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2023年11月12日日曜日

中東・アフリカのドローン・ゲーム:エジプトのU(C)AV飛行隊(一覧)


著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 突如とした制裁によって軍隊のスペアパーツや弾薬が枯渇する可能性があるため、エジプトは軍備の調達を一国だけに依存するのではなく複数の供給元から得るという長い伝統を持っています。

 現在のエジプト空軍はロシア・フランス・チェコ・アメリカ・中国から導入したジェット機を運用していますが、この状況は他の軍種でも変わっていません。おかげでスペアパーツや兵器のストックは非常に複雑だなものとなっていますが、このような状況はエジプトを決して軍備の供給源に困るような事態に陥らせることもないのです。

 兵器や装備類の調達先を分散化させるというエジプトの試みは、無人機(UAV)にも受け継がれています。今でこそ数多くのUAVや無人戦闘航空機(UCAV)が運用されていますが、この国における無人兵器の発展ペースは、サウジアラビアやUAEといった他のアラブ諸国に比べると比較的緩やかなものにとどまってきました。

 しかし、エジプトは無人戦力をさらに向上させる流れを着々と進めており、新たなUAVを購入するだけでなく自国内で生産するためのライセンスも取得しています。

 エジプトは、1980年代の後半に戦術無人偵察機を導入した最初のアラブ諸国の1つとなりました。1982年のレバノン戦争でイスラエルによるUAVの効果的な活用がなされたことをカイロが見逃さなかったのは明らかであり、これがエジプトに同様の能力を獲得するための取り組みに駆り立てたことは間違いないでしょう。実際、同時期のアメリカの「テレダイン・ライアン」社は「スケールド」社と共同でエジプトの要求事項に沿ったドローンの開発に着手していましたからです。[1]

 結果としてエジプトが手にすることになったのは、一般的には「スカラベ」と呼称される「TR324」: 事前に設定されたルート上から撮影が可能な、極めて高度なステルス性ジェット推進式無人偵察機でした。このUAVはロケット補助推進離陸装置(RATO)によって射出され、任務完了後はパラシュートで回収される方式を採用しています。

 エジプト空軍(EAF)には合計で59機の「TR324」が納入されたものの、このうち実際に組み立てられたのは僅か9機にすぎませんでした。この理由については、訓練や平時の作戦で用いるのには配備された9機で十分であり、残りの50機は戦時用として保管されたというのが妥当と思われます。 [1]

 この無人機はカイロ南方のコム・オーシム基地を拠点に65回の作戦飛行を実施したと伝えられています。 [1]

(この記事が執筆された)2021年現在、EAFが「TR324」を作戦可能な戦力として維持しているかどうかは分かっていません。
  
射出された直後の「TR314 "スカラベ"」:RATOがまだ外れていない点に注目

 「スカラベ」の導入から間もなくして、引き続きアメリカから別種類の無人機の納入されました。1989年になると、戦場監視に最適化された「R4E-50 "スカイアイ"」の引き渡しが始まったのです。[2]

 「スカラベ」と同様に 、この新型機もRATO方式で射出・パラシュートで回収される方式です。 [3]

 その後、これらがエジプトで使用されたという情報は全く無いため、上述した萌芽期のUAVが今も現役で運用されているとは考えられません。とはいえ、1980年代後半から1990年代前半にかけて、エジプトはアラブ世界におけるUAV運用の先頭に立っていたと言えるでしょう。というのも、他のアラブ諸国が無人戦力の構築するための取り組みが本格的に始まったのは2010年代に入ってからだったからです。

 こうした状況を踏まえると、1990年代から2000年代の間にエジプト国産のUAVが全く開発されなかったのは、なおさら驚くべきことかもしれません。これはエジプト軍内部の優先順位が変わったのか、UAVの開発に用心深くアプローチした結果か、それともアメリカがより高度な無人機の供給を拒否した結果なのかは不明ですが、実情は後者の2つの説が混在している可能性が高いと思われます。

 原因が何であれ、エジプトがそれまでの努力で得た成果を徐々に失っていったという結果は同じです。それでもこの国が他のアラブ諸国に対する優位性をどうにか維持できた理由は、この時期に彼らが無人戦力を本格的に構築する試みをしなかったからだと言えるでしょう。
 
ギザのピラミッド直近を飛行するエジプトの「R4E-50 "スカイアイ"」

 エジプトでUAVの運用に向けた取り組みが本格的に再始動したのは中国から「ASN-209」無人偵察機を導入した2010年代初頭であり、その後に同機のライセンス生産も始められました。 [4]

 2011年になると、エジプトは「トルコ航空宇宙産業(TAI)」社が開発したトルコ製「アンカ」UCAVへの関心も表明しました。[5]

 ところが、エジプトとトルコの関係が悪化したことで最終的に同システムの入手が頓挫したため、エジプト空軍がUCAVを導入するにはもう少し待たなければならなくなってしまったのです。

 この念願については、2016年になってEAFが中国から最初の「翼竜Ⅰ」 UCAVの引き渡しを受けた際にようやく成就しました。実際にエジプトへ納入された「翼竜Ⅰ」の数は謎のままであり、75機以上がEAFで運用されていると頻繁に語られていますが、これは著しき誇張された数字である可能性が高いでしょう。 [6]

 エジプトは、「翼竜Ⅰ」をイスラム国に対する作戦に投入するためにシナイ半島や、対密入国作戦を行うために(リビアと面する)西側の国境沿いにある空軍基地へ(導入してから)ほぼ即座に展開させました。 [7]

 既知の配備先としては、シナイ半島のビル・ギフガーファ基地、エジプト中西部のダフラ・オアシス空港ウスマーン基地が挙げられます。


 エジプトで運用されている「翼竜Ⅰ」については、現時点で「AKD-10 "ブルーアロー7"」「TL-2」空対地ミサイル(AGM)で武装している姿が確認されています。後者は小型のため、各ハードポイントに最大で2発を搭載可能という強みがあります。つまり、通常は2つのハードポイントに1発ずつしか搭載できない「翼竜Ⅰ」の兵装ペイロードを倍増させることを可能にしたのです。

 こうした買収劇に続く数年間で、エジプトが(4つのハードポイントを有する)改良型である「翼竜ⅠD」や「翼竜Ⅱ」、「CH-5」を大量発注したことが何度も報じられています。しかし、これまでに上記のUCAVはエジプトで目撃されていないことから、こうした情報は何らかのエビデンスが得られるまでは慎重に扱われるべきでしょう。 [6]
   
「TL-2」AGMを搭載したEAFの「翼竜Ⅰ」:専用のラックを備えることで最大4発の同AGMの搭載が可能

 2010年代後半、エジプト軍はアメリカの手投げ式小型無人機「RQ-20B "プーマAE Ⅱ"」の導入によって、著しい発展を見せました。なぜならば、それまでのエジプトにはこのサイズのUAVがなかったからです。ちなみに、導入した「RQ-20B」はすぐにシナイ半島に配備されたものの、2020年には少なくとも2機が墜落で失われてしまいました。 [8]

もう一つの展開は、エジプト海軍が「アル・セイバー」VTOL型UAV(UAEが生産したシーベル製「カムコプターS-100」)の導入によってもたらされました。同UAVについては、少なくとも3機が2020年にエジプト海軍の「ミストラル」級強襲揚陸艦 (LHD)のヘリ甲板に姿を現したことが確認されています。 [9]

 2隻の「ミストラル」級LHD用として、将来的にはさらに多くのUAVが海軍によって導入されることでしょう。
  
「アル・セイバー」垂直離着陸型UAV

 2020年代は、エジプトがまもなく外国産UAVの生産ライセンスを取得し、国内にその生産ラインを設置するというニュースが飛び交ったことから幕が上がりました。今のところ、その対象にはベラルーシ、イタリア、UAEのUAVが含まれていると言われています。[10] [11] [12]

 ベラルーシの機種が何かはまだ分かっていませんが、「レオナルド」社が設計したイタリアの「ファルコ・エクスプローラー」MALE型UAVは、エジプトが関心を示したと伝えられているシステムの1つです。 [11]

 2021年には、エジプトがUAEの「アドコム」社製「ヤブホン・フラッシュ20」の現地生産を開始したことも公表され、国内では「EJune-30 SW(2013年6月30日革命後)」と呼ばれています。[12]

 エジプトの「フラッシュ20」の国産化は、UAE産UCAVを自国に生産ラインを設置しようというアルジェリアの試みに似たものとなるでしょう。[13]


 エジプトにおける無人機運用の未来は輝かしいものとなっています。

 この国は多くの新型UAVとUCAVの運用を開始するだけでなく国内での生産ライセンスを獲得する予定であり、1980年代後半から1990年代にかけての主導的な立場を近いうちに奪還しようと試みているのかもしれません。そして、そのために国内の産業が役割を果たす可能性もあり、新たに公表された「テーベ-30」のようなUAVは、この国が自国の人材を巻き込もうとしていることを示しています。

 エジプト軍は間違いなく2020年のナゴルノ・カラバフ戦争に注目しており、徘徊兵器のような無人兵器への投資を試みるかもしれません。

 ただし、エジプトが全く新しいタイプの戦力の導入を模索する前に、まずは陸軍における戦術UAVの全般的な不足を対処して全軍種がUAVの恩恵を享受できるように試みる可能性も考えられるでしょう。

無人偵察機

無人標的機

国産UAV

[1] The U.S. Sold This Unique Stealth Drone Called 'Scarab' To Egypt In The 1980s https://www.thedrive.com/the-war-zone/24966/the-united-states-sold-egypt-this-unique-stealth-recon-drone-called-scarab-in-the-1980s
[2] "Egypt Begins Using Unmanned Aircraft for Reconnaissance" Aviation Week and Space Technology, 23 January 1989.
[3] https://i.postimg.cc/jS1P8Yjg/USA-BAE-Systems-Skyeye-y-R4-E-50-and-R4-E-100u-e2r.jpg
[4] Egypt starts the production of Chinese Unmanned Aerial Vehicle ASN-209 https://www.armyrecognition.com/june_2012_new_army_military_defence_industry_uk/egypt_starts_the_production_of_chinese_unmanned_aerial_vehicle_asn-209_egyptian_armed_forces_0706122.html
[5] Turkey, Egypt Discuss Possible Export of Anka UAV https://defense-update.com/20110923_turkey-egypt-discuss-possible-export-of-anka-uav.html
[6] 翼龙翱翔东北非!埃及两次共引进108架,可挂载8枚空地导弹 https://m.sohu.com/a/382780569_120126853/?pvid=000115_3w_a
[7] https://egypt.liveuamap.com/en/2018/15-november-footage-by-isis-cam-for-egyptian-air-force-wing
[8] https://lostarmour.info/egypt/item.php?id=25755
[9] https://twitter.com/mahmouedgamal44/status/1321356067599753216
[10] Belarus to produce UAVs in Egypt https://www.defenceweb.co.za/aerospace/unmanned-aerial-vehicles/belarus-to-produce-uavs-in-egypt/
[11] Egypt seeks more advanced UAV capabilities https://www.shephardmedia.com/news/uv-online/premium-egypt-seeks-more-advanced-uav-capabilities/
[12] Egypt unveils locally made drones at EDEX 2021 https://www.defensenews.com/industry/techwatch/2021/11/30/egypt-unveils-locally-made-drones-at-edex-2021/
[13] Algiers Calling: Assessing Algeria’s Drone Fleet https://www.oryxspioenkop.com/2021/12/algiers-calling-assessing-algerias.html

※  当記事は、2021年12月28日に本国版「Oryx」ブログ(英語)に投稿された記事を翻
  訳したものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更し

2023年11月3日金曜日

アルジェの目覚め:アルジェリアが保有する無人飛行隊の評定(一覧)


著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 アルジェリアは武器の導入や現時点における兵器類の保有状況の詳細などの情報面では秘密主義で悪名高い国です。したがって、この国によって調達・運用されている無人航空機(UAV)の種類に関する情報が非常に多く公開されていることは、極めて驚くべき状況と言えるでしょう。

 公開されている情報は、この国が中国やアラブ首長国連邦(UAE)、南アフリカ、その他の多くの国から調達された非常に多種多様な(武装)ドローンを保有していることを明らかにしています。

 近年では、アルジェリア自身も数種類の国産ドローンの設計・開発をしてきました。将来的な見込みはあるものの、これらの国産UAV開発プロジェクトはまだ実用的な運用システムを生み出すには至っていません。

 アルジェリアのUAVの大部分については、最近では首都アルジェから南方約200kmに位置するアイン・ウセラ空軍基地を拠点にしています。

 アルジェリアのUAVの運用に対する関心については1990年代の中頃に生じたと考えられており、結果的には、その数年後に南アフリカから10機程度の「デネル」社製「シーカーII」の購入に至ったようです。[1]
 
 この機種は長期間にわたって、アルジェリア唯一のUAVとして運用されていました。90年代製のUAVを1機種だけ使い続けたことについて不思議に思う人もいるかもしれませんが、「シーカーII」はモロッコの「R4E " スカイアイ"」よりも優れた性能を発揮し、隣国のリビアでは長きにわたって無人機の運用が全く行われていなかったため、それでも十分だったのです。[2] 

 2010年代のUAV技術の発展はアルジェリアにさらなるUAVの導入に対する関心を再び高めさせたものの、新型機が実際に調達されるまでには2010年代後半までの年月を要しました。

 当時のアルジェリアは無人戦闘航空機(UCAV)を導入するために中国に目を向けました。当初、アルジェリアが保有する中国製UCAV飛行隊は中国航天科技集団(CASC)から調達した「CH-3A」だけで構成されていましたが、後により高性能な「CH-4B」も同社から追加導入されました。

 残念ながら、アルジェリアが入手した中国製無人機の数に関する情報はありません。知られているのは、アルジェリア空軍が数ヶ月の間に3機の「CH-4B」を墜落事故で喪失したことだけです。[3] 

 これらの事故のうちの2件は、アルジェリアでのシステムの運用試験の段階で発生しました。興味深いことに、この事故はアルジェリアに「CH-4B」の購入を推進させることをを思いとどまらせるには不十分だったようです。

アルジェリア軍の「CH-4B」

 中国製UCAVが運用開始されたのと同時期に、アルジェリア空軍はUAEに拠点を置くドローン製造企業:「アドコム・システムズ」社から2種類の奇抜な姿のドローンも調達しています。

 アルジェリアでそれぞれ「エル・ディジャザール-55」と「エル・ディジャザール-54」と呼称されている「ヤブホン・フラッシュ20」と「ヤブホン・ユナイテッド40」は、2018年に同国で就役したと考えられています。アルジェリアはこれらのドローンについては「アドコム」社から直接購入したのではなく、実際に国内で製造されたものだと主張しています。[4] 

 ほぼ間違いなく両機種ともに見た目が乏しいですが、その欠点は兵装の搭載能力で補われており、「NAMROD」空対地ミサイルや(無誘導爆弾として用いる)120mm迫撃砲弾用に最大で10基のハードポイントを備えてます。

 さらに、「ユナイテッド40」は機体に1基の6発入り回転式ディスペンサー(詳細不明)や合成開口レーダー(SAR)を搭載することも可能です。


 UAEの「ヤブホン」シリーズUCAVの組み立てに加えて、アルジェリアは限定的ながら軍用級のドローンの研究開発能力も有しています。

 国内で現在進行中のドローンプロジェクトの大部分は、これまでに少なくとも5機の「アメル」シリーズのUAVを設計してきた産業技術研究センター(CRTI)によって進められています。

 これらのドローンの大半がアルジェリア軍に就役する可能性は極めて低いですが、その設計と開発で得た経験はいつの日か真の国産U(C)AVを登場させるかもしれません。あるいは、アルジェリアはUAEからほかの機体の製造ライセンスを購入することによって設計プロセスを省略する可能性も考えられますが、当然ながら真の国産UAV技術の基盤を代償とするリスクも伴います。

試験中のCRTI「アメル2-700」

 2021年9月には、アルジェリアが中国から24機の「翼竜Ⅱ」UCAVを発注したことが報じられました(注:続く2020年1月には「CH-5」と「WJ-700」UCAVの発注も報じられました)。 [5]

 武器の調達についてアルジェリアはめったにコメントしないことから、「翼竜Ⅱ」の導入が実際になされたことが(初めて)確認できるのは、同機がアルジェリアの空軍基地で目撃された場合のみに限られると思われます。

 その間にアルジェリア空軍は追加の「ヤブホン・フラッシュ20」と「ユナイテッド40」UCAVを継続して組み立てる一方で、国産システムの設計・開発を進めるためにより多くのリソースを投入するかもしれません。

 これがアルジェリアのUAV戦力の発展に後れずについていくのに十分かどうかは現時点では不明であり、徘徊兵器といった追加的なドローン戦力の導入も起こりえないわけではないと思われます。


無人偵察機

無人戦闘航空機(UCAV)

無人標的機

国産UAV (試作)

発注が報じられているU(C)AV

[1] SIPRI Arms Transfers Database https://armstrade.sipri.org/armstrade/page/trade_register.php
[2] Operating From The Shadows: Morocco’s UAV Fleet https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/operating-from-shadows-moroccos-uav.html
[3] Chinese CH-4B Drones Keep Crashing In Algeria For Technical Fault https://www.globaldefensecorp.com/2021/03/11/chinese-ch-4b-drones-keep-crashing-in-algeria-for-technical-fault/
[4] Adcom adds to Algerian force https://www.timesaerospace.aero/features/defence/adcom-adds-to-algerian-force
[5] Algeria To Receive A New Squadron Of Advanced Drones https://www.echoroukonline.com/algeria-to-receive-a-new-squadron-of-advanced-drones

※  当記事は、2021年12月2日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
    あります。



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2023年10月28日土曜日

戦友から敵へ:エチオピアの中国製「AR2」多連装ロケット砲

 著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ編訳:Tarao Goo

 2010年代は、エチオピア国防軍(ENDF)にとって大きな変動の時期でした。 

 この10年以内に、冷戦時代の老朽化した兵器は徐々に退役し(場合によってはアップグレードされ)、より近代的な装備に置き換えられていったのです。これは単に旧式のシステムをそのまま代替する場合もありましたが、ENDFは大口径の多連装ロケット砲、誘導ロケット弾、短距離弾道ミサイル(SRBM)の導入を通じて全く新しい戦力を導入しようと試みました。

 新たに導入した兵器のいくつかは、ENDFの近代化への取り組みを誇示するために報道や武器展示会で大きく取り上げられるものもありましたが、強力な運用保全(OPSEC)規則に沿って、意図的にスポットライトから外された兵器もありました。おそらく、それらは無防備な敵に火力を解き放つことができるその日までサプライズとして秘匿されていたのかもしれません。

 その兵器の一つが「AR2」300mm 多連装ロケット砲(MRL)であり、その多くは2010年代後半にエチオピアが中国から購入したものです。

 「M20」SRBM・「A200」誘導ロケットシステムと共に「AR2」を導入したことは、ENDFに近隣諸国がかき集めることができた同種装備よりも明確な優位性をもたらしました。

 サハラ以南のアフリカで大口径MRLの導入が確認されている国は、多数の北朝鮮製「M-1989」240mm MRLを運用しているアンゴラ、現在イラン製システムと中国の「WS-1B」及び「WS-2」MRLを運用しているスーダン、そして「AR2」の競合システムで同様の300mmロケット弾を使用する「A100」MRLを調達したタンザニアだけです。

 2010年代にエチオピアに到着した後、「AR2」はエリトリアとの不安定な国境の近くにあるENDFの北部コマンドに配属されました。 

 当時はまだ予測できませんでしたが、これはエチオピアの最高司令部がすぐに後悔することになる決定でした。なぜならば、2020年11月にティグレ州で武力衝突が勃発すると、「AR2」はこの地域に点在するENDFの基地を制圧し始めた分離主義勢力の軍隊によって即座に鹵獲されてしまったからです。また、(おそらく彼ら自身がティグレ人であったと思われる)部隊の指揮官が、「AR2」とそれを運用する兵士を連れて直接分離主義勢力に直接加わった可能性もあります。

 経緯がどうであれ、結果的にティグレ防衛軍(TDF)は大口径のMRL、誘導ロケット弾、少なくとも射程距離が280kmもある弾道ミサイルを突如として掌握することに成功したのです。 

 「AR2」はすぐに元の持ち主に対して使用され、今やエチオピア軍は調達したばかりのシステムの破壊力を実感する側となってしまいました。

 この最初の衝撃を克服した後、ENDFは鹵獲されたシステムを発見・破壊するために貴重なリソースを割く必要があり、現在までに少なくとも1台の「AR2」と再装填用のロケット弾を積載した輸送車が後にティグレ中部のテケズで奪還・破壊されました。[1]

 残った別のシステムの運命については、現時点でも不明のままです。

 「AR2」は中国人民解放軍陸軍で大量に運用されている「PHL-03」MRLの輸出仕様です。
ソ連の「BM-30 "スメルチ"」の設計に基づいているため、「PHL-03」と「AR2」はロシアのものと同じ構成を維持しており、300mmロケット弾用の12本の発射管を万山(ワンシャン)製「WS2400」8x8重量級トラックに搭載しています。

 ただし、中国のロケット弾はソ連のものよりも射程距離が大幅に伸びており(130km対70km)、「AR2」にはGPS/北斗/グロナスを取り入れたデジタル式射撃統制システムも組み込まれています。ジャミングを受けない場合、このような誘導方式はMRLの命中精度を大幅に向上させることが可能なため、対砲兵戦や高価値の標的への攻撃に使用できる可能性をもたらすという点で本質的に新たなパラダイムを切り開きます。

 今までのところ、エチオピアとモロッコだけが「AR2」の輸出先として知られています。

 各発射機にロケット弾がない状態が長引かないように、「AR2」には12発の再装填用ロケット弾を積載した、専用の「8x8 WS2400」ベース及び「10x8(または10x10)WS2500」トランスポーターを伴っています。 

 「AR2」が現代のシステムに比べて大きな欠点となっているのは、単にロケット弾ポッド全体を一度に交換するのではなく、各発射管にロケット弾を一本ずつ装填しなければならないということです。これについては、前者の方が装填速度がはるかに速く、敵に次の斉射するまでの時間を短縮できるからです。


  全く皮肉なことに、ENDFが過去10年間に備蓄してきた高度な兵器の大半がかつての持ち主である自身に向けられているため、たとえ彼らがこの紛争で優位に立ったとしても、再び(鹵獲された兵器の)代替装備を探すことを余儀なくされるでしょう。

 その間にも、死傷者が積み重なり続けて北部の地域の大半が混乱状態にあるため、エチオピアは苦しみ続けています。

「AR2」の前で中国人インストラクターと一緒に並ぶエチオピアの乗員(エチオピアにて)

 [1] https://twitter.com/MapEthiopia/status/1352325064973189123

※  当記事は、2021年9月3日に「Oryx」本国版に投稿されたものを翻訳したもので。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。