2022年10月16日日曜日

(徐々に減りつつある)不名誉の誇示:ベルギーからウクライナに供与された武器類(一覧)


著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ


 多くのNATO加盟国が重火器の供与を求めるウクライナの呼びかけにきちんと応じた一方で、そうしない国々にとって、ゼレンスキー大統領の窮状は数十年にわたる防衛費の削減が何をもたらしたのかを容赦なく突きつけるものとなりました。

 2022年3月に自国のストックから送る重火器が存在しないという厳しい結果に追い込まれたベルギーほど、この言葉が当てはまる国はありません。この驚異的な「偉業」は長年にわたる慢性的な資金不足の結果によるもので、ベルギー陸軍は携帯型地対空ミサイルシステム(MANPADS)を運用するための費用さえも払えなくなり、もはや陸軍全体があらゆる形態の地上配備型防空システムが維持できなくなってしまっていたのです。

 その後、ベルギーは軍への追加支出を発表しましたが、この緊急対策によって実際に効果が現れるまでには何年もかかるでしょう。

 ベルギーが安全保障を他のNATO加盟国やNATO自体にフリーライドしている姿勢については、2014年に当時のエリオ・ディルポ首相が2024年までに自国のGDPの2%を防衛支出に充てる意向を宣言し、後の2022年にデ・クロー首相が同様の宣言をしたものの、その達成時期が11年遅れの2035年となった事実が最もよく示しているのではないでしょうか(注:先延ばしでフリーライドできる年月を稼ごうという方針かもしれないということ)。[1]

 近年にやや増加した後でもベルギーの防衛予算はNATO加盟国の中でも最低のレベルの支出国の1つにとどまっており、その規模は2020年と2021年に数年ぶりにかろうじてGDPの1%を上回った程度でしかありません。[2]

 残念ながらロシア・ウクライナ戦争の早期終結は現時点ではあり得ませんが、(仮に実現した場合は)ベルギー政府にとって防衛予算をGDPの2%以下に抑えるための絶好の機会となる可能性があると容易に想像できるでしょう。

 2000年代以降のベルギー政府は陸軍の重火器を徐々に整理することに努め、その結果として2008年に最後の「M109」自走榴弾砲が、2014年には残存していた「レオパルト1A5BE 」戦車が退役しました。

 ほかの大多数の国とは逆に、ベルギーは適切な買い手が見つかるまでの保管費用の負担を避けるため、退役した装備を防衛企業にほぼスクラップ同然の価格で早急に売却する方針を選びました。この対象には戦車や大砲などの重火器だけでなく「ミラン」対戦車ミサイル(ATGM)までもが含まれており、第三者に売却されてしまいました。

 こうした痛ましい結果、ロシアが2022年2月にウクライナへの侵攻を開始した時点におけるベルギーの兵器貯蔵庫はほとんど空になっていたのです。

 軍とは対照的に空っぽでなかったのは、ベルギーの防衛企業「OIP・ランド・システムズ」社と「フランダース・テクニカル・サプライ(FTS)」社のデポでした。そのため、2022年4月にベルギー政府は数年前に「FTS」社に売却した「M109A4BE」の一部を買い戻すことを試みました。[3]

「M109A4BE」は、2005年から2007年にかけて改良を受けた「M109A2/A3」 自走榴弾砲の近代化改修型です。2008年に近代化改修事業が成功裏に終了した直後にベルギーは全装軌式AFVの段階的な退役を決定したことに伴って64台の「M109A4BE」もすぐに退役させられたため、この近代化改修は実質的に膨大な税金の無駄遣いに終わってしまいました。[4]

 信じがたいことに「M109」は完全にリファビッシュと改修を受けたばかりだったにもかかわらず、ベルギー政府は後で残存しているこの自走砲を(予備部品を含めて)1台15,000ユーロ(約200万円)という破格の値段で「FTS」社に売却したのです。[5]

 2022年4月にベルギー政府が(2016年にインドネシアに売却されずに残った)28台の「M109」の一部を買い戻そうとした際、「FTS」社は自走砲1台につき、ベルギー政府が数年前に売却した価格の10倍以上の販売価格を提示したとのことです。[5]

 ベルギー政府が文字通り深刻な税金の無駄遣いのショックを克服しようと精一杯だった間に、イギリスが間に入ってベルギーに提示された価格と同じ値段で「M109」を買い取ってしまいました。[6]

 ウクライナ軍が「M109A4BE」のような砲兵戦力を緊急に要していたことを考慮すると、10倍という法外な対価を支払うのを嫌ったと言う理由で契約を結ばなかったベルギー政府の危機感の欠如は、実に情けないとしか言いようがありません。

 2022年5月にベルギー政府が「FTS」社と「M109」の価格について最終交渉を試みたところ、同社から自走砲はすでに別の相手に売却されたと告げられましたが、後にその相手がイギリスであることが判明したのです。[6]

 結局、ベルギー政府は「M109」の代わりに「OIPランドシズテムズ」社から「AIFV」「M113」装甲兵員輸送車など他に必要なAFVを調達し、リュディヴィーヌ・ドゥドンデ国防相は(取引は決裂したものの)「最も肝心なことは、今やウクライナがベルギーの"M109"を得たことです」と言い張りました。 [7]

 この一連の出来事全体については、実質的な支援よりも象徴的な言動や終わりなき予算の議論に関心を向けるベルギー政治の象徴と言い表せるかもしれません。

 今でも「OIPランドシステムズ」社と「FTS」社が売り込んでいるAFV:左奥から「ゲパルト」自走対空砲、「M109A4BE」自走榴弾砲、「レオパルト1A5BE」戦車、「SK-105」軽戦車、「AMX-13」軽戦車、「M113」装甲兵員輸送車、「AIFV-B」装甲兵員輸送車

 ベルギーが自国内の余っているストック品からウクライナに提供した物は数千丁の「FNハースタル」「FNC」アサルトライフルで、ベルギー陸軍で「SCAR」に更新された後に廃棄処分にされるはずだったものです。このライフルは5000丁が少数の「F2000」アサルトライフルと一緒にウクライナに送られました。また、ベルギーはウクライナの地に出現した少数の「SCAR-L」の調達元であるとも考えられています。

 アサルトライフル以外に引き渡された武器としては、200発の「M72 "LAW"」 使い捨て対戦車ロケット弾と100万ユーロ(約1.37億円)相当する量の「ミラン」ATGMが含まれています。[8]

 ベルギーはウクライナへの軍事援助の総額について(現時点における供与した武器の著しく下落した時価ではなく、小売価格を抜け目なく踏まえることで)約7700万ユーロ(約105億円)だと表明しているものの、実際の援助の規模はヨーロッパの中で最低レベルです。[9]

 戦車や重火器の不足は深刻ですが、ベルギー軍の地上部隊は430台のイヴェコ「LMV」歩兵機動車(IMV)と218台の「ディンゴ2」 MRAPを保有していますが、「LMV」は2023年以降にオシュコシュ製「JTLV」に置き換えられ、「ディンゴ2」も同様に今後数年で更新される予定となっています。

 そのような流れを考慮すると、これらの装甲車両を1台もウクライナへ供与しないという決定は非常に驚くべきこととしか言いようがありません。仮に供与したならば、少なくともベルギーがウクライナの窮状を救うために積極的な支援をしているという対外イメージを向上させることができたことは間違いないでしょう(注:2023年2月初旬にベルギー政府は80台の「LMV」を供与することを表明しました)。

 対照的に、オランダとフランスはウクライナへの軍事援助のために現役装備のストックから兵器類を引き上げることを選択し、フランスは保有する「カエサル」SPGのほぼ4分の1をウクライナに寄贈しているのです。[10]

  1. 以下に列挙した一覧は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際にベルギーがウクライナに供与した、あるいは提供を約束した軍事装備の追跡調査を試みたものです。
  2. 一覧の項目は武器の種類ごとに分類されています(各装備名の前には原産国を示す国旗が表示されています)。
  3. この一覧はさらなる軍事支援の表明や判明に伴って更新される予定です。
  4. 各兵器類の名称をクリックすると、当該兵器類などの画像を見ることができます。

装甲兵員輸送車
  • 40 M113(RWS搭載型) [2023年9月から供与] (オランダとルクセンブルクとの協力で供与)

歩兵機動車

対戦車ミサイル (ATGM)

  • 100万ユーロ相当 MBDA「ミラン」 [2022年5月 または 6月]
  • 少数 RK-2S「バリヤー」 [2022年11月] (ベルギーのCMIグループが調達)

重迫撃砲

無人航空機

無人潜水艇

(無誘導)対戦車兵器

小火器

弾薬
  • ''小火器用の弾薬'' [2022年]
  • 1,500,000 12.7mm機関銃弾 [同上]
  •  3,240万ユーロ(約48.6億円)相当の105mm砲弾 [予定]

その他の装備品類

[1] https://twitter.com/Stoonbrace/status/1538488541226868737
[2] Belgium's defence budget should increase to 2% by 2035, says De Croo https://www.brusselstimes.com/225723/nato-belgiums-defence-budget-should-increase-to-2-by-2035-says-de-croo
[3] Belgium to send new weapons to Ukraine, including anti-tank guided missiles https://www.vrt.be/vrtnws/en/2022/04/22/belgium-to-deliver-new-weapons-to-ukraine-including-anti-tank-g/
[4] Mondelinge vraag inzake de M109 Houwitser https://www.karolien-grosemans.be/mondelinge-vraag-inzake-de-m109-houwitser
[5] Belgium will not send howitzers to Ukraine due to unreasonable prices https://www.brusselstimes.com/231363/belgium-will-not-send-howitzers-to-ukraine-due-to-unreasonable-prices
[6] Britain redeemed Belgian M109 ACSs from a private company for Ukraine https://mil.in.ua/en/news/britain-redeemed-belgian-m109-acss-from-a-private-company-for-ukraine/
[7] La Défense n'a pu récupérer ses anciens obusiers, qui semblent bien partis vers l'Ukraine https://www.dhnet.be/actu/belgique/2022/06/01/la-defense-na-pu-recuperer-ses-anciens-obusiers-qui-semblent-bien-partis-vers-lukraine
[8] België levert antitankraketten aan Oekraïne https://www.tijd.be/dossiers/oorlog-in-oekraine/belgie-levert-antitankraketten-aan-oekraine/10382587.html
[9] Belgium made a decision to hand over artillery to Ukraine – the media https://mil.in.ua/en/news/belgium-made-a-decision-to-hand-over-artillery-to-ukraine-the-media/
[10] Arms For Ukraine: French Weapons Deliveries To Kyiv https://www.oryxspioenkop.com/2022/07/arms-for-ukraine-french-weapon.html
[11] ヘッダー画像の出典: The Firearm Blog

※  当記事は、2022年8月20日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
  あります。



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2022年10月15日土曜日

"ペイシャント・ゼロ" :トルクメニスタンが救急搬送用にカザン「アンサット」と「Mi-17-1V」ヘリコプターを導入した



著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 今のトルクメニスタンは、同国の歴史上で最大の航空機購入ラッシュの中にあります。

 これまでにトルクメニスタン空軍には「M-346」軽戦闘機と「A-29B」攻撃機、「C-27J NG」輸送機、そして「バイラクタルTB2」UCAVを、トルクメニスタン航空には「ボーイング777-200LR」旅客機4機とエアバス「A330-2002P2F」貨物機2機を導入しています。[1] [2]
 

 また、全国各地で救急医療サービスを提供するために、「 Mi-17-1V」とカザン「アンサット」も1機ずつ導入されました。[3]

 これらのヘリコプターは2021年4月と5月に納入されてトルクメニスタン航空で就航しましたが、運用自体は保健・医療工業省のために行われます。[4]

 航空救急の利用は、中央アジアでは比較的斬新な偉業です。カザフスタンだけが医療専用のヘリコプターを多数運用しており、キルギスやタジキスタンといった国々はすでに小規模な空軍の維持ことですら苦労しているため、そのようなヘリコプター部隊を運用すること自体がほぼ不可能なことは言うまでもないでしょう。

 ユーロコプター製「EC135」と「EC145」(現エアバス・ヘリコプターズの「H135」と「H145」)は、特に救急医療サービス用のヘリコプターとして特に人気があることが実証されています。トルクメニスタンはすでに多数の「EC145」を運用しているのに、それでもロシア製ヘリを調達することが決定されたのです。[5]

 「アンサット」と「 Mi-17-1V」ヘリコプターを供給する契約については、2020年3月にカザン・ヘリコプターとトルクメニスタン航空の間で締結されました。[3]

 両ヘリコプターは、人工呼吸器、心電図解析装置、気管挿管セット、除細動器を含む特殊な医療機器を装備しています。[6]

 「Mi-17-1V」には、航続距離を延長するための2個の機外燃料タンクや「SLG-300」ホイストシステム、そして最大4トンまでの貨物を吊り下げて輸送するためのスリング装置を追加装備されています。[4]

 2020年11月には、トルクメニスタンの(技術者や操縦要員を含む)航空専門家30人が、発注したヘリコプターを生産しているロシア・タタールスタン共和国のカザン・ヘリコプター製造工場で訓練を開始しました。[6]

「Mi-17-1V(左)」とカザン「アンサット(右)」。Mi-17の機外燃料タンクに注目。

 両ヘリコプターはアシガバート国際空港(IAP)を拠点にしている可能性が高いと思われます。トルクメニスタンの推定人口約600万人の約6分の1(つまり100万人)が首都:アシガバートに住んでおり、国内で最も現代的な病院もここにあることを考慮すれば、そこを拠点にするのは不思議なことではないでしょう。一部を除いて全ての現代的な病院には、「アンサット」と「Mi-17」を運用可能にするヘリポートを備えられています。 

 首都以外の大規模な人口集中地域としては、ダショグズ、テュルクメナバート、マリーがあります。これらの都市やほかの地域をよりうまくカバーするため、将来的にさらに多くのヘリコプターを導入することについては非現実的な話ではないように思えます。


グルバングルィ・ベルディムハメドフ大統領に医療目的用のカザン「アンサット」導入構想がプレゼンされている様子(2020年1月)

 世界中のどこでも見かける「Mi-17」と比べると、カザンの「アンサット」はまだ大きな商業的成功を収めていません。 

 1990年代以降に、ロシアは「Mi-38」、「Ka-62」、「アンサット」といった数種類の最新型多目的ヘリを開発・売り込んできたにもかかわらず、優れた「Mi-17」は依然として輸出に人気があります。この原設計が古いヘリコプターは現在も新モデルがリリースされていることから、この状況がすぐに変わらないことは確実のようです。[7]

 これまでに「アンサット」は、ロシアの複数の顧客、メキシコの「クラフト・アヴィア・センター」社、スルプスカ共和国内務省、そして現在ではトルクメニスタン航空でも就航しています。[8] [9]

[1] The new passenger airliner "Boeing 777-200LR" has arrived in Turkmenistan https://caa.gov.tm/en/item/232
[3] Acquisition of ANSAT and Mi-17-1V medical helicopters https://caa.gov.tm/en/item/213
[4] Special helicopter purchased in Russia arrives in Turkmenistan https://turkmenportal.com/en/blog/35764/special-helicopter-purchased-in-russia-arrives-in-turkmenistan 
[8] Mexico's Craft to put Ansat into action https://www.businessairnews.com/mag_story.html?ident=18931  
 
 たものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇
 所があります。
 

 
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2022年10月12日水曜日

失敗と見なされるも称賛に値すべき:ドイツの「交換」政策


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 ドイツはウクライナに大量の兵器を供与することに加え、「Ringtausch(循環的交換)」と呼ばれるプログラムで他国がウクライナに重火器を送るように仕向けようとも試みています。この政策は、各国が自国でストックしている戦車や歩兵戦闘車(IFV)をウクライナに供与する代わりに、ドイツ軍の同種兵器を無償で受け取ることができるという仕組みです。

 当初は見込みのある政策でしたが、ほとんどの国がソ連時代の兵器をベルリンが現時点で提供可能(あるいは提供したい)ものより多くの最新兵器で置き換えることを望んでいるため、「Ringtausch」はほとんど期待に応えることができませんでした。
 
 この「擬似的な交換システム」が正確に何を伴うものなのかが、「Ringtausch」政策が比較的成功していない最大の理由でした。

  ドイツはチェコとスロバキアとポーランドに対して、「T-72」戦車をウクライナへ送る代わりに「レオパルト2A4」戦車を供与することを申し入れました。しかし、確かに「交換」でウクライナへ送った主力戦車(MBT)よりは優れているものの、ポーランドは戦車大隊用の装備として期待していた44台のMBTの代わりに、わずか20台の「レオパルド2A4」(そして不思議なことに100台の「レオパルド1A5」)を供与されるだけで終わってしまいました。

 ドイツは2023年4月に最初の「レオパルド2A4」を月にたった1台のペースで供与を始め、同年10月からは月3台に増加することになっています。ポーランドとの交渉はこの記事を執筆している時点(2022年9月)ではまだ継続中ですが、すでに250台以上のMBTをウクライナへ供与しているワルシャワの不満が大きいことを疑う余地はありません。[1][3]
 
 チェコに14台の「レオパルド2A4」と1台の「ビュッフェル」装甲回収車(ARV)を供給する合意については、同国がウクライナに数量不明の「T-72M1」を供与してから約4ヶ月後の2022年8月29日に成立したばかりです。[4] [5]

 これらの「T-72」は予備のストックから供与されたものであったことを踏まえると、「Ringtausch」政策は(供与で)失われた戦力を前もってダイレクトに補うことを目的とした計画というよりも、むしろ供与を報奨するプログラムとして正確に表現されるべきものなのかもしれません。

 同様に、スロバキアは予備のストックである30台の「BVP-1」IFVをウクライナに供与することと引き換えに15台の「レオパルト2A4」と砲弾・訓練・兵站パッケージを受け取ることになっているため、同国にとってはこれが実に素晴らしい取引としか表現できないでしょう。
[6]

「レオパルト2A4」戦車(左)と「T-72M1」戦車(右)

 「Ringtausch」政策には相当な批判が浴びせられていますが、 ドイツは(現時点で)代替となる(西側製の)兵器を提供することで、ソ連時代の兵器をウクライナへ供与するよう積極的に他国に働きかけている唯一のヨーロッパの国であることに言及しておく必要があるでしょう。

 イギリスとフランスも戦車・IFV・自走砲の膨大なストックを保有していますが、今までのところ、ウクライナ軍での使用に適した重火器と引き換えに、これらを東欧諸国(あるいは世界各国)に供与することを控えています。

 ちなみに、ギリシャも「Ringtausch」計画に思い切って参加しています。ただし、ウクライナを助けるという名目で老朽化したIFV群を無償での交換を試みとようという思惑があると見られています。ギリシャは1992年にドイツから「BMP-1A1」を1台あたり5万ドイツマルク(2021年では約4万ユーロ:約575万円)で導入しました。

 東ドイツ軍で30年間使用された後にギリシャ軍でさらに30年間も酷使された「BMP-1A」について、ギリシャ政府は(ウクライナへ渡すものと)同数のドイツ製「マルダー」IFVとの代替を求めたのです。[7]

 しかし、今後の「Ringtausch」に基づいた取引は現時点で実現する可能性は極めて低いでしょう。

 スロベニアとの「マルダー」IFVと「フクス」装甲兵員輸送車(APC)の「Ringtausch」については、同国が2021年に発注した45台の「ボクサー」IFVの納入を早めるために見送られてしまったことからも明かです(その後の2022年9月にスロベニアは「ボクサー」導入をキャンセルしました)。[8][9]

 今になって思えば、「Ringtausch」という概念は、それ自体が内在する矛盾ゆえに最初から破滅的なものだったのかもしれません。

 ウクライナの窮状を支援するために装甲戦闘車両を手放す意思と能力のある国は、ひと握りの高価な代替品を約束されなくても通常はそう動いたでしょう。その一方で、実際に兵器を手放す前に代替となる戦力が必要な国々は法外に高価な代替品が必要とするため、もはやこの政策全体が割に合わなくなるのです。

 それでも、この政策に対するドイツの取り組みは全く何もしないよりは確かに好ましいものであり、ウクライナへの重火器を供与することへの拒否が焦点となっているものの、その問題に対する実行可能な解決策を見出そうと一所懸命考えて答えを出したことを示しています。

  1. 以下に列挙した一覧は「Ringtausch」政策で交換に成功した武器類を追跡調査することを試みたものです。
  2. この一覧は成立した取引のみを含みものであり、今後にさらなる取引が判明した際に更新される予定です。

チェコ
  • 14 レオパルト2A4 戦車(数量不明のT-72M1戦車と"交換")
  • 1 ビュッフェル 装甲回収車(同上)


ギリシャ
  • 40 マルダー 歩兵戦闘車(同数のBMP-1A1歩兵戦闘車と"交換")


スロバキア
  • 15 レオパルト2A4 戦車(30台のBMP-1歩兵戦闘車と"交換")



スロベニア
  • 45 MAN製「KAT1」高機動戦術トラック[通常型40台と給水または給油型5台] (28台のM-55S戦車と"交換")


[1] https://twitter.com/AlexLuck9/status/1550957034794655744
[2] Ringtausch Fuer Ukraine: Polen Will Mehr Deutsche Panzer https://www.faz.net/agenturmeldungen/dpa/ringtausch-fuer-ukraine-polen-will-mehr-deutsche-panzer-18194752.html
[3] A European Powerhouse: Polish Military Aid To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/08/a-european-powerhouse-polish-military.html
[4] https://twitter.com/BMVg_Bundeswehr/status/1564254848308355073
[5] Answering The Call: Heavy Weaponry Supplied To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/answering-call-heavy-weaponry-supplied.html
[6] https://twitter.com/BMVg_Bundeswehr/status/1562054032474226688
[7] BMP-1A1 Ost in Greek Service https://tanks-encyclopedia.com/bmp-1-greece/
[8] Slovenia and Germany Expedite Delivery of BVP M-80 to Ukraine https://en.defence-ua.com/news/slovenia_and_germany_expedite_delivery_of_bvp_m_80_to_ukraine-3558.html
[9] Slovenia will leave the Boxer programme https://www.shephardmedia.com/news/landwarfareintl/slovenia-leaves-the-boxer-programme/

※  当記事は、2022年9月6日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したもの
  です。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があ
    ります。


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2022年10月8日土曜日

輸出成功への第一歩:トルクメニスタンに採用されたセルビアの「ラザー3」歩兵戦闘車



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 トルクメニスタンは、世界各国から導入した多種多様な装甲戦闘車(AFV)から構成される戦力を保有しています。興味深いことに、これらの導入の多くは実際に正真正銘の軍事的に必要とされる装備を充実させるというよりも、特定の国との関係を強化する意図から行われているようです。

 この「武器の買収を通じた友好」政策は、ますます複雑化する兵站システムに負担をもたらしており、今やトルクメニスタンの歩兵機動車(IMV)だけのために10数カ国からスペアパーツを調達しなければならなくなったのです!

 最近のAFVのサプライヤーの1つはセルビアであり、2021年にトルクメニスタンへ詳細不明の数の8x8「ラザー3」歩兵戦闘車(IFV)を供給しました。

 トルクメニスタンが膨大な数のIMV群を保有しているのと同様に、「ラザー3」の導入もセルビアとの政治的な結びつきを強化するための試みである可能性があります。なぜならば、トルクメニスタンはすでに同種の装甲兵員輸送車(APC)やIFVを複数保有しているからです。この中には「BTR-80A」 IFVや大量の「BTR-70」と「BTR-80」 APCが含まれており、その多くは最近にウクライナとトルコによってアップグレードされました。[1] [2]

 トルクメニスタンの「ラザー3」には、12.7mm重機関銃を備えた遠隔操作式銃架(RWS)やセルビア国産の砲塔ではなく、通常は「BTR-80A」に搭載されているロシアの「MB2」外装式砲塔(30mm機関砲)が装備されています。この砲塔を装備したことによって、「ラザー3」は実質的にはAPCではなくIFVとなりました(注:本来、「ラザー3」はAPCに分類されています)。

 車体のエンブレムやデジタル迷彩パターンに用いられている色が示しているとおり、このIFVは予想に反してトルクメニスタン陸軍ではなく国家保安省で運用が開始されました。



 トルクメニスタンによる「ラザー3」の導入が最初に報じられたのは2021年初頭のことでした。[3]

 しかし、「ラザー3」を本当に調達したという証拠が最初に公開されたのは、2021年9月に行われたトルクメニスタン独立30周年記念パレードに2台が登場した際のことでした。つまり、調達情報がリリースされてから数ヶ月以上の時間がかかってようやく事実が確認されたということです。[4]

 トルクメニスタンが導入した正確な数は現在時点では不明のままです。「MB2」砲塔を装備している以外でトルクメニスタンの「ラザー3」で判明していることは、国家保安省に納入された最初のIFVということだけです(ちなみに、同IFVは8人の兵員とその装備を収容することが可能です)。

 また、国家保安省が新たに導入した別の車両には、イスラエルのプラサン「ストームライダ」IMVがあります。[3]

 さらに、2021年にはイヴェコ「LMV(Light Multirole Vehicle)」IMVもこの機関に導入されたことが確認されました。[5]

 そして同省ではユーロコプタ「EC145」とロビンソン「R44」ヘリコプターも多数運用しており、大規模な装備調達の流れが近いうち減速する兆候は見られません。

 トルクメニスタンの国境警備隊や内務省も同様に、膨大な量の重火器や航空機、さらには艦艇も運用しています。

1台のイヴェコ「LMV」と複数のプラサン「ストームライダー」の後に2台の「ラザー3」が続く(トルクメニスタン独立30周年記念パレードにて)

 「ラザー3」はセルビアの「ユーゴインポート SDPR」によって設計・開発されたAFVファミリーの最新型です。この車両は幅広いミッションに対応可能なAPCやIFV、そして装甲救急車両として設計されたものであり、「RALAS」長距離多目的ミサイルを8発搭載したバージョンさえ存在します。

 (トルクメニスタン以外で)「ラザー3」を導入しているのはセルビアだけであり、陸軍の歩兵大隊と国家憲兵隊用に数十台程度の車両が調達されました。これらには「MB2-03」30mm機関砲塔か12.7mm重機関銃装備型RWSが搭載されています。

 また、セルビアは独自に設計した「ケルベル」20mm機関砲装備型RWSとロシアの「32V01」30mm機関砲装備型 RWSも新たに調達した「ラザー3」へ搭載しました。[6]

 最近になって潜在的な顧客に売り込み始めた別の兵装システムは、「M53/59 "プラガ" 」30mm機関砲2門と「ノヴァ」対戦車ミサイル4発を搭載しています(下の画像)

 通常、「ラザー3」には車体側面の片側に5個の銃眼が設けられていますが、搭載する砲塔の種類によって4個しか銃眼が存在しないタイプもあります(後者はトルクメニスタンの車両に当てはまります)。



 現在、セルビアの武器産業は多数の高度な各種装備を売り込んでいます。それにもかかわらず、実際の輸出は今まで主に小火器と「B-52 "ノーラ" 」自走榴弾砲に限られていましたが、トルクメニスタンへの「ラザー3」の販売は注目すべき例外となります。

 これらが導入された理由がセルビアとの関係強化のためなのか、それとも国家保安省が実際に必要としていたからなのかは不明ですが、最終的にはたいした問題ではありません。「ラザー3」と新型の「ラザンスキー8x8」IFVの継続的な発展と開発を進めれば、今回の取引に支えられてすぐに全く新しい顧客を引き寄せる可能性があります(注:トルクメニスタンの導入に注目して他国が追随して導入する可能性があるということ)。

 そして、場合によっては – 再びトルクメニスタンがそれらを最初に導入するかもしれません。



[1] https://i.postimg.cc/hjSY43j5/u1.jpg
[2] https://i.postimg.cc/C1LvpBry/688.jpg
[3] Набавка нових "Лазара 3" за Војску Србије, вредност уговора 3,7 милијарди динара https://www.rts.rs/page/stories/ci/story/124/drustvo/4301968/lazar-vojska-nabavka.html
[4] Snaps From Ashgabat: Turkmenistan’s 2021 Military Parade https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/snaps-from-ashgabat-turkmenistans-2021.html
[5] Turkmenistan’s Parade Analysis: What’s New? https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/turkmenistans-parade-analysis-whats-new.html
[6] Partner 2021: Serbia integrates Russian unmanned weapon stations on Lazar III A1 ACVs https://www.janes.com/defence-news/land-forces/latest/partner-2021-serbia-integrates-russian-unmanned-weapon-stations-on-lazar-iii-a1-acvs

※  当記事は、2021年12月1日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所 
 があります。