2021年7月30日金曜日

あの世からの帰還:ウクライナの「トール」地対空ミサイルシステム

著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 ウクライナはロシアによる東部地域への干渉という常に存在する脅威に立ち向かうために軍事力の増強を継続しており、財政支援が大幅に増加したおかげで、疲弊した保管状態の装備を徐々に再起動させることができました。
 
 その結果、トルコからの「バイラクタルTB2」UCAVや「アダ級」コルベットなどの導入だけでなく、多数の国産兵器の導入や以前から運用されている装備の改修も行われました。
 
 これらの導入によって、ウクライナは多くの問題を抱えていた軍の戦闘即応性について、ロシアとの能力差を急速に縮め、実際にいくつかの分野で敵を上回るくらいまでに回復させることができました。

 これらの偉業は少なからずウクライナの軍産複合体のおかげによるものです。彼らは数十年にわたってウクライナの余剰となった装備を改良し、海外に販売することに専念してきましたが、今では2014年のロシア・ウクライナ戦争以前にウクライナ軍が退役させた、さまざまな兵器の修復に焦点を移しています。

 しかしながら、慢性的な資金不足はウクライナ軍にT-80主力戦車(MBT)や 2S7「ピオン」203mm自走カノン砲といった敬われてきた装備の退役を余儀なくさせており、現役の旧式化した装備を代替する新しい装備の導入は遠い夢となっているのです。

 一見すると、ウクライナの防空部隊の状況もほかの部隊とほとんど変わりがありませんでした。わずか10年の間に、ウクライナ陸軍と空軍はS-125S-200S-300V2K12「クーブ」9K330「トール」地対空システム(SAM)の全ての退役を強いられ、S-300PTといったシステムもある程度の数が保管庫行きとなってしまいました。

 (S-300Vの場合は退役したばかりでしたが)これらのSAMの多くは外国への売却を期待して比較的良好な状態で保管されていたことから、ウクライナが自国軍をより強化するため、これらのシステムに目を向けたのは何ら驚くことではありません。

 これらのSAMの年式と2K12や9K330などの運用経験がある現役軍人が少ないことを考えると、それらの改修は確かに簡単なものではありませんでした。さらに、レーダーシステムなどの関連装備やミサイルも十分な数がまだ使用可能な状態であれば、それらもオーバーホールをすることも必要不可欠です。

 全ての事柄を検討してみると、ウクライナは1個の9K330連隊、2個の2K12連隊、2個のS-125連隊、1個のS-300V1旅団を復活させる可能性があります。[1]

 3つのS-200サイトの復活も想定されていましたが、活動停止中の2013年にサイトのインフラに深刻な損傷が生じたことが判明しました。この影響が現在でもS-200の現役復帰を妨げているようです。[1]

       

 「トール」系SAMの中でも最も古いタイプである9K330「トール」(NATO側呼称:SA-15)は、もともと1970年代後半に巡航ミサイルのようなレーダー反射断面積(RCS)の小さい高速で低空を飛行する目標と交戦するために開発されました。

 このSAMの運用が開始されたのは1986年で、9K330システムの9M330ミサイルは最大12kmの範囲を飛行する目標を撃破する能力があり、地上部隊に敵機に対する機動性の高い防空手段を提供します。

 9K330のレーダーに対する電子妨害を受けた際の敵機や巡航ミサイルへの照準を可能にするために、目標追尾・ミサイル誘導用レーダーのすぐ右側に電子光学式追跡装置が装備されています。

 また、「トール」は同世代のSAMのようにミサイル(8発)を発射機の外側ではなく、その内部に垂直に格納した世界で最初のSAMでした。これによって砲弾の破片に対する防御力が強化され、より大きなミサイルを搭載することを可能にしました。

 その後、継続的な改良と技術の進歩は「トールM1」と「トールM2」という派生型をもたらしました。

 2020年のナゴルノ・カラバフ戦争では「トール(-M2KM)」が初めて武力紛争で活躍しましたが、アルメニアによって運用されていた数少ないシステムは、頭上を飛び回るUAVの脅威に(全く)効果的に対抗できないことが証明されました。



 2017年に再登場する前に、ウクライナの9K330「トール」は過去に一度しか目撃されていません:それは2001年8月に行われたウクライナ独立10周年記念の軍事パレードでのことでした。[2]

 軍事パレードに参加した9K330は合計6台であり、この数はおそらくウクライナが保有する9K330の全量とみられています。

 ウクライナでの現役時代では、9K330はポーランドとの国境近くのヤーヴォリウに駐留する第257親衛高射砲連隊で運用されました。

 おそらくこのような少数のシステムの運用には多額の費用が伴ったため、6台の全てが2000年代初頭に段階的に退役させられてしまいました。 [3]

2001年のキエフでの軍事パレードに登場した9K330(6台のうち3台)
軍事パレードの訓練に参加中の復活から間もない9K330(上の車両と同一のもの)

 2000年代初頭に退役した後、9K330は長期間にわたる保管状態に置かれ、現役への復帰あるいは海外への売却を待ち続けていました。

 最終的には2010年代半ばのどこかで9K330を再起動させることが決定され、その後、それらはラドスミル地区のホロドク(ゴロドク)という町にある軍の保管庫に移送されました。

 この地では、2018年6月に契約軍人が最低でも一台の9K330のオーバーホールを危機的状況に晒しました。この軍人は貴金属を売却するために電子基板を分解してしまったのです。[4]

 その後、盗難された部品は発見されて、再び9K330に取り付けられました。



 そのわずか1年前の2017年8月には、オーバーホールされた最初の9K330がすでにキエフで開催された展示会で展示されていました。

 その月末の2017年8月24日、OSCE特別監視団はドネツク州のウクライナ支配下にあるKasyanivka村付近で(伝えられるところによれば)2台の9K330を含む5基のSAMを確認しましたが、これはオーバーホール後初の運用配備だった可能性があります。[4]

 これらの存在が確認されたのは、ウクライナ東部で「トール」が最初に目撃されてから約3年半後のことでした(その時点で、親露派分離主義勢力を支援するためにルガンスク地域に配備されたロシアの「トールM1」が目撃されていたのです)[5]。  



 2017年8月にウクライナがドンバスに9K330を配備したという報道があったにもかかわらず、よみがえった9K330の検証がヘルソン州のヤホルリク・ミサイル発射場でようやく実施されたのは2019年2月のことでした。[6]

 この実射訓練では、S-125、2K12、9K330や改良されたZSU-23-4M-A自走対空砲といったオーバーホールされた防空システムがウクライナ軍への正式な就役を前にその性能をテストされました。




 9K330のオーバーホールは、さまざまな種類のSAMやレーダーシステムのオーバーホールを専門とするリビィウ無線機修理工場NPPエアロテクニカ-MLTによって国内で実施されました。[6]

 システムを運用可能な状態に戻すことに加えて、限られた数の改良が行われました。その中で最も注目すべきものとしては、情報の処理と表示をするための新アルゴリズムの実装が挙げられます。[3]

 将来的な改良には、搭載されているアナログ式無線・電子機器を(オペレーターの手元にある機器を効果的に活用する能力を大幅に向上させる)デジタル式に更新することが含まれる可能性があります。



 6台の9K330「トール」SAMの復活については確かにそれ自体がゲームチェンジャーとなる能力を持つことにはなりませんが、多数のSAMを含む大量の復活させられた装備が再運用に入ることは、ウクライナ軍全体の能力向上に貢献します。

 さらに、これらのシステムのオーバーホールで得られた貴重な経験は今後のより高い近代化計画に活用される可能性があり、それは9K37「ブーク」9K22「ツングースカ」といった別のシステムにも適用されるかもしれません。


 しかし、9K330は防空能力をダイレクトに拡大する以上に、OPFOR(仮想的部隊)を用いた訓練で敵防空システムの代表的な装備として使用され得るという点でも重要な価値を持っています。

 敵の防空戦力を知ることは、それに対抗する手段を見つけるためには必要不可欠なものであり、9K330のようなシステムへのアクセスはウクライナのみならず戦場でそれらに遭遇する可能性のある全ての当事者にとっても関心を引くものです。

 例えば、トルコとウクライナの間にある(バイカル・ディフェンス社ウクルスペツエクスポルト社との間で立ちあげられた「ブラックシー・シールド」などの)既存の共同事業を考慮すると、無人機の運用の改善を目的としたOPFOR訓練センターの設立も考えられないことではありません:2020年のナゴルノ・カラバフ戦争の間に「バイラクタルTB2」最大の敵としてもてはやされたのは、結局のところ同じ(ただし、より進化した派生型ですが)SAMの「トール-M2KM」だったのです。

 トータルで考えた場合、両国は ZSU-23、2K22「ツングースカ」、(リビアで捕獲されてトルコへ引き渡された)96K6「パーンツィリ-S1」9K35「ストレラ-10」9K33「オーサ」、9K330「トール」、2K12「クーブ」、S-125「ペチョーラ」、9K37「ブク」機動防空システム、S-300V1、S-300PTS-300PS、(トルコが導入した)S-400を含む、将来の紛争で交戦する可能性があるほぼ全てのロシア製防空システムを保有しているため、互恵的協力が持つ将来性はまさに無限大です。

 ウクライナがこのような立場にあることを考えると、たった6台のSAMの復活は誰もが想像したよりもはるかに重要な出来事となる可能性があり、この国の駆け出しのUAV戦力を近隣諸国の追随を許さない脅威に変えることを手助けするものになるかもしれません。



[1] На Украине планируются к возвращению в строй шесть типов зенитных ракетных систем https://www.belvpo.com/93234.html/
[2] Техника ПВО Украины 24 августа 2001г. на параде в честь 10-й годовщины независимости Украины, улица Крещатик, г.Киев http://pvo.guns.ru/other/ukraine/index332.htm
[3] “Тор” та “Куб” повертаються до бойового складу ЗСУ https://mil.in.ua/uk/tor-ta-kub-povertayutsya-do-bojovogo-s/
[4] На Житомирщині затримали контрактника, який викрав дорогоцінні елементи із ЗРК “Тор”. ФОТО https://novynarnia.com/2018/06/28/na-zhitomirshhini-zatrimali-kontraktnika-zsu-yakiy-vikrav-dorogotsinni-elementi-iz-zrk-tor-foto/
[5] Tor series surface-to-air missile systems in Ukraine https://armamentresearch.com/torsam-ukraine/[6] Завершальний етап випробувань зенітних ракетних комплексів протиповітряної оборони https://youtu.be/pxPb4gLqzGs
     
 ※  この翻訳元の記事は、2021年5月19日に投稿されたものです。当記事は意訳など 
   により、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があります。
      正確な表現などについては、元記事をご一読ください。


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2021年7月22日木曜日

小さくても命取りな存在:トルクメニスタンの高速攻撃艇


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 カスピ海の海軍バランスを考えるとき、トルクメニスタンが最初に思い浮かぶ国ではないことはほぼ確実でしょう。それにもかかわらず、継続的な海軍の増強はこの点についてロシアと並ぶ地域有数の海軍力を持つ国に変えました。これはトルコのディアサン造船所によるところが大きく、同社はトルクメニスタン海軍が保有する現代的な艦艇のほぼ全てを供給しています。

 それらの一つが、過去10年で運用を開始した世界でも極めて数少ない高速攻撃艇(FAC)の一種である「FAC 33(上の画像)」です。(ほぼ確実に)サイズと運用者が小国のおかげで、このFACは設計された国(トルコ)以外ではほとんど知られていません。それでもなお、その滑らかなデザインと比較的軽い武装によって、同クラスの他の艦艇とは際立ったものになっています。

 33メートルという小さなサイズと搭載可能な武装は「FAC 33」をミサイル艇というよりはFACに近いものにしていますが、対艦巡航ミサイル(AShM)の登場以降はどちらの呼称もほぼ同義語になっていますので、特に問題はありません。

 (当然ながら世界最大の称号は北朝鮮が持っているため)トルコは確かに世界最大のFAC保有国ではありませんが、今日でも新型FACの設計を依然として積極的に行っている数少ない国の一つです。それらには、従来の船型から双胴船ベースのデザイン、さらには表面効果船(SES)型までのあらゆるタイプのものが含まれています。

 2013年に大統領府国防産業庁(SSB)は現在トルコ海軍で使用されているFACを置き換える新型FACの入札を開始しましたが、30近くの国内で設計された案から選定することができました。[1]

 これら全ての半分だけがトルコ型FAC計画の一部として入札に提案されましたが、これは(幅広い)設計の流行が(当局に)ほとんど過大評価されていないことを示しています。最終的には、僅かに非従来型のデザインを抑えた(しかし同等に見栄えの良い)STM社「FAC55(下の図)」をベースにした設計案が選定されました。


 トルコのFACを獲得する取り組みが始まった1年後の2014年、トルクメニスタンも新型FACの導入による自国海軍の強化を試みていました。ただし、トルコとは対照的に、すでに就役している既存の同クラスの艦艇を置き換えるのではなく、トルクメン海軍をカスピ海で最も恐るべき艦隊へと劇的に変化させることを目指した野心的な拡大計画の一環として新造艦の調達に関心を向けていたのです。

 トルクメニスタンとトルコとの間で享受されている文化的、経済的、そして軍事的に緊密な関係を考慮すると、アシガバートがその野望を実現するための計画を提示する先としてトルコに目を向けたことは自然なものでした。

 数多くあるトルコの造船会社からパートナーを選んだ結果、トルクメニスタンは最終的にディアサン造船所を選定しました。理由としては、おそらく同社がトルクメニスタンのニーズに完全に適合した幅広い種類の艦艇を売りに出していたからでしょう。

 追加的な利点として、ディアサンによって設計された艦艇のいくつかは、すでに運用面での実績があります。これらの中で最も人気があるのが2011年から16隻がトルコ海軍に配備されている「ツズラ」級哨戒艇であり、これも最終的にはトルクメニスタンで運用されている別の哨戒艇「NTPB」のベースになっています。

 2014年6月にはディアサンとの間で6隻の「FAC 33」に関する契約が結ばれました。[2] 

 最初の船は2014年7月に建造が開始され、翌2015年1月に進水して同年の7月にトルクメニスタンに引き渡されました。残りの艦艇の引き渡しは3ヶ月間隔で続き、2017年には納入が完了しました。[2]

 その後、この6隻は「SG-119 Naýza」、「SG-120 Ezber」、「SG-121 Kämil」、「SG-122 (名称不明)」、「SG-123 Galjaň」、「SG-124 Gaplaň」として、(一般的にSBSと略されるか、トルクメニスタンでは「Serhet Gullugy」と呼ばれている)国境警備隊に就役しました。

 2016年、これらの新型艦はトルクメニスタン初の共同演習「ハザル-2016」に参加しました(注:ハザルはカスピ海のテュルク語名です)。


 「FAC 33」は全長33メートルで2基のウォータージェットに動力を供給する「MTU M90」または「MTU M93L」ディーゼルエンジンを2基備えており、エンジンの選択に応じて37ノット以上または43ノット以上の速度を出すことができます。それよりも僅かに遅い速度を出した場合では、「FAC 33」の航続距離は350海里(650km)です。[3]

 「FAC 33」の艦載兵装は、艦橋前部のアセルサン社「STOP」25mm遠隔操作式銃架(RWS)、艦橋上部に(乗員用の)12.7mm重機関銃を2門、さらには艦尾に2発の「マルテMk2/N」対艦ミサイルを搭載しています。


 ディアサン造船所は(ギュルハン造船所との合弁事業で)国境警備隊とトルクメニスタン海軍の主要な供給業者となっています。

 これまでに、ディアサン造船所は(「ツヅラ」級をベースにした)「NTPB」哨戒艇10隻、「FAC 33」高速攻撃艇6隻、「FIB 15」高速介入艇10隻、27m級上陸用舟艇1隻、「HSV 41」測量船1隻、「FBF 38(別名FPF 38)人員輸送用双胴船1隻、タグボート2基をトルクメニスタンに納入しています(注:「FBF 38」はディアサン社などのウェブサイトでトルクメニスタンに納入された船の画像があります)。

 その後、2隻を除く全ての艦艇が国境警備隊に就役しましたが、これはトルクメニスタン海軍の発展が忘れ去られているというわけではありません。それどころか、海軍はさらに別の艦を全海上戦力の活動拠点であるトルクメンバシで建造中の「C92」コルベットという形でディアサン社から受け取ることになっています(注:この「C92」級は、2021年8月11日に「Deniz Han」として同国海軍に就役しました)。

 海軍と国境警備隊はこの都市にそれぞれ独自の基地と造船所を置いており、そこには「FAC 33」や大型の「NTPB」をメンテナンスしやすくするために、それらを水面から吊り上げて陸上に置く巨大なクレーンも備えています(注:海軍の基地国境警備隊の基地 の衛星画像はこちらです)。


 国境警備隊で就役しているディアサン造船所のもう一つの艦艇は、最大で40ノット以上の速度で航行可能な高速介入艇である「FIB 15」です。

 この高速艇は全長15メートルではるかに小型で軽量ですが、就役した10隻の武装は「FAC 33」と同じ「STOP」 25mmRWSが装備されています。

 その特性から、この船は海上阻止、沿岸警戒、港湾警備任務に非常に適したものになっています。

 「STOP」25mm RWSは近距離の目標と交戦するには最適な装備ですが、遠距離の敵艦を狙うには全く別の種類の武器が必要となります。FAC 33では、それはイタリアの「マルテ Mk2/N」AShM発射機を2基搭載という形でもたらされています。

 この亜音速シースキミング・ミサイルは、中間地点を通過するミッド・コースでの慣性航法と終末段階でのアクティブ・レーダー誘導を使用して、30kmを超える圏内にいる敵艦艇をターゲットにします。これは「Kh-35」「エグゾゼ」などの他の対艦ミサイルよりもはるかに短い射程ですが、このミサイルはヘリコプター発射型AshMの「マルテ Mk2/S」の派生型であることを留意しておく必要があります。[4]

 トルクメニスタンの「FAC 33」には「Mk2/N」用の単装発射機が2基しか搭載されていませんが、この発射機を二段重ね(スタック・ツイン)式に容易にアップグレードすることが可能です。この方式を用いた場合、甲板面積に影響を与えることなく「FAC 33」のミサイル搭載数が2倍となります。

 もし、このようなアップグレードがトルクメニスタンによってまだ想定されていないのであれば、これは僅かなコストで6隻の船の火力を増強するという、将来的な中間期近代化(MLU)の一環としての魅力的な選択肢になり得るでしょう。


 「FAC 33」は、高度な自動化に貢献している多機能ディスプレイを備えたコントロール・ステーションや遠隔操作式の武装を含む最先端技術を取り入れています。自動化は大幅な人員削減も可能としており、FAC33では乗員数が12名を超えないものと推定されています。


 「FAC 33」のユニークな特徴として、船尾に高速艇用の(スターン・ランプとしても知られている)スリップ・ウェイを設けていることがあります。これは船の活動範囲の拡大に大いに貢献し、不審な船の迅速な停止と検査を容易にしています。

 現代のFACの多くは後部甲板に小型ボートを搭載していますが、これらは原則としてクレーンを使って水面に降ろす必要があります:外洋での高速追尾に従事する際は降下作業が不可能となります。

 「FAC 33」は依然として比較的新しい設計ですが、ディアサン社のラインナップではすでに「FIB 33(33m級高速介入艇)」と呼ばれる新型に更新されています。航続距離と速度が向上した以外では、最も明らかな外観上の違いに船体の上部構造が延長されたことや2基の「マルテ Mk2/N」発射機の位置が船尾に変更されたことがあります。

 艦橋上部に携帯式地対空ミサイル(MANPADS)の2連装発射機が新たに追加されていますが、その他の武装はFAC33と同じです(注:MANPADS発射機は後述の「FAC 43」と同様に「ミストラル」用の「SIMBAD-RC」であると思われます)。

 現在、ディアサン社が売り込んでいるFACは「FIB 33」だけではありません。「FAC 43」は基本的に「FIB 33」の大型版であり、結果としてより豊富な種類のレーダーや武装がその設計に取り入れられています。

 それに対して、「FAC 65」は全く異なる種類の設計案となっています。「FAC 65」は全長が65メートルもありますが、その長さだけでなく、8セルの「VL MICA-M」艦対空ミサイル用VLSを搭載しているという重対空兵装の点から、この船については重装備型ミサイル艇かコルベットと呼ぶことがふさわしいかもしれません。






























 少人数の乗員で運用するコンパクトな設計で驚くほど幅広い機能を提供していることから、「FAC 33」とその後継型の「FIB 33」は21世紀の多目的船という称号を大いに獲得しています。現在ではパキスタンやバングラデシュといった国が艦隊を更新している途中のため、これらのようなトルコの設計案は彼らの魅力的な採用候補となるかもしれません。

 もっと身近なところでは、カスピ海を共有するほかの国々によって深刻なほどに(水上戦力が)劣勢となっている、アゼルバイジャンやカザフスタンが有望な顧客に含まれる可能性があるでしょう。

 ひとつだけ確かなことは、この地域では約30種類の設計案が売り込まれているため、どのような条件だろうと顧客の要件を満たす艦船が常にあるということです。


[1] Turkish FAC-FIC Designs https://defencehub.live/threads/turkish-fac-fic-designs.558/
[2] IDEF 2015: Dearsan set to deliver first fast attack craft for Turkmenistan https://web.archive.org/web/20150717004314/www.janes.com/article/51221/idef-2015-dearsan-set-to-deliver-first-fast-attack-craft-for-turkmenistan
[3] 33m Attack Boat https://web.archive.org/web/20160731140456/http://www.dearsan.com/en/products/33-m-attack-boat.html
[4] Marte Mk2/N https://www.mbda-systems.com/product/marte-mk2-n/

特別協力: Hufden氏 from https://forums.airbase.ru

 ※  この記事は、2021年3月22日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。
 

2021年7月16日金曜日

斬新な戦闘能力:ウクライナの「ヴィリハ」多連装ロケット砲


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 ロシアによるクリミアの奪取とドンバス地域における武力紛争の勃発以来、ウクライナは数十年にわたって(満足な装備の更新なしに)放置されてきた自国の軍隊を補うために、野心的な再装備計画を立ち上げました。

 現在、ウクライナは旧式の装備を保管庫から出してオーバーホールやアップグレードすることに加えて、完全に斬新な戦闘能力も軍隊に導入し始めています。それらの中で注目すべき装備としては、国産の対艦巡航ミサイル「ネプチューン」や短距離弾道ミサイル「フリム(グロム)-2」、トルコの無人戦闘航空機(UCAV)「バイラクタルTB2」があります。

 その増大する戦闘能力をさらに引き上げるために、ウクライナはBM-30「スメルチ」300mm多連装ロケット砲(MRL)の改良に着手し、従来の無誘導型ロケット弾よりも精度だけでなく射程距離も大幅に向上した新型の誘導弾を使用できるようにしました。

 この新型は2018年に「ヴィリハ」MRLとして初めて公開され、その能力向上型の「ヴィリハ-M」は長年にわたってテストされた後の2021年に量産に入る予定です。[1] 

 この「ヴィリハ」は実績のあるBM-30と共通性があることを前提に開発されたため、ウクライナがこの新型弾を自国の軍隊に採用することには少しも問題ないと思われますし、ウクライナにとって、誘導ロケット弾の大量調達は比較的少ないコストでロシアに対する効果的な抑止力を構築することを可能にします。

 「ヴィリハ-M」は間違いなく短距離弾道弾(SRBM)とは異なるクラスの兵器ですが、ウクライナ唯一の地上発射型長距離ミサイルであるSRBM「トーチカU」に委ねられている任務の一部を引き継ぐ可能性があります。同じような射程距離でありながら弾頭数が12倍になり、弾頭の小型化(注:トーチカ-Uの半分の大きさ)という代償を払って命中精度を大幅に向上させた「ヴィリハ-M」は、ウクライナに火力と一般的な戦闘能力の面で大幅な能力向上をもたらしました。


 1990年代のユーゴスラビア紛争以降のヨーロッパにおける初の大規模な従来型の紛争として、東ウクライナでの戦争は戦闘状況下での多数の兵器システムや電子戦能力の巨大な潜在力を思い起こさせています。もちろん、MRLの破壊力もその例外ではありません。

 あえて言うならば、この紛争で導き出された結論はウクライナ軍を通じて世に広まっただけでなく、軍事予算を減少させた結果として(MRLを含む)いくつかの兵器システムを退役させた西側の軍隊にも警鐘を鳴らすものとなりました。

       

 ウクライナ以外では、中国、トルコ、イラン、北朝鮮などの国で長距離精密誘導ロケット弾の設計・製造にかなりの投資を行っており、そのうちのいくつかは「ヴィリハ」のようにソ連の300mm口径の無誘導ロケット弾をベースにしています。

 (射程距離70km、250kgの弾頭を持つ)既存の9M55ロケット弾をベースにした、(「R624」として知られている)改良型ロケット弾は新型の固体推進剤やGNSS支援慣性誘導装置、90個の小型誘導用スラスターを追加して、半数必中界(CEP)を約10mにまで大幅に縮小させました。[2]

 新開発した「R624M」シリーズを使用する「ヴィリハ-M」に限っては、改良によって射程距離の大幅な延長がもたらされました。

 射程距離を延長するために弾頭のサイズを犠牲にした結果として、「ヴィリハ-M」は170kgの弾頭で130kmまで射程を延長することができましたが、さらに改良された派生型の「ヴィリハ-M1」では、170kgの弾頭を装着した状態で154km、236kgの場合では121kmの最大射程距離を実現しています。そして、最新型の「ヴィリハ-M2」では200km程度の射程距離を持つと伝えられています。[2] しかし、射程距離の延長は全体的に終末段階の命中精度を低下させる一因となり、R624MではCEPが約30mに匹敵する可能性があります。

 旧式の推進剤を使用した場合と比較して、推力を約18%向上させた新しい推進剤を使用することによって、さらに航続距離を延長することが可能となります。新型の推進剤を使用すれば「R624」でも100km以上の飛行が可能となり、M・M1・M2の各型では射程距離が200kmに迫るか、場合によってはそれを超えるかもしれません。[3]
 
 ルーチ設計局による別のプロジェクトでは、「ヴィリハ」MRLを通常のロケット弾と最大射程距離100kmの新型地対空ミサイルの共用発射システムに変える必要があることから、このMRLシステムに関する技術革新はとてもここで止まりそうにありません。[4]


 発射直後は初速が遅いことから空力を用いた軌道修正が不可能なため、誘導が複雑になるなどの理由で、この新型ロケット弾の運用方法は明らかに型破りなものとなります。これらの影響を軽減するため、発射の初期段階にロケット弾の誘導装置の外周に配置された90個の小型ロケットスラスターのそれぞれが数秒間の指向性を持った推力をもたらします。

 これだけでもロケット弾に標的の付近へ向かわせるコースを設定するには十分でしょう:誘導の終末段階には胴体前部から空力ベーンが展開し、着弾する直前のコース修正を容易にします。

 多くの最新型のMRLと同様に、「ヴィリハ」MRLの誘導方式は慣性誘導とGNSS誘導の両方を利用することができます。後者は慣性誘導よりもはるかに小さいCEPを達成できる可能性がありますが、妨害に脆弱性が生じるかもしれません。そのためか、最近のモデルでは命中精度を向上させるためにTV誘導方式を使用しているものもあるようです。
 

 「R624(M)」誘導ロケット弾の大きな利点は、発射機に大規模な変更なしで既存のBM-30に容易に統合できることです。この特徴が「ヴィリハ(-M)」をアゼルバイジャン、アルジェリア、クウェート、トルクメニスタンといった「BM-30」を運用している国々にとって魅力的な選択肢とさせています。

 このロケット弾の供給に関して、2021年4月にルーチ設計局は外国との初の契約を結んだことを公表しました。ただし、取引先の国やその他の詳細については少しも報じられることはありませんでした。[5]


 別の可能性がある将来的な開発として関心を抱かせるものとしては、「R624(M)」ロケット弾を「バイラクタルTB2」UCAVがレーザーを照射した目標に命中させることができる精密誘導弾にするためのレーザー誘導キットの導入があります。この優れた打撃能力はすでにトルコとアゼルバイジャンで「TRLG-230」 MRLを通して実現されており、TB2とMRL双方の運用能力を大幅に向上させています。

 レーザー誘導キットをロケット弾に装着することでほかの誘導システムが不要になり、「ヴィリハ」をより電子戦への耐性を高くすると同時に命中率を非常に高精度なものにさせます。

 ウクライナでこのような(攻撃能力を実現させる)装備の開発がすでに進められているかどうかは不明ですが、現代の戦場におけるゲームチェンジャーになっているのは、まさにこの種の偵察・攻撃プラットフォームと精密誘導弾との相乗効果です。


 話題を防御面変えると、より優れた特徴を持つトラックの導入や既存の車両の防御力の向上が「ヴィリハ-M」の生存率を高めるためのシンプルな改良を示しています。
 
 TELに使用されるトラックについて、「ヴィリハ-M」はオリジナルの「MAZ-543」に代わって(「ネプチューン」沿岸防衛システム/対艦巡航ミサイルのTELとしても使用されている)「KrAZ-7634」を採用する可能性があります。この組み合わせは2019年2月にアブダビで開催されたIDEXで初めて公表され、同年の12月には(非装甲キャビン装甲に代わって)装甲キャビンを備えた新コンセプトが披露されました。

 新型トラックの継続的な導入は「ヴィリハ」自体の機動性も向上させ、射撃後の迅速な再配置が可能となって生存率が再び強化されるだけでなく、運用や配備の選択肢に関する柔軟性も高めています。



 「ヴィリハ-M」の射程距離が延長されたことは、近い将来にウクライナのMRL部隊の極めて重要なアセットが(ほぼ全ての)ロシアのMRLを壊滅的な精度を伴いながらアウトレンジする能力を持つ可能性があることを意味します。

 これはすでに前回の紛争で直面したロシアとの(砲兵戦力面での)均衡をかなり破っていますが、レーザー誘導方式を取り入れたヴィルカ・シリーズの開発の継続や最大70kmの範囲にある標的をピンポイント攻撃可能なトルコの「TRLG-230」を調達することを通じて、ウクライナはこのコンセプトをさらに改良することができます。

 トルコとウクライナの間では、特にこのような共同開発プログラムに取り組むことを目的としたいくつかの共同事業がすでに存在しています(最も注目するべきものとしては、ウクルスペツエクスポルト社とバイラクタルTB2の設計を手がけたバイカル・テクノロジー社によるブラックシー・シールドがあります)。

 この傾向はトルコのUAVや「TRLG-230」のようなシステムに関する設計・運用経験とウクライナの既存の軍産複合体を組み合わせることで、完全に斬新な戦闘能力の開発ができる可能性を示唆しています。

 稿されました。
※ 2023年3月12日、ウクライナ国家防衛産業複合体連合のイヴァン・ヴィンニク氏は、「ヴィリハ-M」の改良と今後の製造について公表しました。[6]

「TRLG-230」(2022年にウクライナへ供与されたことが判明)

[1] Ukraine to Start Serial Production of Vilkha-M MRL Systems https://dfnc.ru/en/world-news/ukraine-starts-serial-production-of-vilkha-m-mrl-systems-in-2021/
[2] Про забезпечення ЗСУ боєприпасами та створення їх запасів https://www.ukrmilitary.com/2020/07/boeprypasy.html
[3] Вільха (ракетний комплекс) https://uk.m.wikipedia.org/wiki/Вільха_(ракетний_комплекс)
[4] КБ «Луч» розробило новий ЗРК на основі ракети «Вільха» https://www.ukrmilitary.com/2020/03/air-defence.html
[5] «Вільха» йде на експорт: укладено перші контракти https://mil.in.ua/uk/news/vilha-jde-na-eksport-ukladeno-pershi-kontrakty/
[6] ウクライナのロケット弾「ヴィリハM」、反攻時に実戦試験へhttps://www.ukrinform.jp/rubric-defense/3681270-ukurainanoroketto-dan-vuiriha-fan-gong-shini-shi-zhan-shi-yanhe.html

 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている
 箇所があります。


2021年7月9日金曜日

死に物狂いの怪物:YPGのシュトルム・パンツァー


著:ステイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 おおよそ1918年頃から世界の大部分で歴史の片隅に追いやられていますが、YPGはいわゆる「シュトルム・パンツァー(突撃戦車)」:第二次世界大戦に登場した同名の戦車(注:ドイツ軍の「ブルムベア」)を思い起こさせる装甲強化型歩兵支援プラットフォームの積極的な運用者であり続けています。巨大で奇怪な見た目をしたこれらの車両は、シリア北部にあるYPGの支配地域から彼らを何度も追い払おうとしたイスラム国や自由シリア軍に対するYPGの抵抗を象徴し始めています。

 YPGの隊列にこのようなDIYの怪物たちが存在していることはよく知られていますが、運用されているシュトルム・パンツァーの種類を要約する試みはほとんど行われていません(結果として、この記事の完成が大幅に遅れてしまいました)。

 シリア内戦に関与した他の主要と比較すると、シリア民主軍(SDF)を構成する主要な勢力であるYPG(Yekîneyên Parastina Gel: 人民防衛隊)は装甲戦闘車両(AFV)をほとんど運用していません。結果として生じた戦力のギャップを補うために、YPGは(通常はクローラーローダー、ブルドーザーや大型トラックなどをベースにした)DIY装甲車の生産を積極的に始めました。

 最初のDIY装甲車は無限軌道の車体に箱状の構造物を搭載したもの –ほぼ移動式のトーチカのようなもの– で構成されていましたが、そのうちYPGはその設計にいくつかの進歩的な要素を取り入れていきました。最終的に完成した車両は数え切れないほど多くの点でその有効性が制限されていますが、実際には一定の状況で役立つことがあります。

 YPGの機甲戦に関する情報が明らかに著しく不足している結果として、シュトルム・パンツァーの戦闘効率についてはほとんど知られていません。前線から離れた位置にあるYPGの拠点で撮影されたプロパガンダ映像や写真には頻繁に登場しますが、作戦下でシュトルム・パンツァーが動いている映像はほとんど存在しないようです。2013年から2017年にかけてSDFに戦争をしかけたイスラム国(IS)でさえ、2015年にハサカ県でYPGの部隊が敗走した際に、損傷を受けて放棄された1台しか捕獲できなかったのです。


控えめな始まり

 初期のシュトルム・パンツァーは装輪式の車体をベースにしていることが多く、ダンプトラックがその理想的なベースであることが証明されています。
装輪式の車体は装軌式のものと比較すると未舗装地での機動性が低下することに関係があるかもしれませんが、装軌式ローダーは決してスピードを考慮して設計されていません。新たに追加された装甲版と相まった結果、装軌式大型モデルのいくつかは固い地表での走行のみに限定されているのが妥当なものと思われます。この状態は彼らの運用能力を深刻な制約にかけているため、オフロード性能の維持という面では装輪式のプラットフォームに優位性を与えています。

 下の画像は典型的に改造されたダンプトラックです。この車両には(敵の心に恐怖を植え付けるということを主張したい場合を別として)迷彩効果が皆無に近い、周りから目立つ豪華な塗装が施されています。無蓋式荷台には砂や建設廃材の代わりに、歩兵のシェルターとなり、両側に各3つある銃眼から彼らの小火器を射撃することができる装甲構造物が設置されています。また、荷台と同様に完全に金属板で覆われているキャビンの上部には、「DShK」12.7mm重機関銃(HMG)付きの装甲キューポラが設置されています。


 機動式バンカーのコンセプトは最初の装軌式シュトルム・パンツァーでも引き継がれました。明らかに第一次世界大戦のフランス戦線に展開したドイツの「A7V」重戦車を意図せずにオマージュしたこの車両は、前方に射撃可能な「KPV」14.5mm重機関銃に加えて、乗員が持つ小火器を外部に射撃できるようにした10個(!)もの銃眼を装備していました(下の画像)。

 これらの装備は車両にほぼ全方位射撃を可能にさせていますが、ここから射撃される小火器は、すでにシュトルム・パンツァーへのRPGの有効射撃圏内まで挑んできた敵に対してのみ有効です。軽装甲では小火器からの射撃や砲弾の破片しか防げないことから、RPGが命中した場合はほぼ確実に内部に壊滅的な損傷をもたらして乗員を殺傷してしまうため、結果としてシュトルム・パンツァーが沈黙してしまうことは避けられないでしょう。


 おそらくはまさにこの理由で、後に登場したシュトルムパンツァーはほとんどの場合はその前部に2基の砲塔を装備しており、より広い射撃範囲を実現させています。

 下の画像の車両はそのような設計思想をうまく実例で示しており、向かって左側の砲塔には「KPV」14.5mm重機関銃、その反対側の砲塔には12.7mm重機関銃を装備しているように見えます。さらに、(向かって左側の)砲塔の上部には、乗員が身を隠したまま別の武器を射撃できるようにするための防楯が装備されています。


 まるで過ぎ去った時代のような戦闘に入ると、3台のシュトルム・パンツァーが敵に接近するために前方へ「突撃」します(下の画像)。カメラに最も近い車両は上の画像と同じ個体のようであり、これはこれらの車両がプロパガンダ映像に頻繁に登場するにもかかわらず、こういった「モンスター」の生産は実際には極めて限られていたことを暗示しています。


 YPGの装甲車列は、後方に駐車している大型のシュトルム・パンツァーの尋常でない巨大さをはっきりと目立たせています(下の画像)。
隣に駐車されている汎用装甲車「MT-LB」のほぼ2倍の高さもあるシュトルム・パンツァーは、「MT-LB」や他の種類のAFVの能力を広げることはほとんどありません(注:シュトルム・パンツァーの存在がほかのAFVの助けになるようなことが無いということ)。

 必要に迫られて誕生したとはいえ、ほとんどのシュトルム・パンツァーの運用歴は驚くほど長く、YPG/SDFが耐地雷・伏撃防護車両(MRAP)といったより適切な代替装備を容易に入手できるようになった後も長く運用され続けています。


 2015年にテル・タミル近郊でISに捕獲されたシュトルム・パンツァー(下の画像)。驚くべきことに、これがこの種の車両の唯一の損失記録です。そうはいっても、シュトルム・パンツァーの低損失率はそれらが少数しか生産されていないことと、主に十分な歩兵からの支援を受けることができる掃討作戦で活用するという控え目な展開にとどめられていたことからも説明することができます。
 
 世間一般に信じられていることとは逆に、シュトルム・パンツァーはISやFSAとの激しい戦闘で重装甲の突破車両として使用されたことは一度もありませんでした。


 上の捕獲された車両は、その設計の固有の弱点:機動性の低さも目立たせています。
おそらく速度は10km/hをはるかに下回り、ほとんどが舗装された道路での移動に限られるため、敵の集中砲火を受けているシュトルム・パンツァーが(とりわけ危険な場所から抜け出して後方へ横切る必要がある場合は)成功裏に退却するのは困難を極めます。このような状況下では車両を完全に放棄することが最良の選択肢となる可能性があり、大きな後部ドアと側面の脱出用ハッチがそのための十分な機会をもたらします。


 一部のシュトルム・パンツァーは重装甲工兵車(AEV)として使用するために排土板を維持し続けており、瓦礫やその他の障害物を取り除いて友軍部隊が前進を続けられるようにしました。ちなみに、排土板は敵と正面で対峙した際の追加装甲としても機能します。

 下の車両は非武装でしたが(ただし、両側面に2つの銃眼を装備しています)、別の車両では発生し得る敵敗残兵から攻撃を払いのけるために機銃を装備した砲塔が搭載されていました。


 これらのAEV型シュトルム・パンツァーの1台は、2017年8月にラッカでISのクアッドコプター・ドローンから投下された簡易爆弾の直撃によって、装甲化された上部構造に詳細不明の損傷を受けました。面白いことに、この映像をリリースしたISのメディア部門はこの車両をBMP(歩兵戦闘車)と誤認しています(注:下の画像の字幕に注目してください)。


 大型の設計に加えてYPGはいくつかの小型モデルを組み立て、いくつかの設計を経た後で、最終的には最も高性能なシュトルム・パンツァーが作り上げられました(下の画像)。

 この高性能型はシリーズの最初の型とはほとんど関連性がなく、状況把握能力を向上させるためのカメラ・システムを搭載していますが、双連の機銃が正面に固定して装備されています。これは、標的に照準を合わせるために自らの車体そのものを動かさなければならないことを意味しており、結果的におそらくは命中精度がひどく不正確で扱いにくいものになっていると思われます(注:スウェーデンのStrv.103「Sタンク」と似たようなものと考えると理解しやすいかもしれません)。

 この車両に関するもう一つの興味深い特徴は、車体の左側に4発の無誘導ロケット弾発射管を備えた固定式発射機が取り付けられていることです。



 YPGのために、このコンセプトは短時間でより有用なデザインへと進化しました。このモデルは砲塔に「54式」12.7mmHMG(どこにでもあるソ連製「DShK」の中国版)を搭載し、合計で7つの銃眼を装備しています。弱点としては、車両のサイズが小さく、乗員がエンジンに近いところに配置されることから、シリアの高温で乾燥しがちな気候での運用は悪夢のような状態となる可能性があります。
 また、車体の右後方にある小さなドアにも注意してください。このドアは乗員が車内に出入りするための2つの出入り口のうちの1つです。



 (Soendilと名付けられた)この第2バージョンは明らかに上の車両と同じデザインを軸に組み立てられていますが、(機関銃手の防御力が低下する一方で状況認識能力が大きく向上する)オープントップ式の砲塔やその他の僅かな違いがあります(下の画像)。

 この車両は2016年にSDFがシリア北部をイスラム国の影響下から解放し始めた際に市街戦で監視任務と制圧射撃を実施した、戦闘中に目撃された数少ないシュトルム・パンツァーの1台でもあります。



 さらに同じデザインの別バージョンでは、北朝鮮の「323」APCを連装させる大型の砲塔を特徴としています(下の画像)。YPGによって製造された初期のDIY AFVでも見た目が同じような砲塔がすでに見られていたため、これに関する実際の原点は風変わりなものではありません。

 この新たな砲塔では搭載武装が1丁の機関銃ではなく2丁に増強されており、運用上の要件や持ち合わせの武器に応じて武装を入れ替えることができます。(下の)2枚目の画像では砲塔の武装が「KPV」14.5mmHMGと「PK」7.62mm汎用機関銃で構成されていますが、3枚目の画像の車両には2門のKPVが搭載されています。




 究極のシュトルム・パンツァーのデザインは、最も本格的なAFVに近いものになっています。「BMP-1」の砲塔と車体前面のボールマウント式銃架に「W85」12.7mmHMGを装備しており、ある程度の状況認識能力を維持しつつ十分な装甲と重武装の両方を備えています。

 また、車体全周には成形炸薬弾頭が直撃した際の効果を低減させるためにスラット・アーマーが追加されており、小火器や砲弾の破片以上のものからの防御を試みています。しかし、この追加装甲と車体との間隔の狭さは実際にその効果が発揮される可能性が低いことを示しています(注:スラット・アーマーが車体とほぼ密着しているため、成形炸薬弾頭の威力の低減に全く意味をなさないということです)。

 以前のモデルを上回る優れた火力と機動性は、このシュトルム・パンツァーが実際に火力支援車両としての価値がある可能性を意味しており、長年にわたる段階的な設計改善の恩恵がはっきりと示されています。

 アメリカから供与されたMRAPというより優れた代替手段がすぐに利用できるようになっても、完全に死に物狂いの中で生み出されたYPGのシュトルム・パンツァーは、終わりなきシリア内戦の信じられないほど過酷な状況で当初考えられたよりもはるかに長く運用されています。

 MRAPを使えるもかかわらずシュトルム・パンツァーを運用し続ける頑固さの理由は彼らのプロパガンダ的価値やYPGの技術陣の作業を維持しておく必要があるということにすぎませんが、信頼できるデータが無いため、私(著者)はYPGのシュトルム・パンツァーを健在させ続けているのは、彼らの純粋な反発の精神にあると信じることにします。

 ※  この記事は、2021年6月7日に本国版「Oryx」に投稿された記事を翻訳したもので
   す。当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所があり
   ます。