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2023年11月12日日曜日

中東・アフリカのドローン・ゲーム:エジプトのU(C)AV飛行隊(一覧)


著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 突如とした制裁によって軍隊のスペアパーツや弾薬が枯渇する可能性があるため、エジプトは軍備の調達を一国だけに依存するのではなく複数の供給元から得るという長い伝統を持っています。

 現在のエジプト空軍はロシア・フランス・チェコ・アメリカ・中国から導入したジェット機を運用していますが、この状況は他の軍種でも変わっていません。おかげでスペアパーツや兵器のストックは非常に複雑だなものとなっていますが、このような状況はエジプトを決して軍備の供給源に困るような事態に陥らせることもないのです。

 兵器や装備類の調達先を分散化させるというエジプトの試みは、無人機(UAV)にも受け継がれています。今でこそ数多くのUAVや無人戦闘航空機(UCAV)が運用されていますが、この国における無人兵器の発展ペースは、サウジアラビアやUAEといった他のアラブ諸国に比べると比較的緩やかなものにとどまってきました。

 しかし、エジプトは無人戦力をさらに向上させる流れを着々と進めており、新たなUAVを購入するだけでなく自国内で生産するためのライセンスも取得しています。

 エジプトは、1980年代の後半に戦術無人偵察機を導入した最初のアラブ諸国の1つとなりました。1982年のレバノン戦争でイスラエルによるUAVの効果的な活用がなされたことをカイロが見逃さなかったのは明らかであり、これがエジプトに同様の能力を獲得するための取り組みに駆り立てたことは間違いないでしょう。実際、同時期のアメリカの「テレダイン・ライアン」社は「スケールド」社と共同でエジプトの要求事項に沿ったドローンの開発に着手していましたからです。[1]

 結果としてエジプトが手にすることになったのは、一般的には「スカラベ」と呼称される「TR324」: 事前に設定されたルート上から撮影が可能な、極めて高度なステルス性ジェット推進式無人偵察機でした。このUAVはロケット補助推進離陸装置(RATO)によって射出され、任務完了後はパラシュートで回収される方式を採用しています。

 エジプト空軍(EAF)には合計で59機の「TR324」が納入されたものの、このうち実際に組み立てられたのは僅か9機にすぎませんでした。この理由については、訓練や平時の作戦で用いるのには配備された9機で十分であり、残りの50機は戦時用として保管されたというのが妥当と思われます。 [1]

 この無人機はカイロ南方のコム・オーシム基地を拠点に65回の作戦飛行を実施したと伝えられています。 [1]

(この記事が執筆された)2021年現在、EAFが「TR324」を作戦可能な戦力として維持しているかどうかは分かっていません。
  
射出された直後の「TR314 "スカラベ"」:RATOがまだ外れていない点に注目

 「スカラベ」の導入から間もなくして、引き続きアメリカから別種類の無人機の納入されました。1989年になると、戦場監視に最適化された「R4E-50 "スカイアイ"」の引き渡しが始まったのです。[2]

 「スカラベ」と同様に 、この新型機もRATO方式で射出・パラシュートで回収される方式です。 [3]

 その後、これらがエジプトで使用されたという情報は全く無いため、上述した萌芽期のUAVが今も現役で運用されているとは考えられません。とはいえ、1980年代後半から1990年代前半にかけて、エジプトはアラブ世界におけるUAV運用の先頭に立っていたと言えるでしょう。というのも、他のアラブ諸国が無人戦力の構築するための取り組みが本格的に始まったのは2010年代に入ってからだったからです。

 こうした状況を踏まえると、1990年代から2000年代の間にエジプト国産のUAVが全く開発されなかったのは、なおさら驚くべきことかもしれません。これはエジプト軍内部の優先順位が変わったのか、UAVの開発に用心深くアプローチした結果か、それともアメリカがより高度な無人機の供給を拒否した結果なのかは不明ですが、実情は後者の2つの説が混在している可能性が高いと思われます。

 原因が何であれ、エジプトがそれまでの努力で得た成果を徐々に失っていったという結果は同じです。それでもこの国が他のアラブ諸国に対する優位性をどうにか維持できた理由は、この時期に彼らが無人戦力を本格的に構築する試みをしなかったからだと言えるでしょう。
 
ギザのピラミッド直近を飛行するエジプトの「R4E-50 "スカイアイ"」

 エジプトでUAVの運用に向けた取り組みが本格的に再始動したのは中国から「ASN-209」無人偵察機を導入した2010年代初頭であり、その後に同機のライセンス生産も始められました。 [4]

 2011年になると、エジプトは「トルコ航空宇宙産業(TAI)」社が開発したトルコ製「アンカ」UCAVへの関心も表明しました。[5]

 ところが、エジプトとトルコの関係が悪化したことで最終的に同システムの入手が頓挫したため、エジプト空軍がUCAVを導入するにはもう少し待たなければならなくなってしまったのです。

 この念願については、2016年になってEAFが中国から最初の「翼竜Ⅰ」 UCAVの引き渡しを受けた際にようやく成就しました。実際にエジプトへ納入された「翼竜Ⅰ」の数は謎のままであり、75機以上がEAFで運用されていると頻繁に語られていますが、これは著しき誇張された数字である可能性が高いでしょう。 [6]

 エジプトは、「翼竜Ⅰ」をイスラム国に対する作戦に投入するためにシナイ半島や、対密入国作戦を行うために(リビアと面する)西側の国境沿いにある空軍基地へ(導入してから)ほぼ即座に展開させました。 [7]

 既知の配備先としては、シナイ半島のビル・ギフガーファ基地、エジプト中西部のダフラ・オアシス空港ウスマーン基地が挙げられます。


 エジプトで運用されている「翼竜Ⅰ」については、現時点で「AKD-10 "ブルーアロー7"」「TL-2」空対地ミサイル(AGM)で武装している姿が確認されています。後者は小型のため、各ハードポイントに最大で2発を搭載可能という強みがあります。つまり、通常は2つのハードポイントに1発ずつしか搭載できない「翼竜Ⅰ」の兵装ペイロードを倍増させることを可能にしたのです。

 こうした買収劇に続く数年間で、エジプトが(4つのハードポイントを有する)改良型である「翼竜ⅠD」や「翼竜Ⅱ」、「CH-5」を大量発注したことが何度も報じられています。しかし、これまでに上記のUCAVはエジプトで目撃されていないことから、こうした情報は何らかのエビデンスが得られるまでは慎重に扱われるべきでしょう。 [6]
   
「TL-2」AGMを搭載したEAFの「翼竜Ⅰ」:専用のラックを備えることで最大4発の同AGMの搭載が可能

 2010年代後半、エジプト軍はアメリカの手投げ式小型無人機「RQ-20B "プーマAE Ⅱ"」の導入によって、著しい発展を見せました。なぜならば、それまでのエジプトにはこのサイズのUAVがなかったからです。ちなみに、導入した「RQ-20B」はすぐにシナイ半島に配備されたものの、2020年には少なくとも2機が墜落で失われてしまいました。 [8]

もう一つの展開は、エジプト海軍が「アル・セイバー」VTOL型UAV(UAEが生産したシーベル製「カムコプターS-100」)の導入によってもたらされました。同UAVについては、少なくとも3機が2020年にエジプト海軍の「ミストラル」級強襲揚陸艦 (LHD)のヘリ甲板に姿を現したことが確認されています。 [9]

 2隻の「ミストラル」級LHD用として、将来的にはさらに多くのUAVが海軍によって導入されることでしょう。
  
「アル・セイバー」垂直離着陸型UAV

 2020年代は、エジプトがまもなく外国産UAVの生産ライセンスを取得し、国内にその生産ラインを設置するというニュースが飛び交ったことから幕が上がりました。今のところ、その対象にはベラルーシ、イタリア、UAEのUAVが含まれていると言われています。[10] [11] [12]

 ベラルーシの機種が何かはまだ分かっていませんが、「レオナルド」社が設計したイタリアの「ファルコ・エクスプローラー」MALE型UAVは、エジプトが関心を示したと伝えられているシステムの1つです。 [11]

 2021年には、エジプトがUAEの「アドコム」社製「ヤブホン・フラッシュ20」の現地生産を開始したことも公表され、国内では「EJune-30 SW(2013年6月30日革命後)」と呼ばれています。[12]

 エジプトの「フラッシュ20」の国産化は、UAE産UCAVを自国に生産ラインを設置しようというアルジェリアの試みに似たものとなるでしょう。[13]


 エジプトにおける無人機運用の未来は輝かしいものとなっています。

 この国は多くの新型UAVとUCAVの運用を開始するだけでなく国内での生産ライセンスを獲得する予定であり、1980年代後半から1990年代にかけての主導的な立場を近いうちに奪還しようと試みているのかもしれません。そして、そのために国内の産業が役割を果たす可能性もあり、新たに公表された「テーベ-30」のようなUAVは、この国が自国の人材を巻き込もうとしていることを示しています。

 エジプト軍は間違いなく2020年のナゴルノ・カラバフ戦争に注目しており、徘徊兵器のような無人兵器への投資を試みるかもしれません。

 ただし、エジプトが全く新しいタイプの戦力の導入を模索する前に、まずは陸軍における戦術UAVの全般的な不足を対処して全軍種がUAVの恩恵を享受できるように試みる可能性も考えられるでしょう。

無人偵察機

無人標的機

国産UAV

[1] The U.S. Sold This Unique Stealth Drone Called 'Scarab' To Egypt In The 1980s https://www.thedrive.com/the-war-zone/24966/the-united-states-sold-egypt-this-unique-stealth-recon-drone-called-scarab-in-the-1980s
[2] "Egypt Begins Using Unmanned Aircraft for Reconnaissance" Aviation Week and Space Technology, 23 January 1989.
[3] https://i.postimg.cc/jS1P8Yjg/USA-BAE-Systems-Skyeye-y-R4-E-50-and-R4-E-100u-e2r.jpg
[4] Egypt starts the production of Chinese Unmanned Aerial Vehicle ASN-209 https://www.armyrecognition.com/june_2012_new_army_military_defence_industry_uk/egypt_starts_the_production_of_chinese_unmanned_aerial_vehicle_asn-209_egyptian_armed_forces_0706122.html
[5] Turkey, Egypt Discuss Possible Export of Anka UAV https://defense-update.com/20110923_turkey-egypt-discuss-possible-export-of-anka-uav.html
[6] 翼龙翱翔东北非!埃及两次共引进108架,可挂载8枚空地导弹 https://m.sohu.com/a/382780569_120126853/?pvid=000115_3w_a
[7] https://egypt.liveuamap.com/en/2018/15-november-footage-by-isis-cam-for-egyptian-air-force-wing
[8] https://lostarmour.info/egypt/item.php?id=25755
[9] https://twitter.com/mahmouedgamal44/status/1321356067599753216
[10] Belarus to produce UAVs in Egypt https://www.defenceweb.co.za/aerospace/unmanned-aerial-vehicles/belarus-to-produce-uavs-in-egypt/
[11] Egypt seeks more advanced UAV capabilities https://www.shephardmedia.com/news/uv-online/premium-egypt-seeks-more-advanced-uav-capabilities/
[12] Egypt unveils locally made drones at EDEX 2021 https://www.defensenews.com/industry/techwatch/2021/11/30/egypt-unveils-locally-made-drones-at-edex-2021/
[13] Algiers Calling: Assessing Algeria’s Drone Fleet https://www.oryxspioenkop.com/2021/12/algiers-calling-assessing-algerias.html

※  当記事は、2021年12月28日に本国版「Oryx」ブログ(英語)に投稿された記事を翻
  訳したものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更し

2023年10月13日金曜日

UAE版「アルマータ」:「ゴールデンユニット」重歩兵戦闘車


著:シュタイン・ミッツアー (編訳:Tarao Goo

 重歩兵戦闘車(HIFV)のコンセプトは世界中の軍隊でほとんど成功を収めていません。

 HIFVの大火力と高い装甲防御力は都市部における戦闘で特に有効なものですが、そのとてつもない高価格とニッチな用途は大部分の軍隊にHIFVの導入を思いとどませるには十分なものでした。

 しかしながら、現在でも新たなHIFVが開発されています。ごく最近に登場した新型の一部として、ロシアの「T-15 "アルマータ"」とイスラエルの「ナメル(HIFV型)」、そして中国の「VT4」などが挙げられますが、これらの中で今までに実用化されたのは「ナメル」だけです。

 HIFVは戦車の車体をベースにするのが主流で、ウクライナではエンジンと砲塔の間に兵員区画を設けることができるように「T-72」戦車の車体を延長させるという選択すらしています。その開発でもたらされた「BMT-72」5名の兵士を搭乗させながら戦車として使用可能なものとなりました。また、中国の「ZTZ59」やヨルダンの「テムサ」、ウクライナの「バビロン」といった別の戦車ベースのものはオリジナルの砲塔を失ってしまいましたが、機関砲や対戦車ミサイル(ATGM)で再武装化を受けました。

 いずれのHIFVも火力支援車としてもの役割でも使用できる設計になっているため、これらは「BMP-55」のような重装甲兵員輸送車(HAPC)とは明確に別カテゴリーのAFVとして区別されます。

 HIFVというコンセプトに大きな関心を寄せているもう1つの国がアラブ首長国連邦(UAE)です。2000年代半ば、UAEは1990年代にロシアから導入した「BMP-3」歩兵戦闘車(IFV)を600台以上も運用していました。[1]

 これらのIFVは約400台のフランス製「ルクレール」戦車と共に運用されており、当時のUAEに中東地域全体で最も近代的で有能な機甲部隊をもたらしていました。ところが、UAEは自国の保有兵器に新たなタイプのAFVを導入することによって既存の戦力を向上させることを追求したのです。これが同国がHIFVを求める動機というわけです。

 UAEは既存のHIFVを海外から調達するのではなく、余剰となっている戦車の車体をHIFVに改造する独自のプロジェクトを立ち上げました。当時、UAEは1980年代前半から半ばにかけてイタリアから調達した約40台の「OF-40」をまだ保管したままだったのです。[1]

 「ルクレール」戦車がUAEに納入された後に「OF-40」は保管庫行きとなったものの、2003年のサダム・フセイン政権崩壊後、UAEの「ルクレール」戦車の保有数はすでに同国が必要とする数を上回っていたことから、「OF-40」を戦略予備兵器として維持する必要性がなくなったためにこの戦車をHIFVへ転換する道が開かれたのでした。

輸出向けの「OF-40」は商業面では残念な結果に終わったものの、その車体は最終的にリビアやイタリアで大量に運用されるようになったパルマリア自走榴弾砲に転用されました

 適したプラットフォームが見つかったため、UAEは2005年にベルギーの「サビエックス・インターナショナル(現OIPランドシステムズ)」社と1580万ドル(21億円)の契約を結んで「OF-40」をHIFVに改修しました。[2]

「サビエックス」社は、すでに東西各国で開発された広範囲にわたる種類の装甲戦闘車両(AFV)の改修やアップグレードの経験を有しており、その多くは現在も販売されています。MBTを歩兵も乗せることができる重装甲車両に改造するというプロジェクトは、同社にとって最も野心的な事業であったことは間違いないでしょう。

今でも「サビエックス(現OIPランドシステムズ)」社が売り込んでいる車両の一部で、左から「ゲパルト」自走対空砲、「M109A4BE」自走榴弾砲、「レオパルト1A5BE」戦車、「SK-105」軽戦車、「AMX-13」軽戦車、「M113」装甲兵員輸送車、「AIFV-B」装甲兵員輸送車

 完全に解体した後でHIFVとして時間をかけて再び組み立てるため、2005年に1台の「OF-40」戦車1両がベルギーの「サビエックス」社の工場へ運び込まれたものの、組み立て作業は2007年までかかりました。[2]

 同年、HIFVは砲塔が未搭載の状態でベルギーにて最初の一連の試験を実施しましたが、 試作型の開発が終了するまでには、さらに3年という年月が費やされました(砲塔はUAEに返還される際に搭載される予定でした)。

 UAEの砂漠で試験を実施するためにHIFVは同国に戻された後、HIFVの車体には「2A70」100mm低圧砲と「2A72」30mm機関砲、そして「PKT」7.62mm機関銃を装備する「BMP-3」IFVの砲塔が搭載されました。「2A70」低圧砲は「9M117 "バスチオン"」砲発車式対戦車ミサイルを含むさまざまな種類の砲弾を発射することができます。ただし、こうした高性能の砲弾はUIAEで導入されたわけではないようです。

 UAEが導入した「BMP-3」の砲塔には、フランスとベラルーシによって共同開発された
高度な「Namut 」サーマル式砲手用照準器が装備されています。そして、砲塔の前面に6本の発煙弾発射機が備え付けられていることは言うまでもない特徴でしょう(注:当然の装備のため)。

 2010年に砂漠での試験に合格後、「サビエックス」社の試作車両は後にUAEの残りの「OF-40」をHIFVに改造する際のサンプルとして活用される予定でした。開発期間中に「ゴールデンユニット」という名称が付与されたこのHIFVは、UAEがストックしていた「OF-40」から最大で約40台を組み立て可能と思われます。

 理由は不明ですが、より多くのを改造する作業は開始されないまま、この野心的なプロジェクトはおそらく現在もUAE軍の倉庫のどこかに残っていると思われる試作車両だけを残して終わってしまいました。[2]

UAEで「BMP-3」の砲塔が搭載された「ゴールデンユニット」

 ここからは「ゴールデンユニット」自体について記します。
 
 改造の過程で兵員用区画を設けるため、「OF-40」の車体は前後を逆にされてエンジンを車体前部に配置し、後部に4人の兵員を搭乗させることが可能な十分なスペースを確保しました。

 車体は大幅に手直しされましたが、オリジナルの830馬力の出力を誇る「MB838 CaM500」エンジンはそのまま変更されませんでした。新たに追加された装甲と「BMP-3」の砲塔をプラスした重量(合計約45トン)でも、このエンジンがHIFV用の動力源として十分なものと考えられたのかもしれません。[2]

 車体の装甲は全溶接鋼で構成されており、その性能は(NATOの防弾規格である)STANAG4569のレベル5を達成したとされています 。[2]

 新しい内部の装甲隔壁はHIFVの側面に空間装甲をもたらし、これは前部にも取り付けられました。その結果として、装甲防御能力は「OF-40」戦車や「BMP-3」IFVよりも大幅に上回るものとなりました。

ベルギーで試験中の「ゴールデンユニット」試作型:エンジンを前部に配置した結果、操縦手の位置が車体前方から遠ざかっていることに注目

 「ゴールデンユニット」の乗員は、車体の操縦手、そして砲塔に座する砲手と車長の3人でです。

(「BMP-3」で最大7人の兵員が搭乗可能なことと比較して)兵員用区画はたった4人の兵員を搭乗させるスペースしかなく、後部ランプまたは車体右側に設けられた緊急用ハッチを使ってHIFVに乗降する仕様となっています。

 特筆すべきこととして、操縦手の視界を向上させるために車両の前後にビデオカメラが設置されています。そうしなければ、カメラの設定と映像データの出力に失敗した場合と同様に状況認識が厳しくなって操縦が困難になるためです。

「ゴールデンユニット」の後部を写したこの画像は、兵員用区画のペリスコープと車体の前後に装備された操縦手用のカメラの存在をはっきりと示している

HIFVの内部については、「BMP-3」の砲塔が搭載される前の時点で広々としているように見える

 2000年代前半にロシアの「カクタス」爆発反応装甲(ERA)キットが発表された後、UAEは既存のIFV群の防御力を大幅に向上させる機会を与えられました。このERAキットは砲塔や車体前面と側面に取り付けるERAブロックで構成されており、対戦車擲弾(RPG)やATGMに対する防御力の向上をもたらします。[3]

 UAEは「BMP-3」用「カクタス」キットの顧客として頻繁に伝えられることがありますが、UAEが実際に同キットを入手したことを示す証拠はありません。

 UAEは「カクタス」キットを調達する代わりに、砲塔前面を除く車体全体を覆う軽量のスラットアーマーを装着することで、既存の「BMP-3」の防御力を向上させようとしました。
後に、この装甲強化型「BMP-3」は2015年のサウジアラビアが主導するイエメン介入時に同国南部に投入されました。優れた戦術と訓練により、UAEの機甲部隊は作戦中に僅か2台の「BMP-3」が撃破される程度の損失を被るだけで済みました。[4]

イエメンでの軍事作戦中に撮影されたUAE軍のスラットアーマー付き「BMP-3」

 「ゴールデンユニット」HIFVの見事な装甲防御能力と火力は、結果としてUAE軍により多くの「OF-40」戦車をHIFVに改造することを納得させるには十分なものではなかったようです。

 それがビジョンの変化によるものか、それとも別の理由によるものかは不明ですが、単純に5年間という開発期間の間にUAEがこのプロジェクトに対する関心を失っただけなのかもしれません。

 それにもかかわらず、武器展示会の「IDEX-2019」では副大統領兼首相兼国防相のシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下(兼ドバイ首長)が中国の「VT4」HIFVの模型を視察したことは、このような車両がいつか実用化されることへの関心がUAEにまだ残っていることを示唆していると思われます。

UAE副大統領兼首相兼国防相のシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下が中国の「VT4」HIFVを視察する様子

 現在、UAEは装軌式HIFVではなく、同国が必要とする条件を満たすように改良されたトルコのオトカ製「アルマ 8x8」の派生型である「ラブダン 8x8」装輪式IFVを相当な規模で軍に配備することを検討しています。

 「ラブダン 8x8」の車体は、装甲兵員輸送車や自走迫撃砲、そして装甲回収車など多岐にわたる用途にも使用できるという、「ゴールデンユニット」では考えられなかったほどの柔軟性を備えていることが特徴的です。

 驚くには値しないかもしれませんが、このIFVも「BMP-3」の砲塔を搭載しているため、遠くないうちに世界で最も重武装装輪式IFVがUAEにもたらされることになるでしょう。
  です。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があ 

2023年10月7日土曜日

アハトゥンク・パンツァー!:トルコで運用された「Ⅲ号戦車」と「Ⅳ号戦車」


著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

 トルコ陸軍による「レオパルト1A3」「レオパルト2A4」戦車の運用は非常によく知られており、後者は2016年末の「イスラム国」との戦闘に投入されたこともあります。

 しかし、トルコにおけるドイツ製戦車の歴史は1980年代から始まった最初の「レオパルド1」の受領から始まったわけではありません。実際には1943年にナチス・ドイツから「III号戦車M型」「IV号戦車G型」が引き渡された時点がその歴史の始まりなのです。これらの戦車は、すでにトルコ陸軍で運用中の戦車やその他の装甲戦闘車両の魅惑的なコレクションに加わりました。

 トルコは(ソ連・イギリス・ドイツ・アメリカ・フランスを含む)第二次世界大戦の主要国が開発したほぼ全ての戦車を運用した世界で唯一の国です。

 1932年、トルコはソ連から「T-26 "1931年型"(機関銃塔2基搭載型) 」軽戦車2台と「T-27」タンケッテ(豆戦車)4台の寄贈を受け、これらの戦車で得た有益な経験は、最終的にトルコが1934年にソ連から「T-26 "1933年型"Mod. (45mm砲搭載)」64台と「T-37A」水陸両用軽戦車1台、そして「BA-3」装甲車34台を発注することに至る結果をもたらしました。

 これらのソ連戦車が、トルコ軍で就役した初の本格的な戦車でした(ただし、歩兵を戦車に慣れさせる目的で1928年にフランスから「FT-17」が1台調達されています)。1940年には、イギリスから少なくとも12台のヴィッカース「Mk VI」軽戦車を導入したほか、フランスが侵攻される僅か数か月前に100台のルノー「R35」軽戦車もトルコに納入されました。

 残念なことに、1930年代から1940年代にかけて導入された戦車を撮影した画像はほとんど残っていません。確かに言えることは、第二次世界大戦中もトルコによる戦車獲得の勢いが衰えなかったということでしょう。

 この国は1945年2月にナチス・ドイツと日本に宣戦布告するまで中立を保っていたものの、トルコ陸軍は国境付近で激しく展開する戦争の中で戦力拡充を図ることを決定しました。

 枢軸国と連合国は互いに自陣営でのトルコの参戦(または忠誠)を望んでいたため、フランス・イギリス・アメリカ・ドイツはトルコ軍に膨大な数の兵器を供与しました。このような取り組みの結果、トルコはイギリスの「ハリケーン」や「スピットファイア」からフランスの「MS.406」、さらにはドイツの「Fw.190」に至るまでのあらゆる戦闘機を入手して運用するまでになったのです。

 また、イギリスは1941年から1944年にかけて「バレンタイン」戦車と「M3"スチュアート"」軽戦車を各200台程度を供給することによって、トルコの機甲戦力の大幅な増強しようと努めました。どちらも当時の時点で既に旧式化していましたが、それでも「R35」と「T-26」に比べて飛躍的な性能向上をもたらし、1943年に残存する「T-26」の退役を可能にさせました。

 トドイツもイギリスに負けじとばかりにトルコへ戦車の売り込みをかけた結果、(砲弾と予備部品と一緒に)1943年に「III号戦車」35台と「IV号戦車」35台を調達するに成功しました。[1]この数はイギリスが納入した500台近い戦車と比べると見劣りますが、もしかするとドイツ側の戦況が反映されているのかもしれません。

パレード中の(少なくとも7台の)「IV号戦車」:戦後に約30台の「M4A2 "シャーマン"」が納入されるまで、トルコ軍が保有する中で最も高性能な戦車であり続けた

 最終的にトルコが受領した戦車の総数については、いまだに謎のままとなっています。ニーダーザクセン・ハノーヴァー機械工場(MNH)が1943年1月から2月にかけて合計56台の「III号戦車」を組み立て、そのうち35台がトルコに引き渡される予定でしたが、56台のうちの相当数がドイツ国防軍に配備されてしまいました(第505重戦車大隊:Schwere Panzer-Abteilung 505にも割り当てられました)。[2]

 納入された「III号戦車」及び「IV号戦車」はトルコ軍ではそれぞれ「T-3」と「T-4」と呼称され、数年前に入手したドイツの「統制型乗用車(アインハイツ-PKW)」と一緒に運用されました。ただし、予備部品の不足と保有数の少なさが原因で、これらの戦車は1940年代末に退役したようです。

 ちなみにトルコだけがドイツの工業生産力に失望した国ではなったことを疑う余地はありません。というのも、一部の枢軸国でさえ長い間待たされた挙句、結局は発注した戦車が僅かしか納入されなかったからです。

 第一次世界大戦や第二次世界大戦の勃発でイギリスやドイツから何度も徴発されたことがあったため、トルコ軍からすれば発注した兵器が接収されることは全く目新しいことではありません。実際、イギリス政府が国内で建造中の「ドレッドノート」級戦艦2隻を接収したことでオスマン帝国に多大な反感を与え、同帝国政府が中央同盟に加わる決定を下す一因となった過去がありました。

 隣国のブルガリアが(訓練用の3台は納入されなかったものの)91台の「IV号戦車」を完全に受け取ることに成功したのは、同国が枢軸国側として積極的に戦争に関与してきたことが関係していることは明らかでしょう。ブルガリア陸軍は1943年に合計で88台の「IV号戦車のH型とG型を受領しましたが、1944年に43台が、もう11台も1945年に失われました。 [2][3]

 ブルガリアが連合国側に寝返った後の1945年3月以降、ソ連から合計で51台の「IV号戦車」が供与されました。[4]

 これらの戦車は1958年まで現役であり、それ以後はNATO加盟国であるトルコとの国境沿いに固定式のトーチカとして車体が埋められましたが、これらが掘り起こされたのは2010年代に入ってからのことだったのです! [5]

「IV号戦車」の前でポーズをとる兵役中の俳優ケマル・スナル(1944-2000)(アンカラのエティメスグットにて)

 主都アンカラ近郊のエティメスグット戦車博物館には、トルコ軍の「III号戦車M型」と「IV号戦車G型」が各1台ずつ展示されています(ただし、博物館は軍事基地の敷地内にあるため、一般人は立ち入り禁止です)。

 都市開発事業の余波や、国家情報機構(Millî İstihbarat Teşkilatı)の新本部庁舎と建設中のトルコ版ペンタゴンが演習場のスペースの大半を占めることになるため、基地と博物館の移転が予定されています。

 こうした現代の気晴らし的な事業が、 展示されている装甲戦闘車両の整備に少しも労力が費やされていないという残念な結果を招いているのかもしれません。この一例としては、(奇妙なことに)砲身が小さすぎると判断された戦車に偽の砲身が搭載されたということが挙げられます。幸いにも、「T-3」と「T-4」はすでに十分に大きな砲身を最初から装備していたことから、このような骨抜きにされる運命から免れることができました。


アンカラのエティメスグット戦車博物館における「III号戦車M型」と「IV号戦車G型」:前者はシュルツェンが外された状態で展示されているが、トルコに納入されたものには最初から装備されていなかったものと思われる

 ドイツ製戦車の納入数が少なかったことは、その長年にわたる運用が決してトルコ軍の運用に本当の影響を与えることがなかったことを意味しました。

 他国から何百台もの戦車やAFVを受領したこともあり、ドイツによる戦車の供給は同国が戦争に負けていることに加えて、自身が同盟国や潜在的な同盟国をしっかりと自国の味方にさせ続けるための十分な兵器を供給できなかったことを示すのに役立った程度でしかなかったことは間違いないありません。

 とはいえ、第二次世界大戦中に急速に変化した戦車の設計思想を十分に観察する機会を得たというだけの理由で、トルコは手に入れられるものなら何でも喜んで受け入れたと思われます。

 皮肉なことに、トルコ軍は1990年代初頭までブルガリア軍の埋められた「パンツァー」に直面していた事実は注目に値します。つまり、第二次大戦時代のドイツ戦車は戦力としてよりも、脅威としてはるかに長く生き残ったのです。

しかし、今やその両方の役割を明確に放棄した旧式のドイツ製戦車は、興味をかき立てる物語を今日のトルコ(と関心を持つ当ブログの読者に)に思い起こさせてくれる存在であり続けるに違いありません。


[1] Unearthing WWII aircraft buried in Kayseri https://www.dailysabah.com/op-ed/2019/03/06/unearthing-wwii-aircraft-buried-in-kayseri
[2] Surviving Panzer III Tanks http://the.shadock.free.fr/Surviving_Panzer_III.pdf
[3] Matev, Kaloyan, The Armoured Forces of the Bulgarian Army 1936-45, Helion, 2015, pp. 120-122
[4] The Krali Marko Line https://wwiiafterwwii.wordpress.com/2021/12/25/the-krali-marko-line/

特別協力: Mark Bevis(敬称略)

※  この翻訳元の記事は、2022年12月23日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事   
  を翻訳したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇    
  所があります。



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2023年10月4日水曜日

現代の戦時急造兵器:シリアの「シャムス」多連装ロケット砲

著:シュタイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ

 シリア・アラブ陸軍の機甲師団は、追加装甲でアップグレードされた数種類の戦車やほかの装甲戦闘車両(AFV)を運用していることでよく知られています。

 さまざまなAFVや支援車両に施した後、第1機甲師団(第1AD)は2016年に新型の多連装ロケット砲(MRL)を導入することで、その保有兵器のストックをもう一度拡充しました。このMRLは、アラビア語で太陽を意味する「シャムス」として広く知られています。そのニックネームは、ロシア軍がシリアに展開していた際に配備されたTOS-1A 「Solntsepyok」が「太陽」と呼ばれていたことに由来すると考えられています。

 この車両は、ダマスカスの戦域全体でAFVに施された高度で専門的なアップグレードの傾向を引き継いでいます。

 このようなアップグレードされた車両の最初のものは2014年末に登場し、この時には少なくとも2台の装甲が強化された(イタリアのTURMS-T火器管制システムを装備した)T-72M1が、ジョバルに配備された直後に破壊された姿が公開されました。しかし、この事態が第4ADに計画の推進を阻むことはなく、その後の数年間で数種類の装甲強化型AFVが戦場で目撃されるようになったのです。

 「シャムス」は、2発か5発の大口径ロケット弾を発射する機構とGAZ製SadkoトラックまたはBMP-1歩兵戦闘車(IFV)の車体を組み合わせた自走式MRLシステムです。

 このMRLに使用するロケット弾は標準的なロケット弾により大きな弾頭を組み合わせた評判の高い「ボルケーノ」型であり、2013年のアル・クサイルでの戦いの際に、直撃すれば住宅区画を完全に破壊できる威力があることで広く知られるようになりました。 

 シリアの軍需産業は同時期にこの「ボルケーノ」を大量生産し始め、即座にシリアにおけるほぼ全ての戦線で使用され始めました。

 BMP-1をベースにした「シャムス」はかなりの数の画像が撮影されていますが、実際に改修されたBMPはたった1台だけしかありません。よりすぐに使用できるプラットフォームとしてGAZ製「Sadko」トラックがあり、数台が自走発射機として改修されました。 

 このGAZ製「Sodko」をベースにしたものには2種類のモデルが存在します。1つは発射機を搭載するために特別に改修されたもので、もう1つは無改造のトラックの後部に発射機を搭載したものです。

それ以外の車両は改修されなかったと考えられており、「シャムス」はその後すぐに、より多用途性がある「ゴラン」MRLに取って代わられました。

 BMPとGAZ製「Sadko」をベースにした「シャムス」はその両方が、スラットアーマーを装備した「T-72 TURMS-T」ロシアから供与されたBTR-70M装甲兵員輸送車(APC)を含む、いくつかの注目すべきAFVを運用している第1師団に所属しています。



 シリアでは現在3種類の「ボルケーノ」が生産されていると考えられており、さらにそれぞれいくつかの派生型に分かれています。

 最も広く使用されている「ボルケーノ」用ロケット弾は107mmと122mm弾をベースにしたものですが、220mm弾ベースのものも存在します。シリアでは107mmと122mm(グラート)ロケット弾が非常に一般的なものであることに加えて、220mmロケット弾もシリア国内で製造されていることが知られているため、これらのロケット弾を「ボルケーノ」に改造することは比較的容易です。

 「シャムス」は2種類の122mmロケット弾をベースにした「ボルケーノ」を使用しており、どちらも大重量の300mm弾頭を備えています。「シャムス」MRLから「ボルケーノ」が発射される様子はここで観ることができます

 興味深いことに、「シャムス」で使用されている2種類の「ボルケーノ」の1つには、通常の弾頭より強力な爆発力をもたらすために空気中の酸素を利用し、閉じ込められた空間での使用に最適なサーモバリック弾頭(350kgというとてつもない重量だと伝えられています)を搭載していると評されています 。[1]

 もう1種類は250kgの通常弾頭(元の122mmロケット弾では約65kg)を使用したもので、装備されている短いロケットブースターによってサーモバリック弾頭型と識別することが可能です。「ボルケーノ」の射程距離はサーモバリック型では3.4キロメートル、従来型では1.5キロメートルとのことです。


 「シャムス」は戦時下に適応した完璧なケースであり、(改修されなければ)平凡だったAFVを現在の戦場で遭遇するタイプの戦闘に完全に適応した、強力なプラットフォームに変えました。

 シリア軍がこういった効果的な戦力増強をさらに行うかどうかはその意欲とリソース次第ですが、そのような試みにおける柔軟性が軍事プランに反映されるのであれば、その決定は最終的にシリア軍の再建に大きな影響を与える可能性があるでしょう。

  [1] @WithinSyria氏との個人的な会話

特別協力: Morant Mathieu(敬称略)

※  当記事は、2021年10月3日に本国版「Oryx」(英語)に投稿された記事を翻訳したも      のです。意訳などにより、僅かに意味や言い回しを変更した箇所があります。

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2023年9月2日土曜日

エーゲ海のゲームチェンジャーへ?:「カラ・アトマジャ」地上発射型巡航ミサイル


著:シュタイン・ミッツアー 

 最近トルコが達成させようとしている非常に多くの軍事プロジェクトは、エーゲ海における軍事バランスを劇変させるほどであり、ギリシャがその質と量の差を縮めることを起こりえなくする可能性を秘めています。これらには、「バイラクタル・アクンジュ」「バイラクタル・クズルエルマ」無人戦闘機、「TF-2000」級駆逐艦、独自開発の武装無人水上艇(AUSV)群、非大気依存推進システムを備えた「214型TN "レイス"」級AIP潜水艦6隻が含まれており、そして小型潜水艦の導入も見込まれています。

 これらの兵器システムについてはその全てが、すでにエーゲ海上空を定期的に哨戒している約200機から成るトルコのUCAV飛行隊を強固にするためのものと考えて差し支えないでしょう。

 ギリシャはまだ武装ドローンの実戦配備をしておらず、保有している中高度・長時間滞空(MALE)型UAVはイスラエルのメーカーからリース中である僅か4機の「ヘロンTP」だけしかありません(注:2022年7月に3機の「MQ-9B "シーガーディアン"」を導入することが公表されました)。[1]

 ギリシャ空軍が保有する戦闘機は2020年代から2030年代初頭にかけてトルコより最新のものになりますが、「ギリシャがエーゲ地方の航空優勢を掌握することになる」と頻繁に言われる主張については、現実にはほとんど根拠がないと思われます(注:ギリシャはフランスから「ラファール」を18機発注しており、すでに2022年1月には6機が引き渡されています。また、2020年には「F-35」の導入も検討していると報じられており、仮にこれが実現した場合はギリシャが制空権を握る可能性は十分にあり得ることに注意する必要があります)。

 (決して起こりえない)全面戦争が勃発した場合、ギリシャ空軍が運用する作戦機の大部分は、UCAVの欠如や(トルコよりは)小規模な攻撃ヘリ飛行隊、射程の短い砲兵戦力を補うため、空対地任務に専念せざるを得なくなるでしょう。その一方で、陸軍と海軍への火力支援をするために約150機のUCAVと約70機の攻撃ヘリを投入可能であることから、トルコ空軍は保有する「F-16」の大部分を防空作戦に集中させることができるはずです。

 UCAVのうち、「バイラクタル・アクンジュ」と「クズルエルマ」は、有人戦闘機の任務を代替する能力がいっそう高まっており、実質的に世界初のマルチロール無人戦闘機であると言えます。これらの能力には国産の巡航ミサイルやスタンドオフ兵器といったさまざまな種類の対地兵装を搭載可能なだけではなく、100kmも離れた目標に目視外射程空対空ミサイル(BVRAAM)を発射できることも含まれています。[2] [3]

 このことは、ギリシャが完全に無防備のまま手をこまねいているというわけではありません。なぜならば、ギリシャは「MIM-104 "パトリオット"」、「S-300PMU-1/SA-10」、「MIM-23 "ホーク"」、「クロタール-NG」「スカイガード」「9K33/SA-8 "オーサ "」「9K330 "トール-M1"」 地対空ミサイル(SAM)システムなどの広範囲にわたる防空ネットワークにより、エーゲ海上空で展開されるであろう敵の航空作戦に悪夢をもたらす態勢を整えているからです。

 ギリシャにとって不幸なことに、トルコのUCAV、「F-16」、そして将来に配備される「カーン」ステルス戦闘機に搭載される予定の対地兵装の大部分は、事実上ほとんどのギリシャの防空システムをアウトレンジできる能力を有しています。

 仮にUCAV飛行隊を除外したとしても、トルコにはギリシャのSAM陣地とシステムを無力化するために用いることができる、さらに数種類の対地兵器を保有しているのです。これには、「コラル」及び「レデト-II」電子戦システム、「J-600T "ユルドゥルム"」「ボラ(カーン)」短距離弾道ミサイル(SRBM)、そしてまもなく登場する「KARA Atmaca(カラ・アトマジャ)」地上発射型巡航ミサイル(GLCM)が含まれています。

 「カラ・アトマジャ」は「アトマジャ」対艦ミサイル(AShM)の対地攻撃で、2021年8月に初公開されました。同ミサイルはトルコ陸軍が高精度のGLCMを要求したことに応えた「ロケットサン」社によって開発されたものであり、280km以上の射程距離を誇ります。

 したがって「カラ・アトマジャ」は世界で最も射程の短い地対地巡航ミサイルということになりますが、それでもトルコ沿岸の陣地から発射された場合、ギリシャの防空陣地の大部分を攻撃するには十分な距離です。

 このミサイルは対艦型と同様に技術的には潜水艦からの発射も可能ですが、すでにトルコは潜水艦用に特化した1000km以上の射程を持つ「ゲズギン」対地巡航ミサイル(LACM)を開発中です。[4]

トルコ沿岸から発射された場合の「カラ・アトマジャ」の射程距離を地図上の赤い円で示しています。

 「カラ・アトマジャ」は250kgのHE弾頭を搭載して少なくとも280kmの射程距離を有していることから、敵後方に位置する司令部やレーダー基地、SAMサイトを標的にするのに最適な巡航ミサイルと言うことができるでしょう。[5]

 慣性誘導だけではなく衛星誘導方式なども取り入れているため、このGLCMは誘導式ロケット弾やSRBMよりも高い精度や効果を誇っていますが、これは主に、ミサイルが終末段階で標的を正確に識別・変更し、高い精度で命中できるようにする赤外線画像誘導(IIR)シーカーの搭載によって実現される予定です。[5]

 また、地形に沿って飛行し、被観測性が低いという巡航ミサイル特有の特徴があることは、「カラ・アトマジャ」を迎撃を困難なミサイルにもさせています。

 「ボラ」のようなSRBMは、飛行軌道が高いために「MIM-104 "パトリオット"」といったSAMによる迎撃を受けやすいものとなっていることは湾岸戦争で十分に知られている一方で、「カラ・アトマジャ」は地形に沿って飛行するため、迎撃が極めて難しい標的となるでしょう。

 長距離に位置する目標に命中する以前の段階で探知を避けるため、山々の周囲や渓谷を飛行する特性を考慮すると、エーゲ海と周辺の地形もこのミサイルに有利に働くでしょう。

「カラ・アトマジャ」GLCM(左)と「アトマジャ」AShM(右)のモックアップ。この時点で前者のモックアップにIIRシーカーが装着されていないことに注意してください。

 2025年に「カラ・アトマジャ」が導入されることにより、トルコ陸軍は初の巡航ミサイルを保有することになるでしょう。[6] 

 この巡航ミサイルの自走式発射台(TEL)はモジュール式であり、同じTELから「TRLG-122」及び「TRLG-230」レーザー誘導式ロケット弾や「TRG-300」GPS/INS誘導式ロケット弾を発射することも可能となっています(注:「カラ・アトマジャ」は「ロケットサン」社のモジュラー式長距離砲兵システムに組み込まれているということ)。

 「TRG-300」は中国の「WS-1B」自走ロケット砲システムをベースにした誘導式ロケット弾であり、現在は2025年に「カラ・アトマジャ」が引き継ぐであろう任務の一部を担っています。

 「TRG-300」と比較した場合、「カラ・アトマジャ」は射程距離が大幅に長いものとなっていることに加えて(120+km:280+km)、弾頭もより重いものを搭載し(250kg:190kgまたは105kg)、IIRシーカーの搭載によってより高い命中精度を誇るという際立った特徴を有しています。

 「TRG-300」はすでにアゼルバイジャン、バングラデシュ、UAEで商業的成功を収めているため、「カラ・アトマジャ」が海外の市場で同様の成功を収める可能性についても起こりえないわけではないようです。

 この巡航ミサイルの280kmという射程距離は、トルコからすればミサイル技術管理レジーム(MTCR)などの軍備管理に関連する条約を尊重しつつ、同時に「カラ・アトマジャ」を売り込むには十分に短いものとなっています。

 潜在的な海外の顧客にはアゼルバイジャン、カタール、ウクライナ、モロッコ、UAE、インドネシアが含まれており、その全てがすでに誘導式ロケット弾システムを運用していたり、巡航ミサイルやSRBMで武装した隣国が存在している国々です。この点を考慮すると、「カラ・アトマジャ」は輸出に成功するトルコ初の巡航ミサイルとなるかもしれません。


 「カラ・アトマジャ」がトルコ軍で運用される最後の長距離ミサイルシステムになると考える人は、後でそれが大間違いと知ることになるかもしれません。なぜならば、国産の「ゲズギン」巡航ミサイルの導入により、トルコ軍の水上艦や潜水艦が長距離の戦略目標を打撃することが可能になるからです。

 「カラ・アトマジャ」GLCMと「ゲズギン」LACMの導入や「ボラ」SRBMのさらなる開発を通じて、トルコはやがてエーゲ海周辺とそれ以外の地域で使用するためのゲームチェンジャーとなるさまざまな兵器システムを保有することになるでしょう。

 トルコのUCAVの成功に盲点を突かれたことによって、エーゲ海の現状を激変させて地中海における軍事バランスをリセットすることになる、数多くの軍事プロジェクト群が無視されがちです。

 その度重なる新兵器の開発が続くトルコの動きは、現在のギリシャがトルコと比較すると軍事的な発展が著しく遅れているだけではなく、軍事力を増強するためのトルコによる取り組みはギリシャが追いつくことが考えられないほどに凌駕し続けていることを示しています。

「ゲズギン」SLCMによって、射程1000km圏内に存在するあらゆる地上目標がトルコ海軍の潜水艦や大型水上艦の照準に入ることになるでしょう。

[1] Israel will lease IAI Heron UAV's to Greece https://www.iai.co.il/israel-will-lease-iai-heron-to-greece
[2] Endless Possibilities - The Bayraktar Akıncı’s Multi-Role Weapons Loadout https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/endless-possibilities-bayraktar-akncs.html
[3] Deadly Advanced: A Complete Overview Of Turkish Designed Air-Launched Munitions https://www.oryxspioenkop.com/2022/01/deadly-advanced-complete-overview-of.html
[4] Turkey one step closer to develop indigenous cruise missile https://navalpost.com/turkey-one-step-closer-to-develop-indigenous-cruise-missile/
[5] KARA ATMACA Surface-To-Surface Cruise Missile https://www.roketsan.com.tr/en/products/kara-atmaca-surface-surface-cruise-missile
[6] Karadan Karaya Seyir Füzesi Projesi’nde (Kara ATMACA) İmzalar Atıldı https://www.savunmasanayist.com/karadan-karaya-seyir-fuzesi-projesinde-kara-atmaca-imzalar-atildi/

※  この翻訳元の記事は、2022年1月27日にOryx本国版(英語)に投稿された記事を翻訳
  したものです。意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があ
    ります。


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2023年7月19日水曜日

新たなる道:サウジアラビアが「バイラクタル」導入へ


著:ステイン・ミッツアー と ヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo

※  当記事は、2022年9月2日に「Oryx」本国版(英語)に投稿された記事を翻訳したものです。当記事は意訳
  などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。

 2022年からのロシア・ウクライナ戦争で「バイラクタルTB2」が効果的に使用されて人気を博したことを受け、「バイカル・テクノロジー(バイカル・テック)」社によって推進されたトルコの前例のない無人機の成功がますます高まることが予想されます。[1]

 サウジアラビア王国(KSA)はすでに膨大な数の中国やトルコ製無人戦闘航空機(UCAV)を運用している一方で、「バイカル・テック」社の製品にも関心を示している国の一つです。[2]

 この国の無人機飛行隊について、現地で生産された数百機もの中国産UCAVで構成されていると報じられることもありますが、実際の構成や規模はほとんど分かっていません。判明しているのは、サウジアラビアのUCAVが2018年から隣国イエメンの反政府勢力であるフーシ派に対して集中的に投入されていることぐらいです。[3]

 アメリカからUCAVを調達できなかったため, サウジアラビア(KSA)はその調達に関して中国にその大半を依存してきました。このことは、KSAが2010年代半ばから後半にかけて「翼竜Ⅰ」「翼竜Ⅱ」「CH-4B」を大量に導入したことに表れています。これらの中国製UCAVは、2015年3月のサウジアラビア主導のイエメン介入開始以来、すでにイエメン上空に投入されている数種類の南アフリカやイタリア、ドイツ製無人偵察機を補完するものでした。[3]

 2019年になると、サウジアラビアはトルコの「レンタテク」社製「カライェル-SU」UCAVを導入し、保有するドローン兵器群をさらに増強しました。この同型機は「ハブーブ」のという名前で近いうちにKSA国内で生産される予定です。[4]

 現在、サウジアラビアは海外の企業や科学者たちと協力して、さらに数種類のUCAVを開発しています。それらの最初の1機である「サクル-1」は、南アフリカの「デネル・ダイナミクス」社によって開発された「バトルゥール」中高度長時間滞空(MALE)型UAVの設計をベースにしたものです。ちなみに、より小型の「スカイガード」が2017年に初めて発表された国産機でした。

 「サムーン」と呼称される7つのハードポイントを持つ大型の双発機のほかに、サウジアラビアは中国と契約を結んで、双発または三発機の「TB001」重UCAVを「アル・イカーブ-1」及び「アル・イカーブ-2」として開発しています。[5] [6]

 これらとは別にウクライナとUAVを共同設計・生産する計画もありましたが、ロシア・ウクライナ戦争のせいでキャンセルされたと思われます。[7]

「アル・イカーブ-1/2(TB001)」

 国産機を開発している間に、サウジアラビアと「中国航空宇宙科学技術公司(CASC)」がKSA国内に生産ラインと地区整備センターを設立して、最終的に今後10年間で約300機もの「CH-4B」を大量生産する可能性についての関する報道が2017年から飛び交っています(現在の統計を前提とした場合、これが実現するとKSAが世界最大のUCAV運用国となるでしょう)。[8]

 なお、このような合意が成立したのか、または計画されたのかすら不明であり、この記事を執筆している2022年9月時点では実現されていないようです。

 すでにKSAにはUCAV飛行隊が存在している上に今後数年間で国産のUCAVが就役する予定であることから、この国が 「バイラクタルTB2」や「アクンジュ」に興味を持つことは驚くべきことだと言う人がいる可能性はあるでしょう。

 もっとも、サウジアラビアがUCAVを複数のサプライヤーから入手する最初の国ではありません。実際、この国が有する3種類のUCAVでさえ3つの異なる中国企業が起源ということに注目するべきでしょう。

 武器の調達先を多様化させる傾向は大半の湾岸諸国の装備品にも反映されていますが、通常は武器禁輸が課された際の供給を確保するためです。そして、無人機の場合は、将来的な導入の検討における性能の比較を行う興味深い機会も提供してくれます。

 サウジアラビアがTB2や「アクンジュ」に関心を持った背景には、前者の素晴らしい実績と後者の斬新な性能が大きく関係していると思われます。中国製UCAVもリビアやイエメンで頻繁に実戦投入されていますが、ヨルダンでは「CH-4B」を導入してから2年も経たないうち全機を売りに出すなど、性能に不十分な点が多くあります。 [9]

 同型機はイラクでも良い結果を残せず、全20機のうち8機は僅か数年の間に墜落し、残りの12機はスペアパーツが不足しているために現在は地上で駐機され続けているようです(注:2022年8月には運用が再開されました)。 [10] [11]  

 サウジアラビアの場合は、過去4年で最低でも12機の「CH-4B」をイエメンで失ったことが視覚的証拠に基づいて確認されています。

サウジアラビアの「CH-4B」UCAV:胴体や翼に国籍を示すラウンデルが表示されていない点に注目

 おそらくは中国製UCAVの稼働率や運用実績が乏しいためか、サウジアラビアはすでに少なくとも2017年からUCAVの調達先としてトルコに目を向けるようになっています。

 当初は「トルコ航空宇宙産業(TAI)」「アンカ」UCAVに関心を寄せていましたが、最終的にKSAは2010年代後半に「ヴェステル(注:軍事部門はその後「レンタテク」に社名を変更)」社と数量不明の「カライェル-SU」について契約を結びました。[13] [4]

 これらはほぼ瞬時にイエメンでの作戦に投入され、現時点で4機が失われたことが視覚的に確認されるまでに至っています。[3]

 「イントラ・ディフェンス・テクノロジーズ」社による「カライェル-SU」の国内生産はCOVID-19の影響を受けて1年半遅れたものの、2022年半ばに開始される予定です。その生産は「レンタテク」が重要なコンポーネントを供給し、サウジアラビアで組み立てられる方式となっています。[4]
 
サウジアラビアにおける「カライェル-SU "ハブーブ"」:同機は「MAM-C/L」やほかの小型爆弾を搭載可能なハードポイントを4つ備えています

 「カライェル-SU」の国内生産は、「サクル-1」プロジェクトにとって"とどめの一撃"となるかもしれません。

 少なくとも2012年からアメリカに拠点を置く「UAVOS」社と「キング・アブドルアジーズ科学技術都市(KACST)」で共同開発が進められてきた「サクル-1」は数多くの修正がなされ、2020年に公開された最新型の「サクル-1C」までプロジェクトが進んでいます。しかし、これらはどれも実用化されておらず、より小型の「サクル-2」と「サクル-4」も実機の生産までには至っていません。[14]

 最大で48時間という目を見張るような滞空時間を誇りますが、「サクル-1」は兵装搭載用のハードポイントを2つしか備えていないため、UCAVとしての有用性は著しく制限されたものとなります(注:「CH-4B」や「TB2」のハードポイントは4つ)。

 「イントラ」社が現在開発中である「サムーン」が「サクル-1」の代わりにサウジアラビア初の量産型国産UCAV となるのか、あるいは(既存のサウジアラビアの防衛プロジェクトの大部分と同様に)開発サイクルの長期化や内部からの反対、最終的に中止という事態に直面することになるのかは、まだ分かりません。[15]

南アフリカの「バトルゥール」MALE型UAVをベースに開発された「サクル-1」

今後登場する「サムーン(1/2サイズのモデル」:このモックアップの主翼に中国製の「ブルーアロー7」と「TL-2」対地攻撃ミサイルが搭載されていることに注目

 中国の「腾盾」が開発した巨大な「TB001」は、主翼下部に設けられた4つのハードポイントに、さまざまな誘導爆弾や空対地ミサイル(AGM)、対艦ミサイル、巡航ミサイルで武装することが可能です。

 「アル・イカーブ-1」は三基のエンジンを備えた異例の三発機であることが特徴であり、「アル・イカーブ-2」はその双発機型です。

 「TB001」については2019年に契約が発表されたものの、その開発は長引いており、 サウジアラビアが自国の防衛面での需要を満たすために、このプロジェクトを依然として積極的に推進しているかどうかは今でも不明のままとなっています。[5]

腾盾「TB001」

 「TB001(アル・イカーブ-1/2)」と比較すると、「バイラクタル・アクンジュ」は非常に成熟した概念的に先進的な兵器システムであり、これまでの量産型には未だに統合されていない多くの技術も導入されています。特に顕著なものとしては、射程275km以上の巡航ミサイルや射程150km以上の対艦ミサイル、さらには100km離れた目標に向けた空対空ミサイル(AAM)を発射できるなど、UCAVとしては斬新な能力を有することが挙げられます。

 これらの兵装を搭載するため、「アクンジュ」にはハードポイントが主翼に最大で8個と胴体下部に1個、つまり合計で9個のハードポイントが備えられています。後者については、「HGK-84」及び「NEB-84(T)」誘導爆弾や「SOM」シリーズの巡航ミサイルといった、このUCAVに搭載できる最重量級の兵装を搭載することが可能です。

 こうした兵装を搭載可能なことが「アクンジュ」を世界初の量産型マルチロール無人作戦機に変えたほか、 兵装を誘導キットと共にトルコから調達できることも、アメリカがサウジアラビアに爆弾の販売を停止する恐れがある現在では高く評価されると思われます。
 
「バイラクタル・アクンジュ」と各種兵装:同UCAVは画像のような兵装を搭載するために主翼下に9個と胴体下部に1個のハードポイントを備えている

 「アクンジュ」は現時点で有人戦闘機によって実施されている任務の一部を引き継ぐことができます。その一方で、サウジアラビアが「バイラクタルTB2」を導入することも魅力的な選択肢となるかもしれません。小型かつ(非常に)戦闘で実績のあるプラットフォームとして、TB2はすでにサウジアラビアで運用されているUCAVと同様の役割を果たせますが、それらよりも格段に高い生存率と有効性のレベルを有しているからです。

 中国のUCAVは(特にイエメン上空での作戦で)やや墜落する傾向が見られましたが、TB2はこの点で優れた記録を持っており、紛争の行方を著しく変える能力があることは十分に実証されています。

2018年以降にサウジアラビアがイエメン上空で失ったことが視覚的に確認されたUCAV(21)

命中弾を受けて墜落するサウジアラビアの「翼竜I」 UCAV(イエメンのサアダ県上空にて2019年4月19日)

 イエメン上空を飛行する無人機にとっての最大の脅威は、(イエメンの反政府勢力である)フーシ派が少なくとも2019年から投入している(2022年秋まで「358」として知られていた)「サクル」という一種のイラン製地対空ミサイル(SAM)です。

 「サクル」は単段式の固体推進剤を用いたブースターによって高度8.000~12.000mに到達してからマイクロジェット推進に切り替わります。このエンジンのおかげでミサイルは赤外線シーカーとレーザー近接信管で攻撃する前に(標的となる)無人機やヘリコプターに追いつくのに十分な低速でしばらく徘徊が可能となるのです。[16]

 イエメンへの密輸を容易にするためか、「サクル」は多数の部品に分解可能という特徴を有しています。

押収された「サクル(358)」徘徊型地対空ミサイルシステム

 「サクル」はUCAVによる作戦を脅かすことができるフーシ派唯一のSAMではありません。

 TB2と「アクンジュ」は携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)の標的にできないほどの高度を飛行しますが、フーシ派は2015年にイエメン空軍から接収したSAMと空対空ミサイル(AAM)のストックを最大限に活用しようと試みてきました。[17]

 ほとんどのSAMシステムと関連するレーダーシステムはサウジアラビア主導の有志連合軍によって破壊されましたが、その後も一定の「2K12 "クーブ"(NATOコード: SA-6 "ゲイフル")」SAMシステムと関連する「1S91」 ミサイル誘導レーダー車はまだ運用されており、過去数年間で数機のUCAVを撃墜することに関与しています。

 また、フーシ派は(ピックアップ)トラックに発射レールを搭載して、イエメンでストックされたままの「R-73E」及び「R-27ET」赤外線誘導式空対空ミサイルを即席のSAMに転用することも試みました。両ミサイルを用いた作戦については、アメリカ製のフリアーシステムズ「ウルトラ8500」 赤外線前方監視システム(FLIR)を組み合わせることで急速な進歩を遂げました。[18]

 しかしながら、地上から発射した場合の射程距離が短くなってしまうため、その有効性は本質的に限定的なものとなっています。

 フーシ派は地対空用の「R-77」アクティブ・レーダー誘導式AAMも展示したこと過去がありますが、これには少なくとも1組の「MiG-29SM」戦闘機のファザトロン製「N019MP」レーダーと関連火器管制システムを改造する必要があったことから、実際には実現不可能だったようです。これは技術的な問題のためか、それとも有志連合軍の爆撃で全ての「MiG-29SM」が「N019MP」レーダーと一緒に破壊されたためなのかは分かっていません。

トラックベースの発射機から発射される「R-27ET」赤外線誘導式AAM 

今ではトラックに搭載された「2K12 (フーシ派側の名称:ファター1) 」SAMシステム:この構成は機動性と有志連合軍機からの秘匿を容易にしている 

 イランの大規模な支援は、フーシ派が巡航ミサイルや弾道ミサイルに加えて多種多様な徘徊兵器を入手するという結果も招きました。これらの徘徊兵器については、イスラム革命防衛隊またはイラン軍で既に使用されているものやレバノン・イエメン・イラク・パレスチナにおける代理勢力で使用するために特別に設計されたもので構成されています。

 こうした無人機の小型さは世界最新鋭の防空システムを用いても探知・撃墜を困難にしています。そのため、サウジアラビアは定期的に「F-15」戦闘機を配備し、徘徊兵器が王国の奥深くに位置する目標へ到達する前にその脅威に対処しなければならないのです。

 それゆえに、アメリカ製の「AIM-9 "サイドワインダー"」や「AIM-120 "アムラーム"」(AAM)で小型の徘徊兵器と戦うためのコストが法外と言われても当然ではないのでしょうか。2021年末にサウジアラビアが枯渇したストックを補充するために280発の「AIM-120」を発注した際、6億5千万ドル(約837億円)、つまり1発あたり230万ドル(約2.9億円)以上も支払わなければいけませんでした。[19]

 「F-15SA」戦闘機の飛行コストは1時間あたり約2万9千ドル(約373万円)を要することから、1万ドル(約128万円)にも満たない価値の徘徊兵器1発を撃墜するために、サウジアラビアは推定250万ドル(約3.2億円)を負担することになってしまうのです(初弾に発射したミサイルが目標を外れた場合は500万ドル=約6.4億円に増えます)。[20]

 これに対し、「バイラクタルTB2」UCAV1台の輸出価格はおよそ500万ドル(約6.4億円)と推定されています。一般的にTB2は迎撃任務とは無縁ですが、近いうちに射程8km以上を誇る「ロケットサン」「スングル」赤外線画像誘導式MANPADSを搭載可能となりますし、1時間あたり飛行コストは僅か925ドル(約12万円)相当となることも注目すべき点でしょう。[21]

 「パトリオット」のような防空システムを使う場合、迎撃コストはさらに悪化してしまいます。2017年には約1,000ドル(約13万円)の小型クアッドコプターの撃墜に成功したことで、王立サウジ防空軍は約300万ドル(約3.8億円)の損失を被ったことがありました。[20]

 「アクンジュ」自体を非常に強固な防空アセットとして使用可能という事実については、トルコ国産の「ボズドアン」赤外線画像誘導式AAMやアクティブレーダー・シーカーを用いて自身を目標に向けて誘導する「ゴクドアン」目視外射程AAM(BVRAAM)などのAAMを搭載できるという能力を活用することで実現されることになります。

 「アクンジュ」のAESAレーダーは、最大で100km圏内にいる低速飛行中の固定翼機や無人機、ヘリコプターを撃墜するために、目標を自律的に見つけ出して交戦することを可能にさせます。

 特にKSAが直面しがちな脅威(徘徊兵器)への対処では「F-15SA」の能力と重複しているため、「アクンジュ」は各段に安価で便利な代替手段として選択されるかもしれません。

イエメンのフーシ派によって展示された「ワーエド(左上)」, 「シハブ(右上)」,「サマド-3(左下)」,「カセフ-2K(右下)」徘徊兵器 

 サウジアラビアは「ビジョン2030」の一環として2030年までに防衛支出額の少なくとも50%を現地調達に充てることを目指しており、防衛企業が兵器類の現地生産ラインを構築するための刺激材料となっています。

 2010年代初頭から数多くの(部分的な)国産UCAVプロジェクトが登場しているにもかかわらず、これらが最終的にサウジアラビア軍が求める要件と重要を満たすという確証については、まだ少しも得られていません。

 中国製ドローンの高い消耗率と、(おそらく)基本的な整備上の問題にさえ悩まされていることから、サウジアラビア当局が最近公表した高い人気と実績を誇る「バイラクタルTB2」と「アクンジュ」の導入へ関心を示したことについては、一部の人が予想したほどあり得ない動きではないのです。

 TB2と「アクンジュ」はサウジアラビアで開発されたものではありませんが、ドローン技術に関する「バイカル・テック」との協力や、おそらく現地での同社製品の生産は、この王国における新興の無人機産業を実質的に有効なレベルまで引き上げるのに役立つであろう貴重な知識をもたらすことになるでしょう。

 「バイカル・テック」との契約は、デポレベルの整備を行うための現地における整備工場の設立につながる可能性もあります。

 このような動きは、無から本格的なドローン産業を素早く作り上げようと試みるよりも、自国の防衛上のニーズを自給自足するための現実的な道筋を整えてくれることになるかもしれません。

 

[1] An International Export Success: Global Demand For The Bayraktar TB2 Reaches All Time High https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/an-international-export-success-global.html
[2] Saudi GAMI, Baykar and Bayraktar drones https://www.tacticalreport.com/news/article/59638-saudi-gami-baykar-and-bayraktar-drones
[3] List Of Coalition UAV Losses During The Yemeni Civil War https://www.oryxspioenkop.com/2021/09/coalition-uav-losses-during-yemeni.html
[4] Saudi Arabia’s Intra Pushes Ahead with Drone Programs https://www.ainonline.com/aviation-news/defense/2022-03-14/saudi-arabias-intra-pushes-ahead-drone-programs
[5] Sino-Saudi heavy unmanned aerial vehicle https://vpk.name/en/487652_sino-saudi-heavy-unmanned-aerial-vehicle.html
[6] https://twitter.com/inter_marium/status/1099657284911841280
[7] It is possible that this joint venture had already effectively ended before the Russian invasion of Ukraine in February 2022.
[8] Saudi Arabia https://drones.rusi.org/countries/saudi-arabia/
[9] Jordan Sells Off Chinese UAVs https://www.uasvision.com/2019/06/06/jordan-sells-off-chinese-uavs/
[10] OPERATION INHERENT RESOLVE LEAD INSPECTOR GENERAL REPORT TO THE UNITED STATES CONGRESS https://media.defense.gov/2021/May/04/2002633829/-1/-1/1/LEAD%20INSPECTOR%20GENERAL%20FOR%20OPERATION%20INHERENT%20RESOLVE.PDF
[11] Iraq’s Air Force Is At A Crossroads https://www.forbes.com/sites/pauliddon/2021/05/11/iraqs-air-force-is-at-a-crossroads
[12] Tracking Worldwide Losses Of Chinese-Made UAVs https://www.oryxspioenkop.com/2021/11/tracking-worldwide-losses-of-chinese.html
[13] Saudis in talks with TAI to buy six Anka turkish drones https://www.defensenews.com/digital-show-dailies/2017/11/17/saudis-in-talks-with-tai-to-buy-six-anka-turkish-drones/
[14] https://i.postimg.cc/W4My3cMX/18933-2.jpg
[15] Intra’s Samoom: the future Saudi Armed Forces MALE unmanned air system https://www.edrmagazine.eu/intras-samoom-the-future-saudi-armed-forces-male-unmanned-air-system
[16] 358 vs. Scan Eagle – Anti-Drone Action https://militarymatters.online/defense-news/358-vs-scan-eagle-anti-drone-action/
[17] Houthi Drone and Missile Handbook https://www.oryxspioenkop.com/2019/09/houthi-drone-and-missile-handbook.html
[18] https://twitter.com/Mansourtalk/status/950462857052909570
[19] New Saudi Missile Order Reveals The High Cost Of Asymmetric Drone War https://www.forbes.com/sites/davidhambling/2021/11/11/new-missile-order-reveals-true-cost-of-assymnetric-drone-war/?sh=6c90f63116f2
[20] How much cheaper is the F-15EX compared to the F-35? https://www.sandboxx.us/blog/how-much-cheaper-is-the-f-15ex-compared-to-the-f-35/
[21] https://twitter.com/TyrannosurusRex/status/1421416463718563846