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2023年11月6日月曜日

衰退した近代化の象徴:ベネズエラにおけるイスラエル製「バラク-1」地対空ミサイルシステム


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ

 過去20年間にわたって軍に何百億ドルもの投資を行ったにもかかわらず、不思議なことに、今のベネズエラには一連の投資を行う前よりも著しく弱体化した軍隊が残されています。この見事な "偉業"が達成された要素には、極めて特異な調達決定がもたらした結果だけではなく、1990年代後半のベネズエラ軍が南米で(事実上)最も強力な軍隊の一つだったことも含まれています。

 この国は、長年にわたってアメリカ、フランス、イスラエルなどから近代的な装備を調達してきたものの、2006年にウゴ・チャベス大統領の政策が原因となってアメリカがベネズエラに武器禁輸措置を取ったため、武器調達先はこれらの国々からロシア、中国、イランに置き換えられました。
 
 2006年以前のベネズエラは西側諸国から高度な装備を調達することができましたが、同年以降は、防衛上のニーズを満たすため、または(もはや西側諸国から容易に入手不可能となった予備部品の不足で)運用できなくなった装備を置き換えるため、新たな調達先としてロシアに目を向けることになったのです。

 興味深いことに、ベネズエラは即座にロシアから旧式の「T-72B1」戦車と「S-125」地対空ミサイル(SAM)システムを大量に調達するに至りました。その後に「ブーク-M2」や「S-300V」等のより先進的なシステムも導入されましたが、ある程度の調達した兵器システムについては、その能力が確実に置き換え対象よりも低かったことは注目に値するでしょう。
 
 唐突なサポート停止で置き換えが必要になったシステムの一つが、2005年にイスラエルから新品で調達した同国製の「バラク1 ADAMS」SAMシステムです。(1基につき8セルを備えた)3基の「バラク1」発射機は、ベネズエラ空軍とは別の組織である防空作戦コマンド(CODA:Comando de Operaciones de Defensa Aérea)に配備されていたフランスの「ローランド-2 」SAMシステムを更新するために導入されたものであり、戦争やクーデターの際に航空攻撃を受ける可能性がある空軍基地やその他の重要施設の防衛を任務としていました。

 1992年11月に発生したクーデター未遂事件では、ベネズエラ空軍の一部が戦闘機や攻撃機で体制側の空軍基地を攻撃するなどの極めて重要な役割を果たしたため、空軍基地防衛の重要性はベネズエラ軍にとっては火を見るより明らかなことだったのです。

1992年11月のクーデター未遂事件では、政府軍の「F-16」からの機銃掃射で反乱軍の「OV-10 "ブロンコ"」が撃墜された:この劇的な瞬間の映像はこの画像をクリックすると視聴できる

 12kmの射程距離を誇る「バラクー1」高機動防空システム(ADAMS)は、低空飛行する敵機やヘリコプターに対する拠点防空に最適化されたものです。8発のミサイルを搭載する小型の牽引式発射システムについては、トラック搭載型も設計されましたが、商業的な成功を収めることはありませんでした。

 このミサイルはキャニスターから垂直に発射される、いわゆるVLS方式を採用しています。上述のとおり、地上発射型についてはベネズエラが唯一のカスタマーという結果で終わった一方で、艦載型はチリ、インド、イスラエルの海軍に採用され、各国でその能力が高く評価されています。

 機能と運用面で地上運用型の「バラク-1」に最も近い他国の同等品としては、ロシアの「9K330 "トール"」が挙げられます。

「バラク-1」のミサイル・キャニスターが8セル備えた垂直発射機に装填される状況

 CODAにおける運用で、「バラク-1は」、オットーメララ製「40/L70」レーダー誘導型40mm機関砲と「フライキャッチャーMk.1/2」火器管制レーダーの組み合わせと「ローランド-2」SAMシステムで構成される「ガーディアン」防空システムを更新しました。

 CODAに加えて、かつてのベネズエラ陸軍はボフォース40mm対空機関と 「AMX13 S533」「AMX-13M51 "ラファーガ」自走対空砲から成る独自の防空戦力を保有していましたが2010 年代の変わり目に退役して以来、今のベネズエラ軍は自走対空砲を保有していません。

 その代わり、ロシアから入手した「S-125 "ペチョーラ-2M」、「ブーク-M2」、「S-300V」SAMシステムを運用しています。


 ベネズエラとイスラエルの外交関係が緊張した結果、メーカーであるIAIとラファエルからのサポートが途絶えたため、「バラク-1」はすぐに運用継続が困難になってしまいました。

 この状況は、アメリカがイスラエル政府に対してベネズエラとの(自国由来の技術を含む)軍事面における契約を全面的に解消させ、今後はいかなるイスラエルの軍事技術も売却しないよう要請したことでさらに悪化したようです。

 これらの要因が組み合わさった結果、ベネズエラにおける「バラク-1」運用史は異常に短い形で終焉を迎えました。というのも、相当な費用を投じて導入された「バラク-1」は、たった数年間使用されただけで退役したからです。

 結果として、CODAは高度な防空システムを「トール」や「パーンツィリ」のような現代的なロシアのシステムに更新するのではなく、ロシアから調達した「ZU-23」対空機関砲で間に合わせる必要に迫られてしまいました。この機関砲は現在でも空軍基地防衛の主要な装備であり続けています。

ベネズエラの「ローランド-2」:「バラク-1」と同様に発射機は牽引式である

CODAで運用されていたオットーメララ「40/L70 "ダルド"」40mm対空機関砲:同型の砲塔を装備した艦艇を世界中で目にすることができるだろう

 2010年代初頭には石油の供給と引き換えに中国との軍事協定が締結されたものの、ベネズエラが「バラク-1」のようなシステムを導入する余裕があった時代はとうの昔に過ぎ去ってしまいました。

 近年では、ベネズエラは過去数十年間に退役した装備のオーバーホールを行うことで戦力の強化に努めています。これまでに、「AMX-13」と「AMX-30」戦車、キャデラック・ゲージ「コマンドウ」装甲車、イスラエルの「LAR-160」 多連装ロケット砲(MRL)といった、過去に放棄された兵器類が復活を遂げました。しかしながら、ベネズエラはこのMRLシステムを本来の用途に用いるのではなく、「LAR-160」の(「AMX-13」戦車がベースの)車体を地雷除去車として再利用したり、さらには「M40A1」106mm無反動砲を6門搭載した装甲戦闘車両の車体として活用したのでした。

 「バラク-1」が再生兵器の候補に選ばれる可能性は極めて低いでしょう。 まだイランに提供されていないのであれば、このSAMシステムは間違いなく放棄された倉庫で分厚い埃に埋もれて生き残っていることでしょう。そして、その姿を見る人にベネズエラがまだ南米で強大な軍隊の一つに数えられていた時代を思い出させる役割を果たし続けているのかもしれません。

「バラク-1」が最初で最後に公開された2006年の独立195周年の閲兵式の一コマ

特別協力:FAV-Club

    たものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

2023年9月24日日曜日

資金不足と工夫の果てに:アルメニアの「S-125(SA-3)」地対空ミサイル改修計画

トレーラーに搭載されたアルメニアの「S-125」用発射機

著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ

 2010年代、拡大するアゼルバイジャンの無人機戦力に遅れをとることなく、既存の地対空ミサイル(SAM)とレーダーシステムの老朽化に対処するため、アルメニアは防空戦力の広範囲にわたる近代化計画に着手しました。

 「トール-M2KM」「ブーク-M1-2」、ロシア製の電子妨害装置である「レペレント-1」「アフトバザ-M」といった新型装備の導入が最も注目を集めるでしょうが、旧式システムのオーバーホールやアップグレードも実施されました。その中には、「2K11/SA-4"クルーグ"」「2K12/SA-6 "クーブ"」「S-125/SA-3 "ペチョーラ "」といった1960年代に開発されたSAMシステムも含まれていたのです。

 アゼルバイジャンへの抑止力としてロシアから最大12機の「Su-30SM」戦闘機を購入することにより多くのメリットを見出した政府と慢性的な資金不足に直面した結果、旧式SAMのアップグレードについては、結局は使い古された部品の交換や一部のアナログ部品のデジタル化、そのほかの段階的な変更に限られてしまいました。[1]

 これらのアップグレードは確かに戦闘力をいくらかは向上させたものの、最終的に2020年のナゴルノ・カラバフ戦争において、「2K11」や「2K12」、そして「S-125」などの旧式化したシステムに戦闘で勝利する見込みをもたらすには完全に不十分なものでした。

 2010年代初頭の時点では、アルメニアは依然として現役の「S-125」陣地を5つも維持していました。当時、「S-125」はまだアルメニアが保有するものでは高性能なSAMの1つであり、「ブーク-M1-2」や「トール-M2KM」の導入はまだ数年先のことだったのです。

 2015年以前に、アルメニアの公共株式会社(OJSC)であるチャレンツァヴァン工作機械工場は、トレーラーに「S-125」の4連装発射機を搭載するという、控えめなアップグレード計画を立ち上げました。[2]

 この改修で搭載できるミサイルの数は4発から2発に減少したものの、発射機をトレーラーに搭載することで、SAMシステムの機動性は大幅に向上しました(注:トレーラーの車幅上、発射機の装填部分を2発分に減らさざるをえなかったものと思われます)。つまり、この改修は部隊の展開時間を大幅に短縮させ、「S-125」をSAMサイトに配備する固定式のシステムから半移動式として使用することを可能にしたわけです。

 発射機と同様に、「S-125」システムを構成する「SNR-125 "ロー・ブロー"」火器管制レーダーも牽引式トレーラーに搭載された可能性があります。

 通常、この2つのコンポーネントは改修された対空砲の車体に載せられていますが、展開するのに長い時間を要するというデメリットがありました。また、アルメニアはミサイル輸送車両の機動性の向上も求め、老朽化した「ZiL-131」トラックをより近代的なカマズ製トラックに更新しようと試みました。

 アルメニア軍が「S-125」システムをより柔軟に展開できるようにするための非常に経済的なアップグレード計画であったことにはほぼ間違いありませんでしたが、結果的により多くの発射機が改修されることはなかったようです。

エレバンでの軍事パレードに登場した、2発の「5V27D」ミサイルを搭載したカマズ製トラック(2016年9月)

 2020年には、4つの「S-125」サイトが稼働していました。れらのサイトは、アルメニアのエレバン、マルトゥニ、ヴァルデニス、そしてナゴルノ・カラバフのステパナケルトの周辺に設けられていました。

 2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で、理論上は戦闘に参加するには十分な場所に位置していたアルメニアの「S-125」サイトが1つだけありました。そのサイトはステパナケルト空港に隣接しており、2019年末に設けられたばかりのものでした。

 「SNR-125 "ロー・ブロー"」火器管制レーダー1基とミサイル発射機2基で構成されていたこのサイトの運用については、2020年10月17日、IAI「ハロップ」が「SNR-125」に直撃してミサイルを誘導するレーダーを喪失したことでサイトが無用の長物となったため、突如として終わりを迎えました。[3] [4]

 どうやらレーダーがステパナケルト上空の徘徊兵器を追跡できなかったため、直撃を受ける前に同サイトからミサイルは発射されなかったようです。[5]

 一方で、アゼルバイジャンはこのサイトの破壊については全く優先していなかったようで、ナゴルノ・カラバフ戦争が始まってから約3週間が経過してようやく破壊を完了させました。

 ちなみに、アゼルバイジャン自身は依然として10基の「S-125」を運用していると推定されていますが、その大部分はベラルーシによって「S-125TM "ペチョーラ-2TM" 」規格にアップグレードされたと考えられています。[6]

 このうち8つのサイトはナゴルノ・カラバフの周囲に環状に設けられていますが、戦争が終わった今、その全てがカラバフかアゼルバイジャンの別の地域に移転させられる可能性が高いと思われます。

徘徊兵器「ハロップ」が直撃する寸前のステパナケルト空港付近に配備された「SNR-125」

 試作段階で暗礁に乗り上げた「S-125」を動員しようと試みた一方で、ベラルーシの「Alevkurp」社が同様のシステムの設計を成功裏に完了させています。「S-125–2BM(別名:PF50 " アレバルダ ")」と命名されたこのアップグレード型も、「S-125」の限界を大幅に改善し、低空飛行する航空機やUAVをより効果的に照準できるようにしたものです。[7]

 また、「S-125」の機動性を向上させた別の改良型としては、ベネズエラ、モンゴル、タジキスタン、トルクメニスタン、シリア、ミャンマー軍で商業的成功を収めたロシアの「ペチョーラ-2M」があります。

 これらとは別に、北朝鮮、キューバやポーランドを含むほかの国々も自国が保有する「S-125」の機動性を向上させようとしてきました。後者の2国の場合、「S-125」の発射機は「T-55」戦車の車体に搭載されました(注:北朝鮮の場合はアルメニアと同様に2連装発射機をトラックに搭載したもの。また、詳細不明ながらも戦車に発射機を搭載する試みはエチオピアでも行われています)。[8] [9]

トルクメニスタン軍の「S-125–2BM」はアルメニアの改修型とは異なって、4発のミサイルが搭載可能

 現在のアルメニアは(将来再発するかもしれない)アゼルバイジャンとの紛争で旧式化した装備が役に立ちそうもないと知りながら、それらの大半を運用し続けるか、それとも退役させるかというジレンマに直面しています。

 「S-125」のようなシステムの退役は、書面上では戦闘能力の大幅な低下をもたらしますが、結果的にアルメニアの戦時能力にはほとんど問題を及ぼすことはないと言うこともできます(旧式で役に立たなかったため、あっても無くても変わりないということ)。

 この見通しが最終的に「S-125」の発射機をトレーラーに搭載して機動性を高めるというアルメニアの計画を葬り去ったかどうかは不明ですが、(仮に実用化に成功したとしても)役に立たなかったことは間違いないでしょう。


[1] Вклад ВПК Армении в развитие ПВО и военной авиации https://vpk-armenii.livejournal.com/71391.html
[2] ОАО «Чаренцаванский станкостроительный завод» https://vpk-armenii.livejournal.com/3852.html
[3] Azerbaijan`s Defense Ministry: Armenia`s S-125 anti-aircraft missile system disabled https://azertag.az/en/xeber/Azerbaijans_Defense_Ministry_Armenias_S_125_anti_aircraft_missile_system_disabled-1617041
[4] https://twitter.com/azyakancokkacan/status/1319186262968991744
[5] The current state of the air defense system of Azerbaijan https://en.topwar.ru/137819-sovremennoe-sostoyanie-sistemy-pvo-azerbaydzhana.html
[6] https://defence-blog.com/turkmenistan-parades-s-125-2bm-air-defense-missile-system/
[7] https://i.postimg.cc/6p94x0pY/s-125-t55-image02.jpg
[8] Polish S-125 M Surface-to-Air Missile Shoots Down Drone During Exercise https://youtu.be/fQ2tyO0NtYw

※  当記事は、2021年12月19日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも 
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
  あります。



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2023年9月19日火曜日

アルメニア最後の抑止力:「ブークM1-2」地対空ミサイルシステム



著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 ナゴルノ・カラバフの戦場に散乱している破壊された地対空ミサイル(SAM)システムの残骸がくすぶっている中で、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でドローンの手にによる破壊から逃れた思われる注目すべき不在者:9K37M1-2「ブークM1-2」がいました。

 実際、「ブークM1-2(NATO呼称:SA-11"ガドフライ”)」はアルメニア軍が保有する最も現代的で有能なSAMの1つですが、激しかったあの44日間戦争で何の役割も果たしていないように見えました。

 これらについて、当初はアルメニア軍のほとんどがアルメニア国内の基地からナゴルノ・カラバフに入るまで、新たに導入した「トールM2KM」の大半と共に出撃を差し控えていたものと信じられていましたが、戦争の初期の時点ですでに「トール」が初めて目撃されていたことは「ブーク」が戦闘に投入されていないことを強く示唆しました。

 「バイラクタルTB2」「ヘロン」のようなUAVが飛行する高度に到達できる数少ないSAMの1つとして、戦場における「ブーク」の不在は戦争の全期間にわたって確かに感じられました。

 アルメニアにおける「ブーク」の運用歴については全く知られていません。実際、2016年にアルメニアが独立25周年記念の軍事パレードを実施していなければ、同国による「ブークM1-2」の導入は完全に不明のままだったでしょう。

 2010年代前半から半ばのどこかで、アルメニアは「ブーク」を当時はまだ運用中だった老朽化した2K11「クルーグ(NATO呼称:SA-4)」2K12「クーブ (NATO呼称:SA-6)」を補完・後に置き換えるために入手したと考えられています。

 しかし、数多く存在したアルメニアの防衛プロジェクトと同様に資金不足がシステムの追加購入を妨げ、最終的にアルメニアは各3基の発射機を装備した2個中隊分の「ブーク」しか導入できませんでした。

2016年のエレバンにおけるパレードに登場した「ブーク-M1-2」の輸送車兼用起立式レーダ装備発射機(TELAR)。 これらのシステムがアルメニアで目撃された例はこれが唯一です。

 アルメニアが限られた資金で数少ない「ブーク」システムを戦闘可能な状態に維持することに専念していたと現実的に予想することはできたものの、真実は全くの正反対だったようです。

 2020年9月27日に武力衝突が勃発した後のアルメニアにあった稼働状態にある「ブークM1-2」発射機は1基のみで、残りの5基はアルメニアの乗員が修復不可能なレベルの技術的な不具合を抱えていたという特異な状態下にあったようです。[1]

 これらの不具合がアルメニアでの運用期間の全体を通してシステムを苦しめ続けていたというのはもっともらく思われるものであり、存在自体を疑いたくなるほど「ブーク」が国内での軍事演習で一度も目撃されたことはありませんでした。

 アルメニア軍は即座に急いで5基の不稼動状態にある「ブーク」を運用に戻すため、10月10日までにロシアの修理チームと修復作業に関する契約をしました。[1]

 これまでにナゴルノ・カラバフ戦争での「ブーク」の目撃例はなく(対照的に「トール」SAMが戦争中に運用されている映像は多数存在しています)このSAMが使用する「9М38(M1)」ミサイルの残骸も今まで地上で発見された事例がないことから、ロシアチームの努力は結果的に無駄に終わったという結論を出すことができます。

 少なくともアゼルバイジャンのTB2に(僅かにでも)勝つ見込みのある数少ない最新のSAM6基が戦争の全期間を倉庫での保管に費やされていたという事実は、自身がアゼルバイジャンの無人機戦を受ける側であることに気づいたアルメニアの兵士たちを失望させたに違いありません。

        

 アルメニア軍はナゴルノ・カラバフ戦争を特徴づけた無人機戦に不意を突かれてしまったと、しきりに非難されてきました。

 しかし、多くの人が思っていることとは逆に、これは事実ではありません。なぜならば、「ブーク」や「トール」といった最新のSAMシステム、ロシアの「レペレント-1」「アフトバザ-M」、そして「ボリソグレブスク-2」電子戦システムや電子光学装備をさまざまなサプライヤーから購入したことで、アルメニアには市場で最も現代的なロシアのシステムがもたらされていたからです。

 これらのシステムを組み合わせた戦力が戦闘という状況下で期待に応えることに失敗した事実についてアルメニアのせいにすることはできませんが、その代わり、無人機とそれに対抗するために設計されたシステムの間に能力のギャップが広がっていることを示しています。

韓国と共同開発した「Shumits」のような電子光学システム(画像)は、結果として2020年のナゴルノ・カルバフ戦争では無人機に影響を与えることができませんでした。

 アルメニアのIADS(統合防空システム)は(75台の9K33「オーサ」を含む)あらゆる射程の旧式及び現代的なSAMシステムを多重に取り入れており、最新のMANPADS、SPAAG(自走対空砲)、対空砲、そしてデコイによってバックアップされていました。

 9K33のようなシステムに依存し続けたことについては戦中も戦後も厳しく批判されましたが、この国は21世紀に妥当な旧式化したシステムを維持するための絶え間ない投資を行っていました。

 2020年1月、アルメニアはヨルダンから2700万ドル(約30億円)で購入した35台の9K33「オーサ-AK」システムの一部を披露しました。[2] [3]

 これらはアルメニアでも運用されている「オーサ-AKM」よりも古いバージョンですが(したがって、ごく僅かしか戦力の向上に寄与しませんが)、これらのシステムは独自にアップグレードされることになりました。この偉業は、その調達価格が非常に低かったおかげで実現可能となったのです。

 9K33「オーサ」の運用と保守を数十年にわたって行経験してきたため、アルメニアはその間にこれらのシステムを自身でオーバーホールやアップグレードする能力を得ていました。それに比べると、「ブークM1-2」は技術的により複雑で維持するための費用も多くかかり、限られた数しか導入されませんでした。

 アルメニア軍にとって、9K33に依存し続けることについては少しも選択の余地があるような事柄ではありませんでした。彼らは単にアルメニアの限られた技術的能力と財政事情によって必要とされたにすぎなかったわけです。

 短期間の戦争中におけるアルメニアの乏しい戦いぶりを批判的に分析することは理にかなったことであり、実際に現代の紛争を理解するためには必要不可欠なことですが、限られた予算と向かい合って問題を解決しようとした試みを無意味なものとして簡単に 片付けるべきではありません(彼らにとってはそうではなかったからです)。

ヨルダンから2700万ドルの安売り価格で購入した9K33「オーサ」システム35基のうちの4基。これらと比較すると、同じ金額では「トール」システムを2基しか購入できません。

 もちろん、だからといってアルメニア政府が軍事的な大惨事とその大半が10代後半から20代前半である約4,000人の兵士の痛ましい死の責任から免れるという意味ではありません。

 自国の軍部が慢性的な資金不足に陥っていた時期に、アルメニア政府はアゼルバイジャンに対する抑止力として、ロシアから6機のSu-30SM多用途戦闘機を購入するのに数億ドル(数百億円)も費やしました。これらの極めて重要なアセットがただの一度も実戦に投入されなかったため、パシニャン首相はSu-30SMがこの戦争で戦闘に加わらなかった理由について何度も嘘をつくことを余儀なくされました。

 (少なくともアルメニアのような小国にとって)最大で12機のSu-30SMの導入・運用とそれに関連する法外なコストについては、偵察用無人機や徘徊兵器のような実際にアルメニア軍に利益をもたらすであろう装備に向けた方がまだ賢明だったかもしれません。


 仮に「ブーク-M1」があの戦争に投入されたとしても、ナゴルノ・カラバフ上空におけるアゼルバイジャンによるUAVの運用を僅かに困難にさせるだけで、少しもその目的(撃墜)を達成できなかった可能性があります。実際、「ブーク」自体の少なさを考慮すると、(最低でも1基の「トール」SAMで起こったように)彼らはすぐに自身を発見・破壊するために送り出された徘徊兵器や「バイラクタルTB2」の犠牲になっていたでしょう。

 実際のところ、TB2はシリアで「ブーク-M2(NATO呼称:SA-17 "グリズリー")」として知られている最新バージョンとの戦闘とミサイルからの回避に成功しているため、「ブーク」はTB2にとって新手の脅威ではありません。

 それにもかかわらず、「ブーク」はアルメニアで最も現代的なSAMシステムの1つである(44日間戦争での過酷な戦力の消耗後に最も数の多いシステムの1つにもなっている)ことから、軍はこのシステムの稼働状態を維持するための投資するしか選択の余地がなく、今後何年も使用される可能性があります。

 とにかく 、彼らは技術的に高度な武装が戦場での高度な能力を保証するものではないということを、強烈に思い出させてくれるものとして役立つはずです:効果的に展開できない抑止力は、宣戦布告されると即座にその価値を喪失してしまうのです。



[1] Армения потеряла четыре из шести размещенных в Карабахе зенитных ракетных комплексов Тор-М2КМ https://diana-mihailova.livejournal.com/5844055.html
[2] Jordan to sell Osa SAMs https://web.archive.org/web/20171104074342/http://www.janes.com/article/75246/jordan-to-sell-osa-sams
[3] Armenia Shows Off New Osa-AK Air Defense Missiles https://militaryleak.com/2020/01/06/armenia-shows-off-new-osa-ak-air-defense-missiles/

※  当記事は、2021年10月2日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
    あります。



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2022年10月21日金曜日

私をねらって:アルメニアのSAM型デコイ


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 アルメニアとアゼルバイジャンとの間で繰り広げられた2020年のナゴルノ・カラバフ戦争から得られる教訓があるとすれば、それは安価ながら非常に効果的な無人戦闘航空機(UCAV)の驚異的な効率性と、それらによってもたらされる猛攻撃を阻止するはずだった、新旧にわたる幅広い種類の防空システムの失敗を中心に展開されるに違いありません。

 アルメニアは差し迫った敗北を受け入れようとしなかったことで犠牲の大きい44日間の消耗戦を強いられ、約250台の戦車や(より悲劇的なことに)その多くがまだ10代後半から20代前半だった約5,000人の兵士と予備役兵を含む甚大な損失を受けました。[1]

 それでも、アルメニアの軍隊は無人機が主導する戦争の時代における自らの弱点を痛感することだけは見通していたはずであり、使用できる限られた資金でその改善を試みたことは確かです。

 これは主に、UAVの運用を何らかの形で妨害するためのロシア製電子戦(EW)システム、ハンターキラー・システムとして機能する可能性がある「トール-M2KM」 SAMの導入と、老朽化にもかかわらずアルメニア軍がナゴルノ・カラバフの広い範囲をカバーすることを可能にした、ヨルダンから入手した35台の「9K33 "オーサ-AK"」に現れています。

 しかし、アルメニアが痛い目に遭ったことが知られたように、前述のシステムは「バイラクタルTB2」や徘徊兵器が次々と自身を狙い撃ち始めた様子を、苦痛の中で待つ以外にほとんど何もすることができませんでした。

 アルメニアで使用された別の対UAV戦法としては、攻撃してきたドローンをおびき寄せてデコイを狙わせるために本物のSAMの近くにデコイのSAMを配置し、避けられない破壊から本物を守るというものがありました。

 1999年のNATOによるユーゴスラビア空爆の際には、この「Maskirovka」戦術は非常に効果的でしたが、2020年のナゴルノ・カラバフでアルメニアによって展開された数は、運用中のSAMシステムを標的にすることからアゼルバイジャン軍の注意をそらし、戦争の行方に実際に影響を与えるにはあまりにも少ないものでした。

 それでも、実際に使用されたデコイは詳細な迷彩パターンさえも施されており、SAMシステムの写実的な再現で優れていました。

                     

 「9K33 "オーサ"(NATO側呼称:SA-8 "ゲッコー")」はアルメニア軍(さらに言うと事実上アルメニア軍の一部であるアルツァフ国防軍)で最も多く保有しているSAMシステムだったため、アルメニアのデコイの大部分がこのSAMをベースにしたことは何ら驚くべきものではありません。

 「9K33」のデコイはアゼルバイジャンのドローンオペレーターを騙して攻撃させることに成功した事実が確認されている唯一のデコイでもあります。この事例は2020年9月30日に、当時まだアルメニアが支配していたナゴルノ・カラバフの小さな村である(アルメニアではNor Karmiravanと呼ばれている)Papravəndの近くにある「9K33」の拠点で発生しました。[2]

 本物の9K33とほとんど識別できないレベルだったため、(運用システムの展開を模すために)護岸に配置された2つのデコイは、イスラエル製徘徊兵器:IAI「ハロップ」による攻撃を受けて完全に破壊されました。

 ただし、アルメニアにとって不幸なことに、拠点の周辺に配置されていた本物の運用システムの方も同じ運命を辿ってしまいました。これらは「9T217」ミサイル輸送車と一緒に、TB2とハロップによって即座に全滅させられてしまったのです

 この戦争でアルメニアは3台(うち2台が破壊、1台が鹵獲)の「9T217」ミサイル輸送車に加えて、少なくとも18台(うち16台が破壊、2台が鹵獲)の「9K33」システムを失ってしまいました。[1]




 興味深いことに、製造されたことが知られている僅かな「トール-M2KM」のデコイの場合、手の込んだ迷彩パターンは本当にデコイとしての本性を示していました。なぜならば、アルメニアの本物の「トール」システムは2019年に同国に到着した後、いかなる迷彩塗装も施されなかったからです。さらに、デコイは単にコンテナベースの発射システムだけであり、それを搭載しているはずのトラックは作られていませんでした。

 とはいえ、アゼルバイジャンのドローン操縦員が、追跡して無力化しなければならないSAMシステムの大きさや形状をどの程度把握していたかは不明であり、あまりにも熱心な彼らが「トール-M2KM」のデコイを本物と容易に間違えた可能性はあります(注:実際にこのデコイが破壊されたのかは不明です)。

 44日間の戦争中に破壊されたことが確認されている「トール-M2KM」は1基のみですが、これはアルメニア軍によって配備された数自体が少なかった可能性があるためで、必ずしもデコイが本物を守ったというわけではありません。[1]

左:2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で運用されたアルメニア軍の「トール-M2KM」
右:アルメニア軍によって施された軍用車用の一般的な迷彩パターンが特徴の精巧な「トール-M2KM」のデコイ

 僅かな数のデコイはナゴルノ・カラバフの戦略的な場所の各地に配置されるのではなく、それぞれが稼働中の9K33や「トール-M2KM」システムを装って既存のSAM部隊の拠点に配置されました。

 結果的として、この配置は本物の9K33「オーサ」の寿命を数分延ばすのに役立ったかもしれません。しかし、アゼルバイジャン軍に貴重な時間とリソースを費やして、近くにある本物のSAMの迎撃圏内を飛行しながら「システム」を追跡して掃討することを余儀なくさせるために、アルメニアがデコイをナゴルノ・カラバフ全域に独立した「システム」として配置した方が良かったことはほぼ間違いありません。

 もちろん、デコイの存在はTB2が「9K33」の拠点(あるいはその他のアルメニアのSAMサイト)の上空を旋回できたことに何の支障も与えることはできませんでした。下にある本物のSAMでさえレーダーの電源をオンにした状態で7~8発のミサイルを搭載していたものの、TB2の存在に気づかなかったからです。

 これは、TB2が撃墜される危険に直面することなく、全ての目標が破壊されるまでSAMシステム(とデコイ)を攻撃し続けることができることを意味しており、無人機主導の戦争の時代における9K33の陳腐化を再び痛感させました。



 アルメニアのデコイは戦争の行方を左右するにはあまりにも少ない数しか配備されていなかったかもしれませんが、敵味方の双方がそれの有効性を研究し、発生する可能性がある将来の戦争に教訓を活用することは間違いないでしょう。

 現代の電子光学装置は(航空戦を含む)戦いの手法を変えたかもしれませんが、デコイも同時に変化し続けています。新たな紛争では、敵からの識別をさらに困難にするため、例えば赤外線(熱)シグネチャー発生装置などを装備したより多くの数のデコイが配備される可能性があります。

 アゼルバイジャンは今やデコイの存在に気づいたため、例えば、SAM陣地の衛星画像を研究したり、ドローンの操縦員にデコイと本物のシステムを識別する訓練をしたりするなどして、事前にそれらを識別する方法を模索するでしょう。

 とはいえ、TB2用の「MAM-L」誘導爆弾の価格は比較的安いため、大量のデコイを配備することで、(見込まれる)将来の紛争に本当に大きな影響を与えることができるのかという疑問が生じます。

 「バイラクタル・アクンジュ」TAI「アクスングル」といったUCAVはそれぞれ24発と12発の「MAM-L」を搭載することが可能であり、この数はいくらかのSAMサイトをレーダーやデコイと一緒に破壊するのに十分なものです。

 アルメニアや同等の脅威に直面している世界中の国々がTB2のようなドローンにうまく対抗できる手段を不足させている限り、デコイを大量に配備したとしても、敵側に弾薬を買い込ませるだけで少しも効果をもたらさないでしょう。

 アゼルバイジャンのような国にとっては、まさにそのような行為を阻害するものはほとんどなく、効果的なデコイのコストや両国が利用できるアセットの格差を考慮すると、破壊されたデコイは結果的にアゼルバイジャン側の純然たる戦果となるかもしれません。

 もちろん、彼らが破壊を免れたとしたら、戦いの結果に関係なく自身の任務は失敗に終わったということでしょう:それがデコイの一生涯を懸けた役割だからです。


[1] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[2] https://twitter.com/azyakancokkacan/status/1340051552774598657

※  当記事は2021年4月28日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したもの 
 です。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

2022年1月15日土曜日

パフォーマンス・チェック:ウクライナの「バイラクタルTB2」



著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 ウクライナのトルコ製「バイラクタルTB2」の導入とその後の実戦投入は、ウクライナ東部の分離主義勢力と(DNR:ドネツク人民共和国とLPR:ルガンスク人民共和国に広範囲にわたる軍事支援を提供してきた)ロシアにとって重大な懸念事項となっています。

 ウクライナ東部の分離主義勢力部隊は、ロシアから供与されたかなりの数の対空砲や「9K33 "オーサ-AKM (NATOコード:SA-8)"」「9K35 "ストレラ-10 (SA-13)"」 を含む地対空ミサイルをを運用していますが、これらの大部分は高度約5kmの頭上を飛行する「バイラクタルTB2」のようなUCAVを標的とするための有効射程距離と高度に到達する能力を持っていません。

 しかし、分離主義勢力部隊の防空戦力は短距離SAMシステムだけで構成されていると考えるのは誤りであり、彼らが支配するウクライナ東部には防空戦力のギャップを埋め合わせをするための「クラスハ-2」「レペレント-1」といったロシアの電子戦(EW)システムが多数配備されています。

 ただし、アルメニア軍で運用されていたロシアの最新鋭のEWシステムでさえ、ナゴルノ・カラバフ上空の「バイラクタルTB2」との戦闘で成功を収めなかったことを考えると、現時点でこれらがウクライナ全域におけるTB2の運用に深刻な危険をもたらすことを示唆する理由はほとんどありません。[2] 

 将来的にウクライナ東部の状況がエスカレートした場合、ロシアは「自国軍のSAM」をこの地域に配備する可能性があります。実際、2014年の時点でロシアはすでにウクライナ軍の「Su-24」と「Su-25」に頻繁に狙われていた分離主義勢力部隊へ「防空の傘」を提供するべく「パーンツィリ-S1」「トール-M1」「ブーク-M1」をウクライナ東部に配備したことがあります。[3]

 これらのSAMは先述の敵機をいくらか撃墜することに成功したものの、そのより高度な最新モデルは、シリア、リビア、ナゴルノ・カラバフにおいてTB2にほとんど無力であることが実証されました。

 したがって、ロシアが直面している課題は、現時点でウクライナ東部に配備されている防空・EWシステムではTB2の運用を阻止できないと思われることだけでなく、より最新のシステムでさえTB2などのUCAVに対抗することが同様に困難である可能性があるということです。

ロシアが供与した9K33/SA-8「オーサ-AKM」(2021年5月、ルガンスクでの軍事パレードにて)

ドネツクの9K35/SA-13「ストレラ-10」 (SA-13) :これも9K33と同様にロシアから供与された

 ロシアはこれ以上なく矛盾した2つの公的な立場をとり続けています。

 一方では、ウクライナへの「バイラクタルTB2」の納入がモスクワを憤激に至らせており、彼らに「このような武装(TB2)をウクライナ軍へ引き渡すことは、潜在的に最前線の状況を不安定にするかもしれない」と主張しています。[4]

 もう一方では、モスクワはTB2の成功を頻繁に軽視しようとしており、ウクライナ東部における分離主義者の支配地域に存在する防空システムでTB2に対抗できると主張しています。[5]

 ロシア国営放送のインタビューで、ロシア航空宇宙軍・対空ミサイル部隊の副司令官であるユーリ・ムラフキン大佐は「バイラクタル(TB2)は、平均的なスキルを持つオペレーターでさえも撃墜することが難しくないほどの速度と質量及び寸法上の特性を持っている」と「バイラクタルTB2」は防空システムにとって実際に撃墜するのが容易な標的であると述べ、彼はシリアとリビアに配備された「パーンツィリ-S1」が40機以上のTB2とTAI「アンカ」を撃墜したとも主張しました(リビアとシリアで喪失を裏付ける視覚的証拠があるTB2と「アンカ」は19機だけです)。[6]

 これに続けて、ムラフキン大佐は、TB2について「非常にお手軽な目標であり、パーンツィリにとって非常に魅力的なものだ」とも言い切りました。シリアとリビアで11基の「パーンツィリ-S1」が撃破されたことが目視で確認されたことの弁明で、ムラフキン大佐は単純にパーンツィリが作動状態になかったか、オペレーターなどの乗員が不在であったためだと説明しました。 [7]

 これは明らかに真実ではなく、このような発言は国内の視聴者を喜ばせることを目的としていると考えられます。[8]

 現実には、「パーンツィリ-S1」、「トール-M2」、そして「ブーク-M2」を含む自国製の防空システムの大部分と交戦できるTB2の能力を目の当たりにしたロシアは、TB2のようなUCAVに効果的に対抗するための新たな解決策を考え出す必要に迫られています(ただし、TB2による「ブーク-M2」の撃破は未だに視覚的に確認できていません)。[9]


バイラクタルTB2によって撃破されたロシア製地対空ミサイル(SAM) システム (37)

 ロシアでは、敵対国の兵器システムの出来栄えを軽視し、自国の軍事装備の成果を誇張するのが慣習となっています。

 2018年4月にアメリカ、フランス、イギリスがシリア軍によるドゥーマ市街への化学兵器攻撃の報復として一連の巡航ミサイル攻撃を行った際、ロシアはシリアの防空システムが飛来した103発の巡航ミサイルのうち71発の迎撃に成功したと主張しました。[10]

 それでも、明らかに戦果を誇示する機会があったにもかかわらず、撃墜したとされるミサイルの残骸は1発も公開されることはありませんでした。[10]

 アメリカは発射した全ミサイルが目標に命中したと断言した一方で、シリアの防空部隊が発射した40発のミサイルは全弾が無駄に終わったとの認識を示しました。興味深いことに、大半の地対空ミサイルは最後の巡航ミサイルが標的に着弾した後に発射されたとのことです。[11]

リビア国民合意政府の部隊が制圧したアル・ワティーヤ空軍基地で鹵獲されて移送中の「パーンツィリ-S1」。このシステムは後にトルコに引き渡され、徹底的に検査やテストされたことは確実と思われます。

 ほぼ間違いなくSAMよりも散々たるものだったのは、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争においてアルメニア側で使用されたロシア製電子戦(EW)システムの能力でした。アルメニアのニコル・パシニャン首相はロシアから導入したばかりの(「レペレント-1」と思しき)EWシステムについて、「それは単に機能しなかったのだ。」と厳しい批判の声を上げました 。

 このような事例に関して「使用されたシステムが旧バージョンだった」や「オペレーターの訓練が不十分だった」という(輸出された防空システムの損失を説明するロシア側の主張と同様の)反論があるかもしれませんが、実際のところ、アルメニアが使用したEWシステムは現在ロシアが売り込んでいる最新のシステムなのです。


バイラクタルTB2に対して使用されたが効果を発揮しなかった電子妨害・攪乱システム

ヴォロネジでロシア兵たちがEWによる「バイラクタルTB2」との戦闘を想定した訓練で説明を受けている

 現代戦の現実に順応できていないロシアとアナリストの双方は、最新の防空・EWシステムに直面した「バイラクタルTB2」の成果と潜在力を頻繁に軽視しようと試みています。

 しかし、そのようなUCAVによってもたらされる脅威は非常に現実的なものです:シリア、リビア、そしてナゴルノ・カラバフでの作戦は、最新の防空システムが「UCAVに対抗できるのか、またはその任務を大幅に妨害できるのか」という深刻な疑問を世に投げかけています。

 同じシナリオがウクライナ東部で展開される可能性は決してあり得ないことではありません。高性能の防空システムや戦闘機をこの地域に大規模に投入することだけが、現在発生している戦力バランスの著しい転換の逆転に大いに貢献することでしょう。

 忘れがちですが、ウクライナと分離主義勢力の武力衝突は現在も続いています。冷静な判断によって、この紛争が(最近噂されている)ロシアとの大規模な戦争に発展しないことを祈るばかりです。



[1] Latest from the OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine (SMM), based on information received as of 19:30, 10 August 2018 https://www.osce.org/special-monitoring-mission-to-ukraine/390236
[2] Aftermath: Lessons Of The Nagorno-Karabakh War Are Paraded Through The Streets Of Baku https://www.oryxspioenkop.com/2021/01/aftermath-lessons-of-nagorno-karabakh.html
[3] Russian 96K6 Pantsir-S1 air defence system in Ukraine https://armamentresearch.com/russian-96k6-pantsir-s1-air-defence-system-in-ukraine/
[4] Turkish strike drone deliveries to Ukraine may destabilize Donbass situation — Kremlin https://tass.com/world/1354633
[5] Drones Could Tip Balance In Ukraine War — For Russia https://www.forbes.com/sites/davidhambling/2021/12/02/how-drones-could-tip-balance-in-ukraine-russia-conflict/
[6] Russian Pantsir Systems Shot down 40 Turkish Drones over Syrian, Libya https://www.defenseworld.net/news/31022/Russian_Pantsir_Systems_Shot_down_40_Turkish_Drones_over_Syrian__Libya
[7] VIDEO: This is how the Russian anti-aircraft system Pántsir-S works against drones https://marketresearchtelecast.com/video-this-is-how-the-russian-anti-aircraft-system-pantsir-s-works-against-drones/230858/
[8] Here are just two examples of Pantsir-S1s being struck while their radar is active: https://twitter.com/RALee85/status/1263104642315104256 and https://twitter.com/clashreport/status/1234952336319143938
[9] https://twitter.com/clashreport/status/1234933018978111492
[10] Russia: Syria air defence intercepted 71 missiles https://www.aljazeera.com/news/2018/4/14/russia-syria-air-defence-intercepted-71-missiles
[11] Allies dispute Russian and Syrian claims of shot-down missiles https://www.theguardian.com/world/2018/apr/14/allies-dispute-russian-and-syrian-claims-of-shot-down-missiles
[12] Russian Electronic Warfare Systems Cannot Beat Bayraktar UAVs: Baykar https://www.defenseworld.net/news/29086/Russian_Electronic_Warfare_Systems_Cannot_Beat_Bayraktar_UAVs__Baykar

※  当記事は、2021年12月29日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。




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