ラベル 対戦車ミサイル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 対戦車ミサイル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2022年6月18日土曜日

拒否権の勝利:イスラエルがウクライナへの(武器)援助を阻止


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

   「象が鼠の尻尾を踏んでいるときに中立だと言っても、鼠はあなたを決して中立と思 
  わないでしょう(デズモンド・ムピロ・ツツ、南アフリカ)」

 ウクライナ全土に及ぶロシアの激しい攻勢の阻止を手助けするため、西側諸国はウクライナ軍に膨大な軍事装備や弾薬を供与するべく奔走しています。

 供与される兵器システムの多くは比較的使いやすい上に西側諸国のストック品から容易に入手可能ですが、一方でより複雑な兵器もあり、ウクライナの軍人がそれを使いこなすために数週間の訓練が必要なケースもあります。これにはオランダとドイツから供与された「PzH 2000」自走榴弾砲(SPG)だけでなく、イギリスとドイツ、そしてアメリカから供与された「M270」や「HIMARS」多連装ロケット砲システム(MRL)といったものも含まれまれていることは周知のとおりです。[1] [2]

 多くの国がウクライナの窮状を支援するための呼びかけ以上のことをした一方で、 ロシアとの関係を壊さないために軍事支援という手段をほとんどせずに人道支援にとどめることを好む国もあります。

 そのような国のリストにドイツが含まれていると思われがちですが、オーラフ・ショルツ首相はすでに送られた大量の対戦車兵器などに加えて最新型の地対空ミサイル(SAM)と長距離MRLを供与することを発表しました。したがって、ドイツは今や他国による支援の大部分を凌駕する側となったのです。[2] 

 これらのシステムの供与については期待外れなほどに時間をかけて行われることが判明したものの、ドイツはオランダが5台以上の高度なドイツ製「PzH 2000」を供与するといった他国の支援も認めるだけではなく、自身も7台を供与しています。[1] 

 ドイツとは際立って対照的に、イスラエルとスイスはウクライナへの軍事装備の供与を差し控えるのみならず、他国が軍事援助として自国製兵器をウクライナへ送ることも積極的に阻止しています。イスラエルやスイスのような武器生産国は、彼らから武器を調達する国に対してエンドユーザーに関する厳しい制限を課すことが常であり、購入した武器や装備を第三者へ売却や寄贈する前に許可を得ることを義務付けているのです。

 ただし、この政策は前述の国々独特のものではありません。最近の例として、ドイツによる榴弾砲をめぐる失敗が挙げられます。

 エストニアが2000年代後半にフィンランドから入手した「D-30」榴弾砲9門をウクライナに供与しようとした際には、ドイツ政府の許可を得るなければなりませんでした。そもそもこの「D-30」自体が旧東ドイツからドイツが受け継ぎ、フィンランドに供給していたものだったためです。

 ウクライナに危険が迫っているにもかかわらず、ドイツはロシアを刺激してはいけないという無駄なことに尽力していたため、2月下旬まで供与の許可を出すことを拒否する自体が続きました。[3]

ドイツ軍の「スパイク-LR」ATGM。ドイツ政府は少なくとも2022年3月初頭からこうした高度なATGMをウクライナへ供与する許可を求めていますが、今のところ実現していません。

 その一方でイスラエルは、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争の前後や戦争中におけるアゼルバイジャンのような紛争当事国に「スパイク」対戦車ミサイル(ATGM)から徘徊兵器、さらには弾道ミサイルまで何でも供給することについて、ほとんど躊躇していなかったように見えます。

 実際、アゼルバイジャンの勝利はトルコ製の「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)の活躍だけに起因があるとされることが多いですが、この戦争では(徘徊兵器を含む)イスラエル製の武器もTB2とほぼ同等の重要な役割を果たしました。

 現時点でアゼルバイジャンが運用している21種類のUAVのうち19種類以上がイスラエル製(90%)であり、トルコ製はたった2種類(14%)にすぎません。[4] [5] [6]
 
 2014年にウクライナが同様にイスラエル製UAVを導入しようと試みた際、イスラエル政府はロシアの圧力を受け、結果的に同国の「エアロノーティクス」社はウクライナとの取引の中止を余儀なくされてしまいました。[7]

 その僅か数年前の2009年には、イスラエルの「IAI」社がロシアに多数の「サーチャーII」無人偵察機を供給し、「フォルポスト」という名称でそれらの組み立てと最終的な製造ライセンスをロシア側に与えました。そして、ロシア空軍は後日にこれらの大部分を武装ドローンに改造し、ウクライナ侵攻作戦で投入したことが知られています。[8] 

 ウクライナからしてみれば、イスラエルの無人機を調達できない一方でイスラエルが設計した無人機が投下した爆弾を受ける側となっているわけですから、ひどく腹立たしい状態にあることには間違いないでしょう。

今やウクライナ軍への攻撃に使用されるイスラエル起源の「フォルポスト-R」UCAV

 2014年にウクライナへの無人偵察機の販売を拒絶をしたことは、同年からイスラエルがウクライナに事実上の武器禁輸を課したことの始まりを示しました。

 その年以来、イスラエルは自国製兵器の納入に関する全てのウクライナからの要請を断ってきました。これにはウクライナのゼレンスキー大統領がロシアのウクライナ侵攻の前後で繰り返し求めていた、「スパイク」ATGMと「アイアンドーム」防空システムが含まれています。[7] [9]

 ロシアがウクライナに侵攻した後の今でさえ、ポーランド・イタリア・ドイツ・アメリカがウクライナ軍にイスラエル製の「スパイク」ATGMを供与することに関する許可を求めた場合も、イスラエル政府から否定的な反応が返ってくることが十分に予想されます。

 伝えられているところによれば、イスラエルが供与の承諾をしたがらない理由は、そのような動きがロシアとの関係に悪影響を及ぼすことに対する懸念にあるとのことです。具体的には、イスラエルは自国製兵器によってロシア兵が殺害されることがシリアにおける同国の安全保障上の利益をロシアが害することに至る可能性を懸念しているのです。[10]

 また、イスラエルは仲介役として行動できるようにするべく今次戦争では中立を保つことを望んでいるようです。[11]

 ただし、ロシアはイスラエルによる挑発を避けるための慎重な取り組みを手本にすることにはほとんど関心がないようであり、外相のセルゲイ・ラブロフが「ヒトラーはユダヤ系である」旨を主張してイスラエルで激しい反発を引き起こしてたことは記憶に新しいでしょう。[12] 

 自国の戦略について、イスラエルの政策立案者は間違いなく入念に計画されたものを考え出したとみなしていますが、武器供与禁止策もある程度はロシアに対する恐怖に基づいた政策でもあると理解するにはそれほど困難なことではありません。

 皮肉なことに、複数回の和平交渉を主催し、仲介役として主導的な役割を担ってきたのはトルコです。イスラエルと同様にトルコもロシアとの強固な関係の維持に向けて多大な努力を払っている一方で、同国はすでにロシアの支援を受けている組織や支援の拡大が予想される組織からの内外の脅威に直面しています。

 それにもかかわらず、トルコはウクライナへの関与に熱心であり、ロシアからの侵略の脅威が国全体に強く迫ってきたマイダン革命後の年月を通じてウクライナとの友好を強固なものにしてきたのです。

 トルコによるウクライナへの軍事援助はどの国よりも最も価値のあるものと言えます。トルコが納入したUCAVはロシア国内の目標に対する攻撃に使われ、ロシア海軍の艦艇を沈め、黒海艦隊の旗艦である「モスクワ」の撃沈を支援したことまであるのです 。[13] [14]

ウクライナ上空で撃墜されたロシアの「フォルポスト」無人偵察機から見つかったイスラエル製部品(3月11日)

 イスラエルによるウクライナへの軍事援助の拒絶や他国による自国製兵器を用いた軍事援助も許可しないことは、イスラエルが自国への侵略に直面した際に西側諸国の多くが味方に付き、補給を維持するために大規模な航空輸送を実施し、イスラエル兵のために献血運動を行ったという歴史的な援助とは明らかに著しく相反したものであると言えます。 

 もちろん、イスラエルが西側諸国の人々からこれほど強い支持と共感を期待できる時代はとっくに過ぎ去っています。そして、世界はイスラエルの怠惰とウクライナへの支援に対する意図的な妨害行為を忘れることはあり得ないでしょう。
 
 ラトビアのアルティス・パブリクス副首相兼国防大臣は、ウクライナにおける情勢があるにもかかわらずイスラエルが自国製兵器のエンドユーザーに関する制限を厳守していることについて、将来的に同国の兵器システムの調達に悪影響が及ぶであろうことをすでに認めています。

 このようなラトビアの反応は、ウクライナの窮状には同情していても、生存をかけた重大な闘いにおいてウクライナを少しも助けることにはならないことは言うまでもないでしょう。[15]



2022年2月以前にイスラエルによって阻止されたウクライナへの武器供与または販売


2022年2月以降にイスラエルによって阻止されたウクライナへの武器供与

[1] Beyond The Call - Dutch Arms Deliveries To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/beyond-call-dutch-arms-deliveries-to.html
[2] Answering The Call: Heavy Weaponry Supplied To Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/answering-call-heavy-weaponry-supplied.html
[3] Germany to send Ukraine weapons in historic shift on military aid https://www.politico.eu/article/ukraine-war-russia-germany-still-blocking-arms-supplies/
[4] Convenient Ignorance: The U.S. Senate’s Approach To Israeli Arms Sales To Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/convenient-ignorance-us-senates.html
[5] American Duplicity: Who In Washington Is Targeting Turkey’s Drone Programme? And Why? https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/american-duplicity-who-in-washington-is.html
[6] Azerbaijan’s Emerging Arsenal Of Deterrent https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/azerbaijans-emerging-arsenal-of.html
[7] Israel treads a narrow tightrope, says no to Spike for Ukraine https://www.shephardmedia.com/news/landwarfareintl/israel-treads-a-narrow-tightrope-says-no-to-spike/
[8] Nascent Capabilities: Russian Armed Drones Over Ukraine https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/nascent-capabilities-russian-armed.html
[9] The Problems with a Ukrainian ‘Iron Dome’ https://www.nationalreview.com/the-morning-jolt/the-problems-with-a-ukrainian-iron-dome/
[10] Israel refused US request to transfer anti-tank missiles to Ukraine — report https://www.timesofisrael.com/israel-refused-us-request-to-transfer-anti-tank-missiles-to-ukraine-report/
[11] Why Israel Refused to Help Ukraine Defend Itself From Russian Missiles https://theintercept.com/2022/03/23/ukraine-russia-peace-negotiations-israel/
[12] Israel outrage at Sergei Lavrov's claim that Hitler was part Jewish https://www.bbc.com/news/world-middle-east-61296682
[13] Defending Ukraine - Listing Russian Military Equipment Destroyed By Bayraktar TB2s https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/defending-ukraine-listing-russian-army.html
[14] Neptune’s Wrath: The Flagship Moskva’s Demise https://www.oryxspioenkop.com/2022/04/neptunes-wrath-flagship-moskvas-demise.html
[15] https://twitter.com/Pabriks/status/1532034118061522945

 ※  この記事は、2022年6月10日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。



おすすめの記事

2021年9月17日金曜日

バルト諸国への拡大に向けて:ラトビアが「バイラクタルTB2」に興味を示す



著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 最近、バイカル・テクノロジー社(以下、バイカル社と表記)はアルティス・パブリクス副首相兼国防相率いるラトビアの代表団が「バイラクルTB2(以下、TB2とも表記)」「アクンジュ」無人戦闘航空機(UCAV)の研究開発及び生産施設を公式訪問した後で注目を浴びました。

 将来的にロシアがバルト三国へ(軍事的な)干渉をする可能性に対して、ラトビアと残りのバルト諸国のエストニアとリトアニアは抑止力と実行可能な戦時能力の構築を続けています。

 シリアやリビア、ナゴルノ・カラバフ上空でTB2が収めた大成功によって、これらの国の低コストなUCAV戦力への関心が刺激させられたことは、おそらく少しも驚くべきものではないかもしれません。

 特にナゴルノ・カラバフでのTB2が収めた成功は、NATO加盟国からすると決して見過ごすことができないものでした。数週間のうちに、僅かな数のアゼルバイジャン軍のTB2がアルメニア軍の後方を遮断し、TB2はたった2機(1機は撃墜、もう1機は墜落)の損失があった一方で、合計で(93台のT-72戦車を含む)127台の装甲戦闘車両、147門の大砲、59門の多連装ロケット砲、22基の地対空ミサイル(SAM)システム、6基のレーダーシステム、184台の各種車両を破壊したことが確認されました(注:徘徊兵器「ハロップ」の戦果はこの数字には含まれていません)。[1]

 これらの結果は、さまざまなSAMとUAVに対抗するために特別に設計されたEW(電子戦)アセットに直面した際のTB2の生存性だけでなく、小規模なTB2飛行隊がハイテンポな作戦への投入の維持を可能にする素晴らしい稼働率を持っていることも証明しています。

 これらの成功をロシアやベラルーシといった国に対して再現できるかどうか疑問視するアナリストもいますが、TB2はすでにシリア、リビア、ナゴルノ・カラバフでの戦いで(特に味方のEWや電子支援手段と併用した際には)ほとんど損失を受けずに「S-300PS」「ブーク-M2」「トールM2」「パーンツィリ-S1」などのシステムとの戦いに成功していることから、そのような国々がかき集めたであろう統合防空システム(IADS)の多くを相手にできる能力があることを実証していると主張できます。

 「アフトバザ-M」「レペレント-1」「ボリソグレブスク-2」「グローザ-S」のようなロシアの最新型EWシステムはどれもが何らかの方法でUAVの運用を妨害することを目的としていますが、先述のSAMと同然のものにすぎませんでした。

 この事実は「バイラクタルTB2」のような無人機による作戦に対抗したり、著しく妨害する現代的なIADSの能力に深刻な疑問を投げかけています。

       

 アルメニアのIADSの性能は、当然ながら2020年の戦争後には、その実際の能力と現代性について調査の対象となっています。

 それにもかかわらず、「ブーク」や「トール」といった最新のSAMの入手だけでなく、さまざまなルートから入手した電子光学装備や多数のロシア製新型EWシステムへの長年にわたる投資は、ナゴルノ・カラバフを世界で最も防空密度の高い地域のひとつに変えました。

 まだいくつかの見地が欠けていますが、このIADSはあらゆる射程圏ごとに新旧のさまざまなシステムを組み込んでおり、最新の携帯式地対空ミサイル(MANPADS)、自走対空砲(SPAAG)、牽引式対空砲、レーダーやEWシステムに支えられています。

 アルメニアの「防空の傘」の全ての層が無人機の手によって完敗したという事実は、この概念の微調整や自慢の新システムで単に部隊を増強する必要性よりも、このような現代的な脅威に対するIADSの構造的な欠陥を示している可能性があります。

 無人機による偉業は当然ながらアルメニアを大いに落胆させ、アルメニアのニコル・パシニャン首相は、ロシアから入手したばかりの(「レペレント-1」と思われる)EWシステムの能力について厳しい批判の声を上げました – 「それは単に機能しませんでした」。[2]

 アルメニアは無人機のような空中の脅威に対処するために防空戦力の近代化に多額の資金を投入してきましたが、その効果のなさにはアルメニアの(SAMなどの)乗員だけでなく、それらを設計したロシアの企業も驚いたに違いありません。

 その上で、バイカル・ディフェンス社のハルク・バイラクタルCEOは、ロシアのEWシステムがTB2の運用を妨害する能力を持っていないことが証明されたと述べました:「ロシアの電子戦システムはたとえ1時間でもバイラクタルTB2の作戦を妨害することはできないでしょう。そして、トルコの無人機は常に空中にとどまることができるでしょう。」 [2]

2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で破壊されたアルメニア軍のEWシステム「レペレント-1」の焼け焦げた残骸。このシステムは前線のはるか後方からUAVの動きを妨害するように設計されていましたが、アゼルバイジャンの無人機によって少なくとも(アルメニアが保有する全量に相当する可能性がある)2基が撃破されてしまいました。

 ラトビアの小さくも大いに熟練して十分に装備された軍隊は、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でアゼルバイジャンが得た成功の多くを再現するのによく適しているように見えます。

 アゼルバイジャンと同様に、ラトビアも自走砲と長射程型の「スパイク」対戦車ミサイル(ATGM)の調達に多額の投資をしてきました。

 2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で決定的なゲームチェンジャーであることを証明したのは、まさしく「バイラクタルTB2」と大砲やATGM、MRLや精密誘導弾との相乗効果でした。

 中でも注目すべきは、TB2がSu-25と地上発射型の誘導兵器などを追加目標に誘導することによって、自らが搭載する4発のMAM-L誘導爆弾を使い切った後もアルメニアの地上目標との交戦を継続したことです。



 完全に破壊される直前に「スパイク」ATGMのカメラで撮影されたこのアルメニア軍のT-72A戦車(上の画像)。このT-72はTB2に発見された大規模なAFV群の一部であり、その後にこれらは「スパイク」ATGMの助けによって一掃されました。



 アルメニアの「S-300PS」部隊はいくつかの陣地を運用していることに加えて、2020年10月中旬にカラバフとの国境近くの野原にひっそりと部隊を展開しました。しかし、その直後にTB2が地上発射型の精密誘導兵器をその位置に向けて誘導したため、この部隊は壊滅させられてしまいました(上の画像)。

 もちろん、これらの結果はアルメニアが戦場での制空権を得るために少しも戦いを試みようとしなかった状況で得られたものです。

 自前の戦闘機を保有していないため、バルト3国は自国の領空を守るためにNATOの領空警備任務に依存しています。平時にはそれで全く十分なものですが、戦時にはバルチック地域の防衛や(言うまでもなく)航空優勢を確保するためにも、より多くの航空機をバルチックに向ける必要があります。

 だからといって、バルト諸国が自分自身でその役割を何も果たすことができないというわけではありません。

 すでにバルト諸国で運用されている(スウェーデンの「RBS-70」やフランスの「ミストラル」、アメリカのFIM-92「スティンガー」、そしてポーランドの「グロム」を含む)大量のMANPADSに加えて、リトアニアは今やAIM-120空対空ミサイルを使用するノルウェーの「NASAMS-3」中長距離地対空ミサイル・システムも運用しています。エストニアは自国軍のために同システムを取得する用意ができており、ラトビアも同様の地上発射型の防空システムを必要としています。[3]

 今のところ環境が整っているバルチック航空監視ネットワークの一環として最新のレーダーシステムの広大なネットワークと組み合わせた場合、「NASAMS-3」のような最新のSAMはバルト海での航空優勢を達成しようとするロシアの試みを大いに困難なものにするでしょう。

 安価で、数が豊富で比較的探知されにくい「バイラクタルTB2」のような無人機は、ロシアやベラルーシを相手にした戦争の初期段階における攻撃能力を大幅に向上させることができる(同時にNATOの従来型航空戦力を別の任務に振り分けることも可能にする)一方で、それほど装備面での複雑さが少ない紛争(注:例えばSAMが登場しないなど)で生じる可能性がある容認できない損失を避けることもできます。

 もちろん、制空権を敵から徐々に獲得していくにつれて、TB2のような無人機は戦場の監視や敵の隊列を(彼らがどこへ移動しようが何ら支障なく)打撃するのにいっそう効果的な存在となります。



 いったん戦闘に使用されるならば、「バイラクタルTB2」はラトビア軍で使用されている「ペンギン C」 UAVや米国製のRQ-20A「ピューマ」といった従来のシステムと比較すると、(武器を搭載できるという明らかな利点を別として)数多くの著しい能力向上を誇ります。これは主に、非常に優れたEO/IRセンサー、大いに向上した航続距離、耐久性や実用上昇限度(最高高度)、そしてEWシステムに対する大幅な耐性に現れています。

 TB2のあまり知られていないコンポーネントに、バイカル社が独自に開発した「BSI-101」信号情報システム(注:リンク先カタログの30ページ)があります。この小型で高性能の無線受信機は無線周波数スペクトルの空中監視に使用でき、目視での識別をするよりもかなり早く敵のレーダーシステム(及びそれに付随するSAM)の位置を特定・識別することが可能です。同時に、このシステムは通信情報収集に使用できるため、位置特定と識別の任務を同時に遂行しながらオペレーターに敵の通信を傍受させることも可能となります。

 敵の拠点や兵員の集結が信号情報や(車両などの目標に対しては75km以上あると考えられている)長距離の探知距離を誇るEO/IRセンサーによって検知された後、これらの目標はラトビアが保有する重迫撃砲、23門の野砲、53台の自走砲(SPG)部隊によって攻撃される可能性があります。

 後者は実績のあるM109A5で構成されており、この自走砲はさまざまな種類の155mm砲弾を約23km(ロケットアシスト弾の場合は30km)の有効射程距離内に発射することができます。この距離は、(長射程の精密誘導ロケット弾と弾道ミサイルを除く)アゼルバイジャンが保有する大砲や小口径のMRL戦力の有効射程にほぼ匹敵するものです。

 ラトビアは1960年代のSPGを2000年代半ばに大規模にアップグレードしていたオーストリアと600万ユーロの契約をして、2017年に最初の35台のM109A5Öを10台の指揮車両と共に入手しました。[4]

 2021年には、さらに18台の「Pašgājējhaubice(自走榴弾砲) M109」を購入するという2回目の契約(200万ユーロ)が公表されたことから、ラトビアが保有するSPGの総数は53台となります。[5]

 M109A5Öは現在バルト諸国で使用されているSPGの中では最も現代的ではないタイプのSPGですが、これらの調達価格の安さと数の多さは、火力に関してラトビアに実力以上の力を発揮させることを可能にします。

 この点に関して、53台のM109は現在リトアニアとエストニアに配備されている16台のPzH-2000と18台のK9よりも非常に優れた火力支援能力を提供します。

 射程距離8kmの「GrW 86」120mm重迫撃砲や射程距離21kmの 「vz.53」100mm野砲といったラトビアの運用における追加装備は、目標に加えることができる総投射弾量のさらなる向上に大いに貢献するでしょう。

 TB2をこれらの砲兵システムと効率的に統合することで、目標への効果を最大限に高めることができます : つまり、TB2はラトビア軍が現時点で使用できる無数の兵器システムのためのちょっとした戦力倍増装置のような性質を持っているということです。



 アゼルバイジャンと同様にラトビアもイスラエルの「スパイク」ATGMを数多く運用しているユーザーであることから、両国の類似点は前述したことで終わることはありません。

 2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でアゼルバイジャンのMi-17ヘリコプターから発射された超長距離の「スパイク-NLOS」を除外すれば、ラトビアはこの戦争でアゼルバイジャンによって投入されたものと全く同じ「スパイク」の派生型を配備しています。これには「スパイク-SR」、「スパイク-LR」、「スパイク-LR2」、「スパイク-ER2」が含まれており、これらのATGMは2018年に契約された1億800万ユーロ(約270億2,300万円)の取引によって調達されました。[6]

 これらの長射程型ATGMは、攻撃すべき標的の発見をほかのアセットに依存しています。射程距離が1,500mの「スパイク-SR」ではそれほど必要性がありませんが、「スパイク-ER2」の10kmという射程距離を最大限に活用するためには、補助的な照準システムが実質的に必要不可欠となるのです。

 現在、ラトビアは「スパイク」ATGMを1個の機械化歩兵旅団と戦闘支援大隊に配備しています。この部隊の機動性は英国のCVR(T)を中心に構築されており、これらの極めて重要な部隊の鍵となっています。軽装甲ながらも大いに軽快なこれらのAFVは、ヒット&ラン戦法に最適な存在です。近い将来、ラトビアは一部のCVR(T)に「スパイク」ATGMを装備させることも計画しています。[7]

 AFVとそれに搭乗している歩兵の両方が発見した敵車両を「スパイク」を使って攻撃することができるため、結果的にこの組み合わせは敵機甲部隊にもたらされる脅威になるだろうことは決して大げさに表現したものではありません。




 そのダイレクトな戦闘能力と戦力倍増装置としての長所の両方によって、TB2はラトビアに比較的低いコストで抑止力の拡大をもたらすことを可能にするかもしれません。

 リビア、シリア、ナゴルノ・カルバフにおける一連の現代的なロシアの防空・EWシステムに直面したTB2の繰り返される勝利を考慮すると、この抑止力はラトビアにとっても強力な戦時能力をもたらすことになるでしょう。

 TB2の用途については、平時にはラトビアの領海をパトロールして漁業の監視や海洋環境のモニタリングを行ったり、この国を頻繁に悩ませている山火事を検知するなど、日常的な任務にまで広げることができます。後者の役割では、TB2はすでにトルコで活用されています。

 十分な数のTB2を導入することは、ラトビアに最小限の装備で空中監視や空爆などでNATOの任務に参加することを可能にさせます。

 リトアニアとエストニアはラトビアと緊密に連携して自らの軍事力を拡大を切望していることから、これらの国の間でTB2の共同調達も考えられないことではありません。これによって、コストを節約しながらさらなる統合と情報共有を通じて戦闘能力を拡大できる可能性があります。



インフラストラクチャー

 従来型の作戦機部隊はほとんど保有していないため、現時点でラトビア空軍が使用している空軍基地はたった1つ:リエルヴァーレ基地だけです。

 NATOの作戦により適応するため、この基地は2014年に全面的に改装されており、将来的な拡張に備えた十分なスペースも設けられました。

 (4機のMi-17と数機のAn-2で構成されている)全ラトビア空軍機が駐留していることに加えて、リエルヴァーレ基地にはNATOの航空機(米国の「プレデター」「リーパー」UCAVなど)や地上部隊の定期的な配備もされています。

 敵のラトビアと交戦するための作戦計画にリエルヴァーデ空軍基地をターゲットにすることが含まれている可能性があるため、事前に準備されたハイウェイストリップ(代替滑走路)を使用することは、TB2が作戦飛行を実施するための場所の数を増やすための追加的な方法となる可能性があります。つまり、ラトビアの優れた道路システムは自国やNATO諸国に作戦機の運用に関する豊富な選択肢を提供してくれます。



将来的な可能性

 2021年5月には、バルト三国がMRLシステムの共同調達を通じて、火力支援能力をさらに拡大するというプランが発表されました。[10]

 すでに実証済みの確かな能力と(おそらくは)低い取得コストを考慮すると、アメリカ製のM270「MLRS」がその最有力な候補と思われています。

 しかし、「バイラクタルTB2」を導入する可能性は今や決して現実離れした事柄ではなくなっているため、もう一つの適切な選択肢は、おそらくいっそう費用対効果に優れたものとなるでしょう。

 トルコの「TRRG-230」230mm誘導ロケット弾は、「バイラクタルTB2」によってレーザー照射を受けた標的に命中することができます:レーザー誘導キットをロケット弾に装着することで他の誘導システムの必要性がなくなることから、システムの電子戦に関する耐性が高まると同時に命中精度が大幅に向上します。

 この素晴らしい能力向上弾は、すでにトルコと(2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でTRRG-230を成功裏に使用した)アゼルバイジャンが保有する装備のリストに存在しており、TB2の作戦能力を相当に向上させています。

 トルコのシステムを選択することの潜在的な利点は、単なるTB2と「TRRG-230」MRLとの相乗効果がもたらされる以上のものがあります。

 TRLG-230の自走発射台はモジュール化されているため、ロケット弾ポッドや発射管を交換するだけで、同じ発射台から122mmと300mmのロケット弾を発射することもできるのです。

 モジュール化はシステムの運用上の柔軟性を大いに高め、おそらくは目標を捕捉した直後に適切なロケット弾を選択できるようにし、リアルタイムで正確に調整された砲撃を実現させる可能性があります。

 これらの高度な機能は、M270とその軽量版であるHIMARSには備わっていないことがはっきりとしており、これらは227mmロケット弾かMGM-140「ATACMS」戦術弾道ミサイルだけを発射することに限定されています:後者がバルト諸国に購入されることは起こりそうにありません。



ラトビアの防衛産業との協力

 ラトビアの防衛産業はUAVと小型の哨戒艇の設計・製造で多忙を極めています。

 現在、ラトビアには一つの無人航空機のメーカーが存在しています:2009年に設立された「UAVファクトリー」社は、ラトビア軍や米国の特殊作戦軍(USSOCOM)を含む世界の50以上の顧客のために、2020年までにすでに300機の「ペンギン」UAVを生産したと報じられています。[9]

 さらに、同社はEO/IRセンサーを備えたISR(情報・偵察・監視)用機器、機体、エンジン、その他のUAVに関連するコンポーネントも生産しています。

 ラトビアの下儲け業者が外国企業と調印された主要な防衛事業に関与することは、将来の調達における必要事項であると述べられています。 [10]

 特にバイカル社との取引の場合、これはオーバーホールや修理を行うための現地でのメンテナンス施設の設立につながる可能性があります。

 そのうえ、トルコはオフセット契約で「UAVファクトリー」からEO/IR センサーを備えたISR機器を購入することができ、TB2のモジュール性は「UAVファクトリー」のような企業が独自の機器をUAVに統合することも可能にさせてくれます。

 全てにおいて、これらの動きはラトビアの防衛産業と技術基盤に著しい躍進をもたらすことになるでしょう。



 ラトビアは、21世紀の戦争の新しいパラダイムに入る準備ができているようです。このパラダイムでは、20世紀の機甲部隊は、機動性の高い地上部隊、ATGM、(誘導化された)砲兵戦力、そして(もちろん)UAVの相乗的な相互作用に取って代わられます。

 すでにスパイクATGMと53台の自走砲が運用に入っているのみならず、MRLシステムの導入も計画されており、そしてTB2UCAVを(バルト諸国が共同で)調達する可能性があることから、ラトビアはこの新ドクトリンの実現する道を順調に進めています。

 また、これらの技術を同じNATO加盟国から購入できるという事実も評価されており、他の供給者には欠けているかもしれない品質の保証と一定の追加的なセキュリティをカスタマーに提供します。この一例は、TB2がほぼ毎日ソフトウェアのアップデートと改良を受けているというバイカル社のハルク・バイラクタルCEOの声明によって証明されています。[11]

 しかし、このような漸進的な改善はTB2自体だけに限られたものではありません。

 INS/GPSの導入で「MAM-L」誘導爆弾の射程距離が7kmから14km以上へと飛躍的に延長され、「トール-M2」、9M337 「ソスナ-R」2K22M1「ツングースカ」などのロシアの防空システムをアウトレンジで攻撃できるようになりました。

 この点では、UAV関連の発展はそれ自体に対抗するために設計されたシステムを凌駕していると思われ、作戦上の適応においては過去に登場したどのシステムよりも柔軟性に富んでいることを示しています。

 「アクンジュ」と「バイラクタルTB3」という2つの新しいUCAVシステムだけでなく、バイカル社の「クズルエルマ」無人戦闘機プロジェクトも現時点で進行しているため、
同社の迅速なR&D(研究開発)と生産能力はライバル企業に対する優位性を高めながら、斬新な機能を備えたUCAVファミリーの売り出しを可能にするでしょう。

 これらのことは、このかつての自動車会社が世界の主要な無人機メーカーの一つとしての確固たる地位を確立する場を設け、やがてはバルト諸国の軍事力における決め手の役割を果たす可能性を示唆しています。

TB2の模型を手にして記念撮影するラトビアのアーティス・パブリクス国防相(左)とバイカル・テクノロジー社のハルク・バイラクタルCEO(右)

[1] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[2] Russian Electronic Warfare Systems Cannot Beat Bayraktar UAVs: Baykar https://www.defenseworld.net/news/29086/Russian_Electronic_Warfare_Systems_Cannot_Beat_Bayraktar_UAVs__Baykar#.YMfJ-kxcKUl
[3] Baltic Air Defence: Addressing a Critical Military Capability Gap https://icds.ee/en/baltic-air-defence-addressing-a-critical-military-capability-gap/
[4] First Latvian howitzers arrive from Austria https://eng.lsm.lv/article/society/defense/first-latvian-howitzers-arrive-from-austria.a252167/
[5] Latvia buys the second batch of American self-propelled howitzers M-109A5OE https://en.topwar.ru/183126-latvija-zakupaet-vtoruju-partiju-amerikanskih-samohodnyh-gaubic-m-109a5oe.html
[6] Latvia takes delivery of new Spike missile variants https://www.politicallore.com/latvia-takes-delivery-of-new-spike-missile-variants/21553
[7] Latvia to buy Israeli Spike guided missiles for CVR-T vehicles for €108 million https://www.thedefensepost.com/2018/02/12/latvia-israel-spike-missiles-vehicles/
[8] Baltic states mull joint artillery procurement https://www.lrt.lt/en/news-in-english/19/1417985/baltic-states-mull-joint-artillery-procurement
[9] https://uavfactory.com/en/company
[10] Ministry of Defence strengthens cooperation with domestic military industry https://labsoflatvia.com/en/news/ministry-of-defence-strengthens-cooperation-with-domestic-military-industry
[11] HALUK BAYRAKTAR İNGİLİZ DÜŞÜNCE KURULUŞU RUSI'NIN PANELİNDE KONUŞTU https://youtu.be/jKj-FOMQlNw?t=462

  ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なってい
  る箇所があります。



2021年5月20日木曜日

ガザ紛争:ハマスが保有する北朝鮮の武器


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)


 国際法上ではパレスチナの一部である東エルサレム近隣のシェイク・ジャラ地区で、イスラエル人入植者を優先してパレスチナ人住民を立ち退かせる決定がなされたことについて、2021年5月6日にエルサレムで抗議活動が勃発しました。

 イスラエル当局はこの抗議活動を厳しく取り締まって多数のパレスチナ人が負傷したことなどから、両陣営は武力衝突の寸前に直面しました。抗議がさらに多くの負傷者を出しながら続く中で、ハマスはイスラエルに対し最後通牒を突きつけ、5月10日までにエルサレムにある宗教的に敏感なアルアクサ・モスクから軍を撤退させることを要求しました。

 イスラエルを最後通牒に応じさせることができなかったため、ハマスは(過去数十年にわたって同様の多くの衝突が起きている)ガザ地区からイスラエルの入植地に向けてロケット弾攻撃を開始しました。

 ロケット弾による攻撃に対応して、イスラエルは同じ日から戦闘機や無人航空機(UAV)から投下される精密誘導弾や地上から発射される砲弾を使用して、ガザ地区内に存在する多数のハマス関連の標的を攻撃しました。

 これらの攻撃によって、数人のハマス高官のみならず多くの民間人を含む200人近くのパレスチナ人が死亡したと考えられています(その中には少なくとも58人の子供も含まれていると報じられています)。そして、イスラエル側では今までに10名の死傷者が報告されており、その大多数がハマスによるロケット弾攻撃によって死亡しました。[1]

 ハマスが使用する武器の選択は – その軍事部門であるエゼディン・アル・カッサム旅団を通じて用いられており – これまでのところは主に独自生産の無誘導ロケット弾の発射という方法が多用されているようです。今回では、それらを迎撃する任務を課されたイスラエルのアイアンドーム防空システムを飽和させて圧倒するために大規模かつ同時多発的な斉射が実施されています。

 暴力行為がさらにエスカレートするにつれ、ハマスは対戦車ミサイル(ATGM)や徘徊兵器を含むいくつかの(ロケット弾以外の)兵器システムも初公開しました。これらは双方ともにその使用が激化するにつれ、世間に広く知られるようになりました。


 特に、ハマスによるATGMの使用は過小評価できない脅威となっています。ATGMはイスラエル国防軍(IDF)で運用されているほとんどの車両の装甲を高い精度で貫通することができ、1発でも命中を成功させた場合は数日分のロケット弾攻撃よりも多くの死傷者をもたらす可能性があります。

 今回の戦闘でハマスは少なくとも2回ATGMを使用してガザの境界線沿いに展開していたIDFの車両を攻撃し、イスラエル兵1名の死亡と3名の負傷をもたらしました。[2]

 そのお返しとして、IDFはミサイルが発射される前にハマスのATGM部隊を抹殺することを決め、これまでに7つのATGM部隊が標的にされたと伝えられています。[3]


 ハマスは無誘導ロケット弾や携帯対戦車擲弾発射器(RPG)、さらには(一部、海外から密輸されたコンポーネントを使用してはいるものの)無人機の国産化にも成功していますが、ATGMの入手については膨大な武器密輸ネットワークとイランからの軍事援助に依存しています。

 近年にハマスが保有しているATGMのストックは、9M14「マリュートカ」、9M111「ファゴット」、9M113「コンクールス」、手強い9M133「コルネット」などのシステムで構成されており、これらはハマスが内戦で疲弊したリビアやイランからなんとか密輸して入手したものですが、少数の北朝鮮の「Bulsae-2(火の鳥)」も含まれてます(注:Bulsaeは日本語で直訳すると「火の鳥」ですが、最近の北朝鮮の武器カタログでは英語でPhoenixと表示されていたケースがあったため、単に「不死鳥」や「フェニックス」と表記することも可能です。ただし、この記事では従来の「火の鳥」を使用します)。

 これらのATGMは、同様に発見されにくい北朝鮮のF-7ロケット推進擲弾と一緒に使用されています(注:F-7も少数がガザ地区にも辿り着いたようです)。


 カッサム旅団は、スーダンからガザ地区までに及ぶ裏ルートのチャンネルや密輸業者の精巧なネットワークを通じて、イランから北朝鮮の武器を入手していたと考えられています。
これはおそらく、ほかの輸送手段と同様の方法で密輸されたものと推測されます:武器がスーダンに運ばれた後、陸路でエジプトに移送され、そこから地下トンネルを通ってガザ地区へ密輸されたのでしょう。

 この説は2009年12月に発覚した事件によってさらに裏付けされています。このケースでは、北朝鮮の武器を積載したイリューシンIL-76貨物機がバンコクに着陸した直後にタイ当局によって武器が発見・押収されました。「石油掘削装置」と表示された貨物には、35トン分のロケット弾、携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)、爆薬、ロケット推進擲弾などの武器が含まれていたのです。[4]

 また、その数ヶ月前(2009年7月)にもUAEで同様の(武器を積載した)貨物が押収されています。[4]

これらを踏まえると、ほかにもこのような大量の「貨物」が誰にも気づかれずにハマスと(レバノンの)ヒズボラに転送された可能性があると信じられています。
 
 

 どうやら、この密輸構想における北朝鮮の役割は武器の製造に限定されているようですが、北朝鮮は輸出した武器の最終目的地を完全に把握していると推測することができます。

 しかし、このような武器取引について北朝鮮の体制が持つ唯一の関心はそれらがもたらす外貨であり、(制裁強化による)自暴自棄の度合いの高まりがハマスたちをこれまで以上に存在しそうもない顧客にせざるを得ない状況となっているため、(売却した武器を手にする相手が)誰になっても問題にはしないでしょう。

 もちろん、ハマスは平壌と重要な交友関係を持っていないことを踏まえると、このような難解な武器供給者の選択は驚くべきことかもしれません(ただし、後者はこの地域でのイスラエルの行動を一貫して非難していますが)。

 実際、イランは北朝鮮に装備の供給を請け負わせることで、自らのパレスチナへの関与を隠蔽しようとした可能性があります。そうすることで、問題の武器がハマスの部隊で運用されていることが露見しても、イランはもっともらしい否認をし続けることができるからです。

 北朝鮮自身も外国で使用されている自国の武器の起源が明らかになることを望んでいないため、頻繁に同等の外国製装備の名前(英語)を用いながら武器を販売しています。リビアでは、発射機に「PLA-017」、ミサイルに「PLA-197」と書かれた「火の鳥-2」が目撃されていますが、おそらくこれは中国由来の武器であると誤認させるための名称でしょう。

より多くの「火の鳥-2」のミサイルと発射機が(政治的対立の後にハマスから分離独立した)アル・ナセル・サラディーン旅団の保有兵器として登場しました。 

 カッサム旅団で使用されているもう1種類の北朝鮮製の弾薬はF-7ロケット推進擲弾であり、これはRPG-7用のソ連製PG-7を北朝鮮がコピーしたものです(注:F-7はハマスの現地生産型発射機にも適合している可能性があります)。F-7は弾頭の周りに赤いラインが引かれているため、ほかのPG-7のコピー弾と見分けることが容易です。

 この擲弾はシリアやエジプトを含む世界中でその姿が見られています。2017年に、エジプトはスエズ運河の付近を航行している北朝鮮の貨物船が違法な貨物を積載している可能性があるという米国の警告を受け、後にその船から30.000発のF-7弾を押収しました。困ったことに、このケースでは不正な貨物の目的地は押収した国:エジプトであることが判明したのです。[5]


 オリジナルの設計では、9M111有線誘導式ミサイルは半自動指令照準線一致誘導方式(SACLOS)を用いて標的に向かって飛行し、約460mmの均質圧延鋼装甲(RHA)を貫通することができます。また、アップグレードされたミサイルも一般的には同じ発射機から発射することが可能です。

北朝鮮は1980年代後半にソ連から9K111(AT-4)を入手したことが知られています。

 北朝鮮製のシステムはいくつかの重要な点でオリジナルと異なっています。特に注目するべき点として、オリジナルのミサイルが有線誘導式であったためにワイヤーが途中で切断されたり水上を飛行する際にショートしてしまうリスクがあったのに対し、「火の鳥-2」はレーザー誘導方式を採用しています。この誘導方式では、ミサイルの飛行経路を修正は単にオペレーターが照準器のレチクルと標的を重なるように維持すればよいだけなので、高い命中精度をもたらす可能性を秘めています。

 誘導方式以外では、一般的な「火の鳥-2」は射程距離の延長や弾頭の貫通力の向上、異なった運用モードを運用者に提供しませんが、北朝鮮ではさらにアップグレードされたミサイルが存在することが知られています(注:これは2016年に北朝鮮が試験したレーザー誘導式新型対戦車ミサイルを指すと思われます。これと同一のミサイルシステムが「Phoenix-4M」として武器輸出カタログに掲載されています。)また、北朝鮮は独自の形状をした専用の熱電池も製造しているようですが、これはシステムの品質には影響しないと思われます。

1人の兵士が発射機全体を携行して仲間の部隊員がそれぞれ2本の発射管を持ち運ぶことを可能にさせる、このATGMシステムのコンパクトで持ち運びに便利なデザインがハマスに特に重宝されているようです(下の画像を参照)。


 これまで、北朝鮮は(体制の支配力の維持を手助けする)武器の販売を通じた外貨の供給を外交関係に依存してきました。その結果として、エジプト、シリア、イラン、ミャンマーなどの国への弾道ミサイルや核技術の輸出さえも頻繁に報じられており、国際的な監視者から大きな注目を集めています。

 しかし、(制裁などで)顧客層が狭くなるにつれて非国家主体との取引に対する不安も薄れてきており、もし北朝鮮が(おそらくイランを通じて)ハマスとの新たな取引関係を確保できるのであれば、ほぼ間違いなくそうするでしょう。

 ハマスにとって、北朝鮮製のATGMやRPG弾頭がもたらす恩恵はその在庫が続く限り続くでしょう。これらの武器が戦闘に関与する数が比較的少なく、ガザ地区での紛争状態が長期間継続する可能性が低いためです。
   

 武器の密輸ルートは絶えず進化しており、今やイランはいくつかの分野のATGMを生産しており、イエメンやイラクの代理勢力に輸出する準備をしています。これを踏まえると、次にガザ地区に到着するATGMやRPGのパッケージがイラン製のもので構成されている可能性が非常に高いと思われます。これには(9M133「コルネット」のコピーである)デフラヴィエ ATGMだけでなく、代理勢力の部隊用に特別に設計された(簡略化された)RPG-29のイラン製コピーも含まれます。

 イスラエルが運用している最新型の機甲戦力に脅威を与える可能性すらある高性能なイラン製システムの前では、ハマスが保有する北朝鮮製兵器は単なる歴史的な遺物のように見えるかもしれません。

 それにもかかわらず、彼らの存在は違法な武器がどのような方法で地球上を駆け巡っているのかを示す致命的な注意喚起として機能しますが、ときには予想外の場所に出現することもあります(注:そのためにはあらゆる紛争地域に登場する軍事装備を注視していく必要が不可欠です)。





※  この翻訳元の記事は、2021年5月18日に投稿されたものです。当記事は意訳など 
 により、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読ください。


おすすめの記事

シリアにおける北朝鮮のHT-16PGJ携帯式地対空ミサイル
北朝鮮のヘリカル式弾倉
私たちの本が発売されました!: North Korea’s Armed Forces, On The Path Of Songun(英語)

2020年9月29日火曜日

2020年ナゴルノ・カラバフ戦争:アルメニアとアゼルバイジャンが喪失した装備(一覧)


ステイン・ミッツアー in collaboration with Jakub Janovsky ,DanCOIN編訳:Tarao Goo ※編訳のみで損害評価に関する作業には全く関与していません)

オリジナル記事(英語)ではこの一覧が頻繁に更新されていますが、追加作業が本当に大変なため、日本語版の記事では数ヶ月に一度まとめての更新をしています。次回は2021年晩秋に更新予定です最終更新:2021年7月24日
いち早く最新の一覧を確認したい方は本家Oryx(英語版)の記事をご覧ください(こちらの最終更新は2021年10月5日です)。

 2020年9月27日早朝(注:欧州時間)に勃発したナゴルノ・カラバフの紛争地域上で勃発した武力衝突は11月10日に停戦となりましたが、アゼルバイジャン及びアルメニア側の双方に相当な人的・物的な損失をもたらしました。

 今回の再衝突は30年にわたるナゴルノ・カラバフ紛争の延長戦上にあるものであり、これによって引き起こされるであろう結果について、現時点では推測することしかできません。
物的損失に関する確かな情報が少ない一方で、噂が広く飛び交い、プロパガンダ目的の未確認情報や虚偽情報がたやすく繰り返されています。

 この記事では、両軍によって利用可能な映像資料を入念にチェックして、すべての立証可能な物的損失に関する分析を試みます。

 ナゴルノ・カラバフ紛争はアルメニアとアゼルバイジャン間で争われているナゴルノ・カラバフとその周辺の(自称アルツァフ共和国が支配しているが国際的にはアゼルバイジャンに属していると認められている)7地域の紛争地域を巡る民族・領土紛争です。

 ナゴルノ・カラバフの地位については、アルメニアとアゼルバイジャンがロシア帝国からの独立を宣言した1918年から争われています。1920年代初頭、アルメニア人が人口の多くを占めるナゴルノ・カラバフは、アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国の自治州となりました。1988年、ナゴルノ・カラバフ自治州の議会はアルメニア・ソビエト社会主義共和国への加盟に賛成票を投じましたが、モスクワではその動きがほとんど支持されませんでした。

 1991年のソビエト連邦解体後には、エレバン(注:アルメニアの首都)の支援を受けたアルメニア人分離主義者がアゼルバイジャン少数民族の故郷であるナゴルノ・カラバフの大部分と隣接する7つのアゼルバイジャンの地区を掌握しました。これに続く紛争では 推定値で約2万5千人から3万人の人が死亡し、多くの人が故郷からの避難を余儀なくされました。紛争中には分離主義者はナゴルノ・カラバフ共和国の独立を宣言し、2017年2月には公式にアルツァフ共和国となりました。

 1994年からロシアの仲介による停戦協定が結ばれているにもかかわらず、停戦違反は一定の間隔で発生しており、その中でも2016年と2020年7月に発生した最も重大な武力衝突では数百人の兵士と民間人の死者がもたらされました。

 2020年7月から9月にかけてアゼルバイジャンはトルコ陸軍と空軍が参加した一連の軍事演習を実施しましたが、それがアゼルバイジャンの自己の戦力に対する認識を深め、この紛争を有利に終わらせようとする決意を強めたものと考えられます。

 アゼルバイジャン軍への軍事訓練や装備品への供給に加え、トルコはアゼルバイジャンへ無人機(おそらく電子戦装備も)の輸出も開始しています。[1]
「バイラクタルTB2」無人戦闘攻撃機(UCAV)がアルメニア軍の陣地上空で「MAM-L」誘導爆弾を投下して少なくとも3台の9K33「オーサ」3台の9K35「ストレラ-10」移動式地対空ミサイルシステムが破壊された時点で、多くのアルメニア兵はこの新たな「現実」に気づきました。これらのシステムはシリアやリビアにおけるロシア製「パーンツィリ-S1」と同様に、頭上を飛ぶ無人機の脅威に全く気づかず、対応できていなかったように見えます。そして、その全てが自らに何が起こったのか知ることなく破壊されてしまいました。

 トルコの無人機とそれを支援する電子戦システムの非常に効率的な使用は、その独断的な国際的役割と拡大する政治的軍事的な重要性をますます促進します(バイラクタル外交)。それは今やナゴルノ・カラバフ紛争にまで及んでおり、今回の戦闘の結果に影響を与えることは間違いないでしょう。

 ただし、その大成功は、「自国の技術がナゴルノ・カラバフ紛争に使用されているという主張を聞きつけた」カナダがトルコへの無人機技術の販売停止という結果をもたらしました。 [2] 

 「バイラクタルTB2」はカナダ製の電子光学センサとレーザー照準技術を導入しているため、この措置は(少なくともトルコ製の代替品が投入可能になるまでの間)同機の更なる生産をしばらくは遅らせる可能性があります。現実には無人機記述の販売停止は代替となる国産無人機の研究と製造を加速させるという、(更に新しい兵器製造のカテゴリーにおいて)トルコの自給自足を促進させるだけであり、その目的の殆どを達成する可能性は僅かしかありません。


 アルメニア・アゼルバイジャン双方の破壊されたり捕獲された車両の詳細なリストは以下で見ることができます。このリストは追加の映像資料が入手可能になり次第、更新されます。

 このリストは写真や映像によって証明可能な撃破された車両や装備だけを紹介しています。したがって、破壊された装備の量は、ここに記録されているものよりも間違いなく多いと思われます(このリストでの「損傷」は一見して完全に破壊されたと確認できないものを含みます。つまり、明らかな全損状態以外は「損傷」としています。また、航空機については明確に撃墜や地上にて撃破された証拠がない機体を「墜落」としています)。
小火器・弾薬や遺棄車両、検問所のような非戦略的対象はこのリストには含まれていません。(小火器や弾薬などの)装備品の大規模な隠し場所の映像: (1) (2) (3) (4) (5) は、アルメニア軍が残したその備蓄量の大きさを示す良い指標となります。

※1 リストの簡素化と不必要な混乱を避けるため、アルメニアとアルツァフ共和国側の損失を一緒に紹介しています。
※2 各装備名の後にある括弧内をクリックすると撃破・捕獲された各固体の画像を見ることができます)。



アルメニア / アルツァフ共和国側の損失

戦車 (250, このうち破壊:144、損傷:5、捕獲:101)

装甲戦闘車両(76、このうち破壊:26、捕獲:50)


歩兵戦闘車 (80, このうち破壊: 33、捕獲:47)


自走式対戦車ミサイルシステム(17,このうち破壊:4、捕獲:13)


牽引砲 (231, このうち破壊:131、損傷:10、捕獲:90)

自走砲 (29, このうち破壊: 21、捕獲:8)


砲兵支援車両 (3, このうち破壊: 1、捕獲:2)


多連装ロケット砲 (78, このうち破壊: 71、捕獲:6、放棄:1)


弾道ミサイル(1、このうち破壊:1)


迫撃砲(54、このうち破壊:9、捕獲:45)


対戦車ミサイル(119、このうち破壊:3、捕獲:116だがこのうち19は発射機または照準器)


携帯式地対空ミサイルシステム:MANPADS (6, 全てが捕獲)


(自走式を含む)対空機関砲 (11, このうち破壊されたもの: 2, 捕獲: 9)


地対空ミサイルシステム (36, このうち破壊されたもの: 31、捕獲:5)


レーダー (17, このうち破壊: 13、捕獲:4)


電子妨害・攪乱システム (3, このうち破壊: 3)


航空機 ・ヘリコプター(2, このうち墜落または撃墜: 2)



無人航空機 (5, このうち墜落または撃墜: 5)


トラックやジープなどの車両 (657, このうち破壊:301、損傷:9、捕獲: 347)

デコイ (2, このうち破壊: 2)


戦略的拠点 (22)




アゼルバイジャン側の損失

戦車 (55, このうち破壊:32、損傷:18、放棄:1、捕獲:4、捕獲された後に奪回:1)


装甲戦闘車両 (23
, このうち破壊:6、損傷:2、放棄:7、捕獲:9) ※工兵車両を含む


歩兵戦闘車 (70, このうち破壊:45、損傷:6、放棄:10、捕獲:9)


多連装ロケット砲(2,このうち破壊:1、損傷:1)


迫撃砲 (1, このうち捕獲: 1)


航空機 (13, このうち撃墜: 13)


無人航空機 (26, このうち被撃墜または墜落: 22、捕獲:4)


トラックやジープなどの車両 (62, このうち破壊: 31、放棄:18、損傷:7、捕獲:6)
         
※オリジナル版(英語版)記事の執筆における特別協力:Hamid, Ilya.A, Blue Sauron, Lost Armour, Cyrano7, Dee_Jonesyboi, James Ford  Red Fox.