2022年12月2日金曜日

勝利を実現させるために:カナダによるウクライナへの軍事支援(一覧)


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ 

 2022年2月にロシアがウクライナへ侵攻した後、カナダは多くのNATO加盟国と同様にウクライナの防衛力の構築に大きく貢献しました。

 カナダによる軍事援助には、これまでに真新しい「ASCV」装甲戦闘支援車39台、新型のロシェル「セネター」歩兵機動車(IMV)8台、「M777」155mm牽引式榴弾砲4門、対戦車兵器4600基が含まれています。

 また、西側諸国から供与された155mm榴弾砲に使用するために「M982 "エクスカリバー"」GPS誘導弾を(数量不明ながらも)送ったこと、カナダはウクライナに初めて誘導砲弾を供給した国でもあることは注目すべきでしょう。
 
 ウクライナに新型の装甲戦闘車両(AFV)を供与するという決定は、ウクライナに重火器を贈呈してきた他の多くの国とは明らかに一線を画しています。カナダは、2022年後半を通して39台のGDELS製「LAV 6.0」装甲戦闘支援車両(ACSV)を供与する予定です(注:2022年12月には現地に到着)。

 「ACSV」にはいくつかのバージョンが存在しますが、ウクライナは装甲兵員輸送車(APC)型を受け取ることになると推測されています。

 ちなみに、戦争初期の段階で「LAV/ACSV」のベースとなったモワク製「ピラーニャ」APC25台をウクライナに供与する試みがあったものの、スイスがデンマークから同型車をウクライナへ供与することについて承認を求められた際に却下したことを受けて頓挫してしまいました(注:スイスは自国製兵器を第三者に移転する際は許可が必要など厳格な管理を行っています)。[1]

 もう一つ見落とされている支援としては、カナダがウクライナ向けの「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)用にウェスカム製「MX-15D」前方監視赤外線(FLIR)装置を相当数寄贈していることが挙げられます。

 トルコ製の「バイラクタルTB2」に装備するために「MX-15D」をウクライナに寄贈するという決定は、おそらく皮肉としか言いようがありません。なぜならば、トルコはアゼルバイジャンに「MX-15D」を装備したTB2を販売して制裁を受けているからです(注:本当に新規にカナダから寄贈されたものか、それとも制裁前にメーカーのバイカル社が「MX-15D」を相当数ストックしていたものかを考慮する必要がありますが、現時点におけるTB2の生産機数を考えるとストックは若干考えにくいかもしれません)。

 トルコに対する制裁が発動されたにもかかわらず、カナダではウクライナに代わってTB2を購入するために独自のクラウドファンディングも行われていることは注目に値する動きと言えるでしょう。[2]

 今後、ウクライナに対するカナダのさらなる軍事援助がどうなるかについては、現時点では依然として不明となっています。

 ウクライナにTB2を安定的に供給されるようになれば、カナダはさらに多くの「MX-15D」を寄贈ができるでしょう。また、確立された国内におけるAFV産業の存在は、カナダは自国の戦力を損なうことなく「ACSV」や「セネター」といった車両の供与を可能にさせます。また、カナダはアップグレードした「M113」APCのストックを保有していることから、いつかウクライナに送られる可能性も残されています。

 この戦争が転換期を迎えていることは確かであり、友好国から寄贈されて集まった兵器類が戦場でその影響力を発揮していることから、カナダはますます失われた領土を回復しつつあるウクライナを支援し続けるための他の方法を見出すに違いないでしょう。

ロシェル製「セネター」歩兵機動車:8台がカナダからウクライナへ供与された

  1. 以下に列挙した一覧は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の直前と最中にカナダがウクライナに供与した、あるいは提供を約束した軍事装備等の追跡調査を試みたものです。
  2. このリストは、主にカナダ政府が発表した情報に基づいて作成されています。[3] 
  3. 一覧の項目は武器の種類ごとに分類されています(各装備名の前には原産国を示す国旗が表示されています)。
  4. この一覧はさらなる軍事支援の表明や判明に伴って更新される予定です。
  5. 各兵器類の名称をクリックすると、当該兵器類などの画像を見ることができます

地対空ミサイルシステム
  • 1 NASAMS(1個中隊分を1と計上) [予定]
  • 12 AIM-120 "AMRAAM" (「NASAMS II」用) [2023年3月]

空対空ミサイル

戦車

工兵・支援車両

牽引砲
  • 4+ M777 155mm榴弾砲 [2022年4月] (数量不明の「M982 "エクスカリバー"」GPS誘導砲弾を含む)

装甲兵員輸送車 (APC)

歩兵機動車(IMV)
  •  330 ロシェル「セネター」 [8台は2022年5月に供与済みで追加の78台が2023年6月に供与、残りはそれ以降に供与予定] 

前方監視赤外線 (FLIR) 装置

対戦車兵器
  • 100 カールグスタフM2 無反動砲 [2022年3月]
  • 4,500 M72 使い捨て式対戦車ロケット砲 [同上]

小火器
  • C8 カービン [2022年2月か3月]
  • 200+ C6 汎用機関銃 及び C9 軽機関銃 [同上]
  • 78 中口径・大口径狙撃銃 [2022年3月]
  •  600 グロック17 [2022年2月か3月]
  • 40 ''プレーリー・ガン・ワークス''製狙撃銃 [予定]
  • 38 7.62mm 軽機関銃 [2023年1月以降に供与]
  • 21.000 5.56mm アサルトライフル [2023年1月以降に供与]

弾薬類
  • M982「エクスカリバー」GPS誘導砲弾(「M777」榴弾砲用) [2022年4月]
  • 27,000 155mm砲弾(「M777」榴弾砲用) [2022年4月,5月,10月]
  • 2,000 84mm無反動砲弾(「カールグスタフM2」用) [2022年3月]
  •  7,500 C13 手榴弾 [同上]
  •  3,900,000 口径不明の弾薬 [2022年2月か3月]
  • 120mm砲弾「レオパルト2A4用] [予定]
  • 10,000 105mm砲弾 [予定]

個人装備
  • CG634 ヘルメット [2022年3月]
  • ボディアーマー [同上]
  • 1,600 防弾チョッキ [同上]
  • 防毒マスク [同上]
  • 暗視ゴーグル [同上]
  • 個人用防護・運搬装備  [2022年2月か3月]
  •  500,000 防寒着 [2022年10月と12月]

その他の装備品類
  • 10 155mm砲身 (「M777」榴弾砲用) [2022年6月]
  • 16 通信装置(「レオパルト2A4」用) [予定]
  • 監視・検知装置 [2022年2月か3月]
  • 7,000万ドル(約70億円)相当の衛星画像サービスの提供 [2022年10月以降]
  •  640,000 レーション (MRE) [2022年3月]
  •  携行式暖房器具 [2022年11月以降]
  •  保温ブランケット [同上]
  • 寝袋 [同上]
  •  防寒服 [同上]

リトアニアでのクラウドファンディングで得た「バイラクタルTB2」には、カナダから譲渡されたウェスカム製「MX-15D」FLIR装置が装備されている

[1] Swiss veto Danish request to send armoured vehicles to Ukraine https://www.reuters.com/world/europe/swiss-veto-danish-request-send-ukraine-armoured-vehicles-tv-2022-06-01/
[2] Canadian Crowdfund aims to buy Turkish combat drone for Ukraine https://www.aa.com.tr/en/economy/canadian-crowdfund-aims-to-buy-turkish-combat-drone-for-ukraine/2640135
[3] Canadian military support to Ukraine https://www.canada.ca/en/department-national-defence/campaigns/canadian-military-support-to-ukraine.html

※  当記事は、2022年9月12日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したも
 のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
 あります。


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2022年11月20日日曜日

不本意な軍事支援:ウクライナにおけるイラン起源の兵器(一覧)


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 ロシア・ウクライナ戦争を観察するウォッチャーの大半がイラン製無人機ロシア軍でがデビューする可能性を待ち構えていると同様に、すでにイラン製及びイランが調達した武器が遅くとも2022年4月からウクライナの戦場で積極的に活用されていることを知る人は少なくありません(注:この記事のオリジナル版は9月3日に投稿されました)

 ただ、多くの人の予想とは異なり、これらの武器はロシア軍によって使用されるのではなく、ウクライナがロシア軍と戦うために投入されているのです。

 このような武器がウクライナに行き着いた経緯は、実際にウクライナにイランの武器が存在するという事実と同じくらい興味深いものと言えます。まず、それを知るにはイランのイエメンに対する武器取引とそれに対抗するための西側諸国の取り組みについて掘り下げることが必要でしょう。

 イラン(製)の武器に関する最初の目撃事例は2022年4月下旬にウクライナの都市であるクリヴィー・リフ近郊でのことであり、市民が地面に複数のプラスチック製ケースが不審な状態で埋まっているのを発見し、地元の警察に通報したことが発端となりました。[1]

 警察官がこのケースを掘り出した結果、これらはロシアの占領に備えたウクライナの「残置要員」による作戦のために準備された武器庫であることが判明したのです。

 この武器庫のケースには数種類の爆薬や弾薬のほか、"戦前"にウクライナで運用されていなかった中国製の「56-1式」自動歩槍10丁が含まれていました。ウクライナに小火器を供与しているいくつかの欧州諸国が「56式」の在庫を保有していることが知られているものの、淡褐色の木製部品と折りたたみ式のストックから、問題の銃はイランが過去数十年の間に中国から入手したものではなく、比較的最近に生産されたものであることを示していたのです。[2]

編訳者注:上記の事例で発見された「56-1式」については、
  1. 10丁と数が少ない
  2. イラン側の密輸船から押収された武器には対戦車兵器も含まれているが見当たらない
  3. 本体や弾倉に油紙が付着したまま(アメリカなどが押収した56-1式はビニールで包装されているが、中国の備蓄用56式はグリス漬けにして油紙巻きで保管するという違いがある)
  4. 中国の輸出用56式は新品かつ油紙巻きではないのが一般的
  5. 現地民に発見されて警察に押収された状況が不可解
などの状況を踏まえると、密輸船から押収・ウクライナへ供与されたものとは考えにくいという見方もあります。イランではない他国から入手したものが地下にストックされた可能性がありますが、問題は「誰が埋めたのか」です。ウクライナの機関・現地のレジスタンスやなのか、ロシアの工作員・親露派勢力なのか、あるいはブレッパーなのか...正体も入手先も依然とはっきりしていません。
 ただし、イギリスが訓練を実施しているウクライナ兵が持っている「56-1式」は特徴的に密輸船からの押収品を供与したものとみて差し支えないでしょう。(この注釈は
Apple Tea Arsenal氏の考察を踏まえて追加しました)。

「56-1式自動歩槍」を構えるウクライナ兵(2022年8月)

 中国から納入された「56-1」式のうち実際にイランの部隊で用いられているのは一部であり、大部分は将来起こるであろう地域紛争での使用や中東各地における代理勢力への供与のためにストックされています。


 後者については2015年のサウジアラビア主導のイエメン介入後に発生しました。その反発として、イランはフーシ派にあらゆる種類の兵器を供給し始め、こうした兵器には小火器から防空システム、巡航ミサイルや徘徊兵器、さらには弾道ミサイルまでもが含まれていました。[3]

 海上封鎖が実施されているにもかかわらず、こうした兵器がイエメンに届き続けているという事実は、イランが武器密輸に長けていることを示しています。

それでも、中東の海域を航行する西側の軍用艦艇によって武器の輸送が阻止されて押収されることも散見されます。[3]

 これらの押収で、アメリカ・イギリス・フランス・オーストラリアは1万丁以上の主に「56-1式」で占められたAKタイプのアサルトライフル、機関銃、狙撃銃、RPG、迫撃砲、対戦車ミサイル、さらには少数のイラン製防空システムや巡航ミサイルも保有するように至りました。[3]

 押収された防空システム(「サクル-1」地対空ミサイルシステム)は情報機関による広範な研究のために残されていることを疑う余地はないでしょうが、これらの西側諸国がイラン製またはイランが調達した各種兵器を保有し続け、他国へ供給するという選択に進む必要性は全くありませんでした。

 しかし、2022年2月にロシアによる軍事侵攻が開始されたことで、彼らの最終的な行き先がほぼ決まりした────ウクライナです。

アメリカ海軍の駆逐艦「ジェイソン・ダンハム」の活動によってイエメン行きのダウ船から押収されて山積みとなった「56式」自動歩槍(2018年10月)

 続いてウクライナにイランの武器が存在するのが確認されたのは2022年5月と7月のことであり、この際にはイラン製の「HM-19」82mm迫撃砲と「HM-16」重迫撃砲が郷土防衛軍(TDF)で使用されているのが目撃されています[4][5]。

 「HM-19」82mm迫撃砲は「HM-15」81mm迫撃砲の独自派生型であり、イランの代理勢力用として中東全域で一般的に用いられているソ連や中国の規格82mm迫撃砲弾を発射できるように特別に設計されたものです。

 「HM-16」120mm重迫撃砲はイスラエルのソルタム社製の「K6」をイランがコピーしたものですが、「HM-19」とは異なってソ連規格の120mm砲弾の代わりに西側規格の迫撃砲弾を使用するのが特徴です。

 イラン製迫撃砲の存在が発覚してから遠くない2022年9月の初旬には、イラン製砲弾の初確認もされました。それは「D-30」榴弾砲用の「OF-462」122mm 砲弾であり、梱包されていた木箱の書面にに製造年月日が2022年と記載されていたのです。[6]

 2022年にイエメン向け「OF-462」122mm砲弾を含む武器密輸の摘発が報告されていませんが、そのような出来事が公表されていない可能性は考えられるでしょう。

 もう一つの仮説として、スーダンなどの第三国を経由してイランから砲弾を購入したというものが挙げられます。ウクライナのために第三国を利用して武器や弾薬を入手することは一般的に行われており、これまでにアゼルバイジャン・ブルガリア・パキスタン・スーダンから調達するに至っています。

 さらに数種類ものイラン製の武器やイランから密輸される途中で押収された武器が、ウクライナの手に渡った可能性があると思われます。こうした武器には、小火器・機関銃・RPG・迫撃砲、さらには対戦車ミサイル(ATGM)が加わるかもしれません。

 半世紀以上にわたる武器密輸の結果として数百発もの対戦車ミサイル(ATGM)が押収されていることを考えると、これらもウクライナの多様化する保有兵器として同国に行き着いた可能性は十分にあるでしょう。

 これらはイランから押収された武器の中では一般的な(それゆえに供与しやすい)ものですが、戦争の遂行に有益と判断されれば、より高度な種類の武器も使用可能となるかもしれません。

クリヴィー・リフ近郊の武器庫で発見・回収されたイランに起源を有する中国製「56-1」式自動歩槍(2022年4月下旬)

  1. 以下に列挙した一覧は、(準軍事組織を含む)ウクライナの軍で使用されているイラン製やイランから密輸途中に押収された兵器類の追跡調査を試みたものです。
  2. 括弧内の年はウクライナで最初に目撃された年であって、供与された年を意味しません。
  3. この一覧は新たな使用事例の判明に伴って更新される予定です。
  4. 各兵器類の名称をクリックすると、当該兵器類などの画像を見ることができます。
 

重迫撃砲

軽迫撃砲

小火器


弾薬

[1] https://twitter.com/UAWeapons/status/1518276818884866050
[2] https://twitter.com/UAWeapons/status/1518276827382431746
[3]  https://www.oryxspioenkop.com/2019/09/list-of-iranian-arms-and-equipment.html
[4] https://twitter.com/UAWeapons/status/1527691142023847938
[5] https://twitter.com/UAWeapons/status/1547332202161119233
[6] https://twitter.com/UAWeapons/status/1565798823703740416

ヘッダー画像:UAWeapons

※  当記事は、2022年9月3日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したもの
  です。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があ      ります。



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2022年11月18日金曜日

2022年9月のキルギス・タジキスタン国境紛争で両軍が喪失した装備(一覧)


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 古くからあるキルギスとタジキスタン間の水紛争を原因とする一連の国境における小競り合いが、2021年4月に続いて2022年9月14日にも勃発しました。

 今回はタジキスタン軍は戦車と大砲を用いてキルギスのとある村に侵攻し、バトケンの町を砲撃したのです。

 砲兵戦力に関してはタジキスタンが優勢ですが、キルギスはタジキスタンの戦車や多連装ロケット砲(MRL)に反撃するために新たに導入した「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)を投入しました。この地域にTB2を撃墜可能な地対空ミサイル(SAM)を展開しさせていなかったため、タジキスタン軍の機械化部隊は上空の見えない敵に対して非常に脆弱であることが証明されました。

 国境での武力衝突は2日間続き、その後の2022年9月16日夜には双方が停戦に合意することができたものの、平和は僅か1日しか続きませんでした。ただし、双方が状況をこれ以上エスカレートさせることを望んでいなかったことから、結果として今回の衝突はより永続的な和平協定が調印される9月20日まで続いたようです。

 キルギスとタジキスタンの両国は共に国境問題を平和的手段によって解決するための努力を継続することを表明し、信頼の証として国境から追加の軍用装備と部隊を撤退させることに同意し、今回の武力衝突は終結に至りました。

  1. 下に記されている兵器類の名称に続く数字をクリックすると、破壊や鹵獲された当該兵器類の画像を見ることができます。
  2. この一覧は、写真や映像によって証明可能な撃破または鹵獲された兵器類だけを掲載しています。したがって、実際に喪失した兵器類は、ここに記録されている数よりも多いことは間違いないでしょう。 

キルギス (損失数:4, このうち撃破:2, 損傷:1, 鹵獲:1)

歩兵機動車 (1, このうち鹵獲:1)

トラック・車両類 (3, このうち撃破:2, 損傷:1)


タジキスタン (損失数:4, このうち撃破:4)

戦車 (2,このうち撃破:2)

多連装ロケット砲(1, このうち撃破:1)

トラック・車両類 (1, このうち撃破:1)

※ この記事は2022年10月3日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳した 
 ものです。

2022年11月14日月曜日

コーカサスのドラゴン:アルメニアの中国製「WM-80」多連装ロケット砲



著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 無関心な読者が、「アルメニアの軍隊はソ連から引き継いだソ連時代の兵器や、近年にロシアから得た兵器だけを運用している」と思ってしまうことは無理もありません。

 実際には、「T-72」戦車や「BM-21」多連装ロケット砲(MRL)、9K33「オーサ」SAMなどのありふれた兵器は、さらに驚くべき供給源から入手したいくつかの装備と一緒に運用されています。それらには、フィンランドから購入した Sako 「TRG-42」狙撃銃、インドから入手した「Swathi」対砲兵レーダーや中国から得た「WM-80」273mm MRL も含まれています。特に後者のシステムは、ナゴルノ・カラバフの係争地をめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの戦闘が再発した際に、大きな役割を果たす可能性のあるアセットとして頻繁にもてはやされました。

 長い間、アルメニアが運用する弾道ミサイル以外の兵器の中で最も長射程かつ重量級の兵器システムだった「WM-80」は、アゼルバイジャンの軍事的な近代化がアルメニアの戦力に追いつく2000年代半ばまでは、事実上、アルメニアにアゼルバイジャン軍全体をアウトレンジ攻撃することを可能にさせました。

 その数年前の1999年、アルメニアは中国から大口径多連装ロケット砲を導入した世界で最初の国の1つでした。

 現代の中国産誘導式大口径MRLは、現在では世界中の数多くの軍隊の装備に豊富に含まれていますが、(83式として知られている)「WM-80」のオリジナルデザインは、実際には1970年代にさかのぼります。その後、1980年代に射程距離の延長と精度を向上させるためのアップグレードが図られましたが(これが「WM-80」になりました)、このシステムにはいかなる誘導装置も搭載されていないため、長射程では精度が次第に不正確なものとなっていきます。

 「WM-80」はロシアの「BM-30」 300mm MRLによく似ていますが、後者は前者よりも弾頭重量が大きく(150kg vs 243kg)、射程距離がやや短く(80km vs 70km)、より多くの弾頭の種類があります。中国のシステムには弾頭の種類が全く欠けており、HE弾頭と、380個のHEAT弾を散布するように設計されたクラスター弾頭だけが使用可能です。これらの欠点のほとんどは、最終的に2010年にヨルダンに採用された誘導型「WM-120」MRLの導入によって改善されました。

 「WM-80」が「BM-30」よりも大きな優位性があるのは8発の273mmロケット弾が2つのロケット弾ポッドに収められていることであり、(2つのポッドと油圧クレーンを装備した)専用の再装填トラックで、ロケット弾を斉射した後に素早く発射機へ予備弾を補充することができます。

 その一方で、「BM-30」の発射管はロケット弾をそれぞれに再装填しなければならないため、再攻撃が可能になるまでに貴重な時間がかかり、対砲兵射撃や頭上に潜む敵のドローンに脆弱になります。



 アルメニアが武器や装備の提供についてほぼ唯一ロシアの気前の良さだけに頼っていた時代に、彼らが中国製MRLの購入を決定したということは、なおさら驚くべきことかもしれません。

 ロシア軍のストックから「BM-30」MRLをアルメニアに供給することについて、アゼルバイジャンとの現状に挑む可能性があることから望ましいことではないと異議を唱えることはできましたが、(アルメニアが「WM-80」などで近代化を進めていた)同じ10年の間、ロシアは彼らに「スカッド」弾道ミサイルシステムを提供することに何の不安もありませんでした。

 ただし、 1990年代後半までにロシア軍からすでに退役した「スカッド」とは異なり、「BM-30」は当時のアルメニアで不足していた外貨で購入する必要があったというのが説得力があるように思われます(注:アルメニアに十分な外貨があればロシアは「BM-30」を販売していた可能性があるということ)。

 MRLに関してより多くの輸出契約を受けることを熱望していた中国は、アルメニアに「WM-80」に関して有利な価格を提示した可能性があります。アルメニア側の資金不足については、導入した「WM-80」の数が少なく、発射機と専用の再装填車を各4台だけしか調達しなかったことからも説明できます。

 追加の支援車両は受け取らなかったため、アルメニアは指揮・参謀用車両として単にソ連製のGAZ-66やZiL-131トラックを使用することを選択しました。

 そもそも、「WM-80」中隊の必要最低限的な特質がアルメニアをこのシステムに惹きつけた可能性があります。当時としては素晴らしい戦力を大幅に削減されたコストで入手することができたからでしょう。

       

 おそらくは軍事機密の理由で、アルメニアで「WM-80」が初公開されたのは2006年に首都エレバンで実施された独立15周年記念の軍事パレードの際であり、それ以来、このMRLは同国の主要な軍事パレードに引き続き参加しています。

 注目すべきものとして、それらには2012年に実際されたナゴルノ・カラバフのステパナケルトにおけるパレードも含まれていることです。[2]

 ここでの「WM-80」の登場が、少なくとも2台の発射機が(実際にはアルメニア軍と不可分の存在である)アルツァフの軍隊に就役したと信じるに至った人を生じさせたかもしれませんが、これらは実際にはアルメニアのシステムであり、この軍事パレードのためにステパナケルトに持ち込まれたものにすぎません。



 「WM-80」は、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争以前の戦闘で投入されたとは考えられていません。アゼルバイジャンとの砲撃戦や中規模な武力衝突から全面戦争にエスカレートしてしまうのではないかという懸念が、そのような重火器の使用を妨げた可能性があります(注:「WM-80」を使用した場合は当然ながらアゼルバイジャンによる「BM-30」の使用を誘発し、戦闘がより激化する可能性があったため)。

 しかし、2020年9月に無人機戦や精密誘導弾で引き起こされたアゼルバイジャン軍の襲来を阻止するためにアルメニア軍が緊急出撃すると、「WM-80」はすぐに紛争地域の近くに移動させられました。

 この戦争でアルメニアの軍用装備はアゼルバイジャンの猛攻撃から免れられず、2台の「WM-80(及び/又はその再装填車)」が配備地に向かう途中で徘徊兵器によって破壊されたと考えられています。[3]

 (公開された)情報が不足しているにもかかわらず、2020年の戦争におけるこのMRLシステムが戦闘で使用されたかどうかについて、ある情報筋は以下のように主張しています...

''中国製の「WM-80」MLRS - カラバフの戦いにおけるアルメニアの最も失敗した兵器:これらのMLRSを使用した事実は1つしか知られていませんが、ミサイルはよく言われるように野原に落ちて、散布された(クラスター弾の)子弾は機能しませんでした。どうも保存期間(使用期限)が切れたことが影響しているらしいです。'' [4]

 それらの主張はどれもが現実に基づいた根拠があるのかが不明であり、確認するための裏付けとなる証拠もないため、疑ってかかる必要があります。

発射態勢にある「WM-80」。背景の岩石に対する迷彩パターンの効果にも要注目。

 少なくとも2台の発射機(及び/又は再装填車)が破壊されたことが確認されているため、アルメニアの「WM-80」部隊が昨年の戦争で打撃を受けたことは間違いありません。

 この戦争での彼らの戦闘効率は不明のままですが、戦時状態におけるこのシステムの運用で得られた経験が、21世紀の戦いのためのさらなる要求を生み出したことはほぼ間違いないでしょう。これには誘導型のMRLも含まれることが十分に考えられ、仮にこれを対砲兵レーダーや「WM-80」のような長距離MRLシステムと組み合わせた際には、敵の砲兵や陣地に壊滅的な打撃を与える可能性があります。

 「WM-80」の性能が実際に乏しかったのであれば、(計4台の)喪失したものと残存したものを置き換えるために、追加の「BM-30」が調達されるかもしれません。

 戦争遂行努力へのささやかな貢献にもかかわらず、アルメニアの「WM-80」は、それでも大陸でこれまでに使用された数少ない現代的な中国製兵器システムの1つとして、21世紀におけるヨーロッパでの戦いの興味深い一連の出来事を提示しています。



[1] РСЗО WM-80 Армянской Армии/Armenian Army. MLRS WM-80 https://youtu.be/7U5SzHleSAg
[2] Военный парад в Карабахе. Զորահանդես ԼՂՀ 09.05.2012 FULL https://youtu.be/kBpWDNr0_jU?t=4237
[3] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[4] Chinese WM-80 MLRS – Armenia's most failed weapon in the battle for Karabakh https://vpk.name/en/465776_chinese-wm-80-mlrs-armenias-most-failed-weapon-in-the-battle-for-karabakh.html
  事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所がありま  
    す。