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2023年9月19日火曜日

アルメニア最後の抑止力:「ブークM1-2」地対空ミサイルシステム



著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 ナゴルノ・カラバフの戦場に散乱している破壊された地対空ミサイル(SAM)システムの残骸がくすぶっている中で、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でドローンの手にによる破壊から逃れた思われる注目すべき不在者:9K37M1-2「ブークM1-2」がいました。

 実際、「ブークM1-2(NATO呼称:SA-11"ガドフライ”)」はアルメニア軍が保有する最も現代的で有能なSAMの1つですが、激しかったあの44日間戦争で何の役割も果たしていないように見えました。

 これらについて、当初はアルメニア軍のほとんどがアルメニア国内の基地からナゴルノ・カラバフに入るまで、新たに導入した「トールM2KM」の大半と共に出撃を差し控えていたものと信じられていましたが、戦争の初期の時点ですでに「トール」が初めて目撃されていたことは「ブーク」が戦闘に投入されていないことを強く示唆しました。

 「バイラクタルTB2」「ヘロン」のようなUAVが飛行する高度に到達できる数少ないSAMの1つとして、戦場における「ブーク」の不在は戦争の全期間にわたって確かに感じられました。

 アルメニアにおける「ブーク」の運用歴については全く知られていません。実際、2016年にアルメニアが独立25周年記念の軍事パレードを実施していなければ、同国による「ブークM1-2」の導入は完全に不明のままだったでしょう。

 2010年代前半から半ばのどこかで、アルメニアは「ブーク」を当時はまだ運用中だった老朽化した2K11「クルーグ(NATO呼称:SA-4)」2K12「クーブ (NATO呼称:SA-6)」を補完・後に置き換えるために入手したと考えられています。

 しかし、数多く存在したアルメニアの防衛プロジェクトと同様に資金不足がシステムの追加購入を妨げ、最終的にアルメニアは各3基の発射機を装備した2個中隊分の「ブーク」しか導入できませんでした。

2016年のエレバンにおけるパレードに登場した「ブーク-M1-2」の輸送車兼用起立式レーダ装備発射機(TELAR)。 これらのシステムがアルメニアで目撃された例はこれが唯一です。

 アルメニアが限られた資金で数少ない「ブーク」システムを戦闘可能な状態に維持することに専念していたと現実的に予想することはできたものの、真実は全くの正反対だったようです。

 2020年9月27日に武力衝突が勃発した後のアルメニアにあった稼働状態にある「ブークM1-2」発射機は1基のみで、残りの5基はアルメニアの乗員が修復不可能なレベルの技術的な不具合を抱えていたという特異な状態下にあったようです。[1]

 これらの不具合がアルメニアでの運用期間の全体を通してシステムを苦しめ続けていたというのはもっともらく思われるものであり、存在自体を疑いたくなるほど「ブーク」が国内での軍事演習で一度も目撃されたことはありませんでした。

 アルメニア軍は即座に急いで5基の不稼動状態にある「ブーク」を運用に戻すため、10月10日までにロシアの修理チームと修復作業に関する契約をしました。[1]

 これまでにナゴルノ・カラバフ戦争での「ブーク」の目撃例はなく(対照的に「トール」SAMが戦争中に運用されている映像は多数存在しています)このSAMが使用する「9М38(M1)」ミサイルの残骸も今まで地上で発見された事例がないことから、ロシアチームの努力は結果的に無駄に終わったという結論を出すことができます。

 少なくともアゼルバイジャンのTB2に(僅かにでも)勝つ見込みのある数少ない最新のSAM6基が戦争の全期間を倉庫での保管に費やされていたという事実は、自身がアゼルバイジャンの無人機戦を受ける側であることに気づいたアルメニアの兵士たちを失望させたに違いありません。

        

 アルメニア軍はナゴルノ・カラバフ戦争を特徴づけた無人機戦に不意を突かれてしまったと、しきりに非難されてきました。

 しかし、多くの人が思っていることとは逆に、これは事実ではありません。なぜならば、「ブーク」や「トール」といった最新のSAMシステム、ロシアの「レペレント-1」「アフトバザ-M」、そして「ボリソグレブスク-2」電子戦システムや電子光学装備をさまざまなサプライヤーから購入したことで、アルメニアには市場で最も現代的なロシアのシステムがもたらされていたからです。

 これらのシステムを組み合わせた戦力が戦闘という状況下で期待に応えることに失敗した事実についてアルメニアのせいにすることはできませんが、その代わり、無人機とそれに対抗するために設計されたシステムの間に能力のギャップが広がっていることを示しています。

韓国と共同開発した「Shumits」のような電子光学システム(画像)は、結果として2020年のナゴルノ・カルバフ戦争では無人機に影響を与えることができませんでした。

 アルメニアのIADS(統合防空システム)は(75台の9K33「オーサ」を含む)あらゆる射程の旧式及び現代的なSAMシステムを多重に取り入れており、最新のMANPADS、SPAAG(自走対空砲)、対空砲、そしてデコイによってバックアップされていました。

 9K33のようなシステムに依存し続けたことについては戦中も戦後も厳しく批判されましたが、この国は21世紀に妥当な旧式化したシステムを維持するための絶え間ない投資を行っていました。

 2020年1月、アルメニアはヨルダンから2700万ドル(約30億円)で購入した35台の9K33「オーサ-AK」システムの一部を披露しました。[2] [3]

 これらはアルメニアでも運用されている「オーサ-AKM」よりも古いバージョンですが(したがって、ごく僅かしか戦力の向上に寄与しませんが)、これらのシステムは独自にアップグレードされることになりました。この偉業は、その調達価格が非常に低かったおかげで実現可能となったのです。

 9K33「オーサ」の運用と保守を数十年にわたって行経験してきたため、アルメニアはその間にこれらのシステムを自身でオーバーホールやアップグレードする能力を得ていました。それに比べると、「ブークM1-2」は技術的により複雑で維持するための費用も多くかかり、限られた数しか導入されませんでした。

 アルメニア軍にとって、9K33に依存し続けることについては少しも選択の余地があるような事柄ではありませんでした。彼らは単にアルメニアの限られた技術的能力と財政事情によって必要とされたにすぎなかったわけです。

 短期間の戦争中におけるアルメニアの乏しい戦いぶりを批判的に分析することは理にかなったことであり、実際に現代の紛争を理解するためには必要不可欠なことですが、限られた予算と向かい合って問題を解決しようとした試みを無意味なものとして簡単に 片付けるべきではありません(彼らにとってはそうではなかったからです)。

ヨルダンから2700万ドルの安売り価格で購入した9K33「オーサ」システム35基のうちの4基。これらと比較すると、同じ金額では「トール」システムを2基しか購入できません。

 もちろん、だからといってアルメニア政府が軍事的な大惨事とその大半が10代後半から20代前半である約4,000人の兵士の痛ましい死の責任から免れるという意味ではありません。

 自国の軍部が慢性的な資金不足に陥っていた時期に、アルメニア政府はアゼルバイジャンに対する抑止力として、ロシアから6機のSu-30SM多用途戦闘機を購入するのに数億ドル(数百億円)も費やしました。これらの極めて重要なアセットがただの一度も実戦に投入されなかったため、パシニャン首相はSu-30SMがこの戦争で戦闘に加わらなかった理由について何度も嘘をつくことを余儀なくされました。

 (少なくともアルメニアのような小国にとって)最大で12機のSu-30SMの導入・運用とそれに関連する法外なコストについては、偵察用無人機や徘徊兵器のような実際にアルメニア軍に利益をもたらすであろう装備に向けた方がまだ賢明だったかもしれません。


 仮に「ブーク-M1」があの戦争に投入されたとしても、ナゴルノ・カラバフ上空におけるアゼルバイジャンによるUAVの運用を僅かに困難にさせるだけで、少しもその目的(撃墜)を達成できなかった可能性があります。実際、「ブーク」自体の少なさを考慮すると、(最低でも1基の「トール」SAMで起こったように)彼らはすぐに自身を発見・破壊するために送り出された徘徊兵器や「バイラクタルTB2」の犠牲になっていたでしょう。

 実際のところ、TB2はシリアで「ブーク-M2(NATO呼称:SA-17 "グリズリー")」として知られている最新バージョンとの戦闘とミサイルからの回避に成功しているため、「ブーク」はTB2にとって新手の脅威ではありません。

 それにもかかわらず、「ブーク」はアルメニアで最も現代的なSAMシステムの1つである(44日間戦争での過酷な戦力の消耗後に最も数の多いシステムの1つにもなっている)ことから、軍はこのシステムの稼働状態を維持するための投資するしか選択の余地がなく、今後何年も使用される可能性があります。

 とにかく 、彼らは技術的に高度な武装が戦場での高度な能力を保証するものではないということを、強烈に思い出させてくれるものとして役立つはずです:効果的に展開できない抑止力は、宣戦布告されると即座にその価値を喪失してしまうのです。



[1] Армения потеряла четыре из шести размещенных в Карабахе зенитных ракетных комплексов Тор-М2КМ https://diana-mihailova.livejournal.com/5844055.html
[2] Jordan to sell Osa SAMs https://web.archive.org/web/20171104074342/http://www.janes.com/article/75246/jordan-to-sell-osa-sams
[3] Armenia Shows Off New Osa-AK Air Defense Missiles https://militaryleak.com/2020/01/06/armenia-shows-off-new-osa-ak-air-defense-missiles/

※  当記事は、2021年10月2日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が
    あります。



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2022年11月14日月曜日

コーカサスのドラゴン:アルメニアの中国製「WM-80」多連装ロケット砲



著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 無関心な読者が、「アルメニアの軍隊はソ連から引き継いだソ連時代の兵器や、近年にロシアから得た兵器だけを運用している」と思ってしまうことは無理もありません。

 実際には、「T-72」戦車や「BM-21」多連装ロケット砲(MRL)、9K33「オーサ」SAMなどのありふれた兵器は、さらに驚くべき供給源から入手したいくつかの装備と一緒に運用されています。それらには、フィンランドから購入した Sako 「TRG-42」狙撃銃、インドから入手した「Swathi」対砲兵レーダーや中国から得た「WM-80」273mm MRL も含まれています。特に後者のシステムは、ナゴルノ・カラバフの係争地をめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの戦闘が再発した際に、大きな役割を果たす可能性のあるアセットとして頻繁にもてはやされました。

 長い間、アルメニアが運用する弾道ミサイル以外の兵器の中で最も長射程かつ重量級の兵器システムだった「WM-80」は、アゼルバイジャンの軍事的な近代化がアルメニアの戦力に追いつく2000年代半ばまでは、事実上、アルメニアにアゼルバイジャン軍全体をアウトレンジ攻撃することを可能にさせました。

 その数年前の1999年、アルメニアは中国から大口径多連装ロケット砲を導入した世界で最初の国の1つでした。

 現代の中国産誘導式大口径MRLは、現在では世界中の数多くの軍隊の装備に豊富に含まれていますが、(83式として知られている)「WM-80」のオリジナルデザインは、実際には1970年代にさかのぼります。その後、1980年代に射程距離の延長と精度を向上させるためのアップグレードが図られましたが(これが「WM-80」になりました)、このシステムにはいかなる誘導装置も搭載されていないため、長射程では精度が次第に不正確なものとなっていきます。

 「WM-80」はロシアの「BM-30」 300mm MRLによく似ていますが、後者は前者よりも弾頭重量が大きく(150kg vs 243kg)、射程距離がやや短く(80km vs 70km)、より多くの弾頭の種類があります。中国のシステムには弾頭の種類が全く欠けており、HE弾頭と、380個のHEAT弾を散布するように設計されたクラスター弾頭だけが使用可能です。これらの欠点のほとんどは、最終的に2010年にヨルダンに採用された誘導型「WM-120」MRLの導入によって改善されました。

 「WM-80」が「BM-30」よりも大きな優位性があるのは8発の273mmロケット弾が2つのロケット弾ポッドに収められていることであり、(2つのポッドと油圧クレーンを装備した)専用の再装填トラックで、ロケット弾を斉射した後に素早く発射機へ予備弾を補充することができます。

 その一方で、「BM-30」の発射管はロケット弾をそれぞれに再装填しなければならないため、再攻撃が可能になるまでに貴重な時間がかかり、対砲兵射撃や頭上に潜む敵のドローンに脆弱になります。



 アルメニアが武器や装備の提供についてほぼ唯一ロシアの気前の良さだけに頼っていた時代に、彼らが中国製MRLの購入を決定したということは、なおさら驚くべきことかもしれません。

 ロシア軍のストックから「BM-30」MRLをアルメニアに供給することについて、アゼルバイジャンとの現状に挑む可能性があることから望ましいことではないと異議を唱えることはできましたが、(アルメニアが「WM-80」などで近代化を進めていた)同じ10年の間、ロシアは彼らに「スカッド」弾道ミサイルシステムを提供することに何の不安もありませんでした。

 ただし、 1990年代後半までにロシア軍からすでに退役した「スカッド」とは異なり、「BM-30」は当時のアルメニアで不足していた外貨で購入する必要があったというのが説得力があるように思われます(注:アルメニアに十分な外貨があればロシアは「BM-30」を販売していた可能性があるということ)。

 MRLに関してより多くの輸出契約を受けることを熱望していた中国は、アルメニアに「WM-80」に関して有利な価格を提示した可能性があります。アルメニア側の資金不足については、導入した「WM-80」の数が少なく、発射機と専用の再装填車を各4台だけしか調達しなかったことからも説明できます。

 追加の支援車両は受け取らなかったため、アルメニアは指揮・参謀用車両として単にソ連製のGAZ-66やZiL-131トラックを使用することを選択しました。

 そもそも、「WM-80」中隊の必要最低限的な特質がアルメニアをこのシステムに惹きつけた可能性があります。当時としては素晴らしい戦力を大幅に削減されたコストで入手することができたからでしょう。

       

 おそらくは軍事機密の理由で、アルメニアで「WM-80」が初公開されたのは2006年に首都エレバンで実施された独立15周年記念の軍事パレードの際であり、それ以来、このMRLは同国の主要な軍事パレードに引き続き参加しています。

 注目すべきものとして、それらには2012年に実際されたナゴルノ・カラバフのステパナケルトにおけるパレードも含まれていることです。[2]

 ここでの「WM-80」の登場が、少なくとも2台の発射機が(実際にはアルメニア軍と不可分の存在である)アルツァフの軍隊に就役したと信じるに至った人を生じさせたかもしれませんが、これらは実際にはアルメニアのシステムであり、この軍事パレードのためにステパナケルトに持ち込まれたものにすぎません。



 「WM-80」は、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争以前の戦闘で投入されたとは考えられていません。アゼルバイジャンとの砲撃戦や中規模な武力衝突から全面戦争にエスカレートしてしまうのではないかという懸念が、そのような重火器の使用を妨げた可能性があります(注:「WM-80」を使用した場合は当然ながらアゼルバイジャンによる「BM-30」の使用を誘発し、戦闘がより激化する可能性があったため)。

 しかし、2020年9月に無人機戦や精密誘導弾で引き起こされたアゼルバイジャン軍の襲来を阻止するためにアルメニア軍が緊急出撃すると、「WM-80」はすぐに紛争地域の近くに移動させられました。

 この戦争でアルメニアの軍用装備はアゼルバイジャンの猛攻撃から免れられず、2台の「WM-80(及び/又はその再装填車)」が配備地に向かう途中で徘徊兵器によって破壊されたと考えられています。[3]

 (公開された)情報が不足しているにもかかわらず、2020年の戦争におけるこのMRLシステムが戦闘で使用されたかどうかについて、ある情報筋は以下のように主張しています...

''中国製の「WM-80」MLRS - カラバフの戦いにおけるアルメニアの最も失敗した兵器:これらのMLRSを使用した事実は1つしか知られていませんが、ミサイルはよく言われるように野原に落ちて、散布された(クラスター弾の)子弾は機能しませんでした。どうも保存期間(使用期限)が切れたことが影響しているらしいです。'' [4]

 それらの主張はどれもが現実に基づいた根拠があるのかが不明であり、確認するための裏付けとなる証拠もないため、疑ってかかる必要があります。

発射態勢にある「WM-80」。背景の岩石に対する迷彩パターンの効果にも要注目。

 少なくとも2台の発射機(及び/又は再装填車)が破壊されたことが確認されているため、アルメニアの「WM-80」部隊が昨年の戦争で打撃を受けたことは間違いありません。

 この戦争での彼らの戦闘効率は不明のままですが、戦時状態におけるこのシステムの運用で得られた経験が、21世紀の戦いのためのさらなる要求を生み出したことはほぼ間違いないでしょう。これには誘導型のMRLも含まれることが十分に考えられ、仮にこれを対砲兵レーダーや「WM-80」のような長距離MRLシステムと組み合わせた際には、敵の砲兵や陣地に壊滅的な打撃を与える可能性があります。

 「WM-80」の性能が実際に乏しかったのであれば、(計4台の)喪失したものと残存したものを置き換えるために、追加の「BM-30」が調達されるかもしれません。

 戦争遂行努力へのささやかな貢献にもかかわらず、アルメニアの「WM-80」は、それでも大陸でこれまでに使用された数少ない現代的な中国製兵器システムの1つとして、21世紀におけるヨーロッパでの戦いの興味深い一連の出来事を提示しています。



[1] РСЗО WM-80 Армянской Армии/Armenian Army. MLRS WM-80 https://youtu.be/7U5SzHleSAg
[2] Военный парад в Карабахе. Զորահանդես ԼՂՀ 09.05.2012 FULL https://youtu.be/kBpWDNr0_jU?t=4237
[3] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[4] Chinese WM-80 MLRS – Armenia's most failed weapon in the battle for Karabakh https://vpk.name/en/465776_chinese-wm-80-mlrs-armenias-most-failed-weapon-in-the-battle-for-karabakh.html
  事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しが異なっている箇所がありま  
    す。

2022年11月8日火曜日

創意工夫とDIYでの戦い:アルメニアの「N-2」多連装ロケット砲



著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)

 アルメニアでは自国の現代史を通して、比較的少ないコストで新たな戦闘能力を軍隊に提供するべく独自兵器の設計が頻繁に考案されてきました。そのプロジェクトの1つである、塹壕内で使用するために設計されたリモート・ウエポン・システムについては、すでに当ブログで取り上げられています。

 もう1つの比較的あまり知られていないプロジェクトとして、12門の「RPG-7」対戦車擲弾発射器を牽引車やトラックに搭載した短射程のサーモバリック弾発射型多連装ロケット砲(MRL)があります。リモート・ウエポン・システムと同様に、このMRLもナゴルノ・カラバフ周辺のアゼルバイジャン軍との塹壕戦を念頭に置いて設計された可能性があります。

 「N-2」として知られるこのMRLは、おそらく1990年代から2000年代のどこかの時点で「Garni-ler・アームズ・カンパニー」によって設計・製造されました。[1]

 この発射機には12発の「TBG-7V」サーモバリック弾(またはアルメニアのコピー品である「TB-1」)を使用しますが、理論上は通常の「RPG-7」から発射できる弾頭であれば、どれでも使用可能です。12発の弾頭は、一度に単発か数発が遠隔操作で発射されます。ただし、「TB-1/BG-7V」の有効射程距離が短いため(数百メートルから1キロメートルと推定)、このシステムを有効に活用できる状況は比較的少ないと思われます。

 敵の陣地を狙うためには「N-2」を危険なほど近くに配置させる必要があるため、このシステムを防衛目的以外で適切に使用することは困難です。特に思い浮かぶシナリオの1つとしては、味方の陣地を敵の歩兵から防御する際での使用があります。敵兵に「N-2」の12発のサーモバリック弾頭を使えば、相当な効果を発揮するに違いありません。



 時々「N-2」MRLがアルメニア陸軍の装備リストに入ったと推測されることがありますが、これは2011年のアルメニアの独立記念日の軍事パレードに登場したことに由来しているようです。[2]

 (実際の運用を含めて)再び姿を見ることがなかったため、「N-2」がパレードに登場したのは一度限りの宣伝目的での使用にあったと思われます。実際、パレードに登場した4門のシステムは「N-2」の全生産量に相当する可能性すらあります。

 このシステムは安価で軽量なMRLとしてある程度の見込みがあるものの、問題はより正確に使用できる12門の「RPG-7」発射機と同量の弾頭を犠牲にすることが、「N-2」の控えめな接近阻止・領域拒否能力に値するかどうかです。



 「N-2」の性能は、どうやらアルメニア軍に大量生産を開始するには不十分なものと見なされたようです。

 とは言うものの、「N-2」はアルメニアの防衛部門に創造力が欠けているわけではないということを思い出させてくれます。らにある程度の財源が与えられるならば、「N-2」をベースにしたシステムが低レベルでの火力を増強する費用対効果の高い手段をもたらすかもしれません。



[1] Light multiple grenade launcher developed in Armenia http://articles.janes.com/articles/Janes-Missiles-And-Rockets-2010/Light-multiple-grenade-launcher-developed-in-Armenia.html
[2] Independence Day. Armenia. Parade on September 21 https://youtu.be/ggGo-BzNBEw

 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所
 があります。




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2022年10月21日金曜日

私をねらって:アルメニアのSAM型デコイ


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 アルメニアとアゼルバイジャンとの間で繰り広げられた2020年のナゴルノ・カラバフ戦争から得られる教訓があるとすれば、それは安価ながら非常に効果的な無人戦闘航空機(UCAV)の驚異的な効率性と、それらによってもたらされる猛攻撃を阻止するはずだった、新旧にわたる幅広い種類の防空システムの失敗を中心に展開されるに違いありません。

 アルメニアは差し迫った敗北を受け入れようとしなかったことで犠牲の大きい44日間の消耗戦を強いられ、約250台の戦車や(より悲劇的なことに)その多くがまだ10代後半から20代前半だった約5,000人の兵士と予備役兵を含む甚大な損失を受けました。[1]

 それでも、アルメニアの軍隊は無人機が主導する戦争の時代における自らの弱点を痛感することだけは見通していたはずであり、使用できる限られた資金でその改善を試みたことは確かです。

 これは主に、UAVの運用を何らかの形で妨害するためのロシア製電子戦(EW)システム、ハンターキラー・システムとして機能する可能性がある「トール-M2KM」 SAMの導入と、老朽化にもかかわらずアルメニア軍がナゴルノ・カラバフの広い範囲をカバーすることを可能にした、ヨルダンから入手した35台の「9K33 "オーサ-AK"」に現れています。

 しかし、アルメニアが痛い目に遭ったことが知られたように、前述のシステムは「バイラクタルTB2」や徘徊兵器が次々と自身を狙い撃ち始めた様子を、苦痛の中で待つ以外にほとんど何もすることができませんでした。

 アルメニアで使用された別の対UAV戦法としては、攻撃してきたドローンをおびき寄せてデコイを狙わせるために本物のSAMの近くにデコイのSAMを配置し、避けられない破壊から本物を守るというものがありました。

 1999年のNATOによるユーゴスラビア空爆の際には、この「Maskirovka」戦術は非常に効果的でしたが、2020年のナゴルノ・カラバフでアルメニアによって展開された数は、運用中のSAMシステムを標的にすることからアゼルバイジャン軍の注意をそらし、戦争の行方に実際に影響を与えるにはあまりにも少ないものでした。

 それでも、実際に使用されたデコイは詳細な迷彩パターンさえも施されており、SAMシステムの写実的な再現で優れていました。

                     

 「9K33 "オーサ"(NATO側呼称:SA-8 "ゲッコー")」はアルメニア軍(さらに言うと事実上アルメニア軍の一部であるアルツァフ国防軍)で最も多く保有しているSAMシステムだったため、アルメニアのデコイの大部分がこのSAMをベースにしたことは何ら驚くべきものではありません。

 「9K33」のデコイはアゼルバイジャンのドローンオペレーターを騙して攻撃させることに成功した事実が確認されている唯一のデコイでもあります。この事例は2020年9月30日に、当時まだアルメニアが支配していたナゴルノ・カラバフの小さな村である(アルメニアではNor Karmiravanと呼ばれている)Papravəndの近くにある「9K33」の拠点で発生しました。[2]

 本物の9K33とほとんど識別できないレベルだったため、(運用システムの展開を模すために)護岸に配置された2つのデコイは、イスラエル製徘徊兵器:IAI「ハロップ」による攻撃を受けて完全に破壊されました。

 ただし、アルメニアにとって不幸なことに、拠点の周辺に配置されていた本物の運用システムの方も同じ運命を辿ってしまいました。これらは「9T217」ミサイル輸送車と一緒に、TB2とハロップによって即座に全滅させられてしまったのです

 この戦争でアルメニアは3台(うち2台が破壊、1台が鹵獲)の「9T217」ミサイル輸送車に加えて、少なくとも18台(うち16台が破壊、2台が鹵獲)の「9K33」システムを失ってしまいました。[1]




 興味深いことに、製造されたことが知られている僅かな「トール-M2KM」のデコイの場合、手の込んだ迷彩パターンは本当にデコイとしての本性を示していました。なぜならば、アルメニアの本物の「トール」システムは2019年に同国に到着した後、いかなる迷彩塗装も施されなかったからです。さらに、デコイは単にコンテナベースの発射システムだけであり、それを搭載しているはずのトラックは作られていませんでした。

 とはいえ、アゼルバイジャンのドローン操縦員が、追跡して無力化しなければならないSAMシステムの大きさや形状をどの程度把握していたかは不明であり、あまりにも熱心な彼らが「トール-M2KM」のデコイを本物と容易に間違えた可能性はあります(注:実際にこのデコイが破壊されたのかは不明です)。

 44日間の戦争中に破壊されたことが確認されている「トール-M2KM」は1基のみですが、これはアルメニア軍によって配備された数自体が少なかった可能性があるためで、必ずしもデコイが本物を守ったというわけではありません。[1]

左:2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で運用されたアルメニア軍の「トール-M2KM」
右:アルメニア軍によって施された軍用車用の一般的な迷彩パターンが特徴の精巧な「トール-M2KM」のデコイ

 僅かな数のデコイはナゴルノ・カラバフの戦略的な場所の各地に配置されるのではなく、それぞれが稼働中の9K33や「トール-M2KM」システムを装って既存のSAM部隊の拠点に配置されました。

 結果的として、この配置は本物の9K33「オーサ」の寿命を数分延ばすのに役立ったかもしれません。しかし、アゼルバイジャン軍に貴重な時間とリソースを費やして、近くにある本物のSAMの迎撃圏内を飛行しながら「システム」を追跡して掃討することを余儀なくさせるために、アルメニアがデコイをナゴルノ・カラバフ全域に独立した「システム」として配置した方が良かったことはほぼ間違いありません。

 もちろん、デコイの存在はTB2が「9K33」の拠点(あるいはその他のアルメニアのSAMサイト)の上空を旋回できたことに何の支障も与えることはできませんでした。下にある本物のSAMでさえレーダーの電源をオンにした状態で7~8発のミサイルを搭載していたものの、TB2の存在に気づかなかったからです。

 これは、TB2が撃墜される危険に直面することなく、全ての目標が破壊されるまでSAMシステム(とデコイ)を攻撃し続けることができることを意味しており、無人機主導の戦争の時代における9K33の陳腐化を再び痛感させました。



 アルメニアのデコイは戦争の行方を左右するにはあまりにも少ない数しか配備されていなかったかもしれませんが、敵味方の双方がそれの有効性を研究し、発生する可能性がある将来の戦争に教訓を活用することは間違いないでしょう。

 現代の電子光学装置は(航空戦を含む)戦いの手法を変えたかもしれませんが、デコイも同時に変化し続けています。新たな紛争では、敵からの識別をさらに困難にするため、例えば赤外線(熱)シグネチャー発生装置などを装備したより多くの数のデコイが配備される可能性があります。

 アゼルバイジャンは今やデコイの存在に気づいたため、例えば、SAM陣地の衛星画像を研究したり、ドローンの操縦員にデコイと本物のシステムを識別する訓練をしたりするなどして、事前にそれらを識別する方法を模索するでしょう。

 とはいえ、TB2用の「MAM-L」誘導爆弾の価格は比較的安いため、大量のデコイを配備することで、(見込まれる)将来の紛争に本当に大きな影響を与えることができるのかという疑問が生じます。

 「バイラクタル・アクンジュ」TAI「アクスングル」といったUCAVはそれぞれ24発と12発の「MAM-L」を搭載することが可能であり、この数はいくらかのSAMサイトをレーダーやデコイと一緒に破壊するのに十分なものです。

 アルメニアや同等の脅威に直面している世界中の国々がTB2のようなドローンにうまく対抗できる手段を不足させている限り、デコイを大量に配備したとしても、敵側に弾薬を買い込ませるだけで少しも効果をもたらさないでしょう。

 アゼルバイジャンのような国にとっては、まさにそのような行為を阻害するものはほとんどなく、効果的なデコイのコストや両国が利用できるアセットの格差を考慮すると、破壊されたデコイは結果的にアゼルバイジャン側の純然たる戦果となるかもしれません。

 もちろん、彼らが破壊を免れたとしたら、戦いの結果に関係なく自身の任務は失敗に終わったということでしょう:それがデコイの一生涯を懸けた役割だからです。


[1] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[2] https://twitter.com/azyakancokkacan/status/1340051552774598657

※  当記事は2021年4月28日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したもの 
 です。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

2022年9月27日火曜日

エレバンの騎士たち:アルメニアの「Su-30SM "フランカー"」


著:ステイン・ミッツアー (編訳:Tarao Goo

 ナゴルノ・カラバフをめぐる未解決の紛争がここ最近に激化した中で、「Su-30SM」は2020年の戦争における空中戦で注目すべき未登場の存在だったことは記憶に新しいと思います。

 2019年にアルメニアのニコル・パシニャン首相によって「今年で最も重要な買い物」と歓迎されたことから、多くの人は「Su-30」が「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機に立ち向かったり、アゼルバイジャン機がアルメニア兵に死傷をもたらす兵装を放つことを抑止するために武力衝突に投入されるだろうと予想しました。[1]

 しかし、数日・数週間と過ぎるにつれ、「Su-30」が意図的に戦闘に巻き込まれないようにされていることが次第に明らかになり、この新型機はいつしか 「白い象(無用の長物)」という不名誉な地位を得るまでになってしまいました。

 当記事では、「Su-30」が戦争に投入されなかった理由の根拠を提示すると共に、同機を導入するというアルメニアの決定とその理由を考察します。

 アルメニアの「Su-30」導入について詳しい説明をする前に、アルメニア空軍の歴史とその少ない航空戦力がどのようにして得られたのかを知っておくべきでしょう。

 アゼルバイジャンと同様に、アルメニアは1991年のソ連が解体された際に航空機やヘリコプターを(ソ連軍から)ほとんど受け継ぎませんでした。しかし、アゼルバイジャンが石油とガス産業のおかげで強力な航空戦力を構築できた一方で、アルメニアはロシアの寛大さと海外から安価に戦闘機を入手できる稀な機会に大きく依存していました。これについては、1992年と1993年にロシアから8機の「Su-25」が、さらに2004年にはスロバキアから10機の「Su-25」が納入されたことで実証されています。

 とはいえ、「Su-25」は効果的な対地攻撃機である一方で高速ジェット機の迎撃には全く役立ちません。そこで、アルメニアは高価な戦闘機自体を調達するという費用のかかるプロセスを踏むのではなく、その代わりとしてロシアに自国上空をカバーする迎撃戦力を提供するよう交渉を開始したのです。

 1996年にロシアと締結された協定の結果としてアルメニアは自国の防空を実質的にロシアにアウトソーシングすることになり、ロシア軍はアルメニアの首都エレバン郊外に約20機の「MiG-29」戦闘機と「S-300V」地対空ミサイル(SAM)システムを配備することになりました。

 双方の合意によってロシア軍のエアカバーの適用範囲からナゴルノ・カラバフ上空は除外されたものの、それはアゼルバイジャン領空の奥深くまでカバーするアルメニアの地対空ミサイル(SAM)基地の広大なネットワークによって埋め合わせることになりました。

首都エレバンにあるエレブニ空軍基地から離陸するロシア軍の「MiG-29」

 ところが、2000年代後半から2010年代初頭にかけて両国の軍事力の差が急激に拡がり始めると、エレバンはアゼルバイジャンと対等に渡り合うための方法を模索し始めたのです。

 この手法は、アルメニアが通常は極めて低価格で入手可能な中古兵器を購入するために他国(旧ソ連諸国)を探し回るという従来の軍備調達戦略とは若干異なるものでした。こうした買収劇の大半はアルメニア軍に斬新な戦力をもたらすことは少しもありませんでしたが、結果的に自国のGDPの範囲を大幅に超える常備軍を維持することを可能にしました。
 
 ただし、アルメニアは(例えば長距離対戦車ミサイル(ATGM)、誘導式ロケット弾、偵察用UAV、徘徊兵器の導入を通じて)ナゴルノ・カラバフに構築された広大な塹壕網という安全が確保された場所の後方からアゼルバイジャンを凌駕する機会を見出すのではなく、ロシアから数十機もの「Su30」多用途戦闘機を調達してこの地域における軍事バランスの(少なくとも机上では)劇的な変化を追い求めたようです。

 興味深いことに、アルメニア国防省からの財政支援が不足したことによってアルメニアの企業が数種類のUAVや徘徊兵器の開発を進めるのに苦労していた時期に、この高額な買収劇が展開されました。
 
 隣のアゼルバイジャンは石油やガスの生産で得た利益を軍備の調達に活用することができることを考えると、アルメニアが主要な兵器システムを導入して軍事バランスを変えようとすることはそもそも実現不可能な夢物語だったと言えるのは誰の目から見ても明らかでしょう。

 したがって、アルメニアは僅かな資金で戦争で全く期待に応えることがなかった戦力を導入しただけでなく、最初から負けることが決まっていたアゼルバイジャンとの軍拡競争に陥ることを辛うじて避けたということになります(注:アルメニアは「Su-30」を調達したおかげで別の兵器の調達がほとんどできなかったのです)。
 
 実際、アゼルバイジャンはアルメニアのように「Su-30」などの最新の多用途戦闘機を導入するのではなく、トルコと共同で「Su-25」対地攻撃機の近代化を推し進めました。この近代化で最も特筆すべきものは、「Su-25」が「HGK」 GPS誘導爆弾、「QFAB-250」レーザー誘導爆弾、275km以上の射程距離を有する「SOM」巡航ミサイルといったトルコやアゼルバイジャン製の誘導兵器を運用できるように改修されたことでしょう。

 また、機体の生存率をベラルーシ製の「タリスマン」ECMポッドを搭載可能とすることで向上させました。この「タリスマン」は、44日間にわたって繰り広げられたナゴルノ・カラバフ戦争でアルメニア軍のSAMによる被弾から数機の「Su-25」を救ったと考えられています。


導入検討時期などの注目点

 アルメニアが「Su-30」に対する関心を抱いた時期については、伝えられるところによると2010年から2012年の間にさかのぼります。この時期に少なくとも12機の導入が計画されたものの、高価な戦闘機を購入する財政的な余裕がないために後に延期されたとのことです。[2] [3] 

 ただし、アルメニアの「Su-30」に対する関心が依然として強いものであったことは確かだったようで、ニコル・パシニャンが最初の4機の導入を最終決定できたのは2018年のアルメニア革命によってもたらされた政権交代の後のことでした。

 その後の2019年12月27日になって、待望の「Su-30」1号機がようやくアルメニアに到着しました。[4]

 他国がロシア製戦闘機に支払わなければならない価格と比較して、アルメニアが「Su-30SM」を大幅に安い価格で購入することを許可されたというのは本当である可能性が高いと思われます。おそらくはロシア空軍の調達価格に近い値段だったのでしょう。

 また、「Su-30SM」は1991年の独立後にアルメニアが導入した最初の真新しい兵器システムの1つであるという注目すべき特徴も持っていました。この偉業はパシニャンにも高く評価され、「アルメニア政府は80年代の兵器(に依存している)という恥ずべき(歴史の)ページを閉じた」と主張するまでに至ったのです。[5] 

 同時期にこの国がヨルダンから1970年代の「9K33 "オーサ" 」短距離SAMシステム32台を購入した件については、話を進める便宜上忘れておくことにします。[6][7]


「Su-30SM」 - パシニャン肝いりのプロジェクト

 パシニャン首相が「Su-30SM」の導入プロセスに密接に関わっていたことは確実であり、この新型機が自国に到着した後は導入した意義を説明することに多大な注意を払いました。

 ニコル・パシニャンは2018年6月17日にロシア空軍の「Su-30」のコックピットに座っている自撮りの写真を投稿し、「Su-30SM」の導入に国家が関心を持っていることをアルメニアの当局者として最初に国民に知らせた人物でもあります。[8]

 2019年12月に新型機が到着した後、彼は、「本日は最新式の『Su-30』多用途戦闘機がアルメニアに到着した非常に重要な日であり、これは今年における私たちの重要な功績です。つまり、(発注した)第1陣の機体が到着しつつあることであり、この成果はアルメニア共和国と国民の安全保障にとって極めて重要なものなのです。」と延べ、さらにこの新型機の導入を「アルメニアの安全保証にとっての転換点となる。」とまで言及しました。 [9] [10] [11]

 同時に、アルメニアのダヴィト・トノヤン国防相もエレバンが今後数年間でさらに8機の「Su-30SM」を調達する計画を立てたことを認め、次回の納入予定時期を尋ねられた際に「近いうちに」と答えています。[4]

アルメニアに到着したばかりの「Su-30SM」

 4機の「Su-30SM」がアルメニアに到着してからの数か月間、パシニャンは定期的に新型機の最新状況を伝えており、「Su-30」がアルメニアの安全保障にとっていかに重要なアセットであるか考えられていることを強く示しています。

 おそらくさらに重要な点として、このメッセージはアルメニア国民に国境に対するいかなる脅威にも対抗する準備ができているということで安心させることに役立ち、同時にアゼルバイジャンに対する抑止力としても機能するものだったと考えられます。

 「昨日、私たちの『Su-30SM』ジェット機は戦術ミサイルによる最初の訓練を実施して、攻勢任務用の空対地ミサイルをテストしました。全ての目標は高い精度で命中を受けました(2020年07月3日)」[12]。

 「『Su-30』はRA(アルメニア共和国)の領空の不可侵性を確保するために戦闘任務に就きます。(2020年07月15日)」[13]。

 もちろん、首相は数ヵ月後(アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフと周辺7地区の奪還を目指した「アイアン・フィスト作戦」を発動したとき)にこの発言の真偽が試されることになるとは思ってもいなかったでしょう。


ミサイル・サーガ

 パシニャンの発言は過度に大掛かりなものであり、「Su-30」のパイロットたちは2020年の戦争において実戦に投入できるような適切な訓練をまだ受けていなかったことが早々に明らかとなりました。

 この事実を認めることに何の問題もないように見受けられますが、アルメニア空軍がなぜ「Su-30SM」を戦闘に投入しなかったのかという痛烈な批判を受けた際に、パシニャンは上記の事実を回答せずにナゴルノ・カラバフ戦争勃発前にアルメニアがこの新型機用のミサイルを調達できていなかったからだと主張したのです。[14]
 
 この発言が、「昨日、私たちの『Su-30SM』ジェット機は戦術ミサイルによる最初の訓練を実施して、攻勢任務用の空対地ミサイルをテストしました。全ての目標は高い精度で命中を受けました」という2020年7月に出した彼自身による声明と大きく矛盾していることは言うまでもありません。[12]

 確かに「Su-30SM」は演習で空対地兵器を発射しましたが、彼の声明にあった「空対地ミサイル」は実際には80mm無誘導ロケット弾だったのです。[15]

 無誘導ロケット弾を誤ってミサイルと呼んだことで、パシニャンはアルメニアが実際に空対地ミサイルを導入したかのような誤ったナラティブを生み出してしまったわけです。

 仮にアルメニアが無誘導ロケット弾で武装した「Su-30」を投入していたら、ほぼ確実に全機が低空飛行で攻撃態勢に入る際にアゼルバイジャンのSAMシステムによって撃墜されていたでしょう。

 自らの主張に対する批判に対し、パシニャンは演習で使用されたミサイル(つまり無誘導ロケット弾を装填したポッド)について、戦争前からアルメニア空軍の兵器庫にあったものだと述べました。[14] 

 ところが、パシニャンにとって不幸なことに彼の発言に対する国民の反発が再燃してしまいました。というのも、彼の発言の直後に新たにリリースされた写真や衛星画像に、2020年10月時点のギュムリ空軍基地で「R-27R」と「R-73」空対空ミサイル(AAM)でフル装備をした1機の「Su-30SM」が写っていたからです。[16] [17]

 アルメニアは「Su-30SM」の導入以前にこのAAMを搭載できる機体を保有していなかったことから、結論として空軍はナゴルノ・カラバフ戦争勃発前に「Su-30SM」用のミサイルを実際に入手していたことが判明しました

ギュムリ空軍基地で撮影された1機の「Su-30SM」は、「R-27R」と「R-73」空対空ミサイルでフル装備の状態となっている(2020年10月初頭)

非現実的な期待

 上述の「Su-30SM」のミサイルに関する問題はパシニャン首相の評判をさらに悪くする影響をもたらしました。そして、この件でパシニャンによる軍備調達を紹介した手法に決定的な弱点があることも明らかとなりました。

 アルメニア軍の装備は大部分が旧式のため、真新しい兵器の導入には多くの国民の関心が向けられました(少なからずニコル・パシニャン自身はそうだったようです)。このような過剰とも言える注目は新兵器の実際の性能を誇張させ、国民に非現実的な希望を抱かせることになります。

 「Su-30」が決して期待に応えることが不可能なレベルまでに性能が誇大宣伝され始めてしまったため、万が一に1機でも撃墜されたならばその衝撃は計り知れないほど大きいものとなるでしょう。

 もしアルメニアが4機の「Su-30SM」をアゼルバイジャンの「MiG-29」飛行隊を迎え撃つべく投入させたならば、数的に優位な敵に直面して敗北を喫した可能性が高いと思われます。この結果は、前線で戦うアルメニア軍兵士や国民の士気に多大な影響を与える恐れがあったに違いありません。 


 2020年初頭に実戦配備に就いた後、「Su-30SM」はアルメニア北部に位置し、この国における全ジェット機の運用拠点として機能しているギュムリ空軍基地に配備されました。

 アルメニアの国土が狭いため、ギュムリはアゼルバイジャンの弾道ミサイルやその他の精密誘導兵器の射程圏内に入っています。

 2020年まで、この空軍基地では僅かな数の土塁が唯一の防御設備でした。つまり、たった数発の誘導ロケット弾や当たり所が良ければ1発の(イスラエルの「LORA」といった)弾道ミサイルで、数機を除くアルメニアの作戦機を一撃で壊滅させることが可能だったということです。

 ただし、「Su-30」の到着を見越して新しい駐機場が敷設されたり、「Su-25」と「L-39」が使用する駐機場に隣接して4つのシェルターも建てられるなど整備が進められました。

 別の配備先としては、「Su-30」をロシアが管理するエレバンのエレブニ空軍基地も考えられます。実際、この手法は2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でアルメニアが「Su-25」を同基地に配備したことで現実的なものと証明されました(注:実際に「Su-30SM」が一時的に配備されたことがあります)。[18] 

ギュムリ空軍基地を撮影した衛星画像は、「Su-30SM」用に新設された駐機場とシェルターをはっきりと映し出している

 いずれにせよ、4機の「Su-30SM」ではアゼルバイジャン軍が有する11機の「MiG-29(9.13規格)」に対してナゴルノ・カラバフ上空を巡る空中戦を展開するには数が不十分であることは間違いないでしょう。しかも、後者のパイロットはトルコ空軍との二国間演習で空対空戦闘に関するあらゆる訓練を受けているのでその確度はより強いものと言えます。

 仮にアルメニアが当初から予定されていた12機の「Su-30」を調達するならば、アゼルバイジャンが遂に(以前からの噂どおり)パキスタンから「JF-17」戦闘機の購入を推し進める可能性もないとは言えません。性能は「Su-30SM」より劣りますが、アゼルバイジャンがこの戦闘機24機と共に視程外射程空対空ミサイル(BVRAAM)を導入すれば、数で優勢となる戦力と化す可能性は高いものとなります。

 最大で12機の「Su-30SM」飛行隊はアルメニアとの国境地帯でトルコ空軍に対する一定の抑止力にもなると言えますが、3機の「E-7T "ピースイーグル"」空中早期警戒管制機(AEW&C)にバックアップされ、「AIM-120」BVRAAMで武装し、熟練したトルコ軍パイロットが飛ばす「F-16」を踏まえると、12機の「Su-30」はその障害にもならないかもしれません。


 最大で12機の「Su-30SM」の導入を通じてアルメニアが実際に何を達成しようと試みていたのかは、おそらくずっと謎に包まれたままとなるでしょう。

 アルメニアはこのまま4機の「Su-30SM」を運用し続けることも可能です。その場合の戦力は限られたものとなりますが、今後数年間は相当規模の投資先となることは避けられません。 あるいは、数億ドルを投じてより多くの同型機を調達し、数十年の運用を見越してさらに多くの資金を武装、訓練、予備部品、燃料の購入に充てる必要に直面するという選択肢もあります。

 また、この新型機をロシアに売却して、それで得た資金をアルメニア軍の他の分野への投資に活用するという究極の選択肢もあることも頭に入れておくべきでしょう。

 こうした選択肢がアルメニアによって実現するまでは、「Su-30SM」は「エレバンの白い象」と呼ばれ続けることになりそうです。


[1] First batch of Russian-made Su-30SM fighters arrives in Armenia https://tass.com/defense/1104253
[2] Russia Plans to Supply Su-30SM Fighters to Armenia https://asbarez.com/172881/russia-plans-to-supply-su-30sm-fighters-to-armenia/
[3] Quantity of weapons acquired in 2019 and conditions of acquisition https://uic.am/en/10055
[4] Russian Warplanes Delivered To Armenia https://www.azatutyun.am/a/30347723.html
[5] “Shameful chapter of 80’s weapons” is over, Pashinyan lauds Armenia’s modern military arsenal https://armenpress.am/eng/news/1002635/eng/
[6] Jordan to sell Osa SAMs https://web.archive.org/web/20171104074342/http://www.janes.com/article/75246/jordan-to-sell-osa-sams
[7] Armenia Shows Off New Osa-AK Air Defense Missiles https://militaryleak.com/2020/01/06/armenia-shows-off-new-osa-ak-air-defense-missiles/
[8] Russia to Boost Armenian Military, Fighter Jets Approved https://armenianweekly.com/2019/02/05/russia-to-boost-armenian-military-fighter-jets-approved/
[9] RA Armed Forces equipped with Su-30 SM multifunctional fighters https://www.primeminister.am/en/press-release/item/2019/12/27/SU-30-SM/
[10] Armenian Military To Get More Russian Warplanes https://www.azatutyun.am/a/30402222.html
[11] Armenia in talks to purchase new batch of SU-30SM fighters https://en.armradio.am/2020/08/30/armenia-in-talks-to-purchase-new-batch-of-su-30sm-fighters/
[12] Armenia’s SU-30 SM jets conducts 1st training with combat missiles https://armenpress.am/eng/news/1020565.html
[13] SU-30SM fighter jets go on combat duty in Armenia to ensure inviolability of air borders https://armenpress.am/eng/news/1021825/
[14] Armenian PM Denies Contradictions In Comments About Fighter Jets Purchased From Russia https://www.rferl.org/a/armenia-pashinian-russian-fighter-jets-su-30sm-missiles/31168638.html
[15] https://i.postimg.cc/rwqDWvSQ/image.jpg
[16] https://twitter.com/ASBMilitary/status/1375600974480441350
[17] Հայկական Սու-30ՍՄ-երի նկարներում երևում են հրթիռներ, որոնք, ըստ Փաշինյանի, Հայաստանը չէր հասցրել գնել https://media.am/hy/verified/2021/03/29/26953/
[18] https://twitter.com/oryxspioenkop/status/1324393384103075846

※  当記事は、2021年8月28日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したも
  のです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所が

2022年9月14日水曜日

再び燃え上がる戦火:2022年アルメニア・アゼルバイジャン国境戦争で両軍が喪失した装備(一覧)


著:ステイン・ミッツァー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 (中央ヨーロッパ時間の)2022年9月12日にアルメニアとアゼルバイジャン間の紛争が再び勃発しました。双方が砲撃を行った結果、これまでに双方で100人以上もの兵士が死亡しています。

 アゼルバイジャン軍は国境にアルメニア軍の地雷が敷設されたと非難した後に攻撃をしたとする一方で、アルメニア軍はアゼルバイジャンによる大規模な挑発行為の一環として国境にある複数の町が砲撃されたと発表しました(注:情勢を踏まえるとアゼルバイジャン側が事前に大規模な攻撃準備をしていたと判断して差し支えないでしょう)。

 アゼルバイジャン側はアルメニア軍の陣地を攻撃するために「バイラクタルTB2」無人戦闘航空機(UCAV)を活用し、これまでに「ハロップ」などの徘徊兵器と共に2つの「S-300PS」地対空ミサイル(SAM)部隊の関連装備を含む多数の兵器や装備類を破壊しています。

  1. 当記事は、2022年9月14日に当ブログのオリジナル(本国版)である「Oryx-Blog(英語)」で公開された記事を翻訳したものです(翻訳者は一覧の精査には関与していません)。
  2. 2022年9月12日から続くアゼルバイジャンによるアルメニアへの攻撃で勃発した戦闘で撃破されたり、鹵獲された両陣営の兵器類の詳細な一覧を以下で見ることができます。
  3. この一覧は、写真や映像によって証明可能な撃破または鹵獲された車両や装備だけを掲載しています。したがって、実際に失われた兵器類は、ここに記録されている数よりも多いことは間違いないでしょう。
  4. 建物や陣地などの軍用施設の損失はこの一覧には含まれません。
  5. この一覧は、各種情報を精査して確実と判断したものだけを掲載しています。したがって、後で誤りや重複が判明したものは適宜修正されます。
  6. 各兵器類の名称に続く数字をクリックすると、破壊や鹵獲された当該兵器類の画像を見ることができます。
  7. この一覧については、資料として使用可能な映像や動画等が追加され次第、更新されます。
  8. 当一覧の最終更新日:9月15日午後2時15分(本国版は9月15日午前6時27分ころ


アルメニア側の損失 (21, このうち撃破:20, 鹵獲:1)


牽引砲 (4, このうち撃破: 4)


地対空ミサイルシステム (4, このうち撃破: 4)


レーダー (3, このうち撃破: 3)


トラック等の非装甲戦闘車両 (10, このうち撃破: 9, 鹵獲:1)


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