2019年1月22日火曜日

シリアにおけるBRDM-2



著:スタイン・ミッツァー、ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao goo

「Boyevaya Razvedyvatelnaya Dozornaya Mashina」、直訳すると「戦闘偵察警戒車」と呼ばれるこの車両はBRDMとしてよく知られており、7年近くにわたるシリア内戦の殆どに姿を見せなかった象徴的な車両だ。
この内戦を追い続けているいくつかのアナリストはBRDMが将来のある時点で大量に出現することを予期し続けているが、シリア革命が勃発する直前にシリア・アラブ陸軍(SyAA)BRDM-2の殆どを退役させた後、この車両の運命は事実上そこから逃れられぬものとなった(注:退役からは変化が無いということ)。
シリアでは続く内戦での使用により適した莫大な装甲戦闘車両(AFV)が運用されているが、近年でもごく僅かな量のBRDM-2が運用され続けている。最も注目するべきはそれらがシリア各地で活動しているロシアの民間軍事会社「ワグナー」で運用されていることだ。

シリア内戦の大部分ではこの車両がキャッチされにくかったにも関わらず、BRDM-2は革命の初期段階で抗議者達が最初に遭遇したAFVの一つだった。
シリア警察は以前にシリア・アラブ陸軍(SyAA)から少数のBRDM-2とBTR-152を受け取っており、そのいくつかは KPV 14.5mm重機関銃とPKT 7.62mm軽機関銃を維持したままで追加装甲と鮮明な青い迷彩塗装が施された。
これらのBRDM-2は革命の初期段階の間にホムスとイドリブの都市部に配備され、結果として数台が破壊されたり捕獲された。

その後でもSyAAで使用されているBRDM-2の目撃は続き、結局のところシリアの戦場においてその数は減少して遂には消滅した。
いくつかのBRDM-2を捕獲されたSyAA基地の映像で見ることができたが、そこでは防御側によって固定陣地として使用されていたか、基地の一角で単に放棄されたに過ぎなかった。
殆ど全てがパンクしたタイヤに悩まされている、これらの車両を修理することについては、捕獲側の視点からすると明らかに努力するに値しないものであり、大半はその場で朽ち果てることになった。

BRDM-2の派生型はそれらのベースとなったオリジナルよりも僅かに能力が向上した。
BRDM-2RKh 対放射線・化学兵器偵察車、9P122及び9P148対戦車ミサイル搭載車と9K31ストレラ-1移動式地対空ミサイルシステム車を含めた派生型の大多数は内戦の勃発した際でも依然として運用が続けられていた。
それにもかかわらず、シリア内戦でこれらの派生型が使用されている姿を見つけることが困難であることが証明されており、政権軍だけが2014年に敵の強化陣地に対していくつかのBRDM-2 9P148対戦車ミサイル車を投入し始めたことが確認された。
この用法に投入されたのは僅かな数の車両に限られていたようであり、殆どのBRDM-2の派生型は今日まで保管され続けている。
















シリアに引き渡されたBRDMの数は若干不明なままではあるが、シリアに引き渡された全てのAFVが高インフレの影響下にあったように、その量は長年にかけて引き渡された様々な派生型を含めて数百両に限定されると思われる(注:有り触れた数が供与されたということ)。
そして、「損耗」はBRDM-2をSyAAで運用された他の車両と同程度に見逃さなかったかもしれない(注:酷使のみならず部品の欠如も意味した)。
結局、2000年代後半でも僅かに限られた数の車両が現役だった。

いくつかの近隣諸国と共に運用を始めたにもかかわらず、シリアによる初期のBRDM-1派生型の使用に関する報告は誤りだと考えられている(注:シリアへはBRDM-1が引き渡されていない)。
シリアはBRDM-2と9P122対戦車ミサイル車を1973年の10月戦争(イスラエルではヨム・キプール戦争として知られる)で初めて使用し、占領されたゴラン高原で防備されたイスラエル軍と対戦した。いくつかがイスラエル軍によって破壊または捕獲され、最終的には(彼ら自身が使用するために)最就役と改修するのに十分な数のBRDM-2と9P122を手にした。皮肉にも、これらのBRDM-2のいくつかが1982年のレバノン戦争で以前の持ち主に対して投入された。この戦争ではSyAAと同盟軍によるBRDM-2の広範囲にわたる使用が見られた。

既にレバノンの大部分が占領された1976年、結局のところ、BRDM-2は1973年の10月戦争の間よりもレバノンを占領していた間のSyAAによる使用の方が適していたことが判明した。大・小口径の機関銃で武装し小火器や岩石から防護する能力を持つ、装輪式のBRDM-2はより重い(装軌式)車両の使用が嫌悪される他の作戦と武装パトロールにふさわしく、役に立った。
BRDM-2の見た目は威圧的ではなかった(多くの国は紛争地帯に戦車を配備することを避けたいと考えている。なぜならば、地元住民には戦車が攻撃的に見えて軍隊が大規模な戦闘をするためにそこへ来たという考えを与えるからだ。つまり、戦車の配備はそこが戦場になるという意味を与える)。
BRDM-2は装輪式で無限軌道ではないため、シリアがレバノンを占領している間の使用に最適だった。
当然のことながら、2005年に(自由選挙の開催とレバノン国内に存在している、残存する外国軍隊の撤退を求めた)国連安保理決議1559が可決された後、最終的にシリアはレバノンからの撤退を強いられた。

世紀の変わり目には、大半のBRDM-2は有益なキャリアを終えた。
BRDM-2はより新しい偵察車両が装備している現代的な照準システムと重武装が欠けていたので、同車は設計された本来の用途のため、絶望的に時代遅れとなった(注:時代の流れと共に戦術や要求される性能が変化し、それに対応できなくなったということ)。
多くのアフリカ諸国はBRDM-2を軽装甲戦闘車として運用し続けているが、内戦が始まるまでシリアにとって明らかに唯一の可能な敵だったイスラエルに対するそのような車両の有用性は極めて低いと思われていた。
当然ながら、就役していた殆どのBRDM-2は同車を運用し続けていたSyAAの機械化部隊で退役となった。

しかし、退役した一定数のBRDM-2の運命は、結局のところ、より旧式のBTR-152兵員輸送車(APC)と共に警察への移管後に復活することになった。
BRDM-2(の警察での使用)はこの役割にかなり大きな可能性を秘めており、成功した暴徒鎮圧車両として世界中の機動隊も改修をしたが、シリアでは平和的な抗議活動が早い段階で今日まで至る内戦に移行したため、同国における(暴徒鎮圧用)改修はすぐに完全に不十分なものになってしまった。
装備された重火器では平和的な暴徒鎮圧には完全に不適当であったが、(警察部隊は)しばしばその機関銃の使用に出た。残存車両は軍が警察部隊の継続している作戦を引き継いだ後に撤収した。
BRDM-2の横に書かれている文字: قوات حفظ الأمن والنظام - 治安秩序維持軍。



SyAAは警察からの革命を鎮圧する役割を引き継いだ。この時までには革命に伴う騒乱はまだホムスのような大都市のみで発生していた(当時は革命がホムスのような大都市を越えて拡がってはいなかったが、結果としてSyAAはその鎮圧に明らかに失敗した)。そのために(反乱軍との)最前線における重AFVの存在数は増加し、いくつかのBRDM-2を含むそれらは主に反乱軍との紛争地域周辺の検問所に配置された。
しかし、イスラエルとの従来型の戦争での戦闘を準備してきたうえに、シリアでの急激な戦場の変化への適応が完全に未熟だったことも判明していたこともあり、SyAAの戦車は政権が統制する市街地中心部を強化するには殆ど役には立たなかった。
戦闘がシリアの大部分に拡大するにつれて、紛争の激しさも増した。
反乱勢力は今や対戦車ミサイルや携帯式対戦車擲弾発射器(RPG)をSyAAの武器庫から捕獲したり海外から入手したりしてシリアの機甲戦力に打撃を与えた。

SyAAの機甲戦力の損失は、世界中のほとんどの国で運用されている戦車数をはるかに上回る数にまで増加したが、(SyAA)はイスラエルとの従来型戦闘における地上戦の準備をしていたので、依然として(戦争の大半で発生するだろう莫大な損失を補うための)大量のAFVに依存することができた(注:損失自体は想定済みということ)。
SyAAの喪失した兵器ストックを補充するために、大量のT-62Mや他のAFVが2017年初頭までに(シリアへ)到着し始めたばかりだったという事実はシリアの造兵廠が豊富なストックを抱えていたことを証明した(注:内戦開始から6年後に供与が開始されるまでSyAAの予備兵器に余裕があったということ)。

しかしこれはまた、何年も前からSyAAの基地で朽ち果ていたBTR-60やBRDM-2のような軽武装・軽装甲のAFVの存在に反応してそれらを就役させる理由が特にないことも意味した(注:最就役させる価値が無いということ)。
14.5mm重機関銃で武装して、最低でも小火器に対する防護力があったことから、いくつかのBRDM-2は制圧に直面している包囲された基地で固定陣地として使用された。
これらの基地が陥落した後にそれらのいくつかが捕獲された。最も注目すべきは2014年にイスラミック・ステート(IS)がSyAAの駐屯地を制圧した際、ラッカの第17師団で遺棄されたBRDM-2RKhが、デリゾール近郊では別の通常型のBRDM-2が捕獲された。



通常のBRDM-2よりもいくらかは恐れられていたのは、ありふれたBRDM-2の車体を用いた対戦車ミサイル(ATGM)車で、シリア内戦におけるATGMの重度の拡散と使用のおかげでシリア各地における多くの政権側による攻勢の際には(同車が)戦力倍増の効果を与える装備(という立場)として最終的に落ち着いたほどであった。      
ATGMは本来AFVに対して使用されるように設計されていたが、この内戦では建物の中の防御陣地のような強固な構造物に対する精密兵器として広く使用されている。

(大きい車両のため)通常のATGM発射機が可能なように人目の無い隠れた場所に位置することはできないが、BRDM-2ベースのATGM車の利点は(車両の種類にもよるが)5発か6発のATGMを(全弾を装填する必要がある前に)乗員が車内に残り続けて発車する能力があったことだ(注:車載型は車内から安全に5,6発を連続して発射できるということ。地上に備え付けの発射機では操作員はむき出しであり、一度に単発しかできないので、続けて発射するにはいちいち装填しなければならない)。
この能力はシリアの砂漠地帯にあるISの領域に対する政権側の攻勢で大いに役立った可能性がある。そこではISが装甲・非装甲の車両運搬式即席爆発装置(自動車爆弾:VBIED)を乱用していた。
それらのいくつかはなんとかしてSyAAの陣地と兵舎や集積地に忍び寄ることができたが、
おそらくは監視地点にいるBRDM-2ベースのATGM車によって(自爆攻撃を)妨害されたかもしれない。




シリアは9P122と9P148 ATGM車の双方を受け取っているが、現代の紛争では9P148だけが使用に耐えうると主張することができる。
9P148は一世代遅れのマリュートカATGMを発射する旧式の9P122を大幅に改善したもので、9M113「コンクールス」とより古い9M111「ファゴット」のどちらも発射することが可能だ。
少数の9P148が内戦に投入されて少数が現役にあると考えられているが、全てのP9122は長期保管されたままだ。
ゴラン高原でイスラエルのメルカバ戦車を攻撃するというSyAAが意図した役割では9P122とマリュートカATGMはいずれにせよ彼らを十分に怖がらせることはできなかっただろう(注:マリュートカATGMではメルカバ戦車に歯が立たないので、結局は役立たなかっただろうということ)。

大半の9P122はSyAAの基地に置かれているために私たちの視界から隠れたままとなっているが、いくらかはシリア内戦の間に捕獲された。最も特筆すべきは反乱軍がアレッポの包囲を解こうと試みた際に合計で7台の9P122が砲兵学校で捕獲されたことだ(包囲の突破は8月初頭に成功した)。
反乱軍はアレッポを維持することに不可欠なライフラインの維持を繰り返し試みたにもかかわらず、2016年9月初頭には新たな政権側の攻勢で包囲が復活してその数ヶ月後の同年12月後半には政権側が都市全体を掌握した。


興味深いことに、ISだけが捕獲した9P122の使用を試みたことがある。
しかし、想定されていた用途(注:対戦車攻撃)で9P122を使う代わりに、ISがこれらを(車両分類番号[100]と[106]がデリゾールのアイヤッシュ近郊で政権軍によって捕獲された以前に)装甲兵員輸送車(APC)やVBIEDに転換した可能性がある。
捕獲された9P122の双方がISの装甲車両修理施設:「工廠」かその傘下にある工廠でオーバーホールされた車両であることを示す、الدولةالإسلامية - 'イスラミック・ステート'、جيشالخلافة - 'カリフ制軍'(ジャイシュ・アル・ファリーファ)と記載された黒い四角形のマーキングが施されていた。
どちらの車両分類番号も特有の第1桁を付与されており、9P122[106]の存在は少なくとも6台のBRDM-2やその派生型、または他の装輪式AFVが「工廠」によってオーバーホールされたことを示唆している(注:「工廠」ではBRDMが100番台、戦車が300番台といったように、AFVのカテゴリー別に番号の第1桁が分かれている。この分類からすると。捕獲されたBRDMに[106]とあったことから、少なくとも6,7台の同種車両が存在するということを意味している)。


他の9P122の大半と似たような運命が、BRDM-2の車体をベースとした短距離地対空ミサイル(SAM)システム9K31ストレラ-1にも授けられた。
本質的には、これらは(4発のミサイルを搭載した)機動プラットフォーム上に装備された旧世代の携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)の性能と変わらなかった。したがって、9K31ストレラ-1は今日の紛争における赤外線誘導式(IR)ミサイルに対する現在の妨害策には完全に手も足も出なかったと思われる。
シリア軍はより現代的なパーンツィリ-S1ブクM2、アップグレードされたS-125(ペチョラ-2M)を入手していたが、それら自身が既にイスラエル空軍によって敗北を喫したので、シリアは2000年代後半か2010年代の初頭には9K31ストレラ-1の大半を退役させてしまった。



BRDM-2の大半の派生型が倉庫で保管され続けているが、BRDM-2の偶発的な出現は今日まで続いている。
それでも、たいていは1台がシリア政府と連携した部隊かそれと戦っている勢力のいずれかによって使用されている(注:複数での目撃例が少なく、目撃される場合は1台のみ場合が多いということ)。
さらに事実を明かすと目撃されたBRDM-2の殆どは政権とその同盟者と戦う勢力によって運用されており、中でも注目すべきはISによるもので、彼らは数台のBRDM-2をシリア北部における孤立したSyAA基地に対する攻撃で使用した。
政権側で運用中の稼働状態にある殆どのBRDM-2はそれらを運用する部隊の主導で復活させられてはいるが、それは政権側のAFV修理工場でBRDM-2群の大部分を復活させるというより広範囲に及ぶ計画の一部ではない(注:大規模な再生計画ではないということ)。

その一方で、YPG(クルド人民防衛隊)のような勢力は少なくとも何らかの形の装甲(戦力による)支援を部隊に与えるためにBRDM-2のような再生車両に依存している。
歴史的にシリアを支配するべく戦闘を繰り広げている全ての主要な勢力で最も裕福ではないYPGはDIY装甲のトラクターと他の奇怪な車両を補完するために、入手することができたあらゆる車両を利用した。
この状況は、YPGが(以前に政権側の部隊か他の勢力によって)シリア北部の各地で放棄されていた、いくつかのBRDM-2をBTR-60と共に復活させるに至った。



最も最近の目撃例には、2018年4月に無傷の約40台の戦車とAFVが(イスラーム軍から)政権側の部隊へ引き渡される前の東カラマウンで、かつて同軍が運用していた1台のBRDM-2が含まれている。       
興味深いことに、彼らは内戦の初期段階の際に独自の空軍を創設、東グータではいくつかの9K33オーサSAMシステムを運用し、シリアで最大の機甲戦力を集中させた部隊を集めた。
そして、射程が200km以上あるイラン製ゼルザル-2「マイサラム」地対地ロケット弾を20発以上を所有していたが、イスラーム軍はそれらのアセットを最大限に活用することを決してしなかった。
その代わりに彼らは捕獲した装備を主に内戦で最大限活用するのではなく、主に抑止力として使用しているように思われたが、最終的には双方の成果を得ることに失敗した(注:結局はそれらの装備を捕獲・破壊されたり、拠点からの撤退を強いられるなどして目的を達成することができなかった)。
イスラーム軍によって政権側に引き渡された戦車のうち数台がその数ヶ月後にダルアーへの攻勢に参加している姿が見られたが、このBRDM-2が同様に再使用されるかは不明のままだ。



BRDM-2を戦場に展開させることを実際に意図していた他の運用者もそれらを改修することができ、主にシリア警察によって運用されたBRDM-2に施された改修に似た、敵の小火器による攻撃に弱いホイールの防御力を向上させようとしたものだ。
これらの大抵は比較的単純な改修は銃弾以外のもの(注:砲弾など)に対して車両を防御することには殆ど役に立たないが、(改修は)BRDM-2が任務を負った限定的な役割からすれば十分であると考えられたようだ。

典型的な改修を施されたBRDM-2を下の画像で見ることができる:これは自爆攻撃に向かっている車両だ。
画像のテキスト・バーの内容は次のとおり: انطلاق الأخ الاستشهادي أبو البراء الحلبي -تقبله الله - نحو مرتدي الأكراد جنوبي جبل عبدالعزيز - ''殉教を試みる兄弟アブ・アル・バララ・アル・ハラビィ-アッラーは彼を受け入れるだろう - アブドゥルアズィーズ山の南側にいる背教者クルドへ向かって進んでいる''
スラット・アーマー対戦車擲弾(RPG)に対して車両を生存させる可能性を大幅に向上させただろうが、おそらく運用者がその改修のために努力する価値が無いと見なしたと思われる。
確かに、シリア内戦では比較的少量のAFVしかこの形態の(増加)装甲を付与されていない。最も注目するべきなのは第4機甲師団によって運用されているAFVだろう。



比較的僅かなBRDM-2が少なくともRPGやATGMといった重火器の攻撃から生き残るために増加装甲を付与された。もしそうでなければBRDM-2の装甲はまっすぐ貫通されたであろう。
そのような例を下で見ることができる。このダルアーで撮影された、とあるBRDM-2は政権側の部隊によって捕獲された。
この車両は既存の砲塔の上に新しいシールドと(防御力を向上させるために)、おそらく中を岩や砂袋で満たした装甲板を車体側面に追加の改修を受けた。

ISによって運用された別の車両は、砲塔を含むBRDM-2の車体の外周に装甲板を配置させた。
おそらくは装甲の製作とBRDM-2への装着に多くの時間を必要としたが、この車両は最終的にシリア中央にあるホムス県でVBIEDとして消費された。
テキスト・バーの内容は次のとおり:عربة الأخ أبو مصعب (تقبله الله) المفخخة - ''兄弟アブ・ムスラブの爆弾車両, アッラーは彼を受け入れるだろう.''






戦場で捕獲されたAFVが全て「救出」可能とは限らない。
砲塔に損傷を受けたり、機能不全の部品を交換する昔ながらの(整備・修理)方法を欠いたままの運用は戦車にまだ射撃や運転可能な状態をもたらすが、機能不全の武装やエンジンのせいでそれぞれが本来意図された用途では全く役に立たなくなる。
シリアでは、大抵の場合はそれがAFVに全損という結果をもたらすことを意味するが、
YPGは一般的に保有している乏しい装甲プラットホームを無駄にすることを許していないので、他のAFVをベースにしたDIY-AFVをよく見かける(注:YPGは装甲兵力が少ないのでAFVが損傷しても無駄にせずニコイチなどして残存を図っている)。
YPGのやり方で、少なくとも1台のBRDM-2が新しいAFVのベースとして使用され、広範囲にわたって改装された。
下の車両は明らかにBRDM-2をベースにしているが、この再生車両は全ての面で元の車両とは異なっている。

ただし、大半のYPGの改修はより平凡なものになっている。
最初の改修はホイールの周囲を覆う装甲板の追加であるが、各改修車両の間で変化が見られる。これは、各車両が異なる兵器修理工場によって改修されたことを示している可能性がある。
この車両(下の2枚のうちの上の画像)のKPV 14.5mm重機関銃には新しいマズル・ブレーキが装着されている。
もう一台のBRDM-2はM1114ハンヴィーに搭載されたものを彷彿とさせる砲塔へ交換されたが、KPV 14.5mm重機関銃はそのまま装備されている。
この改修は追加装甲の装備と砂漠迷彩の採用によって完結した。






シリアにおけるBRDM-2に施された最も徹底的な改修はいかなる現地の勢力によってなされなかっただろうが、その代わりにロシアの民間軍事会社ワグナーによって実現された。
おそらくは民間軍事会社だろうが、ワグナーはロシア国防省の非公式な通常戦力として地上で活動しており、シリアで(身分を隠していない、正式な)ロシア軍から大規模な支援を受けてきた。
さらに、彼らはいくつかの政権側の攻勢で決定的な役割を果たしており、突撃部隊として活動して多くの戦闘をしたが、撮影クルーが新しく征服した地域で撮影をし始めると再び姿を消してしまった(注:ワグナーは隠密に活動しているので、テレビ・クルーが新しく占領された土地を訪れるときはロシアの傭兵がいることを悟られないために姿を消してしまった後である。そのため、彼らからするとSyAAが実際にそこを占領したように見える)。

ワグナーが保有するBRDM-2の出所は不明だが、おそらくSyAAのストック品でシリアにおける彼らの新しい運用者によって改修されたか、単にロシア軍のストック品を入手してロシアで改修されたものと思われる。
今までに3種類の派生型が知られており、それぞれにいくつかの亜種が存在する。
これらはアレッポ、タドムル、デリゾールを含むシリアの殆どの地方に姿を見せており、
デリゾールでは少なくとも1台がISによって撃破された
下の画像では、カメラを嫌がるワグナーの兵士にも注目が必要だろう。



最初の改修例はBRDM-2の砲塔を撤去されており、その代わりとして遠隔操作式のZU-23 23mm機関砲が搭載されている。機関砲の上部には(照準用の)カメラが装備されている
弾薬を再装填する以前の段階でBRDM-2により長期間の射撃を可能にさせるために通常よりも大きい弾倉が装着され、おそらくは1門あたり約100発の弾薬のために合計でその2倍(注:ZU-23が連装のため)の量の射撃を可能にしている(ただし、ZU-23を搭載したすべてのBRDM-2がそのような弾倉を使用しているとは限らないように見える)。
この車両は砲塔と車体の周囲に新しく装備されたスラット・アーマーによって防護される。
スラット・アーマーと車体の間の広い空間は無数の土嚢を入れることを可能にし、命中した弾頭を変形させる(注:無力化させる)機会をさらに増大させる。





別の改修例では、KPVを装備した砲塔がNSV 12.7mm重機関銃AGS-17 30mm自動擲弾銃を含む自家製の砲塔に置き換えられている。
この車両もスラット・アーマーを装備しているが、上の画像の車両とは少し違った装着がなされている。


展開した別の改修車両の外見は他の例とよく似ているが、いくつかの小さな違いが特徴になっている。
最も注目するべき点として、同車には密閉式の砲塔が装備されておらず、その代わりに主武装を格納している開放式のキューポラが設けられているが、密閉式砲塔を備えた派生型と変わりがない。
この車両もワグナーが他に運用している殆どのBRDM-2と同じように車体前部にカメラを搭載している。このカメラはBRDM-2の操縦手に新しく装備されたスラット・アーマーで大きく妨げられた視界の向上をもたらす。




















これらのBRDM-2のオーバーホールは、他の点では二流のAFVをシリアの砂漠地方におけるパトロールと移動に適合した、強力なAFVに変化させる。
そのような改修をSyAAとその同盟者にさせるかは彼ら自身の意志に左右され、その(方針の)決定はシリアにおけるBRDM-2の将来に大きな影響を与えるだろう。















BRDM-2は多くの弱点があるにもかかわらず、依然としてシリア内戦で貴重な戦力になるということが判明した:ワグナーの例に沿った改修はBRDM-2を効果的な警戒車両と火力支援車に変えるだろう
シリア政府は国内にある反政府軍の領域にいる残存勢力を徐々に抹殺している。彼らはまだ自身の支配下にない領域でも同様のことをしたいと望むだろうことは間違いない。   
将来に実施される作戦は、一度は永眠の地を見つけたと見なされ、今やもう一度戦うためにリファビッシュされた車両の関与を見続けさせてくれる可能性が高いだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2018年9月22日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2018年9月23日日曜日

忘れられた軍隊: トランスニストリア(沿ドニエストル)の新型多連装ロケット砲



著:スタイン・ミッツァー、ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao goo

公式には沿ドニエストル・モルドバ共和国(PMR)と呼ばれるトランスニストリアは、1990年に沿ドニエストル・ソビエト社会主義共和国として独立を主張し、続く1992にモルドバから離脱して以来、隠れた存在であり続けている東ヨーロッパの分離独立国家だ。
沿ドニエストルはウクライナとモルドバの間に位置しており、現在のところ、いずれも自身が未承認国家であるアブハジア共和国、南オセチア共和国、アルツァフ共和国のみから承認されている。
1992年に武力紛争が終結したにもかかわらず、沿ドニエストルの情勢は非常に複雑だ。この離脱国家はロシア連邦への加入を希望している一方で、わずかな生産物の輸出をモルドバに大いに依存し続けており、それが経済生産高となっている。

外界への透明性を高めるための小さな一歩を踏み出しているにもかかわらず、沿ドニエストルはハンマーと鎌をその国旗の中で使用し続けるソビエト社会主義共和国のままだ-さらにKGBを主要な治安機関として保持している。
ロシアは依然として沿ドニエストルでわずかな影響力を維持しており、国内で公式に平和維持活動を行っている。
その立場が本当の国家なのかという論争の的になっているにもかかわらず、沿ドニエストルは自らの陸軍、航空兵力、そして軍事産業と一体になった事実上の国家として機能している。
        
後者は過去20年以上にわたって沿ドニエストル軍で就役した、数多くの非常に興味深い設計の装備を製造してきた。
この軍事産業はトランスニストリア戦争の間に非常に機能し、モルドバ軍に対して使用するためのさまざまなDIY装甲戦闘車両(AFV)、多連装ロケット砲(MRLs)やその他の兵器を製造した。
停戦後に軍事産業は、1991年に設立されて以来旧ソ連製兵器のストックを置き換えることができなかった沿ドニエストル軍の運用状態を支える上で重要な役割を果たした。

これらの生産品の1つはありふれたBM-21と同じ122mmロケット弾を使用した新しい多連装ロケット砲だが、そのデザインは根本的に異なっている。
それは2016年に開催された国際軍事競技大会「コモンウェルス・ウォリアー2016」で最初に確認されており、このMRLは沿ドニエストルが過去に国内開発したMRLの大規模なアップグレード版だ(注:便宜上、この記事では新型のMRLについて、生産した工場に因んでPribor-2と呼称する。また、過去に開発したMRLも新型と区別するためPribor-1と呼称するが正式名称ではない)。
Pribor-1の20本の発射器チューブと比べると48本の122mm発射器チューブという見事な数を誇示している「Pribor-2」は、現地で改修されたAPC型GMZ-3が公表された後では沿ドニエストル軍に最も新しく加えられた装備だ。



沿ドニエストルは、地域内や海外への武器密売国として悪名が高い。
ソ連地上軍第14軍からの大量の武器と弾薬は、沿ドニエストルの地元住民によって引き継がれ、同地域に忠実であった第14軍の兵士と外国の義勇兵が、モルドバ政府によれば、依然としてモルドバの領土と主張していた沿ドニエストルに入ったとき、1992年に両者の間で紛争が生じた(注:多くの第14軍の兵士や外国の義勇兵が沿ドニエストル軍に加わった)。
紛失した大量の兵器や弾薬が確保された後、これらは新たに設立された沿ドニエストル共和国軍に引き継がれたか、在モルドバ共和国沿ドニエストル地域ロシア軍作戦集団の監督下でロシアに移送されて戻ったものの、沿ドニエストル由来の武器が限られた量ではあるが、依然として海外へ密輸されている。

ソ連が崩壊したとき、かつてソ連軍を構成していた人員や関連する兵器類の多くは、所在する地の新しく誕生した国に属することとなった。
このプロセスは、旧ソ連の外に駐留していた多くの民族的ロシア人の離脱(注・分離独立や脱走)によってしばしば問題となったが、これはモルドバが遭った唯一の問題ではなかった。
第14軍は実際にはウクライナ、モルドバ、そして分離独立国家であるトランスニストリア(沿ドニエストル)に属し、同軍の様々な部隊は、ウクライナ、モルドバ、ロシアのいずれかに属したり、新たに形成された沿ドニエストル共和国に合流した。
明らかに、これは非常に複雑で過敏なプロセスの下で行われたものである。

沿ドニエストル側は支配した領域に存在する武器保管庫ほとんどを引き継いだときに大量の高度な特殊車輌を受け継いだ一方で、IFVと自走砲はわずかな数しか保有し続けることができなかった。
実際、この地域に存在していたいくらかの2S1「グヴォズジーカ」122mm自走榴弾砲と2S3「アカーツィア」152mm自走榴弾砲(これらはロシアへ移送された可能性が極めて高い)のほか、沿ドニエストル軍の兵器保有リストに自走砲は無い。
その代わり、間接射撃の火力支援には武器庫にある牽引式対空砲・対戦車砲と122mm多連装ロケット砲(Pribor-1:下の画像)に依存している。
比較すると、モルドバはBM-27/220mm MRLとのBM-21/122mm MRL2A36「ギアツィント-B 152mm野砲、2S9「ノナ」120mm自走迫撃砲を大量に運用し続けている。
将来のモルドバとの紛争ではアウトレンジで打ち負かされてしまうことは必至と見られているが、沿ドニエストルはモルドバとの数的・技術的に不利な点を相殺する他の方法を検討している。



(沿ドニエストルは)1992年の戦争中には火力を増強するための「Alazan」として知られている粗雑な型のMRLの設計と製造を始めており、
沿ドニエストルの盛況している軍事産業は1990年代に他の型のMRL(の開発)を試みたが、特に成功したようには見えず、沿ドニエストル軍に配備されることはなかった。

沿ドニエストルの場合、最初の成功実話はZiL-131トラックとBM-21と似たような働きをする、独自の起立式発射システムを組み合わせたPribor-1という形で登場した。
しかし、最大の違いは1回の斉射で車両が発射できるロケット弾の総数が、BM-21の40発からPribor-1のわずか20発まで50%が低下したことだ。
実際の理由は不明のままだが、1台のBM-21を単純にカニバライジングして2台のPribor-1にすることで、保有リストのMRLの数を増加させようとする沿ドニエストル軍による試みだった可能性がある(注:性能を犠牲にしても発射車両を単純に増加させるために、BM-21をバラして半分の性能の車両2台にした可能性があるということ)。
しかし、Pribor-1は一般的なBM-21とは事実上すべての面で異なっているため、この説は今日では信じがたいと考えられている。
おそらく、沿ドニエストルが第14軍から数千発の122mmロケット弾を引き継いだが、それらを発射するMRLを引き継がなかったため、その後に発射器チューブ自体を入手したか、製造した可能性が高い。

Pribor-1の20基の発射器チューブとは対照的に、Pribor-2は1回の斉射で少なくとも48発の122mmロケット弾を発射することができる。
BM-21からのPribor-1への明らかなダウングレードを考慮すると、沿ドニエストルは実際に独自の発射器チューブの製造が可能なことを暗示しているかもしれない。
商用のKAMAZ-43114またはそれに近い派生型のトラックをベースにして、Pribor-2は他のMRLのデザインと比較すると、発射器を後ろ向きに搭載し、122mmロケット弾発射器チューブの12発x4という興味深い配置をしているという点で際立っている。
沿ドニエストルにおける現在使用可能なPribor-2の数は不明のままだが、継続的な生産は、最終的には(Pribor-2の)拡充や旧式で能力が劣っているPribor-1を置き換えることを可能にするかもしれない。



新型のMRLを導入して拡充することは別として、沿ドニエストルはMRLが対砲兵射撃の役割を担うことを可能にするべく、敵軍、特に砲兵の探知能力を向上させるための措置も講じている。
とりわけ、沿ドニエストルはいくつかの商用のDJI FC40ファントムを購入し、
さらに沿ドニエストル軍がPribor-1及びPribor-2 MRLの標的を特定する手助けとなる独自の無人機プログラムを始動した。
また、沿ドニエストル軍はいくつかの戦場監視レーダーも運用している。
その中には比較的現代的なCredo-M1携帯型戦場監視レーダーが含まれており、約30km離れたAFVや10km圏内の人員の移動を探知できる。



沿ドニエストルの規模・地位・経済にとって、新型のMRLを導入することは確かに見事な偉業であり、あらゆる手段を最大限に活用するという明確なケースの提示を意味している。
この件について、沿ドニエストルは独自の軍事産業の製品で、ごく僅かな観衆:外国人ウォッチャーを驚かせ続けるに違いない。
おそらくより重要なことは、沿ドニエストルは「共和国」が分離独立国家としての地位を維持するために必要な手段である武器と装備の生産において、更に自立してきていることを示している。

 ※ この翻訳元の記事は、2018年9月9日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2018年8月15日水曜日

シリアのSPR-1機動電子妨害システム


著:スタイン・ミッツァー、ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao goo

シリアではよく知られているTシリーズの戦車とBMP歩兵戦闘車の他に、シリア内外の紛争で使用されるあまり知られていないさまざまな車両も運用している。その1つがSPR-1機動電子妨害システムだ。

今日の世界ではSPR-1の出現は非常に稀なので、このキャッチされにくい車両については殆ど知られていない。
チェコスロバキア、東ドイツ、ハンガリー、ロシアのみがSPR-1を運用していることが知られていたが、東ドイツはたった2両しか装備していなかった!

GT-MU多目的装甲車の車体をベースにしたSPR-1は、近接信管を電子信号によって妨害して迫撃砲弾と砲弾を無力化することを任務としている。          
電子妨害は2基の強力なアンテナによって行われる。そのアンテナから迫撃砲弾と野砲弾の近接信管の妨害を生成するパルスが送信され、砲弾が狙った標的に命中する直前に空中で爆発させる。









(画像の)両方の車両が典型的なシリア仕様の迷彩が施されていることが見える。
シリアはソ連・ロシアとの間に電子戦や電子妨害システムに関する特別な関係を常に有していたので、非常に少数ではあるが、これらの車両が80年代後半または90年代初頭に供与された可能性は極めて高いと思われる。

2両のSPR-1のうち1両はアンテナを展開している。おそらくこれらがシリア国内のSPR-1部隊の大部分を占めている可能性がある。
シリア内戦の初期には迫撃砲による照準射撃がたびたびあったため、ダマスカス近くのカシオン山の大統領宮殿の近くでいくつかの作戦行動が実施された可能性がある。
しかし、彼らの現在の展開する戦域は不明のままだ。

 ※ この翻訳元の記事は、2014年12月15日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。 

2018年7月27日金曜日

改修されたシリアのSu-24(2)

著:スタイン・ミッツァー、ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao goo

シリアのSu-24ルジェフでアップグレードされたことを示す追加の証拠を得た。
皮肉なことに、その証拠は第514ARZ航空機修理工場自身のウェブサイトで公開された。
この工場は(Su-24を)MKからM2規格(MK2)へのアップグレードを担当している。
シリアのSu-24に施されたアップグレードのより詳細な情報についてはここで知ることができる。


上の写真は、Su-24「機体番号:3506」に対する作業に従事する第514ARZ工場の人々を映し出している。
Su-24「3506」はルジェフの修理工場によってアップグレードされた21機あるSu-24MKのうちの1機だ。

アップデート:514ARZ工場はウェブサイト上から上記の画像を削除した(2014年1月10日)。
また、同画像への直リンクも削除した(2014年1月13日)。







しかし、筆者は依然としてシリアのSu-24を示しているウェブページのスクリーンショットを保存している(注:証拠保全が済んでいるということ)。




 ※ この翻訳元の記事は、2014年1月5日に投稿されたものです。

2018年7月17日火曜日

その翼に用心せよ:シリア・アラブ空軍



著:スタイン・ミッツァー、ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao goo

驚いたことに、頻繁に誤ってSAFやSAAFと略されるシリア・アラブ空軍(SyAAF)は、今や4年近く(注:執筆当時)にわたる長い内戦の下でペースの高い作戦を持続させることができた。
そもそもSyAAFはイスラエルとの激しいながらも短い戦争に従事させるものと想定されており、アサドが主導する政権側とその敵対者との間の消耗戦で戦うことは決して予想されていなかったので、試行錯誤で紛争での役割を見出してきた。
SyAAFの飛行機とヘリコプターの大部分は内戦の前後にロシアとウクライナで改修を受けた。そしてすべての機体が無事に戻されたため、SyAAFは「新鮮なスタート」を享受することができた。

内戦初期におけるわずかな戦闘任務を別とすると、SyAAFが反乱を鎮圧するのに積極的に関与したのは2012年7月の末だった。
これは主にアレッポとその郊外への爆撃にL-39ZAを展開させることによって行われた。
これらの出撃では主に病院や学校などの民間の標的が被弾し、当然ながら多数の民間人の死傷者を招いた。
続く数ヶ月の間にMiG-21MiG-23BNSu-22、少数のSu-24も戦闘に加わり、シリア各地への出撃数が大いに増加した。
しかし、L-39の出撃数は時間が経過するとともに徐々に減少し、2013年5月には完全に停止した。









最初の敗北は2012年11月25日に発生したマルジ・アル・スルタン基地の陥落であり、5機のMi-8/17の捕獲と破壊がもたらされた。
これに続いて2013年1月11日にタフタナズ空軍基地が制圧され、少なくとも15機のMi-8/17と1機のMi-25が捕獲されたか破壊された。
その次は(一般にジラーとして知られていた)Kshesh基地の番であり、2013年2月12日に制圧された。
50機以上の運用不能なMiG-15/17L-29を除けば少なくとも8機の無傷なL-39が捕獲されたので、この基地の陥落は反体制派に自身の空軍の設立に取り組む機会を与えた。
このチャンスは後にイスラーム軍によって活用された。
(一般にアル・クサイルとして知られていた)Dhab'ah基地は4月18日に捕獲されてそこで数機のMiG-21が発見されたが、すべてが運用不能であった。
ここで発見された空対空ミサイルのストックは、後に反体制によって間に合わせの対地ロケットとして使用された。
アブー・アル・ダッフール基地は2013年4月30日に襲撃されたが、守備隊はその攻撃を受け流した(注:後に陥落した)。
これがSyAAF基地に対する反政府軍の進撃の転換点となり、それ以降は全ての進撃が停止した。
既に包囲されたミナクのヘリポートのみが2013年8月6日に陥落し、数機のMi-8が捕獲されたか破壊された。
最も新しい空軍基地の陥落は2014年8月24日のタブカ基地陥落だった。
そこで運用可能なものからスクラップに至るまでの18機程度のMiG-21がイスラミック・ステート(IS)によって捕獲された

Ksheshとミナク基地はそれぞれが戦闘機パイロットとヘリコプターパイロットの訓練に使用されたので、それらが捕獲されたことは将来のパイロットの訓練を大いに妨げた。
SyAAFの主要な訓練基地であるクワイリス基地の完全な包囲は、SyAAFにとって問題をさらに悪化させた。













前述の拠点で捕獲や破壊されたいくらかの航空機を別とすると、包囲の間の損失はMiG-21が5機、MiG-23が2機、Su-24M2が1機、L-39が2機、Mi-8/17が6機に留まった。
これらの損害は時間の経過とともに次第に増加していったが、反体制派はまだSyAAFに苦痛を与えることができていない。

SyAAFをそれよりもはるかに心配させたのは、戦闘機や攻撃機が毎日実施しなければならなかった出撃の数の増加だった。
シリアにあるMiG-21の殆どは70年代初期のものだった。MiG-23BNはすべてが70年代後半に、Su-22M3 / M4は80年代から製造された。
Su-22M-4を別とすると全ての機体が寿命の終わりに近づいていて、この10年間で交代が予定されていた。
これらの機体は平穏な数年間を享受する代わりに、今や戦闘の最前線に立つようになった。











これはSyAAFの戦闘爆撃機部隊の中核を成す、SyAAFの誇りと考えられている(現時点で総勢20機強の)Su-24飛行隊にとってそれほど問題にはならなかった。
Su-24MK(輸出型)は1988年にソ連に発注して1990年には引き渡された。また、1990年代半ばにSu-24MKとSu-24MR(偵察型)が各1機ずつリビアから提供された。

(Su-24を)ちょうど内戦に投入できるタイミングである2010年から2013年の間に、ロシアのルジェフにある第514ARZ航空機修理工場で21機のSu-24MKがM2規格に改修された。
M2規格への改修はシリアのSu-24にSu-24M2と同じ規格をもたらした。
この改修では、機体の古い制御システムを新型に入れ替えることによって改良された照準能力、航法および火器管制システムがもたらされた。
そして、MK2はより新しい搭載装備であるKAB-500/1500(精密誘導爆弾、数字は爆弾の重量を示す)、Kh-31A/P、Kh-59R-73との互換性も得た。また、同機は上記の装備に加えてFAB(無誘導通常爆弾)、OFAB(破砕爆弾)、RBK(クラスター爆弾)、Kh-25Kh-29L/T、Kh-31Kh-58空対地ミサイル、KAB-500とKAB-1500誘導爆弾、S-24S-25無誘導空対地ロケット弾、ロケット弾ポッドとR-60空対空ミサイルを既に装備している。

この改修の範囲は「レーダー未満に留まる」と考えられていたが、第514ARZ工場にシリアのSu-24が存在していることを公に話す同工場の作業員、ルジェフで示されたシリアのSu-24の衛星画像と第514ARZ工場の公式ウェブサイト上に掲載された改修作業中のシリアのSu-24の画像はそのように有利な方向にはいかなかったことを示している(注:予想に反して大規模な改修を受けたということ)。










話題をボロボロになった戦闘爆撃機飛行隊に戻すと、運用可能な機体数が減少し続けている間に標的リストの増加が予想された。
しかし、SyAAFの戦闘爆撃機飛行隊の差し迫った崩壊は不思議なことにそれから少しも発生しなかったので、シリアはそれらの運用を維持するためにロシアからのスペアパーツを依然として当てにし続けることができるという結論に至った。
この説は、ロシアとウクライナのMiG-23MLDMiG-29SM、Su-24M2、Mi-25、Ka-28の改修(アフターサービスもこの取引に含まれている可能性が高い)した点、ロシア航空機会社であるMiGが(ダマスカスにある)メッゼ空軍基地の近くに事務所を開設した点、MiGの助けを借りて(SyAAFの)より現代的な整備システムへの移行した点、毎月シリアに到着するロシア製兵器の大規模な流入とロシアでのSyAAFのIL-76の頻繁な目撃によって補強されている。
IL-76(の所属)はシリア航空ではあるが、事実上空軍の指揮下にある。

SyAAFの人員は、シリア陸軍共和国防衛隊の多数の兵士や将校と共にロシアでの訓練を続けている。
ロシア軍のMiG-29の前にいるSyAAFのパイロットの姿を下で見ることができる。






(ロシアが)SyAAFへの武器の供給を継続している最初のケースは、Mi-25、MiG-29とSu-22がB-8ロケット弾ポッドを初めて使用した2013年10月に明らかになった。
B-8から発射されたS-8 80mmロケット弾は既に2013年6月にレバノンのアルサールにある村に着弾しており、これがSyAAFによるS-8の最初の使用として記録された。
SyAAFのMi-25と戦闘機爆撃機はそれまで依然としてS-5 57mmロケット弾を装填したUB-32ロケット弾ポッドで武装していたが、掩体や隠れた敵兵を撃破するための貫徹力と火力が不足していた。







B-8で武装したMiG-29の存在は、大抵は機体の運用を維持するために定期的にオーバーホールをする必要があった、酷使された大量のMiG-23BNやSu-22M3 / M4がいないことを示した。
(対地攻撃任務の主体を)戦闘機に置き換えて大量の戦闘爆撃機を一時的に駐機させることはSyAAF内では標準的な戦術となっており、一定の機体に本当に必要な休息を可能にする。
例えば、一時的に駐機しているものか完全に退役した機の数が増加するにつれてデュマイル空軍基地にあるSu-22の墓場[1]が大きくなるという事実が証明しているように、2014年11月の間には1機のSu-22もシリア上空で目撃されなかった。




この戦術によってSyAAFはMiG-23BN及びSu-22M3 / M4に全く負担をかけることなく多数の出撃数の維持を可能にしている。
MiG-29は2013年後半からたびたび戦闘爆撃機の一部を代行することに関与したが、現在では内戦に投入されることはめったにない(注:一時的に対地攻撃任務に転用されたということ)。
ほんの僅かなMiG-29がシリア各地で精密誘導弾を装備して使用されていると思われる。

その代わりに、SyAAFのMiG-23MFとそれよりも少ない規模のMiG-23MLとMiG-23MLDが対地攻撃任務での出撃を始めた。  
主に2基のUB-16と2基のUB-32ロケット弾ポッド、2基のB-8ロケット弾ポッドか無誘導爆弾で武装してシリアの空を飛ぶMiG-23BNとSu-22M3 / M4の列に加わった。
シリアはまだ豊富な数のMiG-23MF、MiG-23ML、MiG-23MLDを運用しているため、この戦術を今後数年も容易に継続することができる。








MiG-23MLおよびMiG-23MLD群の一部が2008年から2011年または2012年までにウクライナとロシアで改修され、すべての機体が同じ年に気付かれることなくシリアに戻った。
世界ではロシアでのオーバーホールから帰還した3機のMi-25を運送する貨物船を止めるために慌ただしかったが、同様のMiG-23、MiG-29、Su-24の複数のバッチがメディアから全く注目されることなくシリアに入った:視野が狭すぎることと偽善は見事である。
海外でオーバーホールされたMiG-23MLD(チャフ/フレア発射機が欠如している)の1つを以下に示す。





多くの人に知られていないが、シリアのMiG-23飛行隊は過去数年で約30機が増強された。

33機のMiG-23:30基前後のMiG-23MLDと数機のMiG-23UBが2008年にベラルーシからアレッポ国際空港/ナイラブ空軍基地に引き渡された。
当初はこの取引の意図が不明だったが、間もなくして全機がこの基地にあるSyAAFのオーバーホールとメンテナンス施設である「工廠」でオーバーホールされたと思われる。

そのうち4機が悪い状態であったことからオーバーホールに適さないと見なされてナイラブ基地に残され、そこで2機がTWO対戦車ミサイルによって襲われた[2]
しかし、これらの機体は決して再び空を飛ぶことはないので、この攻撃は全く役に立たなかった。

「工廠」はSyAAFの傘下の施設として知られており、SyAAFの戦闘機とヘリコプターのオーバーホールと整備を担当している。
Su-24を除き、シリアの全軍用機がここでオーバーホールされた。
また、「工廠」はSyAAFのMiG-21、MiG-23、Su-22用として独自に設計したチャフ/フレア発射機も製造した。
オーバーホールを完了した後の航空機やヘリコプターには「工廠」のロゴが施された。
ナイラブ基地が対戦車ミサイルの射程内にあるので、航空機の動きは今や制限されている。
最近になって2機のオーバーホールされたばかりのL-39がTOWミサイルによって破壊されており、再び基地の脆弱性を示している。
ナイラブ空軍基地は過去にMiG-29のオーバーホールに使用されていたが、この治安状況でSyAAFの最も高度な機体をここで整備することができないことは明らかだ。






それにもかかわらず、シリアはMiG-29を運用し続けるために以前から外国の援助に大きく依存してきた。
伝えられるところによれば、それには胴体と翼の亀裂を解消する援助も含まれていた。
多数のMiG-29はナイラブ空軍基地の「工廠」でのオーバーホール中に新しい迷彩塗装を施された。
1988年にシリアによって取得されたMiG-29の総数は依然として謎のままだ。
多くの報告が主張している48機という数は誇張されている可能性が高く、実際には22機から24機しか引き渡されていないと思われる。
この数は1つの飛行隊に装備させるには十分だったが、MiG-29を2飛行隊目にも配備させる計画は見送りしなければならなかった。
約15~20機のMiG-29は(サイカルとして知られている)スィーン空軍基地を拠点とする第697飛行隊で未だに運用されているはずだ。
数機のMiG-29は(T4として知られている)ティーヤース空軍基地へ恒久的に分遣されている。

ロシアの航空機会社であるMiGは、(顧客760として表された)シリアとの契約上での合意事項を積極的に履行している。
2010年8月には契約番号「776041110116」のもとで、4基の形式不明の飛行シミュレータをシリアに引き渡した。
2011年に履行された密約では4機の(SyAAFの)MiG-29BがMiG-29SM規格に改修され、シリアの空対地攻撃能力を増大させた。
MiG-29BはMiG-29SMの「製品9.13M(注:設計局の名称)」と異なって「製品9.12」の機体を使用しているため、ミコヤンはインドのMiG-29UPGのようにシリアのニーズに合った(ガルデニヤ電子妨害装置が搭載されていない可能性が高い)特別な派生型を開発した 。

この派生型の開発には、MiG-29UPGの開発に費やされた92億5700万ルーブルとは対照的に合計で53億1100万ルーブルを要した。
この改修に関する情報を含むMiGの2011年度の報告書は削除され、後にこの取引の発注先であるシリアに関する情報が削除されて再アップロードされたことがこの契約の秘密性を強調している。








MiG-29SMはMiG-29Bよりも多くの能力向上がされている点が特徴であり、アップグレードされたN-019MEレーダーや最大積載重量の増加だけでなく、操縦席のディスプレイや航法システム、通信システムのアップグレードといったさらに多くの小規模な改良が施されている。
今日におけるシリアでのMiG-29の使用を考慮すると、おそらく最も重要な改修はKh-29T(E)、Kh-31A / P空対地ミサイル、KAB-500-Kr / OD誘導爆弾といった空対地兵装
の運用能力がもたらされた点だ。
これらの兵装の引き渡しもMiG-29SMへの改修に関する契約に含まれていた。

そして、MiG-29SMは紛争に介入する外国の航空機に相当の脅威を突きつける、手強いR-77(AA-12 'アッダー)空対空ミサイルを運用可能だ。
シリアで目撃されたMiG-29には既にこのミサイルを装備するために使用されるAKU-170E発射レールが搭載されている(下の画像)。








さらに、別の2つの取引にはシリアのMiG-23MLDの修理とより現代的な整備・維持システムへの移行が含まれていた。
伝統的に、ソ連製の機体は一定の時間が経過した後に点検整備とオーバーホールを受けなければならない。
一定の時間だけ(の使用)に制限された特定の部品は、一般にオーバーホール中に取り外される。
近年ではより現代的な整備システムが使用されるようになり、一定の時間が経過しても正常に作動していると見なされた場合は特定のコンポーネントを引き続き使用することが可能になっている。
MiGは2009年にSyAAFをこの整備システムに移行させるための支援をした。
SyAAFは内戦でのこの新しい新しいシステムから多大な利益を得ているので、これは彼らにとって良いタイミングだった。

約30機のMiG-23MLDがベラルーシから引き渡されたことに加えて、この取引はSyAAFが依然としてこれらの航空機に大きく依存していることを証明している。
チャフ/フレア発射機を装備したオーバーホール済みのMiG-23MLD(元ベラルーシ機)の1機を下の画像で見ることができる。







ナイラブ空軍基地で2機のL-39が撃墜された後に少なくとも1機のL-39がデリゾールに配備され、ISに対する反撃に参加した。
L-39は運用や整備が容易なのでシリア各地へ簡単に展開できる。
下の画像のL-39はつい先日(注:2015年)に「工廠」でオーバーホールを受け、新しい塗装も施された。






いくつかのL-39も、本来はL-39で運用されていない兵装である、(最近引き渡された)B-8 80mmロケット弾ポッドを装備できるように改修された。
B-8を装備したL-39ZOはハマー空軍基地に配備された(下の画像)。





L-39はシリア内戦の初期段階で多くの行動を見せていたが、その拠点の一つであるKshesh基地が、同所で稼働状態にある少なくとも4機のL-39を入手しようと試みたイスラーム軍によって制圧された。
この計画(注:空軍機を捕獲する試み)はISが空軍基地を奪取した後も継続されていたと思われる。

アサド政権はこの報道を自己の利益のために巧妙に使用し、シリア陸軍が地上で2機を破壊したと次のように主張し続けた[3]

"テロリストがアレッポにあるアル・ジラー軍用空港で3機のジェット機を操縦している件に関して、(同所には)テロリストがテストしていた3機の古い飛行機があったが、
シリア陸軍は直ちに滑走路上に駐機していた2機を破壊した。"

シリア陸軍はKshesh近くのどこにも存在しないので、ISの航空機に対するいかなる作戦もSyAAFによって実施されたはずだ。
しかし、Ksheshには約60の飛行機の残骸が散らばっており、SyAAFがこれまでに殆ど耐爆格納庫に隠されていた航空機を発見したり破壊した可能性は極めて低い。
反政府軍が保有する2機の運用可能なL-39についての存在は2013年11月に既に知られていたが、それらはSyAAFに完全に無視された。
それから約1年後、ISが2機のL-39を再び稼動させることに取り組んでいたと伝えられたときになって、これらが急に優先目標になった。それでもなお、彼らの素晴らしいPR活動といえるシ(注:皮肉)。

問題の2機のL-39については、ISに捕獲された直後の姿を下で見ることができる。











シリアの最も象徴的な迎撃機であるMiG-25は、ここ数年で全く行動が見られなかった。
引き渡されたMiG-25の正確な数は不明のままであるが、約40機と思われる。
その中の派生型には、MiG-25P(後にMiG-25PDSに改修された)とMiG-25PD迎撃機、MiG-25R/RB偵察機、MiG-25PU練習機が含まれると考えられている。
強大なMiG-25飛行隊の多くは2011年までに段階的に廃止されたが、2013年11月にT4基地にて退役した28機のMiG-25が見られた。
その一部は砂漠に放置されており、その殆どが二度と飛行することはないと示唆している。
MiG-25が大量に退役した理由はイスラエルのジャミングに対する脆弱性にあるかもしれない。

それにもかかわらず、2012年8月8日に反政府勢力によって公開されたビデオは、一部のMiG-25がタドムル(パルミラ)で未だに運用されている可能性があることを裏付けた。

MiG-25が再び登場したのは2014年3月と4月の間で、MiG-25PD(S)がハマー県のAqaribat村で2発のR-40TD赤外線誘導型空対空ミサイルを発射した。
1発目のR-40は地面に着弾した後に起爆しなかったが、2発目のR-40は1発目の着弾地点から約5キロメートル離れた空中で爆発した。
1週間後に他のMiG-25が4発のR-40を発射し、それに続いて4発が同時期に発射された。
R-40空対空ミサイルを地上の目標に発射する試みは既に2013年の時点で伝えられていたが、発射される度に同じ結果:失敗が得られた。
SyAAFはここで何を達成することを期待していたのかは、いつまでも疑問に残り続けるだろう。







一方、SyAAFは最近になってMiG-25RB用のマルチ・エジェクター・ラック(MER)を導入したか、既に所有していた可能性が高まっている。
そのようなラックが装備された場合、(正確性に難があったとしても)MiG-25RBは爆撃任務用に最大8発のFAB-500Tを携行することが可能だ。
しかし、十分な数のMiG-25RBを保有しているのであれば、現在、精度が重視されているようには見えない対地攻撃任務に使用されているSu-24M2を精密爆撃のような任務に転換させることができる。

とある地上での目撃証言は、シリア内戦における新しい航空機の使用を既に報告している。
ここではSu-25と呼ばれているが、実際にはここでMiG-25を目撃した可能性が極めて高い(SyAAFはSu-25を保有していないため。また、時期的にロシア軍の介入前である)[4] :

"過去2日間、政府軍は非常に高い高度から攻撃する新しいSu-25らしきものを使用して数回の空襲を実施した。"

...

"
彼らはより長い時間を飛行し、高度5kmから攻撃するので、それらを空中標的とすることは殆ど不可能だ。"

...

"彼は、カーン・アル・シーの町を囲む検問所でシリア陸軍の兵士達が通過する女性達に"新しい飛行機はお好き?"と満足げに尋ねたことを付け加えた。"

要するに、いくつかのMiG-25PD(S)迎撃機、MiG-25RB偵察爆撃機、MiG-25PU練習機は、依然としてSyAAFで使用されている可能性が高いということだ。
内戦前に撮影された、2発のR-40を装備したMiG-25PD(S)の写真を下の画像で見ることができる。





固定翼機部隊とは対照的に、ヘリコプター部隊は異なる飛行隊や機体をローテーションするために彼らと同じ贅沢な立場を享受することができない(注:絶えず忙しいということ)。
残存しているMi-8とMi-17は包囲されたシリア陸軍守備隊に食料、武器の補給することから2012年8月に開始された町への樽爆弾の投下に至るまでの全ての任務をこなしている。

Mi-8とMi-17はもともと厳しい状況での運用を想定して設計されたものだが、過酷な消耗戦は残存するヘリコプターがさらに頑張って働かなければならないことを意味する。
下の一例では多用途の任務に時間を取られて再塗装するための時間が殆ど無いことがわかる。







Mi-25部隊は大部分が無傷で残存しており、シリア各地で散発的に使用される姿が見られる。
戦略的な空軍基地であるタブカの支配権を維持するべく2機のMi-25が同基地に派遣された。
Mi-25はIS戦闘員の陣地や輸送車両を攻撃することに大成功を収めたが、タブカは完全に包囲された時点で既に失われた(注:事実上制圧されたことを意味する)。
約20機のMi-25は依然として第767飛行隊と(一般的にマルージ・ルハイーリとして知られている)ブレイ空軍基地に拠点を置くもう一つの名称不明の飛行隊で運用可能な状態にあると考えられている。
また、いくつかのMi-25は恒久的に他の基地に分遣されている。







Mi-14とKa-28はこの紛争で全く役立っていない。
双方とも潜水艦の探知と攻撃や捜索救助任務を行うように設計されていたため、内戦での使用はこれまで制限されていた。

Mi-14は何度かシリア上空でSADAF-2機雷を投下したことがある。
おそらく、これらが着弾時に爆発するかどうかをテストする目的で行われたと思われる。[5] 
当然のことながら、この試みはR-40の失敗と同じ結果をもたらした。
最近、いくつかのMi-14は爆撃任務から徐々に離れていくMi-8/17部隊を部分的に補完する目的で、村を爆撃するMi-8/17の列に加わった。[6]

Mi-14は戦死したSyAAFパイロットを埋葬するために棺を輸送することにも使用された。
SyAAFのヘリコプターは戦死したSyAAFパイロットの追悼記念として彼らの家族が住む家の上空でのフライパスに定期的に参加しているが、これはSyAAFの基準からしても珍しいことだった。
6機のMi-14と4機のKa-28(このうち2機は最近、ウクライナでオーバーホールを受けている)は、フメイミム/バッシャール・アル・アサド国際空港に拠点を置く第618飛行隊で運用されていると考えられている。





タブカの防衛戦では、これまで限られた量の偵察任務でしか使用されていなかったSA-342「ガゼル」の戦闘デビューも見られた。
空軍基地を取り囲む開けた砂漠はこれらのヘリコプターに取って最適な戦闘環境であることを証明した。
HOTミサイルで武装したガゼルはISの車両に対して猛威を振るった。
およそ10機のSA-342はメッゼ空軍基地に拠点を置く第976飛行隊で運用されていると考えられており、いくつかのヘリコプターは他の基地に恒久的に分遣されている。
数機のSA-342が近くの砂漠でIS戦闘員と戦うスクーア・アル・サハラ(砂漠の鷹:政権側の精強な民兵組織)を支援するためにT4基地から運用されている可能性が高い。


シリアにある空軍基地の概要は下のとおり(地図製作:Luftwaffe A.S.)。





ほとんどの空軍基地には現時点で少なくとも1機か2機のMi-8/17が派遣されているため、ヘリコプター飛行隊の現在の構成を解明することは非常に困難だ。
現在、SyAAFの飛行隊のほぼすべてが各自の機体を他の基地に分遣している。
それにもかかわらず、SyAAFの戦闘序列(ORBAT)は以下のとおりとなっている(飛行機名をクリックするとシリアで運用されている機体の画像が開きます。空軍基地名をクリックすると当該基地を示すウィキマピアが開きます)。

航空基地及び滑走路の長さ
飛行隊
航空機の種類など(注:HAS=耐爆格納庫)
9.280 フィート
第767 飛行隊
第? 飛行隊
24x HAS, 26x ヘリコプター用舗装駐機場
11.800 フィート
第522 飛行隊
第565 飛行隊
第575 飛行隊
第585 飛行隊
- Il-76 及び An-26
Yak-40
16x HAS 
11.000 フィート
第8 飛行隊


MiG-21MFMiG-21bis 及び MiG-21UM
4x HAS 
数機のMi-8/17 及び 12機の運用不能状態にある MiG-21を観察可。 L-39や時にはMiG-23BNもここを拠点にしている
10.335 フィート
第54 飛行隊
第? 飛行隊
第? 飛行隊


MiG-23MLMiG-23MLD 及び MiG-23UB
MiG-23MLMiG-23MLD 及び MiG-23UB
42x HAS, 10x格納庫。 数機のMiG-25を格納。
9.232 フィート
679 飛行隊
飛行隊
飛行隊
MiG-21MFMiG-21bis 及び MiG-21UM
MiG-23MF 及び MiG-23UB
Mi-8/17
16x HAS. 数機のL-39が存在。 陸軍のBM-30もここを拠点にしている。
9,177 フィート618 飛行隊
Mi-14PSMi-14PL 及び Ka-28
9.925 フィート
945 飛行隊
956 飛行隊
MiG-21MFMiG-21bis 及び MiG-21UM
MiG-21MFMiG-21bis 及び MiG-21UM
30x HAS.
8.305 フィートBasic Flying School
Advanced Flying School
飛行隊
L-39ZO 及び L-39ZA
11x HAS.
8,258 フィート
909 飛行隊
976 飛行隊
? 飛行隊
Tu-143Mojaher 4Yasir 及び Shahed 129  
19x HAS. Mi-25が存在。
9.847 フィート

695 飛行隊
698 飛行隊
- MiG-23BN 及び MiG-23UB
- MiG-23BN 及び MiG-23UB
16x HAS
9.547 フィート
'工廠' メンテナンス・センター
- 数機の L-39s, Mi-8/17が残存する4機の MiG-23MLDと共に存在。
11.800 フィート-ハサカ県で戦う陸軍 及び NDF(民兵)への補給基地として使用。
9.820 フィート697 飛行隊
MiG-29SM 及び MiG-29UB
36x HAS, 10x 小型シェルター. 多数の遺棄されたMiG-21, MiG-23 及び Su-22が存在。
9.843 フィート
675 飛行隊
677 飛行隊
685 飛行隊
MiG-23MLMiG-23MLD 及び MiG-23UB
38x HAS. 数機の MiG-21s, Su-22M 及び MiG-25を格納。
10.410 フィート
飛行隊
飛行隊
819 飛行隊
827 飛行隊

MiG-25PD(S)MiG-25RB 及び MiG-25PU  
MiG-25PD(S)MiG-25RB 及び MiG-25PU 
58x HAS, 2x 大形ハンガー.殆どの MiG-25は退役。 数機の MiG-29が存在。
10,000 フィート
-放棄された基地。16x HAS. 4x シェルター 及び様々な舗装駐機場。 自由シリア軍によって捕獲された後にヒズボラが奪回。2009年から活動を停止。 遺棄された MiG-21 及び 農薬散布機が存在。
650 フィート
-
リーフ・ディマシュク地方への攻勢を踏まえて放棄。
かつてはMi-8/17を運用する第532 飛行隊が使用。遺棄された3機の Mi-8が存在。
9,868 フィート
-
放棄された基地。 16x HAS.。2004年にはヘリコプターが存在。















































































数多く報道されてきた、新品のロシア製航空機の引き渡しは近い将来に起こりそうもない。
2014年5月には、いくらかのメディアがロシアが2014年後半にシリアへYak-130の最初のバッチを送る準備が完了したとの報道[7] をしたが、これは単にロシアの武器輸出公社ロスオボロンエクスポルトに近い情報源によってなされた発言の誤訳にすぎなかった。

情報源が実際に発言した内容:

''Правда, по оценке источника "Ъ", близкого к ФСВТС, сверстанный план является "очень оптимистичным". "Он делался исходя из технологических возможностей производителя самолетов — Иркутского авиастроительного завода — и никаких политических аспектов не учитывает,— говорит собеседник "Ъ".— Сложно предсказать, каким образом будут развиваться события, но планировать свою работу мы все равно должны".''

[新聞の情報によると:]
"計画は非常に楽観的である - それはイルクート(イルクーツク)航空機工場の技術的力だけを考慮しており、政治的側面を考慮していない。
何が起こるかを予測するのは難しいが、とにかく計画を立てるべきだ。"

確かにイルクート(イルクーツク)航空機工場はシリア向けにYak-130を生産するかもしれないが、ロシア政府がそれをシリアに引き渡す保証は無い。
MiG-29M2の場合も全く同じ話で、そのうちの数機は既に生産されている(が、引き渡されていないままだ)。

この状況はSyAAFが現在保有している戦力で戦い続けなければならないことを意味するが、(彼らに)大きな問題を克服する能力があると仮定すると、それは大した問題にならないはずだ。
しかし、シリアの反政府勢力がISとバッシャール・アル・アサド体制の間に押しつぶされるにつれて革命を成し遂げることに成功するというかつての強い希望はこれまでよりも更に遠ざかり、世界はISと戦うために(シリアへの)航空機とヘリコプターの引き渡しを黙認するかもしれない。






シリアへの改良及び修理された機体の継続的な流れはアサド体制を支援するためのロシアの決意の規模を示し、内戦が近いうちに終わる可能性がないことを再び明確にしている。

特別協力:ACIG と Luftwaffe A.S.

 ※ この翻訳元の記事は、2015年1月15日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来とは意味や言い回しがやや異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。