2022年10月6日木曜日

バマコの子どもたち:マリの軍用車両・重火器(一覧)



著:トーマス・ナハトラブ in collaboration with ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 このリストの目的は、現在及び過去におけるマリ軍の(装甲戦闘)車両と重火器を包括的に一覧化することにあります。

 マリは歴史的にソ連による軍事援助の主要な受益者であり、1970年代から1980年代にかけての頻繁な兵器の引き渡しは、この国の軍隊を専用の駆逐戦車や「S-125(SA-3)」地対空ミサイルシステム、さらには「MiG-21bis」戦闘機などの高度な装備を運用する西アフリカで最強の軍隊の1つにさせました。

 1990年代と2000年代になると、マリ軍は治安情勢の変化とそれに伴う防衛支出が減少する最中にこれらの装備の大半を退役させました。

 ほかの多くのアフリカの軍隊と同様に2000年代後半から2010年代前半におけるマリ軍の戦闘効率は極めて低く、2012年のトゥアレグ族の反乱とそれに続くアルカイダの台頭に対処することができず、最終的にはマリの乗っ取りとほかの地域を大混乱に陥ることを阻止するためにフランスが介入することを余儀なくされました。

 それ以降、マリ軍はEUの支援を受けて再建され、ソ連製の重火器が最新のMRAPや歩兵機動車に置き換えられました。それでもなお、マリは(以前よりも極めて少ない数ではあるものの)T-54やPT-76などの装備を運用し続けています。

 興味深いことに、マリ軍は近年になって他のいくらかあるソ連時代のAFVを運用可能な状態に戻したようですが、これらのAFVは進行中の反乱との戦いには全く役に立たないため、ほとんど訓練を受けることなくバラックで埃をかぶって日々を過ごしているようです。

 それにもかかわらず、最終的には、その完全な多様性によって多くのベテランのアナリストを驚かせるかもしれない魅力的な装備で満ちた一覧が完成しました。

(装備名をクリックするとマリ軍で運用中の画像を見ることができます)


現時点でマリ軍で運用中の装備

戦車


装甲戦闘車両 (AFV)


耐地雷・伏撃防護車両 (MRAP)


歩兵機動車 (IMV)


全地形対応車両 (ATV)


汎用車両


牽引砲


(自走式を含む)対空機関砲
無人航空機 (UAV)


トラック


工兵装備


かつてマリ軍が運用していた装備

戦車
  • T-34/85
  • FT-17(植民地時代のフランス軍かマリ人部隊が使用したものと思われます)


装甲戦闘車両 (AFV)


牽引砲


多連装ロケット砲 (MRL)


対空機関砲


地対空ミサイルシステム (SAM)


レーダー


 ものです。



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2022年10月4日火曜日

ニューフェイス:トルクメニスタンが新たに導入した「バイラクタルTB2」を公開した


著:ステイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ編訳:Tarao Goo 

 トルクメニスタンが持つ軍事力の最新の公開は独立30周年を記念した軍事パレードという形で行われ、豪華な行進、乗馬隊や装甲戦闘車両の列など、中央アジアの隔絶された国として海外のウォッチャーに期待されるようになった特色が再び披露されました。

 また、2021年のパレードでは、新たに導入したトルコの無人戦闘航空機(UCAV)「バイラクタルTB2」も初公開されました。トルクメニスタンによるTB2の調達は、今や悪名高くなった相次ぐ兵器の導入の中でも最も新しいものです。

 実際、直近でTB2を導入したモロッコを含めると、「バイラクタルTB2」は現在までに運用国の数を踏まえると最も商業的に成功しているUCAVです。

 直接的な(中国の)競合機種である「翼竜Ⅰ/Ⅱ」と「CH」シリーズUCAVはその低いコストとアメリカや欧州諸国が一般的に課す利用制限がないため、すぐに国際的な人気を博し、結果的にトルクメニスタンも2016年と2017年に複数の中国製ドローンを導入しました。

 しかし、中国製UCAVの性能には不十分な点が多く、ヨルダンは「CH-4B」を購入してから2年足らずで全機を売りに出してしまいました。[1]

 イラクでの同型機も同じようなもので、導入した20機のうちの8機は僅か数年の間に墜落し、残りの12機はスペアパーツが不足しているために現在も格納庫で放置され続けています(注:2022年8月に最初の「CH-4B」が運用に復帰したと報じられました)。 [2]

 トルクメニスタンが中国製の「CH-3A」「WJ-600A/D」 UCAVを運用している際に同じ問題に遭遇し、最終的にはよりコストパフォーマンスに優れた代替機としてトルコから「バイラクタルTB2」を導入するに至ったとは考えられないことではありません。


  トルクメニスタンのTB2には、カナダの「MX-15D」やトルコのアセルサン社の「CATS」FLIRシステムではなく、ドイツ・ヘンゾルト社の「アルゴス-II HDT」 電子光学/赤外線・FLIRシステムが装備されています。TB2が採用しているモジュラー方式はいくつかの異なる種類のFLIRシステムを搭載することを可能にしており、この特徴がTB2の商業的成功に大きく貢献した可能性があります。

 トルクメニスタンのTB2には以前のバージョンよりも多くの改良が加えられています。例えば、機体上部の対妨害装置と思われる物体や夜間運用のための2基目の尾翼搭載カメラの追加などがあります。

パレードに登場した3機のTB2のうちの1機。主翼に搭載されている「MAM-C」と「MAM-L」誘導爆弾に注目。

 トルクメニスタンは歴史的に中国やイタリアU(C)AVを首都アシガバート近郊にあるアク・テペ・ベズメイン空軍基地で運用してきましたが、「バイラクタルTB2」はUAVの運用を念頭に置いて新たに建設された空軍基地を拠点にするようです。 

 アシガバートの北に位置するこの小さな空軍基地は、2021年2月にグルバングルィ・ベルディムハメドフ大統領がこの地を訪れた際にはまだ建設中でした。当時、この国を注意深く観察していたウォッチャー(どうやら私たちだけだったかもしれませんが)は、すでにこの空軍基地でまもなく運用されることになるドローンの種類を初めて垣間見ることができていたのです。

右下にある格納庫の内部図にある6機の「バイラクタルTB2」に注目。

 公式には「無人航空機センター」と呼ばれているこの基地は(この類のものでは)この地域では初めてのものであり、トルクメニスタンがUAVとその効果的な運用に高い価値を置いていることを明確に示しています。

 2015年8月にオープンしたこのセンターでは今までに数種類の小型ドローンの製造と組み立てに携わっており、最近の拡張事業ではUAV専用の滑走路を1本備えた小さな飛行場と共にに格納庫などUAVの運用に必要な全てのインフラが整備されました。

 名目上は「無人航空機センター」の工場部分は内務省の管理下にあるものの、「バイラクタルTB2」は内務省航空隊ではなく空軍の仲間入りをすることが予想されます。

 トルクメニスタン政府の多くの省庁は独自の航空アセットを保有しており、現在の内務省はロシア製「Mi-17」、ユーロコプター「AS365」と「EC145」ヘリコプターと数機のキャバロン・オートジャイロを運用しています。


 

 「バイラクタルTB2」の低コスト、高い稼働率、安全性に関する記録、そして優れたアフターサービスの確立は、国際的な成功に不可欠な手法であることがすぐに証明されています。そのような要素に実績のある戦闘ステータスと迅速に生産を増強できる能力を組み合わせたものが、実質的にTB2を同クラスのUCAVの世界市場を席捲する態勢を整えさせ、その過程でドローン戦がより広範囲にわたって展開される時代の到来を告げる大いなる嵐にしているのです。 

 トルクメニスタンの次にTB2を導入するのはどの国でしょうか?

[1] Jordan Sells Off Chinese UAVs https://www.uasvision.com/2019/06/06/jordan-sells-off-chinese-uavs/
[2] OPERATION INHERENT RESOLVE LEAD INSPECTOR GENERAL REPORT TO THE UNITED STATES CONGRESS https://media.defense.gov/2021/May/04/2002633829/-1/-1/1/LEAD%20INSPECTOR%20GENERAL%20FOR%20OPERATION%20INHERENT%20RESOLVE.PDF
[3] Iraq’s Air Force Is At A Crossroads https://www.forbes.com/sites/pauliddon/2021/05/11/iraqs-air-force-is-at-a-crossroads

※  当記事は2021年9月27日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したもの         です。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

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2022年9月30日金曜日

島々を飛び回る鷲:インドネシアの「エラン・ヒタム」 UCAV



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 インドネシア国軍は東西5,150kmに及ぶ17,000もの群島の哨戒を担当しています。この目的のために、同国軍は大量の哨戒艇や哨戒機を運用して不法侵入や領海内で発生するあらゆる活動を監視しています。

 とはいえ、島々の陸地の大きさは言うまでもなく、群島が存在する広大な領域が監視活動を困難なものにしています。これを効果的に実現する別の方法としては、MALE(中高度・長時間滞空型)UAVを大量に配備するという手段が挙げられます。

 インドネシアはすでに2019年から6機の中国製「CH-4B」無人戦闘航空機(UCAV)を運用しており、最近ではトルコ製無人機の導入にも関心を示しています。[1] [2]

 この国は00年代以降に数多くの小型UAVを設計・製造してきましたが、それらの中で「PUNA(無人航空機)ウルン」だけがインドネシア空軍で運用が開始されると思われます。それにもかかわらず、これらのドローンの設計・製造で得られた経験は、インドネシアにおけるUAVを設計するための小規模な技術基盤を生み出しました。

 2016年になると、インドネシアの国営航空機製造企業「PTDI(PTディルガンダラ・インドネシア)」は「エラン・ヒタム(黒鷲)」と命名された国産UCAVの設計に着手しました。[3]
このモックアップは2019年12月に初公開され、開発は4つのフェーズ(またはブロック)に分けて進めるようになっています。[3] [4]

 ブロック0はドローンの飛行性能のテスト用で、続くブロックLは国産のミッション・アビオニクスを組み込んだものとなり、そしてブロックDは情報収集・警戒監視・偵察(ISR)装置が搭載されることになっています。最終フェーズのブロックCには兵装運用能力が組み込まれる予定です。

 最初と2番目のブロックでは降着装置はまだ固定式が装備されていますが、以降のブロックでは格納式となります。

 「エラン・ヒタム」の全長は8.65mで全幅は16mです(ちなみに「CH-4B」は全長8.5mと全幅18m)。[3]

 同機の設計仕様では、ペイロードが300kg、実用上昇限度が7,000m、約30時間の滞空性能、見通し距離(注:電波伝搬上の見通し距離≠視認可能範囲)で250kmの行動半径が要求されています。[3]

「エラン・ヒタム」の最大離陸重量は1,300kgと「CH-4B」に近いですが、 最高速度は235 km/hとはるかに低いものとなっています(「CH-4B」の最大速度は 330km/h)。ただし、滞空性能に関しては30時間と「CH-4B」の14時間を大幅に上回っています。[3]

「エラン・ヒタム」のモックアップ(2019年12月)

 当初、「エラン・ヒタム」は2020年初頭に飛行試験を開始することになっていましたが、その後のCovid-19によるパンデミックの影響で2021年後半に延期されました。

 そして2021年12月2日、「エラン・ヒタム(ブロック0)」はついに最初の地上滑走試験を開始しました。[5]

 今後、FLIR(前方監視型赤外線)装置を搭載したブロックの設計・製造が開始されると、このUAVは新たに発生した火災の発見や消防アセットの調整を手助けするという「バイラクタルTB2」と同様の手法で、国内で問題となっている森林火災の対策にも活用できる可能性があります。[6]



 インドネシアで最も成功したUAVは「エラン・ヒタム」も設計したPTDI社の「ウルン」です。[7]

 (現在はBRIN:国家イノベーション研究庁に統合・改組された)LAPAN:航空宇宙庁によって開発された「LSUシリーズ」といったほかのUAVは、インドネシア軍によって頻繁にテストされていますが、これまでに導入されたことはないようです。

 興味深いことに、「LSU-02」はインドネシア海軍のコルベット「フランス・カイシエイポ(シグマ級)」に搭載されて試験されたことがあります。この試験で同機はヘリ甲板から発艦して地上の滑走路に着陸しました。[8]

「ウルン」

LAPANが開発した「LSUシリーズ」UAV

 運用可能なシステムとなるにはまだ何年もかかりますが、「エラン・ヒタム」は間違いなく見込みのある無人機と言うことができます。仮にこの機体の運用が開始されれば、インドネシアは東南アジア初の中国製「CH-4B」UCAVの運用国となるだけでなく、国産のMALE型U(C)AVを導入した最初の国となるでしょう。

 とはいえ、野心的なインドネシアの航空プロジェクトは資金難で頻繁に停止の危機に直面しており、IPTN 「N-250」旅客機のような有望なプロジェクトもキャンセルに追い込まれました。

 したがって、「エラン・ヒタム」を成功させるためには、まずは国際的に成功しているライバル機たちの中で自らの価値を証明しなければならないのです。

 ※ 日本語版補足:2022年9月下旬に「エラン・ヒタム」計画中止の情報が流れました
  が、BRINによると中止ではなく、計画はUCAVという軍事用途から地上監視・気象観
  測・マッピング・森林火災との監視といった非軍事的用途に用いる計画に変更された旨  
  のコメントがなされました。つまり、インドネシアの実用的な国産UCAV計画は事実上
  頓挫してしまったようです。[9]



[1] Indonesian Air Force's fleet of CH-4 UAVs granted airworthiness approval https://www.janes.com/defence-news/news-detail/indonesian-air-forces-fleet-of-ch-4-uavs-granted-airworthiness-approval
[2] Endonezya Ankara Büyükelçisi Dr. Lalu Muhammad Iqbal: Türkiye ile Endonezya arasındaki savunma iş birliği artacak https://www.savunmatr.com/ozel-haber/endonezya-ankara-buyukelcisi-dr-lalu-muhammad-iqbal-turkiye-ile-h15336.html
[3] PT Dirgantara Indonesia reveals new MALE UAV prototype https://world-defense.com/threads/pt-dirgantara-indonesia-reveals-new-male-uav-prototype.7481/
[4] Indonesia unveils prototype of indigenously developed strike-capable UAV https://www.janes.com/defence-news/news-detail/indonesia-unveils-prototype-of-indigenously-developed-strike-capable-uav
[5] https://twitter.com/defenceview_id/status/1470381630460088324
[6] An Unmanned Firefighter: The Bayraktar TB2 Joins The Call https://www.oryxspioenkop.com/2021/08/an-unmanned-firefighter-bayraktar-tb2.html
[7] UAV (Unmanned Aerial Vehicle) WULUNG https://www.indonesian-aerospace.com/techdev/index/set/uav
[8] LSU-02 LAPAN : UAV Pertama yang Take Off dari Kapal Perang TNI AL https://www.indomiliter.com/lsu-02-lapan-uav-pertama-yang-take-off-dari-kapal-perang-tni-al/
[9] BRIN Alihkan Proyek Drone “Elang Hitam” ke Versi Sipil, Kini Dikembangkan untuk Awasi Kebakaran Hutan

2022年9月27日火曜日

エレバンの騎士たち:アルメニアの「Su-30SM "フランカー"」


著:ステイン・ミッツアー (編訳:Tarao Goo

 ナゴルノ・カラバフをめぐる未解決の紛争がここ最近に激化した中で、「Su-30SM」は2020年の戦争における空中戦で注目すべき未登場の存在だったことは記憶に新しいと思います。

 2019年にアルメニアのニコル・パシニャン首相によって「今年で最も重要な買い物」と歓迎されたことから、多くの人は「Su-30」が「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機に立ち向かったり、アゼルバイジャン機がアルメニア兵に死傷をもたらす兵装を放つことを抑止するために武力衝突に投入されるだろうと予想しました。[1]

 しかし、数日・数週間と過ぎるにつれ、「Su-30」が意図的に戦闘に巻き込まれないようにされていることが次第に明らかになり、この新型機はいつしか 「白い象(無用の長物)」という不名誉な地位を得るまでになってしまいました。

 当記事では、「Su-30」が戦争に投入されなかった理由の根拠を提示すると共に、同機を導入するというアルメニアの決定とその理由を考察します。

 アルメニアの「Su-30」導入について詳しい説明をする前に、アルメニア空軍の歴史とその少ない航空戦力がどのようにして得られたのかを知っておくべきでしょう。

 アゼルバイジャンと同様に、アルメニアは1991年のソ連が解体された際に航空機やヘリコプターを(ソ連軍から)ほとんど受け継ぎませんでした。しかし、アゼルバイジャンが石油とガス産業のおかげで強力な航空戦力を構築できた一方で、アルメニアはロシアの寛大さと海外から安価に戦闘機を入手できる稀な機会に大きく依存していました。これについては、1992年と1993年にロシアから8機の「Su-25」が、さらに2004年にはスロバキアから10機の「Su-25」が納入されたことで実証されています。

 とはいえ、「Su-25」は効果的な対地攻撃機である一方で高速ジェット機の迎撃には全く役立ちません。そこで、アルメニアは高価な戦闘機自体を調達するという費用のかかるプロセスを踏むのではなく、その代わりとしてロシアに自国上空をカバーする迎撃戦力を提供するよう交渉を開始したのです。

 1996年にロシアと締結された協定の結果としてアルメニアは自国の防空を実質的にロシアにアウトソーシングすることになり、ロシア軍はアルメニアの首都エレバン郊外に約20機の「MiG-29」戦闘機と「S-300V」地対空ミサイル(SAM)システムを配備することになりました。

 双方の合意によってロシア軍のエアカバーの適用範囲からナゴルノ・カラバフ上空は除外されたものの、それはアゼルバイジャン領空の奥深くまでカバーするアルメニアの地対空ミサイル(SAM)基地の広大なネットワークによって埋め合わせることになりました。

首都エレバンにあるエレブニ空軍基地から離陸するロシア軍の「MiG-29」

 ところが、2000年代後半から2010年代初頭にかけて両国の軍事力の差が急激に拡がり始めると、エレバンはアゼルバイジャンと対等に渡り合うための方法を模索し始めたのです。

 この手法は、アルメニアが通常は極めて低価格で入手可能な中古兵器を購入するために他国(旧ソ連諸国)を探し回るという従来の軍備調達戦略とは若干異なるものでした。こうした買収劇の大半はアルメニア軍に斬新な戦力をもたらすことは少しもありませんでしたが、結果的に自国のGDPの範囲を大幅に超える常備軍を維持することを可能にしました。
 
 ただし、アルメニアは(例えば長距離対戦車ミサイル(ATGM)、誘導式ロケット弾、偵察用UAV、徘徊兵器の導入を通じて)ナゴルノ・カラバフに構築された広大な塹壕網という安全が確保された場所の後方からアゼルバイジャンを凌駕する機会を見出すのではなく、ロシアから数十機もの「Su30」多用途戦闘機を調達してこの地域における軍事バランスの(少なくとも机上では)劇的な変化を追い求めたようです。

 興味深いことに、アルメニア国防省からの財政支援が不足したことによってアルメニアの企業が数種類のUAVや徘徊兵器の開発を進めるのに苦労していた時期に、この高額な買収劇が展開されました。
 
 隣のアゼルバイジャンは石油やガスの生産で得た利益を軍備の調達に活用することができることを考えると、アルメニアが主要な兵器システムを導入して軍事バランスを変えようとすることはそもそも実現不可能な夢物語だったと言えるのは誰の目から見ても明らかでしょう。

 したがって、アルメニアは僅かな資金で戦争で全く期待に応えることがなかった戦力を導入しただけでなく、最初から負けることが決まっていたアゼルバイジャンとの軍拡競争に陥ることを辛うじて避けたということになります(注:アルメニアは「Su-30」を調達したおかげで別の兵器の調達がほとんどできなかったのです)。
 
 実際、アゼルバイジャンはアルメニアのように「Su-30」などの最新の多用途戦闘機を導入するのではなく、トルコと共同で「Su-25」対地攻撃機の近代化を推し進めました。この近代化で最も特筆すべきものは、「Su-25」が「HGK」 GPS誘導爆弾、「QFAB-250」レーザー誘導爆弾、275km以上の射程距離を有する「SOM」巡航ミサイルといったトルコやアゼルバイジャン製の誘導兵器を運用できるように改修されたことでしょう。

 また、機体の生存率をベラルーシ製の「タリスマン」ECMポッドを搭載可能とすることで向上させました。この「タリスマン」は、44日間にわたって繰り広げられたナゴルノ・カラバフ戦争でアルメニア軍のSAMによる被弾から数機の「Su-25」を救ったと考えられています。


導入検討時期などの注目点

 アルメニアが「Su-30」に対する関心を抱いた時期については、伝えられるところによると2010年から2012年の間にさかのぼります。この時期に少なくとも12機の導入が計画されたものの、高価な戦闘機を購入する財政的な余裕がないために後に延期されたとのことです。[2] [3] 

 ただし、アルメニアの「Su-30」に対する関心が依然として強いものであったことは確かだったようで、ニコル・パシニャンが最初の4機の導入を最終決定できたのは2018年のアルメニア革命によってもたらされた政権交代の後のことでした。

 その後の2019年12月27日になって、待望の「Su-30」1号機がようやくアルメニアに到着しました。[4]

 他国がロシア製戦闘機に支払わなければならない価格と比較して、アルメニアが「Su-30SM」を大幅に安い価格で購入することを許可されたというのは本当である可能性が高いと思われます。おそらくはロシア空軍の調達価格に近い値段だったのでしょう。

 また、「Su-30SM」は1991年の独立後にアルメニアが導入した最初の真新しい兵器システムの1つであるという注目すべき特徴も持っていました。この偉業はパシニャンにも高く評価され、「アルメニア政府は80年代の兵器(に依存している)という恥ずべき(歴史の)ページを閉じた」と主張するまでに至ったのです。[5] 

 同時期にこの国がヨルダンから1970年代の「9K33 "オーサ" 」短距離SAMシステム32台を購入した件については、話を進める便宜上忘れておくことにします。[6][7]


「Su-30SM」 - パシニャン肝いりのプロジェクト

 パシニャン首相が「Su-30SM」の導入プロセスに密接に関わっていたことは確実であり、この新型機が自国に到着した後は導入した意義を説明することに多大な注意を払いました。

 ニコル・パシニャンは2018年6月17日にロシア空軍の「Su-30」のコックピットに座っている自撮りの写真を投稿し、「Su-30SM」の導入に国家が関心を持っていることをアルメニアの当局者として最初に国民に知らせた人物でもあります。[8]

 2019年12月に新型機が到着した後、彼は、「本日は最新式の『Su-30』多用途戦闘機がアルメニアに到着した非常に重要な日であり、これは今年における私たちの重要な功績です。つまり、(発注した)第1陣の機体が到着しつつあることであり、この成果はアルメニア共和国と国民の安全保障にとって極めて重要なものなのです。」と延べ、さらにこの新型機の導入を「アルメニアの安全保証にとっての転換点となる。」とまで言及しました。 [9] [10] [11]

 同時に、アルメニアのダヴィト・トノヤン国防相もエレバンが今後数年間でさらに8機の「Su-30SM」を調達する計画を立てたことを認め、次回の納入予定時期を尋ねられた際に「近いうちに」と答えています。[4]

アルメニアに到着したばかりの「Su-30SM」

 4機の「Su-30SM」がアルメニアに到着してからの数か月間、パシニャンは定期的に新型機の最新状況を伝えており、「Su-30」がアルメニアの安全保障にとっていかに重要なアセットであるか考えられていることを強く示しています。

 おそらくさらに重要な点として、このメッセージはアルメニア国民に国境に対するいかなる脅威にも対抗する準備ができているということで安心させることに役立ち、同時にアゼルバイジャンに対する抑止力としても機能するものだったと考えられます。

 「昨日、私たちの『Su-30SM』ジェット機は戦術ミサイルによる最初の訓練を実施して、攻勢任務用の空対地ミサイルをテストしました。全ての目標は高い精度で命中を受けました(2020年07月3日)」[12]。

 「『Su-30』はRA(アルメニア共和国)の領空の不可侵性を確保するために戦闘任務に就きます。(2020年07月15日)」[13]。

 もちろん、首相は数ヵ月後(アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフと周辺7地区の奪還を目指した「アイアン・フィスト作戦」を発動したとき)にこの発言の真偽が試されることになるとは思ってもいなかったでしょう。


ミサイル・サーガ

 パシニャンの発言は過度に大掛かりなものであり、「Su-30」のパイロットたちは2020年の戦争において実戦に投入できるような適切な訓練をまだ受けていなかったことが早々に明らかとなりました。

 この事実を認めることに何の問題もないように見受けられますが、アルメニア空軍がなぜ「Su-30SM」を戦闘に投入しなかったのかという痛烈な批判を受けた際に、パシニャンは上記の事実を回答せずにナゴルノ・カラバフ戦争勃発前にアルメニアがこの新型機用のミサイルを調達できていなかったからだと主張したのです。[14]
 
 この発言が、「昨日、私たちの『Su-30SM』ジェット機は戦術ミサイルによる最初の訓練を実施して、攻勢任務用の空対地ミサイルをテストしました。全ての目標は高い精度で命中を受けました」という2020年7月に出した彼自身による声明と大きく矛盾していることは言うまでもありません。[12]

 確かに「Su-30SM」は演習で空対地兵器を発射しましたが、彼の声明にあった「空対地ミサイル」は実際には80mm無誘導ロケット弾だったのです。[15]

 無誘導ロケット弾を誤ってミサイルと呼んだことで、パシニャンはアルメニアが実際に空対地ミサイルを導入したかのような誤ったナラティブを生み出してしまったわけです。

 仮にアルメニアが無誘導ロケット弾で武装した「Su-30」を投入していたら、ほぼ確実に全機が低空飛行で攻撃態勢に入る際にアゼルバイジャンのSAMシステムによって撃墜されていたでしょう。

 自らの主張に対する批判に対し、パシニャンは演習で使用されたミサイル(つまり無誘導ロケット弾を装填したポッド)について、戦争前からアルメニア空軍の兵器庫にあったものだと述べました。[14] 

 ところが、パシニャンにとって不幸なことに彼の発言に対する国民の反発が再燃してしまいました。というのも、彼の発言の直後に新たにリリースされた写真や衛星画像に、2020年10月時点のギュムリ空軍基地で「R-27R」と「R-73」空対空ミサイル(AAM)でフル装備をした1機の「Su-30SM」が写っていたからです。[16] [17]

 アルメニアは「Su-30SM」の導入以前にこのAAMを搭載できる機体を保有していなかったことから、結論として空軍はナゴルノ・カラバフ戦争勃発前に「Su-30SM」用のミサイルを実際に入手していたことが判明しました

ギュムリ空軍基地で撮影された1機の「Su-30SM」は、「R-27R」と「R-73」空対空ミサイルでフル装備の状態となっている(2020年10月初頭)

非現実的な期待

 上述の「Su-30SM」のミサイルに関する問題はパシニャン首相の評判をさらに悪くする影響をもたらしました。そして、この件でパシニャンによる軍備調達を紹介した手法に決定的な弱点があることも明らかとなりました。

 アルメニア軍の装備は大部分が旧式のため、真新しい兵器の導入には多くの国民の関心が向けられました(少なからずニコル・パシニャン自身はそうだったようです)。このような過剰とも言える注目は新兵器の実際の性能を誇張させ、国民に非現実的な希望を抱かせることになります。

 「Su-30」が決して期待に応えることが不可能なレベルまでに性能が誇大宣伝され始めてしまったため、万が一に1機でも撃墜されたならばその衝撃は計り知れないほど大きいものとなるでしょう。

 もしアルメニアが4機の「Su-30SM」をアゼルバイジャンの「MiG-29」飛行隊を迎え撃つべく投入させたならば、数的に優位な敵に直面して敗北を喫した可能性が高いと思われます。この結果は、前線で戦うアルメニア軍兵士や国民の士気に多大な影響を与える恐れがあったに違いありません。 


 2020年初頭に実戦配備に就いた後、「Su-30SM」はアルメニア北部に位置し、この国における全ジェット機の運用拠点として機能しているギュムリ空軍基地に配備されました。

 アルメニアの国土が狭いため、ギュムリはアゼルバイジャンの弾道ミサイルやその他の精密誘導兵器の射程圏内に入っています。

 2020年まで、この空軍基地では僅かな数の土塁が唯一の防御設備でした。つまり、たった数発の誘導ロケット弾や当たり所が良ければ1発の(イスラエルの「LORA」といった)弾道ミサイルで、数機を除くアルメニアの作戦機を一撃で壊滅させることが可能だったということです。

 ただし、「Su-30」の到着を見越して新しい駐機場が敷設されたり、「Su-25」と「L-39」が使用する駐機場に隣接して4つのシェルターも建てられるなど整備が進められました。

 別の配備先としては、「Su-30」をロシアが管理するエレバンのエレブニ空軍基地も考えられます。実際、この手法は2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でアルメニアが「Su-25」を同基地に配備したことで現実的なものと証明されました(注:実際に「Su-30SM」が一時的に配備されたことがあります)。[18] 

ギュムリ空軍基地を撮影した衛星画像は、「Su-30SM」用に新設された駐機場とシェルターをはっきりと映し出している

 いずれにせよ、4機の「Su-30SM」ではアゼルバイジャン軍が有する11機の「MiG-29(9.13規格)」に対してナゴルノ・カラバフ上空を巡る空中戦を展開するには数が不十分であることは間違いないでしょう。しかも、後者のパイロットはトルコ空軍との二国間演習で空対空戦闘に関するあらゆる訓練を受けているのでその確度はより強いものと言えます。

 仮にアルメニアが当初から予定されていた12機の「Su-30」を調達するならば、アゼルバイジャンが遂に(以前からの噂どおり)パキスタンから「JF-17」戦闘機の購入を推し進める可能性もないとは言えません。性能は「Su-30SM」より劣りますが、アゼルバイジャンがこの戦闘機24機と共に視程外射程空対空ミサイル(BVRAAM)を導入すれば、数で優勢となる戦力と化す可能性は高いものとなります。

 最大で12機の「Su-30SM」飛行隊はアルメニアとの国境地帯でトルコ空軍に対する一定の抑止力にもなると言えますが、3機の「E-7T "ピースイーグル"」空中早期警戒管制機(AEW&C)にバックアップされ、「AIM-120」BVRAAMで武装し、熟練したトルコ軍パイロットが飛ばす「F-16」を踏まえると、12機の「Su-30」はその障害にもならないかもしれません。


 最大で12機の「Su-30SM」の導入を通じてアルメニアが実際に何を達成しようと試みていたのかは、おそらくずっと謎に包まれたままとなるでしょう。

 アルメニアはこのまま4機の「Su-30SM」を運用し続けることも可能です。その場合の戦力は限られたものとなりますが、今後数年間は相当規模の投資先となることは避けられません。 あるいは、数億ドルを投じてより多くの同型機を調達し、数十年の運用を見越してさらに多くの資金を武装、訓練、予備部品、燃料の購入に充てる必要に直面するという選択肢もあります。

 また、この新型機をロシアに売却して、それで得た資金をアルメニア軍の他の分野への投資に活用するという究極の選択肢もあることも頭に入れておくべきでしょう。

 こうした選択肢がアルメニアによって実現するまでは、「Su-30SM」は「エレバンの白い象」と呼ばれ続けることになりそうです。


[1] First batch of Russian-made Su-30SM fighters arrives in Armenia https://tass.com/defense/1104253
[2] Russia Plans to Supply Su-30SM Fighters to Armenia https://asbarez.com/172881/russia-plans-to-supply-su-30sm-fighters-to-armenia/
[3] Quantity of weapons acquired in 2019 and conditions of acquisition https://uic.am/en/10055
[4] Russian Warplanes Delivered To Armenia https://www.azatutyun.am/a/30347723.html
[5] “Shameful chapter of 80’s weapons” is over, Pashinyan lauds Armenia’s modern military arsenal https://armenpress.am/eng/news/1002635/eng/
[6] Jordan to sell Osa SAMs https://web.archive.org/web/20171104074342/http://www.janes.com/article/75246/jordan-to-sell-osa-sams
[7] Armenia Shows Off New Osa-AK Air Defense Missiles https://militaryleak.com/2020/01/06/armenia-shows-off-new-osa-ak-air-defense-missiles/
[8] Russia to Boost Armenian Military, Fighter Jets Approved https://armenianweekly.com/2019/02/05/russia-to-boost-armenian-military-fighter-jets-approved/
[9] RA Armed Forces equipped with Su-30 SM multifunctional fighters https://www.primeminister.am/en/press-release/item/2019/12/27/SU-30-SM/
[10] Armenian Military To Get More Russian Warplanes https://www.azatutyun.am/a/30402222.html
[11] Armenia in talks to purchase new batch of SU-30SM fighters https://en.armradio.am/2020/08/30/armenia-in-talks-to-purchase-new-batch-of-su-30sm-fighters/
[12] Armenia’s SU-30 SM jets conducts 1st training with combat missiles https://armenpress.am/eng/news/1020565.html
[13] SU-30SM fighter jets go on combat duty in Armenia to ensure inviolability of air borders https://armenpress.am/eng/news/1021825/
[14] Armenian PM Denies Contradictions In Comments About Fighter Jets Purchased From Russia https://www.rferl.org/a/armenia-pashinian-russian-fighter-jets-su-30sm-missiles/31168638.html
[15] https://i.postimg.cc/rwqDWvSQ/image.jpg
[16] https://twitter.com/ASBMilitary/status/1375600974480441350
[17] Հայկական Սու-30ՍՄ-երի նկարներում երևում են հրթիռներ, որոնք, ըստ Փաշինյանի, Հայաստանը չէր հասցրել գնել https://media.am/hy/verified/2021/03/29/26953/
[18] https://twitter.com/oryxspioenkop/status/1324393384103075846

※  当記事は、2021年8月28日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が