2022年5月7日土曜日

期待以上の応え:オランダがウクライナに供与する砲兵戦力とAFV


著:ステイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


 ロシアが2月24日にウクライナへの侵攻を開始する以前に、同国への多大な軍事支援を約束した最初のヨーロッパ諸国の1つがオランダです。この支援は、タレス製「スクワイア」地上監視レーダー2基、「AN/TPQ-36」対砲レーダー5基、「シーフォックス」自走式機雷処分用弾薬2セット、(対物)狙撃銃100丁とその弾薬3万発、ヘルメット3000個とボディアーマー2000着で構成されていました。[1]

 さらに、侵攻が始まった後には、「スティンガー」携帯式地対空ミサイルシステム50基とミサイル200発、「パンツァーファウスト3」個人携帯式対戦車砲50基とそのロケット弾400発を含む追加支援がすぐに発表されました。[2]

 ほどなくして、オランダの国防相は「作戦上の機密を保護するため、ウクライナへの武器引き渡しに関する詳細な情報をこれ以上は明かさない」旨を公表しました。[3]

 それでも、オランダ国防省は3月31日までに5000万ユーロ(約63億9500万円)以上の武器をウクライナに引き渡したと報告したことを踏まえると、ウクライナへの軍事支援の流れが妨げられることなく続いていることは確実と思われます。[4]

 カイサ・オロングレン国防相は「オランダが軍事支援を継続するにつれて、その量はさらに増加する」旨を述べ、すでにより多くの武器供与が計画中であることを示唆しました。

 オランダの歓迎すべき変化として、同国防相は「ウクライナにロシア軍を阻止するために必要な武器類を提供することについて、金銭は重要な検討課題ではない」とも明言したことが注目されます。[4]

 4月19日、オランダのマルク・ルッテ首相は、ウクライナに対して装甲戦闘車両(AFV)を含む重火器の供与も開始することを公表しました。[5]

 この件は、ルッテ首相とこれまで何度も自国への重火器の供与をヨーロッパ諸国に働きかけてきたゼレンスキー大統領との電話会談の結果として実現したものです。

 アメリカやいくつかの中欧諸国はこの働きかけに十分に応えたものの、スペイン、イタリア、ドイツといった国々はウクライナの窮状をほぼ無視しています。結果としてドイツはこの問題を外交政策的に大失敗させてしまい、ショルツ政権に対する圧力が高まってしまっていることは言うまでもありません。

 オランダは過去20年間に重装備の大部分を整理しており、「レオパルド2A6」戦車、「M270」MLRS、「ゲパルト」自走対空砲などの兵器は予算削減の影響で全てが売却などの処分を受けましたが、オランダ軍は依然として過去20年間に退役した装甲戦闘車両やその他の重火器類のかなりの数を維持し続けています。

 現時点でこれらの大半は国内に多く存在する軍用倉庫に保管されており、海外からの買い手を待ち続けている状態にあります。こうした兵器には、最大で500台の「YPR-765」装甲兵員輸送車や各種AFV、13門の「FH-70」155mm榴弾砲が含まれています。特に後者は2001年から保管状態にありますが、残念ながら今でも買い手が見つかっていません。[6]

 同様に、将来的に「YPR-765」の売却で得られる収益が(2012年以降現役で使用されていないこれらのAPCの)保管費用を上回る可能性はほとんど無きに等しいと思われます。したがって、こうしたデメリットが保管兵器をウクライナへ無償譲渡される道を開くことになるでしょう。

 しかし、自体は驚くべき方向に展開しました。オランダがウクライナにAFVだけでなく、最新で高性能を誇る「パンツァーハウビッツェ2000NL(PzH2000NL)」155m自走榴弾砲(SPG)も多数供与することを実際に検討していると報じられたのです。[7]

 提案された協定の下では、オランダが(6〜8台と思われる)「PzH2000」を供与し、ドイツが自国かポーランドでこの自走砲を使用できるようにウクライナ兵を訓練すると共に必要な砲弾を提供することになっています。

 「PzH2000」は各国からこれまでにウクライナに供与された地上展開型火力支援アセットの中で最も高性能なものであり、その供与はウクライナへの支援に対する本気度を明確に示すものとなります。

 ウクライナの友好国がこれまで供与した兵器の多くは旧式化した兵器か余剰となったストックであるため、この自走砲の供与は、オランダを高度なレベルの支援を約束する意思がある極めて少数の国に昇格させることになるでしょう。

オランダ陸軍の「PzH2000」自走榴弾砲(砲身基部の砲口速度レーダーに注目)

 「PzH2000」はこの地球上で最も高性能な自走榴弾砲の1つであり、生存性・機動性・長射程・高い発射速度といった性能と目標に最大限の効果をもたらす多様な最新型の砲弾を兼ね備えています。

 この自走砲の高度な性能にはMRSI(同時弾着射撃)を用いた攻撃が可能なことが含まれており、これを行う場合、搭載されている自動装填装置は最大で5発の砲弾が同時に弾着するような軌道を描くように適切な装薬を自動で選択する仕組みとなっています。そのような任務をサポートするため、発射された各砲弾の速度を測定して正確な修正射撃を行うことも可能な砲口速度レーダーを砲身基部に備えていることも特徴です。

 精密な誘導打撃を可能にする(この自走砲が使用できる)誘導砲弾は存在するものの、ウクライナがそのような特殊な砲弾を受け取れるかどうかは不明です。しかし、供与予定であるオランダの対砲レーダーが「PzH2000」の有効性に多大な貢献をしてくれるかもしれません。

 「PzH2000」は頑丈なAFVですが、すでに何度もウクライナの砲兵陣地や隠れ家を狙っているロシア軍の(武装)ドローンから守るために、行動時には地対空ミサイルシステムの支援を得ることが理想的といえます(注:航空戦力が優勢な敵を相手にする場合はエアカバーが必須であることは言うまでもないでしょう)。
 
 オランダは陸軍で運用していた「M109」自走榴弾砲を更新するために2002年に合計で57台の「PzH2000」を調達しましたが、予算削減が公表された2003年になると、オランダ陸軍には「PzH2000」が39台しか配備されないことが取り決められました。 配備されないことになった残りの18台は、高額のキャンセル料を払う代わりに、製造されてからすぐに売りに出されてしまいました。[8] 

 その翌年、オランダ陸軍は予算削減のせいでさらに24門の「M270」MLRSシステムも退役させなければなりませんでした。

 2007年と2011年の2回にわたる予算削減によって、オランダ陸軍はそれぞれ12台と6台の「PzH2000」を退役させられてしまい、最終的には現役の自走榴弾砲はわずか18台まで減少し、さらに数台が訓練用の車両として用いられるにまで至ったのです。[8]

 しかし、2014に発生したロシアのクリミア占領とドンバス戦争によってもたらされたヨーロッパにおける安全保障の激変は、多くのヨーロッパ諸国に防衛政策の見直しを余儀なくさせました。この状況はオランダでも同様であり、政府はオランダ軍の能力を低下させた20年間にわたる予算削減政策を覆そうと試みています。

 その変化をもたらすために必要な資金がまだ確保されていないにもかかわらず、すでにオランダ国防省は売りに出していた「PzH2000」を中古市場から引き上げています(注:もはやこれらの自走砲を売りに出す余裕が無くなったということ)。[9] 

 ドンバス戦争で砲兵戦力が重要な役割を果たしたことから、今やオランダ陸軍が「PzH2000」を再び重要なアセットとみなすと同時に、多連装ロケット砲の復活も検討していることは大して驚くことではありません。

 幸いなことに、製造直後に売りに出された「PzH2000」の買い手が見つかることは一度もありませんでした。
 
 防衛政策見直しの第1段階として、2007年に段階的に退役させた12台の「PzH2000」を保管庫から出して大規模なオーバーホールを実施しました。このうち6台はオランダ陸軍に再就役して合計で24台のSPGが運用されることになり、残りの6台はすでに運用中であった「PzH2000」を置き換えました(注:置き換えられた側の「PzH2000」は保管状態に移行しました)。[10]

 2026年以降、57台ある「PzH2000」のうち25台が寿命中途近代化改修(MLU)を受けることになっていますが、軍への追加資金が投入可能になれば、この数が増える可能性はあり得ない話ではないと思われます。[11]

 この観点から考えると、少なくとも6台の「PzH2000」がオランダ軍のストックからウクライナに供与されることに対して、ドイツはさらに多くの同型自走榴弾砲を保管していることは、明らかに不可思議に思えます。

 ウクライナに供与されることで生じるオランダの「PzH2000」の不足分は、供与された数だけドイツによって補填される可能性があります。 ウクライナに対する重火器の供与に関するドイツの消極性をオランダが実質的に「PzH2000」を供与することでカバーしていると考えれば、その推測は理にかなっているように思えます。


 おそらくそれほど高度なものではないでしょうが、ウクライナに供与される予定のAFVが「PzH2000」より数多くあることは確実かもしれません。

 ウクライナに供給されるAFVの種類は明らかにされていませんが、 2012年に退役した後もいまだに約500台が保管されているはずの「YPR-765」シリーズであることはほぼ間違いないようです。[12] [13]

 その供与されるグレードについては、7.62mm軽機関銃または12.7mm重機関銃を1門装備したAPC(装甲兵員輸送車)型である可能性が高いと思われます。なぜならば、25mm機関砲を装備したIFV(歩兵戦闘車)型の「YPR-765」 は、すでにその大部分がエジプトとヨルダンに売却済みだからです。

 確かにIFV型より性能は劣りますが、APC型は比較的シンプルな構造であるため、訓練やメンテナンス、ロジスティクス面で心配する必要はほとんどありません。実際、トルコは同じような理由で、軍事作戦の際にシリアやリビア側の部隊に自国の「ACV-AAPC(「YPR-765」 APCの亜種)」を多数供与しています。

 イギリスが「FV103 "スパルタン"」、アメリカが200台の「M113」 APCをそれぞれウクライナへ供与するのと同様に、「YPR-765」APC型は本質的に「戦場のタクシー」です。つまり、装甲防御力よりも良好な機動性と小型化に重点を置き、戦場の往来で歩兵を安全に輸送するためのAFVというわけです。

 オランダの「YPR-765」は「FV103」や「M113」に比べて装甲防御力が僅かに強化されていることに加え、車体後部両側面に大きな収納バスケットが設けられていたり、機関銃手を保護する装甲キューポラも装備しています。

 イギリスから供与される「マスティフ」「ウルフハウンド」といったMRAPと「ハスキー」歩兵機動車に対する上述の装軌式APCの主な長所として、荒れ地やぬかるみを走破できる能力が挙げられます。この能力は、(ウクライナでは「ベズドリージャ」と呼ばれる)「ラスプティツァ」という泥沼状態が容赦なく発生することで悪名高いウクライナ東部の大地できっと役立つことでしょう(注:後日、「YPR-765」がウクライナへ供与されたことが確認されました)。

保管状態にあるオランダの「YPR-765」APC

 これまでのところ、供与で話題となっている砲兵戦力は「PzH2000」だけが関係しているように見えますが、「FH-70」155mm牽引式榴弾砲もストックされているその全量が譲渡されることは間違いないでしょう。

 もともと、この榴弾砲は旧式となった「M114」155mm榴弾砲の改修中にオランダの砲兵戦力を維持するため、1990年に15門を一気に導入されたたものです。これらは2001年まで運用された後に保管状態を経て売りに出されましたが、その当時ですでに比較的古い設計の牽引砲であったこともあって買い手が見つかることはありませんでした。

 「FH-70」は欧米諸国が用いる全ての155mm砲弾を発射可能であり、(砲弾の種類によるものの)24km~30kmの射程と(搭載されたエンジンによって時速20kmで自ら移動可能という)機動性は、現在のウクライナで運用されているほとんどの牽引砲よりも格段に優れています。

 訓練と砲弾は(どちらも「FH-70」を運用中である)エストニアかイタリアによって提供することが可能なため、各国でこの榴弾砲の供与に関する詳細な事項を調整することができるでしょう。

 これらの榴弾砲を供与することについて、 オランダ軍の戦力を損なうことない上に実質的にコストがかからないという事実は確かに喜ばしいことであることには違いないでしょう。

オランダが保管中である13門の「FH-70」155mm牽引式榴弾砲はウクライナへ譲渡可能と思われます

 多くのNATO諸国がウクライナからの重火器提供の呼びかけに応えてきましたが、オランダはその呼びかけをはるかに上回る貢献をしたと言えます。

 そうすることで最も高性能なシステムの一部を供与しただけではなく、隣国の優柔不断さもカバーして、少なくともNATOという同盟におけるドイツ政府の面子を立てることを可能にしたのです。

 したがって、上述のとおりにオランダが供与で生じた「PzH2000」の損失分をドイツから見返りに補填されたとしても、あまり驚くような事柄ではありません。

 ウクライナにとって、「PzH2000」は(特にオランダの対砲レーダーと組み合わせた場合)これまで供与を受けた中で最も高性能な地上配備型の火力支援アセットとなります

 アメリカとカナダの「M777」牽引式榴弾砲、ポーランドとチェコのソ連製自走榴弾砲と多連装ロケット砲、フランスの「カエサル」トラック搭載式砲兵システム、オランダの「PzH2000」、そしておそらく近いうちにベルギーの「M109A4BE」が供与されることで、ウクライナは地球上で最もユニークな砲兵戦力を急速に構築しつつあります。これが、ロシアの好戦性に対するウクライナの主権を支持するNATO加盟国の決意を示していることは誰の目から見ても明らかでしょう。
 
偽装を施された「YPR-765」(「M2」重機関銃にも注目)

[1] Ukraine conflict: Netherlands to supply weapon locating radars to Ukraine https://www.janes.com/defence-news/ukraine-conflict-netherlands-to-supply-weapon-locating-radars-to-ukraine/
[2] Dutch to supply anti-tank, air defence rockets to Ukraine https://www.reuters.com/world/europe/dutch-deliver-200-air-defence-rockets-ukraine-govt-letter-2022-02-26/
[3] Ollongren wil niets kwijt over verdere levering wapens Oekraïne https://www.leidschdagblad.nl/cnt/dmf20220303_37634896
[4] The Netherlands has already supplied over 50 million euros worth of weapons to Ukraine https://nltimes.nl/2022/03/31/netherlands-already-supplied-50-million-euros-worth-weapons-ukraine
[5] https://twitter.com/MinPres/status/1516393082148773892
[6] Defensie verkoopt overtollig materieel https://www.rd.nl/artikel/501829-defensie-verkoopt-overtollig-materieel
[7] Ukraine conflict: European countries supply Kyiv with more weapons https://www.janes.com/defence-news/weapons-headlines/latest/ukraine-conflict-european-countries-supply-kyiv-with-more-weapons
[8] Materieelprojecten Nr. 99 BRIEF VAN DE MINISTER VAN DEFENSIE. Aan de Voorzitter van de Tweede Kamer der Staten-Generaal Den Haag, 17 april 2012 https://zoek.officielebekendmakingen.nl/kst-27830-99.html
[9] Vuursteun Commando https://www.defensie.nl/organisatie/landmacht/eenheden/oocl/vuursteun-commando
[10] https://www.facebook.com/matlogco/posts/2240037096053772
[11] Pantserhouwitser 2000NL https://www.defensie.nl/onderwerpen/materieel/voertuigen/pantserhouwitser-2000nl-pzh2000
[12] Materieelprojectenoverzicht - Prinsjesdag 2013 https://zoek.officielebekendmakingen.nl/blg-251575.pdf
[13] YPR-pantserrupsvoertuig https://www.defensie.nl/onderwerpen/materieel/voertuigen/ypr-pantserrupsvoertuigen

※  当記事は、2022年4月25日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
  あります。


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2022年5月3日火曜日

無人機による航空阻止:リビアにおける「バイラクタルTB2」UCAV



著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)は、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争において、アゼルバイジャンがアルメニアに勝利するために極めて重要な役割を果たしたことでよく知られています。

  歴史上、1つの兵器システムだけで勝利した戦争はありませんでしたが、TB2なしでアゼルバイジャンがめざましい勝利を得ることができなかっただろうことに疑う余地はないでしょう。

 あまり知られていないのは、2019年から2020年にかけて国際的に承認されたリビア政府(GNA)を救い、UAEやエジプト、そしてロシアから多大なる支援を受けた「リビア国民軍(LNA)」のハリーファ・ハフタル将軍による敵対的な乗っ取りを阻止したTB2の功績です。[1]

 リビアにおけるTB2の取り組みが認知に欠けているのは、特にシリアやナゴルノ・カラバフでの空爆の映像が公開された数と比べた場合に、少しもTB2による空爆の模様が公開されていないことに原因があると思われます。

 もう1つの要因としては、メディアが6年以上続いたこの内戦にほとんど注目しなかったことも挙げられるでしょう。

 とはいえ、「バイラクタルTB2」は、UAEとロシアがリビアに配備したロシア製防空システム「パーンツィリS-1」のかなりの数を撃破したことで知名度を上げました。伝えられるところによれば、「パーンツィリS-1」は少なくとも15台がTB2によって撃破され、そのうち9台は72時間以内に喪失したとのことです。現時点で、報じられている15台の損失のうち9台は視覚的な証拠によって確認できています。[2] 

 LNAの作戦機もTB2の空爆を受ける側となり、リビア西部と中部の空軍基地に駐機していた貨物機と戦闘爆撃機がそれぞれ3機ずつ破壊されました。その結果として、前述の空軍基地から実施されるLNAの継続的な航空作戦は著しく危険なものとなり、主要なアル・ワティーヤ空軍基地での活動さえも停止に追い込まれてしまいました。[3] 

 事実上、アル・ワティーヤは2019年の夏から「バイラクタルTB2」によってロックダウンされていたのです。

 貨物機が地上で積載物を降ろすことが危険となったことは、最終的にLNAに物資のほとんどを陸路での輸送を余儀なくさせ、トリポリの部隊に物資を供給し続けることが極めて困難なものとなってしまいました。

 

 LNAにとってさらに悪いことに、「バイラクタルTB2」がリビア西部を通ってトリポリに向かう補給部隊の車列に放たれ、「パーンツィリS-1」に護衛されていても、彼らが頭上を飛ぶTB2の格好の餌食になったことが実証されました。

 実際、単に「パーンツィリS-1」が存在するだけで補給部隊が標的となる可能性が高まったように思われます。この防空システムは頭上の敵機(TB2)と交戦することは不可能同然であることに加え、GNAにその位置を特定するのに十分な通信・電波信号の情報をもたらしたからです。 

 ほかのケースでは、移動中に補給部隊の車列を護衛していた兵士がセルフィーしていたこともありましたが、これも作戦上の安全性に有益だったはずがなかったことは言うまでもないでしょう。[4]

 地上では、トルコはトリポリのGNA部隊を再編して同市の郊外を効果的に防衛できるようにし、最終的にはLNAに戦いを仕掛けることを可能にしました。

 UAEができなかったことですが、トルコは単に武器や装備を提供するだけでなく現地部隊の訓練も開始しました。この方法はかなりの効果をもたらし、今では対戦車ミサイル(ATGM)や対物ライフルで武装し、支援射撃や無人機の支援を受けたGNA軍は、今や通り道を敢然とLNAのキルゾーンに変えることができるようになりました。

 ハリーファ・ハフタル将軍たちが実際に敗北を喫したのは2020年6月でしたが、2019年5月にトルコの最初の支援が到着した時点で彼の運命が決したと言えます。

2020年7月、アル・ジュフラ空軍基地上空で「バイラクタルTB2」から投下された「MAM」誘導爆弾の直撃を受けた2機の「IL-76」貨物機の残骸。

 TB2によるドローン攻撃は、2019年から2020年半ばまで、LNA軍に大きな被害を加え続けました。

 同期間に、トルコ海軍の「G」級フリゲートもリビア領海内に展開していました。「G」級フリゲートが装備している「SM-1MR」艦対空ミサイルの射程距離の長さは、「ACV-30 "コルクート "」35mm自走対空砲(SPAAG)の配備と同様に、地上のGNA部隊にさらなる「防空の傘」を提供しました。

 「バイラクタルTB2」は対空砲が届かない高さを飛行するだけでこのような兵器からの攻撃を避けることができますが、「翼竜II」といった中国製UCAVはTB2よりもはるかに低い高度で運用されています(注:実用最大高度が低いためにトルコが配備した防空システムの有効射程から逃れられないということ)。

 「MIM-23 "ホーク "」SAM部隊と「GDF-003B」35mm 高射機関砲の配備と相まって、リビア西部における  UAEによる「翼竜Ⅰ」及び「翼竜Ⅱ」ドローンの運用が効果的に封じ込められました。

 2020年4月末頃にGNAがLNAをトリポリ直近から押し返すことに成功したことで、リビア西部からの混乱した撤退をもたらし、トリポリを占領して自称リビア大統領に就任するというハフタル将軍の長年の夢が絶たれたのです。

  それからまもなくして、 GNA軍は5月18日にアル・ワティーヤ基地を占領しました。[3]

 1か月も経たないうちの2020年6月5日、戦略的要衝に位置する(LNAの巨大な補給基地として機能していた)タルフーナの都市が占領され、リビア国民軍(LNA)が首都トリポリの攻略を目指して約14カ月も展開してきた攻勢が正式に終了したことを世に知らしめました。[5]

 1年足らずで「バイラクタルTB2」はLNA軍を追い出した一方で14機が撃墜されましたが、厳しい戦局を変えるにしては小さな代償で済んだと言えます。

 トルコにとって非常に効果的なドローンの使用は、全く新しい外交政策である「バイラクタル外交」を形づくるために、彼らの増大する外交発言力をさらに押し上げています。

 低い経済的・人道的なコストで政治的・軍事的な影響の最大化を追求した、規模が小さい介入を基本とする「バイラクタル外交」は、本質的に現代の紛争の特徴に比類なく適した新しいタイプの戦い方を構成しています。 

 それを担う無人機(TB2)は比較的安価なものですが、「バイラクタル外交」は実際には国家の運命を決めたと言えるほど効果的なものでした。なぜならば、「バイラクタルTB2」がなければ GNAはリビアで全滅していた可能性が十分にあり得たからです(注:仮にバイラクタル外交がリビアやナゴルノ・カラバフのように国家の運命を左右したとしても、この外交で使われるTB2は安価で発展性がある無人機であり、決して驚異的な武器ではありません)。



  1. リビアで「バイラクタルTB2」の手で破壊されたことが確認された目標の一覧は、以下のとおりです。
  2. このリストには、画像または動画による視覚的証拠で確認された、破壊された車両及び装備だけが掲載されています。
  3. 場合によっては、地上で撮影された映像だけで判定されている兵器類も掲載されています。 ただし、それらは武装ドローンの使用が現地の目撃者によって報告されているため、無根拠なものではありません。
  4. おそらく、その運用にできる限り注目されないようにするためか、TB2がリビアを空爆した映像は今までにほとんど公開されていません。
  5. したがって、TB2によって破壊された兵器などの数は、ここに記録されているよりもかなり多いと予想されます。
  6. この一覧は、より多くの映像等が入手可能になり次第、更新されます。
  7. 各装備名に続く数字をクリックすると、それぞれの破壊された車両や装備の画像が表示されます。
上の国籍マークが以下の一覧に示された破壊された兵器の運用主体です

                 
戦車(1)


装甲戦闘車両 (2)
  • 1 「アル・マレード」装甲兵員輸送車: (1)
  • 1 MSPV「パンテーラT6」 装甲兵員輸送車: (1)


多連装ロケット砲:MRL (6)


地対空ミサイルシステム (11)
  • 2 「2K12/SA-6 "クーブ "」: (1) (2)
  • 1 「パーンツィリ-S1」: (1)
  • 7 「パーンツィリ-S1」: (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
  • 1 「パーンツィリ-S1」: (1)


航空機 (6)


各種車両 (44)

[1] Tracking Arms Transfers By The UAE, Russia, Jordan And Egypt To The Libyan National Army Since 2014 https://www.oryxspioenkop.com/2020/06/types-of-arms-and-equipment-supplied-to.html
[2] https://twitter.com/Archer83Able/status/1263253266416230400
[3] Al-Watiya - From A Libyan Super Base To Turkish Air Base https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/al-watiya-airbase-capture.html
[4] https://twitter.com/Acemal71/status/1261714776612356096
[5] Disaster at Tarhuna: When Haftar Lost Another Stronghold In Crushing Defeat To The GNA https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/disaster-at-tarhuna-how-haftar-blew-yet.html

 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。



2022年4月30日土曜日

ジェットの響きよもう一度:タリバン空軍がジェット機の再運用に向けて動き始めた(短編記事)



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 カブール国際空港(IAP)からのアルジャジーラのリポート映像は、ここ最近の「新アフガニスタン空軍(タリバン空軍)」が高速ジェット機の導入に向けた作業に取り組んでいる様子を放送しました。[1]

 この映像には、2010年代初頭からカブールIAPで保管状態にあった「L-39」練習機がエンジンテストを受けている様子を映し出していました。[2]

 アメリカが旧アフガニスタン空軍による「Mi-24」攻撃ヘリコプターと「L-39C」練習機の運用については全く役に立たないとみなしていました。特に「L-39」は過去数年間で一度も飛行したとは考えられていなかったにもかかわらず、両機種の双方が運用可能な状態に維持されていました。

 アフガニスタンが合計で26機の「L-39C」をチェコスロバキアから入手したのは1970年代後半のことであり、これらはアフガニスタン北部にあるマザーリシャリーフ空軍基地の第393訓練飛行連隊で運用に就きましたが、後にたった3機の「L-39」が1990年代の内戦とアメリカによる侵攻から無傷で生き残ったと考えられています。 [3]

 ロシアでのオーバーホール後、「新生アフガニスタン空軍」はさらに数年間はこれらの機体を飛ばし続けました。しかし、L-39はジェット機のパイロットを訓練するために使用されるというよりも、閲兵式のような式典に参加するために飛ばされていたようです。

 「L-39C」は両主翼の下に1つずつハードポイントを装備しており、それらには「UB-16」57mmロケット弾ポッドか最大で250kgまでの無誘導爆弾を搭載することが可能です。

 「L-39」が今や「新アフガニスタン空軍」で運用されている他の大半の機体と同様に、旧「新生アフガニスタン空軍」の要員によって飛行と整備が行われている可能性が高いということは、極めて道理にかなったものと思われます(注:タリバン側にこれらの整備や飛行をできる人材が存在しないため)。

 興味深いことに、タリバンは旧空軍時代に施されたラウンデルをしばらくの間は使用し続けているようです(注:当然ながら、将来的に変更される可能性はあります)。




 タリバン空軍は、数機の「A-29B」も稼働状態への回復を試みる可能性があるでしょう。
 
 これらは「L-39」よりもはるかに優れた能力を空軍にもたらしますが、タリバンによる旧空軍機の今後の再使用を阻止するためにアメリカ軍によって講じられた無力化措置の結果として、ほとんどの機体はコックピットに大きな損傷が生じたものと考えられています。



 タリバン軍は、数機の「An-32」輸送機を稼働状態に戻すことにも試みてきました。これらの機体はアメリカが「新生アフガニスタン空軍」に「C-27」の運用へ移行させようと推し進めた結果として2011年6月に正式に退役しましたが、肝心の「C-27」は支援整備の不足がまともな運用を阻んだため、この機の運用については財政面や運用面での大失敗に終わってしまいました。

 「C-27」は最終的に廃棄された一方で、「An-32」の多くは半稼働状態で残されていました。アルジャジーラの映像では、少なくとも5機の「An-32」と「An-26」が作業を受けている様子が確認できます。

 今後は、これらの機体が「新アフガニスタン空軍」の中核を形成することになると思われます。





 今回の映像には、数機の「UH-60」ヘリコプターの飛行作戦が依然として続けらえていることに加えて、アメリカ軍による無力化措置によって修理待ちであったり修理不能なレベルの損傷を受けた18機の「UH-60」が並んでいる様子も映し出されていました。

 後者は、ほかの「UH-60」の稼働状態を維持するためのスペアパーツの供給源となる可能性が高く、今後何年にもわたってタリバン空軍に安定したスペアパーツを提供することになるでしょう。



[1] https://www.facebook.com/watch/?ref=saved&v=1061986771321991
[2] https://twitter.com/HeshmatAlavi/status/1432425159047225353
[3] Wings over the Hindu Kush Air Forces, Aircraft and Air Warfare of Afghanistan, 1989-2001 https://www.helion.co.uk/military-history-books/wings-over-the-hindu-kush-air-forces-aircraft-and-air-warfare-of-afghanistan-1989-2001.php

※  当記事は、2021年12月9日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所 
 があります。




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2022年4月27日水曜日

自由主義諸国の盟友:スロバキアがウクライナへ「MiG-29」の供与を検討する


著:ステイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 スロバキアはNATO加盟国の中で最も小さな軍事力を持つ国の1つですが、それでもロシアの侵攻を阻止するために必要な種類の兵器をウクライナに供与するという重要な役割を担っています。

 供与された兵器には、12,000発の120mm迫撃砲弾、携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)や対戦車ミサイル(ATGM)のみならず、国内で一式しか存在しない「S-300PMU」地対空ミサイル(SAM)システムも含まれています。[1] [2] 

 このSAMは本質的にこの国で唯一敵機に通用する地上配備型の抑止力を構成していましたが、ウクライナの劣悪な防空戦力を増強するため、スロバキアはその貴重な戦力を自ら手放すことを受け入れたのです。

 結果として生じた戦力の空白について、短期的にはスロバキアに配備されたアメリカ軍の「パトリオット」SAMシステムで補うことになりますが、長期的には失われた戦力を補うべく自国軍用のSAMを導入するか、そうでなければ完全に断念しなければならないでしょう。[3]

 現在、スロバキアは自国空軍の「MiG-29」戦闘機の全機をウクライナに供与することも検討しています。これはゼレンスキー大統領からの長きにわたる追加の戦闘機を求める声にようやく耳を傾けた動きと思われます。[4] [5] 

 ウクライナに追加の戦闘機を供与することで生じる実際のメリットについては(ゼレンスキー大統領が数多く求めている別の重火器群と同様に)議論の余地があるものの、ウクライナに「MiG-29」を引き渡すことが市民と軍の士気を高め、2月24日にロシアが侵攻を開始して以来、この国が最も声を上げてきた要望に応えることになるのは確実であることは言うまでもありません。

 スロバキア空軍は、同国中部に位置するスリアチ空軍基地で、単座の「MiG-29AS」戦闘機9機と復座の「MiG-29UBS」練習機2機を運用しています。領空警備における必要最小限の要件に応じるため、現時点では僅か5機の「MiG-29AS」と1機の「MiG-29UBS」だけが稼働状態にあると考えられており、空軍は2023年の単座12機、複座2機の「F-16V(ブロック70/72)」への更新を待ち望んでいる状態にあります。

 スロバキアが保有する全ての「MiG-29」は、2005年から2008年にかけて「RSK ミグ」社によってNATO規格に改修され、「MiG-29AS」と「MiG-29UBS」(注:SはスロバキアのSを意味します)と新た呼称されるようになりましたが、その戦闘能力自体は、1980年代後半にチェコスロバキアに初めて納入された時のレベルを維持しています。

  残念なことに、そのことは「MiG-29AS」が、2022年のロシアによる侵攻における戦闘にて(視覚的に確認されたもので)少なくとも4機の損失を出している、ウクライナ軍が保有している60機の「MiG-29 "製品9.13"」とその改良型である「MiG-29MU1」より性能が劣っていることを意味しています(注:スロバキア軍の「MiG-29AS」は「製品9.12」という初期型の規格です)。[6] [7]

 ウクライナはロシアの飛行機やヘリコプターから都市や地上部隊を防衛するために追加の戦闘機が必要だと断固として主張していますが、そうした任務については、移動式のSAMシステムの増強によってより適切に対処されることは間違いないでしょう。

 一般的な見方に反して、これまでにウクライナの戦闘機がロシア空軍の日常的な作戦を著しく阻害したことを示唆するような兆候はほとんど見られません。

 以前に、アメリカはウクライナに対する「MiG-29」の供与を引き受ける見込みがある国としてポーランドとブルガリアに目を向けていましたが、興味深いことに「MiG-29」はウクライナが提示したウィッシュリストには入っていませんでした。

 私たち筆者らが入手したウクライナ軍の要求を提示した文書では、望ましいとされる援助の中に、驚くべきことに真新しい「F-15EX」戦闘機、「F-15SE」戦闘爆撃機、「A-10 "サンダーボルトII"」対地攻撃機が含まれていたのです。

 「 F-15SE "サイレント・イーグル"」が単なる提案モデルで終わって実機が1機も製造されなかったことや、アメリカ空軍が「F-15EX "イーグルII" 」の最初の1機を受領したばかりであることを別にすれば、このような要求は、ウクライナ空軍の要員がこれらの機種を効果的に使用するための戦術を習得するどころか、機体の習熟自体に何ヶ月も要する事実すら完全に無視していることは明らかです。

スロバキアの「MiG-29」は魅力的なピクセル・パターンの制空迷彩が施されていることで知られています

 結局、ポーランドとブルガリアの「MiG-29」をウクライナに供与するという試みが実現することはありませんでした。おそらく、ATGMやMANPADSといった、よりシンプルな(そして政治的に安全な)携行型の兵器と比較した場合、 その供与が(政治的な)リスクが高すぎて厄介なものになると判断されたからでしょう。

 同様に、ポーランドはウクライナへの「MiG-29」の供与について、ウクライナが実際に必要とする防衛上のニーズを超えるものとみなしている可能性もあります。ロシアとの緊張が常に高くなっている中で、ポーランド空軍はMiG-29を譲渡することによって失われる防空戦力を担う代替機をすぐに見つけなければならないという事実もあったことから、この供与が実現しなかったのは決して驚くようなことではありません(注:ポーランドは保有する「MiG-29」全機をアメリカを介してウクライナへ供与する意向を表明しましたが、アメリカが難色を示したため、最終的に頓挫してしまったことは日本でもよく知られています)。

 同じ結果がスロバキアに影響を及ぼす可能性があります。同国は(少なくとも2023年まで)保有する全戦闘機を失った後でも自国の領空を防衛できるという保証が得られる場合に限って、ウクライナへの「MiG-29」の譲渡が可能だと以前から表明していましたからです。

 このような保証は、ポーランドやチェコ空軍がスロバキアの緊急発進待機任務(QRA)を引き継ぐか、NATO軍機を一時的にスロバキアに駐留させて領空警備の任務を遂行させることで実現できるかもしれません。

 仮に「MIG-29」の供与が実現すれば、これらの機体はウクライナ西部にある空軍基地に駐留することになるでしょう。空軍基地周辺での分散配置と頻繁に移動させることは機体の生存率を大幅に向上させる可能性に寄与し、それによってロシアはウクライナ空軍の壊滅に向けて現在も取り組んでいる作戦の強化を余儀なくされるのです。

 ロシアは戦争が2ヶ月を経過しても依然として敵空軍の壊滅ができていないことを踏まえると、航空基地への攻撃を強化したところで、それが近いうちに成功する兆しはほとんどありません。

 敵機の撃墜や地上兵器の撃破という観点からすると、「MiG-29」の増加がもたらす具体的な貢献は大したことはないかもしれませんが、ロシア側が損失を防ぐために作戦を修正する必要が出てくるという事実だけでも、現地の戦況にかなりの影響を与えることができます。

 ロジスティックスと既存の知見の観点からすると、可能性があるスロバキアからの「MiG-29」の供与は、これまでのところ、ウクライナに航空戦力を引き渡す計画としては最も現実的なものと思われます。すでにパイロットは同機種の訓練も済んでおり、兵装や関連するインフラも共通であるため、ウクライナ空軍へのスムーズな移行が見込まれるという理由があるためです。

 これは少なからず真実と言えるでしょう。なぜならば、供与に関係する戦闘機はごく僅かの数にすぎないと予想されており、ウクライナ空軍への統合は容易なものの、戦局における潜在的な影響は限定的なものに限られるからです。

 その意味で、これらの戦闘機がもたらす象徴性や心強さは、実際の戦闘力をはるかに凌駕するかもしれません。

ウクライナへ向かう「S-300PMU」SAMシステム(2022年4月8日)

 スロバキアは、有意義な物的支援をするために、必ずしも相当規模の軍隊を有する大国である必要がないことをすでに実証しています。

 現段階でドイツやフランスといった主要なNATO諸国がウクライナに装甲戦闘車両や大砲などの重火器を提供するのを見合わせているため、スロバキアやポーランド、そしてチェコなどの中欧諸国がその不足を補ってウクライナの戦闘の維持に貢献しているのです(注:フランスは「カエサル」155mm自走榴弾砲の供与を表明しました)。

 スロバキアの「MiG-29AS」が近いうちにこの戦いに加わるかどうかはまだ不明ですが、仮に供与が実現しなかったとしても、スロバキアがヨーロッパの自由を大いに助けたという事実は変わらないでしょう(注:4月21日にアメリカ国防総省のジョン・カービー報道官はウクライナが同盟国から戦闘機の部品を供与された旨を公表しました。供与した国や数は伏せられていますが、それにスロバキアが含まれている可能性があることは言うまでもありません)。


[1] Slovakia to send artillery ammunition, fuel worth 11 mln euros to Ukraine https://www.reuters.com/world/europe/slovakia-send-military-material-worth-26-mln-euros-ukraine-media-2022-02-26/
[2] Slovakia sends its air defence system to Ukraine https://www.reuters.com/world/europe/slovakia-gives-s-300-air-defence-system-ukraine-prime-minister-2022-04-08/
[3] U.S. to place Patriot missile defense system in Slovakia to help with Ukraine swap https://www.npr.org/2022/04/08/1091711705/us-missile-defense-system-slovakia-ukraine
[4] Slovakia ready to donate MiG-29 fighter jets to Ukraine https://kafkadesk.org/2022/04/15/slovakia-ready-to-donate-mig-29-fighter-jets-to-ukraine/
[5] Slovakia in talks over possible transfer of MiG jets to Ukraine https://www.politico.eu/article/slovakia-mig-jets-to-ukraine-prime-minister-eduard-heger-bratislava/
[6] Guardians of the Ukraine: The Ukrainian Air Force Since 1992 https://books.google.com/books/about/Guardians_of_the_Ukraine.html
[7] List Of Aircraft Losses During The 2022 Russian Invasion Of Ukraine Slovakia in talks over possible transfer of MiG jets to Ukraine

※  当記事は、2022年4月19日に本家Oryxブログ(英語版)に投稿された記事を翻訳した
  ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所      があります。

2022年4月24日日曜日

大惨事の果てに: ホストメリ(アントノフ)空港制圧作戦におけるロシア軍の失敗


著:ステイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo


 (この記事の執筆時点で)ロシアのウクライナ侵攻から6週間が経過した今、ロシア軍とその作戦計画に影響を及ぼす一連の問題が露呈したと言うことができます。

 ロシアは制裁緩和と引き換えにウクライナの将来的な地位について西側諸国と交渉する際に有利な立場に立つため、まずは開戦から数日以内にキーウを占領することを目指しました。しかし、その期限を1ヶ月も過ぎたところで、 彼らは獲得した領土は僅かで、軍隊はボロボロとなり、イメージも深刻なまでに悪化したことに突如として気づいたようです。経済についても、これまで課された中で最も重い制裁のもとで行き詰まりを見せていることについて知ったことも言うまでもありません。[1]
 
 少なくとも500台の戦車を含む3000以上の軍用車両や重装備を失ったロシアは、すでにほぼ掌握していたウクライナ南東部を除くドンバス地域のドネツク州とルガンスク州だけを、自称「人民共和国軍」部隊の支援を得て征服するという野望を修正せざるを余儀なくされたのです。[2]

 キーウへの攻勢について、ロシアは単にウクライナ軍を首都近郊の攻防戦で疲弊させ、その戦闘能力を低下させながら別の地域に部隊を進撃させるための陽動作戦にすぎず、キーウにおける作戦地域からの撤退は停戦協議を進めるための信頼醸成措置の一環だったと主張しています。しかし、これらは深刻な軍事的な敗北に対する単なる面子上の言い訳であることは、疑い深い人でなくとも指摘できることは一目瞭然でしょう。[3]

 キーウの北西10kmに位置するホストメリ空港(アントノフ国際空港)は、ロシアがキーウを外部と封鎖するプランの中で重要な役割を担っていたようです。

 この空港はアントノフ設計局の貨物輸送部門であるアントノフ航空の本拠地であり、特にロシア軍による襲撃を受けた際には世界最大の航空機である「An-225」が敷地内のハンガーに収容されていたことでその名が広く知れ渡りました。残念なことに、この荘厳な機体は避難が間に合わず、戦闘中に破壊されてしまいました。

 ロシアの計画では、その後のキーウの包囲と征服をするための後続部隊の拠点として活用するため、ホストメリ空港を迅速に占領することを必須としていたようです。その重要な役割にしたがって、ホストメリ空港は2月24日にロシア空挺軍部隊(VDV)によるヘリボーン作戦で大々的に制圧されてしまいました。

 2022年1月の時点で、ウクライナはウィリアム・ジョセフ・バーンズCIA長官からホストメリ空港が(ロシアの侵攻時における)主要な目標であることが伝えられていたものの、それでもロシアのヘリボーン作戦の速度はウクライナ軍に不意打ちを食らわせたようです。[4]
 
 襲撃の際、ベラルーシから投入された「Mi-35」「Ka-52」攻撃ヘリコプターが空港の防御力を弱体化させ、VDVの兵士たちを乗せた「Mi-8」輸送ヘリコプターが安全に着陸できるようにしました。

 この制圧作戦の過程で、1機の「Ka-52」が携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)の命中を受け、空港を囲む境界線の外側に緊急着陸して放棄されました。[5]

 結局のところ、ウクライナの防衛網はほとんどが無傷のままであり、VDVはいかなる有効な航空支援も受けることができなかったため、彼らはすぐにウクライナ軍による反撃に直面することになってしまいました。

もう二度と目にすることができない夢:破壊された「An-225 "ムリヤ"」

 VDV部隊がウクライナ軍と空港の支配権をめぐって争っていた中、ベラルーシから進撃してきたロシア軍の地上部隊はイヴァンキフ付近でウクライナの防衛線を突破することに成功してホストメリに向かって突進したものの、途中で何回かウクライナ軍による待ち伏せ攻撃に遭いました。それでも、ロシア軍は2月25日にホストメリ空港を完全に制圧することができました。 

 その後のロシア陸軍とVDVは、ホストメリ空港を前方基地にしてキーウ攻勢の開始に着手しました。ところが、この時点からロシアによるウクライナへの攻勢が停滞し始め、悪名高い64kmにもなる輸送車列が形成されたり、燃料不足で進撃の中断を余儀なくされた部隊が続出するまでに至りました。
 
 新たに到着したVDVとロシア陸軍の部隊は、ほかの場所での挫折に屈することなく、ホストメリ空港から近隣の町へ抜け出して(大虐殺で世界を震撼させた)ブチャとイルピンへの前進を試みたようです。

 しかし、両者の連携が不十分なまま進撃を開始したためにホストメリとブチャで待ち伏せ攻撃に遭遇し、結果として人員や装備に著しい損害がもたらされてしまいました。

 ロシア軍はウクライナを電光石火の勢いで簡単に制圧できるように準備していたようですが、気が付いてみると、今や自身が予想外の状況に置かれていました。 一見したところ、彼らは敵がどこに存在して、いかに戦うべきか見当もつかない状況にあったのです。

 ホストメリとブチャでの待ち伏せ攻撃は、彼らにかなりの犠牲者を出したばかりか、キーウへ向けてさらに前進する際に自身に何が起こるかを徹底的に認識させるものでした。

 その後の展開は、結果として極めて致命的なものになってしまいました。キーウ周辺の VDV とロシア陸軍は新たな事態に応じてそれに対処する方法を模索するどころか、 大部分が追加の補給物資と64kmにも及ぶ輸送車列が前進して(決して実現することがなかった)キーウ包囲を完成するのを待つだけの停滞した部隊と化してしまったからです。

 統率力の乏しさや欠如、物資の不足、連日の砲撃、相当の犠牲と低い士気に直面したVDVとロシア陸軍は、ウクライナ軍による砲撃や無人機の攻撃から身を守るため、道端に塹壕を掘って身を潜めること余儀なくされました。

 彼らは(たいていは砲撃目標を捜索・観測する)民生ドローンや、夜戦で大きな犠牲をもたらす敵の特殊部隊(SOF)にますます苦しめられ始めましたが、 ロシアは自軍の兵士への(暗視装置を主とする)夜間装備にほとんど投資していなかったため、こうした攻撃に対する備えが十分にできていませんでした。

 この時点で、ロシア軍が市民に銃を向けたり、略奪を始めるための布石が出来上がっていたのです。

ブチャでウクライナ軍に待ち伏せされた攻撃を受けたロシア軍が遺棄した車列の残骸

 状況はVDVと大規模なロシア陸軍の部隊が駐留していたホストメリでも全く同じであり、彼らは絶え間ない砲撃のもとで、決して与えられることのなかったキーウ侵攻の命令を待っていたようです。


 その映像からは、この場所に駐留していたロシア軍が進撃命令も退却命令も出ずに身動きがとれなかったため、実質的にウクライナ軍の「格好の餌食」となっていたことが容易に推測できます。そのような状況を終わらせる命令は3月29日になってようやく出され、ホストメリにいたロシア軍はキーウ州からの撤退を開始したのでした。[3] 

 ウクライナ軍の砲弾が空港を襲う中で、持ち出すことができない損傷した兵器類は爆破処分されました。ホストメリ空港の場合、爆破処分された兵器の中にはVDVが保有する最新鋭の装甲戦闘車両である「BMD-4M」16台と「1L262E "Rtut-BM"」電子戦システム1基が含まれていました。

 それらの位置から、彼らが撤退の準備段階で撃破されたか、ロシア軍自身によって爆破処分されたかのどちらかであることがわかります。

 ウクライナ軍がホストメリ空港を奪回した後、そこで彼らは未開封のレーションパスポートキャッシュカード、さらには奪還できなかったウクライナの装甲車など、ロシア軍が慌てて撤退した証拠をあちこちで目にしました。[7] 


ホストメリ空港での大惨事の跡
  1. ホストメリ空港で撃破されたり、鹵獲されたロシア軍の兵器類の詳細な一覧を以下で見ることができます。
  2. この一覧には、ホストメリ空港の敷地内とその直近で撃破や放棄された車両や重装備のみを掲載しています。
  3. 実際にホストメリ空港周辺で撃破や鹵獲された兵器類の総数は、ここに記録されている数よりも多いことは間違いないでしょう。
  4. この一覧の「撃破」はロシア軍自身の手による爆破処分されたものも含めています。
  5. 各兵器類の名称に続く数字をクリックすると、破壊や鹵獲された当該兵器類の画像を見ることができます。

装甲戦闘車両 (7, このうち撃破: 5, 奪回: 2)


歩兵戦闘車 (23, このうち撃破: 20, 損傷: 1, 奪回: 2)


装甲兵員輸送車(3, このうち撃破: 3)


牽引砲 (2, このうち鹵獲: 2)


対空砲 (1, このうち鹵獲: 1)


電子妨害・攪乱システム (1, このうち撃破: 1)


ヘリコプター (3, このうち墜落: 2, 損傷: 1)


トラックやジープ,各種車両 (67, このうち撃破: 64, 鹵獲: 2, 奪回: 1)
 
 
 ずたぼろで血まみれのホストメリ空港は、今やロシアの侵略軍に対抗するウクライナの闘争のモニュメントとして建っています。

 ゴリアテに対抗するダビデのように、ウクライナはロシアによるキーウ攻撃を阻止することに成功したものの、その過程で、悲しいことにウクライナが誇る「優しい巨人」が失われてしまいました。それでも、「敵や抑圧者から解放される」というウクライナの国や人々の夢のように、「An-225 "ムリーヤ "」は未完成の2号機が生き続けています。[8] 

 おそらくこの機体の組み立ては、この自由なウクライナの再建と同じように、いつか遠くないうちに達成されることでしょう。

トルコが完成に関心を寄せている(未完成)の「An-225」2号機 [8]

[1] Putin thought Russia's military could capture Kyiv in 2 days, but it still hasn't in 20 https://www.businessinsider.com/vladimir-putin-russian-forces-could-take-kyiv-ukraine-two-days
[2] Attack On Europe: Documenting Equipment Losses During The 2022 Russian Invasion Of Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/attack-on-europe-documenting-equipment.html
[3] Russia in retreat: Putin appears to admit defeat in the Battle for Kyiv https://www.atlanticcouncil.org/blogs/ukrainealert/russia-in-retreat-putin-appears-to-admit-defeat-in-the-battle-for-kyiv/
[4] Vladimir Putin’s 20-Year March to War in Ukraine—and How the West Mishandled It https://www.wsj.com/articles/vladimir-putins-20-year-march-to-war-in-ukraineand-how-the-west-mishandled-it-11648826461
[5] https://twitter.com/RALee85/status/1504790211011571714
[6] https://twitter.com/RALee85/status/1499643176998641664
[7] https://twitter.com/Militarylandnet/status/1510936820736999424
[8] Sky Giant: Turkey Mulls To Complete The Second Antonov An-225 Mriya https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/sky-giant-turkey-mulls-to-complete.html

  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
  あります。


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