2021年12月24日金曜日

パンドラ文書:阻止された中国によるウクライナの航空エンジンメーカー買収計画の経緯とその背景



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 ウクライナは過去数十年間にわたって、(あなたがイメージできる)あらゆる種類の武器を購入に関心を寄せるどんな国にも供給しているという怪しげな評判を得てきました。

 購入したいと思っている国を問題視することなく、ウクライナは射程2500キロメートルの巡航ミサイル(イラン)、「S-300」地対空ミサイルシステム(アメリカ)、「Tu-95」と「Tu-160」戦略爆撃機(ロシア)、さらには(ほぼ完成品の)空母とそれを増産するための設計図(中国)など、あらゆる国を手助けすることができたのです。

 これらの取引には政府レベルで国際法に基づいて行われたケースもある一方で、ナイトクラブで賄賂と大量のアルコールを使って成立させたケースもあります。[1]

 別の事例では、ウクライナがソ連から引き継いだ膨大な量の武器を売却しようとしたことが、同国をとある紛争において敵対する両陣営の武器供給者にさせるという特異な事態に至らせたこともありました。

 そのような具体的な出来事の1つとして、ウクライナの教官によって訓練された南スーダン人の乗員が乗ったウクライナ製T-72AV戦車と、同じくウクライナの教官が訓練したスーダン人の乗員が乗ったウクライナ製T-72AVが戦ったことがありました。アビエイ地区をめぐるスーダンと南スーダンとの戦いで最終的に勝者となったのはたった1人:ウクライナの武器産業だけでした。

 しかし、近年のウクライナは単なる中古兵器の手頃な供給源から高品質な兵器の生産者として徐々に変化してきており、その間にそれら兵器は世界の多くの軍隊に行き着きました。

 ウクライナの装甲戦闘車両(AFV)はアフリカやアジアで商業的成功を収めており、同国の短距離弾道ミサイル(SRBM)プロジェクト:「グロム2」にはサウジアラビアから多額の投資がなされています。

 ウクライナの軍事技術のもう一つの主要な顧客はトルコです。同国は「アクンジュ」UCAVに「イウチェンコ・プロフレス」社「AI-450S」エンジンを採用しており、無人ジェット戦闘機プロジェクト:「MİUS(ミウス)」「ATAK-II」攻撃ヘリコプターにもウクライナ製エンジンが搭載される予定になっています。

 
 これらのような最近の受注はウクライナの武器産業を著しく後押ししている一方で、かつては非常に異なる状況を過ごした時代もありました。

 すでに当ブログでもいくつかの記事で取り上げたように、ウクライナの多くの兵器プロジェクトの起源は、顧客の需要を満たすというよりは取引を成立させるために必死になって生み出そうとしたことにあり、改修プロジェクトは国際的な買い手を見つけることに幾度も失敗しています。

 一例を挙げると、ウクライナの海軍産業はフリゲートやコルベット、ミサイル艇といった豊富な品ぞろえの商品を外国の顧客に売り込んでいるにもかかわらず、唯一の輸出成功例はアフガニスタンとの国境警備のために2隻の「ギュルザ級」哨戒艇をウズベキスタンに売却したことしかありません(注:ウズベキスタンには河川艦隊があります)。おまけにこの事例も560万ドルの代金が米国によって支払われたおかげで輸出の契約が成立したのです。[2]

 商業活動を維持するための十分な受注がなかったことは、一部の企業に財務的に生き残るためのより抜本的な対策を講じさせるまでに至らせました。

 その一つの実例として、世界最大の航空機・ヘリコプター用エンジン製造企業の1社である 「モトール・シーチ」持株会社(JCS)が、会社の半分以上の株を秘密裏に中国の投資家に売却したことが知られています。[3]

 (中国政府と人民解放軍の両方と関係がある)「スカイリゾン」社:北京天驕航空産業投資有限公司への売却は、いつかアメリカを脅かす可能性のある重要な軍事能力を向上させるために、中国が知的財産と軍事技術の獲得を試みているのではないかという懸念をアメリカに抱かせました。[3]

 「モトール・シーチ」社はウクライナのザポリージャにあり、数種類の航空機やヘリコプター用エンジンの設計・製造を手がけています。

 エンジンは航空機の中でも間違いなく最も複雑な部分の1つであるため、エンジン技術は航空機産業の発展を模索する国々にとって極めて人気なものとなっています。もちろん、中国もその国々の1つに含まれています。

 2017年、「モトール・シーチ」社は中国空軍・海軍の新型ジェット練習機「JL-10」の動力源となる「Al-322」ジェットエンジンの納入について、将来的には同エンジンやその他のエンジンを中国で共同生産する可能性を視野に入れた中国から8億ドル(約913億円)の発注を受けました。[4]

 中国との取引については、2014年のウクライナ・ロシアの関係断絶後に最も重要な顧客だったロシアの航空業界を失った同社にとっては歓迎すべき好機でした。

 「モトール・シーチ」社は幅広い種類のエンジンやその関連技術、さらにはヘリコプターの開発・製造に加えて、約12機の旅客機や貨物機をウクライナ国内や海外に向けて運航している独自の航空会社も運営しています。同社はこれによってある程度の利益を得ている可能性が高いですが、この航空事業で得た資金をロシアとの関係断絶で失われた収益に置き換えることは決してできません。



 先述の理由から、「モトール・シーチ」社はエンジンを販売する新たな大口顧客がいないか各方面に目を光らせていました。しかし、同社は「An-124」戦略輸送機や「Mi-8」ヘリコプター及びその近代的な発展型といったソ連時代のさまざまな機体で使用されるエンジンの事業に重点を置いていたため、米国や西ヨーロッパで製品の買い手が見つかることはありませんでした。

 その一方で、中国は「JL-10」練習機用の「Al-222/Al-322」シリーズのジェットエンジンや、将来の「国産」大型輸送ヘリコプターの動力源として役立つ可能性のある「Mi-26」用イウチェンコ・プロフレス製「AI-136T」エンジンを含む、いくつかのエンジンに大きな興味を示していました。[5]

 2017年5月、ウクライナのステパン・クービウ第一副首相によって、「モトール・シーチ」社と「スカイリゾン」社が中国の重慶にエンジン工場を建設することが明らかにされました。さらに、「スカイリゾン」社は「モトール・シーチ」の企業支配権を取得し、同社の過半数の株式を取得することと引き換えに2億5000万ドル(約285億円)を出資することを約束したのです。

 当初の報道では、企業支配権は「スカイリゾン社」によって直接取得されたと伝えられましたが、 「OCCRP(組織犯罪・汚職報道プロジェクト)」によるパンドラ文書の調査は取引の背後に多数のオフショア・カンパニー(租税回避に用いられる海外の投資家向けの会社)が存在していたことを明らかにしており、「スカイライゾン」社による買収の契約書草案では、実際にはアメリカの大手法律事務所「DLAパイパー」のウクライナ事務所(注:現在は撤退)が手助けした可能性が示されています。[6]

 この計画は、3つのオフショア企業 – 英領ヴァージン諸島に登記している「スカイリゾン・エアクラフト・ホールディングス」社、そしてキプロスに登記している「レコナー・インヴェストメント」社と「Argio・インヴェストメント」社 – が、「モトール・シーチ」社の企業支配権を共に所有している6つのオフショア・カンパニーの買収を伴うものでした。[6]

 この狡猾な計画は、ウクライナの独占禁止法の観点から同国政府による調査を回避するために特別に考案されたようです。

 「DLAパイパー」による提案では、計画に沿って買収を進めても、ウクライナ当局による反独占審査のきっかけに必要な25%以上の株式を所有する企業は存在しません。[6]

2基の「モトール・シーチ」製「AI-222」ジェットエンジンを搭載する中国の「JL-10」練習機

 この協定は、実質的に中国がウクライナの最も重要なエンジン製造会社を買収することを同国政府に気づかれないようにするためのものだったかもしれませんが、アメリカ政府は何が起こっているのかを十分に認識していたようです。

 (中国のエンジン技術が10年かそれ以上進歩させる可能性がある)「モトール・シーチ」の製品や専門知識を自らの軍事プロジェクトに取り入れることを可能にする、中国に同社の株式の過半数を取得させないという決意の下でなされたトランプ政権によるウクライナ政府への圧力は、結果的に国家安全保障上の理由で取引を凍結するという同政府による決定の有力な動機となったと考えられています。

 すでに「モトール・シーチ」は、ロシアへ便宜を図ったことに関する罪でウクライナ政府の悪党になっていましたが、2021年3月にはついに政府の同社に対する堪忍袋の緒が完全に切れたようです。 キエフの裁判所は同社の全財産と株式を差し押さえる判決を下し、同社は汚職やその他の犯罪によって得た資産を管理する政府機関に移管されました。[7]

 その2週間後、ウクライナのヴォロディーミル・ゼレンスキー大統領は、自国の航空宇宙分野の企業支配権を得ようとしていた「スカイリゾン」社を含む中国企業4社に制裁措置を課す大統領令に署名しました。 [7]

 結果として、中国が(自らの目的のために)大々的に取り組んでいた会社の乗っ取り計画は完全に阻止されてしまいました。



 もちろん、中国はこの出来事を少しも快く思っていませんでした。2020年12月に「スカイリゾン」社のバックにいる中国の投資家たちは、キエフが2018年に「モトール・シーチ」社の株式を一時凍結した後、ウクライナ政府がその投資を没収したことを非難し、ウクライナ政府を相手に35億ドルの仲裁を提起したのです。[7]

 また、この仲裁ではおなじみの顔として「DLAパイパー」の名前が報道記事で登場しました。というのも、ウクライナ政府によって凍結された資産を取り戻すために命じられた「北京スカイリイゾン・アビエーション」社を代理する3つの国際法律事務所のうちの1つが同事務所だったからです。

 したがって、アメリカの法律事務所が手助けしている中国によるウクライナのエンジン企業の買収を阻止するために、アメリカ政府がウクライナに圧力をかけているという実に奇妙な話が続いています。



 「モトール・シーチ」社の中国への売却、つまり中国による最新の航空機やヘリコプターのエンジンに関連する重要な技術へのアクセスは最終的に阻止されましたが、ほかの企業が自社の技術を敵対国やいわゆる「ならず者国家」に売却するという(少なくともアメリカにとっての)脅威は常に存在しています。

 別の事例では、中国はウクライナから未完成の「An-225 "ムリーヤ"」戦略輸送機を購入し、さらに同機を製造するための設計図の入手を試みたことがありました。しかし、最終的にトルコが自身を(「An-225」を設計・製造した)「アントノフ」社との航空プロジェクトに協力するための、より関心を引く候補者としてオファーしました。[8]

 実際、「アクンジュ」UCAVや「ATAK-II」攻撃ヘリコプター用にトルコからウクライナ製エンジンのさらなる発注が、結果的に「モトール・シーチ」社や別のウクライナの防衛企業を存続させる決定的な要因となるかもしれません。[9]

 ウクライナの急進党の元党首であるオレグ・リャシュコは、「もしアメリカが『モトール・シーチ』社に中国と協定を結ばせたくないのであれば、十分な数の航空機エンジンを購入する必要がある」と語っています。[10]

 アメリカの圧力は中国による「モトール・シーチ」社の買収を阻止するのに十分だったかもしれませんが、トルコのウクライナ企業に対するはるかに積極的な関心は、結果的に同社やほかの企業が外国の手に落ちるのを防ぎ、将来的にこのような出来事を予防することになるかもしれません。



[1] Mission impossible: How one man bought China its first aircraft carrier https://www.scmp.com/news/china/article/1681710/sea-trials-how-one-man-bought-china-its-aircraft-carrier
[2] Ukraine Resumed Construction of Gyurza-M (Project 58155) River Armored Artillery Boats https://www.navyrecognition.com/index.php/naval-news/naval-news-archive/year-2014-news/december-2014-navy-naval-forces-maritime-industry-technology-security-global-news/2293-ukraine-resumed-construction-of-gyurza-m-project-58155-river-armored-artillery-boats.html
[3] ‘Predatory’ Chinese Takeover of Ukraine Defense Firm Was Facilitated by a U.S. Law Firm https://www.occrp.org/en/the-pandora-papers/predatory-chinese-takeover-of-ukraine-defense-firm-was-facilitated-by-a-us-law-firm
[4] Ukraine’s Motor Sich Awarded $800 Million Contract to Support Chinese Hongdu JL-10 Trainer Aircraft https://defence-blog.com/ukraines-motor-sich-awarded-800-million-contract-to-support-chinese-jl-10-trainer-fleet/
[5] In China, "Motor Sich": "We managed to intercept the United States and Russia gem of engine" https://weaponews.com/news/65357779-in-china-motor-sich-we-managed-to-intercept-the-united-states-and-russ.html
[6] ‘Predatory’ Chinese Takeover of Ukraine Defense Firm Was Facilitated by a U.S. Law Firm https://www.occrp.org/en/the-pandora-papers/predatory-chinese-takeover-of-ukraine-defense-firm-was-facilitated-by-a-us-law-firm
[7] Ukrainian Court Seizes Aerospace Company Motor Sich From Chinese Investors https://www.rferl.org/a/ukraine-seizes-motor-sich/31161801.html
[8] Antonov Sells Dormant An-225 Heavylifter Program to China https://www.ainonline.com/aviation-news/defense/2016-09-06/antonov-sells-dormant-225-heavylifter-program-china
[9] Turkish Aerospace, Motor Sich ink deal for heavy-class helicopter engines https://www.dailysabah.com/business/defense/turkish-aerospace-motor-sich-ink-deal-for-heavy-class-helicopter-engines
[10] Kievs new partner a betrayal of US interests https://calrev.org/2018/08/23/kievs-new-partner-a-betrayal-of-u-s-interests/?v=796834e7a283
[11] 中国の軍需企業買収阻止 米国の懸念受け―ウクライナ(翻訳時の参考資料)
[12] ウクライナ、航空エンジン大手を国有化 中国の買収阻止 対米関係強化狙う(同上)
[14] 中国、ウクライナの軍用エンジン技術に触手 訴訟警告で米中対立(同上)

※  当記事は、2021年11月4日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。



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