア軍だけでなくYPGに対しても攻勢を仕掛けていたウィラヤット・アル・バラク(ハサカ県)に配備されました。[10]

 YPGがこの地域におけるイスラム国の進撃を阻止する上で重要な役割を果たす有志連合軍の大規模な航空支援を当てにすることができたことは、こうした戦車のカモフラージュがますます重要になったことを物語っています。

 他のISILによるAFVの改修と同様に、有志連合軍の航空戦力を欺くというマルチスペクトル迷彩の有効性は依然として判明していません。しかし、こうしたカモフラージュを装備した戦車が今までに有志連合軍による空爆の映像で目標となったことはなく、シリアの地上において空爆と推定される攻撃で破壊された姿も見られないことから、有志連合軍機を欺いて発見を回避することに効果があった可能性はあるでしょう。


 上空からの攻撃を避けるもう一つの方法は、精密誘導弾を受ける側に目立つデコイを置くことです。この目的のために、イスラム国は偽者の戦車を含むあらゆるデコイを製造しました。そうは言っても、これらの多くは品質に疑問がある代物だったので、仮に迷彩色を施してもイラクやシリアの平原では逆に目立ってしまったと思われます。もちろん、(2番目の画像にある)乗員を模した髭面のマネキンが、その不自然さを変えることもできなかったでしょう。



 疑わしい品質はデコイの戦車の成功を妨げる唯一の問題とは決して言えませんでした。なぜならば、デコイの設計者の大半は現代の戦車が実際にどのような姿をしているのかを少しも理解していなかったようだからです。その結果、イスラム国が使用しているソ連のTシリーズ戦車ではなく第二次世界大戦時の「マウス」超重戦車に似たデコイが2017年にモスル周辺にいくつか配備されました。

 しかしながら、この継続的な取り組みは、イスラム国がこの段階になっても自身の戦闘員や拠点への攻撃を阻止できるあらゆる戦略を活用することにいかに尽力しているかを示しています。



 デコイの製造と配備は戦車だけにとどまらず、「M1114 "ハンヴィー"」や榴弾砲、多連装ロケット砲、そして重機関銃までもが多種類に及ぶデコイの対象となりました。これらはロシア軍機が搭載する旧世代の光学装置を欺いたかもしれませんが、高度な前方監視赤外線(FLIR)センサを装備した有志連合軍機が、デコイと実際に危険な本物を区別するのに大きな問題があったとは考えられません。



 内戦が進むにつれて、デコイの製造は急速に標準化された工程となりました。特にモスルでは顕著であり、「M1114 "ハンヴィー"」のデコイを組み立てる工場が丸ごと設立されていたほどです。

 ちなみに、このモデルが模倣の対象となったという事実の原因としてはアメリカの外交政策が挙げられます。イラクにこのような車両を氾濫させた一方で、イスラム国などによる鹵獲を阻止できるような治安組織を残さなかったからです。




 有志連合軍の航空戦力に対抗するためのイスラム国の広範囲にわたる取り組みは最終的には大した結果をもたらすことはありませんでしたが、それでも、自身の欠点を補うための独創的な方策を見出そうとする彼らの現実的な姿勢を体現していました。

 どんな課題であれ、それを成し遂げるためにISILが驚くような解決策を考え出すことは間違いありません。もちろん、猛威を振るった帝国が崩壊して規模を誇ったアセットもほとんど失った今では、昔のようにひっそりと活動し続けることを余儀なくされるでしょう。

 その一方で、有志連合軍のパイロットたちがイスラム国の対空戦術に対してあまり眠れなくなるほど心配することはなさそうです。

[1] Islamic State captures Ayyash weapons depots in largest arms haul of Syrian Civil War https://www.oryxspioenkop.com/2016/03/islamic-state-captures-ayyash-weapons.html
[2] Armour in the Islamic State, the DIY works of Wilayat al-Khayr https://www.oryxspioenkop.com/2017/03/armour-in-islamic-state-diy-works-of.html
[3] Exclusive: Inside IS Terror Weapons Lab https://web.archive.org/web/20160105223639/https://news.sky.com/story/1617197/exclusive-inside-is-terror-weapons-lab
[4] Islamic State captures large numbers of radars and missiles at Tadmur (Palmyra) airbase https://www.oryxspioenkop.com/2015/06/islamic-state-captures-large-numbers-of.html
[5] Chemical weapons found in Mosul in Isis lab, say Iraqi forces https://www.theguardian.com/world/2017/jan/29/chemical-weapons-found-in-mosul-in-isis-lab-say-iraqi-forces
[6] Iraqi forces discover terrifying arsenal of weapons including mustard gas and dozens of ageing rockets in ISIS arms warehouse https://www.dailymail.co.uk/news/article-4163946/Iraqi-forces-discover-mustard-gas-ISIS-warehouse.html
[7] YPG-led SDF captures Soviet-made missiles from ISIS in Raqqa https://youtu.be/HIEIFh0CaEc
[8] The Syrian Arab Air Force - Beware of its Wings https://www.oryxspioenkop.com/2015/01/the-syrian-arab-air-force-beware-of-its.html
[9] That Time Soviet Howitzers Were Used as Anti-Aircraft Guns by the Islamic State https://www.oryxspioenkop.com/2019/07/that-time-soviet-howitzers-were-used-as.html
[10] Armour in the Islamic State - The Story of ’The Workshop’ https://www.oryxspioenkop.com/2017/08/armour-in-islamic-state-story-of.html


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2024年4月27日土曜日

独創力の勝利:YPGのDIY式装甲兵員輸送車


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 当記事は、2019年9月16日に本国版「Oryx」に投稿されたものを翻訳した記事です。 当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。

 クルド人民防衛隊(YPG)は、シリア北部における紛争地域の至る所で、大規模な数のDIY式装甲戦闘車両(AFV)と装甲を強化したバトル・モンスターを運用していることでよく知られています。

 過去数年間、幅広い種類のAFVや支援車両にこうした改修を施してきたYPGは、今ではこの記事で紹介する「BMB」と呼称される新型の装甲兵員輸送車(APC)を導入することで、自力で正真正銘の装甲車両を製造し始めています。

 この「BMB」が初めて一般の目に晒されたのは、2台がシリア北部でのイスラム国に対する戦勝記念閲兵式の準備中によろよろとカーミシュリーを通って会場へと向かった2019年3月のことでした。

 皮肉なことですが、2台という数はこれまでに製造された車両の傾向からそれほど離れていない可能性があることから、YPGのAFVプロジェクトがDIY的であることを示しています(注:既存の独自型AFVもワンオフ品的な要素が強かったため)。この理由と、公然と通常戦を展開できるテロ国家としてのイスラム国が敗北したため、「BMB」が実戦で活躍する機会は少しもありませんでした。

 カーミシュリーにおける午後の走行で性能があまり見栄えしないものだったことはさておき、このAFVがYPGの機甲戦力不足に対する効果的な解決策なのか、それとも設計図のままにしておくのが最適な答えだったのか、詳細に検証する必要があります。もちろん、YPGの限られた資源と技術力を考慮するのは当然のことではあるものの、YPGの敵が戦場でこうした問題に一種の共感を抱くとは到底考えられません。


 「BMB」自体の歴史と仕様について詳しく触れる前に、YPG(Yekîneyên Parastina Gel=人民防衛隊)の機甲戦力について熟考してみることは有意義なことです。

 シリア内戦に関与する主要な他の勢力と比較すると、(それ自体がシリア民主軍を構成する主要派閥である)YPGは歴史的に見て最も機甲戦力に乏しい勢力です。この戦力ギャップを補うため、YPGはトラクターやトラックをベースにしたDIY式装甲車両の製造に非常に積極的に取り組んだのでした。

 「本物の機甲戦力」について、YPGはシリア・アラブ陸軍(SyAA)が遺棄した装備やイスラム国から鹵獲したものに完全に依存しているのが現状です。「イスラム国」のような勢力がシリア軍の陣地から鹵獲した何百台もの戦車やその他のAFVを含む兵器群を収集することに成功した一方、YPGはシリア軍との直接的戦闘を避けることが常だったため、たいていはスクラップのようなAFVでカバーせざるを得ませんでした。

 こんな具合で、YPGは基地のあちこちに遺棄された「BTR-60」や「BRDM-2」といったAFVを複数台も手に入れたのです。しかし、現実的な代替案がないのであれば、これらの遺棄車両でさえ、YPGの下で新たな命を得るために修復されることになるのでした。

 その反対側に位置したのがイスラム国です。彼らはシリア国内だけで200台以上の戦車と約70台のBMPを鹵獲・運用していただけでなく、シリア軍に次いで2番目に多くのAFVを運用しており、その装備の量と質、そして採り入れた戦術において、多くの国家の軍隊ですら凌駕していたのです。

 イスラム国の台頭がシリアとイラクに与えた突如とした戦況の変化はこれに巻き込まれた人々には衝撃的なものであり、兵員や武器、そして(おそらくは)何よりも航空戦力の大量投入によってのみ抑え込むことができる代物でした。YPGがイスラム国に戦いを仕掛けることを可能にさせたのは後者であり、さらにシリア国内でアメリカ軍が運用する火砲や多連装ロケット砲(MRL)からの火力支援も受けました。

 機甲戦力や対戦車ミサイル(ATGM)に関しては全く運用されなかったこともあり、YPGはイスラム国の車両や陣地を破壊するために有志連合軍の航空戦力を頼りにすることが常でした。このことは、イスラム国が運用するAFVがYPG軍に深刻な損害を与える前に撃破されることが頻繁にあったことを意味する一方、有志連合軍機が投下した爆弾などによって大半のAFVが完全に消滅して、その鹵獲やYPG軍での再使用を妨げることも意味しました。


 さて、話題を今回のテーマの車両に戻しましょう。最も特徴なポイントは、「BMP-1」のトーションバー式サスペンションが再利用されている点であることは間違いありません。また、観察力の鋭い読者であれば、「BMB」に取り付けられているお馴染みの「BMP」シリーズの転輪とスプロケットにすでにお気づきのことでしょう。

 「BMP-1」の「UTD-20」エンジンや履帯、ステアリングヨーク(ハンドルとステアリングギヤボックスをつなぐ継手部品)、油圧ショックアブソーバーも「BMB」に搭載されたものの、サスペンションが短くなったため、「BMP-1」とは異なる取り付け方法が必要となりました。

 しかし、「BMP-1」との共通点はここまでです。後部のマッドガードや(燃料タンクを搭載している可能性がある)後部ドアは明らかに「BMP-1」からインスピレーションを得たものですが、上述の流用品以外の部分は独自製作した部品かヘッドライトのような既製品で構成されています。

 結果として出来上がった車両は、「BMP」と「BTR/BRDM」の融合体と言い表すのが一番合っているものでした。最も最終的な形態の「BMB」はユーゴスラビアの「M-60」APCやジョージアの「ラジカ」IFV(そして、いくつかの謎めいたイランのAPC)と明確な類似性を示していますが、YPGが「BMB」のどの部分もこれらの設計をダイレクトにベースにしていないことはほぼ確実であるものの、確かにその最終形態に影響を与えたようです。


 「BMB」の武装については、車内からライフルや軽機関銃を発射可能な銃眼5基に加え、1基の砲塔で構成されています。砲塔は「BTR-60」や「BRDM-2」に搭載されていたものを流用しているようですが、通常はこの砲塔に装備されている14.5mm機関砲を固定する銃架がありません。その代わり、「DShK」(または中国の派生型である「W85」)12.7mm重機関銃か「PK」7.62mm機関銃が、「BMB」の武装で最も可能性の高い候補にさせます(注:砲塔に火器を固定する架台が設けられていないため、上記の重火器を状況に応じて乗せ換えることが可能となるわけです)。

 しかし、下の画像で示唆されているように、「BMB」の一部は「SPG-9」73mm無反動砲(RCL)1門で武装されていた可能性があります。このRCL自体は「BMP-1」の主武装である「2A28 "グロム"」低圧砲と同一に近い派生型です。

 「BMB」が備える装甲の防御力については、小火器の銃弾や 小規模な砲弾・爆弾の破片から乗員を保護するには十分なものでしょう。重機関銃や対物ライフルが数多く登場する紛争では完全に不十分なように見えますが、より優れた「BMP-1」の装甲でさえ12.7mm弾や7.62mm徹甲弾に脆弱なことは過去の紛争で証明されています。

 したがって、乗員の保護力の向上に寄与する可能性が低いため、「BMB」の装甲を追加して得られるような利点は僅かしかありません(注:つまり増加装甲を施しても意味がないというわけです)。

 その代わり、「BMB」は敵からの砲撃を回避するために自身の速度とコンパクトさに依存しています。ただし、道路沿いに仕掛けられた即製爆発装置(IED)を避けるためのオフロード能力はこの車両の弱点です。


 いくつかの画像にはYPGのAFV工房で組み立て中の「BMB」が写っており、このプロジェクトが実際に独自性を有したものであることを明確に示しています。AFVの製造としては若干型破りな方法ですが、シリア内戦に関与しているYPG以外のどの勢力も独自の装軌式AFV製造に成功していないことに注目しなければいけません。

 シリア軍へのロシア製AFVの引渡しと敵対勢力によって鹵獲された数が膨大になったことで、彼らが独自にAFVを製造する必要性が低下したと主張する人もいるかもしれませんが、YPGには製造するための専門知識が実際にあることは明らかでしょう。



 BMP-1のサスペンションの使用はYPG用の装軌式 APCを組み立てるためにおそらく唯一実行しうる方法ですが、オリジナルのエンジンを残しつつサスペンションが大幅に短縮したことで車両の安定性が大きく損なわれています。2008年ロシア・ジョージア戦争をチェックした人ならば、BMPの上に乗ったロシア兵が加速中や減速中に飛び跳ねる映像を覚えていることでしょう。

 実際、閲兵式の映像でも目に付いたように「BMB」の安定性は非常に悪く、ブレーキや加速は乗員にとって不快なものとなるだけではありません。砲手や乗員の戦闘能力にも多大な悪影響を与える可能性があるのです。

 突き詰めると、これは「BMB」の役割を平凡な速力の優れた「戦場のタクシー」か軽装甲の移動式トーチカに格下げするものです。ちなみに、YPGが保有するアメリカから供与されたMRAPの大部分は「BMB」よりはるかに優れた性能を発揮できます。

前面装甲板上の牽引装置に注目

 「BMB」の派生型(下の画像)は先に紹介した個体と酷似していますが、いくつかの大きな違いがあります。最も注目すべき点は、転輪を僅か4個しか備えていることです。これは、共食い用の部品から作られたDIY式APCのコンセプトをさらに一歩進めたものと言えます。さらに、「BTR/BRDM」にインスパイアされた密閉式砲塔は、より大型の火砲を搭載可能なキューポラ付きの無蓋式に変更されました。
 
 この個体が存在する唯一の要因は「十分な数の転輪がなかった」可能性が高かったことが挙げられます。おそらく、製造に用いられた"ドナー"の「BMP-1」があまりにもひどく損傷していたために再利用できなかったのでしょう。

 当然ながら、オリジナルの個体を悩ませていた問題は小型版にも引き継がれ、結果としてさらに悪化する可能性は高くなると思われます。


 YPGのAFVの多くがシリア北部の乾燥した低木地帯に最適化された精巧な迷彩パターンを採用しているのに対し、「BMB」はシンプルな砂漠パターンを採用しています。

 イスラム国が通常戦を遂行可能な勢力として再浮上する可能性は極めて低いことを踏まえると、このプロジェクトは、イスラム国ではなくシリア軍との武力衝突に備えてYPGが保有するAFVのストックを拡大するために意図されたものと考えるのが妥当でしょう。

 下の画像の撮影時期は不明ですが、「BMB」の前面に設けられた2個のフックの一つはすでに破損しており、もう一つはひどく損傷しているように見えます。この結果の原因が何であれ、その "強度 "は牽引中の「BMB」の重量に耐えられず、実際に車体へ装備させるには無駄なものとなった可能性が高いと思われます。

 これは車両全体の品質が低レベルと言っているのではありませんが、 (YPGにとって特に痛手となるだろう)AFVの喪失と回収の成功との差で最終的に功を奏する可能性がある重要な部分に、細心の注意が払われていることがよく分かります(注:回収が考慮されていなかった場合、フックは装着されなかったでしょう)。

 注目すべき点は、「BMB」の運転手は車両を安定して走行させるのが非常に難しいということです。窓が小さく、運転席上のハッチを閉めた際に用いる視界確保用のペリスコープが設けられていないため、運転席の右側に大きな死角があることは言うまでもありません。

 また、別の個体に装備された前面装甲板上の牽引装置にも注目してください。これは他のどの車両にも取り付けられていないようです。

 「BMB」と車体と履帯の間に十分なスペースが設けられていませんが、これは小さな岩などが間に挟まってサスペンションを損傷したり履帯が転輪から外れる危険性があります。


 内部を撮影した画像はコンポーネントが粗雑に溶接された状況をはっきり示しており、この車両のDIY性を強調しています。運転手はエンジンの真左に座り、(部品取り用の「BMP-1」から引き継いだ)ステアリングヨークを使って「BMB」の不安定なパフォーマンス特性をコントロールする構造です。

 また、窓も銃眼も一直線上に位置していないように見えることにも注目です。これは非常にDIY的なものに見えるものの、特に問題はなさそうように見えます。

 内部の全体的な様相はベーシックと表現するにふさわしく、各種の装置や部品がただでさえ窮屈な車内のスペースをさらに狭くしています。

 確認された3台の「BMB」のうち少なくとも2台に砲塔が追加されたことより、歩兵輸送能力がさらに低下してしまいました。というのも、通常ならば乗員の1人が使うスペースを砲手(機銃手)が占領してしまうためです。結果として、兵員区画の大きさは4、5人の兵士が座るには十分だと思われますが、乗員の快適性を犠牲にすれば、この数を増やすことも可能でしょう。

 予想されていたとおり、「BMB」には「BMP-1」には存在する歩兵区画を縦に二分する主燃料タンクが設けられていません。つまり、モデルとなった車両と比較すると行動半径が著しく狭まっている可能性が高いと思われます。

 砲塔の軽または重機関銃に加えて、「BMB」の火力は5つの銃眼(基本型では左側面に3基、右側面に2基)によってさらに強化されています。この原始的な銃眼はハンドルで開閉可能であり、どうやら独自設計のようです。(左側面に3つ:うち1つは運転席用、右側面に2つ設け得られた)5つの防弾窓も車両に完備されています。



 「BMB」に設けられたもう一つの興味深い特徴は、車内全体に発泡体が入った内張が施されたことです。不安定な車両に乗車中のクルーに対する快適性を向上させることは確かであるものの、敵の射撃を受けた際に火災の危険が生じるリスクもあります。

 これらの画像が撮影された時点では(まだ)存在していませんが、兵員区画に取っ手やシートベルトを追加すれば、兵士が車内で跳ね回る事態を十分に防止できるでしょう。DIY式AFVにシートベルトを装備するのは珍しい選択のように思えるでしょうが、AFVにこうした安全装置を備えるするのはYPGが初めてではありません。実際、(イスラム国戦闘員である)アブ・ハジャールとその仲間たちが乗った装甲強化型「M1114 "ハンヴィー"」には、乗員の安全性を高めるために、このような安全装置がいくつか装備されていました


 「BMB」は確かに独自でAPCを製造するという興味深い試みではあるものの、その設計に内在する欠点は戦場に投入された際に大きな制限要因となる可能性が高いでしょう。

 しかしながら、乏しいAFVのストックを増やす機会が極めて少ないため、こうしたDIY式APCの製造はYPG自身のためにやらなければならないことです。したがって、「BMB」が将来のプロジェクトを立案するための貴重な経験を開発者たちに提供することは間違いありません。

 事実、このAPCの重要性はその性能にあるのではなく、むしろYPGによって(しかも)限られた資源で独自に製作された点にあります。YPGの独創性のおかげで、近い将来、シリア北部からさらに多くのDIY式兵器のプロジェクトが生まれることは確実でしょう。

この記事の終わりに、画像と追加情報を提供してくれたWoofers氏に感謝を申し上げます。


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2024年4月19日金曜日

スマッシュ&グラブ戦法:イドリブのシリア軍を苦しめた反政府軍の攻勢


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ 編訳:Tarao Goo)

 この記事は、2020年12月3日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。


 民族解放戦線(NLF)リリースした動画には、2020年1月19日、イドリブ県マアッラト・アン=ヌウマーンの北東に位置するシリア政府の支配下にあるアブ・ダフナへ向かう道中で、シリア軍やタハリール・アル=シャーム(HTS)の戦闘員との戦闘を繰り広げる壮大な(ドローンからの撮影による)様子が映し出されていました。

 これは2019年4月にイドリブ攻勢が開始されて以降のシリア軍(政府軍)が直面している攻撃をうかがわせるものであり、戦闘中における各陣営が持つ強弱の一端を明確に示しています。

 この映像が全てを語っているわけではありませんが、この攻撃の初期段階は極めて綿密に記録されています。そこで、私たちは公開された映像を分析してアブ・ダフナ攻勢のより明確な実態を描き出そうと試みました。

 しかしながら、この戦闘自体について詳細に触れる前に、主にイドリブや(比較的程度は低いですが)西アレッポで行われている同様の「局地的圧倒/スマッシュ&グラブ」戦法の背景を理解することが重要です。

 イドリブの反政府勢力とジハーディスト・グループ(以下、どちらも反体制派と表記)は、長年にわたって政府軍と彼らが伴う航空優勢に直接挑むことができなかったことから、その代わりとして現状維持を支えるための一撃離脱攻撃に依存してきました。

 反政府勢力は政府支配地の無防備な側面に連携した攻撃を仕掛けることによって、政府軍に占領された全ての町を今やその防衛を任務とする部隊にとって潜在的な(局地的な)危険地帯とすることで、現地の状況に深刻な影響を与えることができるのです。

 スマッシュ&グラブ戦法は原則として持続的な領土の(再)占領に繋がることはありませんが、こうした小規模な攻勢の目標は敵部隊の無力化や紛争地域の占領を目的とする通常の攻勢とは異なります:激しい砲爆撃に直面しても甚大な損害を被ることなく、あるいは貴重な資源と人手を強固な陣地やトンネルの建設に注ぎ込むことをせずに支配下の町を維持する現実的な見通しが立たない中、町のために戦いを挑んで自身の防御部隊の大半と町を失うことは反政府勢力にとってもはや余裕のない「贅沢」です。したがって、これはイドリブの反アサド勢力にとって実行可能な戦術ではありません。

 この点においては、政府軍に多くの犠牲者を与え、今後の攻勢を停滞させ、見返りで生じる犠牲者をはるかに少なくして武器や弾薬を奪取できる可能性のある一撃離脱戦法に投入するために人員を温存することは、完全に理にかなっています。

 最近に彼らが制圧した町は政府側の新たな攻勢を開始する有利な拠点として機能することが多いため、そこに駐留している兵士を追い出すことは、同地域で策定された政府軍の攻勢について、シリア兵が失地を奪還して新たな防衛態勢を確立し、武器や物資が補充されるまで放棄せざるを得ないことを意味します。これは政府軍を完全に倒すというより、単に失速させることに過ぎませんが、反政府勢力が勝利する見込みは、現地の状況がシリア政府に大きく有利である現時点で、おそらく今まで以上に遠くなっているでしょう。

 内戦初期でよく目にしたような、支配地域の陥落を防ぐための大規模な兵力増強を必要とする戦線が他に存在しないことから、シリア政府は今や勝利が達成されるか政治的決着がつくまで、ほとんどの兵力をイドリブに安心して投入できる立場にあるのです。バッシャール・アル=アサド大統領が何度も「シリア全土をテロから解放する」と宣言していることを踏まえると、前者のシナリオに進む可能性がますます高まっているように思われます。

 戦争の流れが徐々に政府側に傾くと、反政府勢力を構成する各陣営は、長期間にわたってなんとか持ちこたえてきた攻撃態勢を失ってしまいました。反政府勢力が至る所で守勢に入っているため、イドリブはシリア政府に敵対する陣営への武器弾薬の最大の供給者:シリア・アラブ陸軍(SyAA)からほぼ遮断されています。

 過去にシリア軍がアイヤッシュのような主要な武器庫の移転や防御、(少なくとも)破壊に失敗したことで、反政府勢力に車両や武器弾薬が無限に供給されることになってしまったことは今ではよく知られています。

 外国から貰ったり闇市場で調達した少量の武器弾薬に依存しきっている今日、 イドリブで反政府勢力が戦車のような重装備を揃える唯一の方法は、防御が手薄ながらも装備品が過剰に備蓄された政府側の拠点を壊滅させて奪取する攻撃しか残されていません。

 2020年1月中旬に実施されたアブ・ダフナから約4km離れたバルサ近郊にあるSyAA陣地への襲撃では、「T-62」戦車が1台、「BRM-1(K)」偵察車が2台、「BMP-1」歩兵戦闘車が1台、対戦車ミサイル(ATGM)発射機が2基と多数のミサイル、その他多数の戦利品を得ることに成功しました。[1] [2]

 少なくとも32台もの「T-55戦車」の鹵獲をもたらした第93旅団のような過去の重火器の入手には程遠いものの、こうした攻撃で得られる戦利品は、必然的に生じてしまう損失を上回るほどの十分な価値があることは明白です。[3]


 イドリブで存分に発揮されていますが、「局地的圧倒/スマッシュ&グラブ」戦法自体はシリア内戦で目新しい存在ではありません。実際、この戦法は、シリア中央部にある一見して防御不可能と思われる砂漠地帯の広大な領域を防衛しなければならなかったイスラム国(IS)が採用した戦術と非常によく似ています。

 ISには縮小する領土の各戦線を適切に防衛する兵員が不足していたため、代替策として少数の(現地の)戦闘員を投入し、援軍が到着するまで時間を稼ぐ戦術を選んだのです。頻繁に象徴的な抵抗だけを与えながら敵をゆっくりと前進させることによって、彼らは攻勢を撃退するのに十分な規模の兵力を集めることができました。

 最大限の効果を得るために奇襲の要素にしばしば依存していたISは、どこからともなく出現し、待ち伏せを仕掛け、続く混乱に乗じてVBIEDを送り込みますが、2016年にシリア軍が行った悲惨なタブカへの攻勢で示されたように、(戦いで得た利益を全て失って)敗走した敵の防御を突破するために独自の(反)攻勢を続けるのが常でした。[4]

 おそらくさらに価値があるのは、2016年3月から6月にかけての不幸な結末を迎えたアレッポ北部の攻防戦で、トルコとの国境に近いアザズを包囲する町や村を防衛したイスラム国の事例との比較でしょう。トルコ軍の砲撃とアメリカ軍の近接航空支援に支えられた自由シリア軍(FSA)の部隊に直面したISの戦闘員たちは、日中に組織的な撤退を行い、夜になると闇に紛れて同じ場所に舞い戻ったのです。これらの奇襲攻撃はFSAの戦闘員が完全に不意を突かれる場合が多く、その結果として人員と装備に大きな損失が生じました。[5]

 同年9月に開始されたFSAとトルコの共同攻勢の結果、ISはこの地域の支配権を失うことになったものの、先行して3月に開始された攻勢をなんとか食い止めて撃退に成功しただけでなく、自力の反攻でシリアのこの地域におけるFSAの足場をほぼ一掃したのでした。

 「局地的圧倒/スマッシュ&グラブ」戦法にとって大きな障害となるのは、上空から大惨事をもたらす精密誘導爆弾やミサイルです。空爆は夜間にアザズを徘徊するイスラム国戦闘員の小さな一団にとって、大した問題ではないことが証明されました。しかし、(ほとんど常に日中に行われた)イドリブでの攻撃では、頻繁にテクニカルや装甲兵員輸送車(APC)、場合によっては戦車が投入されたことで空の敵にとって格好の獲物となってしまったのです。彼らがそうしている間にロシア空軍(RuAF)はすでに戦場上空に存在しており、無人機(UAV)や航空機で敵を監視し、続けて攻撃します。

 このようにして実施された精密爆撃は、すでに何度か行われた「スマッシュ&グラブ」戦法の結果を運命づける決定的なものだと証明されています。[6]

 ハマミヤット村への空爆では村の占領する任務を帯びた車列全体がロシア軍の爆撃で全滅し、「T-55」ベースのAPC3台、テクニカル5台、ブルドーザー1台が失われ、人的被害は間違いなく極めて深刻なものとなりました。[7]

 今年2月中旬には、アレッポ西部のミズナズ近郊で攻勢に出ていた反政府軍の装甲車列全体も同じ運命をたどり、壊滅的な結果を迎えました。[8]



 この攻撃で遭遇する可能性が大いに高いもう一つの障害は、戦略的に敷設された地雷や、進入路を封鎖するために道路上に置かれた小規模な地雷群です。これらは反政府軍の車両を自身を避けて走らせることに加えて(テクニカルの場合、これはイドリブのぬかるんだ野原では不可能な芸当となることが多い)、時には下の「ACV-15」 APCのように車両を撃破することもあります(地雷は黒い四角で示されています)。


 通常の場合、「スマッシュ&グラブ」戦法での攻撃は、1台または複数台の「T-55/T-62」ベースのAPCと、同じくAPCに改造された装甲強化型テクニカルで前線に送られる数個のインギマージ分隊(突撃部隊)で構成されます。

 典型的なやり方として、ほとんどの攻撃は火砲とロケット砲の集中砲火から始まります。敵の防御を弱体化させるためにVBIEDが攻撃に先行して突撃することもあります。

 ロシアの航空戦力に対抗する、あるいは少なくとも妨害する効果的な手段を持たないため、爆撃に対する反政府勢力が可能な最善の防御策は、アブ・ダフナへの攻撃時のように、悪天候でイドリブ上空で戦闘爆撃機が効果的に活動できないように祈るだけしかありません。

 これは動画に映された攻撃に通じます。というのも、反政府軍に(少なくとも20人の戦闘員の戦死と多数の車両の撃破を含むと言われている)甚大な損失をもたらし、鹵獲した戦利品は文字通り皆無という結果に終わった一連の攻勢の一つだからです。

 町を守備したシリア軍の死傷者は約十数人に達したと思われています。そのお粗末な結果はさておき、この映像は私たちに攻撃の展開についての深い見識を与えてくれます。なお、NLFやHTS、信仰者激励作戦室が合同で実施したアブ・ダフナ攻勢における反政府軍の戦力は完全に不明です。

 攻撃終了後にシリア国営テレビが撮影した映像が示すように、反政府軍は2つの異なる道から町を攻撃したようで、どちらもアブ・ダフナまで達しました(ドローンが追っているのは片方の攻撃軸だけですが)。アブ・ダフナ周辺におけるシリア軍の戦力も同様に不明ですが、少なくとも36人の兵士が一つの防衛陣地から逃亡する様子が見られました。

 この点と、5台の戦車や6台の「BMP-1」、そして1台の「ZSU-23-4」自走対空砲が町とその周辺に存在した点を合わせて考えると、大規模な部隊が実際に存在した可能性が高いと思われます。おそらく、この地域での将来の攻勢に備えていたか、部隊がローテーション配備で町に到着したばかりだったのでしょう。


 この攻撃に先立って、ロケット弾の集中砲火が町周辺の防御陣地に浴びせられました。シリア軍の陣地を叩く通常の砲撃に加えて使用されたのは、少なくとも10発のエレファント・ロケット(一般にシック・グラートと呼ばれるもので、標準的なロケット弾に一回り大きな弾頭を組み合わせたもの)です。


 差し迫った攻撃の最初の手がかりは0:14にあります。 このとき、砲弾が停車中のAFVから約150mメートル離れた地点に着弾し、さらに道路上を歩く兵士らの近くにも着弾しました。これはアブ・ダフナのさらに内側にいるシリア軍に注意を促したものと予想されますが、実際のところ、彼らは町への攻撃に全く準備ができていなかったようです。


 次のカットは0:19からのもので、攻撃に参加する一人の戦闘員が準備をしている様子を映しています。

 友軍が攻撃側の戦闘員と防御側のシリア軍とを区別しやすくするため、最初の突入部隊員は友軍であることを示す腕章を着用していました。この戦闘員は、GoProのカメラに加えてオランダのハードウェア・チェーン店であるGAMMAのニット帽を被っています。


 次は「T-55」ベースのAPCの出発が映し出されます。このAPCは砲塔の代わりにオープントップ式の装甲キャビンを搭載するように改造されたものであり、戦車をAPCに転用し始めた諸外国の動向を反映したものです。

 この改造戦車は運用側には好評だったようで、 イドリブの反政府軍が保有する「T-55」と「T-62」戦車のほぼ全て(と少なくとも1台の「T-72AV」)がAPCへの改造のために犠牲となり、この改造作業はすぐに規格化されました。

 この作業ではドーザーブレードの取り付けと砲塔の撤去が伴いますが、結果としてキャビンのスペースは、約5人の兵員、彼らの武器弾薬、そして通常は架台に装備されている「DShK」12.7mm重機関銃を収容するのに十分な広さになります。

 ほとんどの車両は砲弾の破片や外部環境から乗員を保護するために、空間装甲やスラット・アーマー、場合によっては屋根で構成される追加装甲も施されています。




 「T-55」ベースのAPCに加えて、反政府軍はアブ・ダフナへの攻撃で数台の改造車両を投入しました。この中には、DIY式APCとして改造された多数の装甲強化型トヨタ「ランドクルーザー」も含まれていました。

 外見は兵員輸送用に改造された他のトヨタ車と酷似しているものの、実際には車体後部に装甲キャビン、各部に防弾窓と装甲板が装備され、小火器や砲弾の破片に対してほぼ完全な防御力を提供しています。



 これらの車両をさらに進化させたものが「アル・ブラーク」APCとして運用されています(ブラークとは、預言者ムハンマドの移動手段であったとされるイスラームの伝承上に登場する生き物のことです)。以前のバージョンからいくつかの改良点が見受けられているほか、よりプロフェッショナルな外観を容易に認識できます。

 以前のバージョンと同様に、「アル・ブラーク」APCは車体の上にキャビンを備えており、複数人の戦闘員の輸送を可能にしています。現在、これらの車両はイドリブにおける複数の反政府勢力やHTSの民警部隊で大量に使用されています



 0:35は、戦闘地域へ向けて進軍する 「強襲大隊」の様子から始まります。彼らは自身の英雄的行為がドローンによって記録されていることを明確に認識しており、一部の戦闘員はカメラに向かって笑顔を見せたり、イスラム国戦闘員独自のジェスチャーと(誤って)思われがちな一神教を象徴するタウヒードの象徴として人差し指を立てたりしています。

 「T-55」ベースのAPCの後には2台の装甲強化型トヨタAPCが続きますが、これは敵の射撃を前者に引き付けさせておく意図があるようです。



 「T-55」APCを上から見ると、スペースが不足しているため、2人の戦闘機が装甲で覆われた車内ではなくエンジン区画の上に座らざるを得なくなっている様子がわかります。新たに追加されたサイドスカートが操縦手の視界を大幅に遮るため、自身が頭を出して地形を確認する姿も見えます。

 操縦手が小火器の射撃を受ける可能性は極めて低いですが、よく訓練された狙撃チームであれば、敵陣に向かって直進する彼を無力化することに大した問題はないでしょう。もし彼らが狙撃に成功したならば、APCは即座に動きを止め、(対)戦車砲やRPGの格好の標的となってしまうに違いありません。


 攻撃側にとって不運なことに、「T-55」のディーゼルエンジンが出す排気煙は風によってすぐに真横に流されてしまうため、トヨタ車の防御に全く貢献できませんでした。

 後世代(あるいは改修された第1世代)のTシリーズ戦車に発煙弾発射器が装備される以前、旧世代のソ連戦車はすでに気化したディーゼル燃料を排気システムに吹き込むことで煙幕を張る能力を備えていたのです(注:したがって、煙幕を出す「T-55」を先頭に進んだ場合、無風であればトヨタ車の姿を敵から見えにくくした効果が予測されました)。


 「シック・グラート」以外にも、この戦闘では迫撃砲や「M40」106mm無反動砲(RCL)、対地射撃用に転用された対空機関砲搭載型のテクニカルなど、複数の火力支援火器が使われたことが確認されています。

 奇妙なことに、リリースされた動画では「ZU-23」対空機関砲の砲手から見た視界が加工されていました。




 1:22は、町に降り注ぐ 「シック・グラート」の効果を示しています。

 実際に政府軍に用いられている建物には命中していないようです。もちろん、巨大な弾頭を搭載した122mmロケット弾で、実際に町に着弾したこと自体がすでに小さな奇跡と言えます。


 クリアすべき多くのハードルのうち、最初に突破すべきポイントへ向かう長旅の列:反政府軍が深刻な抵抗や障害に遭わずに直線道路に沿っての前進に成功したという事実は、少なくとも一部の政府軍の能力について深刻な疑問を投げかけます。

 ATGM発射機が1基でもあれば、襲撃が始まる前に阻止できた可能性があります。特に、道路上や道路沿いに敷設された対戦車地雷と併用した場合は尚更です。後者はAPCに減速や迂回を強いたり(路肩に敷設された地雷で無力化される可能性はありますが)、APCが続けて前進できるように乗員の1人が降車して地雷を脇に寄せたりさせたことでしょう。


 反政府軍が道路をさらに進むと、「T-55」ベースのAPCが町の外れにある防御陣地から攻撃を受けました。

 銃弾が乗員を保護するために新たに追加された装甲を貫通することはないでしょうし、車体の装甲を貫通することも確実にないでしょうが、エンジン区画上部に座っている2人の戦闘員は被弾しないように身をかがめなければなりません。

 飛び交う銃弾への対応としてAPCの機銃手が敵を釘付けにするべく発射源に仕返しをすることで、後方にいるより脆弱なトヨタ車ベースのAPCにある程度の安全をもたらします。この時点で、彼らは「T-55」のエンジンが出す排気煙の恩恵も受けるようになりました。


 この時点で、「T-55」ベースのAPCはすでに直線道路を完全に無傷の状態で650mも前身しました。
 
 明らかなATGM発射機の欠如と道路への地雷を適切に敷設しなかったことで政府軍が車両に深刻な被害を与えることはなかったものの、今や反政府軍の車両はRPGの射程距離に入っています。そのために政府軍の1人が車両へRPGを1発撃ち込みましたが、外れてしまいました。

 地雷の配置にも問題がありました。位置が防御陣地に近すぎたため、「T-55」ベースのAPCは単に迂回、トヨタ車は地雷原の前に停車して兵員を降車させることで簡単に避けることができたからです(いずれにせよ、防御陣地にはすでに十分近かったので特に意味がありませんが)。

 左下隅に見える地雷に注目してください。これはもっと陣地から離れた位置に、可能であれば100m間隔で敷設されるべきでした。

道路上に横列に並べられているのが地雷である


 装甲を身に纏った怪物がじわじわと陣地に迫り、それを狙った1発のRPGが外れるという光景は、防御側のシリア軍を戦意喪失させ、陣地を放棄して徒歩で逃げ出す以外の選択肢を見えなくさせたに違いありません。

 陣地から30人以上の兵士が逃走しましたが、皮肉なことに襲撃側の数を上回っていました。これらの兵士たちが高台から敵を撃退するのではなく、ほぼ即座に逃げ出したという事実は、彼らの訓練と士気のレベルを物語っています。



 2:12は、トヨタ車がまだ町外れで執拗な重機関銃手からの射撃を受けている間に戦闘員が降車する様子を映しています(これが彼らの些細な不安に終わったことは間もなく明らかになるでしょう)。

 全戦闘員が、地雷が存在しないことを確認できる「T-55」ベースのAPCが残した轍を歩いていることに注目してください。驚くべきことにトヨタ車1台から11人もの戦闘員の降車が確認できましたが、これは「M113」で輸送可能な兵員数と同じです!


 行きたい場所に行くために「T-55」ベースのAPCが地雷を避けて走っただけで、地雷の配置が極めて悪いことが改めて明らかとなりました。

 「T-55」ベースのAPCは前線に送り届けたばかりの戦闘員たちと一緒に戦える歩兵戦闘車両ではなく、あくまでも輸送車両としての役割しかないことから、このAPCはここで前進を止め、この動画内で再び姿を見せることはありませんでした。


 防御陣地にいた30人以上の兵士は、「BMP-1」IFVと共に逃走しました。

 この動画で彼らは二度と姿を現しません。 おそらくは、彼らは反政府軍が前進できた位置よりも町の奥深くへ逃走したことを示しているのでしょう。



 その一方で、反政府軍の戦闘員たちは、最初に彼らを阻止するはずだった(今は放棄された)防御陣地に到着しました。


 町に接近する反政府軍と交戦する「T-72 "ウラル"」:皮肉なことに、あるいは悲劇的なことに...見方によってはですが ...戦車の到着を逃走の機会として利用を試みた逃走兵が「2A46」125mm砲の爆風に巻き込まれてしまいましたが、これは当然ながら自業自得と言えます。

 実際に「T-72」が交戦している相手は2台のトヨタ製APCであり、これらは回避に間に合わず壊滅的な結果を被りました。


 シリア軍はさらに町の奥へと後退を続けています。もし防御側が最初の防衛線の近くに第二防衛線を構築していれば、町の外れに踏みとどまりながら第二陣地まで後退し、町への侵入を阻止して死に物狂いとなるであろう棟伝いの戦闘を回避することができたかもしれません。


 このドローンの撮影映像は戦闘時における見通しの悪さをよく映し出しており、その状況が反政府軍に有利に働いたことは間違いないでしょう。また、町の外れに築かれた盛り土にも注目してください。政府軍が陣地の守備に専念していれば、敵がここに多くある木や茂みを前進時の遮蔽物として使うことを防げたはずです。


 町に駐留していた「ZSU-23-4」自走対空砲の乗員はもう限界だと判断したようで、その場から離脱しました。側面から包囲される危険性があることに加えて多数の建物や草木が射界を大きく制限される中では、これは賢明な判断だったと言えます。

 攻撃の初期段階におけるこの車両の位置は不明ですが、同車がアブ・ダフナへ通じる主要道路をカバーする防御陣地の近くに効果的な位置で配備されていたならば、その4門の23mm機関砲は町を襲撃した部隊によって用いられた侵入路の大部分をカバーできたかもしれません。


 ある兵士は、彼の少し前にいる「T-72」戦車を狙って外れたRPGの弾頭から、間一髪のところで逃れることができました。


 「ZSU-23」とは異なって「T-72」は町の外れに陣取っており、次の砲撃のためにより良い射撃位置を砲手に与えるために前方に移動さえする様子も見せました。話題を「T-72」に戻すと、(下の画像で、左下隅にある建設中の家屋に入る様子が見える)反政府軍はすでに戦車の側面に迫っています。

 家のすぐ右側にいたシリア兵は、意図せずに反政府軍の視界に入ったことで撃たれてしまいました。


 「T-72」が町に戻る際に負傷した兵士は戦友に安全な場所まで引きずられていきましたが、その間に戦車の南側にある未完成の家とブドウ畑に陣取った反政府軍に自身も撃たれるかもしれないという大きな危険がありました。


 3:53に、反政府軍の戦闘員が「T-72」にRPGを撃ち込んで、「T-72」の粘り強い乗員の抵抗を打ち破ろうと試みました。

 RPGの命中が実際に戦車を使用不能にさせたのか、それとも単に乗員がこれ以上の抵抗は無駄だと確信したのかは不明ですが、彼らが町の奥にいる戦友たちに向かって走っていく様子が見えます(乗員3人は全員が生還したようです)。

 乗員は戦車と共にもっと早く撤退した方が良かったという意見もあるかもしれません。しかし、敵を一目見ただけで逃げ出した30人以上の兵士とは対照的に、実際に陣地を守って抵抗を示した事実に一定の功績を認めることは当然ではないでしょうか。

 この動画はここで終わっていますが、おそらくドローンが撃墜されたためか、(より可能性が高いのは)この時点から戦闘が防御側に有利に転じたからだと思われます。




 シリア国営テレビによって撮影された映像には、アブ・ダフナへの進撃中に破壊された車両の一部などを含む攻撃の余波が映し出されています。

 装甲強化型のトヨタ車ベースのAPCを再び目にすることができましたが、このうちの1台は、町に陣取った「T-72」からの125mm砲弾で完全に撃破したように見えます。こうして、戦車は当記事で取り上げた襲撃者の侵入を見事に防いだのです。


 攻撃時の映像では見られませんでしたが、さらに2台のAPCに改造されたトヨタ製ピックアップトラックの残骸もここで見ることができました。



 より興味深いのは、この即席の装甲戦闘車両と思われる残骸です。というのも、この撃破された車両は今年1月初旬に改修が施されている最中の姿が確認された、3台の高度改修型「BTR-60」APCのうちの1台だからです。

 これまで大半の勢力が「BTR-60」の大規模な投入を避けてきたのに対し、イドリブの反政府勢力派は、数台の「T-55/T-62」ベースのAPCがすでに対戦車兵器やロシア軍の精密誘導爆撃を受けたり、単に戦場に放棄されて喪失したことから、枯渇したAFVのストックを最大限に活用することを余儀なくされています。

 この「BTR-60」は、 車体周囲にスラットアーマーの追加、側面の装甲版とタイヤの間にある脆弱な部分をカバーするためにラバーマットの装着、鋼鉄製ハッチ付きの防弾ガラスを新型防弾窓への交換などによって改修されました。

 このAPCの改修に尽力した関係者にとっては残念なことに、この攻撃で完全に破壊されてしまいました。




 別の改修型は、実際には「BTR-60」の派生型である(機関銃塔が存在しない)「R-145BM」移動指揮車をベースにしたものです。追加装甲のレイアウトは同じですが、車体前部のスラット・アーマーについては、おそらく脱落したか、操縦手の視界を著しく妨げることが判明した後に撤去されたと思われます。ただ、その取り付け部が残っていることを確認できます。



 この個体は後日にアル・バーブに再投入され、その後、アレッポ西部のミズナズ村付近で撃破されたようです。


 結局のところ、この攻撃は「スマッシュ&グラブ」戦法によるミニ攻勢と、結果として引き起こされる(攻撃側の予想とは)大きく異なる結果を詳細かつ明確に描き出しています。

 この攻勢は失敗に終わったものの、現状維持の必要性から、少なくとも恒久的な停戦がイドリブ周辺の状況を最終的に決するまでは、この種の攻撃が今後も行われることは間違いありません。

 恒久的な停戦が訪れるまでは、さらなる攻勢と多くの人命の犠牲が予想され、シリア内戦の現状の象徴と化した戦い方が絶え間なく展開することになるでしょう。

[1] https://twitter.com/CalibreObscura/status/1216676347055083521
[2] During Operation Spring Shield, launched in retaliation after the killing of 33 Turkish soldiers in an airstrike, some two dozen additional AFVs were captured by rebels, with many more destroyed by Turkish Bayraktar TB2 drones.
[3] Islamic State captures Brigade 93 in largest heavy-arms haul of Syrian Civil War https://spioenkop.blogspot.com/2014/08/islamic-state-captures-brigade-93-in.html
[4] No end in sight: Failed Tabqa offensive reveals underlying shortcomings of regime forces http://spioenkop.blogspot.com/2016/06/no-end-in-sight-failed-tabqa-offensive.html
[5] https://twitter.com/miladvisor/status/736698755169288192
[6] 12 Hours. 4 Syrian Hospitals Bombed. One Culprit: Russia https://www.nytimes.com/2019/10/13/world/middleeast/russia-bombing-syrian-hospitals.html
[7] https://twitter.com/JulianRoepcke/status/1149609626733699072
[8] https://twitter.com/HKaaman/status/1229874124706713601 and https://twitter.com/warsmonitoring/status/1229866891520421888


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