2018年6月18日月曜日

改修されたシリアのSu-24(1)



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans(編訳:Tarao goo)

Su-24シリア空軍(SyAAF)の中で最も近代的で主要な打撃力を象徴している。同軍のSu-24は2012年11月からシリア内戦において積極的な役割を果たしている。
SyAAFが保有する攻撃機の殆どは既に老朽化しており、高度な要求に対処するために苦労しているが、Su-24はロシアの工場で完全なオーバーホールを受けた。それはSyAAFが同機を高度な運用状態で維持できることを確実にした。

シリアはSu-24を1990年から合計で20機導入した。20機のSu-24MKは1988年にソ連に発注して1990年に引き渡されたものだ。引き渡されたSu-24MKは、シリアの中部のT4空軍基地を拠点とする第819飛行隊に装備されたが、数機は南部のサイカル空軍基地に振り分けられた。
シリアが受け取った「MK」はSu-24Mのダウングレード型だ。「M」はソ連国内向けであり、MKはアルジェリア、イラク、イラン、リビア、シリアへの輸出用として生産されたものだ。










一般には殆ど知られていないが、シリアのSu-24MKは過去数年間でM2(注:Mの能力向上型)と同レベルに改修された。20機のSu-24MKはすべてがMK2に改修された。
MK2への改修でシリアのSu-24はSu-24M2と同じ規格になった。
この改修では、機体の古い制御システムを新型に入れ替えることによって改良された照準能力、航法および火器管制システムがもたらされた。
また、MK2はより新しい搭載装備であるKAB-500/1500(精密誘導爆弾、数字は爆弾の重量を示す)、Kh-31A/P、Kh-59R-73との互換性も得た。

改修の契約は2009年に調印され、2010年に作業が開始された。そして、2013年には改修の大半を終えた。[3]
改修された21機のSu-24のうち半数以上が問題なくシリアに戻ったが、2012年の秋には不幸にも最大10機がルジェフで依然として立ち往生していた(注:シリアに納入されたPNS-24航法/攻撃システムが21セットだったようです。記事で21機としているのはこれを根拠としていますが、現在ではその正確性はありません。シリアが追加でSu-24を導入したのか、それとも予備用に1セット多く発注したのかは不明です)。

ルジェフにおけるシリア空軍のSu-24(5機):2012年7月30日

しかし、SyAAFにおけるSu-24MKの重要性を考えると、アサド政権はロシアで死蔵されていた最も先進的な攻撃機を取り戻すために全力を尽くしたに違いない。
匿名希望の情報筋によると、既にSyAAFは1年前に引き渡しを受けるべく動いていていたとのことだが、もちろん、これは武器禁輸の完全な違反だ。

よく知られているMi-25を取引した例では、禁輸措置のせいでオーバーホールされたヘリコプターをシリアに運ぶロシアの船舶が戻ることを余儀なくされた[4]が、それらのMi-25は後に秘密の取引でシリアに引き渡された。[5]

Su-24MK2に関する取引への注目不足は引き渡しをより簡単にしたので、私たちはそれらが既にシリアへ戻された可能性が高いと考えても間違いないかもしれない。
ルジェフの新しい衛星画像は、グーグルアースや他のサービス上に現れた際にそれをはっきりと確認することができる(注:この記事が執筆されたのは2013年なので、現在ほど更新頻度が高くなかった状況を窺い知ることができる)。


シリアのSu-24は主にイドリブハマの上空を飛行するが、時にはデリゾールダマスカス郊外県のような場所でも飛ぶ。
MiG-23BNSu-22は使用し尽くされたも同然であり、修復するための「ブレーキ」が必要とされたことから、Su-24の使用が増加している。
このおかげで、Su-24はSyAAFの保有装備の中で最も重要な戦力としてその地位を確保した。
2012年11月28日にSyAAFのSu-24MK2がアレッポ県ダーラト・イッザ上空で撃墜された。同機がこの内戦におけるSu-24の最初の喪失となった。







さらにSyAAFはSu-24を使用してキプロス周辺の英軍の防空能力に対する調査を9月2日に実施し、10月5日にはトルコ軍に対しても行った
英軍に関しては、おそらくキプロスのアクロティリからスクランブル発進をしたと思われる。アクロティリはSyAAFにとって論理的な目標だった故に英軍に対してリアクション・タイムの調査をしたのだろう。

従来から装備していることが明らかなFAB(無誘導通常爆弾)、OFAB(破砕爆弾)、RBK(クラスター爆弾)を除いて、シリアのSu-24はKh-23Kh-25Kh-29L/T、Kh-31Kh-58、KAB-500とKAB-1500も装備している。
S-24S-25空対地ロケット弾とR-60空対空ミサイルの搭載は極めてまれで、可能性自体はあるが、無誘導ロケット弾ポッドの搭載は全く無い。






 ※ この翻訳元の記事は、2013年11月28日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。 

2018年6月4日月曜日

イスラーム軍の9K33「オーサ」地対空ミサイルシステム



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans(編訳:Tarao goo)

イスラーム軍はダマスカスの東グータ上空を飛行するシリア空軍のヘリコプターを撃墜するため、2016年6月26日に9K33オーサ(SA-8)移動式地対空ミサイル(SAM)システムを再展開した。イスラーム軍は1発のミサイル:9M33でヘリコプターを撃墜したとすぐにアナウンスしたが、損傷したMi-25はなんとかダマスカス国際空港に無事に帰還することができた。
翌日、シリア空軍はイスラーム軍の領域付近上空を飛行していた数機の航空機を喪失した。そのため、イスラーム軍の9K33に再び注目が集められた。

このシステムの最新の展開は、ロシア国防省が2015年10月15日と2015年12月30日の二度にわたって「東部ドゥーマイスラミック・ステート テロリスト集団」によって運用されていた9K33システムの破壊に成功したと主張したことで、イスラーム軍は既に9K33のミサイルを使い果たしたと思われていたために多くの人が驚かされた。
これらの攻撃の結果(9K33が本当に破壊されたのか)がどうであるのかは不明のままだが、この報告は東グータを飛行するシリア空軍への脅威が効果的に無力化されたという誤った印象を与えた。

はっきり言うと、イスラーム軍は2012年10月6日に東グータで1基の9K33を捕獲したとよく信じられてきたが、実際には2ヶ月足らずで少なくとも5基以上の9K33を捕獲した。
これらの5基のシステムのうち3基は運用状態で捕獲され、非運用状態の2基はシリア防空軍(SyAADF)の整備・保管施設で出くわしたものだ。
イスラーム軍によって捕獲・運用されている9K33の実際の数に関する情報が不足していることは、世界中の紛争地域における正確な情報収集の重要性を再び示している。







2012年10月に野党戦闘機が東グータにていくつかの地対空ミサイル拠点やレーダーシステム及びその関連機器を捕獲したが、この機器の大部分は老朽化した旧ソ連時代のシステムで構成されており、数カ月にわたって放棄されていた。
限られた数のZSU-23-4やトラック・指揮車両を除いて、この装備は反乱軍にとっては殆ど役に立たないことが判明した。
3基の運用可能な9K33の捕獲は後にシリア空軍にとてつもなくやっかいな問題を引き起こしたので、彼らが捕獲された後のすぐにこれらを攻撃しないと決定したのは大失敗以外の何物でもなかった。

バッシャール・アル=アサド大統領の体制に反対する戦闘員はこれまでにも地対空ミサイルを捕獲していたが、その遺棄された装備の殆どは使用方法が複雑すぎることが判明した。
機動性の高い9K33は操作をマスターするのがより簡単なシステムだが、インターネットでダウンロード可能なデジタルシミュレータが使用できるようになったことで更に容易になった。
おそらくより重要なことは、このシステムはレーダーが発射車両に直接組み込まれているために反乱軍にとっては(他のSAMより)ずっと使いやすく、空爆の目標になるのを避けるために素早く移動して隠れる能力があるということだ。
今までのところ、これらのシステムはイスラーム軍(かつてのイスラーム旅団)によって捕獲されたという事実(注:他の組織では捕獲例が報告されていない)があり、特にシリアにおいて反乱軍が遂に得た初の運用可能なSAMシステムとなった。

最近ではイスラミック・ステートの存在で完全に影が薄くなったが、内戦下におけるイスラーム軍の偉業はまさに劇的に他ならない。
他の反政府勢力に見られる機甲戦力と歩兵との間の貧弱な連携とは対称的に、彼らは機械化部隊で両者を運用する最初の勢力であった(注:組織的に連携できたということ)。
2013年後半にはイスラーム軍はKshesh空軍基地(注:ジラー空軍基地)を拠点とする独自の空軍を創設した。
そのL-39のどれもが今までに作戦飛行に投入されたことはなかったが、空軍の創設はイスラーム軍がそれをできる能力があったことを証明した。
そのほぼ2年後、イスラーム軍は2015年9月にイランのゼルザル-2無誘導ロケットを東カラマウンから発射するという、他の反乱軍によって行われていなかったことも初めてやってのけた。このロケットはシリアでは「マイサラム」と呼ばれ、シリアの沿岸地域にある市街地の中心部を標的にしていたと思われる。
この全く報告されていない攻撃はシリア空軍によって行われた東グータへの空爆に対する報復として意図されていた可能性が高いが、その戦果は不明だ。しかし、イスラーム軍はそのような兵器で攻撃を行った唯一の反政府勢力のままだ。

それらの功績と海外からの資金提供、そして故ザーラン・アルーシュ(注:ハローキティのノートで知られている人物といえば分かるだろうか)による強力なリーダーシップを考えると、イスラーム軍は捕獲された9K33を運用するテロ指定組織だった。
実際、捕獲後の数カ月間に彼らは既に東グータ上空を飛行するシリア空軍機に対してシステムを活用する準備をしていた。









9K33オーサは、元々はヨーロッパの平野で作戦中の前進する機甲部隊への上空援護を供するシステムの構築を目的として1960年代に開発された。
しかし、従来の設計とは対照的に9K33は発射システムとレーダーの両方を1台の車両に統合させており、輸送起立発射機及びレーダー搭載車両(TELAR)は、他のレーダー・システムに依存することなく独立して運用可能なことを意味している。
こうした独立性の高いシステムにもかかわらず、長距離レーダーシステムへのリンク機能はシステムの状況認識と戦闘能力を大幅に向上させる。
TELARはBAZ-5937上の9A33B発射プラットフォームと6発の9M33ミサイルで構成されており、それら2つの要素が9K33オーサ(ワスプ)と呼ばれる1つの完全なシステムを形成する。
これらはさらに9T217BM装填車によって支援されており、2台が各中隊に配備されている(注:通常、1個中隊にはTELAR4台と9T217BM2台が配備)。
9T217BMはTELARに9M33ミサイルを再装填する役目を負っており、12発のミサイルを搭載している。

9K33はソ連から友好国へ大量に輸出されており、1971年の登場以来、いくつかの紛争で行動を見せた。
かつての南アフリカ防衛軍(SADF)は戦場で最初に9K33に遭遇し、1987年の「モジュラー作戦」中に無傷で捕獲した。その後、情報機関がシステムを調査するために列を作った。
米国も1991年に「砂漠の嵐作戦」中でいくつかの9K33を捕獲し、自国のためのサンプルを手に入れることとなった。この攻勢は、システムが戦争中に見られた重度のECM環境で高速飛行するジェット機に対して本気で挑む能力が無いことを驚くほど明らかにした。
この事実は、ベンガジ周辺に展開した全ての作戦状態下にあるリビア軍の9K33が、1発の命中弾を与えること無く破壊されたリビア内戦中にもう一度明らかになった。






9K33はシリアでの運用ではるかに成功した実績を見せたが、それほど厳しくない環境で使用された場合、オーサは確かに非常に有能なシステムだったということを証明している。
シリアは1982年初めに最初の9K33を受け取った。そのすべてが発展型の9K33M2 「オーサAK」であり、更に改良された9K33M3「オーサAKM」に見られる特徴的なIFF(敵味方識別)アンテナが欠けていた。
これらのシステムは、レバノン内戦中に同国のベッカー高原への配備に総動員され、そこでイスラエル空軍のF-4EファントムIIと米海軍のLTV A-7EコルセアII攻撃機の撃墜に貢献した。

9K33M2「オーサAK」の9M33M2ミサイルは最大10kmの射程距離を有しており、19kgの弾頭が近接信管かTELARのオペレーターの指令で爆発する。
9K33のレーダーに対するジャミングがあった場合に備えて、電子光学追跡システムも車両上に装備されている。
シリアの運用では、この追跡システムは2000年代初頭から半ばにかけて出所不明の赤外線(IR)追跡システムに置き換えられた。この改修には9A33B発射機内に新しい電子機器を搭載することも含まれていた。新しいIR追跡装置は以下のTELARに搭載されている。
また、標的に向かうミサイルの軌道をオペレーターが画面を通して把握するための新しいディスプレイも見ることができる。
このディスプレイはこれまでイスラーム軍によって公表されたあらゆる映像で目立つように特集されており、標的に命中したかどうかを確認できる唯一の証拠となることが頻繁にある。











しかし、シリアの9K33はシリアに対するイスラエル空軍の襲撃に全く対抗できなかったことを証明し、その回数は過去数年間に急増した。
主にダマスカス周辺の武器貯蔵庫を標的にしたこれらの空爆はイスラエルによってジャミングが多様されたため、今までのところはシリアからの抵抗に殆ど遭わなかった。
実際、シリアが導入したばかりのブーク-M2パーンツィリ-S1ペチョーラ-2Mでさえ、これまでにイスラエルの航空機を追尾して撃墜することができなかったことが判明している。

シリア内戦の途中でSyAADFの作戦能力は急速に低下し、最終的にはかつて立派だった同軍の事実上の解散に至った。
ブーク-M2、パーンツィリ-S1、ペチョーラ-2Mのような新たに導入されたシステムは依然として運用状態にあるが、他の地対空ミサイル陣地の大半は装備が保管状態か単に朽ち果てた状態のまま放棄された。
9K33もそれらの状態と同然であり、ほとんどの部隊は運用が停止されてシステムは保管庫に入れられた。
その結果として、以前に運用状態にあった7カ所ある9K33の陣地(ダマスカス周辺に6カ所、バージ・イスラームに1カ所)の多くが空になった。

2013年2月2日に行われたイスラエルの空爆は、おそらくはレバノンとの国境を越えてヒズボラに引き渡されようとしていたブーク-M2が狙われていたが、実際はその代わりに3台の9K33オーサ-AKが破壊されたことがわかった。
レバノン国境にとても近いこれらの発射機の展開が、これらのシステムがレバノン国内のヒズボラへの移送があり得ることを示唆しているかもしれない点を、イスラエルが懸念していたことが充分に考えられる。
それは確かに妥当なシナリオのように思えたが、目標とされた9K33は実際のところ、元の陣地から撤退した後にこの場所に到着した。
ヒズボラへの移転はこのように起こり得ないが、空爆の目標設定はイスラエル側の諜報能力とそれに続く迅速な対応を示している。









イスラーム軍の戦闘員がアサド政権の支配下にある2つの主要な防空拠点を制圧することを目指して、東グータの田舎で作戦を開始した2012年10月5日に話題を戻す。
これらの拠点は、S-125地対空ミサイル陣地とそのミサイルの保管庫から構成されていた。貧弱な防御しかなかったので、両拠点はすぐにイスラーム軍の手に落ちた。
数ヶ月前には、ここに位置する孤立したSyAADFの9K33中隊が3km足らずの位置にある、より広大で安全なS-125陣地に移動するように命令された。
この中隊は9K33オーサ[275195]、[275196]、[275197]の3台、9T217BM'[275189]と番号不明の計2台、BTR-60PU-12指揮車両1台、関連装備と人員を輸送するいくつかのトラックから成っており、2012年8月1日に目的地に到着した。
4台目の9K33発射車両[275198]は以前は砲撃によって損傷を受けており、S-125陣地には移動されなかった。
[275198]はその代わりにマルジ・アル・スルタンデイル・サルマンの間に位置するSyAADFの整備・保管施設へと追いやられた。

新しい拠点に到着した後、[275195]、[275196]、[275197]は陣地内の打ち捨てられた多くのバンカーに駐留した。
この3台は無傷のままだったが、この動き(注:駐留)は中隊の作戦状態の終結を意味し、これらのTELARは10月6日にイスラ-ム軍に捕獲されるまでバンカーに留まった。
9K33をより安全な場所に移す動きは、このようにして全く役に立たないことが判明した。
後から考えてみると、東グータから全てのSyAADF戦力を退避させることだけが、大量の防空装備をイスラーム軍に捕獲させることを妨げたであろう。










敵対勢力の戦闘員が(9K33中隊も含めた)S-125陣地を捕獲する前に陣地全体が小火器の弾幕に晒され、結果としていくつかの車両が炎上し、そして防空装備の一部に損傷を与えた。しかし、9K33は陣地の保管庫に残っていたために無傷で難を逃れた。
シェルターから追い出された9K33[275196]の映像は、敵対勢力が捕獲したものをあらゆる点で最初に垣間見せたものだ。









9K33[275196]の上に乗った反政府勢力戦闘員の映像は、既に(彼らが得た)2台目の9K33[275197 ](2枚目の画像での奥にある車両)も存在することを明らかにした。
3台目の9K33[275195 ]の画像はソーシャルメディア上にのみ掲載されたため、結果として一般の大衆から目撃されることを免れた。
シリア空軍による空爆や砲撃等による破壊を避けるため、後にS-125や関連装備を含めた陣地全体が捕獲された場所から離れた。
その後、この陣地は農業用地に転換された









また、この陣地では2台の9T217BMのうち1台の焼けた残骸も発見された。おそらく、この車両は陣地を攻撃中のイスラーム軍に襲われ、結果として破壊に至った。
その陣地からさらに離れた位置に9K33中隊の2台目の9T217BMがあった。これは無傷で捕獲されて移動させられたが、後に火を放たれて破壊された。



2012年11月25日、反政府勢力はマルジ・アル・スルタンのヘリポートに隣接するSyAADFの整備・保管施設を捕獲した。
ここで発見された装備の中には十数台のトラックやAFV、工作機械、訓練用資機材だけでなく、「275198」ともう1台(シリアル不明)を含む2台のTERARもあった。
どちらも以前に反政府勢力による攻撃で一方の車両には標的追尾・交戦用レーダー・アンテナにいくつかの弾痕が生じ、もう1台は火災で同アンテナが損傷を被った。その損傷は、どちらの車両も将来にわたって使い物にならない状態にした。
そのうちの1台は、以前にイスラーム軍が3台のTERARを取り上げた陣地に駐留していたと考えられ、結局は2ヶ月以内に別の場所で捕獲されたに過ぎない。






同じ月に反政府勢力の戦闘員がハラスタ-・アル・カンタラ近郊にある整備・保管施設制圧した際に、何十台ものトラックや指揮車両だけでなく別の9T217BM[270405]も捕獲した。
軽微な損傷を除いては比較的無傷のままだったが、9T217BMには搭載されたミサイルが無かったので事実上役に立たなかった。
唯一の無傷である9T217BMの最終的な運命は不明のままだが、イスラーム軍で使用された可能性は低いだろう。








総計で、東グータの反政府勢力は少なくとも5台の9K33と2台の9T217BMを捕獲していた。
これらの車両の中で、3台の9K33だけがイスラーム軍で使用されていたことが判明した。
9K33中隊の(イスラーム軍の)新しい拠点への移転に装填車両も含まれていたのか、そして[275198]に搭載されていた6発のミサイルにも出くわしたのかどうかは不明のままである。そのため、反政府勢力によって捕獲された9M33ミサイルの数は議論のテーマのままであり、推定される幅は18~48発まである。

これらのミサイルのうち、少なくとも6発が東グータ上空を飛行するシリア空軍のヘリコプターに発射され、1機のMi-17と1機のMi-8/17の撃墜、もう1機のMi-8/17と1機のMi-25の損傷をもたらしたことが確認された。
時には追加の発射や(実際にこのシステムに関係する可能性がある)撃墜が報告されることがあるが、これらの出来事を独自に確認することはできない(注:それを立証する術が無い)。

反政府勢力にこのような高機能の兵器の奪取を許したことは危機的な失態であり、捕獲された直後にこれらのシステムを追跡して破壊する試みが完全に欠如していたことは、アサド政権の軍事組織の無能さを痛々しく思い出させるものとなる。
それ以来、何十もの兵器庫が捕獲されていった状況を見ると、彼らはこのような度重なる失敗からほとんど学習していないという結論に達せざるを得ない。










2012年10月5日の捕獲後にイスラーム軍が初めてこのシステムを用いたのは、それから実に1年弱が経過した2013年7月29日だった。
この時にはシリア空軍のMi-8/17が撃墜される状況がはっきりと見られ、東グータ及びその付近を飛行する同軍のヘリコプターに対する深刻な脅威の幕開けとなった(注:この撃墜を撮影した動画が存在しましたが、現在はアカウントが停止されたため視聴が不可能になっています。)
イスラーム軍のメディア部門は、ヘリコプターを撃墜した直後に声明を発表した。
今日、ソーシャルメディア上で1年前の襲撃で得た防空ミサイルシステムを用いたイスラーム旅団の英雄に関する朗報が拡散されている。この1年間、彼らはシステムのコードを解読して作動させるために不断の努力を費やした。多くの技術者がコードの解析に失敗した後、彼らが欲する成功に達するまで、アッラーが彼らに報いた昨日の製粉所での戦闘まで、この計画担当者は多くの試行錯誤を続けた。政府軍はムジャヒディーンによって征服された同所の奪回を必死に試みたが、イスラーム旅団のムジャヒディーンがロシア製の『オーサ』システムでヘリコプターを撃墜し、ヘリコプターに搭乗していた2名の大佐と1名の将校に死をもたらした。」 

報道発表で9K33システムを高度な地対空ミサイルシステムからイスラーム軍が実際に使用できる運用システムに転換する際に深刻な問題に遭遇したことが確認され、操作要員の中で以前にこのシステムを使用した経験がある者が全くいなかったことを示唆した。
操作要員が試行錯誤によってシステムをマスターすることは確かに可能だが、イスラーム軍内の旧9K33操作要員が存在する可能性を除外すべきではない。








実際の日付は不明のままだが、続く数週間か数ヶ月の後に別の発射が記録された。
ミサイルが直近で爆発したり、おそらく標的に命中した可能性が高いという事実にもかかわらず、損傷の程度や墜落したかどうかは報告されなかった。
最初の発射以後、新たな発射が公式に明らかにされる前には6ヶ月あったが、(上記の発射に加えて)その間に別の発射があった可能性を排除できない。
この発射は標的のMi-17の破壊をもたらした(映像はここで見ることができる。)
それは2014年1月16日の真昼間に発生し、1発の9M33ミサイルがヘリコプターのすぐ上にたどり着いて爆発してローターとテールブームの両方の喪失をもたらした。
ダラヤにて宙返りで落下するMi-17の劇的な映像(注:アカウント停止で視聴不可)がテープに記録され、イスラーム軍の9K33の脅威がまだ大いに健在していることがもう一度確認された。

前回の発射からちょうど1日後の2014年1月18日に、別の9K33の発射映像がアップロードされた。
この発射の成果はいくつかの家屋や木が障害となったためにはっきりしないが(注:後述のまとめ映像の2:50前後に注目)、9M33ミサイルは標的を逃して発射の25〜28秒後に自爆したと思われる。



2014年1月18日の最後の発射以降は、発射回数とその日にちを追跡することが非常に困難になった。
追加の発射を見せるビデオがアップロードされていないと考えられた直後の3月に、イスラーム軍はこれまでに知られていなかった2つ(これは前述の発射を含む)を含む、すべての過去の発射を映したビデオを公開した(注:便宜上、これを「まとめ映像」と記述する)。
別の攻撃ではMi-8/17に対する1発のミサイルの発射が見られた。ミサイルはヘリコプターの直近で爆発するが、その直後に映像が停止したので、おそらくは9M33ミサイルがヘリコプターに損傷を与えただけの可能性が高い(注:まとめ映像で2:10以降のシーン)。

イスラーム軍によって公表されたビデオは(システムの探知能力をさらに助ける)9K33に装備されたレーダーを使用したことも明らかにした(注:まとめ映像の0:20前後に注目。ターレット上の捜索レーダーが回転している)。
そのような使用は論理的に見えるが、シリア空軍による探知とあるいは破壊される機会が増大する。
この発射機には、1本の空のキャニスターを含む6つのミサイルが満載されている様子が映し出されている(注:これもまとめ映像の0:20前後のTELARのことを示す)。







同じビデオでは東グータを白昼に走り抜けている、新しいヘッドライトを装着した1台のTERARが映されており、この国の同地域上空における空中監視能力が欠けていることを証明している。

東グータには大いに恐れられている空軍情報部のメンバーが存在する可能性が非常に高く、おそらく彼らがイスラーム軍の前の指導者ザハラン・アルーシュを殺害した空爆に貢献したと思われる(注:国営シリア・アラブ通信では正確な監視に基づいて作戦が実行された旨を報じているが、親アサド系のアル・マスダール通信はイスラーム軍内のネットワークに侵入したシリア空軍情報部の情報将校が東グータで開催される最高レベルの会議の場所を空軍情報部に通報し、殺害に至ったと詳細に報じている。また、シリア人権監視団のラミ・アブドル・ラーマン代表も同様の発言をしている)。

しかし、9K33の運用を担当するグループの規模は小さいと考えられており、新しいメンバーの受け入れを中断することによって(スパイの)侵入は事実上不可能となった。






2014年1月18日の発射は、2年以上にわたる9K33の運用の最後に記録されたものになった(注:2014年時点での話)。
その間に実際に追加の発射がされた可能性はあるが、この期間に彼らによって公表された(発射に関する)声明やビデオはなかったことから、9K33が2年以上も運用を休止した可能性を示唆している。
9K33の不在はシステムが最終的に破壊されたか、またはイスラーム軍がミサイルを使い果たしたという根拠の無い噂につながった。

他では「外国が東グータに追加の9M33ミサイルを引き渡した」や「(今のところシリア空軍のMiG-29SMと数機のSu-24MK2が拠点を置く)サイカル空軍基地の周辺を飛行する航空機を標的にするために、少なくとも1つの9k33システムがグータから東カラマウンに移動させられた」といった奇妙な主張がなされた。
この地域における墜落の多くがここで運用されていると思われた9K33に起因するものとされたが、そのほとんどは後で技術的な欠陥としてその主張が誤りであることを証明した。 
これらの噂を裏付けるものは確認できないし、真実とも思えない。

2年以上にわたってミサイルが発射されたことが確認されていないことは、イスラーム軍が東グータ上空を飛行するシリア軍のヘリコプターを絶えず苦しめる意思があるのかどうかという疑問を投げかける。
確かに、イスラーム軍は捕獲した装備の使用に関して、この時期から内戦でその全ての潜在能力を活用するのではなく主に抑止力として使用しているようにますます見え始めた。































彼らが支配する領域は過去数年間にかけてかなり縮小しているが、これはまだ9K33の運用に支障を来してはいない。
TELARの位置はしっかりと守られた秘密となっており、それらは東グータ各地の別々の場所で(分散して)保管されていたと考えられていたが、その一方でその1台のおおよその位置が見つけられた。
発射機はたった1組の乗員達によって運用されており、それは未だに捕獲された直後に運用されていた際の同じメンバーで構成されている。





2016年6月26日にこの乗員達が再び作戦に戻ったことが確認されたとき、彼らは多くの人を驚かせた。
標的とされたMi-25は胴体のテールブームに大きな被害を被ったが、なんとかしてダマスカス国際空港に緊急着陸した。ここで修理を待っている間、予備のMi-25用のテールブームを輸送していたMi-8/17がダマスカスIAPから遠く離れていない場所に墜落した。
この件は、そのテールブームが損傷を受けたMi-25のために準備されていた可能性を高めている(注:それを断定できないため)。






この発射が単発の出来事であったか、すぐに次の発射に続くかどうかは不明だが、9K33の過去の展開を考慮すると後者の方がより可能性が高いと思われる。
いずれにせよ、これらのシステムの脅威が抑えられている状況とは程遠いことは明らかだ。
かくしてイスラーム軍は東グータ上空を脅かし続け、彼らがそこから追い出されるまでは同地域でのアサド政権の航空作戦を妨害するであろう。

特別協力: Morant Mathieu from Military in the Middle East.

 ※ この翻訳元の記事は、2016年10月31日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。 

2018年4月28日土曜日

ウクライナからシリアへ: シリア上空を舞うロシアのドローン「オルラン10」と「エレロン3SV」



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans(編訳:Tarao Goo)

2015年7月20日にカッサブ近郊のルベイセリ村ラタキア県ジスル・アッシュグール近郊にあるアラフィットに墜落した2機の無人機の画像は、ロシアが政権側に最先端の無人航空機 (UAVs)を供与したか、ロシアがシリア上空で小型無人機による偵察に乗り出したことを明らかにした。
後者が事実であると判明した場合、それはダルアー県のアル・ハラ近郊にある「ツェントル-S:Центр С SIGINT(通信傍受)施設が自由シリア軍捕獲された後に世界に知られるようになった、政権側に反乱軍の位置と戦力に関する最新の情報を提供するというロシアの大規模な諜報計画の一部である可能性がある。

オルラン10無人偵察機の無名の派生型であると考えられているルベイセリの近くで墜落したUAVは以前にウクライナで目撃されたタイプとほぼ同じで、少なくとも1機は2014年5月にウクライナの領土に墜落した。
オルラン10の基本型もウクライナ上空で見られ、他の数種類の派生型も墜落後に回収された。
シリアでもウクライナで目撃されたオルラン10の新しい派生型が初めて発見されたが、その技術的な詳細は不明のままだ。

このタイプのUAVの導入とそれに続く墜落はそれ自体で注目に値するが、偶然にもこの直後に最近導入された別のタイプのUAVが約40km離れた地点で墜落した。
発見された2番目のUAVはロシア製のエレロン3SV無人偵察機で、機体の出火により損傷を受けてアル=ヌスラ戦線(注:現タハリール・アル=シャーム)が支配するアラフィットの町の近くに墜落した。出火があったにもかかわらず、機体の損傷は比較的軽微だった。

















2種類のロシア製無人機の突然の登場はロシアからシリア政府への支援の程度を示しており、おそらくはイドリブ県を反政府勢力に奪われ、タドムル(パルミラ)が過去数カ月の間にイスラミック・ステートの戦闘員に包囲された結果(注:2015年7月当時)だろう。
その後、既に多くの親アサド主義者が最近の敗北がロシアとイランの政権支援の新たな章の始まりを告げると主張した。

この新しいシリアの無人機プログラムにロシアが関与する範囲には議論の余地がある。
シリア軍や情報機関の一員がこれらの無人機を操縦していると主張することもできるが、これらのUAVを運用する際のロシアの関与を無視するべきではない。
何よりもまず、政権は完全に新しく高価な2種類のプラットフォームを取得したことが信じがたい。何故ならばそれらを運用して入手したデータを地上部隊の有益な情報に処理するための広範囲に及ぶ訓練を必要とする上、彼らは既に現時点でシリアに存在している、イランが供与して運用中であるモハジェルヤセールスキャン・イーグルのコピー)、シャヒード129をほとんど努力せずにラタキア県へ展開させることができるからだ。
次に、シリアの諜報分野へのロシアの関与は2014年にこの事実の証拠となったツェントル-Sが突然発見されたにもかかわらず、大いに過小評価され続けていた(注:実態はかなりの関与があったと判断できるため)。
三番目に、ロシア軍のために2010年以降に製造されたUAVが両方ともウクライナ以外に使用されたという事実は、UAVの分野における最新の技術の一部を晒すことになるためにそれらがシリアへ迅速に輸出されたということを全く意味しない。

ツェントル-Sは主に中東とイスラエルの状況認識をシリアとイランに提供するためにロシアのOsnaz/GRU電子偵察局とイラン・シリアの情報機関によって共同で運用されていたが、革命と内線が勃発した直後からシリアの国内事情に次第に焦点を当て始めた。
ツェントル-Sはシリア国内の反政府勢力からの無線通信の記録と解読を担当し、シリア陸軍(SyAA)に反政府軍の戦力と次の攻撃に関する最新情報を、シリア空軍(SyAAF)には 反政府勢力の会議に関する情報を提供した。
結果として、ツェントル-SはSyAAFの空爆による一連の反政府勢力の指導者の殺害を少なくとも部分的に担当した。
当然ながら、これらによる自由シリア軍の戦闘員の損失は政権側に敵への大打撃として貢献した。

したがって、どちらにしてもシリアで最近配備されたオルラン10とエレロン3SVの運用にはロシア人が一方的に関わっている可能性が非常に高い。
イランが主導するUAV部隊とは対照的に、ロシアの装備や専門家とのUAV部隊の設立は最近のイドリブ県が失われた後、これがさらに進展すれば、政権の心臓部:ラタキアを深刻に脅かす可能性があるためにシリア政府に対して申し出があったのかもしれない。






オルラン10の新しい派生型には胴体に12台のカメラがセットして搭載されており、これはウクライナで墜落した機体と同じである。
これらのカメラを使用すると、オルラン10は戦場の3Dマップを作成して敵の動きや拠点に関する詳細な情報を提供することができる。
オルラン10で使用される装備は、暗視装置に適応させる場合などの任務に応じて変更することができると考えられている。








カメラのカバーはシリアのルベイセリ近郊の機体では吹き飛ばされていたが、ウクライナで回収された機体のものはまだ無傷のままであった(注:下の画像)。







墜落したエレロン3SVの内部には民生用のオリンパス製のカメラが搭載されていた。



ロシアが操縦しているかどうかにかかわらず、限られた数のオルラン10sとエレロン3SVの存在は既に運用されている無人機に加えて非常に優れた戦力となり得る。これはラタキア県だけでなく(配備されている場合は)他の地域でも同じことが言える。

増加し続ける犠牲者の数と化学兵器を含む禁止兵器の見境のない使用はロシアが小火器から戦車、多連装ロケット発射機、SyAAFの戦闘機爆撃機のスペアパーツ、そして現在はUAVまでを提供し続けていることを妨げていないことは明らかだろう。

特別協力:Green lemon.

 ※ この翻訳元の記事は、2015年7月21日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2018年3月31日土曜日

シリア製TOS-1:「シャムスの放射砲」


著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans(編訳:ぐう・たらお)

第4機甲師団はダマスカスでの作戦を通じて、数種類の戦車やほかのAFVを追加装甲によって改修したことでよく知られている。
装甲の改修を一連のAFVと支援車両にわたって施した後、今や第4機甲師団(4AD)は「シャムス(アラビア語で太陽の意味)」として広く知られている新型の多連装ロケット発射機(MRL:放射砲)を導入することで、武器のストックを再び拡充した。
そのニックネームはシリアでの展開中に「太陽」と呼ばれていた、シャムスに美しく似たロシア製TOS-1A 「Solntsepyok」に由来すると考えられている。

この車両には、4ADのAFVに施された高度で専門的な改修の傾向が受け継がれている。
そのような改修を受けた車両の最初のものは2014年後半のダマスカス郊外県に位置するアドラに出現したが、少なくとも2台の装甲強化型T-72M1がジョバルに配備された直後に破壊された。
しかし、これ自体は4ADが改修プログラムを継続することを阻止しておらず、今後数年間でいくつかのタイプの装甲強化型AFVが戦場で目撃されるだろう。

シリア各地でこの国を支配すべく戦っている勢力は、戦場で直面している戦闘の種類により適合するAFVのいくつかを改修し始めた。
この改修には上空からの視認性を低下させるための対策を実装することから、戦車を車両運搬式即席爆発装置(VBIED)に転換することまでのすべてが含まれている。
BMPはこうしたDIY改修で多くのベース車となっており、明らかな制約と弱点があるにもかかわらず人気のプラットフォームであることが証明されている。

この車両には多くのDIY改修が存在する一方で、シャムスのようなIFVから放射砲への改修はシリアでは初めてであるが、間違いなく世界中のBMPの車体をベースにした火力支援プラットフォームでは最も洗練されたものである。
世界中で行われた以前の試みではBMPの砲塔に航空機とヘリコプターから取り外された23mmガンポッドB-8 80mmロケット弾ポッド搭載されたが、キューバは最近になってBMPのいくつかを火力支援用途に転換し始めて、100mm対戦車砲122mm榴弾砲(D-30)を装備した。









シャムスは5発の大口径ロケットの発射機構とBMP-1の車体を組み合わせたもので、ロケットは標準的なロケット弾とはるかに大きな弾頭を組み合わせた、人気のある「ボルケーノ」型だ。
これらのロケットは、2013年のクサイルにおける戦闘中に直撃で住宅区画を完全に破壊する能力で広く知られた。
シリアの軍需産業は同時期にこれらのボルケーノを大量生産し始め、現在ではシリアで展開される作戦地帯の殆どの前線で使用されている。

シリアでは、現在3種類のボルケーノが生産されていると考えられており、さらにそれぞれいくつかの派生型に分かれている。
最も広く使用されている型は107mm122mmベースのものだが、220mmベースのものも存在する。
シリアでは107mmと122mm(グラード)のロケット弾が非常に一般的である上220mmロケット弾はシリアで生産されていることが知られているので、これらをボルケーノに転換することは比較的容易だ。
シャムスは2種類の122mmベースのボルケーノを使用しており、どちらも大重量の300mm弾頭を備えている。

興味深いことに、2種類のうちの1つは従来の弾頭がもたらすことが可能な爆発力もより強力なものにするために空気中の酸素を利用し、閉じ込められた空間での使用に理想的に適したサーモバリック弾頭伝えられるところによれば350kgというとてつもない重量だという)を有すると評された 。
もう1種類は250kgの通常弾頭(元の122mmロケット弾では約65kg)を使用しており、短いロケットブースターによってサーモバリック弾頭型と識別することができる。
ボルケーノの射程距離はサーモバリック型では3.4キロメートル、従来型では1.5キロメートルと主張されている。
発射機内にある5発のロケット弾に加えて、BMP-1の歩兵搭乗区画にはさらに多くのロケット弾が搭載されている可能性があるが、車両や乗員自身にとって危険かもしれない(注:誘爆の可能性があるため)。











シャムスの画像は1ヶ月前(注:2016年10月)に初めてインターネット上に投稿されたが、このシステムはすでにデリ・ハビヤとカーン・アル・シー(ダマスカス郊外県)の戦いの間に作戦中の姿が見られた。
現在、第4機甲師団はこの戦略的な町とそれを取り囲む地勢を制圧するために反政府勢力と交戦し、10月下旬には反政府勢力の支配地域を完全に包囲している。
この出来事は4ADの少なくとも一部の部隊の配置転換をもたらしており、これにはシャムスも含むとも考えられている。
したがって、シャムスがすぐにダマスカス郊外県かダマスカスの別の場所に出現する可能性がある。








シャムスは戦時下に適応した完璧な例であり、もしそうでなければ平凡だったAFVを現在のシリアの戦場で遭遇した戦闘の種類に完全に適合した、強力なプラットフォームに変えた。
シリア陸軍がさらにそのような効果的な改修を行うのはその意欲と資源次第ではあるが、
機甲戦力の改修の柔軟性が軍事戦略に反映されれば、その決定はシリア内戦の結果に大きな影響を与えるだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2016年11月3日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年12月11日月曜日

リビアのAn-124がウクライナで競売されるかもしれない立場に陥る



著 Stijn Mitzer(編訳:ぐう・たらお)

リビアを疲弊させ続けている混乱が安定する見込みの無いまま継続しているため、リビアが所有する2機の巨大An-124輸送機の1機は、2010年からキエフにある施設で同機の保管と定期的なメンテナンスを行っているアントノフ社に対して同国政府が120万ドルを支払うことに失敗した場合、ウクライナによって競売にかけられる可能性に直面している 。

リビアは2001年にリビア・アラブ・エア・カーゴ(LIBAC)のために2機のAn-124を取得し、An-124ほどの大型機を要する国際チャーターの貨物便にこれらの巨人機を使用し始めた。
パンアメリカン航空103便爆破事件によって科された制裁措置の結果としてリビアは対外的にほぼ完全な孤立状態に耐えていたが、かつての宿敵との関係を正常化し始めたことから、An-124は再び世界中を飛び回っていた。

少なくとも2011年まで、リビア革命とそれに続く内戦の勃発は同国の民間航空に重大な影響を与えた。
2機とも2011年の爆撃やその破片による破壊から逃れたものの、LIBACの運航を再開するための構想と資金が不足していたことは、An-124 「5A-DKN」がトリポリ国際空港(IAP)に放置され続け、同「5A-DKL」'スーサ'がウクライナから本国へ回収されずに今日までキエフのアントノフ社の施設に残り続けることを意味した。

国内で続く内戦のために、リビアの航空会社による通常の運行が崩壊し始めて民間機の破壊がありふれた光景になったため、リビアにおけるAn-124の将来は次第に厳しいものになった。

しかしながら、LIBAC職員が機体に描かれた緑のジャマーヒリーヤ旗を新しいリビアの国旗に置き換えることを妨げていなかったようだ。




リビアの治安情勢はさらに悪化したものの、「5A-DKN」は紛争当事者がトリポリIAPを制圧するための戦闘で、付近の施設を標的にしてAn-124の近くに駐機されていたいくつかの航空機を壊滅させた後も奇跡的に生き残った。
An-124は破片による損傷だけで済んだが、大規模な戦闘が旅客ターミナルを完全に破壊した結果として、空港が閉鎖され少数の航空便がトリポリからミティガの空港に行き先が変更された。

(リビア側が維持する)動機がなく、アントノフの保管施設に残っているAn-124を回収する資金が不足している可能性が高いため、同機が最高入札者へ競売される見込みはますます高くなってきている。
他のAn-124と比較すると飛行時間が比較的少ないことから、「5A-DKL」はアントノフ自身の航空会社やAn-124を運行する他の会社にとって魅力的な機体となるだろう。
現在のリビア政府はAn-124を維持する価値があると考えているのだろうか?
この答えは疑いようも無く今でも非常に好ましくない財政事情と安定性が関係してくるだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年11月27日に元記事を執筆するStijn Mitzer氏が運営 
  するブログ:Al Maha Aviationに投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所がありま  

2017年11月30日木曜日

イスラミック・ステートの機甲戦力:ハイル州(デリゾール)におけるDIY改修車両



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

イラクで行動している武装勢力からイラクやシリア、さらには海外の広大な土地をカリフ制の下で支配していると自己主張したイスラミック・ステート(IS)の台頭(小さな組織から大規模な軍勢にまで発展した変化)は、シリア内戦の推移に重要な影響を与えた。
そこでは革命の本来の目的を乗っ取り、シリアにおける戦争の範囲を劇的に変えている。
この変化の中心にあるのは戦場で直面するさまざまな状況に迅速に適応するISの能力であり、今までで最も洗練された指定テロ組織の1つになることを可能にしている。

世界中の多くの武装勢力は専らゲリラ戦に焦点を当てた軽歩兵部隊として行動しているが、ISによって捕獲された膨大な量の重火器は、彼らに対して強力な敵に直接挑むことを可能にした。
作戦におけるAFVの使用は例外ではなく、ISはシリアだけでも200台以上の戦車と約50台のBMP(ソ連製装甲戦闘車両)を捕獲して運用している。
ISの重火器を破壊するための有志連合の取り組みは、2014年中頃の空爆開始以来AFVのストックを徐々に減少させたものの、ISはウィラヤット(ISの地方自治体:州)各地でかなりの数のAFVを運用し続けている。

このAFV群の技術的支援を提供するために、いくつかの州は将来の戦場で再使用するために車両の修理や改修をするためのAFV用工廠を設立した。
すべての州には装甲強化型VBIEDの製造を任された工廠があるが、一握りの州だけがAFVの修理と改修をすることができる重要な工業拠点を有している。
これらの工廠の設立は各州にある車両とAFVの量と地方自治体の工業力、そしてリーダーシップと技術的専門知識に直接左右される。

これらの要素がすべて結びついて、IS領内各地、主にモスル周辺に集中していくつかの主要なAFV工廠が設立された。
ここ(モスル周辺)で捕獲された莫大な量の車両はISのニーズにより適合した車両に改造することを目的とした大規模な産業を生み出し、無数のDIY改修へと至らせた。
シリアでは2つの主要な工廠が設立されており、一つはラッカ州にありもう一つはハイル州(デリゾール)に位置する。
この記事ではハイル州のDIY改修について取り上げる。



デリゾールは以前ではおそらくシリアで最も報道されていなかった戦闘地域であり、最近、都市部の政権支配区域に住む飢えた人々に対して国連とロシア空軍による食糧投下が開始された後に注目を集めた。
デリゾールをISから防衛している部隊は2015年5月から(ISに)包囲されており、彼らは2011年以来継続的に交戦しているにもかかわらず引き続きその支配地域を維持している。
自由シリア軍は市内の空軍基地や軍事施設へ更に前進することができなくなっていたが、ISは2014年7月にデリゾール周辺の反政府勢力を倒した後、デリゾール内の政府勢力を除去するために新たな試みに取り組んだ。

自由シリア軍が維持していた最前線を受け継いだISは、都市の空軍基地外周の東側、デリゾールの市街地と第137旅団の基地を危うくしている3つの前線を圧迫し続けた。
ISはもともと空軍基地と都市部を中心に攻撃を集中しており、Il-76といった大型輸送機の着陸を妨害するためになんとかして十分に飛行場へ接近することはできたものの、実際には占領することができなかった。
デリゾール市の中心部の戦闘は未だに決着しないままであり、両陣営の兵士はシリア軍兵士が市外へ追い出されるよりはむしろISの敗北の方が早く発生する可能性が高い程度に防備を固めていた(注:我慢比べの拮抗状態にあったということ)。
結果としてこれらの最前線で前進することができなかったため、ISは都市の西側と南側から前進するために新たな試みをした。
この戦術は成功したことが証明され、戦闘員を今までよりも空軍基地に近づけさせてデリゾールの政権支配地域を2つに分割した。
この状況もかかわらず、いずれの地域の占領も極めて可能性が低いままだった。
下のようなデリゾールの荒廃した都市中心部の画像は、こういった都市の地形で前進する際の大きな困難をもう一度暗示している。




ISが現在デリゾールで戦っている3つの前線では、それぞれ様々な種類の車両での異なるアプローチを必要としており、そのような車両を提供したり、既存のものを新しい用途に改修することができる工廠の必要性を生み出している。
市街戦では(別の方法では打開することがほぼ不可能であっただろう)アパート群を一掃するために大型で重装甲の車両運搬式即席爆発装置(VBIED)が求められ、都市西側の砂漠の風景が遠くから目標を攻撃することができるAFVの必要性を感じさせる一方で、飛行場南側の緑豊かな環境は近接戦闘で命中弾に耐えることができる装甲を強化したAFVも必要とした。

主に都市の中心部と空軍基地の南側を制圧するための戦いは、数え切れないほどの面白く、時には馬鹿げたDIYの創作物をもたらした。
シリア陸軍の現代的な戦車部隊の大部分が、内戦の開始前にイスラエルとレバノンとの国境近くに駐留していたため、デリゾールおけるAFVのほとんどが旧式のT-55BMP-1だ。
その結果として、ISのDIY改修車両の大部分はこれらの旧式車両をベースとしている。

しかし、この状況は「ライオン」イッサム・ザレディン将軍が率いる共和国防衛隊第104旅団がいくつかのT-72ウラル」、T-72M1、T-72AV、さらにはT-72M1 TURMS-Tを伴ってデリゾールに配備されたときに変化した。
大変興味深いことに、いくつかのT-55MとT-55(A)MVもデリゾールに姿を見せたが、これらは第104旅団によってここに持ち込まれたか、他の日にシリア軍派遣部隊に対する増援として到着したのかは不明のままだ。
今までのところ、デリゾールにいるISによって捕獲された限られた量のT-72はもっぱら本来の用途で使用されてきた。




BMP-1はハイル州の工廠による改修では非常に評判の良い車両となり、いくつかは装甲兵員装輸送車(APC)かVBIEDに改修されている。
これらの改修の殆どを担当した工廠は「ورشة المجنزرات:装軌(車両)用の工廠」であり、引き続いて改修されたAFVを指定された部隊に引き渡していた。

下のBMPは装甲防御力が著しく改善されており、これは間違いなくハイル州から出てきた巧妙な改修の1つだ。
同車の側面は金属板に取り付けられた、増加装甲としても機能するスラット・アーマーで広範囲に強化されており、両側面はこれによって完全にカバーされている。
BMP-1の燃料タンクとしての役割も果たす後部ドアは土嚢でさらに補強されたスラット・アーマーが装備されている状態が見えるが、スラット・アーマーの位置はそれ自体の効果を発揮するには車輌自体に近すぎるかもしれない。
さらに、砲塔の周囲には追加装甲が装備されている。
車長席の視察窓は塗り潰されているように見えるが、ファテフ・アル・シャーム戦線(旧アル・ヌスラ戦線)やISのような反政府勢力は、BMP-1を操縦手と砲手だけで操作するため問題になることはないはずだ。







火力支援用途に改修されたBMP-1でも、先の車両と同等の装甲配置が見られた。
元の砲塔は取り外され、この車両には代わりにのZU-23 23mm機関砲が装備された。
この改修には、厚い金属板とスラット・アーマーを使用しての全周囲にわたる装甲防御力の強化が伴っており、少なくともあらゆる方向から発射されるあらゆる小火器の弾から防護することができるはずだ。
注目すべき点として、車体正面上部の薄い装甲のおかげで防御力を向上するために装備された土嚢と正面下部の装甲板がある。 
この車両はデリゾールでシリア軍に奪われており、画像には乗員と共に同車が映し出されている。
この改修された車両は捕獲された直後に近くの政府側のチェックポイントに移動させられ、放棄された。
このチェックポイントは後にISによって制圧され、他で使用するために23mm機関砲が取り外された同車も再捕獲された。



ハイル州のBMP-1に行われた最近の改修では、同州のいくつかの戦車に見られる装甲の改修を連想させるような、装甲防御力への単純な追加策が見られた。
これにはサイドスカートの装着、土嚢やその他の物を入れた砲塔周囲へのフレーム、そして車両の後部に取り付けられたスラット・アーマーが含まれていた。
最前線のIS戦闘員に車両をより早く引き渡すため、装甲防御力を軽減して設計、製造、装着するために、これらの改修にはそこまで多くの時間を必要としない。












以前はおそらくAPCとして使用されたと見られるBMP-1は後の2016年6月にVBIEDになり、デリゾールで2回目に確認されたBMP-1 VBIEDの使用例となった。
この車両の砲塔は、機械銃の装備や乗員の個人用火器を使用するために、前面を空けて溶接された非常に粗雑な鋼板の列に取り替えられた。
BMP-1の標準的な装甲防御力は、車両の後部と両側面のスラット・アーマーによって強化された。
このスラット・アーマーの取り付け部分は、上のBMP-1とは違って以下の車両で目撃されたように以前の配置から置き換えられたようだ。













別の装甲強化型BMP-1はAPCに改修された。
上の車両とは対照的に、このBMP-1には取り外された砲塔の代わりに何も装備されていないようだ。
スラット・アーマーの配置は上の車両と同じであり、車体の装甲に対する貧弱な取付け部分をはっきりと見せている。
このBMPの背後には、大型トラックの車台をベースにしているように見える興味深い別の車両が見えるが、現時点ではその詳細がはっきりしていない。



いくつかのBMP-1はデリゾールのISによって本来の用途(IFV)で引き続き使用されている。
ほとんどの車両は改修されていないままだが、いくつかは先の例と同様のスラット・アーマーが装備されており、各車両の間には小さな差異がある。
下の車両は側面のスラット・アーマーを失っており、敵弾が命中したか何かに衝突して外れ落ちた可能性がある。
このようなスラット・アーマーの取付け部分は特に強いわけではないが、たった1発の命中弾を受けた後も外れ落ちることはないと思われる。
スラット・アーマーを砲塔に装備した状態では、この車両は「工廠」によるBMP-1の改修型と偶然の類似性があるが、その質はかなり劣っている。

VBIEDや先のAPCのケースのように転用されたBMP-1は、よくその改修の過程で砲塔が撤去された。
しかし、砲塔とそれに付随する2A28「グロム」73mm砲はほとんど無駄になることはない。
その一例を下に見ることができる。
このトヨタ・ランドクルーザーには今や余剰となった砲塔のうちの1基が搭載され、IS戦闘員に火力支援用の機動プラットフォームとして与えられた。
この車両に付与された「ブラック・スクエア」には、الدولةالإسلامية - 'イスラミック・ステート'、جيشالخلافة - 'カリフ制軍'(ジャイシュ・アル・ファリーファ)と記載されており、更に固有のシリアル番号が加えられている。






ハイル州では、主力戦車(MBT)の改修はこれまでいくつかのT-55とT-62に限られていた。
デリゾールでは、ほとんどの戦車は元の状態で運用され続けるか、ISの捕獲直後にVBIEDに転用された。
他の戦車が本来の用途で使用され続けている一方で、一部の戦車がVBIEDに転用された正確な理由は不明のままだ。
戦車が完全に無傷であっても、自爆任務に使用されているように見える。
それにもかかわらず、戦車の重装甲はその積載物を起爆させる直前までに、それらを指定された目標に向かわせることができる点では理想的に適合していた。

戦車の改修対象のほとんどは、デリゾールにいるISで最も多く運用されている戦車であるT-55に限定されていた。

下のT-55は、車体の両側面に鋼板、砲塔の周囲に装甲を向上させることができる、さまざまな物質を積み込むことが可能になるフレームを追加することで改修された。
これには土嚢からゴム板、さらには板でさえ装備可能だ。
戦車に搭載された著名な北朝鮮のレーザー測距儀(LRF)は、下の画像で見ることができる。




砲塔への付加物の積み込みはデリゾールで行われた最も基本的な改良の1つとして数えられており、そのような即席の「改良」装甲のシンプルさは下のT-55に見られるように誇張することはできない(注:文字どおりということ)。
この戦車にも粗雑なスラット・アーマーが装備されたように見えるが、ある時点で外れ落ちたはずだ。



下のT-62のフレームには何らかのスポンジ状の物体がある状態のようであり、確かに走行防御力を向上させるための興味深い選択だ。
戦車は完全に再塗装され、背面に「ブラック・スクエア」が施された。
読みづらいものの、タドムルの近郊で破壊されたT-55にも「ウスマーン・イブン・アッファーン師団-アル・ハンサ兵員局」と書かれた同様の「ブラック・スクエア」が発見された。
このとあるT-62は過去数ヶ月にわたり3つの異なる機会に目撃されており、引き続きデリゾールで運用される姿が目撃される可能性が高い。







シリアでよく見かける土嚢は、どのAFVに対しても装甲防御力を向上させるための迅速かつ安価な方法として使用されている。
この目的のために、たいていは金属製の囲いがその支持フレームとして機能するように砲塔の周囲に装備される。
土嚢は戦車の前部に簡単に付けることが可能だが、これは言うまでもなく、側面に装着する場合と比較するとはるかにやっかいなものだ。



シリアの各勢力の間で非常に普及したもう一つのあまり洗練されていない解決策は、砲塔の周囲に使用済みの薬莢を取り付けることだ。
下の画像では、各薬莢がロープで一緒に固定されているようだ。
サイドスカートは鋼製またはスチール製のプレートで補強されており、車体下部の装甲板も同様に補強されている。
戦車の装甲の僅かな部分だけに寄与する上に被弾するのは比較的少ない箇所とはいえ、
DIYによる装甲の改修では車体下部の装甲板がよく見落とされがちだ(注:画像の車両では対策が施されている)。
新しいマッドガード(注:フェンダー部上面)を作成するための素材として金属板も使用されている。
これはオリジナルのものが比較的脆く、シリアの戦車には欠落していることが多いことが理由だ。




デリゾールで運用されている改修されたAFVはハイル州にある工廠の「製品」だが、他の場所からも持ち込まれている。
実際、ラッカ州の「工廠」によって改修されたAFVはデリゾールで何度か目撃された。
ISの戦力は米国主導の有志連合による絶え間ない空爆の脅威にさらされているが、彼らは依然として探知されずにシリアとイラクの各地へ機甲戦力を移動することができる。
これの一例は、2014年10月にシャエル田(ガス田)の近くでシリア軍から捕獲した2S1グヴォズジーカで、後にデリゾールのシリア軍に対して使用されたことが確認された
イラクで以前に捕獲された少なくとも1台の米国製ナビスター・インターナショナル7000シリーズ(トラック)も同地域で活動しており、2015年5月にデリゾールでの戦闘とアル・スナスフ及びタドムル(パルミラ)に対する最初の攻勢に参加した姿が見られた。

デリゾールでISが使用している「工廠」によって改修された車両には、上に見られるBMP-1の砲塔を装備したトヨタ・ランドクルーザーと、装甲強化型T-72M1及びBMP-1が含まれている。
後者は、2015年後半に市の東側にある政権側の拠点に向かって前進している際に撃破された。
これらの車両は、ラッカ州の「工廠」のDIY改修車両に関する記事で広くカバーされる予定だ。




デリゾールのISは火力支援として多種多様な戦車や他のAFVの使用することに加えて、いくつかの大型トラックをAZP S-60 57mm機関砲D-30 122mm榴弾砲 を追加することによって兵器搭載車両に変えた。
これらの車両の大半は重(火器)大隊によって運用されており、車両のキャビンに塗装された「ولاية الخير كتيبة الثقيل:ハイル州-重(火器)大隊」の文字によって容易に識別できる。
トラックに搭載されたD-30 122mm榴弾砲はハイル州における数少ない火砲の改修プロジェクトの1つだ。
このプロジェクトに関しては、今までは改造される以前に破損していた可能性が高い短砲身のM-46 130mm野砲だけしか知られていなかった。






BMP-1を使用して兵士を最前線に運ぶ以外にもブルドーザーやトラックをベースにした装甲兵員輸送車もデリゾールで活動しており、空軍基地の東への攻撃の先頭に立つ姿をここで見ることができる。
上部にはDShK 12.7mm重機関銃またはKPV 14.5mm重機関銃を搭載している可能性がある砲塔があり、乗員および兵員が外を見ることができるいくつかの視界窓も標準装備されている。
側面の鋼板と背面の非常に初歩的なスラット・アーマーは、この車両にある程度の防御力を付与する。




デリゾール市の中心部から残残する政府勢力を追い出すための取り組みで、ISはトンネル爆弾からブルドーザーをベースとした巨大な武装VBIEDの使用までのすべてを試みた。
後者のいくつかは下の画像で見ることができる。
(特性ゆえに)低速に悩まされるが、これらの車両は追加装甲を付与されると信じられないほど耐久性を得ることができる。
それに加えて、ブルドーザーのブレード(排土板)は持ち上げたときに追加装甲としても機能する。




これらのVBIEDのほとんどは、「神からの支援と差し迫った勝利(3)」に登場したものだ。
これらの車両の大部分のスラット・アーマーの配置は以前に見つけられたBMP-1のものと非常に似ているので、同一の工廠が両方の改修を担当した可能性がある。
今では明らかなとおり、ハイル州の工廠は見た目よりも実用性の方を好む。




別のブルドーザベースのVBIEDに関する映像では、装甲の使用状況がはっきりと見える。
さらに興味深いことに、運転席の近くに積載された爆発物の一部も見ることができる。
アブ・アマル、アブ・フセイン、アブ・アル・バラーを含むいくつかの名前が追加装甲に書かれている。
これらは間違いなくIS戦闘員の名前だろう。




下の装甲強化型ブルドーザーは、デリゾール市内の中心部へ進む際に補強されたブレードをシールドとして使用しているように見える。
操縦手がどこへ向かっているかを見ることができるように、(ブレードの)装甲に2つの切り欠きが設けられている。
実用性はさておき、拠点に向かって前進するこうした巨大な姿が見えることはシリア軍守備隊にかなりの心理的影響を与えたはずだ。





重装甲でも、デリゾールのすべてのVBIEDがその目標を達成したわけではない。
少なくとも2台のブルドーザベースのVBIEDが、積載物を起爆させる機会を得る前、つまり目標に到達する前に破壊されたことが知られている。
近くでの爆発が守備隊のいる建物に甚大な被害を与える可能性があるため、これらの巨大なVBIEDの早期発見は最も重要だ。
下のVBIEDを撃った弾は少なくとも2つの装甲を貫通したが、それが車両自体に到達したかどうかは不明だ。
実際、VBIEDが敵弾が命中する前に立ち往生して放棄された可能性が高い。




トラックをベースにした装輪式VBIEDはハイル州でも普及しており、そのほとんどは市内中心部よりも市の郊外で使用されている。
興味深いことに、このとあるトラックは後部に荷台を設置することによってダンプ車に改修されたように見える。
この貨物車は現在、VBIEDの爆薬を運ぶために使用されている。




実際、ダンプトラックは運転席に座っている運転手と分離して多数の爆薬を運ぶことができるために人気がある。
この車両のスラット・アーマーは鋼板に直接取り付けられており、間隔が無いために命中した命中弾を妨害する効果が生じないことから、それがどのように機能するか理解が不足していることを示している。



デリゾール市の中心部で重装甲強化型のブルドーザーを使用することに加えて、デリゾールのISは内戦で戦車ベースのVBIEDを初めて使用しており、既に2014年後半に最初の車両が投入された。
このT-55ベースのVBIEDは依然として砲塔を装備しているが、使用時に市街地の通りを簡単に進むことできるように主砲が撤去された。
少なくとも4台の戦車ベースのVBIEDがその後に続いた。



これには、BMPベースのVBIEDとともに目標へ送り出された以下の車両が含まれている。
どちらの操縦手もとても若く見え、10代後半か20代前半と思われる。
シリア内戦に関与するすべての勢力が戦闘で子供を利用しており、ISは兵力不足を解消するために若い戦闘員の徴募を増加させている。




高度に改造されたBMP-1はVBIEDとしても使用された。
この画像では新しく設けられたドアの背後に積載された爆薬を映し出している。
VBIEDとして使用されることが決まっているBMP-1から後部ドアを1つ、または時には両方取り外すことは一般的な慣行だが、撤去の背景にある正確な理由は現時点では不明のままだ。





少なくとも2台のBTR-50PU指揮統制車もデリゾールでVBIEDとして終わりを迎えた。
シリアのBTR-50の大部分は内戦の開始前に退役になっており、過去6年間で極めて稀にしか見られなかった。
ハイル州にある他のVBIEDの多くとは対照的に、これらのBTR-50はデリゾールに到着する前にラッカ州の「工廠」によってオーバーホールや改修をされたと考えられている。





後に別のT-55ベースのVBIEDが見られたが、この時は空いたスペースに大きな積載物(注:爆発物)を搭載できるようにするために砲塔が撤去されている。
その結果として戦車にもたらされた低車高は、飛来してくるRPGを回避し、VBIEDが目標を達成する確率を向上させることにも好都合だ。
同車の爆発はここで見ることができる(3:26秒)。
上のBTR-50と同様に、このT-55ベースのVBIEDも「工廠」によって改修されたと考えられている。





これらの戦車ベースのVBIEDによって与えられた大規模な爆発と被害に関しては、プロパガンダ映像のシリーズ「神からの支援と差し迫った勝利」(クルアーン61:13)で最初のものが映し出された(5:24秒)。
目標に達する前に、このT-55に守備隊の1人によって発射されたRPGが実際に命中したが、装甲を貫通することに失敗した。
その時点で防御側の運命はすでに逃れられないものだったが(注:爆発の被害から避けられないということ)、装甲はVBIEDの成功の重要な要素であることが示されている。




2016年9月1日、ISはデリゾールで任務を果たす直前のイスティシュハーディーズ(自爆者:いわゆる殉教攻撃者)に関するいくつかの画像を公開した。
VBIEDとして使用されている車両の選択は、いくら控えめに言ってもデリゾールの装甲戦力の現況を反映したものではなかった。
これには下の装甲強化型のT-62 VBIEDが含まれ、アブ・アル・ハリス・アル・アンサリによって目標に突入した。





最初のZSU-23-4ベースのVBIEDはアブ・ヤママ・アル・アンサリによって使用された。
これによって生じた爆発は下の画像で見ることができる。
同車に装備されたスラットアーマーの支持部は、BMP-1の一部に見られる配置と同様に見える。
VBIEDへの改修中に装備していた4門の23mm機関砲は取り外された可能性が非常に高いが、RPK-2 「トボル」レーダーはまだ搭載されていたので機能していたと見られる。





以前に鹵獲された2P25輸送起立発射機(TEL)はデリゾール周辺における2K12地対空ミサイル(SAM)の基地に所属していた車輌のうちの一つであり、これもVBIEDとして使用された。
上記のZSU-23-4と同様に、2P25をVBIEDとして使用されたことは、SAMシステムがこのような任務に初めて使用されたケースとなる。
この2P25の操縦手はシリア・ハラブ州(アレッポ)のアブ・オマール・アル・ハラビだった。



ISがアイヤッシュ兵器庫を制圧した後に捕獲された2台のBREM-2装甲回収車(ARV)のうちの少なくとも1台は、後にVBIEDとして使用された。
この改修はどこか他の場所で使用される機会があったかもしれない、BREM-2のクレーンを撤去したにすぎなかった。
ISはこれらの車両を本来の用途で使用していないし、シリア軍でさえZPU-4 14.5mm機関砲M-1939 37mm対空機関砲を搭載した武装車両に改修している。
BREM-2がいかなる主力戦車(MBT)も牽引することができず、十分なVT-55KSBREM-1 ARVを保有しているため、BREM-2はシリアにおける武装車両としての運命が事実上決定された。






ハイル州のVBIEDの外見は既に奇怪だが、デリゾールとその周辺におけるいくつかの装甲強化型テクニカルは真に恐ろしいと言える。
これらの車両には前面と側面の周りに鉄板が継ぎ合わさって装備されており、時には前方にスラット・アーマーが取り付けられている車両もある。
このような車両はハイル州の工廠ではなく、ISの大隊自身によって作られた可能性が高い。


ISによる多くのDIYプロジェクトの発祥地であるデリゾールの掌握を巡って、シリア軍とISの間で争いが続けられている。
現時点(注:2017年3月)では、どちらの勢力も現在のところお互いに撃破することができず、今では全ての目がシリア北部からゆっくりとデリゾール市に前進しているシリア民主軍(SDF)に照準を合わせている。

SDFによるこの地域へのさらなる攻撃は、ISに兵力を市街地からその地域の防衛に割くことになるので、最終的には政府勢力がデリゾールを獲得することになるだろう。

あるいは、親アサド勢力がタドムルの最近の成功(注:奪回)の勢いをアル・スナスフへの攻撃の拠点とデリゾール奪回に利用して、長期的に見れば同じ結果をもたらすかもしれない。

それまでは、デリゾールの戦場にますます洗練されたDIYプロジェクトが必ず出現し、シリア内戦の典型となった広大な非対称戦を絶え間なく拡大させていくだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年3月11日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。   

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