2023年9月8日金曜日

台湾要塞:中華民国軍の重火器・軍用車両(一覧)


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ

 歴史的に見ると、台湾陸軍は台湾軍を構成する3大軍種の中で最も少ない予算しか受け取っていません。年間の予算が僅か190億ドル(2023年:約2兆7千億円)しかない台湾国防部は、中国の急速な軍備増強に少しでも遅れずについて行く好機を逃さないために、空軍と海軍への投資を優先せざるを得ないからです。

 台湾陸軍が戦闘に加わるのは中国軍がすでに台湾本島や中国沿岸に位置する複数の島嶼群の一つに上陸した後であることから、 台湾軍の最優先課題は、戦闘機、対艦ミサイル、防空システムといった兵器システムの導入を通じて実行可能な抑止力と現実的な戦時能力を構築し、中国が実施するであろう水陸両用作戦を抑止することにあります。

 優先事項への投資は「雄風3型対艦ミサイルや「天弓3型」地対空ミサイルシステムなど、台湾の防衛上の需要に合わせた数多くの高度な国産兵器システムをもたらしましたが、結果的に台湾国防部が装甲戦闘車両(AFV)や自走砲(SPG)といった従来型の通常戦力への投資が大幅に避けられることになるという悪影響も出てしまいました。

 台湾陸軍と海兵隊が保有する車両と装備品の大半については、一見すると、1970年代や1980年代前半のアメリカ陸軍と大差がないように見えます。アメリカから多くの現代的なアセット(2019年に108台の 「M1A2T "エイブラムス"」戦車、2020年に11基の「M142 "ハイマース"」多連装ロケット砲)や現地のメーカーから同様の新型兵器を調達したにもかかわらず、台湾は未だに保有する装備の全般的な旧式化に直面しているのです。

 特筆すべきは、中華民国陸軍(ROCA)と中華民国海兵隊(ROCMC)の主力戦車が、国産の「CM-11」約450台と、1990年代にアメリカから購入した中古の「M60A3」460台であることでしょう。

 「CM-11」は1980年代後半に米台が共同開発した、「M60A3」の車体に「M48A3」の砲塔を組み合わせたものであり、現在では「M1 "エイブラムス"」初期生産型の火器管制システム(FCS)と 「M68A1」105mm砲を装備しています。ROCAはこの戦車に爆発反応装甲(ERA)を装着することで装甲防御力を高めようとしてきましたが 、重量面での問題がERAの広範にわたる導入を妨げているようです。

 「M60A3」は近代化改修を受けないまま運用され続けていますが、新しいエンジンとFCSを搭載する限定的なアップグレードの実施が数年後に計画されています。

 台湾が保有する戦車のストックを占めていた「CM-12」「M41D」については、「M1A2T "エイブラムス"」の納入後に退役することになりそうです(注:後者は2022年2月に退役しました)。

 人口2,300万人の島で歩兵を輸送するため、台湾は1980年代に「M113」装甲兵員輸送車(APC)の国産型の開発に着手しました。こうして登場した「CM-21」とし呼ばれるAPCは、自走迫撃砲、砲兵用牽引車、指揮車、「TOW」対戦車ミサイル搭載車など、多岐にわたる特別仕様のベースにも活用されました。

 機械化歩兵旅団の火力と機動性を向上させるために、ROCAは「CM-21」を新型の装軌式AFVで置き換えたり、または補完したりするのではなく、合計で305台の(台湾で初めて就役するIFVである)「CM-34」装輪式歩兵戦闘車と650台の(ヘッダー画像で表示している)「CM-32」装輪式APCを発注しました。

 「CM-32/34」の車体は、防御力と引き換えに機動性を大幅に向上させた新型105mm機動砲システムのベースにもなっています。今後納入される「M1A2T "エイブラムス"」に加えて、この新型もROCAの旧世代MBTの一部を置き換えることになるかもしれません。

 台湾陸軍に機動的な火力支援能力をもたらしているのは、200台以上の「M109A2」及び「M109A5」155mm自走榴弾砲です。砲兵戦力には「M114」牽引式155mm榴弾砲とその国産版である「T-65」もありますが、今日では完全に旧式化した兵器と考えられています。

 2021年に7億5,000万ドル(約1,075億円)の対外有償軍事援助(FMS)で40台の「M109A6」自走榴弾砲を導入するという試みがあったものの、アメリカ政府が生産上の障害で同自走砲を2026年まで納入できないと台湾に通知したため、中止に追い込まれてしまいました。新自走砲導入プランについては、すでに2020年に発注済みの「M142 "ハイマース"」11門に加え、同システムの追加発注を選択することで立ち消えとなる可能性があります。

 ROCAは43門の「雷霆2000(RT/LT-2000)」多連装ロケット砲(MRL)も運用しており、同MRLには117mm、180mm、227mmのいずれかのロケット弾ポッドを2基搭載可能という特徴を誇っています。

 また、より強大な重砲も継続して運用されています:その中でも注目すべきは、それらの中に「M1」155mm野砲、2「M115」203mm榴弾砲、「M110A2」203mm自走榴弾砲 SPG、そして中国沿岸近くに位置する金門島と馬祖島の掩体壕に設置された4門の巨大な240ミリ「M1」240mm榴弾砲などが含まれていることです。

  1. この一覧は、現在の台湾軍で使用されている全種類のAFVをリストアップ化を試みたものです。
  2. この一覧には利用可能な画像・映像などの視覚的エビデンスに基づいて確認されたものだけを掲載しています。
  3. レーダー、トラックやジープ類はこのリストの対象外です。
  4. 兵器の名前をクリックすると台湾で運用中の当該兵器の画像を見ることができます。


戦車

軽戦車
  • 50 M41D (大半は保管状態,2022年に退役)

戦車駆逐車

装甲戦闘車両

歩兵戦闘車

装甲兵員輸送車

水陸両用強襲輸送車

歩兵機動車 (IMV)

軽攻撃車両 (LSV)

工兵・支援車両

指揮通信車

自走迫撃砲

多連装ロケット砲

短距離弾道ミサイル(SRBM)
  • 国家中山科学研究院「天戟 'スカイ・スピアー'」 [射程距離: 300km]
  • M57 "ATACMS" (発注中) [射程距離: 300km]

地上発射式巡航ミサイル(GLCM)
  •  国家中山科学研究院「雄風2型E」 [射程距離: 600-1,200km]
  •  国家中山科学研究院「雲峰」 [射程距離: 1200-2,000km] (現物は未確認)

沿岸防衛システム

牽引式対空砲

固定式地対空ミサイルシステム

 ※  この記事は、2023年3月26日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。


おすすめの記事

2023年9月6日水曜日

アドリア海からの武器:クロアチアによるウクライナへの軍事支援(一覧)


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ
  1. 以下に列挙した一覧は、2022年からのロシアによるウクライナ侵攻の最中にクロアチアがウクライナに供与した、あるいは提供を約束した軍事装備等の追跡調査を試みたものです。
  2. 一覧の項目は武器の種類ごとに分類されています(各装備名の前には原産国を示す国旗が表示されており、末尾には供与された月などが記載されています)。
  3. 機密性の関係上、一部の寄贈された武器などについて表示している数量は、あくまでも最低限の数となっています。
  4. この一覧はさらなる軍事支援の表明や判明に伴って更新される予定です。
  5. 各兵器類の名称をクリックすると、当該兵器類などの画像を見ることができます。

ヘリコプター (14)

多連装ロケット砲

牽引砲 (40+)

携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)
  • 最大で6コンテナ分の 「9K32 "ストレラ-2"」及び「9K310"イグラ-1"」 [2022年2月 または 月から供与]

対戦車兵器

  • ''対戦車ロケット砲'' [2022年]

小火器

弾薬

2023年9月2日土曜日

エーゲ海のゲームチェンジャーへ?:「カラ・アトマジャ」地上発射型巡航ミサイル


著:シュタイン・ミッツアー 

 最近トルコが達成させようとしている非常に多くの軍事プロジェクトは、エーゲ海における軍事バランスを劇変させるほどであり、ギリシャがその質と量の差を縮めることを起こりえなくする可能性を秘めています。これらには、「バイラクタル・アクンジュ」「バイラクタル・クズルエルマ」無人戦闘機、「TF-2000」級駆逐艦、独自開発の武装無人水上艇(AUSV)群、非大気依存推進システムを備えた「214型TN "レイス"」級AIP潜水艦6隻が含まれており、そして小型潜水艦の導入も見込まれています。

 これらの兵器システムについてはその全てが、すでにエーゲ海上空を定期的に哨戒している約200機から成るトルコのUCAV飛行隊を強固にするためのものと考えて差し支えないでしょう。

 ギリシャはまだ武装ドローンの実戦配備をしておらず、保有している中高度・長時間滞空(MALE)型UAVはイスラエルのメーカーからリース中である僅か4機の「ヘロンTP」だけしかありません(注:2022年7月に3機の「MQ-9B "シーガーディアン"」を導入することが公表されました)。[1]

 ギリシャ空軍が保有する戦闘機は2020年代から2030年代初頭にかけてトルコより最新のものになりますが、「ギリシャがエーゲ地方の航空優勢を掌握することになる」と頻繁に言われる主張については、現実にはほとんど根拠がないと思われます(注:ギリシャはフランスから「ラファール」を18機発注しており、すでに2022年1月には6機が引き渡されています。また、2020年には「F-35」の導入も検討していると報じられており、仮にこれが実現した場合はギリシャが制空権を握る可能性は十分にあり得ることに注意する必要があります)。

 (決して起こりえない)全面戦争が勃発した場合、ギリシャ空軍が運用する作戦機の大部分は、UCAVの欠如や(トルコよりは)小規模な攻撃ヘリ飛行隊、射程の短い砲兵戦力を補うため、空対地任務に専念せざるを得なくなるでしょう。その一方で、陸軍と海軍への火力支援をするために約150機のUCAVと約70機の攻撃ヘリを投入可能であることから、トルコ空軍は保有する「F-16」の大部分を防空作戦に集中させることができるはずです。

 UCAVのうち、「バイラクタル・アクンジュ」と「クズルエルマ」は、有人戦闘機の任務を代替する能力がいっそう高まっており、実質的に世界初のマルチロール無人戦闘機であると言えます。これらの能力には国産の巡航ミサイルやスタンドオフ兵器といったさまざまな種類の対地兵装を搭載可能なだけではなく、100kmも離れた目標に目視外射程空対空ミサイル(BVRAAM)を発射できることも含まれています。[2] [3]

 このことは、ギリシャが完全に無防備のまま手をこまねいているというわけではありません。なぜならば、ギリシャは「MIM-104 "パトリオット"」、「S-300PMU-1/SA-10」、「MIM-23 "ホーク"」、「クロタール-NG」「スカイガード」「9K33/SA-8 "オーサ "」「9K330 "トール-M1"」 地対空ミサイル(SAM)システムなどの広範囲にわたる防空ネットワークにより、エーゲ海上空で展開されるであろう敵の航空作戦に悪夢をもたらす態勢を整えているからです。

 ギリシャにとって不幸なことに、トルコのUCAV、「F-16」、そして将来に配備される「カーン」ステルス戦闘機に搭載される予定の対地兵装の大部分は、事実上ほとんどのギリシャの防空システムをアウトレンジできる能力を有しています。

 仮にUCAV飛行隊を除外したとしても、トルコにはギリシャのSAM陣地とシステムを無力化するために用いることができる、さらに数種類の対地兵器を保有しているのです。これには、「コラル」及び「レデト-II」電子戦システム、「J-600T "ユルドゥルム"」「ボラ(カーン)」短距離弾道ミサイル(SRBM)、そしてまもなく登場する「KARA Atmaca(カラ・アトマジャ)」地上発射型巡航ミサイル(GLCM)が含まれています。

 「カラ・アトマジャ」は「アトマジャ」対艦ミサイル(AShM)の対地攻撃で、2021年8月に初公開されました。同ミサイルはトルコ陸軍が高精度のGLCMを要求したことに応えた「ロケットサン」社によって開発されたものであり、280km以上の射程距離を誇ります。

 したがって「カラ・アトマジャ」は世界で最も射程の短い地対地巡航ミサイルということになりますが、それでもトルコ沿岸の陣地から発射された場合、ギリシャの防空陣地の大部分を攻撃するには十分な距離です。

 このミサイルは対艦型と同様に技術的には潜水艦からの発射も可能ですが、すでにトルコは潜水艦用に特化した1000km以上の射程を持つ「ゲズギン」対地巡航ミサイル(LACM)を開発中です。[4]

トルコ沿岸から発射された場合の「カラ・アトマジャ」の射程距離を地図上の赤い円で示しています。

 「カラ・アトマジャ」は250kgのHE弾頭を搭載して少なくとも280kmの射程距離を有していることから、敵後方に位置する司令部やレーダー基地、SAMサイトを標的にするのに最適な巡航ミサイルと言うことができるでしょう。[5]

 慣性誘導だけではなく衛星誘導方式なども取り入れているため、このGLCMは誘導式ロケット弾やSRBMよりも高い精度や効果を誇っていますが、これは主に、ミサイルが終末段階で標的を正確に識別・変更し、高い精度で命中できるようにする赤外線画像誘導(IIR)シーカーの搭載によって実現される予定です。[5]

 また、地形に沿って飛行し、被観測性が低いという巡航ミサイル特有の特徴があることは、「カラ・アトマジャ」を迎撃を困難なミサイルにもさせています。

 「ボラ」のようなSRBMは、飛行軌道が高いために「MIM-104 "パトリオット"」といったSAMによる迎撃を受けやすいものとなっていることは湾岸戦争で十分に知られている一方で、「カラ・アトマジャ」は地形に沿って飛行するため、迎撃が極めて難しい標的となるでしょう。

 長距離に位置する目標に命中する以前の段階で探知を避けるため、山々の周囲や渓谷を飛行する特性を考慮すると、エーゲ海と周辺の地形もこのミサイルに有利に働くでしょう。

「カラ・アトマジャ」GLCM(左)と「アトマジャ」AShM(右)のモックアップ。この時点で前者のモックアップにIIRシーカーが装着されていないことに注意してください。

 2025年に「カラ・アトマジャ」が導入されることにより、トルコ陸軍は初の巡航ミサイルを保有することになるでしょう。[6] 

 この巡航ミサイルの自走式発射台(TEL)はモジュール式であり、同じTELから「TRLG-122」及び「TRLG-230」レーザー誘導式ロケット弾や「TRG-300」GPS/INS誘導式ロケット弾を発射することも可能となっています(注:「カラ・アトマジャ」は「ロケットサン」社のモジュラー式長距離砲兵システムに組み込まれているということ)。

 「TRG-300」は中国の「WS-1B」自走ロケット砲システムをベースにした誘導式ロケット弾であり、現在は2025年に「カラ・アトマジャ」が引き継ぐであろう任務の一部を担っています。

 「TRG-300」と比較した場合、「カラ・アトマジャ」は射程距離が大幅に長いものとなっていることに加えて(120+km:280+km)、弾頭もより重いものを搭載し(250kg:190kgまたは105kg)、IIRシーカーの搭載によってより高い命中精度を誇るという際立った特徴を有しています。

 「TRG-300」はすでにアゼルバイジャン、バングラデシュ、UAEで商業的成功を収めているため、「カラ・アトマジャ」が海外の市場で同様の成功を収める可能性についても起こりえないわけではないようです。

 この巡航ミサイルの280kmという射程距離は、トルコからすればミサイル技術管理レジーム(MTCR)などの軍備管理に関連する条約を尊重しつつ、同時に「カラ・アトマジャ」を売り込むには十分に短いものとなっています。

 潜在的な海外の顧客にはアゼルバイジャン、カタール、ウクライナ、モロッコ、UAE、インドネシアが含まれており、その全てがすでに誘導式ロケット弾システムを運用していたり、巡航ミサイルやSRBMで武装した隣国が存在している国々です。この点を考慮すると、「カラ・アトマジャ」は輸出に成功するトルコ初の巡航ミサイルとなるかもしれません。


 「カラ・アトマジャ」がトルコ軍で運用される最後の長距離ミサイルシステムになると考える人は、後でそれが大間違いと知ることになるかもしれません。なぜならば、国産の「ゲズギン」巡航ミサイルの導入により、トルコ軍の水上艦や潜水艦が長距離の戦略目標を打撃することが可能になるからです。

 「カラ・アトマジャ」GLCMと「ゲズギン」LACMの導入や「ボラ」SRBMのさらなる開発を通じて、トルコはやがてエーゲ海周辺とそれ以外の地域で使用するためのゲームチェンジャーとなるさまざまな兵器システムを保有することになるでしょう。

 トルコのUCAVの成功に盲点を突かれたことによって、エーゲ海の現状を激変させて地中海における軍事バランスをリセットすることになる、数多くの軍事プロジェクト群が無視されがちです。

 その度重なる新兵器の開発が続くトルコの動きは、現在のギリシャがトルコと比較すると軍事的な発展が著しく遅れているだけではなく、軍事力を増強するためのトルコによる取り組みはギリシャが追いつくことが考えられないほどに凌駕し続けていることを示しています。

「ゲズギン」SLCMによって、射程1000km圏内に存在するあらゆる地上目標がトルコ海軍の潜水艦や大型水上艦の照準に入ることになるでしょう。

[1] Israel will lease IAI Heron UAV's to Greece https://www.iai.co.il/israel-will-lease-iai-heron-to-greece
[2] Endless Possibilities - The Bayraktar Akıncı’s Multi-Role Weapons Loadout https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/endless-possibilities-bayraktar-akncs.html
[3] Deadly Advanced: A Complete Overview Of Turkish Designed Air-Launched Munitions https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/deadly-advanced-complete-overview-of.html
[4] Turkey one step closer to develop indigenous cruise missile https://navalpost.com/turkey-one-step-closer-to-develop-indigenous-cruise-missile/
[5] KARA ATMACA Surface-To-Surface Cruise Missile https://www.roketsan.com.tr/en/products/kara-atmaca-surface-surface-cruise-missile
[6] Karadan Karaya Seyir Füzesi Projesi’nde (Kara ATMACA) İmzalar Atıldı https://www.savunmasanayist.com/karadan-karaya-seyir-fuzesi-projesinde-kara-atmaca-imzalar-atildi/

※  この翻訳元の記事は、2022年1月27日にOryx本国版(英語)に投稿された記事を翻訳
  したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があ
    ります。


おすすめの記事

2023年9月1日金曜日

ペンを置くとき:Oryxの旅と向き合う


著:シュタイン・ミッツアー

 "最も美しい海:まだ渡られていないものだ。最も美しい子供:まだ成長していないものだ。最も美しい日々:まだ過ごしていないものだ。そして、私があなたに伝えたかった最も美しい言葉は、まだ口にしていないものだ。(ナーズム・ヒクメット) "

 親愛なる皆様へ
 
 私は、いつかこの別れの挨拶を"書く" ことを常にイメージしていました。ご存知のとおり、Oryxの旅は当初の目的とは異なる道をたどりました。Oryxが当初に意図していたのは、あるティーンエイジャーの退屈しのぎでした。当時の私はまだ17歳の高校生で、サッカーから離れたばかりだったこともあって自由な時間が大量に残っていたのです。

 アラブの春、特にリビア革命とシリア革命への関心は、私にインターネットで最新情報を探し回ることで多くの時間を費やすようにさせました。シリア革命が長引く内戦に発展する中、私はツイッターのアカウントを作って、次々と明らかとなる出来事をより注意深くチェックすることに決めました。

 私がフォローしたアカウントの一つが、自身のブログ「ブラウン・モーゼス」でシリア内戦を報じ始めたエリオット・ヒギンズのものでした。

 ある日、彼にイタリアが改修した「T-72」戦車が戦争で使用されたことについて報じるつもりがあるかと尋ねた後、''平均的なXboxの所有者よりも兵器について何も知らない高校中退者'' がこうした記事を書けるのなら、おそらく私もできるるだろうと自分に言い聞かせたことを思い出します。 その日の夜、私はブログを立ち上げ、その名前を決め(オリックスは威厳のある動物、スピオエンコップはアフリカーンス語で "スパイの丘 "を意味し、そこから世界中の出来事を眺めることができるという意味)、シリアの「T-72」戦車に関する最初の記事をリリースしました。 (興味のある方はこちらでご覧いただけます:日本語版は後日に公開予定です).

 それは2013年2月16日のことでしたが、この10年後にOryxが退屈しのぎの解決策から私の時間とエネルギーの大部分を消費するプロジェクトへと変貌を遂げることになるとは、当時の私は少しも想像していませんでした。「T-72」の記事が僅か数時間で520の閲覧をカウントし、その月のブログ全体の総閲覧数が約3,500に達することに寄与した喜びは、今でも思い出すことができます。それから10年後に話を進めると、現時点におけるOryxの1日の閲覧数は平均で25万に達しています。

 最初の記事から数か月後、私は(2017年まで注目していた)シリアについて書き続けましたが、より大きな挑戦に対する欲求は常に存在していました。私のモチベーションは挑戦することで高まります。私に最も困難な分析対象を提示してほしい...複雑な対象をマスターすると、私は次の課題を探し求めました。

 最終的に、私は北朝鮮を分析することに最大の挑戦を見出しました。当時(2010年代初頭)における北朝鮮から公開される写真や映像の希少性は入手可能な映像コンテンツが氾濫する現在とは著しく対照的であったため、私は興味をそそられたのです。入手できる情報が限られている上に間違った情報も多いため、分析が最も難しい国であることは間違いありません。

 一連の記事と最終的に出版した本を通じて、ヨーストと私は朝鮮人民軍を取り囲む謎を解き明かそうと試みました。この本の最後のページの執筆を終えたとき、私は北朝鮮という分析対象に満足感を抱きました。私たちは自身が持つ疑問に対する答えを解き明かしたのです。この挑戦が解決したことで、私は好奇心とモチベーションを維持できる別のテーマを探し始めました。

 次の課題を見つけることは、以前より非常に難しいことに気づきました。しかし、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争、トルコ(の防衛産業)、ティグレ戦争は、結果として分析的な満足感と望むレベルの複雑さの両方を私に与えてくれるテーマとして登場しました。

 これらは西側諸国のアナリストが全く関心を示さないトピックであったため、私の目にはより興味深いものとして映りました。主流のメディアとは対照的に、私たちは流行の記事や見出しを作る必要性に囚われることはありませんでした。その代わり、私たちはティグレ戦争、リビア内戦、イエメン内戦といった十分に報じられていない紛争に光を当てる機会だと考えたのです。

 さまざまな国や紛争を継続的に探究することがOryxを私にとって新鮮なものにし続けたものの、それは同時に、私が探究しようと考えた対象をほぼ網羅したと感じる次元に到達してしまいました。この旅は満足のいくものでしたが、ようやく最終目的地に到着したようです。

 2021年後半から、書くという行為が繰り返しに感じられるようになりました。まるで以前に全ての文章を書いたように思えるのです。私にとって、この現実が次に進む時が来たという明確な兆候となります。実際、私はすでに2022年の春までにOryxを終わらせようと考えていました。ところが、ロシアのウクライナ侵攻によって、さらに続けるための新たなエネルギーを注入されてしまったのです。

 しかし、それから1年半後、私は輝きを失ってしまいました。軍事的なことに対する関心は色あせつつあり、全てに追いついていなければならないというプレッシャーが私を疲弊に追い込んでいるからです。普段の私は携帯電話を持ったまま眠りにつくのですが、目が覚めるとをその上で眠っていたことに気づきます。

 私は全ての死と破壊にうんざりしています。爆弾でバラバラになった人々の遺体や、武力紛争のおかげで死んでしまった新生児を抱きかかえる両親を映すビデオを見続けてきたこの10年間は、本当に苦しいものでした。それでも、Oryxが私にもたらしてくれた機会や、ヨーストやケマルとの一生涯にわたる友情に大きな喜びを感じています。

 シンクタンクでのポストを得たり、Oryxを富をもたらす民間諜報機関に変身させるといった選択肢があることも知っていますが、私にとってこうした道を歩むことは魅力的ではありません。私には、そのような団体や機関の目標と一致しない道徳的指針が内在されているのだと思います。

 Oryxを通じて経済的な利益を得る可能性があったにもかかわらず、私は意図的にそれを追求しないことを選びました。私にとって、(支援サイトである)Patreonで得た全収入を慈善団体に寄付するという行為が、唯一可能な行動のように思えたのです。戦争や自然災害が続く中で、より多くの必要とされる事柄を考慮せずにお金を持ち続けることを正当化するのは困難を極めます。

 私をお金に誘惑されません...特にそれが紛争と関連しているときはなおさらです。私にとっての真の財産とは、家族、健康、そして人生の些細なことに幸福を見出すことにあります。

 森林の散策や友人たちと一緒に過ごす時間は、私に本物の豊かさを感じさせてくれます。若いときにこの教訓を学ぶのは極めて貴重なことです。

 私にとっての真の成功と幸福は、人気や知名度、そして本の出版に全く左右されないということに長年をかけて気づきました。今までの成果にはそれぞれに意義はあるものの、本当の意味での誇りを私にもたらしてはいません。私にとっての最も重要な功績は、若いうちに幸せの本質を理解し、大切な人たちに誇りをもたらしたことです

 Oryxは、真の幸福が名声や経歴上の功績、そして富で得られるものではないことを私に教えてくれました。主要なテレビ局に取り上げられ、ジョン・マケインやデイビッド・ペトレイアスといった大物に認められたり、私たちのデータが情報当局に利用されるなど、Oryxは世間で認知度を上げてきました。それでも、当時のガールフレンドに贈った本にメッセージを書けたことが私の最も誇らしい瞬間として残り続けています。本当の幸せがどのようなものか、彼女が見せてくれたのです。これに勝るものは決して存在しないでしょう。心から感謝しています。
 
 この10年間を振り返ってみますと、Oryxは他の人たちが独自の分析と執筆の旅に出るきっかけになってきました。これからもそうあり続けることを願ってやみません。防衛や国際関係の分野で教育を一切受けずに17歳でスタートしたOryxは、同じような道を選ぶ人々に大きなチャンスが待っていることを示す証拠と言えるでしょう。

 さらに私に刺激を与えたのは、長年にわたって楽しんできたツイッター上における読者との交流でした。ある時点で膨大なメッセージの数に圧倒されたこともあり、私からの返信を得ることができなかった方も多いでしょう。この場を借りてお詫び申し上げます。

 また、私は長年にわたってOryxにさまざまな立場で支援を提供してくださった全ての方々(特にヤクブ)に心から御礼を申し上げます。

 「バック・ダニー」と「ビグルス」の漫画本を買ったことで子供時代の興味が刺激されて始まったものが、あらゆる合理的な制約をはるかに超越した趣味に発展しました。かつては情報機関への就職を熟考したこともありましたが、その話が実現することはありませんでした。

 最後に、私は(ここ1、2年で恒例となった)リスト作成という作業の原点と、その時代ごとの変遷について説明しなければならないと感じていますので、ここに記しておきます。

 私たちはチ-ム内部における分析に活用する目的で、2013年からリスト作りを開始しました。北朝鮮の装甲戦闘車両(AFV)の数と種類とバリエーションは難題となり、私たちに効率的な分析をする前にカタログ化するよう促しました。

 この最初のリストがそれ以降に続くリストの下地となったわけですが、イスラム国がイラクとシリアで鹵獲した膨大な量の武器や装備を示すことを目的とした「損失リスト」の編集に着手したのは、2014年の夏になってからのことでした。

 作成プロセスが比較的容易なものであったことから、(おそらくOryxがその名を残すことになる主な要因となるであろう)リストが急増していったのです。こうしたリスト群が評判を呼び、(ややジョーク的ですが)「リストのリスト」と称する記事をリリースすることによって、私自身がOryxでリストを作成するという行為を完全に受け入れていることに気づきました。

 ここで白状しますが、私は事前に計画を立てることが嫌いで、日常生活でリストを作ることはありません。ごめんなさい!

 10月1日に別れを告げるにあたって、お気に入りの歌手である坂本九の歌の中で私が最も愛する「上を向いて歩こう」の一節を皆さんに捧げます。

 Happiness lies beyond the clouds
 Happiness lies up above the sky


 追記:一応ここではっきりさせておきますが、私は「プヤラ・ビール」からスポンサードを受けているわけではありません – 近くにあるスーパーマーケットで2本目が半額になるキャンペーンがあったので購入しただけです。結局のところ、私のオランダ精神は変わっていません。

※ この記事は2023年8月15日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したもの 
 です。また、本国版の記事の大部分を翻訳するまで当日本語版の活動は続きます。



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