2017年7月28日金曜日

ロシアより愛をこめて:シリアのAK-74M





































著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

AK-74Mは現在、シリアを支配するべく戦っている様々な勢力に使用されているアサルトライフルの中で、最も人気のある銃としてその地位を徐々に得ている。
もともと、AK-74Mはシリアではわずかな数量しか導入されていなかったが、最近の供与が内戦で疲弊したこの国で、この銃の存在の確固たる存在を確実なものにした。
AK-74Mは、シリア・アラブ軍共和国防衛隊だけでなく、国の支配するべく戦っている他のさまざまな勢力にも人気がある。

シリアは90年代の後半に最初のAK-74Mを導入したが、極めて少数に留まった。
この最初のバッチは、ソ連の崩壊のためにロシアとの軍事・技術協力が減少した後で、その関係が再開した後の1996年にロシアと取り決めた取引の一部だったと考えられている。

この取引では、 小火器、対戦車ミサイル、暗視装置や既にシリアで使用されている兵器の弾薬といった豊富な幅の供与が想定された。
その供与パッケージには大量のAKS-74U、少数のAK-74MやRPG-29RPG-7用のPG-7VR弾頭だけでなく、9M113Mコンクールス対戦車ミサイル、さらにはその当時の時点で改修されたばかりであったT-55MV用の9M117Mバスチオン砲発射式ミサイルも含まれていた。

シリア側による価格の引き下げと将来の購入に関する支払い計画の延長の要求に対する意見の不一致とロシアへの負債は、両国の深刻な関係の衰退につながった。
それにもかかわらず、発注した兵器の大半は最終的にシリアに引き渡された。

















AK-74Mが最初に姿を見せたのは、2000年にダマスカスの国民進歩戦線(NPF)本部の前で警備兵が携行している姿を目撃された時だ。
このAK-74Mは最初の納入バッチのものであり、AKS-74Uと共に、主に特殊部隊や重要度の高い場所を警護する要員に支給された。
AK-74Mの量は、依然として広範囲にわたる支給を可能にするには少なすぎた。

2度目のAK-74Mを取得しようとする(今回はより野心的な規模の)試みは、シリア内戦に至るまでの数年間に行われた。
この間に、シリア・アラブ陸軍(SyAA)は歩兵部隊の一部の防護力と火力を向上させることを目的とした野心的な近代化計画を始動した。










SyAAは2008年にこの将来の兵士近代化計画の一環として2種類のアサルトライフル、5.45×39mm弾を使用するAK-74Mと5.56×45mm弾を使用するイラン製のKH-2002「ハイバル」をそれぞれ試験した。
この目的のために、イラン防衛産業機構(IDIOまたはDIO)は10丁のKH-2002を担当者と共にシリアへ送り込んだ。

テスト中に10丁のKH-2002のうち2丁以外は全て故障し、恥じているイランの代表者をだしにしてシリア側からの含み笑いをもたらした。 
当然のことながら、このようにしてAK-74Mは「トライアル」の勝者となった。

ウルグアイのKH-2002に対する関心も消えた後で、この銃の計画は2012年に中止された。
輸出注文を引き付けることに失敗し、イラン陸軍がこのライフルを購入することに興味がないことは、この計画はイランにおけるオリジナルのアサルトライフルを設計して生産する数少ない真剣な試みの1つに終わる運命となった。





近代化計画には2種類の「新しい」迷彩パターンの製造も見られており、双方とも、ヒズボラの戦闘員によっても着用されている米国のM81ウッドランド・パターンの正確なコピーだ。
その上、大量の防弾チョッキとヘルメットを中国に発注して引き渡しを受け、不明な供給国から限られた数の特殊部隊用の暗視装置も受領した。
下の画像の兵士は、最終製品(注:納品された装備)がどのように見えるのかを示している。
ここで留意するべき点として、彼のAK-74Mにはアルファ-7115レーザー・ナイト照準器とGP-30Mアンダーバレル式グレネード・ランチャーが装着されている。























ロシアがアサド政権の忠実で信頼できる支援者であることを引き続き証明しており、内戦は明らかにロシアが小火器から戦車、多連想ロケット発射機やさらにはシリア空軍 (SyAAF)のためのスペアパーツでさえ供給し続けることを妨げる機能を果たしてはいないことが分かる。決して予想外のことではなかったが、AK-74Mのいくつかの大量のバッチも、過去数年間にシリア行きのロシア海軍のロプーチャ級揚陸艦に積載された姿が発見された。











シリアに到着した後、これらのバッチはSyAA内でAK-74Mの広範囲にわたる支給と、より少ない程度で共和国防衛隊への支給も可能にした。
レバノンの闇市場経由で西側の銃器や斡旋されたAKも入手可能であるが、国民防衛軍(NDF)は未だに古いAK-4756式AKMで間に合わせている。
共和国防衛隊の第104旅団は司令官であるイサーム・ザフルッディーン准将のもと、イスラミック・ステート(IS)の戦闘員を相手にするためにデリゾールに向かう際、かなりの量のAK-74MとAKS-74Uを受け取った。











AK-74Mは、デリゾールでイサーム・ザフルッディーン准将の護衛を務めるサクル・アル=ハラス(下の画像の左。右はイサーム・ザフルッディーン准将)の選り抜きの武器でもある。
ザフルッディーン准将が個人的に使用する銃はAKS-74Uだが、AK-74Mも何度も使用している姿が見られている。

ISはシリアを支配するために戦っている勢力の中で最大のAK-74M運用者だ。
意外なことに、主に見られる捕獲されたM16とM4カービンがイラクからシリアに移されるという通常の武器の流れに反して、非常に多くのAK-74MもイラクのIS戦闘員と共に行き着いた。














AK-74M自体は近代化されたAK-74の派生型であり、1991年に生産に入った。
同銃はAK-74と比較して使用者により高い汎用性を与えるだけでなく、より軽くて新しいプラスチック製の横折りたたみ式銃床も特徴としている。
これは、典型的な下折りたたみ式銃床を使用する、それ以前のAKSやAKMSとは対照的だ。
















様々な種類のロシア製の光学機器をAK-74Mに取り付けることが可能であり、より正確な照準を確実にする。
これらの照準器は、レシーバーの左側にある標準の取り付け用レールにフィットしている。
シリアでは、このような照準器を装備したAK-74Mは標準的なアイアンサイトを使用するAK-74Mよりも一般的だ。

過去数年間にシリアが受領した光学照準器とアンダーバレル式グレネードランチャーの数は、数多くのAK-47、56式とAKMにも装備することができるほどに十分な量だった。















多くのAK-74Mには、NSPU暗視装置も装備されていた。
シリアでは限られた数のこのような暗視装置が使用できたので、内戦の過程の至る所で散発的な使用が見られた。


AK-74Mには、単発の40mmアンダーバレル式グレネードランチャーを装備することも可能であり、GP-25GP-30Mの2種類が現在までにSyAAによって導入されている。
前者は旧世代のライフルでの使用を対象としたものだが、後者はAK-74MやAK-103のようなより最新のアサルトライフル用に設計されている。
GP-30Mは100mから400mまでの範囲の目標を攻撃することができ、破片榴弾と発煙弾を発射することが可能だ(注:そのほかに焼夷弾やサーモバリック弾もある)。 このグレネードランチャーは象限儀式照準器で照準される。




AK-74M――このライフルはシリアの戦場で非常に恐れられ、そして愛されており、平和が今までよりもさらに遠ざかったと思われる今、この内戦の過程で大きな役割を果たし続けるに違いない。








 




























※ この翻訳元の記事は、2015年2月17日に投稿されたものです。
  当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
  正確な表現などについては、元記事をご一読願います。 
 
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2017年7月21日金曜日

ロシアより愛をこめて:シリアのAK-104














著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

戦争で荒廃した国:シリアへのAK-104カービンの引渡しは全く報告されていないままであり、戦場への影響はこれまで取るに足らないものだった。
それにもかかわらず、これらは定期的にシリアに到着し続ける、ロシア製兵器の流れの増加を表している。
シリアは、90年代から限定的に生産されているこのカービンを受け取った最初の輸出先と考えられている。
シリア内戦が、結果としてAK-104の実戦デビューと言うことができる。

ほとんどがシリア陸軍(SyAA)とそれより少量が共和国防衛隊へ支給された評判が良いAK-74Mとは逆に、少数のAK-104は、そのほとんどが以前のシリアの機動隊に相当するいわゆる治安維持軍に支給された。
もともと大半は警防、盾や催涙ガスで装備されたスンニ派の部隊でスタジアムやデモの間に展開していたが、革命の勃発直後に残存部隊が再編された。
信頼された部隊は、その後により殺傷度の高い武器で武装し、現在は政権支配地域の秩序を維持することを含む幅広い任務を遂行している。

旧式のAK-47AKM56式がこれらの役割に完全にふさわしいが、シリアの首脳部は違うように考えて治安維持部隊の兵士にカービンを割り当てた。
武器のサイズが近接格闘(CQC)には完璧に適したものになるので、より多くの数が得ることができるならば、これらが実戦部隊に支給されるものと予想できる。





















AK-104に対するシリアの関心は、シリア軍の代表団がロシアの武器展示会を訪問した際に、この銃の性能について情報提供を受けた2012年に初めて明るみに出た。
この訪問は特にこのカービンへの関心を示させ、その後に未公開の数のAK-104が購入された。
AK-104を視察しているシリアの代表団のメンバーは以下の画像のとおりだ。






AK-104の起源は、そのほとんどがAK-74Mに遡ることができるが、そこから大口径のAK-103が開発され、同銃に至る。
AK-102、AK-104とAK-105はそれぞれ5.56×45mm、7.62×39mm、5.45×39mm弾用の薬室を備えたAK-103のコンパクト版として設計されたものであり、都市環境での戦闘に最適さをもたらす。
マズルブレーキは、AKS-74Uに取り付けられているものに似ている。

治安維持軍の兵士の手に見えるAK-104は、通常、AK-104に付随するプラスチック弾倉の代わりにAKMの弾倉を使用している。
AK-74Mに見られるように、AK-104は以前のAKSおよびAKMSが装備している下折りたたみ式銃床の代わりに新しい横折りたたみ式銃床を特長としている。

シリアへの(重火器を含む)兵器の継続的な供給が、(IRGC:革命防衛隊ヒズボラなどの)外国のシーア派の戦闘員にますます依存している軍隊を救うのに十分であるかどうかは現時点では不明のままだ。
少数のAK-104は疑いようもなく内戦の結果にほとんど影響を与えないだろう。
しかし、このカービンの存在はシリアに到着するロシアの武器の流れを表しており、この武器の取引は現在の4年目に入った戦争を確実にあおり続けるだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2015年5月2日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記をご一読願います。 

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2017年7月18日火曜日

退役からの復活:スーダンのBo-105が再び空を飛ぶ






















著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

スーダン空軍(SuAF)は、スーダンが英国から独立した1956年1月に設立されて以来、激動の歴史を歩んできた。
もともとエジプトと英国から装備を得て訓練していたが、1960年代後半にソ連から航空機とヘリコプターを導入し、その数年後には中国からの装備の導入が続いた。
SuAFはフランスから航空機を購入しようとしたが、結局はアメリカからF-5EC-130を導入した。
1980年代後半には、リビアからの航空機とヘリコプターを供与される形で軍事支援を受け始め、その後すぐにより多くの中国製航空機が引き渡された。
中国はおそらく過去20年の間に航空機を供給し続けたと思われる。
近年のSuAFの中核は、ロシアやベラルーシ、そして当然ながら中国の航空機によって構成されているが、SuAFはドイツ、スイス、オランダ、カナダといった様々な国から導入した航空機を運用しているか、過去にしていたので、それだけが全てというわけではない。

幅広い供給源に及ぶ多くの種類の航空機を運用することは既に物流面と財政面では悪夢となっており、1960年代から1990年代初頭のスーダンにおける政情不安は、スーダンが異なる政治的方針と外交政策を持つ政府を頻繁に切り替えることを意味していた。
その結果、SuAFが最近導入した航空機用のスペアパーツを入手することができず、作戦能力が低下をもたらし、最終的には1956年の創設以来、飛行隊のほとんどが駐機された状態となった。

スーダンはここ数十年の間、より安定した政治的・経済的状況を享受してきた。
その主な要因は大規模な油田の発見と大規模な開発であり、SuAFのためにより高性能な航空機と装備を購入することを可能にした。
また、スーダンは中国、イラン、ロシアとアラブ首長国連邦(UAE)に拠点を置く企業の支援を受けて、自国で特定の種類の航空機やヘリコプターのオーバーホールを可能にする施設の設立に成功した。
(より一般的にはサファット・アヴィエーション グループの一部であるサファット・アヴィエーション・コンプレックスと知られる)サファット・メンテナンスセンターは、2004年に開設され、2006年に航空機のオーバーホール作業を開始した。

当初、サファットは主にソ連製航空機やヘリコプターのオーバーホールを行うためにもっぱら外国人に依存していたが、スーダン人の数が増加することで他の外国人の大部分を置き換えてきた。
サファットは現在、いくつかの種類の航空機とヘリコプターを独自にオーバーホールすることができるが、大部分の(主要な)プロジェクトでは依然として外国の援助に依存している。
中国製航空機のオーバーホールでは中国人技術者の関与が大きく、ソ連時代の航空機のオーバーホールと整備は主にロシア人とウクライナ人の支援を受け、イランは他のほとんどのプロジェクトで人員と専門的技術を提供している。
(以前はDAVEC、デジェン・アヴィエーション・エンジニアリング・コンプレックスとして知られていた)デジェン航空産業との協定によって、エチオピアはソ連時代のヘリコプターや輸送機、さらにはスーダンとエチオピアのMiG-23のオーバーホールでサファットを支援した。
それにもかかわらず、SuAFは一部の航空機とヘリコプターをオーバーホールのために海外に送り続けており、サファットがいまだにSuAFの要求への対応ができないことを示している。
下の画像はサファットのヘリコプター整備用格納庫の内部を示しており、Mi-24P 「912」番機だけでなく背景に4機のBo-105も映している。




この4機のBo-105の目撃は、スーダンが長年保管されていたこのヘリの数機を稼動状態に戻すために取り組んでいた最初の兆候だった。
スーダンは1977年に西ドイツから20機のBo-105を発注し、その1年後には全機が引き渡されたと考えられていた。
これらのヘリコプターの少なくとも12機がスーダンの警察部隊に配備され、残りの8機はある時点でSuAFに配置転換された。
警察が運用していた機体は民間用の塗装で簡単に識別することができ、SuAFによって運用されたBo-105はスーダンの地形に適応した迷彩が塗装されていた。






Bo-105は引き渡された時点では新品だったが、スーダンは80年代初めにさらに深刻な危機に陥ったため、SuAFとスーダン軍全体に損失をもたらしはじめた。
社会不安、立て続けに発生する戦争、政情不安は最終的には別のクーデターをもたらしてオマル・アル=バシール現大統領を権力の座につけ、すぐにスーダンの同盟関係を西側から遠ざけてイランとリビアの方にシフトさせた。
この急激な転換はSuAFが今では西側製航空機のスペアを入手できなくなったことを意味し、F-5やC-130と他の航空機を飛行禁止にさせる結果をもたらした。
これには、短期間の間に極めてまれにしか飛行していなかったと考えられていたBo-105飛行隊も含まれていた。
残存する機体の大半はSuAF最大の航空基地であるワディ・セイドナに保管され、そこで最終的な生涯を終える可能性が高いと思われていた。


サファットの専門技能やノウハウが向上し、(外国からの支援はあるが)増加する飛行機やヘリコプターの修理ができるようになり、かつてSuAFで運用されていた、Bo-105を含めて決して再び飛行しないと思われていた数種類の航空機のオーバーホールを開始した。
4機のBO-105、つまり3機の旧SuAF機と警察が運用する1機は、IHSRC(イラン・ヘリコプター・サポート・アンド・リニューアル・カンパニー、一般的にパンハとして知られている)の支援を受けて2012年にオーバーホールされた。
スペアパーツのために他の機体が共食い整備の餌食になったり闇市場を介してこれらを入手した可能性がある。
全4機のヘリコプターに関する作業は、サファットの整備用格納庫の外で駐機している4機のBo-105が衛星画像で発見された2012年後半または2013年初めの時点で完了したと考えられていた。
これらのヘリコプターは2014年の時点でも衛星画像に写り続けており、いまだに試験飛行を行っているのか、単にSuAFへの引渡しを待っていることを示唆している可能性がある(注:2017年現在では駐機されていない)。
再び運用状態に入ったBo-105の1機を下の画像で見ることができる。



スーダンのBo-105は全機、28発入りのSNIA 50mmロケット弾ポッドと2門の7.62mm機銃を搭載したガンポッドで武装することが可能であり、これは下の画像で見ることができる。
もちろん、SuAFによって運用されているMi-24/35といった攻撃専用のヘリコプターに比べると、この武装の数は実に少ない。
Mi-24/35は、SuAFの主要な攻撃ヘリとしての地位を獲得しており、その耐久性や航続距離とペイロードは、同機をSuAFにとって理想的なプラットフォームにしている。
その反対にBo-105は全く異なるプラットフォームであり、スーダンの厳しい戦場の上で有効活用するための航続距離と装甲が不足している。
その代わりに武装偵察ヘリコプターとして使用したり、より平和的な任務のために警察へ引き渡すこともできる。













Bo-105がSuAFの能力を大幅に強化する見込みはないが、最小限の努力で飛行状態に戻すことができ、結果としてSuAFに少なくとも4機が存在することになった。  
おそらくより重要なのは、このヘリに関する作業がスーダンにとっての重要な一歩を示していることであり、将来的に航空機やヘリコプターのオーバーホールをより自立して行うことになる可能性がある。

 ※ この翻訳元の記事は、2016年6月18日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記をご一読願います。  

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2017年7月14日金曜日

DIYに走るリビア・ドーン: S-125地対空ミサイルが地対地ミサイルとして使用された





著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

リビアにおける高性能な兵器のスペアパーツの不足は、他の勢力から優位を得ようとしているリビア軍(LNA)リビア・ドーン(「リビアの夜明け」運動)によって多くの興味深い改造をもたらした。
このような改造に関する最近の例には、リビア・ドーンによるエリコンGDF艦載用機関砲をトラックに搭載したことと、LNAによるAK-230艦載用機関砲をトラックに搭載した件が含まれる。

現在(注:2015年)、リビアの首都であるトリポリとミスラタのような他の大都市を支配しているリビア・ドーンは、支配下にあるリビア西部の広大な面積の土地で見つけられた大量の地対空ミサイル(SAM)を受け継いだ。    
リビア・ドーンは、SAMを本来想定されていた役割で使用する必要が少しも無かったため、SAMのいくつかを地対地ミサイルへ転用する実現可能性について調査に着手した。
この武装グループは、かつてリビアのSu-24に装備されていた幾つかのKh-29空対地ミサイルを無誘導ロケットとしてトリポリ近郊で使用していたことから、そのような改造の経験を既に獲得していた。 

実に驚くべき動きとして、リビア・ドーンは2014年12月初めと2015年3月初めに、少なくとも2つの完全なS-125 SAM旅団のミサイルと関連する装備品を一緒にトリポリへ移送した。[1] [2]
これらの移送の陰にある最初の動きは不明のままだったが、画像は現在、リビア・ドーンがS-125を地対地ミサイルとして使用し始めたことを明らかにしている。

(画像では)彼らのオリジナル発射機(移動式)に取り付けられているミサイルは、無誘導の地対地ロケットとして、より安定した飛行の軌道を得るために前部のフィンが取り外された。
より興味深いことに、ミサイルのノーズ部分が延長されており、もしかすると弾頭のサイズが増加した可能性がある。
元のミサイルでは、60kgの弾頭しか搭載されていない。
その量は飛行目標に大きなダメージを与えたり、撃墜するには充分だが、地対地の用途で使用された場合に目標に対して大きな損害を与えるにしてはあまりにも軽すぎる。
弾頭は、航空機を破壊するために設計された本来の爆発性破片弾頭よりも、効果的な通常の高性能爆薬に置き換えられたかもしれない。
最後に、通常はこのシステムに付随している近接信管は、地上の目標に使用するためにより適切な信管に置き換えられているようだ。

リビア・ドーンによるSAMを地対地ミサイルとして機能するように改造した例は、実際には世界初ではない。
かつて1988年には、イラクが数百Kmの射程距離の弾道ミサイルにするために、幾つかのS-125を改造した。

アル・バーク(Al-Barq)と呼ばれるこのミサイルは、S-125を操作可能なミサイルとして使用できるようにする特徴を取り除くなどして地対地ミサイルの用途に合うように改修された:ミサイルのカナード翼と弾頭の近接信管が取り除かれ、ミサイルの自爆装置が動作しないようにした。

この改造についてはS-125の弾頭が機体の一部であり、改修するのが困難であったために決して簡単ではなかったことが証明された。
ミサイルの作業は徐々に進行し、実際に幾つかの飛行試験が実施されたが、達成された飛行距離は117kmしかなく、CEP(半数必中界)は数kmに達した。
満足のいかない結果となったため、その後にこのプロジェクトは1990年に終了した。


リビア・ドーンが残された埃まみれのミサイルから、失敗したアル・バークの射程距離や精度を何とか達成しようと、やっつけ仕事で仕上げることが出来たかは明らかに信じ難く、この分野の改造ではとてつもない短距離と壊滅的な不正確さ(命中率)の両方に悩まされることを意味している。
しかし、十分過ぎる量のS-125とこの内戦がどうにもならないように見える限り、これらのような改造は間違いなく続くだろう。


















 ※ この翻訳元の記事は、2015年4月25日に投稿されたものです。   
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。   

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2017年7月7日金曜日

退役からの復活:スーダンのMiG-23が再び空を飛ぶ






著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

スーダン空軍(SuAF)は1956年に創設されて以来、複数の供給国から入手したいくつかの種類の軍用機を運用してきた。
MiG-29SEhSu-25Su-24といった現代的な機種は、スーダン内戦ディサイシブ・ストーム作戦に参加したことでよく知られているが、F-5EMiG-23MSといったより旧式のものは1980年代の導入以来、SuAFの間では十分に記録化されていない。

SuAFにとってソ連製の戦闘機は見知らぬ存在ではないものの、実際にはスーダンがMiG-23をソ連から発注したことはない。
その代わりに、SuAFは80年代後半にリビア空軍(LAAF)がスーダンに配備した最大12機のMiG-23をリビアから貰い受けた。
この配備には、多数のリビアのパイロットとスーダンでの機体の運用を担当する技術者を伴った。

リビアの分遣隊が約2年後にスーダンから撤収したとき、SuAFには本当に飛行も維持もできない航空機が残されていた。
結果として残存機は数年の運用の後、スーダン最大の航空基地であるワディ・セイドナの保管庫に収容された。
ここでMiG-23はスペアパーツの不足のために保管庫に入れられた大量のMiG-21M、J-6とF-5Eの列に加わった。
ところが、それから20年後になってはじめて、MiG-23が再び姿を現した。

2010年の末からは、サファット・メンテナンスセンターの格納庫の前にあるエプロンの一角に最大で4機のMiG-23が駐機している姿を衛星写真で見ることができる。
この4機はスーダン空軍が使用していた格納庫のスペースを確保するために、以前にここへ移動されたものだ(注:2017年現在ではどこかに移動されている)。
着手するプロジェクトの数が増加しているためにサファットはまもなくスペースが不足する事態に直面し、 MiG-23を収容するハンガーで他の航空機を点検や修理をしなければならないときに、技術者は同機を外に移動させることを強いられた。

この状況が、ワディ・セイドナにおいてSuAFで運用しているMiG-29、Su-25、Su-24の飛行隊を支援する多くのベラルーシ人やロシア人パイロットや技術者のうちの1人に残存している3機のMiG-23MSのうちの1機の前でポーズを取ることを許した(注:下の画像)。
この機は長期間にわたって保管された鮮明な痕跡を残しており、同機にマーキングされたラウンデル(国章)と国旗がゆっくりと薄まったために元のリビアのマークをはっきりと見せている。
シリアルナンバー 「09055」はもともとリビア空軍によってこの機に割り当てられたものであり、単にスーダンでもそのままに残されたものだ。

主にチャドの北部でリビア軍と戦っているチャドの反政府勢力へのスーダンの支援があったためにリビアは80年代初めにスーダンと戦争状態にあったが、1985年にヌメイリ大統領を追放した後、速やかにかつての仇敵と緊密な関係を確立した。
スーダン最大の都市であるオムドゥルマンTu-22で爆撃し、スーダン北部とスーダン南部でスーダン軍と戦っている反乱軍に財政的・物的支援を行い、「両国」間の併合の可能性について話し合った(注:これはチャド・リビア紛争での話)。
この併合は決して生じることはなかったが、スーダンとリビアの新たな築いた関係はスーダン、とりわけSuAFにとって非常に有益ということが判明した。

1987年から、リビアはスーダンに大量の軍用装備の供与を開始した。
これには主に、その時点までに作戦能力の激減の結果として最期を迎えつつあったSuAFに是が非でも必要とされた増援が含まれていた。
SuAFは1年以内に、、最大12機のMiG-23MSと少なくとも1機のMiG-23UB、数機のMi-25および2機のMiG-25R(B)の追加によって増強された。
これらの機はリビア人のパイロットによって飛ばされ、同様にリビア人技術者から整備を受けた。
この分遣隊はSuAFの中核を組織し、1987年と1988年にスーダン人民解放軍(SPLA)が一連の攻勢を開始した際に早急にその真価が問われた。

この攻勢に対応して、SuAFはスーダン南部への偵察任務に投入したMiG-25R(B)によって集められた情報に基づいて空爆で報復した。
これらのソーティに続き、MiG-23MSとMi-25によるSPLAが支配する村やキャンプへの空爆が続いた。
スーダン南部の上空はMiG-23MSにとって特に危険ということが判明し、運用から1年後にはたった6機だけが稼働状態にあったと今もなお考えられている。
1989年か1990年にリビアの分遣隊が引き揚げた後、残存する4機のMiG-23MSはまもなく保管されて決して再び飛行することはなかった。
2機のMiG-25R(B)はスーダンに駐留中はずっとリビアの所有権を保持し続け、どちらもリビアに戻った(注:所属がリビア軍機のままで、結局スーダンに供与されることが無かったということ)。
残存したMi-25は、1990年代後半と2000年代初めに東ヨーロッパから供給されたより新しいMi-24とMi-35に置き換えられるまで運用が続けられ、ハルツーム国際空港(IAP)の軍用スペース(注:軍民共用空港)でそのキャリアを終えた。
リビアによるスーダン内戦への関与の詳細については、この本で読むことができる。

リビアの分遣隊は、長期的にはSuAFの作戦能力を向上させるのに特に成功したとは証明しなかったものの、それはリビアがアフリカ各地のいくつかの空軍に行ったさらなる支援の前例を示した。
それについては今後の記事で取り上げる予定だ。
現在は南スーダンとして知られているジョングレイ州に墜落した元リビアのMiG-23MS 「06918」番機の残骸は以下の画像で見ることができる。
みすぼらしいスーダンの国章はスーダンの太陽の下ですぐに色褪せ、その結果として本来のリビアの国章を浮かび上がらせている。






MiG-23MSは、ソ連が中東およびアフリカの友好国にダウングレードした兵器を売却した、いわゆる「モンキーモデル」の典型的な例だ。
これらの「モンキーモデル」には戦車から海軍艦艇や航空機に至るまでの何もかもが含まれており、ソ連の同等品と比較すると、機密となっている装備が取り除かれていたり、近代的な装備を欠いていたり、装甲が劣っていた。

ソ連は性能をダウングレードした輸出型を多く開発したが、MiG-23Mの輸出型を開発する目的のため、同様の方法によって今までに作られたなかでも最悪と思われる戦闘機(MiG-23MS)を多く作り出した。
基本的には強力なエンジンを備えているものの(注:それでも最新型ではない)を、レーダーなどの電子装備をダウングレードしたもの(旧式)を搭載した。

何年にもわたる中東における紛争の後に既に役に立たないと考えられていた電子装備を搭載し、無能で悪名高いR-3S空対空ミサイルで武装したこの飛行機は、飛行と維持の両面で悪夢のような能力を証明した。

エジプト、イラク、シリアの空軍はイスラエルのF-4EファントムIIへの対応ができない状態であり、F-4Eの性能に対抗できる新しい戦闘機を入手しようと熱望していたが、彼らはその新しい機体(MiG-23MS)に決して感銘を受けることは無かった。
1970年代にリビアが大量の兵器を探し求めたとき、ソ連はすぐにリビアへMiG-23MSを提供した。
しかし、MiG-23MSの引渡しとイラクのパイロットへ訓練したときとは逆に、リビアでは極度に飛行させる代わりに大部分の時間を地上で過ごすことになり、結果的にソ連はF-4ファントムの敵というだけではなくF-14トムキャットの敵として同機を販売したことになった(注:MiG-23MSが単なる良い的となったということ)。
LAAF(リビア空軍)は約束された能力と現実との間のギャップに怒り、MiG-23MSを運用している飛行隊の戦闘能力を向上させるためにかなりの時間と資源を投入した。
MiG-23MSの供与は、リビアがソ連との関係を断った理由の1つだった。

そのひどい記録にもかかわらず、MiG-23MSをスーダン空軍に再導入するための論争が依然として続いている。
スーダンは南部に存在する大規模な石油備蓄の産物を享受していたために、2011年に南スーダンの分離独立後に主要な収入手段を失った。
これは、スーダンが軍隊に資金を費やすことがより少なくなったことを意味するだけではなく、スーダンが現時点で石油と引き換えに武器を購入することができないことも意味した。
目に見える財政面での大幅な増加はないが、SuAFは近い将来に、より現代的な戦闘機を入手するための十分な資金を蓄えることはできないだろうことから、既に入手したもので頑張り続けなければならない。

その上で、スーダンは(より一般的にはサファット・アヴィエーション グループの一部であるサファット・アヴィエーション・コンプレックスと呼ばれる)サファット・メンテナンスセンターの設立によって、航空機やヘリコプターの整備を現地で行うことができるようになった。
これらのプロジェクトのほとんどが外国人技術者と支援を受けて行われており、オーバーホールのためにこれらの航空機をウクライナやベラルーシまたはロシアに移送するよりもかなり安価に済む。
これは、スーダンが国外のメンテナンスセンターと往復させるための輸送にかかる費用のために努力する価値が無いと思われる航空機を自身でオーバーホールすることができることを意味した。

この点を考慮に入れ、SuAFは以前に保管状態にあった数種類の航空機のオーバーホールを検討し始めた。
かつて残りの生涯を地上で過ごすものと思われていたMiG-23は、何十年もの保管状態にあった後に広範囲に及ぶ大規模整備を受けた。
スーダンが本当にMiG-23MSを運用して維持することが決してなかったことから(注:前記のとおりリビアが担当していたため)、サファットはMiG-23を自身でオーバーホールする技術的専門知識が不足していたために海外からの支援を探すことを余儀なくされた。
幸いなことに、そのパートナーは隣接するエチオピアで見つかった。
同国のデジェン航空産業は必要なメンテナンスを実行できることが証明されていたからだ。

(以前はDAVEC、デジェン・アヴィエーション・エンジニアリング・コンプレックスとして知られていた)デジェンは、エチオピア空軍で運用されている幅広い種類の航空機のオーバーホールを担当しており、Su-27をオーバーホールする十分な能力がある数少ないメンテナンスセンターの1つだ。
いまだにDAVECとも呼ばれるデジェンは、もともとエチオピアがソ連製航空機(主にMiG-23BN、ML、UB)を現地で維持できることを目的に設立されたことから、この種の航空機のオーバーホールに関して豊富な経験を持っている。
4機のMiG-23のうちの1機のツマンスキー R-29エンジンがサファットで整備されており、これは以下の画像で見ることができる。

航空機のオーバーホールを目的としてデジェンから少なくとも10人のエチオピア人がサファットに派遣され、エチオピアは新しく再生された機体の飛行試験のためにパイロットも提供した。
エチオピアの存在は、MiG-23MSを稼動状態に戻す際に大きな役割を果たしたことを強調した。
さらに、現時点においてスーダンはMiG-23の飛行訓練をしていないと考えられていることから、エチオピアは予備部品(既に搭載されている新しい操縦席のキャノピーなど)の提供のみならず訓練も支援する可能性が高い。

スーダンのMiG-23MSの兵装の選択は、数種類の無誘導爆弾と57mmロケット弾用のUB-16およびUB-32ロケット弾ポッドに限られている。
SuAFはかつてMiG-21M用のR-3S空対空ミサイルを保有していたが、これらのミサイルがまだ残存している可能性は少ない。
理論的に考えると、リビアがスーダンへ航空機を供与した際にリビアのストックからR-3S空対空ミサイルが付随した可能性があったが、このミサイルの保存期限は既に数十年前に切れている。
したがって、スーダンのMiG-23MSの役割は戦闘爆撃機(注:事実上の攻撃機)に限られている。
MiG-23MSによる兵装の投射は遠くから離れると正確さが全く無いものの(注:無誘導のため)、数十年にわたる紛争の間に、精度の欠如がSuAFに問題を問題を引き起こしたことはなかった。

不幸なことに、SuAFのためにオーバーホールされたMiG-23の4機のうちの1機が試験飛行の直後、ワディ・セイドナに不時着した。
この機体は炎上し、後に基地の隅に放棄された。
つまり、再就役に入る以前にSuAFは既にMiG-23を1機失っていた。
その機体がUBかMSかどうかは不明のままだが、唯一のMiG-23UBを失ったとなるとSuAFは海外から別の機体を購入することを余儀なくされ、このプロジェクトは大幅に高額なものになってしまう。














オーバーホールのおかげでSuAFにわずかな費用で4機のMiG-23が提供されたが、MiG-23MSの面倒な性質は本当にそれだけ努力する価値があるのかという疑問を提起する。
既に事故のために1機が失われており、この非常に面倒な航空機を飛行する際により多くの機体が失われる可能性が高いため、MiG-23MSのスーダンにおける2回目のキャリアは短期間になるかもしれない。

 ※ この翻訳元の記事は、2016年9月26日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年6月30日金曜日

シリア軍の再武装:ロシアが供与したBMP-2と2S9が到着した



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

今年初めにT-62MBMP-1をシリア軍に初めて引き渡した後にシリアから出てきた新たな画像は、より多くの種類のAFVが最近になってロシアの「シリア急行」に積載されてシリアへ送られたことを明らかにした。
これらの新たな供与は、現在、ホムス東部でシリア軍のイスラミック・ステート(IS)に対する大躍進をもたらしている。
新たに引き渡されたAFVはISへの反撃のために、最終的にそこへ配備される可能性が高いだろう。

大量の武器や車両の引渡しは、現在シリア各地で活動している多くの民兵組織のいくつかを編入した統一軍を創設する計画を含んだ、シリア軍(SAA:Syrian Arab Army)の事実上の再建の一環だ。
このプロセスを背後で支える原動力は新たに設立された第5軍団であり、同軍団は過去6年の間にSAAの役割を奪ってきた、前述の民兵組織の増大する力に対抗する役割を果たす。

SAAの復権におけるロシアの役割に従って、この新生の軍隊への訓練と装備を担当するのもまたロシアだ。
これによって、シリアはすぐに追加のT-72T-90、さらにはBMP-3でさえ受け取るものと思わせたが(これらの全てが現時点におけるSAAの機甲戦力を構成するAFVより高度なものだ)、今までの供与ではそのほとんどがロシア軍で既に運用されていない、もはや必要とされていない旧式の兵器だった。

それにもかかわらず、これらの供与された車両と兵器の多くは、シリアの一部を支配するべく戦う多数の勢力に対する今日の作戦行動において、SAAにとって理想的に適合している。
小火器や大量のウラルGAZKamAZUAZのトラックとジープの供与に加えて、他では今までのところ、T-62MとBMP-1(P)、 M-1938(M-30)122mm榴弾砲がもたらされており、現在ではBMP-2歩兵戦闘車と2S9 120mm自走迫撃砲も含まれている。

第5軍団に対する以前の供与では、BMP-1や第二次世界大戦時の122mm M-30榴弾砲のような高度ではない装備だったことから、BMP-2と2S9といった装備の供与は関心を引く。
現在、より高度な装備がシリアに到着しているという事実は、ロシアが再軍備計画を成功と判断している証拠かもしれない。
また、内戦がシリア政府に有利に展開し続けるにつれて、より高度な装備の供与を潜在的に強化する可能性がある。

内戦の画像や映像においてBMP-2の存在が相対的に稀にもかかわらず、シリアの戦場では間違いなく見知らぬAFVではない。
実際、シリアは80年代後半に導入した約100台にわたるBMP-2の残存車両を継続して運用しており、そのほとんどがダマスカス周辺で作戦を展開する共和国防衛隊に配備されている。
1980年代から既に運用中のBMP-2に加え、少数のBMP-2がタドムル近郊の作戦に参加するため、2015年にT-72BとBMP-1と共にロシアから供与された。
これらのBMP-2のうち少なくとも1台、おそらくは2台がその後にここで破壊された。

現在供与されている車両は、ダークグリーンの迷彩塗装によって既にシリアで運用されているBMP-2(注:デザートイエロー色)と簡単に識別することができるが、何よりもBMP-2 1984年型とそれ以降の派生型のみに存在する、砲塔に装備された対放射線防護用装甲がある点で可能だ。
シリアが80年代後半に受領したBMP-2は旧式の1980年型であり、そのような対放射線防護用装甲および他の漸進的な改良が欠けている。

BMP-2は、1970年代に導入されて以来、SAAの主力IFVとして役立ってきたBMP-1の能力を大幅に向上させたものだ。
本来、ヨーロッパの平野で使用するために設計されたBMP-1の武装は、歩兵を支援するためには不十分であることと、重装甲のAFVを相手にする能力がないことがすぐにわかった。
さらに、BMP-1の薄い装甲や主砲が仰角をとれない点と移動中に正確に発射できない点が、同車を今日の紛争での使用においては痛ましいほど時代遅れなものにしている。

BMP-1から学んだ教訓の多くを取り入れて、BMP-2はこれらの深刻な欠点のいくつかを取り除いた。
最も明白なのは、2A28 73mm低圧砲を歩兵の支援と仰角を高くとることができるおかげで高所にある敵の位置を抑えることに非常に適した、速射可能な 2A42 30mm機関砲へ交換した点だ。
BMP-2には、BMP-1の扱いにくく、使用されることがほとんどなかった9M14 マリュートカとは対照的に、9M113コンクールス対戦車ミサイル(ATGM)の発射機が装備されている。

2S9の供与も、以前にこの車両が、今まで自走迫撃砲を運用していなかったSAAに就役したことが無かったために注目に値する。
2S9は、通常の砲弾では約8キロメートルの距離を、ロケット補助推進弾では12キロ以上の距離に砲弾を投射することができる後装式の2A60 120mm迫撃砲を武装している。
2S9のために誘導砲弾も開発されたが、シリアに配備されている可能性は低い。

SAAは砲撃支援のために数種類の牽引式野戦砲に加えて、2S1 122mm自走榴弾砲とBM-21 122mmMRLを大量に運用し続けているが、2S9は仰角を高くとることができるため、現在、政権軍がホムス東部で直面している山や尾根で防備を固めるISの陣地に対する戦闘には最適だ。
すぐに2S9が空中投下可能だということに気付く人もいるが、このような方法でデリゾールに送られることはほとんどありそうにない。
2S9がSAAで運用に入るその種(自走迫撃砲)の最初のタイプであるため、おそらく乗員は最初にこの車両で訓練しなければならないだろうし(注:完熟訓練)、BMP-2も同様といえる(より少ない訓練で済むだろうが)。
結果として、彼らが最前線に姿を見せるまでにはある程度時間がかかるかもしれない。

現在、政府軍が主にISに対して大躍進しているため、ロシアはシリア政府への支援を熱心に維持し続けると思われ、これまでに果てしなく続くように思われた紛争の中で、その投資をさらに強化していくだろう。
シリアにとって、これらの車両が現実に供与されることは、それが意味する傾向よりもはるかに重要の度合いが低い可能性がある(注:たとえ何であろうとロシアがシリアを支援することを意味しているため、その「流れ」はこうしたAFVの供与自体よりもさらに重要ということ)。
基本的にSAAのストックを無限に補給することができ、経済的苦難にもかかわらず、SAAをまとまりのある軍隊としての回帰をもたらすため必要とされる金額を支払う意思がある同盟国のおかげで、SAAの最終的な勝利は、将来の紛争の推移において全く予期しない紆余曲折をはばむものと思われる。  
いかなる場合でも、現在の情勢の進展は、シリアで争っている軍隊や勢力の間に戦略的均衡に作用することが確実であり、シリア内戦の最終的な結果に広範囲にわたって影響をもたらす可能性がある。

特別協力: Wael Al Hussaini(注:元記事への協力であり、本件編訳とは無関係です)。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年6月15日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。  
       正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年6月23日金曜日

秘密裏の飛行:シリアにおける「特殊用途」のMi-17


著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

シリア・アラブ空軍(SyAAF)のMi-8/17「ヒップ」飛行隊は、シリア内戦における空中戦力の活用を明らかにした、一般的に樽爆弾と呼ばれる爆弾の投下によるシリア各地の民間人居住地区に対する無差別爆撃の主役として、(おそらく)最もよく知られている。
これまでのところ、即席の簡易爆撃機という役割はシリアのMi-8/17の主要な任務の1つのままであるが、過去6年にわたる過酷な戦いの間にMi-8/17飛行隊が遂行したその他の任務はひどく過小報告されている。

おそらく、ヒップ飛行隊の最も重要な役割は、時には数年に及んで完全に陸路が遮断されたシリア政府の支配地域とシリア各地の包囲されたシリア軍守備隊との間を繋ぐライフラインを象徴したことだろう。
Mi-8/17は輸送機とは対照的に、地上に増援を直接送り込んだり、負傷者を病院に運ぶことができた。
実際、デリゾール空港が戦場には近すぎるとして、増援部隊の輸送や民間人や怪我人を避難させるために、デリゾールの都市は今やシリア軍のMi-8/17飛行隊に完全に依存している。

輸送ヘリコプターや即席の爆撃機としての役割に加えて、シリアのMi-8/17の数機が、依然としてほとんど知られていない任務のためにアップグレードされていた。
これらのヘリコプターのいくつかが新しい形態で運用を続けるのかは不明瞭であり、これらが興味を惹く事柄を象徴すると同時にSyAAFでほとんど語られることのないものだが、この記事の対象となるだろうことは間違いない。

シリアのアップグレードされたMi-17について詳しく説明する前に、1982年にレバノン内戦の主要な時期が終了した直後、1980年代初頭の時点で最初の「特殊用途」のヒップがすでにシリアに到着していたことに言及することには興味深いものがある。
イスラエルが電子戦での優位性を十分に活用していたレバノン上空の空中戦で、SyAAFとシリア・アラブ防空軍(SyAADF)はイスラエル空軍に深刻な損失を被った。
シリアがその時点で運用していた装備では同様の方法(電子戦)で対応できないため、ハーフィズ・アル=アサド大統領はソ連に援助を要求した。

Mi-8電子戦型の試験投入を切望していたソ連は、その後、最大で8機のMi-8PPA、Mi-8MTP / U、Mi-8SMVをシリアに配備し、T4空軍基地を拠点を置いてイスラエルが占領していたゴラン高原の近くに位置するメッゼ空軍基地へ定期的に派遣した。
これらのヘリコプターには、敵の地対空ミサイルシステム(SAM)の誘導レーダーを妨害する任務が与えられており、80年代終わりにソ連へ撤収する前の平時にイスラエル軍のMIM-23「ホーク」のSAMサイトに対抗したかもしれない。
これらはソ連へ戻った後、最終的にヘリコプターのスクラップ置き場に行き着いた




話題を、SyAAFのMi-8とMi-17の大部分がオリジナルの形態で運用され続けているシリアに戻してみると、これらは後部ドアを取り外して、いわゆる樽爆弾(現在の基準では、実際には樽とはほとんど関係の無いより洗練されたデザインである)を簡単に搭載したり投下することができるようになっている。
SyAAFのMi-8/17のいくつかが改修されたという事実は、十数機のMi-8/17とMi-25が失われるという結果をもたらした、2013年1月11日のタフタナズ空軍基地の陥落直後に初めて示唆された。  

タフタナズ基地は、2012年11月25日にマルジュ・スルタンヘリポートの陥落に続いて反政府軍によって制圧された2番目のヘリポートだった。
ここにあるヘリコプターのいくつかを瀬戸際で退避させるための必死の努力をしたにもかかわらず、タフタナズの喪失はSyAAFへの最初の大きな打撃を意味した。
結果として現在運用状態にある機体とほぼ同じくらいの数の多くのMi-8/17を失ったのだ。

ここで鹵獲された機体を注意深く調査すると、Mi-17の胴体の下にEOシステムが追加されたことが判明した。
後のタフタナズからの映像には、取り外された電気光学(EO)システムと関連するコントロールパネルも映されている。
メッゼ空軍基地で2013年に撮影された別の画像は、コックピットの各側面を防護する装甲板について、よく見える最初の姿を私たちにもたらした。
興味深いことに、この乗組員の生存率を増加させることを目的とした比較的簡単な改修は、少数のヘリコプターにしか施されてされていなかった。

これらのアップグレードされたヘリコプターは、6年以上に及ぶ内戦中に散発的にしか目撃されなかったため、おそらく少数のMi-17が内戦の勃発前にこの新しい規格へ改修されたものと考えられる。
この改修型のMi-17と他の非改修型機を識別することは、この例で目撃されたように依然として困難であり続けている。
このMi-17をSyAAFのヘリコプター部隊で使用されている通常型のMi-17の1機と見間違えやすいかもしれないが、見づらい操縦席の装甲板とEOタレットの存在は、それを改修型の例の1つとして識別することに役に立つ。

すでにシリアのMi-17には、胴体の両側にロケット弾ポッド、爆弾、または上の画像のケースと同様に23mm機関砲のUPK-23ガンポッドの搭載を可能にする各3つのハードポイントが標準装備されているが、EOシステムの追加は目標の捕捉および脅威の識別において、このヘリコプターの能力を大幅に高めるだろう。
同様に、操縦席の周辺に増設された装甲板はヘリコプターの乗員の生存率を高めることから、シリアにおける対空兵器の恵まれた環境ではありがたい追加である。

これらの改修は、SyAAFのMi-8/17のほぼすべてに搭載されている固有装備のチャフ/フレア発射機の設計と製造を担当している、ナイラブ空軍基地 / アレッポ国際空港に所在するSyAAFの修理および整備施設である「The Factory」によって実施された可能性が高い。
装甲板と下の画像で詳細に見られるEOシステムは、ヘリコプターで同様の改修をしたイランから入手されたものとみられている(注:イランはベル214AやAH-1J「トゥーファンⅡ」にEO/IRセンサーのタレットを搭載した改修をしているので、これはそれを指しているかもしれない)。



他の特殊なMi-17が、戦争で荒廃した国のいたる所へ非常に重要な人物(VIP)を輸送するといった、命取りにはならない比較的安全な任務のために使用されている。
道路を使用してシリアの端から他への移動がその間に不可能になったり(注:戦況などによる遮断)、全国への急速な展開を可能にするには時間がかかりすぎているとして、「虎」ことスハイル・アル・ハッサン少将は、今日では、彼が長距離を迅速に通過できるようにVIP輸送機として配置されたMi-17を利用している。

SyAAFはすでに、VIP輸送のために数機のMi-8P(通常のMi-8/17にみられる円形の窓の代わりに長方形または正方形の窓があるため識別が可能)を運用していたが、シリア内戦の勃発以前に既にこれらを退役させてしまった。
バッシャール・アル=アサド大統領は、彼自身が所有する2機のVIP用ヘリコプターを利用している。
このヘリコプターについては、後日に彼専用の他の輸送機と一緒に別の記事で扱う予定です。











前記のヘリコプターの任務は比較的単純なもの(注:VIP輸送)である点に対して、SyAAFは詳細不明の任務のために改修された、少なくとも2機のMi-17も運用している。
そのMi-17は2012年7月に実施されたSyAAFの大規模な演習で最初に目撃されており、同機には胴体の両側に2基の奇妙な形状のコンテナが装備されていた。

これらのコンテナが、携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)に対するアクティブ防護システムの部分かもしれないという主張がいくつかみられた。
しかし、このヘリコプターは既に内戦でMANPADSの脅威を受ける前にかなり目撃されており、SyAAFがこれらの装置のために6つのハードポイントを犠牲にすることは考えにくい。
この時点における著者の最も有力な予想としては、これらのコンテナがパノラマ式の観測システムとして使用されるものと考えるが、異なる目的で使用される可能性もあるので確かだとはいえない。
このヘリコプターは記事のヘッダー画像でも見ることが可能で、同機はメッゼ空軍基地でEOシステムと装甲板が追加されたMi-17の背後に駐機している。


ほぼ間違いなくSyAAFで運用されたヘリコプターの中で最も興味深い改修は、最も謎めいたものだ。
その計画が中止される前にたった1機のMi-17が新しい任務用に改修されたと考えられ、その後、同機は元の状態に戻された。
このMi-17 「2981番機」はたったの一度しか見られていない。
シリア軍の参謀総長アリー・アブドゥッラー・アイユーブ大将が、2015年7月にブレイ空軍基地を訪れて視察した際のことだ。

このヘリコプターは、シリアで運用されている他のMi-8/17では見られていない、新たに施された迷彩パターンのために際立っていた。
さらに、胴体の右側にある緑色の四角形の窓も興味を引くが、同機が新しい迷彩パターンを得た後のある時点で塞がれたように思われる。
この改修の特質についての探究は、このヘリコプターが側面の開口部にGShG-7.62 7.62mmまたはYak-B 12.7mmガトリング式重機関銃を格納した、遠隔武器ステーション(RWS)のテストベッド機だった可能性を明らかにした。
そのような方法でSyAAFのMi-8/17が武装した唯一の事例としては、2012年に数機のヘリコプターが備え付けられたDShK 12.7 mm重機関銃をヘリの後部から射撃したと考えられていたものが挙げられる。




シリア内戦は6年目に入ったが、SyAAFのMi-8/17「ヒップ」飛行隊は政府軍による航空作戦の第一線にとどまっている。
これらのヘリコプターが即席の簡易爆撃機としての有効性が問われる可能性があるが、「ヒップ」はよく知られているとおり、信頼できる馬車馬だということを再度証明した。 
運用可能な機体の数は減少し続けているが、ちょうど15機の機体はいつでも作戦可能な状態にあると考えられている。、
Mi-8/17の融通性と多機能性は、これらが最後の最後まで使用され続けるだろうことを確実なものにし、おそらくこの内戦よりもっと長生きするだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年6月8日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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