2022年11月1日火曜日

マーケットリーダーとなるか:トルコの国産無人水上艇(USV)



 多くの軍事アナリストはトルコがドローン大国として台頭し、世界初の量産型多目的UCAVを開発したことも把握していますが、無人艇(USV)の分野におけるトルコの取り組みについては決して十分に知られていません。[1]

  2021年には、「アレス」造船所の「ULAQ(ウラク)」シリーズ、「セフィネ」造船所「NB57/RD09」「ディアサン」造船所「USV11/15」という3種類の武装無人水上艇(AUSV)が発表されました。

 これらのUSVやUCAV、多数の無人地上車両(UGV)や自律型水中艇(AUV)のおかげで、トルコは無人兵器システムのマーケットリーダーになりつつあります。

 すでにいくつかの国では、掃海や港湾防衛任務のためにUSVや攻撃型無人艇(AUSV)を導入しているため、この分野における商業的な可能性については今後も増えていくでしょう。

 ロケット弾、魚雷、そしてミサイルを搭載したAUSVの導入を通じて、トルコはUSVの能力を大幅に引き上げようと試みています。これらのAUSVの武装には、射程約8kmの対戦車ミサイル(ATGM)だけでなく、射程220km以上を誇る「アトマジャ」対艦ミサイル(ASM)さえもが含まれています。

 これらの多目的AUSVが大量にエーゲ海に導入された場合、ギリシャ海軍が質と量の差を和らげることは到底考えられないレベルまでに海軍力のバランスが著しく変化する可能性を完全に否定することはできません。

 潜在的な用途の幅広さは、現時点で有人艦艇が遂行している任務の多くをUSVに引き受けさせることを可能にします。そのため、対水上戦(AsuW)用や掃海用USVに加えて、トルコの造船所は対潜水艦(ASW)、情報・監視・偵察(ISR)、電子戦、さらには消火活動用のUSVも設計しています。

 また、「アセルサン」社は自律操作と群れ(スウォーム)で運用できるUSVも開発しています。[2]

 たった数年以内にこれらのタイプを同時に設計・開発したことによって、トルコはAUSV分野における絶対的なマーケットリーダーとしての地位を得たように思えます。UCAVの商業的成功と同様に、トルコのUSVも輸出市場で成功を収めるための好位置にいるようです。

 ほぼ間違いなく、トルコが戦場で効果的な成果を上げることが可能な無人システムの信頼性と手頃な価格を兼ね備えることに成功した最初の国と断言しても差し支えないでしょう。

 海外の顧客に対する彼らの魅力こそが、まさに輸出面での成功を確実にしてくれるものかもしれません。また、それは最終的にごく僅かな数しか生産されなかった世界各地のUSVが迎えた運命から脱出させてくれる可能性もあります。

 2021年12月には、「アレス」造船所が「ウラク」シリーズAUSVの販売について欧州2か国と交渉の最終段階に入っていることが報じられました。[3]

「ウラク」AUSVは、「L-UMTAS」ATGMを4発、「ジリット」誘導ロケット弾を8発、「スングル」近距離対空ミサイルを4発、またはこれらの組み合わせを搭載できる「ヤルマン」ウェポン・ステーションを装備しています。

 「アレス」造船所と「メテクサン・ディフェンス」社によって開発された「ウラク」AUSVは2021年5月に射撃試験を成功裏に終え、世界初の運用可能なAUSVとなる名誉を獲得しました。 これに続いてASW型「ウラク」の実証試験もまもなく始まる予定です。[4]

 「アレス」造船所は年間50隻の「ウラク」USVを建造するための生産基盤を強化しており、ほかの造船所が建造するUSVの数を合計すると、トルコは年に100隻を超える(A)USVを建造できるようになるでしょう。

 全てのAUSVは前方監視型赤外線装置(FLIR)とレーダーを装備しているため、遠距離の目標を捜索・探知し、約50ノット(約92km/h)の高速で迅速に迎撃することができます。

「アレス」造船所が現時点で売り込んでいるUSV一覧

 「セフィネ」造船所の(以前に「RD09」と「NB57」と命名された)「コンステレーション」級は、世界で最初の多目的AUSVです。

 その多目的性については、1基ずつウェポン・ステーションを搭載できる2つの小型フロート(アウトリガー)を船体を追加して三胴船形態にし、合計で3基のウェポン・ステーションを搭載することによって実現されています(船体に1基、左右のフロートに各1基のウエポン・ステーションがあるということ)。

 「コンステレーション」級の典型的な装備は、25km以上の射程を持つ4本の対潜用324mm「オルカ」短魚雷と、最大で8発の対艦用「ロケットサン」製「ジリット」誘導ロケット弾、そして1基の12.7mmRWSで構成されています。また、ソナーと後部甲板に設置されたソノブイ発射機によって敵の潜水艦を探知することが可能です。

 このAUSVには「マーリン」と呼ばれる電子戦特化型が存在することも特筆うべきでしょう。

「コンステレーション」級で可能な装備の組み合わせ

 「セフィネ」造船所によって設計されたもう1つのAUSVとして「ネビュラ」級があります。同AUSVは船室だけを水面上に露出させて自身をほぼ完全に水中に潜水させるという独特な能力を持ち合わせています。

 武装は船体に格納された複数の魚雷発射管であり、同所から魚雷やASHMを発射することが可能とされています。

 この半潜水型AUSVは、水上で最大28ノット(約58.1km/h)、半潜水の状態で最大8ノット(約14.8km/h)の速度で航行可能とのことです。

 「ディアサン」造船所は、2021年12月に11m級の「USV11」と15m級の「USV15」から成る自社製UAVのラインナップを公開しました。[5]

 同造船所はナイジェリアやトルクメニスタンといった国々への艦艇の輸出でかなりの成功を収めていることから、これらの国がいつかAUSVを手に入れるために同造船所に目を向けることは十分に考えられるでしょう。

 「USV11」は1門の「ヤルマン」ウェポンステーションか12.7mm重機関銃を装着したRWSで武装することが可能で、「USV15」の場合は「ヤルマン」とRWSのどちらも2門を装備可能であり、偵察専用型も存在しています。

「ディアサン」造船所がリリースしたUSVのラインナップ

 最も新しく公開されたUSVは「ヨンジャ・オヌク」造船所によって設計された「サンジャル」級AUSVです。同造船所は、カタール、UAE、エジプトやパキスタンといった輸出先で運用されている「MRTP(Multi Role Tactical Platform)」級哨戒艇で最も知られています。

 「サンジャル」級は、船体後部に4発の「L-UMTAS」対戦車ミサイルか8発の「ジリット」誘導ロケット弾を装備した「ヤルマン」ウェポン・ステーション1基と中央に「STAMP-2」12.7mm RWS1基を装備することが可能とのことです。

「サンジャル」級AUSV

 トルコ製AUSVの小型さは、それらを空輸や陸路で容易に輸送でき、LPD(ドック型輸送揚陸艦)やLHD(強襲揚陸艦)のウェルドックから展開することさえも可能ということを示しています。

 特にトルコにとっては、「アナドル(TCG Anadolu (L-400)」LHDが固定翼UCAVとAUSVの両方を配備した世界初の艦となる可能性があるため、重要なポイントとなっていると思われます。

 また、フリゲートのような別の艦艇からも同様に、艦載クレーンを使いてAUSVを発進・回収することができます。これによってAUSVの航続距離と作戦可能範囲が大幅に拡大されると共に、水上艦がホルムズ海峡などの紛争水域を航行する際にはAUSVという形で自らを護衛する小型艇を搭載することが可能となりました。

 トルコがより大型のUSVを設計する可能性については、水上や水中での無人プラットフォームのマーケット・リーダーになることを固く決意していると思われる国であることを考慮すると、それに取り組むことが想定の範囲内にあることは当然でしょう。


※各USVの名前をクリックすると実物またはイメージ図を見ることができます。

USV - 長距離対水上戦型 (LR-ASUW)
  • 「ウラク ASUW-G/M」 (射程が220km以上ある4発の「アトマジャ」対艦ミサイルと1基の12.7mm RWSを装備)


USV - 対水上戦型 (ASUW)


USV - 対空型(AAW)
  •  「ウラク AAW」 (4発の「スングル」近距離対空ミサイルを装備) [写真・図は未公開]


USV - 対潜型 (ASW)
  • 「ウラク LT」 (1) (射程が25km以上ある2発の「オルカ」324mm魚雷と12個のソノブイを装備)
  • 「ウラク LT」 (2) (射程が25km以上ある2発の「オルカ」324mm魚雷、ソナー、1基の12.7mm RWSを装備)
  • 「ウラク HT」 (射程が50km以上ある1発の「アクヤ」533mm魚雷、2門の「ロケトサン」製対潜ロケット弾発射機と1基の12.7mm RWSを装備)
  • 「ウラク MCMV」 (2門の「ロケトサン」製対潜ロケット弾発射機と1基の12.7mm RWSを装備)
  • 「コンステレーション」級(NB57) (射程が25km以上ある2発の「オルカ」324mm魚雷、1門の「ロケトサン」製対潜ロケット弾発射機、20個のソノブイと1基の12.7mm RWSを装備)

 
USV - 掃海型 (MCM)
  • 「ウラク MCMV」 (1個の遠隔操作無人探査機:ROV、 2門の「ロケトサン」製対潜ロケット弾発射機と1基の12.7mm RWSを装備)


USV - 情報・監視・偵察・/ 電子戦及び妨害 (ISR & EW)


USV - 消火活動・捜索救難型




USV - スウォームUSV


USV - 洋上標的
[1] Arsenal of the Future: The Akıncı And Its Loadout https://www.oryxspioenkop.com/2021/06/arsenal-of-future-aknc-and-its-loadout.html
[2] First Phase of ASELSAN’s Swarm USV Project Albatros-S Completed https://www.overtdefense.com/2021/08/10/first-phase-of-aselsans-swarm-usv-project-albatros-s-completed/
[3] Turkey set to Export ULAQ Armed USV to Europe https://www.navalnews.com/naval-news/2021/12/turkey-set-to-export-ulaq-armed-usv-to-europe/
[4] Turkey’s ULAQ USCV hits the target during Denizkurdu 2021 exercise https://www.navalnews.com/naval-news/2021/05/turkeys-ulaq-uscv-hits-the-target-during-denizkurdu-2021-exercise/
[5] Unmanned Surface Vehicle http://www.dearsan.com/en/products/naval-vessels/unmanned-surface-vehicle

 たものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇
 所があります。 



おすすめの記事

2022年10月29日土曜日

大義に加わり、そしてNATOにも...:フィンランドによるウクライナへの軍事支援(一覧)


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 フィンランドは世界で最も優れた教育システムと(この記事の執筆時点で)最もクールな首相(サナ・マリン)を持つ世界で最も幸せな国としてよく知られており、他国への援助を自慢する必要を感じていません。特に後者は、ウクライナに対するフィンランドの軍事支援の正確な分析を比較的困難なものにしています。

 判明しているのは、フィンランドが2月27日までにすでに軍事支援の第1陣の引き渡しを約束したことです。それ以来、軍事支援が少なくとも6回にわたってウクライナに送られました。[1]

 2023年1月までに、フィンランドからの軍事支援額は5.9億ユーロ(約873億円)以上に相当するものとなっています。[2]

 面白いことに、ウクライナ軍で使用されているフィンランドによって供与された兵器が最初に表に出たのは、2022年8月になってからのことでした。目撃された兵器は「KRH 85/92」120mm重迫撃砲と「ItK 61(ZU-23)」対空機関砲であり、フィンランド国防軍がストックしている予備兵器から調達されたものです。[3] [4]

 フィンランドは2月に約束した最初の2回に約束した軍事支援の内容を公表しており、それによって1500発の「66 Kes (M72) 」対戦車ロケット弾発射機と2500丁のアサルトライフルが2000個のヘルメットと2000着の防弾チョッキと共に供与されたことが明らかとなっています 。[5] [6]

 今の辞典で小火器や個人装備以外にどのような種類の兵器類がウクライナに引き渡されたのかは不明ですが、「2S5 "ギアツィント-S"」152mm自走榴弾砲(SPG)、牽引砲、無反動砲、小火器や手榴弾などが候補として考えられています。

 フィンランド軍はウクライナ軍でも使用されている膨大な数のソ連製兵器を運用し続けていますが、これらの兵器の大半は現用であるか、フィンランド国境で起こりうる紛争に備えた予備兵器として保管されているため、ウクライナへの供与に向けた取り組みを困難なものにしています。

 ウクライナは、フィンランドがロシアから導入した別のシステムから最も恩恵を受ける可能性があります。フィンランドは1990年代半ばから後半にかけて、ロシアの債務返済の一環としてロシアから「9K37M1 "ブーク-M1"(ITO 96)」地対空ミサイル(SAM)システムを受け取りましたが、後にノルウェーの「NASAMS II」に更新しました。[7]

 フィンランドにおける「ブーク-M1」の最後の使用は2015年で、その際にはシステムの「9M38」ミサイル1発が、2014年7月にウクライナの東部上空においてロシア軍の同システムによって撃墜されたマレーシア航空「MH17」便を襲ったミサイルの爆発効果を検証するために爆発させられたのです。[8]

 フィンランド国防軍の「ブーク-M1(ITO96)」は現役から退いているものの、予備軍で使用するために運用状態が維持されています。このSAMシステムが有する機動性と組み込まれたレーダーによる自律的な発射能力は、こんにちの電子戦や敵防空網制圧・破壊作戦(SEAD/DEAD)が激しく繰り広げられる戦闘状況においても有効な役割を果たすため、稼働状態での保管を合理的な選択とさせてくれます。

 もしフィンランドの「ブーク-M1」やそのミサイルがまだウクライナに届くことになっていないのであれば、これらの供与はフィンランドにとっては経済的な影響が極めて低い代わりに、ロシアがウクライナの空を完全に支配することを拒否し続ける上で大きな助けとなるかもしれません。

 ウクライナの戦争に自身のアセットを捧げることは、一部の国によって批准が保留されている同盟加入の準備を進めながら、さまざまなNATO加盟国によってなされた誓約と一致する自国の意思を示す良い手法でもあるでしょう。

フィンランド軍の「9K37M1 "ブーク-M1"(ITO 96)」SAMシステム

  1. 以下に列挙した一覧は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際にフィンランドがウクライナに供与した、あるいは提供を約束した軍事装備等の追跡調査を試みたものです。
  2. 一覧の項目は武器の種類ごとに分類されています(各装備名の前には原産国を示す国旗が表示されています)。
  3. フィンランドの武器供与の機密性により、この一覧は供与された武器の総量の最低限の指標としてのみ活用できます。
  4. この一覧はさらなる軍事支援の表明や判明に伴って更新される予定です。
  5. 各兵器類の名称をクリックすると、当該兵器類などの画像を見ることができます。

装甲兵員輸送車(APC)

戦闘工兵車両

自走砲

牽引砲

重迫撃砲

対空機関砲

弾薬

その他の装備品
  • 2,000 ヘルメット [2022年3月]
  • 2,000 防弾チョッキ [同上]
  • 70,000 レーション (MRE) [同上]

[1] List of foreign aid to Ukraine during the Russo-Ukrainian War https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_foreign_aid_to_Ukraine_during_the_Russo-Ukrainian_War
[2] Фінляндія надсилає Україні оборонну допомогу на понад 20 мільйонів євро https://yle.fi/novyny/3-12523507
[3] https://twitter.com/UAWeapons/status/1559259073031409666
[4] https://twitter.com/UAWeapons/status/1563190230609690631
[5] Marin: Finland sending arms to Ukraine, MPs to discuss Nato on Tuesday https://yle.fi/news/3-12337744
[6] Suomi lähettää aseita Ukrainalle – Pääministeri Marin: ”Päätös on historiallinen” https://www.hs.fi/politiikka/art-2000008647428.html
[7] The Finnish Investigation https://corporalfrisk.com/2016/10/03/the-finnish-investigation/
[8] Buk-raketten getest in Finland voor onderzoek MH17 https://nos.nl/artikel/2134754-buk-raketten-getest-in-finland-voor-onderzoek-mh17

※  当記事は、2022年9月5日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したもの

2022年10月21日金曜日

私をねらって:アルメニアのSAM型デコイ


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 アルメニアとアゼルバイジャンとの間で繰り広げられた2020年のナゴルノ・カラバフ戦争から得られる教訓があるとすれば、それは安価ながら非常に効果的な無人戦闘航空機(UCAV)の驚異的な効率性と、それらによってもたらされる猛攻撃を阻止するはずだった、新旧にわたる幅広い種類の防空システムの失敗を中心に展開されるに違いありません。

 アルメニアは差し迫った敗北を受け入れようとしなかったことで犠牲の大きい44日間の消耗戦を強いられ、約250台の戦車や(より悲劇的なことに)その多くがまだ10代後半から20代前半だった約5,000人の兵士と予備役兵を含む甚大な損失を受けました。[1]

 それでも、アルメニアの軍隊は無人機が主導する戦争の時代における自らの弱点を痛感することだけは見通していたはずであり、使用できる限られた資金でその改善を試みたことは確かです。

 これは主に、UAVの運用を何らかの形で妨害するためのロシア製電子戦(EW)システム、ハンターキラー・システムとして機能する可能性がある「トール-M2KM」 SAMの導入と、老朽化にもかかわらずアルメニア軍がナゴルノ・カラバフの広い範囲をカバーすることを可能にした、ヨルダンから入手した35台の「9K33 "オーサ-AK"」に現れています。

 しかし、アルメニアが痛い目に遭ったことが知られたように、前述のシステムは「バイラクタルTB2」や徘徊兵器が次々と自身を狙い撃ち始めた様子を、苦痛の中で待つ以外にほとんど何もすることができませんでした。

 アルメニアで使用された別の対UAV戦法としては、攻撃してきたドローンをおびき寄せてデコイを狙わせるために本物のSAMの近くにデコイのSAMを配置し、避けられない破壊から本物を守るというものがありました。

 1999年のNATOによるユーゴスラビア空爆の際には、この「Maskirovka」戦術は非常に効果的でしたが、2020年のナゴルノ・カラバフでアルメニアによって展開された数は、運用中のSAMシステムを標的にすることからアゼルバイジャン軍の注意をそらし、戦争の行方に実際に影響を与えるにはあまりにも少ないものでした。

 それでも、実際に使用されたデコイは詳細な迷彩パターンさえも施されており、SAMシステムの写実的な再現で優れていました。

                     

 「9K33 "オーサ"(NATO側呼称:SA-8 "ゲッコー")」はアルメニア軍(さらに言うと事実上アルメニア軍の一部であるアルツァフ国防軍)で最も多く保有しているSAMシステムだったため、アルメニアのデコイの大部分がこのSAMをベースにしたことは何ら驚くべきものではありません。

 「9K33」のデコイはアゼルバイジャンのドローンオペレーターを騙して攻撃させることに成功した事実が確認されている唯一のデコイでもあります。この事例は2020年9月30日に、当時まだアルメニアが支配していたナゴルノ・カラバフの小さな村である(アルメニアではNor Karmiravanと呼ばれている)Papravəndの近くにある「9K33」の拠点で発生しました。[2]

 本物の9K33とほとんど識別できないレベルだったため、(運用システムの展開を模すために)護岸に配置された2つのデコイは、イスラエル製徘徊兵器:IAI「ハロップ」による攻撃を受けて完全に破壊されました。

 ただし、アルメニアにとって不幸なことに、拠点の周辺に配置されていた本物の運用システムの方も同じ運命を辿ってしまいました。これらは「9T217」ミサイル輸送車と一緒に、TB2とハロップによって即座に全滅させられてしまったのです

 この戦争でアルメニアは3台(うち2台が破壊、1台が鹵獲)の「9T217」ミサイル輸送車に加えて、少なくとも18台(うち16台が破壊、2台が鹵獲)の「9K33」システムを失ってしまいました。[1]




 興味深いことに、製造されたことが知られている僅かな「トール-M2KM」のデコイの場合、手の込んだ迷彩パターンは本当にデコイとしての本性を示していました。なぜならば、アルメニアの本物の「トール」システムは2019年に同国に到着した後、いかなる迷彩塗装も施されなかったからです。さらに、デコイは単にコンテナベースの発射システムだけであり、それを搭載しているはずのトラックは作られていませんでした。

 とはいえ、アゼルバイジャンのドローン操縦員が、追跡して無力化しなければならないSAMシステムの大きさや形状をどの程度把握していたかは不明であり、あまりにも熱心な彼らが「トール-M2KM」のデコイを本物と容易に間違えた可能性はあります(注:実際にこのデコイが破壊されたのかは不明です)。

 44日間の戦争中に破壊されたことが確認されている「トール-M2KM」は1基のみですが、これはアルメニア軍によって配備された数自体が少なかった可能性があるためで、必ずしもデコイが本物を守ったというわけではありません。[1]

左:2020年のナゴルノ・カラバフ戦争で運用されたアルメニア軍の「トール-M2KM」
右:アルメニア軍によって施された軍用車用の一般的な迷彩パターンが特徴の精巧な「トール-M2KM」のデコイ

 僅かな数のデコイはナゴルノ・カラバフの戦略的な場所の各地に配置されるのではなく、それぞれが稼働中の9K33や「トール-M2KM」システムを装って既存のSAM部隊の拠点に配置されました。

 結果的として、この配置は本物の9K33「オーサ」の寿命を数分延ばすのに役立ったかもしれません。しかし、アゼルバイジャン軍に貴重な時間とリソースを費やして、近くにある本物のSAMの迎撃圏内を飛行しながら「システム」を追跡して掃討することを余儀なくさせるために、アルメニアがデコイをナゴルノ・カラバフ全域に独立した「システム」として配置した方が良かったことはほぼ間違いありません。

 もちろん、デコイの存在はTB2が「9K33」の拠点(あるいはその他のアルメニアのSAMサイト)の上空を旋回できたことに何の支障も与えることはできませんでした。下にある本物のSAMでさえレーダーの電源をオンにした状態で7~8発のミサイルを搭載していたものの、TB2の存在に気づかなかったからです。

 これは、TB2が撃墜される危険に直面することなく、全ての目標が破壊されるまでSAMシステム(とデコイ)を攻撃し続けることができることを意味しており、無人機主導の戦争の時代における9K33の陳腐化を再び痛感させました。



 アルメニアのデコイは戦争の行方を左右するにはあまりにも少ない数しか配備されていなかったかもしれませんが、敵味方の双方がそれの有効性を研究し、発生する可能性がある将来の戦争に教訓を活用することは間違いないでしょう。

 現代の電子光学装置は(航空戦を含む)戦いの手法を変えたかもしれませんが、デコイも同時に変化し続けています。新たな紛争では、敵からの識別をさらに困難にするため、例えば赤外線(熱)シグネチャー発生装置などを装備したより多くの数のデコイが配備される可能性があります。

 アゼルバイジャンは今やデコイの存在に気づいたため、例えば、SAM陣地の衛星画像を研究したり、ドローンの操縦員にデコイと本物のシステムを識別する訓練をしたりするなどして、事前にそれらを識別する方法を模索するでしょう。

 とはいえ、TB2用の「MAM-L」誘導爆弾の価格は比較的安いため、大量のデコイを配備することで、(見込まれる)将来の紛争に本当に大きな影響を与えることができるのかという疑問が生じます。

 「バイラクタル・アクンジュ」TAI「アクスングル」といったUCAVはそれぞれ24発と12発の「MAM-L」を搭載することが可能であり、この数はいくらかのSAMサイトをレーダーやデコイと一緒に破壊するのに十分なものです。

 アルメニアや同等の脅威に直面している世界中の国々がTB2のようなドローンにうまく対抗できる手段を不足させている限り、デコイを大量に配備したとしても、敵側に弾薬を買い込ませるだけで少しも効果をもたらさないでしょう。

 アゼルバイジャンのような国にとっては、まさにそのような行為を阻害するものはほとんどなく、効果的なデコイのコストや両国が利用できるアセットの格差を考慮すると、破壊されたデコイは結果的にアゼルバイジャン側の純然たる戦果となるかもしれません。

 もちろん、彼らが破壊を免れたとしたら、戦いの結果に関係なく自身の任務は失敗に終わったということでしょう:それがデコイの一生涯を懸けた役割だからです。


[1] The Fight For Nagorno-Karabakh: Documenting Losses On The Sides Of Armenia And Azerbaijan https://www.oryxspioenkop.com/2020/09/the-fight-for-nagorno-karabakh.html
[2] https://twitter.com/azyakancokkacan/status/1340051552774598657

※  当記事は2021年4月28日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したもの 
 です。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

2022年10月18日火曜日

トルクメニスタンの風変わりなUCAV:中国製「WJ-600A/D」


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 トルクメニスタンは中国から購入した多数の無人戦闘航空機(UCAV)を運用しています。ナイジェリア、アルジェリア、ミャンマー、そしてパキスタンにも輸出された「CH-3A」を別とすれば、トルクメニスタン空軍はまだ世界中のどこの国でも導入されていない独特なドローンも調達しました。それが今回のテーマである「WJ-600A/D」です。

 この型破りなUCAVは、ロケット補助推進離陸(RATO)で発進し、任務を終えた後にパラシュートで着地・回収されるという世界でも数少ない武装ドローンの1つです。

 ほぼ間違いなく「WJ-600A/D」は見た目からするとUCAVというよりも巡航ミサイルにしか見えませんが、同機は世界中に存在するUCAVの大半が用いているターボプロップエンジンの代わりにターボファンエンジンを搭載することによって、従来型のUCAVよりも著しい高速性能を持つことに成功しています。

 「CH-3A」の速度がたった200km/h程度であることと比較すると、「WJ-600A/D」はこのエンジンのおかげで最大で700km/hという素晴らしい速度を誇ります。とはいえ、約3〜5時間の滞空性能は、約12時間の滞空性能を誇る「CH-3A」をはるかに下回っています。[1]

 その結果としてもたらされる航続距離は従来型機とそれほど違わないものとなりましたが、UCAVは頻繁に戦場の上空をパトロールや攻撃可能な標的を索敵するために飛び回り続けるため、確かに「WJ-600A/D」はやや独特でニッチなニーズを満たした機体と言うことができます。

 「WJ-600A/D」はCASIC (中国航天科工集团有限公司)「HW-600 "スカイホーク"(WJ-600)」の発展型であり、偵察任務と対地攻撃任務の双方を実施できる能力を有しています。

 トルクメニスタンがパレードで公開した機体では見られませんでしたが、このUCAVには胴体下部にFLIR(前方監視型赤外線装置)が搭載されています。

 このUCAVに採用されたデザインを考慮すると、探知されることを避けるために速度と小型巡航ミサイルのような低RCS(レーダー反射断面積)を活用し、敵地の奥深くで攻撃任務を行うことに重点を置いたものに見えます。

 UCAVの「CH」シリーズと「翼竜」シリーズをそれぞれ開発しているCASCとCAIGの成功のおかげで、CASICはほとんど影に隠れた存在のままとなっています。トルクメニスタンへの「WJ-600A/D」の販売がCASIが成功した唯一知られている輸出実績ですが、最終的に何機を販売できたのかは知られていません。

 2018年、CASICはジェットエンジンを搭載した「WJ-700」UCAVを発表しました。同機は「WJ-600A/D」の高速性能と低RCSをより従来型機的なデザインに組み合わせたものであり、素晴らしいペイロードを誇っています。



 「WJ-600A/D」は最大で2発の「CM-502KG」空対地ミサイル(AGM)で武装させることができます。このミサイルは「AR-1B/AR-2」の長射程及び高威力化を図った発展型であり、11kgの弾頭と最大有効射程が25kmの性能を有しています。

 「WJ-600A/D」には別の兵装もインテグレートできる可能性はありますが、トルクメニスタンが「CM-502KG」以外の兵装を導入したか否かは現時点では不明です。より小型の「AR-1」はトルクメニスタンで運用されている「CH-3A」のみならず「WJ-600A/D」にも搭載できることは言うまでもないでしょう。




 トルクメニスタンで運用されている、補助推進ロケットを用いたもう1つの中国製UAVは「S300」シリーズ無人標的機です(注:似た名前の「S-300」地対空ミサイルシステムと混同しないでください)。

 「S300」は2010年代半ばに同じサプライヤー(中国)から調達した「FM-90」「KS-1A」「FD-2000」地対空ミサイルシステムの標的用として、「ASN-9」と共に大量に導入されました。

 トルクメニスタンにおける運用では、「S300」と「ASN-9」はいまだに僅かに運用が続けられているソ連時代の「La-17」無人標的機の後継機種として活用されているようです。ちなみに、「La-17」もRATOブースターで発射される方式の無人機でした(ブースターは前述の無人機と異なり、両主翼の付け根に装備されていました)。

トルクメニスタンの防空演習で発射される直前の「S300」

「WJ-600A/D」が射出された瞬間

 当初、トルクメニスタンは中国製の「WJ-600A/D」と「CH-3A」やベラルーシの「ブセル-MB2」を当てにして武装UAVの戦力を構築していましたが、最近ではイスラエルやトルコにも目を向けてUCAVを追加購入し始めています。[2] [3]

 トルコとの取引については、UAVの運用を念頭に置いて特別に設計された、この地域では初となる空軍基地の建設も含まれていました。[2]

 これらの調達のおかげで同国が中国製のUCAVをさらに導入することについて、当分の間は起こりそうにないことは間違いないと思われます。

 それでも、「WJ-600A/D」は現在の世の中に存在している最も独特な戦闘ドローンの1つとして今後も運用され続け、トルクメニスタンに多くの国々には真似できない特殊な戦力をもたらすことでしょう。



[1] CASIC WJ-600 Reconnaissance Strike UAV https://www.militarydrones.org.cn/casic-wj-600-uav-price-china-manufacturer-procurement-portal-p00172p1.html
[2] Turkmenistan Parades Newly-Acquired Bayraktar TB2s https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/turkmenistan-parades-newly-acquired.html
[3] Turkmenistan’s Parade Analysis: What’s New? https://www.oryxspioenkop.com/2021/10/turkmenistans-parade-analysis-whats-new.html

 ものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所 
 があります。



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